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8 じいじ

【平安】

 式部が「『じいじ』の所に行こう!」と言うので、午後から安倍晴明あべのせいめいという人の家に行くことになった。


 どうやらその人は有名な陰陽師おんみょうじらしく、式部にとっては祖父のような人物とのことだ。


 大きな屋敷に入るなり、式部が大きな声を出す。 

「ね、啓明けいめい! じいじ、居る?」 


 入ってすぐのところで、式部と同じ年頃の少年がほうきを持って掃除をしていた。

 一瞬、女の子かと思ったが中世的な美少年だ。


「あ、ももちゃん」と、美少年が式部の姿をみとめる。


「ももちゃん、じゃないでしょ!」


「あ、ご、ごめん。式部……さん」


「そこは『式部ちゃん』でもいいわよ。幼馴染おさななじみなんだから」


 式部がタメ口で話しているところを見ると彼は式部と同じか年下のようだ。

年齢としては14か13歳。


 そして啓明けいめいというのが彼の名前らしい。


 啓明が、ミチナガ(光)を見て「あ、道長さま」と、頬を染める。 


 ミチナガ(光)も啓明をみて「あら」と、赤くなる。


 はたから見ると男同士で見つめあっているようにしか見えない。


 それを見て式部がため息をつく。

「あらら……本当に中身は女なんだね。啓明を見て、ときめくなんて」


「あ、ごめん」と、照れるミチナガ(光)。


 その耳元で式部が尋ねる。

「ああいう可愛らしいのが好きなの?」


「ん、ま、まあ、どちらかというと可愛い系が好き、かな」


 それは素直な九条光くじょうひかるとしての趣味だった。

 あくまでも『見た目』の話で、リアルの恋人としては別だが……。


 啓明少年が式部とミチナガ(光)を屋内に案内する。

「今、来客中だから中で待ってるといいよ」


 式部は「言われなくても入るけど」と、まるで自分の家に帰ってきたみたいに遠慮なく奥に向かう。


 こじんまりした和室に通され、啓明がお茶を出してくれた。


 式部は持ってきた書を広げて、例の壺の絵をみせる。

「ね、啓明。この絵が書かれてる書があったでしょ。読めない文字の書。それ、持ってきて」


 啓明が「ああ、あれね」と、書を探しに行く。


 待っている間、苦い匂いがする茶をチビチビ飲みながら待つ。


 式部は熱心に書を読んでいる。


 しばらくして啓明が戻ってきた。

「持ってきたよ」


 式部は本を引っ手繰るとクルリと背を向けた。

「ご苦労さま。あっち行っていいわよ」

 

 啓明は「ええ……酷いなぁ」と、顔をしかめる。

 小型犬が飼い主に哀願するような表情にミチナガ(光)がドキっとする。


 ミチナガ(光)の視線に気づいて啓明も恥ずかしそうに上目遣いわめづかいで返す。

 なんか本当に女の子みたいな反応だ。


 そこで式部が啓明に持ってこさせた書を、めくりながらボソっと言う。

「あ、そうだ。あんたも来る?」


「来るって、どこに?」と、啓明が聞き返す。


 式部は書を開いてドヤ顔を見せる。

「さかい」


「さかい? 河内と和泉の間の? 何しに行くの?」


仁徳天皇にんとくてんのうのお墓よ。この絵って古墳こふんなんだって!」


 古墳と聞いて啓明が慌てる。

「お墓!? ややや、止めようよ! 絶対、怒られるって!」


「いくじなしねえ。じゃあ、あたし、ミチナガと二人で行くわ」


「え!?」と、啓明が式部と光を交互に見る。そして焦る。

「わ、分かったよ。僕も行けばいいんでしょ」


「分かればよろしい。あんた、弱っちいけど」


 とんとん拍子で話を進める式部と啓明にミチナガ(光)は、蚊帳かやの外だった。


 そこで式部が渋い顔をする。

「でも、問題は旅費よね。じいじに頼むかなぁ」


 啓明は不安そうだ。

「孫の僕がお願いしても無理だと思う。もも……いや式部ちゃんでも、どうかな?」


 そこにドスドスと廊下を歩く足音が近づいてきた。


 そして安倍晴明あべのせいめいが登場した。


 式部の姿を見つけるなり、安倍晴明が抱き着く。

「ももちゃん! ももちゃーん! 会いたかったよぅ!」


 まるで幼い孫娘にまとわりつく祖父のようだ。

 頬ずりされながら式部が「そういうのはいいから」と、身をよじる。


 安倍晴明は有名な陰陽師だというが、まるで孫娘にメロメロなおじいちゃんだ。


 ミチナガ(光)が啓明に聞く。

「あの人、式部ちゃんのおじいちゃんなの?」


 すると啓明が、何で今更いまさらそんなこと聞くのかといった表情で答える。


「もも……いや、式部ちゃんは赤子の時から、この屋敷に出入りしてたから、実の孫である僕より可愛がられているんですよ。男の孫ばかりですから」


「ああ、そうなの」と、ミチナガ(光)は強張った表情で安倍晴明が落ち着くのを待った。


 式部はハグされながら要件を話す。

 ついでに、さかいの古墳調査に行くので資金を出してくれと、ねだった。


 式部にデレデレの安倍晴明がニヤける。

「まあ、ももちゃんが、そういうなら出さないわけにはいかんなぁ」


 それを聞いて啓明が「出すんだ……」と、引きつった笑いを浮かべた。


 上機嫌の安倍晴明が心配する。

「で、啓明の他に何人ほど守りの者を連れて行くのかな?」


 式部は平然とのたまう。

「いや、あたしも入れて三人だよ?」


 安倍晴明が慌てる。

「それは危ない! 駄目だよ! ももちゃんは可愛いんだからさらわれてしまう!」


「大丈夫よ。ミチナガも連れてくから。弓を持たせて」

 そう言って式部はミチナガ(光)の方に目配めくばせした。


 ミチナガ(光)が「弓?」と、戸惑う。

「そりゃ、まあ、弓道部だけど……」


 気づくと安倍晴明が物凄ものすごく怖い顔でこちらを睨んでいる。

 ミチナガ(光)は思わず目を反らした。


 安倍晴明は式部を離すとツカツカとミチナガ(光)に歩み寄る。

 そして、ミチナガ(光)の頭に自らの左腕を巻き付け、脇の下に抱え込んだ。


 体重をかけられグリグリ絞められてミチナガ(光)が悲鳴をあげる。

「いたぁい! 痛い! 痛い!」


 安倍晴明が低い声で耳打ちしてくる。

「ももちゃんに手を出したら、どうなるか分かっておるな?」


「いいいっ!?」


「もしものことがあった場合は、平将門たいらのまさかどの生首を乗せていた敷物しきものを丸めて尻の穴に突っ込むからな!」


『平将門の生首』という言葉と『尻の穴に突っ込む』のパワーワードにミチナガ(光)は縮み上がった。

「ひいっ!?」


 平将門といえば日本三大怨霊にほんさんだいおんりょうともいわれる人物だ。


 光は歴史に詳しくないが、とんでもない目にあわされてしまうことは理解した。


     *    *    *


 ひと悶着あったものの、何だかんだいって、その日の夕方には平安京を出発することになった。


「お待たせ!」と、着替え終わった式部が現れた。


 筒袖で腰丈のダボッとした単衣。お祭りで神輿を担ぐときの恰好だ。

 ただ、黒字に赤の縁取りで結構派手なデザイン。


 ミチナガ(光)が目を丸くする。

「式部ちゃん、それ可愛いね。ハッピみたい」


「はっぴ? 半被はんぴだよ」

 半臂はんぴとは貴族が正装する際の下着にあたるものだが、式部の物はこの時代にしては異質だった。


 啓明は不安そうだ。

「本当にそんな目立つ格好で行くの? 危なくない?」


「じゃ、あんたが守りなさいよ」


「ぼ、僕は陰陽師だから……おまけに半人前だし」


「男のくせに情けないなぁ。あたしはこれ」

 そう言って式部は懐から小槌こづちを取り出してブンブンと振り回す。


 啓明が頭を隠しながら「ちょっと! 危ないよう」と、可愛く抗議する。


 式部の護身用の武器は小槌。

 金槌よりは大きいが、材質が木なので女の子でも片手で持てるようだ。


 ミチナガ(光)は背中に弓を背負わされて荷物も持たされた。


 都から大仙陵古墳のある『さかい』までは、牛車の旅路となる。

 この時代は馬車ではなく、牛に車を引かせるらしい。


 ミチナガ(光)が式部に尋ねる。

「馬の方が速くない? この時代は馬に乗らないの?」


 すると式部は啓明を横目に口を尖らせる。

「啓明が乗れないから。道長は乗れるけど」


 ミチナガ(光)は慌てる。

「え? でも、アタシ、馬に乗ったことないよ」


 式部は、やれやれといった風に首を振る。

「馬術は貴族男子のたしなみなんだけどね。まあ、今回はそんなに遠くないし。早速、出発するわよ!」


 そこで啓明が待ったをかける。

「え? まだ占ってないけど……」


「いいの! あんたの占いなんか待ってられないわ」


「いいのかなぁ……」


 式部はノリノリだが、大仙陵古墳に行ったところで何が変わるのだろう。


 ミチナガ(光)はただ、ただ牛車に揺られながら、流されていくままを自覚した。


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