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4 身に覚えのない部位

【平安】

 目を覚ましたものの、この場所にも直前の記憶にも覚えがない。

 おまけに鏡で見た自分の顔が別人になっている。


 九条光くじょうひかるは大パニックにおちいっていた。


「なにコレ!? 誰コレ? 何で何で、どうしてコレなのよぅうう!」


 ひとりで大騒ぎしている光を女中さんのような格好の女性が心配する。

「み、道長みちながさま……お気を確かに……」


 ひとしきり騒いだあとでのどかわきに気付く。

 肩で息をしながら藤原道長の姿をした光が「水……」と、口にする。


 水差しのような物を発見して、それを引っ手繰たくり飲み干す。


 落ち着いたところで、今度は強烈な尿意にょういを自覚した。


「と、トイレ……」


 女中さんが首を傾げる。

「はぁ? と、戸入れ? 何でございます?」


「だからトイレ……おしっこ……お小水しょうすい


「ああ、『樋箱ひばこ』でございますね。それでしたら、こちらに……」


 女中さんに案内されて、部屋の隅にある衝立ついたてに向かう。

 屏風びょうぶというほど立派な物ではないが、目隠しのような役割があるらしい。


「え? これ?」と、光が戸惑う。


 まさかの木箱が、ぽつんと置かれている。

 この形状、微かな匂い、まさかとは思ったが……。


「ホントに……これでするの?」


 抵抗するにも尿意は待ってくれない。


 着物の裾をたくし上げて光は焦った。

「やだ! あたし、履いてない……」


 木箱をまたいで尻を下ろしながら頭の中がグルグルしている。

 なんでパンツを履いていないの? 着物だから? 気絶してたから?


 そこでふと、股間の辺りに()()()()()()を知覚した。


「なんだろ?」と、無意識に手がその付近を探る。


『もにゅ』という頼りない、だらしない触感。


 確かめるようにてのひらでモミモミ。


「ん!?」


 気付いた。気付いてしまった! 


 さきほど鏡で見た男の顔が過った。

「ぎゃあああああ!」


 それを握ってしまった手の感覚と、それを甘んじて受け入れていた部位が自分の一部として帰属きぞくしていること。


 紛れもなくそれは、光の股間にぶら下がっていた!


 あまりの驚きに尿意は引っ込んだ。

「どうして!? どうしてこんなモノが!?」


 ブンブン首を振って、悪夢を振り払おうとする。

「酷い夢! なんでこんな酷い夢を見るの!?」


 しかし、どんなに頭を揺すっても、気分を落ち着かせようとしても、目の前の光景は変わらなかったし、意識が薄れゆくこともなかった。


 それなのに、股間の()()はブーラブラと微妙に揺れる。


 段々不安になってきた。

 恐怖が両腕から肩のあたりにいあがってくるのを感じた。


「なんなのよ……これ……」


 茫然としていると誰かに『ポン』と肩を叩かれた。


「ひゃん!」と、過剰反応してしまった。


 ミチナガ(光)の肩を叩いたのは、今の自分と同じような格好の男性だった。

 小さな帽子にチョビ髭のおじさん。


「良かった、良かった。心配したぞ。父上が呼んでおる」


「え、え? え? 兄上?」


 ミチナガ(光)が困惑する。

 この仮装おじさんを見て、なぜか自然と兄だと認識した。


「どうしてそう思ったんだろ?」

 どうやらヴィジュアルが頭の中で勝手に単語を呼び出したらしい。


「まったく、困った弟じゃ。大事な時期に何をしておるか」


「ご、ごめんなさい……」

 悪いとは思っていなかったが、条件反射で謝ってしまう。


 幸い、おじさんは怒っている様子ではない。

「まあ、良い。目を覚ましたら連れてこいとのご命令じゃ。父上の屋敷に行くぞ」


 訳が分からないまま、着替えをさせられて家の外に待たせた牛車ぎゅうしゃに乗せられた。


 牛車に揺られながらミチナガ(光)は考え込んでいた。


「まさかホントに……これって異世界? 転生とかっていうやつ?」


 幼馴染おさなななじみで恋人未満の拓実たくみや弟の来道らいどうが読んでいたライトノベル。

 アニメとか漫画でも別な世界に転生するというのがあった。


 光自身、そんなに詳しいわけではないが、ある日突然、異世界に飛ばされてしまう設定があるらしい。


「そんなのフィクションでしょ……」


 ゲンナリした。

 考えようとする意欲が急速に失われていくのを自覚した。


 トロトロ進む牛車が通りを進む。

 平屋の日本家屋だらけだ。

「ここってどこなんだろ……なんか臭いし」


 人通りはさほど無い。


「時代劇のセットにしても地味だな……」

 ぼんやりと、そんなことを考えていると、前方で「あ!」という声がした。


 その声は中学生ぐらいの女の子から発せられたものだった。

「あら! 目が覚めたの?」


 まるで知り合いに尋ねるように、その子はこっちを見ている。


 横に座っていた兄上が袖を引っ張る。

「目を合わせるな!」 


「え? なんで? あの子は?」


 兄上はそっぽ向きながら答える。

為時ためときの次女だ。大人の役職を名前にするような変人じゃ」


「役職を名前に?」


「うむ。自らを式部しきぶと名乗っておる」


「式部? 式部って紫式部? 源氏物語を書いた人?」


「紫? 源氏? 何を言っておる?」


「日本史で必ず習うやつ。平安時代の文学!」


「へいあん、にほんし? 道長、どこでそんな変な言葉を覚えたのじゃ?」


 テンションが上がり気味のミチナガ(光)が言う。

「可愛いなぁ。思ったよりずっと美少女!」


 兄上は「かわいい?」と、ドン引き。

「確かに、あやつは女だてらに読み書きできるそうだが……」


 式部は嬉しそうに大きく手を振る。

「みっちー、目、覚めたんだ!」


 ミチナガ(光)も歴史上の有名人を前に嬉しくなって手を振って応える。

「ありがと! 式部ちゃーん」


 兄上は強くミチナガ(光)の袖を引く。

「だから相手にするな! あとで面倒なことになるぞ?」


 式部とすれ違った後も、淡々と牛車は進んだ。


 相変わらず平べったい建物がポツンポツンと並んでいる。

 割と道は整然としているが、やたらと空が広く感じる。


 代わり映えのしない光景にうんざりしながらミチナガ(光)は自暴自棄になりかけていた。

「なるようになるよ。きっと」と、自分に言い聞かせる。


 考えることを止めてしまえば少し楽になった。


 大きな屋敷に到着して、どこかの部屋に通される。

 しばし待てと言われて、黙って畳の上で置物を演じる。


 やがて年配の男の人が現れた。

「道長! 心配させおって!」


 兄上に促されてミチナガ(光)がお辞儀する。


 顔を上げて父上という人を観察する。


 なんだろう。基本的な身なりは同じなのだが、自分よりは兄上、兄上よりは父上の方が着物の柄とか重ね方が上位互換になっている気がする。


 父上は笑顔を見せる。

「まあよい。目を覚まさなんだら大変なことじゃ。大事な時期であることは、お主も分かっておろう?」


 兄上が同意する。

「さようでございますな。大事な時期でございます。花山かさんがたの動き……」


 それを父上がさえぎる。

「これ、道兼みちかね! 声が大きいぞ!」


「あ! これは失礼いたしました」と、兄上は慌てて手で口を隠す。


 何の話をしているのか理解できずにミチナガ(光)が黙っていると父上が「コホン」と咳払いをした。

「お主が目覚めたのは良かったのだが……恥をかかせたとカンカンなのじゃ」


 ますます話の流れが分からなくてミチナガ(光)が戸惑う。

「え? 誰が?」


 父上は少し顔を赤らめながら言う。

「あの最中に途中で気を失うとは、女に恥をかかせた、というのじゃ」


 兄の道兼が小声で補足説明する。

「きっと、あそこが臭すぎて失神したのだと噂になっておる」


 あそこ? 臭すぎ? 女に恥?


 段々意味が分かってきてミチナガ(光)が青ざめる。

 無理もない。中身は女子高生、しかもアイドルなのだ。


 父上は少し困ったように言う。

「責任を取れと言うておるのじゃ。さもなくば、()()をちょん切るとな」


「ちょん切る?」と、ミチナガ(光)が顔を顰める。


 道兼が手を伸ばしてミチナガ(光)の股間をポンと叩いた。

「ひゃん!」と、痴漢行為にミチナガ(光)が固まる。


 道兼は、いたずらっ子のような顔つきで言う。

()()が無いと大変なことになるぞ?」


 ムッとしてミチナガ(光)が道兼を睨む。


「別にいいけど? 自分のじゃないし」

 思わず他人事のように口にしてしまった。


 だが、これが現実で、転生のようなものだったとしたら……オチン〇ンを切り取られるのはまずい。


 タマがヒュンとなる感覚。

 はじめての経験にミチナガ(光)は気が遠くなりそうになった。



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