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21 ここはヤバい?

【平安】


 大仙陵古墳だいせんりょうこふんの地下深くに隠された謎の施設。


 宙に表示されるホログラム、わずかな時間で成長して収穫される食物、DNAを保管するためと思われる設備。


 そのすべてがオーバー・テクノロジーだ。


 ミチナガ(光)は考える。

「これって来道らいどうが読んでた雑誌の世界だ……なんていったっけ。あの雑誌?」


 超常現象や宇宙人などのオカルト的な話題を専門に取り扱う月刊誌。

 中学の時に来道がハマった雑誌だ。


「月刊マー? 月刊モーだっけ? いや、月刊ラーだったかも?」


 名前が思い出せないが、その雑誌ならこの施設をなんと紹介するのだろう?


 式部が部屋の真ん中にある螺旋階段らせんかいだんに興味を示す。

「これって上に行けるようになってるのかな?」


 啓明が首を傾げる。

「なんでしょう? 少しずつ高くなっているみたいです」


 ミチナガ(光)が目をらす。

「待って! これって、どうやって支えてるの?」


 普通の螺旋階段だと支柱があるはずだ。

 だが、これは段差だけが繋がって螺旋を形成している。

 まるでDNAの塩基モデルだ。


 ミチナガ(光)は警戒する。

「これって階段じゃないのかも? 飾りだったら乗らない方が……」


 だが、注意するより先に式部がトトンと段差を駆け上がってしまう。


「ちょ、式部ちゃんてば!」と、慌てるミチナガ(光)。


 当の本人は軽快に飛び跳ねる。

「面白いわね! これ。高いところに来れるのね」


 啓明は恐る恐る片足を乗せて、ゆっくり体重をかける。

「だ、大丈夫そうです。思ったより、作りがしっかりしています」


 さっさと上がってしまった式部に啓明とミチナガ(光)が続く。


 階段を上りながらミチナガ(光)は不安になる。


 数年前に亡くなった左大臣の源高明みなものとのたかあきらのDNAサンプルがあるということは、この施設は今でも誰かが使っている!?


 この施設が現役となると、ミチナガ(光)達は、不審な侵入者として排除されてしまうかもしれない。


 ミチナガ(光)が慌てる。

「やっぱり、早く出た方がいい! ここは何かと危ないと思うの」


 ところが式部は、丸テーブルを囲む椅子を見つけて撫でまわす。

倚子いしがこんなにあるなんて。珍しいわねぇ。配置も変だし」


 啓明も感心する。

「宮中でも偉いかたしか座れない倚子いしが、こんな風に気軽に使われているんですねぇ」


 それでミチナガ(光)は理解した。

 倚子いしというのは現代で言うところの『椅子いす』のことなのだ。


 式部は「あたし、一回、座ってみたかったのよねぇ」と、はしゃぐ。


 啓明も「じゃあ、僕も失礼します」と、便乗する。

「ああ、良い心地ですね。これは。お尻に優しいです」


 仕方なくミチナガも座る。

「そっか、こういう家具は平安には無いんだよね」


 それはそうだ。

 洋家具のような椅子はこの時代には存在しない。


 真っ白い丸テーブルを中心にして3人は椅子でくつろぐ。


 式部が目の前に出現したホログラムを操作する。

「飲む? 熱いか冷たいか、甘い? なんか選ぶようになってるみたい」


 式部はしょを片手に、謎の文字をある程度解読できているようだ。


 ミチナガ(光)が冗談半分で言う。

「選んだら自動で飲み物が出てくるんじゃないかな。自動販売機みたいに」


 だが、『自動販売機』が式部と啓明に伝わるはずは無かった。


 顔を見合わせる2人を見て、ミチナガ(光)が「ううん。なんでもない」と、首を振る。


 啓明はテーブルの表面に出現した文字の意味を式部に尋ねる。

「式部ちゃん。これは何という言葉なの?」


 式部が面倒くさそうに答える。

「外、境、動く、向かう、早い、飛ぶ。そんなところね」


「へえ。どういう意味なんでしょうね」

 啓明は、そう言いながら指で順に文字をなぞる。


 すると突然、『ビビッビーッ!』と、警告のような音が、どこからともなく響いた。


 室内を照らす明かりも赤くなって点滅する。


 式部が驚いて啓明を睨む。

「あんた、何したのよ!?」


「いや、ぼ、僕は指でつついただけ……」


 ミチナガ(光)は顔を顰める。

「なんか嫌な予感がする」


 その2秒後に下から激しく突き上げられ、宙に飛ばされる加速が生じた。

「え!?」「あら?」「いいっ!?」


 この圧倒的な加速力は遊園地のアトラクションのようだ。


 目の前で何十色もの色彩がブチ撒かれて混ぜ合わさった。

 意識が飛んで、暗転して、自我が蘇る。


 それは、ほんのわずかの間。


『ガゴン!』と、足元で音がして身体が放り出される。


 軽く宙を舞い、『ドザドサドサ』と、3人仲良く落下する。


 落ちた先は植え込みなのか、地面に叩きつけられることはなかった。

 ただ、ミチナガ(光)を下敷きにして啓明と式部が乗っかってきた。


 その重みにミチナガ(光)が悲鳴をあげる。

「うええぇ! やだ、もぅ!」


 まるでミチナガ(光)を押し倒すような体勢になった啓明が目を開けて叫ぶ。

「やだ! 僕ったら、道長さまに何てこと!」


 その啓明の背中には式部が乗っかっている。

 3人がサンドイッチのように重なってしまった。


 啓明が身をよじる。

「なんか重い。これじゃ身動きが……」


 啓明はそう言いながらも途中で、ハッと何かに気付く。

 そして動くのを止めて、ミチナガ(光)との密着状態に身をゆだねた。


 頬を赤らめ幸せそうな笑みを浮かべる啓明……。


 下敷きにされたミチナガ(光)が抗議する。

「ちょ、ちょっと、降りてくれない? 苦しぃ……」


 我に返った式部が啓明の背中の上でストンと立ち上がる。


「あら? この冷たい空気。外に出ちゃったんじゃない?」


 確かに気温が下がっているし、辛うじて周囲の様子が分かる程度の月明かりだ。


 ミチナガ(光)は、うっとりしている啓明を押しのけて頷く。

「ホントだ。周りも暗いし、外に放り出されたのかも?」


 そこで思い出されるのが、啓明が触ってしまったホログラムの文字だ。


 ミチナガ(光)がゲンナリする。

「外、早く、飛ぶって……緊急脱出装置なんじゃないの?」


 戦闘機からパイロットが脱出する際の仕組み。

 それなら光でも知っている。

 映画で見たことがあるのだ。


 そこで式部が、ある方向に注目する。

「あっちの方向……誰か戦ってる?」


 幾つもの炎が周囲を照らしている一画いっかくがある。

 その方面から怒号や悲鳴、金属音が聞こえてくる。


 啓明が「もう、せっかく良いところだったのに……」と、名残惜なごりおしそうに立ち上がる。

 もっとミチナガ(光)と密着していたかったのだろう。


 式部が「啓明、あれ」と、問題の方向を指さす。


 啓明は耳をませながら眉を寄せる。

「たしかに、騒がしいですね」


 式部が「近いわ!」と警戒する。


 啓明は呑気のんきに首を傾げる。

「古墳の警護の人達でしょうか?」


 ミチナガ(光)たちが古墳に潜入する際に、結構な数の警備兵が堀の外側と内側に分かれて常駐していた。


 もし、彼等が戦っているのだとしたら、誰と戦うというのだろう?


 その時、前方にあった木の上から『バササッ!』と、やたら派手な音がした。

 鳥の羽音はおととしては大きすぎる。


 驚く3人の前に降り立った影。


 それは人型をしている。

 割と幅があり、高さもそれなりにある。


 だが、背中からはみ出た大きな羽もさることながら、その顔が特徴的だ。


 その異形の姿にミチナガ(光)は腰を抜かしそうになった。

「て、て、て、天狗てんぐ!? 天狗ぅ!? 嘘でしょ!?」


 コスプレではない。

 巨大な羽根を持つ山伏やまぶしの装束。


 真っ赤な顔、『きゅうり』のような高鼻、黄色いギョロ目に白い髭。


 そして何より恐ろしいのは、明らかに大量の返り血を浴びていることが一目でわかることだった。


 式部と啓明が警戒する。

「出たわね!」と、式部は右手に木槌、左手に吹き矢の筒をもって構える。


「こんな所で!」と、啓明は右手に小刀、左手は腰にぶら下げた袋に添えている。


 血まみれの化け物の出現にミチナガ(光)は、完全に戦意喪失だ。


 それに対して、式部と啓明は戦う姿勢。


 なぜ怖くないのか? 

 ミチナガ(光)には理解できない。


 まさか、平安時代には天狗が、当たり前のように存在していたのだろうか?


「あばばばばば……」

 ミチナガ(光)は、逃げ出したくても腰が抜けて動けない。


「な、なんなのよう……天狗とか、マジで有り得ない!」


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