オーバー・テクノロジー
【現代】
医師の矢内原が所属する組織はニコラ・テスラ遺した技術を研究しているという。
しかし、彼が『ナチス』という単語を出した瞬間、怪しさが倍増した。
来道は呆れる。
「ナチスだって? 途端に胡散臭くなるな。都市伝説じゃあるまいし」
矢内原は「承知している」と、前置きして続ける。
「UFOの開発に成功していたとか、南極に秘密基地を造っていたとか、そういう類の話だろう? そんなものは作り話。都市伝説。まあ、それがまともな感想だ」
来道もニコラ・テスラについては調べ中だった。
1856年に現在のクロアチアに生まれ、1943年にアメリカで亡くなるまで、常人離れした発明を数多く残した。
だが、それと同時に、人知を超えた謎を多く残して伝説となった人物。
「先生たちが熱をあげるのも分かる気がするよ。少し調べてみたけど、確かに興味深い人物だ」
矢内原は表情を緩める。
「百年前に死んだ人間に現代の研究者が多数、引き付けられるには訳がある。彼の発明には、オーバー・テクノロジーのものが、わんさか存在するからだ。それどころか、現代科学を遥かにしのぐ技術の種を大量に残した」
来道が言う。
「オーバー・テクノロジー。レオナルド・ダヴィンチが書き残したヘリコプターの絵みたいなものか」
矢内原は頷く。
「そうだ。テスラの凄さを説明するなら、レーダーなんか良い例だ」
「レーダー?」
「うむ。レーダーを開発したのは1930年代のイギリス海軍だが、その基本原理は今も変わらない。電磁波を直線的に発射して、それが物体に当たって反射してきたものの方向と、返ってくるまでの時間で探知する」
来道が相槌をうつ。
「ああ。コウモリと同じだな」
ところが、矢内原が「それは違うぞ」と、言う。
「え? なんでだ。だってコウモリは超音波を出して……」
矢内原は素の表情で説明する。
「超音波と電磁波は違うぞ? 電磁波の伝達速度は光速と同じだ」
来道が顔を赤くする。
「し、仕方ないだろ。文系なんだから……」
矢内原が続ける。
「レーダーの基本原理は今日まで変わらない。だが、ニコラ・テスラは、異なる原理のレーダーを考案していた。対象物に直線的な電磁波を当てて反射を観測するのではなく、対象物が押しのける電磁波の揺らぎを捉える方法だ」
「なんだそれ? まったくイメージできないな」
矢内原は物理学の先生のように解説する。
「例えば、緩やかに流れる川があるとしよう。君は、川に浸かって水の流れを感じ取っている。そこに、上流で異物が水面に投げ込まれる。その異物が周りの水に及ぼす揺らぎをキャッチすることで、君は異物の存在を認知する」
来道は想像しながら首を傾げる。
「それは既に水がある、というか水で繋がっているから分かるんじゃないのか?」
「何を言っている? この世界は電磁波だらけじゃないか。光を含めて。なにしろ、電磁相互作用によるエネルギーは、光子を通して伝達されるからな。量子電磁力学の話だが」
来道は「さっぱり理解できない」と、お手上げのポーズをとる。
そして尋ねる。
「で、先生。仮に、その原理でレーダーが開発されたとして何が変わるんだ?」
矢内原は人差し指を立てる。
「ステルス技術が無駄になる。ステルス機能に特化した戦闘機は、照射された電磁波を吸収もしくは分散させることでレーダー網から逃れることができる」
来道が、ようやくその意味を理解する。
「マジかよ……」
敵のレーダーに捉えられないステルス機能は、軍事技術の最重要機密だ。
これまで多額の開発費用が投じられ、これからも重宝されるトップシークレット。
それを無効化する技術!?
矢内原は得意げに言う。
「軍事転用できそうな技術はどの国だって欲しがる。現にテスラは、『テレフォース』という殺人光線の技術を1935年にソ連に売ろうとしていた。2万5千ドルで」
「1935年……第二次世界大戦か」
「相手は、アムトルグ社という当時のソ連の貿易代表部だ。実現はしなかったがね」
ニコラ・テスラの数々の発明。
それらに軍事転用の可能性があったなら、ナチスがそれを狙っていたというのも絵空事ではない。
矢内原がニヤリと笑う。
「立体ホログラムは、それの応用だ」
来道が目を丸くする。
「なんだって? そうだったのか!?」
「ああ。テスラは、短い距離で収束する電磁波を別々な方向から発射して、それをぶつけて発光させることに成功している」
矢内原は左右の人差し指を使って説明を続ける。
「A地点から放射した電磁波、それとB地点から放射したもの。これが収束する地点で……」
彼は指先を同時に動かしながら、人差し指の先端同士をくっ付ける。
「ここで発光。2つの電磁波がぶつかって収束する場所は空中のどこでも良い」
来道が「うーん」と、唸る。
その様子を見て矢内原は満足げに続ける。
「発射する電磁波をコントロールすることで発光の色、持続時間を自由に変えられる。この発射口のペアを何十、何百と並べれば、何もない空中に文字や映像を映し出すことができるんだ」
確かに理屈としては分かる。
2箇所から発射した電磁波が宙のどこかでぶつかって光る。
それが沢山、集まれば立体映像をどこにでも表示できる。
もちろん、スクリーンなど要らない。
そこで来道が疑問を口にする。
「そんな何百、何千と発射口を並べたら電磁波同士がぶつかるんじゃないか?」
しかし、矢内原は余裕で答える。
「だから電磁波なんだ。波と波がぶつからないように交差する」
そういって矢内原は両手の人差し指をユラユラ揺らせて交差させる。
「指定した空間まで電磁波は進む。周囲の電磁波とはぶつからなければ、狙ったポイントに届く」
来道は腕組みして考え込む。
矢内原が含み笑いを浮かべる。
「まあ、AI制御がなかった時代では実用化は不可能だったというだけだ」
ニコラ・テスラの遺したオーバー・テクノロジー。
来道が考え込んでいると、内線電話が鳴った。
矢内原の予想通り刑事が面会のために来院したようだ。
矢内原が走り書きのメモを来道に渡してきた。
そこにはホテルの名前と部屋番号が書かれている。
「その気になったら彼を訪ねると良い。ちょうど、来日している。コードネームは『鉄仮面』だ」
「鉄仮面? なんだそれ。まさか、先生より不愛想だから、そんなあだ名になったんじゃないだろうな」
「心配するな、気さくなアメリカ人だ。多分、君も顔は知っている」
「知っている? そんな有名人なのか?」
「まあ、会ってみればわかる。とにかく行け。私は、当分、刑事にマークされているので動けない。なので、彼に接触しろ」
「なぜ仲間に引き込もうとする?」
「お互いのメリットのためさ。君の姉さんを付け狙う連中が存在する。我々と組むメリットはあると思うが?」
「なるほど。先生は姉ちゃんのタイムリープを研究できる。それがメリットか」
「その通りだ。では、気を付けて。君の姉さんは貴重な存在だ」
「貴重な研究材料、だろ?」
来道は、そう言い残して矢内原の部屋を出た。
ヒカル(道長)の髪串を回収するという目的は果たした。
だが、この病院に来るときに来道を尾行してきた人間の存在を思い出した。
それに病院を襲撃してきた外国人勢力、そして矢内原の所属するニコラ・テスラを研究する組織。
それらがどんな風に絡み合っているのか、そして何を仕掛けてくるのか?
それを考えると自然と早足になってしまう。
来道は病院の裏口方面に向かいながら、お守りのように隠し持った拳銃を衣服の上から握った。
なぜなら、ここに来るときと同じように尾行の気配を感じ取ったからだ。
* * *
【平安】
立体ホログラムの美男子を眺めながら式部がうっとりする。
「凄い。飽きないわぁ」
ミチナガ(光)も「イケメンだよね……」と、感心するものの、光の好みとはちょっと違っていた。
後に『光源氏』のモデルとなったといわれる『源融』のリアルな3D像。
式部とミチナガ(光)がそれに見とれている間に、啓明が、勝手に棒を引っ張り出す。
おそらく本人のであろう髪の毛を謎の金属でコーティングした髪串のような棒だ。
啓明は、それを装置に乗せて適当に操作する。
すると今度は、青っぽい装束のイケメン青年の姿が立体ホログラムで現れた。
啓明が「あ!」と、色っぽい声をあげる。
「この人、格好いい……素敵な人ですね」
式部も興味を示す。
「あら、こっちも良いわね。なかなかに……ふうん」
ミチナガ(光)は、つい素で反応してしまう。
「私はこっちのほうが好み」
それを聞いた啓明が少し嫉妬するように頬を膨らませる。
式部が、この青年の説明文を解読する。
「ええと、名前はこれかな? 源の……高明」
それを聞いて啓明が思い出す。
「あ、知っています。村上天皇の異母兄弟で、左大臣になった方です」
式部が問う。
「あんた、なんで、そんなこと知ってるのよ?」
「このかた、大宰府に流されてましたからね。確か、何年か前に亡くなられたんじゃなかったっけ?」
啓明の言葉にミチナガ(光)は何か引っかかる。
「あれ? 最近、亡くなった人なの? だとしたら……」
ミチナガ(光)は、棒を見比べながら首を捻る。
「この棒って有名人のデータとかDNAを記録してるんだよね……」
そして気付いてしまった。
数年前に亡くなった人物のソレがここにあるということは……。
「嘘でしょ!? この施設を誰かが今でも使ってる!?」




