19 一本、拝借
【平安】
凄まじい速度で育つ作物を全自動で作る地下農場。
それも大仙陵古墳の深い地下に隠された施設で。
ミチナガ(光)は、この時代では明らかなオーバー・テクノロジーに戸惑っていた。
「なんなの……ここは」
夢みたい、と口にしそうになって考え直す。
まあ、平安時代に飛ばされた今の状態そのものが夢なのかもしれない。
式部が提案する。
「ここじゃないみたい。他をあたろ?」
この部屋で他に出来そうなことは無かったので、いったん戻ることにする。
動く床に乗って巨大空間を横切る橋を進む。
先ほどモニタで見た地面を見下ろしながら式部が呟く。
「意外と美味しかったわね」
それを聞いて啓明が驚く。
「え? 式部ちゃん、さっきの食べちゃったの?」
「うん。ちょっとだけ。何かの豆だと思うんだけど、柔らかくて甘いの。薄味だから何にでも合いそう」
実はミチナガ(光)も興味本位で一つ口にしてみたのだが、式部の言う通りだった。
「確かに、コクがあって主食になりそう」
啓明は心配する。
「道長様まで! お腹を壊されてしまいますよ。もう」
式部がジト目で言う。
「なによ。ミッチーの心配だけ? アタシはどうなっても構わないのかしら?」
「いや、式部ちゃんは昔から時々、やらかして……ぐふっ!」
啓明の言葉を式部の蹴りが中断させた。
その後3人は最初の分岐点に戻り、農場とは反対方向に進み、幾つかの部屋を見て回った。
そのうち式部が騒ぎ出した。
「もう! なんなの、ここ! 思ってたのと違う!」
啓明も困った顔で同意する。
「おかしいですよね。これだけの建屋に人が住んでる気配が皆無です」
式部は頬を膨らませて文句を言う。
「広すぎるし、どこにも書庫が無い!」
そうだ。式部は道長の人格を九条光が奪ってしまった原因を探るために、ここに来たのだ。
医学的な知識を求めているのに、肝心の書物がどこにも見当たらない。
式部がへたり込む。
「疲れたよう。お目当てのものが全然、見つからないんだもの」
移動距離は結構あるが、動く床のおかげで歩き回った距離はさほどでもない。
だが、式部はこの部屋の入口のホログラム文字列を見て、ここに資料があると期待していたので、ガッカリしてしまったのだろう。
式部は泣き言をいう。
「この部屋……保存、別な個、調べる、種ってあるから何か手掛かりがあると思ったのに」
この白っぽい部屋は学校の図書室ぐらいの広さで、壁一面にびっしりと突起が敷き詰められている。
その突起が何なのかと思って近づいてみると、何か小さな穴に棒が差さっていた。
式部が、ひょいと一本、抜いてしまう。
「なんだろこれ?」
啓明がそれを見て感想を口にする。
「筮竹に似てますね」
「なにそれ?」と、式部が質問する。
「易で使う竹の棒です」
式部は棒を髪にあてながら言う。
「え? 髪串でしょ?」
ミチナガ(光)は連想する。
「綿棒、分かった耳かきだ! 長さ的に!」
式部が棒を透かして見る。
「綺麗ね……あれ? 中に何かある!」
ミチナガ(光)がそれを見せられて気付く。
「ね? これって毛じゃないの?」
確かに髪の毛が一本入っているように見える。
啓明が台の前に立って報告する。
「この台の上に窪みがありますよ。大きさも、ちょうどそれと同じですね」
式部が手にしていた棒を台の上の窪みに置く。
「何も起こらないけど?」
ミチナガも台の上を覗き込みながら首を傾げる。
「なんだろ? それってこの棒を作る装置なのかな?」
そこで式部が唐突にミチナガ(光)の髪の毛を一本、引っ張って抜く。
「一本、拝借!」
「痛っ」
突然のことにミチナガ(光)が「痛いなぁ、もう」と、ふくれっ面をみせる。
それに構わず式部が抜いた毛を窪みにそっと置く。
すると、例によってホログラムが『フォン』と、宙に現れた。
式部が迷わず「えい」と、指で触れる仕草をする。
ホログラムの文字がオレンジから青に変わる。
続いて、髪を置いた窪みに、じわっと透明な液が染み出してきた。
窪みの周りが小さく振動し、液が小さく波打つ。
が、それは一瞬で、どうも液が固まっていくように見える。
式部の目は窪みにくぎ付けだ。
「なにこれ! どうなってるの?」
ミチナガ(光)が目を丸くする。
「急速冷凍……じゃないよね?」
3人が見守る中、台の上の窪みに溜まった液はあっという間に個体に変化し、細かい振動で回転しながら自動的に棒になった。
台の表面の発光と振動が収まったところで式部が棒を手に取る。
「綺麗ね……虹の色みたい」
啓明も感心する。
「堅そうですね。どういう原理なんでしょう」
ミチナガ(光)は困惑している。
「髪の毛をコーティングしたみたいね……」
そしてハッと気づく。
「この棒って、もしかしてDNAを保存するためのもの!?」
式部と啓明が、ミチナガ(光)の口にした言葉が理解できずに顔を顰める。
ミチナガ(光)はブツブツと独り言を言う。
「よくSFなんかで生き物のDNAを冷凍保存するっていうのはあるけど……常温で?」
コーティングされた髪の毛でDNAを常温保管する技術。
もしそうだとしたら、やっぱりこれはオーバー・テクノロジーだ!
唖然とするミチナガ(光)をよそに式部が、きゃっきゃしている。
「これ、やっぱり髪に挿すのが正解よ」
啓明も「いい感じだね。いいなぁ」と、楽しそうだ。
ミチナガは壁に近づいて、手を翳してみる。
『フォオン』と、ホログラムが現れる。
「これで検索するのかな?」
ミチナガ(光)は文字が読めないので指先で適当に文字を選択する。
すると壁そのものが突然、『スコーン!』と、音がして、一瞬で何十もの正方形に分裂した。
「ひえっ!」と、ミチナガ(光)は後ずさりする。
壁で分裂した正方形は、まるでパネルが団体行動をするみたいにウネウネと自動的に動き出した。
よく見ると、細かいパネルの集団は前後左右が入れ替わったり、回転しながら床下に入ったり出たりしている。
ミチナガ(光)は、それらの動きが止まるまで茫然と見守っていた。
そして、目の前に正方形が1枚、壁から浮き出すような形で停止した。
縦横20掛ける20の穴に棒がビッシリと埋まっている。
そのうちのひとつが紫色に光っている。
ミチナガ(光)は、導かれるようにそれを抜いた。
10センチちょっとの細くて軽い棒だ。
「なんだろ? 水晶? それとも……金属かな?」
すると天井から、すっと装置が降りてきた。
それはマニュピレーターのアームのようで、先端に、ちょうど一本分の穴が開いている。
ミチナガ(光)は、手にしていた棒をそこに挿し込む。
再びホログラムの文字列が宙に出現して、点滅する。
まるで、パソコンのポップアップ・ウィンドウが勝手に次々と開いていくみたいに、文字列が出現しては流れていく。
そして最後に『フォン!』と、大きめの立体画像が出現した。
それは若い男性の姿だ。
ミチナガ(光)が固まる。
「画像……だよね? しかも3D? 実物大?」
そこに式部が顔を出す。
「あら、ずいぶん顔の良い殿方ね。凄い。本物みたいな絵」
「絵じゃないんだけどね……」と、ミチナガ(光)は苦笑い。
これは間違いなく実写だ。
それも360度回転できそうな3D画像……。
式部は、しげしげと立体画像の男性に見入る。
「本当に格好いい。いいわぁ……」
確かに、貴族のような装束を身にまとった凛々《りり》しい男性の画像。
立体ホログラムなので、本当にそこに存在しているような錯覚に陥る。
式部が「あれ?」と、ホログラム文字を見る。
「これ……この人の名前?」
式部は手にしていた書とホログラム文字を比較しながら解読する。
ミチナガ(光)が尋ねる。
「ね。名前分かった?」
すると式部は「うん」と頷いた。
そしてその名前を口にする。
「源融」
ミチナガ(光)には、聞き覚えの無い名前だ。
しかし、この人物は、源氏物語の主人公、光源氏のモデルとなったと言われる人物だった。




