16 オーバー・テクノロジー
【平安】
この施設は古墳の地下に隠されたものだ、とミチナガ(光)は考えた。
誰が隠したものか? と、問われると答えは持ち合わせていない。
だが、少なくとも千年前の技術ではない。
こんなとき、オカルト好きな弟の来道なら、どう分析するだろう?
人の気配は皆無。
まるっきり、うち捨てられた施設のようだ。
映画で見る巨大な宇宙船内部、あるいは外国の軍事基地のような造り。
ただ、不思議なことに照明が無いのに明るい。
それはおそらく、壁・床・天井のツルツルの石板というかパネルのせいだろう。
ほんのり発光するパネルが敷き詰められた通路を進む。
式部が足を詰まらせてミチナガ(光)に抱き着いてきた。
「ひょ、ひょっとして、まだ揺れてる?」
「大丈夫? 式部ちゃん」
「なんだか歩きにくいわ」
「この感覚は……動く歩道と同じだ」
空港など長い距離を歩かなくてはならないところに設置されているアレ。
正式な名称は知らなかった。
ただ、この床は別物だった。
おそらく、上に乗っている人の動きに合わせて速度を変えていると思われる。
きっとセンサーが働いているのだ。
自分たちは普通に歩いているつもりでも、相対的な速さは結構なもののはず。
よく見ると、立ち止まっていても壁や床のパネルが後ろ方向に流れている。
ミチナガ(光)は困惑した。
「ますます分からない……なんなの? これは?」
もう笑うしかない、といった風にミチナガ(光)は気がふれたみたいに笑った。
人は、己の価値観や常識が覆された時、無意識に現実逃避してしまうものだ。
「ミッチー、どうしたの? なんで笑うの?」
「み、道長様、お気を確かに」と、啓明も困惑する。
2人に心配されてミチナガ(光)が笑うのを止める。
「ううん。いいの。混乱してるだけだから……」
そして、キッと進行方向を見据える。
「確かめないと、ね」
気を取り直して3人は先を進む。
突き当りで左右に通路が分かれている。
どちらに進むべきか? と、立ち止まる。
『フォン……』
小さな機械音がした。
そして、何か光る物体が手品のように出現した。
「あ!」と、啓明が後ずさりする。
まるで立体ホログラムのように文字が一列、それぞれの進行方向を案内するかのように浮かんでいた。
ちょうど胸の高さ辺りに。
ミチナガ(光)がそれに触れようとするが実体はない。
まるで一つ一つの文字が独立した幽霊のようだ。
「どういう原理?」と、ミチナガ(光)は唖然とする。
立体映像。これは完全にオーバー・テクノロジーだ!
明らかにこの時代、それどころか九条光が生きている21世紀の技術を越えている。
しかし、式部も啓明も、酷く驚いている感じではない。
ミチナガ(光)が尋ねる。
「ねえ、これって凄くない? 宙に文字が映ってるなんて」
だが、式部は「え? 何が?」と、きょとんとする。
啓明も「何が凄いのでしょう?」と、首を傾げる。
その反応を見てミチナガ(光)は気が付いた。
式部達には先入観が無いのだ!
現代人である光は、スクリーンもモニタも無いところに映像を投射することは出来ないことが分かっている。
だが、平安時代の式部達は、その原理がはじめから無いので、単純に目の前にある物を、そのまま認識して受け入れているのだろう。
それにしても、この場所は不思議なことだらけだ。
21世紀とこの平安時代。
ミチナガ(光)は、どっちの科学が発達しているのか分からなくなってしまった。
立体映像で示された文字を観察していた式部が気付く。
「これ、楔文字だわ! これなら読める!」
ミチナガ(光)が「くさび文字? 何それ?」と、尋ねる。
そこで啓明が代わりに答える。
「古代文字ですよ」
啓明は、いつの間にかミチナガ(光)の背後に密着していた。
「え、え!?」
急に背後から密着されて驚くミチナガ(光)に、啓明が囁く。
「ずっと昔から使われている神聖な文字なんです。あちこちに痕跡はあるんですけど、謎の多い不思議な文字です」
式部が文字の解読を試みる。
「食、作物……早く、短い? 作る、育てる? 指示、統制? まとめる?」
ミチナガ(光)が首を傾げる。
「どういうことなんだろ?」
式部は首を竦める。
「分からないわ。楔文字は一文字ごとに意味があるんだけど……」
指示とか統制という言葉が事実なら、左方向に中心部があるかもしれない。
ミチナガ(光)が「とりあえず行ってみようよ」と、先導する。
動く床に助けられながらスイスイと先に進む。
通路のような場所を淡々と進み、突如、開けた場所に出た。
ミチナガ(光)が「何、ここ!?」と、仰天する。
地下のはずなのに巨大な空間が出現したのだ。
学校の体育館なんかとは比較にならない。
天井は高く、運動場がすっぽり収まりそうな広さ。
まるでドーム球場の内部に入り込んだようだ。
足を止めようにも床は流れていく。
この動く床が橋になっていて、ぽっかり空いた空間を縦断しているようだ。
足元を見るのが怖くなるような高い位置に架かる橋というのがあるが、まさにそんな感じだ。
式部が端っこをチマチマ歩きながら首を伸ばす。
「凄く高いところに居るね……アタシ達」
啓明は天井と左右を見比べながら唸る。
「ううん……何でしょう、この異常な空間。途轍もなく大きな葛篭の中に迷い込んだみたいです」
天井や壁のパネルが遠いので、足元の明かりに比べてこの空間そのものは暗かった。
かといって、まるで底が見えないというわけでもない。
ミチナガ(光)が呟く。
「信じられない。地下に、こんな巨大な空間があるなんて……」
橋を渡り切ったところで通路が左右に分かれていた。
ミチナガ(光)が突き当りの壁に近づくと、『ヒョン』と、壁が割れて台形の入口が現れた。
「じ、自動ドア?」
しかも、壁そのものが瞬時に形を変えて、出入り口を作り出す仕組み。
これも明らかなオーバーテクノロジーだ!
ミチナガ(光)を先頭に、恐る恐る中に入る3人。
啓明が部屋の中を見回しながらため息をつく。
「はぁ……何もないですね。ここは何の部屋でしょう?」
相変わらず照明が無いのに明るい。
天井や床が発光していて、人が近付くと光度が増す仕組みになっている。
まるでSFの研究施設のようだ。
式部が書を片手に首を傾げる。
「何かを作るための場所みたいだけど……」
ミチナガ(光)が連想したのはテレビ局とかレコーディングとかの調整ルームだ。
機器やモニタが横長に連なっていて、それを操作するための席がセットになっている。
それが3列に並んでいる。
ミチナガ(光)が何気なく手前の席に座ると、目の前の機器やモニタが反応した。
「あ! これ動くの!?」
自動的に電源が入った機器は手元にホログラムの文字列を投影し、10個ほどある小さなモニタには、この施設内と思われる場所の映像らしきものを映し出している。
ミチナガ(光)が緊張する。
「ま、まさか、この設備って現役なの? てことは……誰かがここを使ってる?」
そこに式部が、ひょこっと顔を出す。
「なんだろ、これ? 見たことも無いわ」
式部はミチナガ(光)の横に立ち、手を伸ばしてくる。
「えっと、種、選ぶ、時間、決まり、方法? 量……」
宙に浮いた紫色の文字列が5つ並んでいる。
式部が「へえ……面白い」と、上から順に5列の文字列から一文字を選択していった。
すると最後の文字が変化したところで、四角囲いの文字が2文字出現した。
「こっちかな?」と、式部は左の文字を選択。
「式部ちゃん。なんて書いてあるの?」
「左が続くとか連なる、繋がるって言葉。右が、止まる、止める、再度って意味」
数秒経ってから『ブゥウウウン』と、唸るような機械音が遠くから聞こえてきた。
その時、ミチナガ(光)は、急に怖くなってきた。
「まさか、レーザーで攻撃されたりしないよね?」
光は、侵入者を自動的に攻撃する機械システムを連想してしまったのだ。
確かに自分たちは勝手に侵入している立場。
おまけに慎重に振る舞うどころか、適当に機械を動かそうとした。
そこで『ブィィン! ブィイン!』という警報音が周囲に鳴り響いた。
ミチナガ(光)が慌てる。
「嘘!? やっぱりそうなの! 逃げなきゃ!」




