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15 帰宅

【平安】

 大仙陵古墳だいせんりょうこふんの内部は、想像をはるかに超えていた。


 おそらく、隠し部屋の石室そのものがエレベーターの箱になっているのだ。

 そして運ばれたのは地下空間と思われる。


 前方の壁が下がって、奥に続く通路がミチナガ(光)たちを待ち受けている。


 通路側は、ツルツルの壁に間接照明で、ほんのりと明るい。


 例えるなら高級クラブとか大企業の重役が居るフロアのような高級感。

 その反面、無機質で病院か研究室のような堅苦しさがある。


 ミチナガ(光)は「凄い……」と、引き寄せられるように歩き出す。

 自然と足がそちらに向かってしまう。


 後ろで式部が叫ぶ。

「駄目! そっちは黄泉よみの国よ!」


 式部の呼びかけを無視してミチナガ(光)は、フラフラと謎の区域に足を踏み入れる。 

「なんだろ……これ?」


 間接照明だと思っていたのだが、実際は壁の板、というかパネルが微かに発光している。


 それもセンサーが反応するかのように、ミチナガが歩を進めるたびにその周囲の明るさが増した。


 床も素材は不明だが現代風のパネルを敷き詰めたものだ。


 真後ろで式部が「はえええ」と、天井を見上げる。


 いつの間にかミチナガ(光)のところまで追いついてきたらしい。


 式部はミチナガ(光)の袖をつまみながら言う。

「不思議な場所だね。こんなの初めて見たわ」


「うん。でも、この時代にふさわしくない」と、ミチナガ(光)が顔をしかめる。


 現代っぽさを通り越してSF映画の宇宙船内部のような印象だ。


来道らいどうが読んでたオカルト雑誌の世界みたい……」 


 ミチナガ(光)は、弟の来道が読んでいた本を思い出した。

 来道は陰謀論やらオーパーツやら、そんな動画も良く見ていた。


 ミチナガ(光)は思い出す。

「あの子、急に趣味が変わっちゃったんだよね」


 来道は、小さい頃は電車とかアニメとかが好きだったのに、中学の時に交通事故で入院してから興味の対象が変わってしまった。

 その代表的なものがオカルトものだった。


 式部がオドオドしながら周囲を観察する。

「不気味だわ。悪霊の住処すみかなんじゃないでしょうね」


「大丈夫。それよか、先に進も」


 ここに留まっていても仕方がないので、ミチナガ(光)は慎重に歩きだす。


 その斜め後ろから式部がヒョコヒョコと付いてくる。


 しばらく進んでから、式部が機嫌よさそうにミチナガ(光)を肘でつつく。

「ちょっと見直しちゃった。度胸あるわね」


「ん? そう?」


「女好きでお調子者のお坊ちゃんだと思ってたけど」


「なにそれ……」と、ミチナガ(光)は苦笑い。


 式部が考え直したように言う。

「ああ、でも中身はひかるなんだよね。道長が格好良くなったわけじゃなかったわ」


「私だって普段は、びびりなんだよ」


「びびり?」と、式部が首を傾げる。


「あ……そうね。臆病おくびょうってこと」


「ええ? そうは見えないけどな」と、式部はミチナガ(光)に密着する。


 そんな仲良さそうな2人の後ろ姿を見て、啓明が嫉妬心丸出しで睨んでいる。


 親指を噛みながら……。



【現代】

 女社長は、車でヒカル(道長)と来道の家まで送ってくれた。


 九条家は郊外の住宅街にある一軒家だ。


 平日の午前中ということもあって周囲は静かなものだった。


 社長はハンドルを握ったまま声をかける。

「とにかく、しばらくは休ませなさい。何かあったら連絡してね」


 オカルト好きな女社長は、ヒカルに藤原道長の霊が憑依ひょういしたと考えている。

 なにせ彼女は、平将門たいらのまさかどの神通力を心から信じていて、ことあるごとに大手町の首塚くびづかを参るヘビー信者だ。


 颯爽さっそうと走り去る女社長の車を見送って、拓実が大きく息をつく。

「このあと、来道君はどうするの?」


「家にいるつもりだけど? 姉ちゃんを放っておけないでしょ」


「そうだね。僕もバイトは夕方からだから、それまで一緒にいるよ」


 肝心のヒカル(道長)は眠っているところを無理に連れ出されたので、むにゃむにゃ言いながら半分寝ている。


 それを来道と拓実が支えながら家の中に入る。


   *   *   *


 来道が、ヒカル(道長)を彼女のベットに寝かせて2階から降りてきた。

「やれやれ。ようやく落ち着けそうだ」


 リビングに入ると拓実がタブレット端末を熱心に操作している。


 来道が「拓実君、何を調べてるの?」と声を掛ける。


 そこで、拓実が顔を上げる。

「ちょっと『ニコラ・テスラ』のことを調べてた。僕も気になってね」


 来道はソファに腰を下ろしながら頷く。

「ああ、ニコラ・テスラね。伝説の天才発明家」


「驚いたよ。百年以上前の人なんだね。あの発明王エジソンと張り合ってたとか」


 来道は首を振る。

「レベルが違うよ。都市伝説の動画では金星人だった、なんて言う人もいるくらいだよ」


「金星人? なんだいそれ? そんなこと書いてたっけかなぁ」


 来道は続ける。

「まあ、それは冗談として、ホントに宇宙人からテクノロジーを教わっていたんじゃないかって説があるんだよね。それぐらい、ぶっ飛んでたんだ」


 拓実の表情が曇る。

「あの矢内原って医者も、それを信じてるのかな?」


 来道が思い返す。

「研究会……というか組織って言ってたね」


 拓実は顔をしかめる。

「マジか……医者なのに? そんな非科学的なものを?」


「はは、拓実君はオカルトとか都市伝説とか信じていないもんね」


「信じていないというより、頭が固いのかな? あるいはキャパが少ないのかも」


「ただ、姉ちゃんがタイムリープしたというの……俺も半信半疑なんだよね。正直、SFの世界じゃん」


「うん。現実世界で起こる話じゃないよ」


 来道は指を組みながら呆れたように言う。

「おまけに他人と中身が入れ替わるなんて……しかも千年前の人間と」


 来道の言葉に拓実が同意する。

「うん。科学的にあり得ない! 漫画とかアニメでなら有りだけど」


 そういきどおる拓実に対して来道が苦笑いを浮かべる.

「まあ、現代科学が最終形だとは思わないけど、あまりに不可解だよ」


 しばらく2人でそんな話をしていると、昼前に来道の母が帰ってきた。


 仕事を抜けてきたという母は開口一番「もう! 本当に心配したわよ!」と、目を潤ませた。


 来道は簡単に経緯を説明する。


 なるべく母を心配させないように、とにかくヒカル(道長)の脳や身体に異常が無い点は何度も強調した。


 だが、どうしても『タイムリープ』と『入れ替わり』の件は説明しづらい。


「で、母さん。落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ」


 そう前置きして来道は拓実に目配せする。

 拓実も緊張した顔で頷く。


 来道は身を乗り出す。

「じつは姉ちゃん、記憶喪失なんだ」


 すると、母は「はあ?」と、甲高い声で驚きを示した。


 来道が続ける。

「それだけじゃなくって、別人格が出ちゃってて……その、姉ちゃんであって、中身は姉ちゃんじゃないんだ」


 来道の説明に拓実が被せる。

「い、一時的なものなんです! たぶん。そ、そのうち何かの拍子ひょうしで戻るはず!」


 母は、しばらく考え込む。

 そして「なるほど」と頷く。


 来道と拓実が、その様子を見守る。


 母は、のたまう。

「いわゆる二重人格ってやつね。ジキルとヒデ!」


 来道が「え?」と、きょとんとする。


 妙な間が開いて、拓実が気付く。

「おばさん……それってジキルとハイドでは?」


「あら、そうなの? まあ、いいわ。つまり、人格が変わっちゃったのねぇ」


 来道が情報を小出しにする。

「うん。なんか、自分のことを藤原道長だと思い込んでいるらしい」


 入れ替わりとは言わない。

 あくまでも思い込みで誤魔化ごまかすつもりのようだ。


 拓実もそれに合わせる。

「そ、そうなんです。おかしいですよね? なんで平安時代の人物なんだか」


 九条光の中身がどうなったかは正直分からない。


 ただ、タイムリープ説は来道しか信じていない。


 もう一人、医師の矢内原を除いて……。


 母が、ため息をついて来道の顔をじっとみる。

「そういや貴方も中2の時に事故で頭を打ってから人が変わったものねぇ」


「なんだよ、それ」と、来道が顔をしかめる。


「あの時は頭を強く打ったせいだと思ったわよ。急に大人びちゃってね」

 そう言って母は隣の和室に目を向ける。


 その視線の先には仏壇があり、真新しい遺影とお供え物があった。


 ヒカルの異変に母親が動揺している風ではないので来道が少し、ほっとする。

「幸い夏休み中だし、なるべく俺がついてるからさ。心配しないで」


 拓実が「ぼ、僕も光をフォローします!」と、勢いよく立ち上がる。


 母がほほ笑む。

「ありがと拓実君。二人がそう言ってくれるなら安心だわ」


「うん。母さんは仕事に戻っていいよ。姉ちゃん、まだ寝てるから」


「そうね。顔だけ見たら行くわ……あれ?」


 母が首を傾げたので来道が「どうしたの?」と、尋ねる。


 母は首を傾げる。

「そういやジキルとハイドって、どっちがマゾで、どっちがSだったかしら?」


 今度は来道と拓実が同時に「はぁ!?」と呆れた。


 母のこの調子だと、ヒカルの件で当面は大きな混乱はなさそうだ。


 2階に上がる母を見送ってから来道がため息をつく。


「さて……問題は、どう順応させるかだな。平安生まれの女好き『おじさん』を」


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