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13 事情聴取

【現代】

 矢内原は、病院の応接室で2人の刑事から尋問を受けていた。


 明け方が近いというのに未だ警察の出入りが激しく、入院患者の移送作業が続いている。


 マスコミ取材のヘリだけでなく、自衛隊のヘリコプターも周囲を巡回している。


 臨時ニュースは、一晩中、この事件を報道し続けている。


『院内では複数個所で外国人同士の銃撃戦があったものと見られ……』


 アナウンサーの言葉にかぶせるように刑事が尋ねる。

「先生、本当に心当たりは無いんですか?」


 刑事の尾先崎おさきざきは、クチバシのように見える『ほうれい線』のせいで老けて見える。

 そして、鋭い目つきと、ねちっこい口調で矢内原を尋問する。


 矢内原は、わざと怯えている風を装う。

「ま、まったく思い当たる節がありません……なぜ襲われたのか」


 だが、この刑事に演技は通用しないようだ。


「そうですかねぇ。監視カメラの映像では、彼等は到着してから真っすぐ先生の所に向かっているように見えるんですが?」


 矢内原の声のトーンが変わった。

「そ、それは事実なんですか?」


 尾先崎は、矢内原の疑問に答える。

「ええ。まるで最初から目的地が決まっていたかのように」


「結局、何者だったんです!? 連中の正体は見当がついているんですか?」


「先生、それはお答えしかねます。捜査に影響がありますので」


 そう言う尾先崎の隣でもう一人の刑事が大きく頷く。

 この刑事はメモを取る専門で、一言も発することは無い。


 矢内原は、うんざりしたように言う。

「情報は一切与えないが、知っていることはすべて喋らせる。いかにも警察らしいですね。こちらは被害者なんですが」


 尾先崎は、少しだけ申し訳なさそうな顔を見せる。


「申し訳ございません。ですが、この事件は大変、重大なものになると予想されます。ですので、先生には、是非ともご協力いただきたいのです。できれば、素直に協力して頂けると助かります」


 矢内原が肩をすくめる。

「私は、その場に居合わせてしまっただけですよ?」


「ええ。そうですとも、そうですとも。ですが、ご協力いただけないと何度もご足労そくろういただくことになるかもしれません」


「それは困りますね。仕事に差し支えるようなら弁護士を雇いますよ」


「ああ、それは面倒ですねぇ」


 口ではそういうが、この尾先崎という刑事は、蛇が獲物を追い詰めるような『ねちっこさ』がある。


 テレビでは淡々とニュース原稿が読み上げられる。

 それは同じ内容の繰り返しだ。

 時折、重要ではない新情報が寄せられるものの、ニュースの大半は、病院を遠目から撮影しているだけのライブ映像だった。


 尾先崎が沈黙を破る。

「ときに先生。ロシア語を話す知り合いは、いらっしゃいますか?」


 矢内原は腕組みしながら首を振る。

「いいえ。居ませんよ。今のところは」


「今のところは?」


「将来的に知り合うかもしれないから」


 矢内原の回答に尾先崎は苦笑いを浮かべる。

「そうですか。未来の話なら良かった。過去形でなくて安心しました」


「過去形? どういう意味です?」


「いえ。先生のいた病室で死んでいた男がロシア語圏の人間のようなのでね」


 死んでいた人間というのは、電源が落ちた暗闇の中、突入してきた連中の一人だ。


 矢内原が射殺した男……。


 矢内原が表情を隠すかのように首を垂れる。

「そうなんですか。逃げ出すのに必死で……周囲を観察する余裕なんてなかった」


 尾先崎は、追い打ちをかけるように尋ねる。

「先ほど先生は、カタコトの日本語で『動くな』と命令されと。他には? 他には何も言葉を発していなかったのですか?」


「……覚えていません」


 矢内原の反応を見ても尾先崎は深くは追及せず、質問を変えてきた。

「では、質問を変えましょう。先生が診ていた患者。病室にいた方々はどこに行ったんですか?」

 

 矢内原が顔を上げて回答を拒否する。

「守秘義務があります。患者のことは話せない」


 尾先崎はニヤニヤしながら体を揺する。

「それは困りますなあ。彼女達にも話を聞かないと」


 この刑事は『彼女達』と言った。


 矢内原は、この刑事が何を考えているのかを測るように無言で尾先崎を睨む。


 尾先崎は、他人に聞かせるための独り言のように呟く。

「出来るだけ現場から離れようとした。それは分かります。ですが、なぜ外に出て、我々警察に保護を求めなかったのでしょう?」


 矢内原は、ここで口を挟むのは得策ではないと考えたのか黙秘する。


 そんな矢内原の反応にはお構いなく、尾先崎はドヤ顔を見せた。


「監視カメラの映像。あの女の子と少年達は何者なんですか?」



【平安】

 月明かりに照らされた古墳の輪郭は、月の輪郭を連想させた。


 白い壁は遠目には滑らかだが、だいぶん風化してゴツゴツしている。


 ミチナガ(光)は、式部達と古墳の輪郭を撫でながら出入り口を探った。

「ホントに中に入れるの?」


 式部がイライラしながら返事をする。

「知らないわよ! 入口なんてどこにもないじゃない!」


 啓明けいめいはイモリみたいに、壁にペタペタ張り付きながら言う。

「隠し扉になっているかもしれません。根気よく探しましょう」


 ミチナガ(光)、式部、啓明の並びで古墳の輪郭に沿って横にカニ歩きで移動していく。

 壁をペタペタ叩きながら石室への入口が無いかを調べる。


 啓明が「あれ?」と、声をあげる。

 式部が「どうしたのよ?」と、不機嫌そうに尋ねる。


 啓明は左の手のひらを顔の高さ辺りの壁に添えている。

「この石……少しですけど動いたような気がします」


 式部が反応する。

「本当に? じゃあ動かしてみて」


 啓明が手探りで上下左右に力を加えてみる。

「ん? 少し……押し込んだ感じですかね」


 ミチナガ(光)が、ふと式部の頭の辺りにレンガサイズの薄い窪みを発見した。

 おそらく月光が作る影が無ければ気付かなかった。


「なんだろ……これ」と、ミチナガ(光)が手を伸ばす。


 そしてそこに触れる。


 まるでスイッチのように触れた個所の石が微かに凹んだ。


 ミチナガ(光)が「あら?」と、驚いたと同時に、石の壁が音もなく両開きの扉のように割れた。

 

 ちょうどミチナガ(光)と啓明の間の壁に穴が出来て、真ん中の式部が、そこに吸い込まれた。


 式部は「ひゃん!」という悲鳴を残して闇の中に消えた。


 その声が一瞬で遠ざかったので、どこかに落ちたと思われた。


「式部ちゃん!」と、啓明とミチナガ(光)が駆け寄る。


 そして2人同時に、壁に空いた穴を覗き込もうとして頭同士が『ゴツン』と、ぶつかる。


「あ!」と、身を引くミチナガ(光)。

「いやっ!」と、恥ずかしそうに身をよじる啓明。


 ミチナガ(光)が申し訳なさそうに言う。

「ご、ごめんなさい。痛くなかった?」


「いえいえいえ、道長様こそ! お怪我けがはございませんか?」


 やたらと恐縮する啓明が可愛らしくてミチナガ(光)が萌える。

「あ……だ、大丈夫だから」


 啓明は上目遣いで目を潤ませる。

「大事な道長様に、もしものことがあったら僕……」


 ちょっとしたハプニングに、昔のラブコメみたいな反応の二人。


 九条光は、華奢で可愛い啓明のことが気になっている。

 だが、残念ながら身体は道長だ。


 それに対して、啓明のこれは素の反応。


 ということは、ひょっとして啓明は藤原道長のことが……。


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