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12 御陵、上陸作戦

【平安】

 式部が「へっくちゅ」と、可愛い『くしゃみ』をした。


 ミチナガ(光)が心配する。

「大丈夫? 夏なのに夜は冷えるんだね」


 安倍啓明あべののけいめいは前方に目を向けながら冷静に言う。

水壕すいごうもありますしね」


 目的地の大仙陵古墳を前に、3人は二重の水壕に囲まれた御陵ごりょうの様子を伺っている。


 月明かりの中で水壕は大きな障害になっていた。

 外側の壕は何とか越えられたが、本体の場所に入るには数メートルの幅がある壕が邪魔だ。


 古墳の本体がある場所は完全に水路に囲まれていた。


 式部が忌々《いまいま》しそうに言う。

「どうやって渡ろ?」


 現代で言うところの大仙陵古墳に到着したのは夕刻だった。


 日が暮れる前に、ぐるっと一周してみたが徒歩で壕を渡る方法は皆無だった。


 啓明が水壕の向こう側を眺めながら言う。

「やっぱ舟ですかね? たぶん、あの人達は交代で上陸しているんですよ」


 御陵の輪郭に沿うように、かがり火が炊かれている。

 そして、その間を小さな明かりが点のように移動している。


 つまり、御陵は何者かが厳重な警備を施しているのだ。


 ミチナガ(光)が首を傾げる。

「なんで警備なんかしてるんだろ?」


 式部は、したり顔で言う。

「ははん。それだけ重要な秘密が隠されてるのよ」


 啓明は口元に手をあてる。

「ここって、允恭いんぎょう天皇が仁徳天皇を称えるために改築させたんですよね」


 ミチナガ(光)が意外そうに聞き返す。

「改築? 新しく作ったんじゃなくて?」


 啓明が説明する。

「そうですよ。これだけの規模のものですからね。もともとあった何かの施設を利用したんですよ」


 式部が知識を披露する。

「仁徳天皇って3年ほど天候不順が続いて食料が無かった時に、税金を免除するどころか食料を配ったんだよね?」


 啓明が首を傾げる。

「不思議ですよね。どこから食料を調達してきたんでしょう?」


 式部は興味なさそうに答える。

「知らないわよ。まあ、四百年前の話だからねえ」


 式部は書物の記述から、必ず古墳の内部に入れるはずだという。

 だが、肝心の古墳に辿り着くためには、この水壕を越えなくてはならない。


 ミチナガ(光)が肩を竦める。

「やれやれね。泳ぐしかないんじゃない?」


 すると式部が口を尖らせながら肘で啓明の脇腹を突く。

「あんた、舟、作りなさいよ」


「え? 今から? 無理だよ」

「は? 木ならその辺に一杯あるじゃない」


「だって3人乗れるいかだとなると何本、木が必要になるか……」

「ちゃちゃっと破裂させれば良いでしょ。『火の素』持ってきたんでしょ?」


「それは十分あるけど、凄い音がするから見つかっちゃうんじゃないかな?」

 そう言って啓明は前方二百メートル先の小屋を指さした。


 式部が渋い顔をする。

「交代の兵ね……あれ? あそこから舟を出すんだよね?」


 確かに小屋は壕にギリギリ迫る位置に建てられており、桟橋には6艘の小舟がある。


 式部が悪い子の笑みを見せる。

「あれを借りればいいのよ」


 啓明が呑気のんきに答える。

「ええ? なんて説明するの? 貸してくれるかな?」


「何言ってるの! こっそり拝借はいしゃくするに決まってるでしょ!」

「見つかったらまずいよ!」


「大丈夫。考えがあるのよ」

「本当に大丈夫かなぁ」と、啓明は、あまり信用していない様子。


 そして3人でコショコショと作戦会議。


 式部の仕切りで役割分担を決める。


 まずは式部と啓明が、闇に紛れて兵士の詰め所になっている小屋に接近する。


 2人は静かに桟橋に近づくと、啓明が舟と桟橋を繋ぐ縄を外した。


 式部は、ヒョウタンを取り出して何か液体のようなものを残った舟にかけている。

 さらに仕上げと言わんばかりに、小袋に手を突っこんで何かを撒いている。


 その間に啓明は舟を曳いて桟橋からゆっくり離れる。


 壕のへりに沿って歩く啓明が、ミチナガ(光)の立ち位置を通り過ぎていく。


 すれ違いざまに啓明がミチナガに視線を送る。


 子犬の上目遣いのような顔つきに、ミチナガ(光)の胸がキュンと締め付けられる。


 そこに式部が戻ってきた。

「じゃあ、後は頼んだわよ」


 式部はミチナガ(光)の横を通り過ぎて啓明が曳く舟を追う。


 それを見送りながらミチナガ(光)が、ため息をつく。

「うーん……できるかなぁ」


 ミチナガ(光)の役目は、小屋の前にぶら下がっている明かりを弓矢で撃ち落とすことだ。


 式部は小走りで啓明を追いかけていく。


 頃合いを見計らってミチナガ(光)は弓を引いた。


「あれ? 意外と軽い」


 昔の弓具だし、弦の触感が、しなやかさとは程遠かったので心配していた。


 だが、やすやすと弦が引けたのは、筋力が道長のものだからだろう。

 女の子の光では、こうはいかない。


「へぇ……」

 弦を引いたままで狙いを定める動作がしっくりくる。


 軽く腹式呼吸。


『ヒョウ』と、矢が放たれる。


 明かりをぶら下げている縄に命中。

 縄が切れて中の『かがり火』が傾いて落ちる。


「当たった!」


 かがり火が、油の道を辿って桟橋に向かう。

 そして『ボッ!』と、発火する。


 さらに間髪入れず『バババン!』と、とんでもない爆発音が生じた。


 真っ黒な煙があがり、桟橋が崩壊し、小屋が斜めに吹き飛ばされた。

 結構な、爆風が熱気となって押し寄せてくる。


 式部が弓矢で着火させると言ったのは、このためだと気づいた。


 思ってた以上の大爆発にミチナガ(光)が腰を抜かす。


「あばばば!」


 舟を沈めるどころか、桟橋も小屋も吹き飛んでしまった。


「ひゃあ、ご、ごめんなさぁい!」と、ミチナガ(光)が逃げ出す。


 しばらく走ったところで式部達と合流する。


 舟を出しかけていた啓明が呆れ顔で言う。

「式部ちゃん、多すぎ。火の素、どれだけ使ったの?」


「え? 袋の中身、全部だよ?」

「はぁ……そりゃ、ああなるよ」


 どうやら式部がいていたのは火薬のようだ。


 式部は舟に乗り込みながら喜ぶ。

「ねえ! 見てみて! 対岸の兵が大騒ぎしてるわ! 向こうの注意は、あっちに集中するから、あたし達には気付かない」


 古墳の本体がある対岸では、小さな火が次々と左に移動していく。


 さらに式部は予想する。

「それに、あっちの連中は何事かと舟で渡ってくるだろうから、向こうは手薄になるはずよ」


 ミチナガ(光)が感心する。

「へぇ、式部ちゃん、頭いいね。そこまで予想した作戦だったんだ」


「えへへ」と、得意げにミチナガ(光)の胸に軽く頭突きする式部。


 啓明が棒で舟を操作しながら横目で見る。

「まあ、やり方が強引だけど。がさつというか……」


「ん? 何か言った?」


「いや……なにも」


 水壕の幅は50メートルぐらいに感じられた。

 暗いせいもあって、正確な幅は分からない。

 しかし、感覚的には渡るのに数十分かかった気がする。


 見張りの兵とは離れた場所から上陸する。


 先陣を切った式部がはしゃぐ。

「やった! 作戦成功! 無事に着いたよ」


 ピョンピョン飛び跳ねる式部を啓明がいさめる。

「駄目だよ、式部ちゃん! 静かに! 見つかっちゃうよ」


 ミチナガ(光)はヘロヘロで、それどころではなかった。

 不安定な小舟が揺れるたびに転覆を心配して精神的に参ってしまったのだ。


 対照的に元気な式部は茂みを掻き分け、ズンズン中心部に進む。


 仕方なくそれを追うミチナガ(光)と啓明。


 式部が「すご……おっきいね!」と、目を丸くする。


 そこには白っぽい古墳の側面が圧倒的な存在感を示していた。


 よく見ると表面には土汚れやコケ、蔦が取り巻いている。

 ところどころ崩れている箇所もある。


 式部が壁に手を触れながら呟く。

「結構、傷んでるわね……」


 啓明が壁を突きながら顔を近づける。

「手入れはしているみたいですけど……ずっと昔の建物ですからね。劣化は仕方がないです」


 式部が残念そうに言う。

「きっと出来立てのころは白くて綺麗な形をしてたんでしょうね。この書に書かれてた形みたいに」


 ミチナガ(光)は教科書の写真を思い出していた。

「緑でモコモコじゃないんだ……」


 造られてからこの時代でも既に400年は経過している。

 さらに千年も経てば、メンテナンスなしでは森のようになっていてもおかしくはない。


 啓明がコンコンと壁を叩いてみる。

「しっかりした造りですね。どこから入るんでしょう?」


「見た目に騙されては駄目なのよ」

 式部は書に記された図には、隠れた入口が記されているという。


「あたし達の目的地は封印された石室じゃないわ」


 いざ、上陸したものの、月明かりに白い丸みを帯びたフォルムを晒す古墳は、艶めかしく見えた。


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