第2話 初ログイン
マーマレードジャムを塗りたくった食パンをかじりつつ、ミルク多めに入れたコーヒーをすする。
時刻はAM8時半。
起きてからまだ数分しか経っておらず、パジャマから着替えてすらいない。
脳が覚醒するまでには寝起きから3時間程度、とか何とか云われているとかいないとか聞いた事があったりもするが、私はそんな迷信を信じてはいない。
寝起きでいきなり覚醒する時もあるし、何時間経ってもボーっとしている時だってある。
脳の覚醒までに必要な時間なんて、その時その時のコンディションで変わるものであり、狙ってどうこうなんて無理なのだ。
第一、ゲーム始めるのに、わざわざコンディションを絶好調状態に合わせる必要なんてないだろう。
そんなわけで、愛依の要求に従って、9時にはゲーム始められるように、諸々の段取りは事前に完了させており、後は時間になったらログインするだけ、という状態にしてくつろいでいるのである。
パジャマ姿でフラフラしていても、文句を言ってくるであろう両親は、本日夫婦水入らずでお出かけ中なので気楽な状態になっている。
あ、他にも弟はいるけど、休日は出かける予定がなければ、自室からほぼ出て来ないので問題ないだろう。
……まぁさすがに一日中パジャマで過ごすわけじゃないから、そこまで気にする必要はないのかもしれないけれどね。
そんなこんなで、朝食を終え、食器を軽く洗い、自室へと向かう。
時間は9時10分前。いい時間ね。
今日は出かける予定はないため、パジャマから部屋着へと着替える。
あまり変化はないかもしれないけれど、気分の問題である。
そうこうしている内に時間となる。
私は愛依に言われた通り、ゲームにログインし、キャラメイキングを……
「……あれ?」
キャラメイキングをする事が無いどころか、説明も何も無く、いきなりゲーム内の世界と思われる街中に立っていた。
「え?……何コレ?」
混乱しながらも、何とか手探りで色々と探ってみる。
「ステータス……あ、見れた!えっと……」
キャラ名が『クロエ』?
何それ?何でそんな名前?誰が付けたの?
職業『魔王』?
魔王って職業なの?っていうかレベルが61!?ステータスの数字も凄い事になってるし、何か持ってる装備品も凄そうな名前なんだけど!?
何!?本当に何なのコレ!?
私、誰かのキャラを勝手に使っちゃってるの!?どうしよう……
と、とりあえず愛依と連絡取ってみよう!
えっと、ログインしたら『ダイレクトチャット』送れって言ってたよね?
私はチャット画面を開いて範囲をダイレクトに設定する。
相手の名前欄?えっと……たしか、愛依は『アイ』って名前でβ版やってて、引継ぎでやるって言ってたっけ……
「えっと……アイ!アイにダイレクトチャット申請します!」
そう口にすると、目の前に『申請中』の文字が表示され、数秒で消えたかと思ったら、頭の中に直接声が届くような感じで愛依の声が聞こえてくる。
『はいはい、このクロエって和……でいいの?早かったね。キャラメイキングにもっと時間かかると思ってたんだけど』
「そう!私!たぶんクロエって私だと思う!」
自分でも信じられないくらい焦っているのがわかる。
「私まだ何も設定してないのに、勝手にキャラ出来上がってるんだけど!?何で!?コレどうしたらいい愛依!?」
焦りからか、若干早口でまくしたてる。
こんなので愛依に要点伝わっただろうか?
『あー……何かよくわかんないけど、和が設定したIDとパスワードでログインしたんでしょ?普通は他の人とかぶるIDとかは、重複有りとかで弾かれるハズだから、ログインする時少し間違えたとか?』
間違えてた……のかな?
間違えないようにメモ書きまで残してたのに……
『とりあえず一回ログアウトして、再ログインしてみたら?』
「わ……わかった!」
愛依に返事だけして、その場ですぐにログアウトする。
視界が私の部屋に、感覚が自らの身体へと戻る。
私は、机の上に置いてある、ID・パスワードが書かれたメモを手に取り、間違えないようにゆっくりと入力する。
再度ゲームの世界へとダイブしていく感覚になり、これまた再度同じゲーム内の世界が視界に映り込む。
えっと……何も、変わって……ない?
「めぇぇいぃぃ~~!!IDもパスワードもちゃんと打ち込んだのに何も変わらないよぉ!!?どうしたらいい!?私どうしたらいい!!?」
『落ち着け落ち着け。和って普段はクールなのに、ちょっと想定外の事が起こるとすぐテンパるよね?』
いや、そんな冷静に私の性格を分析してないで、どうしたらいいか答えをちょうだいよ!
『そうだねぇ……このゲームいちおう、キャラ育成に失敗した時用に、キャラリセットできる仕様にはなってるけど、それはステータスを初期化するだけで、キャラ名とかキャラグラフィックはそのままだし……』
え!?じゃあ私、ずっとこの謎キャラでプレイしなきゃならないの!?
『とりあえず運営に問い合わせてみれば?メール送ってみな、運が良ければすぐに返信くるよ』
「了解!すぐ送る!」
えっと……「メニュー画面」から……「その他」の項目かな?……あ、このメール欄にある「問い合わせ」ってやつかな?
『アイさんから、フレンド申請とパーティ申請が届きました』
必死になってメニュー欄をいじっている私の耳に変な機械音声が響く。
めぇいぃぃ!!何で、人がテンパってる時に邪魔するのぉぉ!!?
「許可っ!!」
相手にしている余裕があまりないので、とりあえず一言だけ叫んで、愛依からの申請を受諾する。
『いやぁ邪魔してごめんね。パーティ組めば、メンバーがどの辺にいるかマップで確認ができるから、今のうちに合流しとこうと思ってね』
なるほど、確かにそれなら時間を有効活用できるもんね……まぁ邪魔してる自覚もあって謝ってもいるから今回は許してあげよう。
『ちなみにフレ登録しとくと、ゲームにログインしてるかどうかがわかるようになってるから、是非活用してみてね……っていうか、和ずいぶんと遠い所にいるね。何でそんな場所にいるの?』
何でこの場所にいるのかなんて私が知りたいわよ!!
っていうか愛依、本当に邪魔してるって自覚持ってる?
そんな愛依に若干イライラしつつ、私は運営へと送るメールの内容を思考するのだった。
……何がわからないのかがわからない状態で、どういう文章で問い合わせればいいのだろうか?