第22話 姉弟
丸井 皆斗。
私の弟で年子だ。
私がゲーム初心者である事に対して、皆斗は小さい頃から結構やっている印象がある。
というか、私がゲームやらなかったぶん、皆斗はその分までやっているような気がする。
そこそこの進学校の受験に受かっているので、ゲームやりすぎて成績が悪い、とかそういう事はなさそうなのが腹が立つ。
部活等には入ってなさそうだが、少なくとも小・中学校時代は、運動会とかでよく1位とか取っているのは見た事があるので、運動神経が鈍い、とかそういう事もなさそう……
何か無性にイライラしてきたな。
何なのコイツ?無条件で全人類の敵認定してもいいんじゃないかな?
まぁともかく、そんな私の弟が、いま目の前に立っている。
「なに人の部屋の前で座り込みしてんだよ姉ちゃん。邪魔だからどいてくれよ」
皆斗が部屋にいる時に、そっとドアを開けて「ちょっといい……?」とか声かけに行くのが、果てしなく嫌だったので、学校終わってから即帰宅して、皆斗が帰ってくるのを部屋の前で待ち構えていたのだ!
その甲斐あってか、部屋に入る前の皆斗を、無事確保する事に成功した。
「ね……ねぇ皆斗。私ね、最近『オルメヴァスタ』ってゲームやってるんだけど、皆斗ってゲーム詳しいよね?『オルメヴァスタ』やってたりしない?」
単刀直入に直球勝負する。
これで「やってない」って皆斗が答えてくれれば、昨日返り討ちにした『まるミナ』君とは無関係って判明して、心置きなくゲームに集中できるってもんで……
「姉ちゃん最近、何かゲームやってるとは思ったけど『オルメヴァスタ』やってんの?もしかして、一人じゃクリアできないクエストでも受けて、藁にも縋る思いで、俺がやってないか聞きに来たの?」
「どうなの!?やってるの?やってないの?」
変な推測とかどうでもいいから、早く答えろと言わんばかりに催促する。
こちとら死活問題なのよ!!
「な……何だよ。そんなに切羽詰まってるのかよ……ああ、やってる。やってるよ。しかもそこそこ上位だよ。安心したか?」
何やってんだよコイツ!!?何も安心できないよ!!?
いや、落ち着け私。まだ、皆斗が『まるミナ』君って決まったわけじゃないじゃないか!
まだ「ゲームでイキって、弟をボコボコにした姉」っていう恥ずかしい立場が確定したわけじゃない!
「ね……ねぇ……キャラ名とかって……どうしてる?」
これで全然違う名前だったら、私はまだ心の平穏を得られる。
皆斗もよく考えて答えろ!「ゲーム内で実の姉に絡んで返り討ちにあうダサい弟」という立場を……
「名前とか考えるの面倒くさいから、普段クラスの連中から呼ばれてる「まるミナ」で登録してるよ」
ガッツリと崩れ落ちる私。
「何だよオイ……泣いてんのかよ?俺が『オルメヴァスタ』やってたのが、そんなに嬉しかったのかよ?」
悲しんでんだよ!!!?
「……で?姉ちゃんのキャラ名は?」
あ、そうだよね。お互いにキャラ名知らないと、ゲーム内で合流するの大変だもんね。言わないとダメなんだよね?
「……言いたくない」
「はぁ?ふざけてんのか?名前もわからずに、どうやって一緒にゲームやるって言うんだよ?」
だよね。そりゃあそういう反応するよね。
うん、わかってた。ただちょっとだけ最後の悪足掻きってのをしたかっただけなんだよね。
「…………クロエ」
観念してキャラ名を白状する私。
そして訪れる短い沈黙。
うん、これもこうなるってわかってた。
「そういう冗談はいいから。普通に答えてくれ」
まぁ信じないよね。
「……まぁゲーム自体が初心者の姉ちゃんにしては、ランキングトップのキャラ名を知ってたのは褒めてやるけど、クエストクリアしたいなら、そういう事は恥ずかしがらずに、ちゃんと教えてくれないと、何もしてやれないぞ」
なんか、小さい子に言い聞かせるみたいな感じで言われてない私!?
ちょっとゲーム歴長いからって上から目線で……私、悪い事何もしてないのに、バレバレの嘘をつく可哀想な子、みたいな扱いしてない?
なんか段々と腹が立ってきた……
元はと言えば、皆斗がゲーム内で私に絡んできたのが原因なのに!
「だから!本当に『クロエ』なの!昨日アンタの、ナンパみたいな誘いにホイホイついて行って、集団暴行されそうになった『クロエ』なの!!それを魔法一撃で返り討ちにした、ランキング1位の『クロエ』なのよ私が!!!」
爆発した。
わからせるために、何度も『クロエ』を連呼した。
「ちょ……!?待て!?……何でそれを知って!?……いや、クロエが……え!?はぁ?……だって姉ちゃん……いやいや!!?」
あ……皆斗、予想以上に混乱してる?
なんだろう?そのぶん私、若干冷静でいられるような気がする。
「何か信じてもらえてなさそうだけど、どうすれば信じてもらえるの?」
「そりゃ信じないに決まってんだろ!?ゲームに関しては超が付くほど初心者な姉ちゃんがトッププレイヤーとか」
うん、それに関しては私も同意見だ。
だって私が強いのって、たんなる運営のミス、というか、ただデータがバグっただけなんだから。
「とにかく……なんだ……えっと……だったら、すぐにログインして、昨日俺がクロエにやられた場所に来てみろ!姉ちゃんが本当にクロエなんだったら知ってなくちゃならない場所だ!!」
ああ……町を出て少し歩った茂みあたりか。
「ついた嘘が引っ込みつかなくなってるだけなんだったら、謝れば許してやるから、ログインするまで少し冷静になっとけよ!……俺のキャラ名は教えてあるんだから、ログインしたらダイレクトチャットで謝罪してこいよ!そしたらクエスト手伝ってやる!!」
そう言って、私を避けて自室へと入って行く。
あの感じは、8割くらいは、私がクロエだって信じてないな。
まぁいいか……ゲーム内で会えば嫌でも信じるだろう。
えっと……部屋に入って行ったって事は、皆斗はゲーム起動してるんだよね?
それじゃあ私も部屋に戻ってログインを……
…………
……
「疑いつつも、ちゃんと待ち合わせ場所には来たんだね皆斗」
ログインして、皆斗が指定した場所に向かうと、そこには私より先にやって来ていた「まるミナ」君が立っていた。
「ちょ……!?お……!?おま……!?オマっ……!?」
目を見開いて、かなり狼狽えている皆斗。
オマって何だ?中南米あたりで発見でもされた新種の珍獣か何かかな?
「ともかく……どう?これで私が、本当にクロエだって信じてくれたかな?皆斗」
「いや……だって……っつうか、本当にクロエなんだったら、何で俺にクエスト手伝えとか言ったんだよ!?クロエなんだったら俺の助けなんていらないだろ!!?」
え?何言ってるんだろうこの子?
「私、一言でも『クエスト手伝って』って言った?」
「うっ……あ……」
勝手に勘違いして突っ走ってたのは皆斗で、私はただ、『まるミナ』君が『皆斗』なのかどうかが知りたかっただけなのだ。
「だったら……だったら何で俺にこのゲームやってるか聞いてきたんだよ?知ってて馬鹿にしてたのかよ?」
あ~……これで「ただ確認したかっただけだから、もう用無しだよ」って言うのは、流石にちょっと可哀想だな……
あ!一つ良い事思いついたぞ!
「えっとね皆斗……私達のクランに入らない?」
皆斗だったらリアルも知ってるし、話やすいから、知らない人がクランに入るより全然いい。
「……少し、考えさせてくれ」
二つ返事で受けてくれるかと思ったのだけれど、身内びいきは通用しなかったようで、皆斗はその一言だけを言って、肩を落とした状態でフラフラと歩いてどこかへと行ってしまう。
ええと……悪い事したわけじゃないハズなのに、凄い罪悪感を感じるんだけど、どうしよう私?




