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「ふんふんふーん」
俺はこの日、何気なく鼻歌を歌いながら交差点近くを歩いていた。
高校からの帰り道。
ようやく授業という名の束縛から開放され、自宅という楽園へ帰還することができる。
それに今日は金曜日なので、楽園度合いは尚更バク上がりだ。
これでテンションが上がらないというやつの方が少ないだろう。
「帰ったらまずはお寿司を食べよう。その後は夜更かしして終わらない夜を楽しむとしよう。はぁ、今からもう楽しみだよ」
俺はますますルンルン気分になってしまう。
だがそれがいけなかったのだろうか。
ちょうど長い横断歩道を渡っていたのだが、その真ん中くらいで青信号が点滅し始めたのだ。
やばい、早く渡らないと。
そんな焦りとともに、俺はダッシュで横断歩道を掛ける。
そしてなぜかは分からないが、横断歩道を渡り終えた勢いで、その横の車が普通に走ってる方の横断歩道に九十度の角度で曲がって飛び出してしまい、大型トラックに普通に敷かれてしまった。
ああ、なんで、こんな……ことに……
なんとか気を保とうとするがそれも虚しく、俺は意識は闇へと落ちていった。
「あれ……ここは……」
気づけば俺は知らない場所にいた。
床も壁も一面真っ白に染まっている小部屋だった。
ベッドや椅子などの家具も少しばかり置いてあるが、それらも全部白。
よほどおかしな性格をしている人くらいしか、こんな基調で揃えたりはしないだろう。
「まさか俺は変態に誘拐されてしまったのか?」
『だれが変態じゃ』
どこからか声が聞こえたかと思ったら、急に目の前に光る球が生じた。
球はひねくれて棒状に伸びていき、一瞬で人の姿を形作る。
そこにいたのは一人の老人だった。
八十から九十はいってるんじゃないかという容姿。もしかしたら百歳くらいもいってるかもしれない。いや、流石にそんなによぼよぼというわけではないか。
「ずいぶんとリラックスしておるようじゃのう」
「え、あなたはどなたですか?」
「なかなか図太い性格をしておるの。答えるならば儂は神じゃよ。といってもそう大層なものでもなく、一定の世界を管轄する者の総称を言っておるにすぎんのだがな」
なんだ? 神様だと? そんな人本当にいたのか。やっぱりただの頭のおかしい人なのではないか。そうとしか思えない。
「やっぱり神様といいつつ変態ってことなんですか?」
「何を言っておるのじゃ、儂は神じゃと言っておるであろう。まぁそこは大した論点ではないから何と思うて貰っても構わんが。じゃがお主が現在どういう状況に置かれているのかは把握しといて貰いたいところじゃのう。お主、自身の最後というのを覚えておるかの?」
「俺の最後……?」
そう言われ考える。
俺は最後……何してたんだっけ。家で寝てた? いや、昨日は俺が大好きすぎて五周くらい見返した人気漫画シリーズ『野球の審判をしていますが、ルールをまだ覚えきれていません』の第八巻を読みながら寝落ちしてしまったんだ。
そして朝になって学校に行ったところまでは覚えてるぞ。そこから……えっと……どうなんだっけ?
「思い出せんか、車に敷かれたんじゃが」
「え…………あ、あああああ!!」
思い出したああ! そうだ、俺、車に敷かれたんだわ!!
「その顔は思い出したようじゃな」
「じゃあここはどこなんですか? 生きてるってことは助かったんですよね? 外国の病院とかってことですか? てことはおじいさんが俺を救ってくれた医者?」
「いや、まぁ全く違うというわけでもないが、根本が違うな。お主は死亡しておる、敷かれた十四秒後くらいに不整脈による心肺停止によってな」
「え、死んだ?」
「そうじゃ」
「またまた、だってこうやって生きてるじゃないですか」
「それは儂が特別に魂に肉体を与えておるからじゃよ。魂があっても考える脳と口がなければ喋ることはできんじゃろう」
「は?」
「順に説明するなら、まず死んだ者の魂は普通であれば天国へと召され、輪廻へと掛けられることとなる。当然お主もな。そうなればお主を構成していた核の部分は改変され、お主ではない別の何かへとなってしまう。そうなる前に、わざわざすくい上げてこうして呼び出しておるのじゃよ」
「……要するに一言で言ったらなんなんですか」
「お主は死んだが特別にここにいる」
えぇ……死んだ……なんて言われても……でも確かに車に敷かれたときのあの痛みと衝撃はほんものだった。今思えばかなり死を覚悟した気がする。その記憶を参考にするなら本当に死んでたとしてもなんらおかしくないし、この人の言ってることがあってあり……?
「じゃあここはどこなんですか?」
「ここは神の住む領域――神域じゃ。本来は人の出入りなど認められておらんのじゃがな。今回は特殊な事情ということじゃな」
「特殊な事情?」
「聞くになってきたかの。結構大事な話じゃから、ちゃんと聞いて欲しいのじゃが」
「分かりました。やれるだけやってみます」
死んだというのなら悲しいことだが、ひとまず受け入れないと始まらない。
俺は黙って一旦事情とやらを聞くことにした。




