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チューニング

作者: 眞柴りつ夏

「わ、これまだあんの?」


 10年ぶりの帰省。それはまだキッチンに鎮座していた。


「どれー?ああ、ラジオ?」


 母がうふふと笑う。


 実家のキッチンの高い場所にそのラジオはあった。

 子供だった俺は、そばにあるダイニングテーブルの椅子を移動して、ゆっくりとそこに立つ。

 電源を入れるとこれも高い所に設置してあるスピーカーから朝の交通情報が流れる。食事中はいつもこの番組。

 そして、それが終わったら母親が好きだった番組にチャンネルを変更する。俺はその為にまた椅子に立つ。

 ダイヤルを指でそっと回して、チャンネルを合わせる。

 その時のキュイ〜〜ンというチューニング音が、胃の辺りがぞわぞわして怖かった。


「あんた、子供の頃そこから落ちたわよね」

「は?どこ?」

「そのラジオつけてて、なんだかいきなり叫んで」

「覚えてない」

「結構な大声だったし、ドン!って大きな音もしたから、洗濯干してたけど慌てて走ってきたのよ、私。そしたら顔真っ青でね」

「いつ頃?」

「小学校低学年じゃない?私も今まで忘れてたけど」


 あの頃は椅子に乗らないと届かなかったラジオが、今は背伸びせずとも届く距離にある。

 俺はそっと本体に触れた。


「なんだったんだろうね、それ」

「泣き叫んでて、でも言ってることわからなくてね。とりあえず落ちた時に頭打ってないかとかの心配してたから。母さんも覚えてないわ」

「今も使ってるの?」

「使ってない」


 はっきりと宣言する様に、思わず笑った。


「捨てればいいのに」

「お父さんがずっと使ってたものだから」


 俺の父は機械ならなんでも好きだった。

 このラジオの他にもオーディオセットがあったし、俺専用のコンポも買ってくれた。

 その父がいなくなって、ちょうど10年だ。




 久しぶりに集まった家族と食事をし、風呂にも入って、気がつけば午前様だった。冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ラジオを見上げた。

 プルタブを開ける音が、薄暗いキッチンに響く。

(あの時、何があったんだろう)

 母から聞いた、泣き叫んでいたという自分。全く記憶にないのが、逆に気になる。

 ビールを口に運びながら、手を伸ばして電源に触れた。

 途端、結構な音量で洋楽が流れ、慌てて消した。


「……っくりしたー」


 まさかつくと思わなかった。流石にもうコンセント抜いてるだろうと油断した。そっと様子を伺うが、家族が起きてくる気配はない。ほっとして、音量ボタンを少し下げる。近くにヘッドフォンが置いてあるのが目に入って、缶ビールを置いてそれを手に取った。

 流石に差し込み口は下からじゃ見えなくて、椅子を引っ張ってきてそっと乗る。子供の頃とは目線が全然違くて、俺は少しわくわくした。

 後ろ側の口にジャックを入れ、頭にヘッドフォンを装着する。

 電源を入れる。

 明るい音楽が、一気に脳内を埋め尽くす。目の前の暗い部屋とのギャップが凄くて、軽く目眩を覚えた。

 こんな時間でもラジオって流れてるんだな。

 なんとなくチャンネルを変えようと思った。

 今は数字入れれば勝手にそのチャンネルになるが、このラジオは古い。指で合わせなければならない。

 なんとも言えないチューニング音が、耳を犯す。

 ……この音が、苦手だった。

 チャンネルとチャンネルの狭間、そこに一瞬混じる雑音と声のバランスが怖い。

(そんな時期もあったな)

 俺は苦笑して、そのままダイヤルを回す。


「……ん?」


 何か、聴こえた気がした。

 キュインとザーの間で、何か、意味を成した言葉が。



『『おかえり』』



 急にはっきりと聴こえた言葉にビクリと震えた身体は、ヘッドフォンの線で繋がっていてそのまま固まった。

 指が動かなくて、チャンネルはいじっていない。今はノイズだけが聴こえている。

 こんな夜中にラジオドラマでも流してんのか?それか番組で、夏だから怪談とか。

 おかえり?

 こんな深夜に何放送してんだ、ビビらすなよ全く。



『お前は昔から怖がりだからな』



 今度ははっきり聴こえた。

 肩が、重たく感じる。

 変な汗が、首元を流れる。


 

「……と、うさん?」


 掠れた声が漏れる。

 似てる気がした。いやでもそんな。



『会いたかったよ』



 ノイズ音に混じって聴こえたそれは、優しげな声をしていた。

 乾き切った喉に、無理やり唾を飲み込む。

 会話、している。ラジオと。

 そんな馬鹿な。

 そう思うのに、脳は勝手に色々な可能性を考えているのに、口は勝手に開いて言葉を発した。

 

「……違う」


 確かに父さんはもういない。でも。


「父さんじゃない」


 ラジオと会話している異常な事態に、それを受け入れてしまっているということに、頭がズキズキと痛む。


「父さんは、死んでも俺の前には出てこないって約束した。俺が、すごく怖がりだから」


 病院での最後の会話。忘れられるわけがない。


「お前……誰だよ」


 ラジオの向こうから、くすくすと男女の笑い声がした。

 ——男女?

 そうだ、さっきの『おかえり』も二重だった。



『簡単にバレてるじゃない』

『名乗らなきゃいけると思ったんだよ』

『オレオレ詐欺じゃないんだから』

『でも会話できるってのは、ある意味才能だ』

『そうね、それは、そう。有能』



 俺は電源を切ろうと、固まった指先に指令を出す。

 動け、動け動け動け!!


 カチリ。


 電源を切る。

 ノイズ音と声が消え、それでも俺はしばらくそのまま動けなかった。心臓がバクバクと音を立てている。

 子供の頃、絶叫したのってもしかしてこういうことがあったんだろうか。

 ゆっくりと息を吐き出し、ヘッドフォンに手をやり離した瞬間、


「来ちゃった」


 耳元でさっきの女の声がした。




 ——電波に乗って、『それ』は移動する。

 ——チューニングが、合ってしまう。



『お前は呼びやすい。気をつけろよ』


 ラジオを聴いて床に転げ落ちたあの日、泣きじゃくっている俺を抱きしめながら父さんが言っていた言葉を思い出し、俺はゆっくりと振り返った。



—END—

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