レベルX
椅子をよく見ると、上に文字が浮き出ている。「あるはずのないものを消せ」なんだこれ。あるはずのないものはどう考えても俺自身だ。しかし、自害すればクリアというのは考えたくもない。もし何もなかった時の最終手段だ。
「ないはずのないものが何かならわかるんだけどな」
俺は地面に寝転んだ。視界が一面青空になる。日常でもよく目にしていて、何度もきれいだと思ったことのあるもの。それが太陽がないだけでこんなにも気味が悪くなるとは。
太陽がない……。なのにここには気温も青空もある。もしかしてこれらを無くすべきなんじゃなかろうか。俺は立ち上がって祈るポーズを取った。
「思い立ったが吉日! 天を司る神よ。恵みの雨を降らせていただきたい。レイン!」
しかし、俺の魔法は何の効果ももたらさなかった。神の力もここには届かないか……。ますますこの空間の恐ろしさが増した。俺が正気でいるうちに何とかして脱出法を見つけなければいけない。恐らく太陽に関係するというのは間違ってはいないだろう。何もないなら元の部屋のように上には虚空が広がっているはずだ。
俺はもう一度辺りを見渡した。やはり椅子だけがあって、その影は俺の方に長く伸びている。今は日没寸前なのか? とりあえず椅子をぶっ壊してみようかな。
「でえい!」
腰に下げていた剣を鞘から抜き、椅子を斬りつけた。狙いは外れ、剣は地面の影に突き刺さった。剣が突き刺さった影はまるで溶けるように消滅した。影に攻撃することで変化が起きた。
「よっしゃラッキー!」
俺は偶然にも正解を当ててしまったらしい。そりゃそうだ。ないもんな。明確な光源がないなら影も。そして、恐らくもう一つ影があるな。俺の後ろに!
俺は椅子を持って振り向き、自分の影をぶん殴った。
影は消滅し、同時に俺の視界は揺らいで、俺は気を失った。
目を覚ますと、俺は暗闇の中にいた。一瞬またとんでもない空間に飛ばされたのかと思ったが、闇の中での声がそれを否定していた。
「やっやめて! 僕に乱暴しないで!」
「そんなこと言ってー。内心は嫌がってないだろ? 私は心が読めるんだ。天使だからな」
二人の声だった。俺はしばらくここから動かないことにした。
「それならあのガキを襲ってよ! 性別的にもちょうどいい相手でしょ!」
まってまずいまずい貞操の危機。
「残念! おねーさんはどっちもいけます。可愛ければ!」
セーフ? アウト?
「とはいえ、少年が聞き耳を立てている今はやめておこう」
ばれてた。
「こっちにおいで。少年」
そう言われて俺は、暗闇の中を手探りで声のした方へ這って移動した。
「それじゃあ明るくしようか」
アミラビリスの言葉とともに暗闇が晴れ、ここは椅子などがないだけで最初の場所と同じような部屋だと分かった。
「そういえば、少年の名前を聞いていなかったね」
そういえば自己紹介をしてなかった。
「俺の名前は龍道真二で、タイプ0から来ました」
スペース何とかはどういう基準で決まるんだろうか。
「それは世界の強さや発展具合によって決まっているんだ。世界そのものの数が観測できるものだけでも多いから8000までしかつかないんだけどね。レベル3はないとほぼ圏外」
早速心を読まれたのか?
「ちなみにレベル2で圏内なのは二つだけだよ。すごいでしょ」
つまり……? とんでもなく強いってことか。
「そもそもこのくらいレベル4なら簡単に出れるんじゃないの? 」
「そうなんだけど、ちょっとまずくてね。私は本名を名乗れないくらいにはやらかしてるんだ。もしそんな中で世界を飛び越えるような規模の天使の力を使えば、私は見つかって捕まってしまう」
アミラビリスはそんなにすごかったのか。
「そっかー」
「でもね……」
アミラビリスが笑顔になる。
「おねーさんの力じゃなければ別にいいの」
アミラビリスの手が光り、そこから煌びやかな金色の剣が出てきた。
「なにそのだっさい剣」
レイブの言葉を聞いたアミラビリスが答える。
「勇者にしか抜けない剣を、勇者が抜いたところで奪ってきた」
可哀想に! そんでその後どうなったんだ?
「なんか、その剣じゃないと倒せない存在みたいなのっていなかったんですか?」
「私が倒した」
アミラビリスが自信満々に答えた。
「そんでどうやってそれで脱出するの?」
レイブが剣を指差して聞いた。
「これは空間に影響を与える剣なんだ」
アミラビリスそう言って剣で壁を切った。壁に裂け目が生まれ、向こう側に本棚が見える。
「どこかの世界の図書館にでもつながったかな?」
裂け目を覗き込んだアミラビリスが中に入っていった。
「僕たちも行こう」
レイブがまたしても俺の服の裾を掴んで裂け目の中に入った。
今度は変な空間に飛ばされることはなく、俺たち三人は同じ図書館の中にいた。まるでよく調べ学習などの時に使った図鑑などの場所に一人、茶髪でツインテールの幼い少女が座って図鑑を読んでいた。
「おっと」
さっきからそれを見ていたアミラビリスがハッとした表情をしたあと、とても楽しそうな表情になって、少女の方へ歩いて行った。
「なっなんですか」
アミラビリスは怯えた少女の体を抱き上げ、小説と書かれた看板が吊られている場所の方へ歩き始めた。間違いなく止めるべきだ。俺はアミラビリスの元へ走ろうとして、レイブに止められた。
「待って」
「なんで」
「見てわかんない? あの女の子人間じゃないよ。薄い何かの集合体みたい」
レイブが女の子を指さした。
「わかんないよ。俺はロボットじゃないもん」
「僕はわかるの」
「だから何だよ」
「すごいでしょ?」
「すごいけども」
そんな事を言っているうちに、アミラビリスは見えないところまで行ってしまった。どうしよう。助けに行くべきか? どっちを? そもそもあの女の子はなんなんだ?
「どうしよっか」
「どうしよう」
二人で何もできないでいると、図書館の壁をぶち抜いてアミラビリスが吹っ飛んできた。俺達はそれに巻き込まれ、後ろの本棚ごと倒された。俺達が立ち上がると、図書館の建物は溶けだし消滅した。周りの風景はたちまち俺が転生した世界の魔王城の内装のように変化した。
「ここどこ?」
「何でここに」
「そういう能力か」
そして、目の前にある玉座には俺が元居た世界で倒した魔王が座っており、その後ろには図書館の少女がいる。
「自由自在に物を作り出せるとは便利だね。これを倒せばクリアなのかい? 随分と暴力的な仕掛けだね。君は」
仕掛け? おかしいな。ここは世界の谷って所であって、デスゲーム会場じゃないと思うんだが。そもそも最初っから人が一人しか生き残れない暴力的なゲームだったような。
「おっと少年。今疑問に思ったね? 説明しよう。世界の谷には様々な物が捨てられて流れ着く。今はたまたま私達の近くにそういう物が捨てられたのだろう」
「私が捨てられたとはずいぶんな物言いですねェ~。て・ん・し・さ・ま」
なんだこいつ口調が面白いな。隣でレイブも肩を震わせている。
「私はこの世界の谷を支配する存在ィ~。いわばここのか・み。この場所はどの宇宙にも属さない。例えるならレベルはXゥ~。果たしてレベル4の天使は足手まといまで抱えてレベルxの神に勝てるかなァ~」
ああ。何故だろう。そこまでの絶望感を感じない。本来恐ろしい状況になるはずなのだが図書館の女の子の強さがいまいちわからないのだ。人を吹っ飛ばすだけなら他のものでもできるだろう。
「君はおねーさんに勝ってどうしたいの?」
「自分の強さを証明する! この場所の主としてなァ~」
「じゃあ私が勝ったら、初心な少年の前では言えないことをさせてもらおう」
アミラビリスは自信に満ちた表情で二人に向かって歩き始めた。
レイブが図書館の女の子に憐みの視線を向けたので、俺もそうすることにした。
レベルって言葉が出てくるとXとか10億とか0とかにしたくなる。




