エウブーレウス戦役開始 巡洋艦一隻消息不明
太陽系に近い構造をしたエウブーレウス星系。その第三番惑星ピピルアと、第五番惑星の距離は、地球と木星の距離とほぼ同じである。そして、亜光速で航行した場合、その時間は30分から45分ほどかかる。
「鷹山さんが成功していれば、もうすぐ奴らがここに来る。転送阻害装置があるから、ここにしか転送できないはずだ」
第五番惑星のガスの中に隠れているメイド服の少女レイブは、反物質バズーカを持ち、通信を阻害する粒子を撒くことで、艦船を撃破してやろうという魂胆であった。
第五番惑星に現れたのは、200の戦艦と、700の巡洋艦、そして、1500の駆逐艦だった。
「冗談でしょ!? 僕は十七発しか持ってないのに! ……せっかく色々対艦装備を持ってきたんだ……やってやる。やってやるさ。古典的な迷彩で何とかなると思うなよ」
レイブは、バズーカを背負い、潜空補給艦から対艦ライフル……とは名ばかりの大型な対物ライフルを取り出す。現代の対物ライフルにおける二脚や土嚢の代わりに十字の姿勢制御装置がついている。巨大なそれにしがみつくようにして
「艦橋も分からない……本当に葉巻型ね。取り合えず艦首を狙ってみようかな」
ルポユーム級の艦首に向けて対艦ライフルが放たれ、はじかれる。
「船にデブリが当たったぞ」
「そうか、この星の磁場が悪さしているのか知らんがレーダーが機能していないから周囲の確認を怠るなよ」
レイブは、補給艦にライフルを戻し、バズーカを持つ。
「結局こうか……」
レイブは、対艦ライフルを撃ったルポユーム級を狙うことに決めた。艦隊の真横に飛び出し、狙いの艦に接近してバズーカを打ち込む。
「今度はデブリじゃない!敵の人型航く」
バズーカは放たれた後に二段階の加速をして、分かりにくい艦橋に直撃し、艦を真っ二つに両断した。
「敵襲。敵は航空機。 アウトレンジ戦法だ!。敵空母の位置は不明。全艦、砲を用意しろ」
大量の砲がレイブに向けられようとする。
「当たらないよ」
砲の旋回よりも早くレイブは艦隊の上を横切り、急降下して、別のルポユーム級に正面からバズーカを打ち込んだ。ルポユーム級は艦首が爆散し、破片が散る。
「敵は、人型の機動兵器です!」
レイブは全力で艦隊の中を抜け、先頭のパーロレン級のノズルスカートにバズーカを打つ。推進力を失った巡洋艦は重力に引かれ、横に落ちていった。
「3つ!」
正体不明の存在からの攻撃に、艦隊の間に動揺が広がる。
「空母はまだか!」
「あと三秒で転移が完了します」
艦隊からかなり後方に空母と数隻の巡洋艦が現れる。レイブはまた一隻ルポユーム級を沈め、そちらへと飛び立つ。
「こちらに戦力の15%を残し、85%は光速航行でこのまま敵性文明撃滅作戦を行う」
先の戦闘での失敗で作戦の司令官を降ろされたルヴィン中将の代わりに、エカピオ中将が指揮を取っている。
「これだけの艦隊が居れば問題はない」
2000隻弱の艦が、最大船速で第五番惑星付近を離脱する。エカピオ中将の艦もその中にあった。
「あれは……空母か」
空母から、戦闘機が次々と発進していく。レイブがそれらを光線機銃で狙うも、高速で飛行する相手には当たらない。そのうちの一機がレイブの背後に迫る。
「しまった!」
レイブはバズーカをガスの中に向けて投げ、自身より加速力のある戦闘機から逃走しようとする。戦闘機はガスの中に突っ込みそうになったバズーカを機銃で撃つ、当たれば数隻の戦艦をも沈めていたであろう弾薬が爆発し、惑星のガスを周囲にまき散らす。
「逃げろ!」
レイブは吹きあがったガスの中に飛び込み、補給艦に向けて飛ぶ。そこを、敵機の対物ライフルで狙われる。ガスの中からたった一発放たれたのみだが、その徹甲弾はレイブの出来立ての足を貫いた。
「ガジャ大尉。どうしたんです?」
「敵はガス惑星の中に逃げた。この機体では追えない」
ガジャ大尉と呼ばれた男は、自身の乗る戦闘機とレイブとの間に絶対的な差を感じていた。そしてレイブもまた、相手との腕にひどい差を感じていた
「推力じゃ勝ってるのにあの腕の奴に勝てる気がしない。バズーカももうない。帰ろう」
補給艦の中に入り、中で待機していたロクに、帰還を要求する。
「まだ弾もあるよ?」
「艦載機の詳細がわからないから、下手に戦うと危険。」
補給艦は世界の外側を経由し、転移して、ピピルア沖に現れた。
「大量に機雷を仕掛けた。レイブから貰った情報で、敵艦隊の予想位置は分かっている」
トビエイの周囲には、数十の葉巻型のバルーン。そして、トビエイの艦首が向く先には大量のデブリに偽装された機雷。宇宙空間で、どれだけの効果があるかは未知数だ。
「対生成砲。発射!」
この兵器の特徴は、光速と、圧倒的な長射程、さらに貫通力だ。
「奴らの砲の射程圏内に入るまで撃ち続けてやる!」
約二千の敵を、相手取るにはこのような単艦へ打ち込むべき武器では力不足だ。そのために、鷹山は決戦兵器の巨大レーザー砲を盗んできたのだ。
「どうやってばれずに盗んできたんですか?」
第四番惑星で待機している鷹山と辰道が雑談を始める。巨大な龍とボロボロになり、つぎはぎの宇宙空間という奇妙な絵面だ。なぜ会話が可能か、本人たちにも分かっていない。
「炉だけ取ったあと、砲身を吹っ飛ばして破壊したと思わせた」
その話題に上がった炉は、どこからだれがどう見ても無理がある形でディフダの艦底に取り付けられている。
「なんに使うんですか?」
「この炉のエネルギーを、ディフダの装置で反物質に変換して使うんだ。機雷とかバズーカとかにな。……そういや真治くん、なんか大きくなってるよな。成長期?」
龍の体長は優に四キロはある。
「鷹山さんが敵の基地に威力偵察に行ってる時に、敵のミサイルが飛んできたんです。それをトビエイが止めようとして……でも無理で……俺、龍の姿で受け止めようとしたんです。駄目だったんです。でも、そのエネルギーで俺だけ大きくなっちゃって……なんだか」
「真治くんは気に病むべきじゃない。ひどい非日常に巻き込まれて、それでも人を助けようとしたのはすごいことだよ」
「はい……」
「大丈夫、今回は救援を呼んだ」
ほんの数時間の経験で成長した龍だったが、その力は並みの艦船を超えていた。そしてレイブも、自身の装備をドッグファイトのために換装していた。
「僕は元々こっちに向いてるんだ。勝ってやる」
第四惑星沖で龍とディフダが艦隊相手に突撃をしかけ、数百隻の艦がその相手のためにそこに残った。
しばらくすると大艦隊と第三惑星の距離は約1000万km。ついに大艦隊の射程にトビエイ達が入る。
「奴らはただの石だと思っている。だからこそ……」
艦隊に次々とデブリもどきがぶつかる。デブリなどは多少大きくとも航行に支障はない。だが、それには反物質が含まれていた。次々に強烈な光を発し、艦隊の足並みは崩される。生まれた隙を狙い、次々と対生成砲で艦船は撃ち抜かれる。
「左右に分かれながらT字戦に持ち込め!」
態勢を立て直した艦隊によって次々に囮は破壊されて、持ちうる装備のすべてを必死に稼働させるトビエイただ一隻が残る。
「あと耐えられて三分だ……」
ディフダが、酷い損傷を受けながら大艦隊の包囲を抜け、トビエイの前に覆いかぶさるようにして砲門を大艦隊に向ける。少し遅れて龍が大艦隊の中をすり抜け、立ちふさがる。
「このままじゃ……」
「こちら第三探索艦隊。救援に来た」
旗艦の武蔵が、トビエイ達の前に現れる。続いてその随伴艦の巡洋艦アグレガタム、ファーメリ。まるで二十世紀の大戦期に建造されたような艦の下半分に武装が存在せず上にのみ武装のあるアナクロニズムの溢れた不気味な船は、世界守備連合の人員に威圧感を与えた。
「まさか、探査船団か。さすがに奴らと正面戦闘を行えばこちらの艦隊の損耗も大きくなるだろう……全艦離脱せよ!」
すぐさま、大艦隊は踵を返してその場を離脱していく。
「なに?どうしたの?」
レイブは、急に逃げ帰る大艦隊に戸惑いを隠せない。それは、情勢を知らない真治達も同じだった。
「やはり、長門の一件か……」
太陽系連邦に所属する鷹山とトビエイは、長門率いる探査船団の一件を思い出し、納得させられた。
「ねえ鷹山。どうしたのあれは」
レイブは鷹山に訊ねたが、その質問に答えるべき鷹山はそれどころではない様子で目の前の武蔵の艦橋を見つめていた。
「……着水してから話すよ」
ピピルアという星は、青く輝きながら回っている。ピピルアが半周ほど自転をしてトレイドに朝が訪れた頃、真治達は海に浮かびゆらりゆらりと揺れるトビエイの作戦会議室で、寝ぼけ眼で紅茶やフルーツジュースなど各々の好きな物を飲んでいる。トビエイも、艦との接続を切り離して、人の姿になっている。侵入者には誰も気が付いていなかった。
「あれ、鷹山さんは? 昨日結局連邦の人に連れてかれて、僕長門の話が聴けてないんだけど」
八人の少女の映った写真立てを机に置いて、トビエイがレイブの隣の席に座った。
「まだなんか用事あるらしい。それに、ながもんの話は、昔探査船やってたながもんに艦船を沈められまくったから、探査船には下手に手出ししないようにしてるってだけだよ」
「そう……ねえ、その写真立てに映っているのは誰?」
「私のお姉ちゃんと妹……」
トビエイは悲しみに満ちた目で写真立てを手に取った。
「……なんかごめんね」
レイブは、持てる限りの全力で目をトビエイから逸らした。
「……そういえばさ、レイブってどこ出身なの?」
強引に話題を逸らしにかかるトビエイ。
「工場」
「……悪いこと訊ねたみたいだね」
どんどん空気を微妙にしていく二人を見ているロクが、二人の頭上にカナダライを出現させた。ガシャーンと大きな音を立ててカナダライは頭を経由して地面に落下した。同時に侵入者は機関部に到達した。船の床がさらに揺れる。
「あっはははは」
盛大に頭を抱えて痛がる二人を見てロクは腹を抱えて笑っていた。
「はははは?」
レイブはそれを華麗に捕まえて小脇に抱える。トビエイは布団叩きを持ってきてロクの尻に向けて構える。ナナと真治はそれらを止めようとする。
突如として強烈な揺れがトビエイを襲う。船内は混乱に包まれゆく。
「ギャアアアー!」
「うわ、うるさ……」
しかし、ブレイドが盛大に叫び声を上げたことで、逆に会議室の中は落ち着いていった。
「まさか、機関部が何かの影響を受けているのか!」
しかし、その原因などを調べる暇もなく。機関部とそれに直結した転移装置の暴走が発生し、トビエイの船体を周知された世界の彼方へ吹き飛ばした。
しばらくの間虚空の海を漂ったトビエイは、世界の一部だった場所に落ちていき、ビルを一つラムで串刺しにして着地した。
「慣性制御が回復しているから立てているけど、なんだか不気味ね。人も全く見当たらないし」
艦橋にやってきたレイブが外を眺め、建っているビルと静かな街を眺めながら言った。
「ここはどこだ? 座標もエリア番号も表示されないぞ?」
トビエイの言葉は彼女らのいる場所が完全に未発見で正体不明の空間であることを示していた。
「とりあえず誰かが外に出てみようよ」
「じゃあ私が行くね」
ナナの提案に激しく反対する者は居なかった。レイブが出入り口のハッチを開けて半壊したビルの中に飛び降りる。そしてあることに気が付いた。
「ここ、凄く傾いてる」
レイブがそれに気が付いた時にはすでにトビエイとビルは非常に傾いており、そのまま轟音と共に倒れ、地面を滑って一つ遠くのビルに止められた。
瓦礫の中からレイブが飛び出し、この空間の最も大きな異常に気が付く。
「ここ、地面が傾いてる」
この空間は、街を一つそのまま地面から抉りだし、片側を何かに引っかけたような造りをしていた。街そのものが20°ほど傾いていたのだ。
ブレイドとトビエイとを除いた四人が地面に降りて、その傾きに驚く。
「あれ?トビエイとブレイドは?」
レイブが真治に尋ねる。
「トビエイは機関の修理をしてる。ブレイドさんは外に出たくないってさ」
真治の言葉を聞いたレイブは少し考えた後、結論にたどり着いた。
「それならここの探索に行こうよ。僕なら誰かが滑り落ちても助けに行けるし」
傾いた街の中を数人が走り始めた。