七夕(幽玄会社)
JR立川駅はいつも賑やかだ。
それに今日は七夕。駅直結のデパートでは七夕イベントが開催されている。
入り口に笹の葉が設置されていて、自由に短冊を書いて結んでいい。
「涼、あれどう?」
俺は笹を指して言った。
「たぶん美味しくないでしょ?」
しかめっ面の涼。
「いや、食べるか聞いたんじゃない。短冊を書くかって意味だったんだけど」
パンダじゃないだから。いくら猫娘でも笹は食べないだろう。
それともパンダ娘に転身する気か?
「そか。うん、やる」
涼が元気に答えると、駆け足気味でイベントスペースに向かった。
「おい、ちょっと待ってよ」
俺は涼の後を追った。
□◇■◆
「なにこれ。変なの」
涼が笹に結ばれた短冊を見て言った。
「人のを見るんじゃない」
と言いつつも、どれどれ、と見てみる。
「たしかに変だな」
女の子の字で「ずっとスぺってられますように」と書いてあった。
涼の言うとおりだ。
「ね。さて、私はなんて書こうかな」
「まだ決まってないの?」
俺はもうとっくに書き終わっている。
「え、逢夢の見せて」
「やだよ」
覗き込もうとする涼から俺の短冊を守る。
「いいじゃん」
可愛くほっぺを膨らませているが、見せられないものは見せられない。
「ほら、早く書きな」
仕事が終わってからだったので、もうすでにたくさんの短冊が結ばれていた。
涼に見られないように、他の短冊に紛れるように結んだ。
「よし、書けた!」
丁度量も書き終わったようで、笹に結び始めた。
「じゃあ帰ろうか」
「うん」
イベントの後に買い物に引き込もうというのがデパートのねらいだろうが、俺たちはそう簡単には乗らないのだ。
イベントだけやって帰っちゃう組なのだ。
「逢夢はなんて書いたの?」
改札に向かう途中で涼が聞いてきた。
「だから内緒だって」
「えーいいじゃん。私はね、笹も美味しく感じられますようにって書いた」
「いや、どうして!?」
すごい意味わからん。
「全然思い浮かばなかったから、直前の会話を思い出して書いた。それに笹も美味しく食べられたら、ライバルがパンダしかいないから食べ放題じゃん」
理屈が難解だ。どんな方程式をたどったのだろうか。
「なんだよ。俺は妖力を貯めて再契約できますようにって書いたのに」
自分の短冊がばかばかしく感じてしまった。
だからと言って嫌になったわけではないけれど。
なんて言うか、気楽な感じ。そんな涼の気楽さが俺は好きだ。
「あーッ! それだーッ! 書き直してくるッ!」
言うが早いか、涼は七夕のイベントスペースに逆戻りした。
「ちょっと待ってよ」
俺はまた涼の後を追った。
□◇■◆
「どこいったーッ!?」
涼が笹の葉をかき分けて自分の短冊を探している。
すごい量の短冊だ。大体の場所はわかっても見つけるのは苦労する。
「しれっとまた書いちゃえば?」
「え、でも二枚書いてもいいのかな?」
「ばれないって」
なんでそこは心配するのだろうか。
笹の葉を美味しく食べたいと思う人物が、短冊を二枚書くことに抵抗を感じるのって、なんかアンバランスだ。
よくわかんないけど、たぶん、ちぐはぐだ。
「じゃあいいよね。もしダメだったら逢夢のせいね」
「わかったよ」
もしダメだったら絶対にこれは涼のせいだけど、ここでは俺のせいにしておく。
「よし、書けた」
涼は「どうだ!」と言って俺に短冊を見せてきた。
「お、おう。いいんじゃないか? うん、なんかありがとう」
「でしょ?」
ニコッと笑うと、涼は「ほーむと二つの契約ができますように」と書かれた短冊を笹に結んだ。