【SSコン:給料】 給料泥棒
彼は徐にソレを置いた。凡人なら恐れてしまうような深い闇の中に浮かび上がるのは、蝋燭に照らされた一人の男の顔だ。彼は蝋燭を吹き消し、また何もない無へと溶け込む。
一部始終を見ていた俺は、そこで意識を失った。
目を開けるとそこは見慣れた天井だった。けたたましく鳴る目覚ましを黙らせ、カレンダーを見る。”あの日”からちょうど10年が経っていた。
夢が現実だったあの日、俺の家族は全員あの男に殺された。偶然にも俺は、あの惨劇を生き延び、今はこうして刑事の仕事をしている。
「今日は……あの男の取調べの日か。」
彼は先日、一件の強盗殺人事件の容疑者として逮捕された。俺の時と同じように、家族を狙った犯行でそこのガキが通報したらしい。
10年越しの再会といえど、俺の心には霧が立ち込めているようでどこか釈然としないでいた。
「おっと、先輩!危ないじゃないですか!」
今年入ってきた後輩の声でハッと我に帰る。その後ろから同期の声がした。
「今日お前の給料日だろ?なんか奢れよ〜」
そうか、今日は給料日だ。給料__そんなもの俺には必要ない。なぜなら俺は、あの日家族を殺したあの男を探すためだけに刑事になったのだから。そうだ、もう行かないと。
「あ、先輩……いっちゃった。」
「あいつ最近なんかおかしいんだよなぁ……」
重い扉を開けて取調室に入る。そこには両手を拘束され、片足を失ったあの男が座っていた。
「ハロー刑事さん。そんな暗い顔してどうしたんだい?」
馴れ馴れしく語るその男の顔は、10年前のあの日から何一つ変わっていない。
「そういえば刑事さん。今日給料日なんだって?いいなぁ……。僕にも給料ちょうだいよ。ほら、ちゃんとこうして大人しく座ってるんだからさ?世の中の大人ってみんな座ってるだけで給料もらえるんでしょ?」
そんなことはない。彼らは社会のために貢献している。
「貢献してるといえば僕もそうでしょ?あなたたちの仕事のために貢献してやってるんじゃないか。それよりそうだ、僕の仕事の話を聞きにきたんだろ?いくらでも聞いてくれたまえ!なんでも教えてあげるよ!」
仕事……お前が犯してきた犯罪のことか?
「犯罪だなんてそんな〜。ちゃんとお給料ももらえるちゃんとした仕事だよ?まぁ、あんまり人にはいえないけどね。」
殺人に給料など発生しない。お前の言う給料は、お前が盗んだもののことだろう。
「はぁ〜分かってないなぁ刑事さん。僕は盗んだんじゃなくてちゃんと依頼人からのご好意でいただいたんだよ?僕の仕事はね、その人を一番綺麗な状態で送ってあげることなんだよ。僕がしていたのは、生きたいと思っている人を救ってあげてるのと同じことなんだよ?」
人の命を奪うことと同じにするな。お前がやったことは人殺しだ。それ以上でも以下でもない。
「刑事さん。僕にとっての一番の給料はね?その人を送ってあげたときに見せてくれる、この世で一番綺麗な顔なんだよ。依頼してくれた子は、みんな僕にものをくれた。でも僕が一番見たかったのは、最期の最期に見せるあの花のように美しい表情なんだよ。刑事さん、わかるでしょ?」
何をいっている?
「刑事さんも現場を見たんならわかるはずだよね?僕が殺してあげた人達の顔!すっごく綺麗だったでしょう?」
おい、誰かこいつを取り押さえろ。これ以上の取り調べは不要だ。
「あ、ちょっと、刑事さん!待ってよ!__っと触らないで!刑事さん!」
「君のお母さんは僕が殺してきた中で、一番綺麗だったよ!」
「今も昔も変わらない!」
「向こうにいるあの人にも、伝えておいてくれ!」
「僕は今でも、あなたを愛していると!」
以下は、とある死刑囚が書き遺したと思われる手紙です。
__拝啓、親愛なる貴女へ
清楚なすずらんを見て、貴女を思い出し、筆をとりました。
お元気でいらっしゃいますでしょうか。
僕は相変わらず仕事に明け暮れた日々を送っています。
最後に貴女の顔を見たのは、いつぶりでしょうか。今でも最期に見た貴女の顔が頭から離れません。今でも貴女は、同じ顔をしているのでしょう。
僕の仕事は、とても人様に褒められるものではありませんが、それでも私は誇りを持ってこの仕事をしております。下世話になりますが、今の仕事はかなり給料もよく、満足した生活を送らせて頂いています。それもきっと、貴女のおかげです。
先日の仕事では、お客様から感謝のお気持ちとして大変高級なお酒をいただきました。仕事柄こういったことはよくあるので、僕の家にはたくさん美味しいものが眠っています。僕がそちらに向かう時は全部一緒に持って行くので、ぜひ一緒に晩酌でもしましょう。いつか貴女と共に味わうのを楽しみにしております。
仕事といえば、僕が貴女と知り合ったのは仕事がきっかけでしたね。貴女は覚えているでしょうか。貴女はまるで広い草原に咲く一輪の向日葵のような、かと思えば雨に当たる寂しげな紫陽花のような美しい人でした。最期の最期まで、美しいまま旅立ってくれたことに心から感謝しています。
そして僕にとっての一番の給料が、その時に分かった気がするのです。
それ以来、僕はこの仕事を通して貴女の面影を追い続けています。あ、怖がらないでください。貴女はもう僕とは違う世界にいるのですから。
でも、僕はまだ貴女と同じ所には行けません。貴女を待たせてしまうのはとても心苦しいけど、僕にはまだやらなくては行けない仕事がたくさん残っています。それら全部片付けて、もらった給料を全部持って、貴女に会いに行きます。
貴女とまた会える日を願って
敬具__