8 カジ、エンペラーサーモンから逃げ回る
マスオに言われたとおり、川から離れるように走り出す。先程まで俺がいたところにエンペラーサーモンが突進して、河原の石が飛び散る。俺の脚にも当たったけど、痛がっている場合じゃない。エンペラーサーモンを見ると空中に浮かんでいる。どうやらえいたのように自力で浮かべるみたいだ。つまり、どこまででも追いかけてくるってことだ。
「テイムしたいところだが、そんな余裕はない。全力で狩るからサポートしてくれ!」
マスオはかなりの水棲モンスターマニアだからエンペラーサーモンについても知識があるだろう。本当はテイムしたいんだと思うけど諦めたということはかなり強いんじゃないか?
『電撃〜〜』
うなこがトラサーモンに使っていたときより強い電撃を放つ。命中して一瞬動きが止まったけど、すぐに動きだす。
俺のスピードとエンペラーサーモンのスピードはほぼ同じだけど、河原で走りにくいし、足元に注意しないといけない俺の方が不利だ。
「カジ、タイミングを見てUターンしろ! うなこや俺たちが追いつけない!」
匂いでみんなの位置を確認すると、結構離れてしまっていた。確かにうなこの電撃がないと追い付かれる可能性が高いから、そろそろ戻ったほうがいい。
うなこが電撃を放ったので当たる瞬間を見計らい、大きくカーブしてUターンをしたそのときだった。
『外した〜〜』
電撃が……外れた。
エンペラーサーモンはそのままの勢いで真横から突っ込んでくる。急に方向転換できるわけもなく、俺はただ前に全力で走ることで避けようとする。
「させないっ!」
ヴェルが矢を放つがエンペラーサーモンの硬い鱗に弾かれてしまう。
「嘘……」
ヴェルが信じられないといった顔で固まっている。俺が知る限りヴェルが矢を外したことはないし、必ず大きなダメージを与えていた。それに対してエンペラーサーモンの場合はまさかの無傷。次の手を考えているようだけど、何も思いつかないのだろう、顔を青くしている。
『くそっ! 避けられねえ!』
エンペラーサーモンがすぐそばまで接近し、食われることを覚悟したそのとき、エンペラーサーモンが俺の後方に吹き飛んだ。何が起こったのかわからないけど助かった!
「ナイス、ピーコ!」
ヴェルがピーコを褒めているってことは、さっきのはピーコの魔法か。本当にナイスだ。
『カジ君、とにかく走り続けてくれたまえ。私がサポートする』
『わかった! ありがとうピーコ!』
倒すまでどれだけ掛かるかわからないけど、みんなを信じて走り続けるしかない!
全力で走り続けて十分くらいになるだろうか?ウルフは持久力があるとはいえ、俺もさすがに疲れてきた。このままでは体力切れになる。
今の方法だとみんなギリギリ付いてこられるだけで、ほとんど攻撃出来ていない。それに俺とエンペラーサーモンの距離が近過ぎるせいで、うなこが電撃を手加減しているみたいだ。
この状況を変える必要がある。
『ピーコ! さっきみたいにエンペラーサーモンを吹き飛ばせるか?』
『いや、もう警戒されてるからさっきの威力では無理だろう。カジ君、もう少しだけエンペラーサーモンから距離を取れるかい?』
『ああ! 全速力なら出来るはずだ!』
俺は残りの体力を全て使い切る覚悟で全速力で走り出す。徐々にエンペラーサーモンと距離が離れていく。
『カジ君、見事だ。サイクロン!』
ピーコは今まで見たことがない魔法を発動した。エンペラーサーモンを竜巻が襲う。エンペラーサーモンは竜巻から逃れようとしているみたいだけど、徐々に巻き上げられていく。そのまま空中に投げ出されて、地面に激突した。
この間に俺はエンペラーサーモンからだいぶ距離を離すことが出来た。
『うなこ! 強力なの頼む!』
『オ〜ケ〜。痺れろ〜〜!』
うなこが今までより強力な電撃を放つ。動きが止まった隙に、マスオが槍で何度も突き刺す。マスオの槍はちゃんと鱗を貫通し、ダメージを与えているみたいだ。
すると、エンペラーサーモンが俺を追うのをやめた。俺たちを危険な相手と認識したみたいだ。俺は走り続けた疲労を回復するため、みんなの後方まで行き立ち止まる。
エンペラーサーモンは魔法や特殊な攻撃方法は持っていないようで、何回も体当たりを繰り出す。巨体だから当たるとヤバイと思うけど、ある程度距離を取っていれば避けられない攻撃じゃない。
うなこの電撃を軸にして、みんなで攻撃を加えていく。風魔法でも傷を付けられなかったヴェルはしばらく考え込んでいたけど、マスオが槍で傷を付けた箇所に向けて矢を放ち始めた。今度はちゃんと効いているようだ。
だいぶ動きが鈍くなったエンペラーサーモンが体を回転させ、尾びれで石を飛ばしてきた。突然今までにない行動をしてきたため警戒していると、エンペラーサーモンは一目散に川の方へと移動していく。どうやら逃げるつもりらしい。
「これだけ頑張って逃げられてたまるかっ!! うなこ、全力でやれ!!」
『りょ〜〜かい〜〜』
うなこの全力の電撃がエンペラーサーモンを襲う。エンペラーサーモンは痺れて動けず、痙攣して横倒しになる。
『も〜〜限界〜〜』
三十秒くらいでうなこの放電が終わるがエンペラーサーモンはまだ起き上がらない。
マスオはエンペラーサーモンに近付き、とどめを……ささなかった。少しだけ迷った顔をして、テイム用の魔道具を使った。
……テイムはしないって言ってなかったっけ?
状況が変わって余裕が出来たからいいのかな?
テイムは無事に成功した。
「よっしゃー!! エンペラーサーモンをテイムしたぞー!!」
マスオが突然大声を出したので、俺もヴェルもビクッとする。とても興奮して何度もガッツポーズをしている。
「エンペラーサーモンって、珍しいモンスターなんですか?」
ヴェル! 今のマスオにそんなことを聞いちゃダメだ!!
「ああ、凄い稀少なモンスターなんだ!!」
やっぱりこうなるよな……
この手の人に好きなことについて質問したら、語り出して止まらなくなるんだよな……
「海で生き抜いたトラサーモンのうち、一握りの強力な個体だけがエンペラーサーモンに成長するみたいなんだがなかなか遭遇出来ない。俺も遭遇したのは二回目だ。
運よく遭遇出来ても水中では敵わないし、陸地に誘導できてもあの強さだからな。今日テイム出来たのはみんなのおかげだ! 本当にありがとう!!」
マスオはヴェルの両手を掴み、ぶんぶんと握手をする。俺にもハグして、もふもふしながら褒めてくれる。
「カジ、いい走りだった! 最高だったぜ!!」
ピーコにも感謝の気持ちを込めてハグするとマスオがまたエンペラーサーモンについて語り出した。
マスオが体感で数時間、おそらく実際は数分語ったころ、ヴェルが陽が傾いてきたのを見て帰ることを提案した。帰りもマスオはエンペラーサーモンについて語り続ける。
予想以上の成果だったのでマスオの足取りは軽い。一方、ヴェルと俺の足取りは重かった。少し遅れて歩く俺たちに気付いたマスオが声を掛けてくる。
「どうした嬢ちゃん、カジ? 疲れちまったか?」
「いえ、今日はあまり役に立てなかったと思いまして……」
「そんなことないだろう? ヴェルもカジもピーコも俺のサポートをよくやってくれたじゃないか?」
「でも、エンペラーサーモン戦ではほとんど何も出来ませんでした……」
ヴェルも同じように感じていたのか……
確かに今日は依頼内容であるマスオのサポート、周囲の警戒は出来ていたと思う。でも、オオミニベアはなんとかゴリ押しで倒しただけだし、エンペラーサーモンにはほとんど歯が立たなかった。
「駆け出しなんだから仕方ないさ。誰だって経験を積まなきゃ強くなれないぜ」
「そうかもしれませんけど……」
マスオが励ますけどヴェルは不安そうな顔をしている。なんとなく考えていることがわかる。経験を積めば強くなれるのか、強くなれないんじゃないかと不安なのだろう。
「そうだな……嬢ちゃんは武器を新調した方がいい。いい腕をしているのに武器が弱いせいでそれが活かせてない。今日の依頼の報酬だけどな、エンペラーサーモンをテイム出来た分を上乗せするつもりなんだ。それで良い武器を買ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
確かにヴェルの場合は毛皮を切ったり、鱗を貫通させたり出来る武器があれば強くなれそうだ。
でも、俺はどうだろう? どうすれば強くなれる?
初仕事は大成功だったけど、晴れない気分のまま帰路に着いた。