4 カジ、ピーコに会う
翌朝、珍しくヴェルがなかなか起きないので、にゃーにゃー鳴いたり、肉球でフミフミしたが起きなかった。約一週間の実戦練習を終え、今日から仕事を再開する予定だ。仕事は冒険者ギルドで受注するんだけど、早い者勝ちだから早起きしないと……って昨日ヴェルが言ってた。
仕方ない、最終手段だ。俺はねこまたのザラザラした舌でヴェルの顔をぺろぺろと舐める。
「痛い! 痛い!」
起きた。
「うぅ……カジもっと優しく起こしてよ……」
ヴェルが涙目で恨めしそうな顔で見てきたけど、首を傾げてどうしたの? って感じの顔で見つめ返す。するとヴェルは仕方ないなといった感じに苦笑して、ねこまたのときは舐めちゃ駄目だよと注意をしてきた。上手く誤魔化せたようだ。その後すぐに今日の予定を思い出したようで朝食の準備を始めたのだった。
朝食を軽く食べ、冒険者ギルドに向かう。
最初の仕事と言えばゴブリン退治とかかな? この世界にいるか知らないけど。
冒険者ギルドに着くと、依頼ボードに向かう。依頼ボードには依頼内容が書かれた紙が貼ってあり、この中から仕事を選ぶことになる。冒険者にはランクがあり、依頼によっては受けられる最低ランクが設定してある。無謀な依頼を受けられないよう、ギルドの方で設定しているそうだ。ヴェルはまだ一番下のランクEなので、受けられる仕事も限られてくる。
依頼内容はモンスターの討伐と素材の採取の二種類がほとんどを占めるらしい。一見採取は簡単そうだけど、錬金術の素材としての依頼が多く、素人には見分けが付かないような薬草とかがあるそうだ。そういった依頼は素材屋という採取専門の冒険者が受けるらしい。情報ソースは長老。
「うーん……ウルフ退治の依頼があるけど、場所が遠くて割りに合わないな……」
報酬と往復にかかる時間を考慮すると、ぶっちゃけ街の近くでウルフを狩るのとたいして変わらない。
他にはこの街ならではの依頼で、モンスターショップ用にウルフを数匹テイムしてきて欲しいというものがある。この前見たけど、テイムにはモンスターと契約するための魔道具を使う。契約が通りやすくするためには、力の差を見せ付けてモンスターに認められることが重要らしい。ただ討伐するだけより難易度は高い。
「これでもいいけどまだ保留かな……」
ランクE向けの依頼ボードからランク指定なしの依頼ボードの方に移動する。別の街や村への荷物運びとか、雑用とか冒険者でなくてもいいような内容が多い。
「あ、これいいかも」
ヴェルが目を止めた依頼を見てみると、こう書かれていた。
内容
トラサーモンの狩りとテイムの手伝い
年に一度の一大イベント、トラサーモンの遡上のときにテイムの手伝いをしてくれる人を募集
条件
活きのいいウルフを連れていること
報酬
準備金+素材売却金+テイム成功報酬
依頼主
怪魚ハンター マスオ
……活きのいいウルフ?
「カジ、依頼主に一度詳しい内容を聞いてみよう。トラサーモンは魚系だから、川に入らなければそんなに危なくないし」
ボードから紙を剥がし、受付に提出する。依頼主から詳細を聞き、報酬の交渉をして、問題がなければ正式に仕事を受けるという流れになるそうだ。依頼主からの詳細説明は明日に決まった。
明日の説明のときはウルフになっておいた方が良いだろうということになり、街の外でウルフをテイムしてから宿に戻った。
ブレンドが終わりウルフの姿になったので、体の調子を確かめてみる。うん、問題ない。ウルフの体にも慣れてきたな。もう違和感がまったくない。
「カジ、ちょっとお留守番してて。今度の仕事から一緒に連れて行きたい子を牧場に引き取りに行ってくるね」
ヴェルはそう言うとすぐに出掛けてしまった。
しばらくして、ヴェルが帰ってきた。肩には初めて見る鳥が乗っている。体長五十センチほどで、赤をベースにカラフルな色をしている。頭にはモヒカンのような羽根が生えている。オウムのようなモンスターだ。
「この子はピーコ。これから一緒に住むし、仕事もすることになるから仲良くしてね」
ピーコは止まり木の方に移動すると挨拶をしてくる。
『ピーコだ。カジ君、これからよろしく頼む』
『カジです。ピーコさん、よろしくお願いします』
『私達は家族のようなものだ。もっと素で接してもらって構わないよ』
『わかった。これからよろしく』
『ああ、よろしく』
とても紳士的で安心した。
ピーコは主にジャングルに生息しているタービュランスバードという種類のモンスターだそうだ。なんと魔法が使えるらしい。
『俺も魔法が使えるようになりたいんだけど難しい?』
『カジの場合はブレンドで魔法が得意な種族になったときにコツを掴むのがいいだろう。コツさえ掴めばどの種族になっても使えるはずだよ。もっとも、魔力に依存するから役に立つかは別の話だけどね』
魔法には前から興味があったから聞いてみたんだけど、確かにウルフの場合は爪と牙が強力だから攻撃魔法は必要ないかもしれない。でも、身体能力の強化とか治療とか出来れば便利そうだ。
『ピーコは他にどんな種族になったことがあるんだ?』
『私はブレンドされたことはないよ。生まれたときからタービュランスバードさ』
いろいろな種族を経験してきたのだと思い、今後の参考にしようと聞いてみたら予想外の返答が返ってきた。
『私はヴェルの誕生日に父親からプレゼントとして送られたのさ。だからブレンドで姿形が変わってしまうのが嫌なのだろう。ブレンドされているカジ君は大切にされていないというわけじゃない。ここに来るまでの間、ヴェルは君のことをとても楽しそうに話していたからね』
そうなのか。ヴェルは俺たちの相性を心配していたようで、最初は緊張した顔で様子を見ていたが今は安心したらしく何か作業をしている。俺はピーコなら知っているかもとヴェルについて聞いてみる。
『ピーコはなんでヴェルが冒険者をしているか知ってる? あと、親はどうしてるのかとか……いろいろと謎なんだけど』
『……知っているけど私からは話せないな。いずれヴェルが君に直接教えてくれるだろう。本人の希望ではなく、強くなるための手段として冒険者になることを選んだとだけ言っておこう。ヴェルはとても優しい子だ。どうか彼女に君の力を貸してあげてくれ』
『ああ、まだあまり役に立てないと思うけど頑張るよ』
最近の訓練でだいぶ実戦に慣れてきたとはいえ、討伐数を見れば俺はヴェルの半分にも満たない。ヴェルのフォローで助かっていることも多い。せめてヴェルが俺の心配をせずに戦えるくらいにはなりたいと思う。
聞いていいか迷っていたけど、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。どうしても我慢出来なかったから。
『ピーコ……その名前はヴェルが付けてくれたの?』
『もちろんだ。最初はとても嫌だったな……どうして雄なのにピーコなんだって……今ではもう気にならなくなってきたけどね』
なんだか遠い目をしているように見える。
『これでもね、最初の候補よりはだいぶマシになったんだよ。ヴェルの両親が必死に説得してくれてね。……カジは一体どんな手を使ったんだい? どう考えてもヴェルが付けた名前ではないだろう?』
そうだよね……わかるよね……ヴェルのネーミングセンス酷いもんね。
俺が名前が決まったときの話をするとピーコはとても興奮した様子で君は機転が効くね、素晴らしいと褒めてきた。なんだかこの話題のおかげで打ち解けられた気がする。
俺たちがやけに仲良く見えたのか、ヴェルは作業の手を止め不思議そうな顔でこっちを見ていた。