2 カジ、ねこまたになる
街道を歩くこと数日、俺たちはテイマーズヒルという街に到着した。街道を歩いている間、女の子は退屈しのぎにか俺にこの街について説明してくれた。
ここはモンスターテイマーというモンスターを使役する人たちが集まって出来た街だそうだ。他の街と違い、街の中をモンスターが安心して歩けるし、モンスターの餌も充実しているからモンスターにとって住みやすい街らしい。
小高い丘の上に造られているので、街道からも結構遠くから見えていたが、話しを聞いて想像していたよりも大きい街だな。大型のテーマパークくらいの広さがありそうだ。周りは頑丈そうな高い外壁で囲まれている。
街の入り口の門で、女の子は見張りらしき人に何かを見せた。カードのようなものだったけど、身分証か何かかな?それだけで街に入るのに手続きなどはいらなかった。俺はただ女の子に付いていくだけだ。モンスターを街に入れるための申請とか、モンスターが人に危害を加えないかの試験とかあるのかと思っていたので拍子抜けだ。
門を潜ると飛び込んできた光景に思わず立ち止まってしまった。聞いてはいたが本当に多くの人がモンスターを連れている。ぱっと見た感じウルフやねこまたのような犬猫系が多いみたいだ。ヘビやトカゲ、フクロウやワシ、クワガタやカマキリなどの知っている動物に近いものもいる。でも、やはり目を引くのはドラゴンやグリフォンのようなゲームでしか見たことがないモンスターだ。ついじっくりと観察してしまう。
「とりあえず宿を取るよ。付いて来て」
女の子が歩き出したので、慌てて付いていく。まあ、この街にいる間にまた見る機会はあるだろう。
門からは街の中心に向かって大通りがあり、両側には店が並んでいる。モンスターの餌として、でかい肉の塊がごろごろ置いてある店や干し草の束が数メートル積んである店もある。ここに来るまでは干し肉とウサギの肉だったから、別の肉が食べたいな。他にも見たことないような店がたくさんありキョロキョロしていたら、宿に着いたみたいだ。
宿に入るとこちらに気付いた二十代くらいの女の人が声を掛けてきた。
「あ、ヴェルちゃん! ちゃんとウルフをテイム出来たみたいだね」
「はい、それでしばらくの間はこの街を拠点にしようと思うので一部屋お願いします」
「ヴェルちゃんが連れているのはそのウルフとこの前見た鳥だけよね? 前と同じ部屋でいい?」
「はい、大丈夫です」
そう言いながら宿帳に名前を書くので覗き込んで見ると、異世界の見たことない文字だけど問題なく読めた。そういえば俺、異世界言語みたいなスキルを持っているみたいだ。これはとても助かる。女の子はヴェルと呼ばれていたが、それは愛称のようで、本名はヴェルナデットというみたいだ。
三階まで上がり部屋に入ると、十畳くらいの広さがある。ベッドとテーブルとソファー以外には家具はないみたいだ。モンスターのために空きスペースを広くしてるのかもしれない。
おっ、トイレと風呂もちゃんとあるぞ。トイレは水洗と思われるものと、モンスター用の砂場がある。風呂は体を洗うスペースも浴槽も広い。ここもモンスターを洗うことを前提の広さになっているみたいだ。蛇口のようなものが見当たらないから、水は魔法か何かで出すのかな? 排水口があるから水は下水に流すみたいだ。この世界、結構文化レベルが高いみたいだ。まあ、ウルフだから砂場しか使わないし、風呂なくても困らないんだけどね……
ヴェルはマントを脱ぎ、荷物を下ろすと、ソファーに腰掛けて荷物の整理を始めた。暇だから窓から外を見ると、本当にいろいろな種類のモンスターがいる。この光景を見ていると、ここが本当に異世界であるということを実感させられる。だが、あまり不安はなく、どちらかというとワクワクしてくる。
「ウルフちゃん、出掛けるよ〜」
しばらく外を眺めていると、整理し終わったのかヴェルが声を掛けてきた。マントや弓は置いていくみたいだから、街の外に行くわけじゃなさそうだ。どこに行くんだろう? 抱えている袋の中身を匂いで確認してみると、ウルフとウサギの毛皮に薬草みたいだ。この街に来るまでに採ったものを売りに行くみたいだ。
ヴェルに着いていくと、街の入り口の方に歩いて行き、冒険者ギルドと書かれた建物に入っていく。盾の前で剣と杖が交差したマークの看板がぶら下がっている。これが冒険者ギルドの目印みたいだ。
中に入って大丈夫かな? 迷っているとヴェルが手招きしてくるので着いていく。受付らしき場所が見えたけど、そちらではなく別館の方に歩いていくと買取コーナーがあった。
袋の中身を取り出すと、ギルド職員が毛皮や薬草の状態をチェックしていく。慣れているようで、二十近い毛皮と五種類の薬草があったけど数分で終わった。すべて状態がいいため高く売れた。ヴェルは解体が上手みたいだ。
代金を受け取るとギルドを出て、来た道を宿に向かって引き返す。途中で肉屋に寄り、豚肉や鶏肉を買ってから宿に戻った。夕食のときに気付いたんだけど、宿の食事は人間の分しか用意されていなかった。つまり肉屋で買ったのは俺の食事だと思う。ウルフになってみて思ったけど、人間はいろいろな料理を食べられていいな。肉は大好きだけど、これからずっと肉ローテーションは飽きそうだ。
翌朝、一人で出掛けていたヴェルが帰ってきたと思ったら、キジトラ柄のねこまたを連れてきた。抱っこされて気持ち良さそうに喉をゴロゴロ鳴らしている。新しい仲間かな?
「ウルフちゃん、一緒に出掛けるよ」
さっき帰って来たばかりなのに、また出掛けるらしい。どこに行くんだろう?
しばらく歩くと、錬金術の店に入って行く。ファンタジー感たっぷりでテンションが上がる。魔法の道具みたいなものでも買うのかな?
いや、それなら俺を連れてくる必要はないよな? 店の中の陳列棚にはポーションなどの薬がたくさん置かれている。でも、ヴェルが用があるのはそちらではないらしく、店員さんに話しかけると店の奥へと案内された。
案内された部屋には大きな装置がいくつか置かれていた。縦横一メートル、高さ二メートルくらいの箱状の物体に体重計のような台が二つ付いている。俺が知る限り、地球には存在しなかったものなので何に使うものかわからない。
しばらく待つと案内してくれた店員さんとは別の人が出てきた。
「ヴェルちゃん、こんにちは。それじゃあ、さっそくブレンドしてみようか?」
「はい、よろしくお願いします」
ブレンド? 錬金術の素材にされたりしないよな?
ヴェルは謎の装置の二つの台の片方に、抱っこしていたねこまたを乗せる。
「ウルフちゃん、そっちに乗って」
ヴェルが空いている方の台に乗るよう促す。
「大丈夫、怖がらないで」
何をしようとしているのかわからず躊躇していると、ヴェルが頭を撫でながら安心させるかのように声を掛けてきた。
まあ、今までの印象からヴェルが酷いことをするとは思えないし、言われたとおりにしてみよう。
俺が台に乗ると、店員さんが装置の使い方を説明して、ヴェルがそのとおり操作する。魔法の道具みたいで、魔力を流してどうとか言っていてよくわからない。
「それじゃあ、やってみます!」
ヴェルが装置を動かすと、一瞬意識が遠のく。すぐに落ち着いたので目を開けてみると何かおかしい。
「成功ですね」
うまくいったらしく笑顔の店員さんを見て違和感を感じた。
あれ? 目線がさっきまでより低くないか?
そう思っていたらヴェルかひょいと俺を抱っこした。それで気付いた。
あ!! 俺、ねこまたになってる!!