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満月と桜

作者: 猫鷹

「綺麗な桜でしょ?」


満点の星空と見事な丸い月の光に照らされた花を眺め、ゆっくりと酒を飲んでいると後ろから不意に声をかけられた。


振り向くとそこには、月の光に呼応する様に輝く白銀の長い髪をした美しい女性が立っていた。


「…えぇ、実に素晴らしい花です。これがサクラなんですね。名前だけは聞いていたんですが実物を見るのは初めてです。今、この花を肴に花見酒をしてるとかなんですが、貴女も良かったらご一緒に飲まれますか?」


普段あまり女性と話すのは苦手にしている自分だが、酒の酔いなのか、はたまた彼女の美しさに目を奪われたせいなのか、ついお酒の席へと誘ってしまう。


彼女は、柔らかい笑みを浮かべると、「お酒は弱いのでお花見だけご一緒いたしますね…」と言いながら、自分の隣に腰を下ろすと桜と月を眺めていた。


その光景は、一つの絵のように目を惹きつけるものがあり酒を飲むのも忘れ眺めてしまう。


「この辺りでは見かけない人ですが、旅をされているのですか?」


いっときの間、桜を眺めていた彼女が不意に自分に質問をしてきた。


「えっ!?…あぁ、そうですね。今まで東方の国にいました。」


女性を長い時間眺めていた所に、不意に掛けられた言葉。なぜか気恥ずかしいさが胸をよぎり動揺してしまう。返事を返すも言葉の端々に今の気持ちの焦りが声にのってしまう。


女性は苦手だと言ってもこれは流石にあんまりだな。火照る頬を無視しながら、心を落ち着かせる事にする。


「まぁ!東方の方ですか。あちらでは今、戦をやってるとお聞きしてますが、大丈夫なのですか?」


「いえ、戦は確かにしていましたが、それもやっと終息した所です。自分も役目を終えたので、昔から伝わる約束事を叶えに守りにこちらの大陸に足を運んだという事です。」


腰に差した刀を彼女に軽く見せた後、グラスに注がれた酒で喉を潤す。


「約束事ですか?…良かったら、そのお話聞いてもいいですか?わたし、旅のお方のお話をぜひ聞いてみたいのですが。」


「人に隠すような話でもないので構いませんよ。そうですね、まずどこから話しましょうか。そうだ、まず俺のご先祖の話から始めましょう。」


酒の入ったグラスを地面に置くと、軽く話の順番を決めながら、彼女に語っていく事にした。


ーーー


自分の初代のご先祖は、異世界の転移者であった。当時、魔族と名乗る種族がこの大陸で猛威を振るっていた。人や魔物よりも力が強いとされるその種族は、一気に攻めるのではなく、まるで遊びを楽しむようにじわじわと少しずつ支配圏を広げながら、人の住む場所を減らしていったのだ。


このまま滅びを待つしかないと半ば諦めていた人々。

しかしそんな彼らを哀れに感じた神が、救いの手を差し伸ばしてくれたのである。


『異世界から勇者を召喚します。その者の力ならば魔族を討ち倒す事ができるでしょう。』


神は言葉の通り、異世界から一人の人間を呼ぶ、年は20となる青年だ。その者に、この世界の救済への協力と元の世界にも帰還できること、あと成し遂げた際の願いを叶える約束を伝え、この世界の人間達にはこの勇者のサポートする様にと命令を下し、姿を消していった。


神のいう通り、召喚された勇者の力は絶大で、一年を経つまもなく魔族、そして魔族を束ねる長(魔王)を見事討ち倒し世界を平和に導いたのである。


魔王を、討ち倒した後約束通り勇者の前に神が現れた。神は問う。


「勇者よ、世界を平和に導いてくれてありがとう。約束通り、貴方には元の世界への帰還と、一つ願い事を叶えてあげましょう。」


勇者はいう。


「いえ元の世界への帰還は不要です。自分はこの世界で生きていく事を決めましたので。ただ、願い事だけぜひ叶えてもらいたい事があります。自分の元いた世界にある『桜』という花の種を下さい。」


勇者は、旅の道中とある村に住んでいる娘と恋仲になっていたのだ。

その娘の身体は病弱でいつ生命を無くしてもおかしくないそんな子であった。


旅を続けていかならばならない勇者。恐らくこの旅を終えて帰ってきても、彼女はこの世にいないだろう。

だが勇者は旅の足を止めず世界の為に戦うと彼女に伝えた。絶対に君のところに帰るという約束と共に。


そんな彼を笑って送り出していく彼女。


そして世界は平和を取り戻し、勇者は約束通り彼女の元へと帰ってきた。冷たい墓の姿の下に眠る彼女もとへと。


勇者は、神からもらった桜の種を墓の近くに植えた後、生涯を桜と共にその村で過ごすと決め腰を落ち着かせる事にした。


時がたち、勇者は別の伴侶との間に子をなした。子供はスクスクと大きくなっていく。

勇者が植えた桜は本来、10年ほどで花をつけるはずだが、異世界と自分が生まれた世界との違いのせいなのかも知れないが、桜が育つ速度はかなり遅かった。だが少しずつでも育っているのは分かっている。

勇者は我が子と桜の成長をゆっくりと楽しんでいった。


小さかった子供は、それから青年へ大人へと大きく育っていった。そして、自身を磨く為、この村をでて旅をする事を決意した。

勇者は、言った。


自分の思いのままに生きていきなさい。ただ一つだけ願いを聞いてほしい。私の植えた桜は成長がとても遅い、恐らく私の生きてる間には、花を見ることは叶わないだろう、お前が良かったらたまにでも桜の様子を見にきてやってくれ。この桜の花はきっと目を奪われるほどに美しく咲くだろう。私の目の代わりにぜひ見てあげてほしい…と伝えた。


子供は、必ずやと約束し、この村を去っていった。


ーーーー


あれから時代は大きく変わっていった。勇者の代も自分の代で10代目となった。

しかし時代は変わっても戦は変わることはなかった。人と魔族の戦いが、人と人との戦いに移り変わっただけの話だった。

どこまでも人の愚かさは変わらない。

各代の勇者達は、人々の争いに国の政策にと利用されていくことになる。


確か五代目の時に勇者の力を貸す事に対して思う所があったのか、各代の勇者の力を国が借りる事が出来るのはそれぞれ一度だけとする約束事を設けた。


そして自分の代に切り替わる。流れに流れて東の国で生まれた俺も当然、一度だけ住んでいた国に力を貸すこととなった。

勇者の中では最強と謳われた自分は、手に持つ愛刀で何百、何千と人々を斬り伏せていった。


一人斬り…また一人斬り…。


流れ作業の様に繰り返される人斬り…返り血を全身に浴びていつの日か人の油の臭いが全身にこびり付いて離れない気がした。


そして終戦。


終わった後に残った者は虚しさだけだった…。


人斬りしかしなかった自分は、平和になった世を迎えても、人斬りしか出来ないのではないかとも不安がよぎる。


それだけこの戦は、なにも得るものがない、ただの国通しの領土の取り合いというだけの意味も持たない戦でしかなかったのだ。


自分はこの地に根を下ろすことはできない。

これからの事も思いつかないまま漠然と歩いていると、ふと昔、親父に聞いた初代勇者の話を思い出す。


「確か…良かったら私の目の代わりに桜を見てほしいという約束だったかな…。」


その言葉を思い出した瞬間、自然と自分が向かう目的地を初代の住んでいた村へと決め歩を進めていくことにした…。


◇◇◇


「…という訳で、今日この村に着いた俺は約束を果たしにこの場所に来たという所で話はおしまいです。」


「そうだったんですね。なら初代勇者様の目の代わりにみた、この桜の花の感想はどうですか。」


「そうですね…あまり学のない自分だとあまり言葉を並べることは出来ませんが…月の光に淡く輝くこの桜を一目みた瞬間、空っぽだった自分の心が暖かく満たされていく様なそんな気持ちにさせるほど美しいと思いました。」


「そうですか。その感想が聞けて良かったです。…でも、桜の美しさは今だけではありませんよ、夜の美しさも良いですが、明るい時にみる桜もまた違った美しさがあるのでおすすめですよ。」


「それならぜひ明日の昼間にでも桜を見に来るとしましょう。今はちょうど根無し草、時間はたっぷりありますから飽きるまで眺めるのも悪くない。」


「あらっ…そうなるとずっとこの村に住むことになるかも知れませんね。この桜は、『毎年桜』と言われてずっと散ることなく咲き続ける桜ですから。」


「それもまた良いかも知れませんね。…っとそろそろお酒も無くなった事ですし、宿を探しに村に戻るとしましょう。」


話を区切り、ゆっくりと立ち上がる。この美しい女性との会話は名残り惜しくはあるけど、あまり夜遅くまで女性に話を付き合ってもらうのも悪いと話を終える事にした。


「今の時間だと宿はどこも閉まってますし、勇者様が良かったらですが、うちに泊られますか?ここでお会い出来たのも何かの縁、私の家は親と私の三人暮らしですから一人くらいは問題なく泊められますよ。」


「…いんですか?…すみません。ならお言葉に甘えさせてもらいます。」


彼女も立ち上がると、家へと案内される事になった。


「そういえば、勇者様のお名前をまだ聞いてませんでした。名前聞いてもいいですか?」


道中、前を進む彼女に着いていく形で歩いていると、突然思い出したかの様に後ろを振り向く彼女。


「自分の名前ですか?そういえば言ってなかったですね。自分は『セツナ』と言います。確か親父が初代勇者の名前と同じにしたと聞いてます。良かったら貴女の名前をお伺いしても?」


「初代勇者様のそうですか。…あっ私の名前はミリアです。これからよろしくお願いしますね。セツナさん。」


俺の名前と由来を聞いたミリアさんは一瞬驚いた様な表情をしたがその後何かを楽しむかの様に微笑むとまた前を向いて歩き出した。


これはちょっとした直感みたいなものかも知れないけど、自分はこの地に根を下ろすかも知れないな。

なぜか理由はわからないけど、なにか楽しそうに歩いている彼女を眺めていると、俺は何となくそう思えてきた。



余談ではあるけど、ミリアの家庭は、初代勇者様が恋仲となっていた女性の一族で、勇者の植えた桜を代々見守っているそうだ。

そしてミリアの名前は、その初代勇者と恋仲になっていた女性の名前をつけられていたと、ミリアの両親に話を聞いた。


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