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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第四章 戦乱の大陸
93/129

食い違う思惑

【作中の表記につきまして】


アラビア数字と漢数字の表記揺れについて……今後は可能な限りアラビア数字による表記を優先します。但し四字熟語等に含まれる漢数字表記についてはその限りではありません。


士官学校のパートでは、主人公の表記を変名「マルクス・ヘンリッシュ」で統一します。


物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。

・距離や長さの表現はメートル法

・重量はキログラム(メートル)法


また、時間の長さも現実世界のものとしております。

・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日 


但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。

・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年

・4年に1回、閏年として12月31日を導入


作中世界で出回っている貨幣は三種類で

・主要通貨は銀貨

・補助貨幣として金貨と銅貨が存在

・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚


平均的な物価の指標としては

・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。

・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。


以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。

 3049年が明けて年末休暇も終わると、士官学校はまた賑わいが戻って来る。士官学校は1月6日までが休暇で7日からの始業となるのだが、北門大(ケイノクス)通りを挟んだ向かいに建つ軍務省を含めた王国の行政機関は例年の「仕事始め」を1月4日としている。


尤もこれは……一般の官公庁の話であり、当然ではあるが1月1日も含めて「年中無休」の部署も存在する。内務省に属する護民局がそうであるし、軍務省の中でも憲兵本部は年末年始も休まず業務を行っている。


また「新年を祝う気分」などというものは仕事始めの頃には冷めているので、「意識の高い官僚の皆さん」は新年の2日や3日は様々な場所に関係者が集まって、主に人脈作りを目的としたパーティが開かれる。そこには王都に本拠を構える商会や、一部の年金貴族なども含まれ……ヴァルフェリウス公爵領内ですら公爵家、厳密には公爵夫人主催(実際に取り仕切っているのはシニョルだが)で領都内の商会関係者が一同に会するレセプションなどが開かれていたりする。


しかしながら……今年の軍務省に限ってはそのような「新年を祝う」という雰囲気では無く、元より官僚達に対して隔意を抱いている軍務卿はそのような「浮ついた」行事とは無縁であるし、これまで毎年のように上級幹部を招いてはせっせと「勢力作り」に勤しんでいた軍務次官も、どういうわけか沈黙を保ったままに1月4日の仕事始めを迎える事になった。


(やはり情報部は私を監視しているようだな……つまり情報局長は「あちら側」という推測は的を得ていたわけか……)


先月中旬以降……つまりは昨年末から、どうも庁舎の内外で自分は監視を受けている……ジェック・アラム法務部次長……法務官は、「それ」に気付き始めていた。


(うーむ……こうなってくると昨年末に軍務卿閣下の非公式(お忍び)にお供して白兵戦技授業の観覧へ行った事は些か軽率だったかもしれない……)


 昨年、士官学校における最後の授業コマで実施された1年1組の白兵戦技……槍術の授業内容は衝撃的であった。武芸について殆ど見識の無かったアラム法務官ですら、「あの士官学生の(わざ)」を見せられて「今の白兵戦技授業はまるで役に立たない」という彼らの主張に対して圧倒的な説得力を感じた程であった。


それは同行していた軍務卿は勿論の事、軍務官僚にしては武芸への造詣が深いと自認するロウ人事部次長にも等しく同じ印象を抱かせたようで、その後の会合であの軍務卿閣下が自ら積み重ねて来た「武芸」を否定して「本来の白兵戦技授業」の復活に意欲を燃やされる……という結果を生み出していたのだ。


そしてその場において彼は、今日(こんにち)のこのような「授業内容の低劣化」を招く元凶となった「教育族」を含む歴代の教育部官僚の一斉処分に対しても「自らの戦い」として宣言する事になった。


(最早この流れ……ヘンリッシュ殿が言っていた方向への流れは止められまい。後は軍務卿を担いだ我らが「神輿(軍務卿)」ごと薙ぎ払われるか……それとも相手方(教育族)を残らずこの軍務省から放逐するか……残された時間は40日少々か……)


 毎年冬に実施される「冬の除目」……つまりは王国政府における前期任官行事は、王国もしくは王室にとって特段の事情が生じない限りは2月の3旬目に数日を掛けて順次執り行われるのが恒例である。

尚……冬の除目は高官人事に対する任命が行われる為に、対象人数が「夏の除目」に比べて少ない。特に近年、冬の除目と言えば勅任官や親補職に対する任命が主となっている。これは現国王の132代ロムロス王の誕生日が7月、シーナ王女の誕生日が8月である為、夏季の王宮は王族生誕関連の行事に忙殺されるからである。


勿論……この話にも例外があり、前任者が任期中に急病死、殉職、退職、免官のような事態となった場合は、高位任官者に対しても夏の除目……除書に記載されるケースもある。最近では前任者が急死した西部方面軍の第四師団長にアーガス・ネルが急遽後任として夏の除目で任命されたという例があった。尤も……その当人はその直後の中将進級を目前にして失脚してしまったのだが……。


「件の士官学生」から示された「時限」は今年の冬の除目までであり……「軍務卿派」としては残り40日程度で標的の「教育族」を軍務省内から一掃しなければならない。実際はその「粛清」が行われた後に彼らの後任を選出して冬の除目で任命する必要がある為、その時間的余裕はもっと少ないとも言える。何しろ、粛清対象には官僚トップの軍務省次官も含まれており、首尾良く彼を放逐出来ても……冬の除目でその後任を任命出来なければ、次の夏の除目までの数カ月間……「軍務省次官代行」という肩書きの者でその職位を埋めなければならなくなる。


「代行」やら「代理」という状態では、軍務次官としての職責に対して法令的に制限が掛かってしまい、その間の軍務省の業務に著しい障害が発生する恐れもあるのだ。


 またこれは……「教育部出身者優遇」という人事的停滞の弊害なのか、今年から来年に掛けて……軍務省内の上層幹部にそれなりの数の定年退職者を生み出す形になってしまっている。アラム法務官の直接の上司である法務局長、副局長、法務部長……いずれもが残り2年以内に定年を迎える年齢の者達だ。


(他にも……カンタス情報局長殿……あの方も教育族としての粛清からは逃れても今年中に定年を迎えるだろうし……ワイン施設局長殿やヘルナー参謀総長閣下も今年には勇退なされる。そしてヴァルフェリウス王都方面軍司令官閣下……公爵家当主とは言え、定年制度の対象からは逃れられないはずだ)


定年を迎えて制度による「退官・退役」となるか、不祥事や不手際によって更迭・除籍となるかで……当然ながらその後の「老後」に相当な差が出て来る。

恩給受け取りの権利も喪失するだろうし、将官進級に伴っていた勲爵士位も剥奪される可能性がある。更に恐ろしいのは元より爵位を持っていた者は降爵・除爵となる場合も過去には存在した。


 それは「こちら側」も同様である。もし「期限」までに教育族の放逐を終えていなければ……あの士官学生は躊躇無く「あの資料」を侍従長を通して今上陛下に上奏してしまうだろう。そうなれば自分は言うに及ばず……軍務卿閣下は「諸卿」として叙せられている侯爵位は無論の事、退任後に再度叙されるであろう男爵位すら危ない。平民出身者であるシエルグ卿の老後は案外と「脆い土台」の上に乗っているのかもしれない。


(しかし今回……軍務卿閣下はこの件が王室に知られても尚、それを覚悟で教育族の放逐に力を尽くすと宣言された。軍務省の最上層を占める官僚が一気に軍を逐われるのだ。どう考えてもその「騒ぎ」は軍務省内だけで収められるものではない。必ずや陛下の御耳にも達するであろうし……)


 この法務官の懸念は当然である。親補職である政府機関における部長相当職以上の者は、その任命にも罷免にも「国王の裁可」が必要である。実際にはその代行者である王国宰相の承認(サイン)によって実施は可能だが、当然ながらその記録は残るし、その記録はそれを望めば国王の目にも通る。


今回はこれだけ高位の軍官僚が一度にその任を解かれるのだ。「国王陛下が全くお気付きにならず」というのはどう考えても無理があるだろう。

問題は「その報告」を受け取った今上陛下……士官学校を出ていない軍部に対して疎遠と噂される国王が、この件に対してどういう印象を抱くか……アラム法務官……いや「軍務卿派」にとって一番懸念されるところであった。


何しろ、今上陛下の怒り……勅勘によって軍務省の上から下まで広範囲に一斉処分という「最悪のシナリオ」は避けねばならない。そうなった場合、既に先月からの「大粛清」において深刻な人材不足に陥りかけている軍部……軍中央は機能不全を起こす可能性がある。そうなってしまうと、レインズ王国の長い歴史で見れば「ほんのひと時」……とは言え、数十年単位で国防力が低下する恐れが生じてしまう。


軍務省は既に昨年の後半に「軍閥形成未遂」という「国王の軍統治権」を侵害するような騒ぎを起こしており、当の今上陛下にも事態が漏れ伝わり……御勅諭まで発せられているのだ。

その処分は辛うじて年末までに終わらせる事が出来たが、その「粗熱」も冷めぬうちに……またぞろ「何百年にも渡ってあたら若い新士官の命を無駄に磨り潰しておりました」などという(しら)せが「具体的な数字」を伴って陛下の耳に届く……考えただけでも震えが止まらない。


(何故……何故あの若者(士官学生)は……ここまで軍務省(我ら)を追い詰めるのか……。確かに近年における軍部を省みれば……頽廃の誹りは避けられないかもしれない。だからと言って……このように「逃げ道が無い」やり方をされてしまっては……)


 アラム法務官が今居るのは軍務省庁舎1階にある幹部食堂である。彼は年末の一件以来、自分に向けられる「何らかの目」を感じている為……「自派の者達」とは極力接触しないようにしている。上司であるホレス法務部長が負担してくれていた「法曹官」任務にも……来旬1の日開廷の軍法会議から復帰するつもりでいる。


そのように色々と思索に耽りながらノロノロと昼食を口に運んでいた法務官の向かい側の席に突然何者かが腰を下ろした。顔を上げてその相手に驚く法務官を余所にその人物は給仕係(ボーイ)を呼んで野菜中心のメニューで注文を済ませると


「次長殿。このまま……このまま私の話を聞いて頂きたい」


何気無い態度ではあるが目元だけは真剣な様子で法務官に語り掛けて来た。


「あ、あなたは……」


法務官が咄嗟に言葉を発せられないでいると、その人物……マグダル・ヘダレス情報部長は


「実は折言って、あなたと談判したい。あなたはもう気付いているかもしれないが、情報部によって監視されている。あなたの『お仲間』もそうだ。おっと……あまり驚かれる素振りを見せなさるな」


「ど、どういう事でしょうか……?」


「とにかく……誰にも見られない場所を選んで2人だけで話がしたい。どこかそのような場所に心当たりは?」


突然このような話を持ち掛けられた法務官は、表面上では平静な態度を装う事に集中しながら


「で、では……憲兵本部……2階の第2応接室……い、何時ならば……?」


「そうだな……では本日19時……私はそこに行けばいいのだな?」


「そ、そうですね……その部屋を空けておくように手配しておきます。私も当然ですが独りで伺いますのでそちらも……」


「当然だ。私も他の情報局の者達……上司も含めて、この行動を悟られたくはない。あなたも、くれぐれも……彼らの『目』に掛からぬように手配してから来て欲しい」


「しょ、承知しました。では後程……」


そう言ってアラム法務官は席を立った。残された情報部長は何食わぬ顔をして給仕が持って来る料理を待っている。


 法務官はなるべく平静を装い、振り向きたい心を押さえつつ食堂を後にした。


(情報部長……ヘダレス少将か。一体私に何を……談判だと……?)


そう考えつつ、彼は2階の渡り廊下を通って憲兵本部に入った。


****


「今夜は何時に無く()()()に来るのに骨が折れた」


ヘダレス情報部長は小さく笑った。


「まぁ……『用』の無い方の立ち入りを制限して頂きましたからな……」


アラム法務官も同様に苦笑しながらそれに応じる。


 この日……新年仕事始めの1月4日。時刻は19時を過ぎていた。2人が向かい合って座っているのは憲兵本部庁舎2階にある第2応接室……昨年この部屋で前第四師団長が「たかが士官学校の一生徒」に散々とやり込められた場所である。


憲兵本部の建物も、隣接している軍務省庁舎には劣るがその規模はかなり大きく……地上2階・地下2階の建築面積約9500平方メートル、延べ床総面積約38800平方メートルにも及ぶ王都でも8番目に大きい建物であり、王都とその周辺を管轄としている軍警察の本拠地である。


 前述した巨大な本部庁舎内には軍務省直轄(直衛)の憲兵が1200名、他には「出向」という形で王都方面軍所属の憲兵が250名、王都防衛軍所属の憲兵が450名、総計1900名の他に本部職員合わせて3000人近い関係者が勤務している。


王都市中の平時における武装組織としては15000名余りを擁する護民兵の方が規模は大きいが、彼らは王都市内にある100以上の施設に分散配置されているので、短時間の局地的な動員力においては護民兵よりも王都憲兵の方が上であるとされる。


他にも王都市内に存在する常在組織としては王都防衛軍が2個師団24000名余りのうち、2000名が交代制の常備要員として王都外壁と王城に詰めており、更には近衛師団5000名が王城内とそれに隣接する近衛師団駐屯地に分散配置されている。また、王都市内を直接の管轄にはしていないが王都方面軍も本部を王都市内に置いているので、機能維持の為に200名が常駐している。


憲兵が出動対象とされるのはこの王都方面軍や王都防衛軍、近衛師団という王国軍属への治安維持、更には防諜も担っている。士官学校常駐憲兵士官に配置転換される前のベルガ・オーガス中尉は、この憲兵本部に所属する直衛第二憲兵隊隊長を拝命していた。


 第2応接室は憲兵本部2階にある4つの応接室のうち、軍務省庁舎と接続されている2階部分の渡り廊下から一番近い場所にある応接室である。アラム法務官がなぜこの部屋を指定したかと言うと……正直なところ、彼は憲兵本部庁舎の内部構造にあまり詳しくなく……応接室として唯一場所を憶えていたのがこの第2応接室であったのだ。


法務官となって軍部内の法曹任務に就く前の彼は、法務部法務課に所属し、法務官の補佐を勤める「事務官」という立場で法務官の代わりに憲兵本部側との折衝を担当しており、この第2応接室をよく利用していた。

憲兵本部側も「本省の事務官殿にご足労頂く」際には本省庁舎側から一番近いこの部屋へ「おいで頂く」というのが慣習であったので、彼は今でもこの第2応接室の場所しか知らないのであった。


 アラム法務官はこの日の午後にサムス・エラ憲兵課長へ手を回して、17時以降の憲兵本部庁舎内の警備レベルを「内々に」上げさせていた。「軍務省側から訪れる人間」は全て渡り廊下部分で執拗な職務質問を受け、その進入を妨害されたりしたため、アラム法務官を尾行監視していた情報部員は足止めを食らった結果、第2応接室に向かう「目標」をアッサリと見失ってしまったのだ。


その後、地下通路側から憲兵本部に入ったヘダレス情報部長は、その地位を利用して厳重警備を押し通り、予め知らされていた第2応接室を目指した。言うまでも無いが情報部長を尾行するような情報部員など居るわけも無いので、彼は特に情報部内の者に知られる事無く「会談場所」へと辿り着けたのである。


「法務官殿には憲兵本部の警戒態勢をも変えられる権限をお持ちだったか」


ヘダレス部長が尚笑いながら言うのへ


「まぁ……知り合いにお願いしましてね……」


曖昧に応えた法務官であったが


「なるほど。エラ憲兵課長辺りにお願いしたと?」


情報部長が続けて発した言葉に対して、表情を硬くした。


「何の事でしょうか?」


「まぁ、そう警戒しないで頂きたい。今日はあなた……とその『お仲間』に対して私の考えを伝えたくてこのような場を設けて貰ったのだ」


 情報部長の表情は何やら相手を揶揄するようなものではなく、穏やかな雰囲気の中にも真剣な眼差しを浮かべていた。


「どういう事でしょうか?」


「率直に言わせて貰う。私はこれ以上……『上』の命令には従いたく無いのだ」


「と……仰いますと?」


「先日……まぁ、先月の中旬頃か。上司である情報局長殿から『あなた方』を見張るように命令を受けたのだ。特に……アラム法務官。あなたをね」


「ほほぅ……カンタス局長閣下が?つまり彼は『あちら側』であると?」


「まぁ、『どっちか?』と問われるならば『あちら側』だろうな」


「そして……()()()()そうなのですか?」


 法務官の表情は警戒心を隠さず、その目は細められている。これは軍法会議で検察官として弁護官と被告人を追い詰める時に見せる彼の「もう一つの顔」である。


情報部長はその表情に多少怯んだ様子を見せたが、小さく息を突き


「いやいや。さっきも言っただろう?警戒しないでくれと。確かに私は情報部の者で、今はそのトップである情報局長から命令を受けている。……しかし、今も言ったが私は……それには従いたくないのだ」


「つまり……上司を裏切ると?」


「その質問に答える前に……事情を説明して欲しい」


「事情……とは?」


 法務官の表情は警戒から困惑に変わった。この目の前に座る情報部の現場を仕切っている……はずの男の目的がいまいち解らない。この男は先日……部下(情報課長)が独断で捜査員を動かした件で軍務卿閣下から「物理的」とも言える厳しい叱責を受けた。それも大勢の部下の面前……あの状況で「体罰」に近い制裁を受け……この男の面目は丸潰れになったはずである。


よって……軍務卿個人に対して「恨み」が生じていてもおかしくない。恨みとまではいかないが反感くらいは生じているはず……法務官はそのように彼を見ていた。にも関わらず、今の彼は真っすぐな視線……まるで小細工など弄していないような目をこちらに向けながら「事情を説明しろ」と言う。なぜこのような「回りくどい」手段を採るのか。


「私……いや、私を含む情報部の者達があなた方を『監視』するように上から命令を受ける破目になっている『今の事情』をだ。あなたも見ただろうが、私は先日……事情を知らぬままに軍務卿閣下から直接ご叱責を賜った。何も……何も事情を知らなかったのにだっ!これ以上、私は……我々は情報を扱う部署の者であるにも関わらずだっ!その我々が何故……事情を知らされぬまま……『事の善悪』を判断する事もままならない状況で動かされているのかっ!」


これまでの……少なくとも平静を装っていたのか落ち着いた態度から、最後は突然感情を押し出すかのように激しい口調となった情報部長は、自分の中で鬱積していた不満と不安を目の前の法務官にぶつけて来た。


 先日の地下で起きた騒動の際に、アラム法務官が感じた通り……このマグダル・ヘダレスという男は普段とても温厚な軍務官僚で、軍部の裏側に入り込んで色々と「汚い部分」も見なければならない情報部の連中にも非常に当たりが柔らかい日常を送って来ていた。恐らくは部下からの評判も良かったのではないか。


自らもトップエリートとして出世街道を相当なペースで歩んで来ており、それこそ「教育族」による人事停滞が無ければ、もう一つくらい上の役職に就いていてもおかしくなさそうな人物であった。


そんな彼をして、ここ2カ月程は「理不尽極まる事態」が続いており……彼が激して吐露したように、事情を知らぬまま「あの」軍務卿閣下から体罰とも言える叱責を受け、今また事情を知らぬままにその軍務卿を始めとした「一派」を監視させられている。自分達の行動には「情報部としての正義があるのか?」この事が彼の脳裏で渦巻いている「葛藤」なのである。


「私は……『我ら』は……何を信じて動けばいいのか……あなたから話を聞きたい……」


急に感情的になり始めた情報部長に対して面喰いながらも法務官は


「わ、私から話を聞いて……あなたはその……ご判断出来るのですか?私があなたを騙して『上』から離反させることを企図するかもしれませんよ?」


わざと突き放すように問いかける。


「あなた方……いや軍務卿閣下がその……『教育族』と呼ばれる方々をこの軍務省から一掃……追放か?それを目指しているのは知っている。一体何故……閣下は彼等の放逐を目指しているのだ?」


「教育族の追放……ですか……。確かに……そこまでご存知ではあるのですね。局長殿からお聞きになられましたか?」


「そうだ。局長殿から私が聞いたのは……軍務卿閣下は士官学校の授業?に何やら疑義をお持ちだとか。教育族の方々は……その責任を負わされて本省を逐われると……」


「まぁ……そうですね。仰られている事は間違ってはおりません」


「そこが解らないのだ。士官学校の授業内容について何があるのか……それが教育族……次官殿を始めとする上層部の方々の軍籍を奪う程の理由になるとは思えない。

率直に言わせてもらうが……あなた方は単なる『勢力争いの理由付け』として、その……士官学校の授業内容の不備だか何かを利用しているのではないのか?

情報局長殿は『このような()()()』で軍務省が二つに割れる事態を何としても防がねばならぬと仰っていた」


「なるほど……あなた……いや、教育族の方々はそのように……この件を捉えておいでか。勢力争い……ですか」


アラム法務官は苦笑した。情報部長の言い様は……自分達「非主流派」が「主流派=教育族」を追い落とす目的で軍務卿を担ぎ出し、「教育行政の不備」を突いてそれを「口実」にしようとしている。……そのように今回の件を見ているのかと法務官は解釈した。


「違うのか?私は確かに、1人の軍人……軍務省で奉職する者として、次官殿を始めとする『教育部出身者』が上層部を固める今の本省の体制が『正常』であるとは思っていない。

現に……局長級の方々の間で人事変動に歪みが生じている。とても看過出来ない状況である事も承知しているつもりだ。

だがしかし……だからと言って『些細な話』を大袈裟に膨らませ、それを口実に……軍務卿のお力を利用して、あの方々を排除するのは……それも正しいとは思えない。そのようなやり方は……本省内に将来の禍根を残す……そう考えている」


(そうか……この方は立場上、情報局長に従ってはいるが……本来は「まともな」考え方をする人なのだな。それが満足な情報を与えられずに教育族の「遣い走り」みたいな事をやらされている……そこでご自身の「信念」と現実との乖離に葛藤が生まれているのか)


アラム法務官はここまでヘダレス部長の話を聞き、自分がこの人物を「見損なっていた」事を反省した。先日は情報部……結果的には情報課長の独断による暴走が原因で、自身は「あの士官学生」から恫喝を浴びせられ、肝を冷やされた事で情報部全体に対して憎しみ(ヘイト)が生じてしまったが……悪いのはあの情報課長であり、この目の前に座る情報部長はむしろ「被害者」だったのではないか。

部下の暴走に対する責任を取らされる形で軍務卿閣下から激しい叱責を受け……今また何の事情も解らないまま我々を見張る破目になっている……。


 このような優秀かつ「軍官僚として正しくあろうと思う信念」を持つ人物をこのまま教育族の連中と一緒に押し流してしまうのは惜しい……法務官はそう思い、考えを改める事にした。


「分かりました。それではお答えします。あなたは今……私達の行動を『勢力争い』と仰られた。それは違います。今回……我々の試みが失敗した場合、我々……軍務卿閣下も含めて軍務省全体が重大な危機に瀕する。しかし……宜しいか?『あの方々』が処分されるのは恐らくもう免れようも無いのです。その『処分』を我々の手で行わないと……今度はその『我々ごと』軍務省全体が処分を受けるのですよ。勿論あなた……ヘダレス部長にもそれは及ぶのですよ」


法務官の話す内容がまだ頭に入ってなさそうな情報部長に対して


「もう一度申し上げます。『教育族』の方々は、残念ながらもうどう足掻いても軍務省を逐われる事は免れない。処分はもう確定していると言っても良い。問題はその『処分』を誰が行うか。我々がそれを行えない場合……『我々も』処分されてしまう……つまりはそういう事なのですよ。最早あなたの仰る『勢力争い』などと言うものは……そんな『小さい話』で我々は動いているのではないのですよ!」


「な……何だと……?軍務省全体が……?あ、あの……ナラ課長が動き回っていた件とは……違うのか?確かあなたは、『あの時』も……『軍務省全体を危地に陥れた』と言っていたが……」


「『あれ』とは別件です。寧ろ今回の件の方が内容に関しては深刻な、仮に教育族の方々をこの軍務省……いや、国軍から排除出来ても……残された本省にも巨大な傷跡を残すでしょう」


 法務官はここで漸く今回の「士官学校白兵戦技授業」についての説明を始めた。ヘダレス部長もやはり学生時代は軍務科に進んだ後に弓術を選択したクチで、席次上位者として三回生に進級する前までは他の剣技や槍技、補助戦技に対してもそれなりに真面目に取り組んで席次を維持していたが、軍務科に進む者達は結局のところ座学の教科が色々とレベルアップするので……そちらの学習に追われてしまうのである。

人事部次長のロウ大佐のような軍務科に進級した後も戦技科目に槍術を選択して鍛錬を続けるような生徒は非常に珍しいと言える。


しかし始めはその専門外である「白兵戦技授業」の話に対してそれを理解しようと難しい顔で聞いていた情報部長も、「多くの新任士官が北や西で命を落としている」という話に入るとみるみるうちに顔が青褪めてきた。

法務官は「例の資料」をこの場には持ち合わせていなかったが、既にその内容は概ね記憶していたので情報部長にも具体的な数字を上げ……この話の根拠として補強した上で


「今の数字ですが……お疑いであれば、地下2階に保管されている資料をご自身の目でご確認下さい。あなたの職責であればそれを自由に閲覧出来る権限をお持ちのはずです。

そうですね……『戦死傷病者数』と『恩給の支給審査資料』辺りをご覧頂ければ……私の申し上げた話が嘘では無い事くらいはお判りになるかと」


「そ、そんな……バカな……そのような数の……」


 この話はやはり初めて聞く者全てに衝撃を与える……一体どうして、これ程の数字がこれまで何百年と見逃され続けてきたのか。ヘダレス部長はこれまでの他の者と同じく、この数字を聞いて言葉を失ったままである。


「そしてこの『数字』を最初に我々に示したのが……先日の騒動のきっかけとなった本年度の士官学校新入生……それも首席だそうですが、マルクス・ヘンリッシュという若者なのです」


「ま……マルクス……あの……!ナラ課長が嗅ぎ回って……和解を壊しかけたとか言う……」


「そうです。あなた方が和解約定の違反を犯した為に、我々……まぁ、実際は私個人に対してですがね……。和解破棄を申し入れて来た若者です」


「その節は本当に迷惑をおかけした。改めて謝罪しよう」


「もうその件は解決致しましたので今更……情報部を責めようとは思いません。しかし、あの件にしても第四師団長の軍閥形成についての有力な情報を我らにもたらしたのは……あの士官学生でした」


「その若者……士官学生が、今回のその……白兵戦技授業についても疑念を持っていると……?」


「そういう事です。そしてここからが肝心な部分なのですが……」


この説明を行っている法務官の顔色も段々と悪くなって来ている。


「次の除目……つまり来月に実施される今冬の除目までに、この白兵戦技授業を歪めて来た張本人である『教育部関係者』を処分……つまり軍務省から一掃しなければ、かの士官学生は伝手のある宮内省侍従局長……つまりは侍従長殿を介して直接……今申し上げた『統計数字が明記された資料』を今上陛下に献上すると……我々に通告して来ているのです」


「な、なっ……何だとっ!?」


「お解りですか?我々……あなたも含めてです。軍務省側としては『残り40日あまり』しか残されていない時間で教育族の方々に責任を取らせなければ、『この数字をご覧になられた』今上陛下によって……恐らくは上から下まで御勅勘を蒙るのです。上とは勿論……軍務卿閣下の事を指します。そして下は……」


「な、な、な……なるほど……先程からの法務官殿の話……た、確かに……そうか……あなた方の行動は『勢力争い』などという矮小な話では決して……」


「ご理解頂けましたか。あなたもこの話をお聞きになられた以上は、最早前回のように『知らなかった』と言い逃れる事は出来無くなりましたよ」


「も、勿論だ。わ、私に……私には何が出来るのか……?あなた方……『今戦っている、あなた方』の為に何が……」


「我々にご協力頂けるのですか?」


「当然だ。私はそもそもがあなた方が言う『教育族』の者では無い!私個人はこれまでエルダイス次官殿と職責において『上司・部下』の繋がりは無いのだ。私個人は訳の分からぬままに巻き込まれていたと思っていたんだ」


「ほぅ……そうでしたか……」


「何か役に立てる事があれば……私は学生時代に軍務卿閣下から槍術の授業を受けた経験がある。『教官殿』には『その節の』御恩をお返ししたい」


情報部長は漸く白兵戦技授業の話で受けた衝撃から立ち直ったのか、40年近く前の話を冗談混じりで口にした。


「あ……あなたも『軍務卿閣下の生徒』だったのですか……あなたも……」


「軍務省の危機」という話題から一時的とは言え「軍務卿の意外なる過去」についての話となって法務官は悪くなった顔色のまま驚いた表情に変わった。


「あの頃から軍務卿閣下……いや、シエルグ教官は恐ろしい方だった。あの体格……そしてあの声の大きさだ……」


法務官がこれまでに知る「嘗てシエルグ教官から教えを受けた生徒達」と同じような感想を、やはり目の前の情報部長が漏らしたので、思わず吹き出しそうになった。


「で、では……先日閣下からご叱責を受けた時も……」


「いや、実際あのように……個人として間近であの御方から怒られた経験は学生時代にも無かった。私はこう見えても学生時代は優等生だったのだ。教官方から怒られるような真似をわざわざするわけが無いだろう?」


「そ、そうでしょうな……ははは……」


 ここで漸く、両者は打ち解けたかのようにお互いの顔を見て笑い出した。


「部長殿が仰られたその『士官学校の白兵戦技教官経験者』として、軍務卿閣下も当初はこの新任士官の『損耗率急増』の話が信じられないご様子でした」


「まぁ……お気持ちを察する事は出来る。何しろご自身もその戦技を教えていらしたのだからな……」


40年近く前の学生時代……二回生の時に受けていた『シエルグ教官の授業』を思い出して遠くを見るような目をしながらヘダレス部長は呟いた。


「しかし……こうも具体的な数字を示されては……やはり軍務卿閣下も言葉を失っておられました。そして、その話に対して自身を納得させようとされたのでしょうか……。マルクス・ヘンリッシュが見せる『本来の白兵戦技授業』のご様子をご観覧されたいと希望されたのです」


「授業の観覧……?そ、それはもしかして……年末……確か……12月の下旬だったか……?軍務卿閣下と他に何名か……あなたも加わっていたそうだな。何やら姿を変えて士官学校に赴いたとか……。まさかあれが……?」


「やはり……情報部には察知されておりましたか。仰る通りです。あの日……昨年最後の授業日に実施されたヘンリッシュ殿の白兵戦技授業を軍務卿閣下は観覧されたのです。私も随行させて頂きました。

但しご承知のように『防御施設点検』という名目で、その点検作業員に扮して士官学校の構内に立ち入りました」


「つまり……公式に参観するのを避けたのだな……?ふむ……あ、そうか……。教頭の目を避けたのか」


以前に監視担当捜査員からの報告を受けていた情報部長は、その内容と今の法務官の説明を照らし合わせ、その理由を鋭く推察した。


「ご賢察の通りです。士官学校教頭のハイネル・アガサ大佐……彼の目を欺く目的で非公式……それも変装まで施して『本来の白兵戦技授業』を参観したのです」


「アガサ……そうか。奴は恐らく……ナラが憲兵本部に拘留された事実をまだ知るまい。しかしそのナラからの情報が流れて来なくなって不安を感じているかもしれないな。今のところ……まだ奴が再び情報部を訪れたと言う報告は上がってきていない」


「アガサ大佐はあなたにとっては元部下に当たるわけですよね?」


「元部下……と言うよりも奴は私とは士官学校の同期の間柄だ」


「えっ!?そうなのですか?」


そこまで官僚間の関係を把握していなかったアラム法務官は軽く驚いた。


「私はそもそも、エルダイス次官が情報部から教育部に転出した際にその順送りで昇進された当時のカンタス閣下の後任に人事部から転出して来たのだ」


「そ、それでは情報部長殿は……」


「まぁ、そういうわけで……私はエルダイス次官殿とは情報局と人事局で入れ違いになったわけさ。おかげで『教育族』には加わらずに済んだのだがな。あなたの()()()で先程の『授業参観』にも同道したロウ大佐は人事部で同僚だった。私の方が先任ではあったがな……」


「そ、そうでしたか……ロウ殿からはそのようなお話を伺っておりませんでしたから……」


アラム法務官は恐縮したような態度になった。


「いや、仕方無いだろう。もう10年以上前の話だ。それに軍務省内では昇進・進級に伴って他部署に転出する事はよくある話だ」


「ふむ……そうか。アガサは『向こう側』に与しているわけか。くくく……頭の固い()()()らしいな……」


ヘダレス部長は何か含むような笑い方をしながら


「よし。いいだろう。アガサの事は私に任せてくれ。奴には私からナラの代わりにせいぜい『安心出来る情報』を流してやる」


「ご協力……(まこと)に感謝致します」


法務官は頭を下げた。


「それと……あなた方への監視についてだが……いくら私でもいきなりその監視を緩めるような真似をしては部下の手前……それと局長に『余計な勘繰り』を与えてしまう恐れがある。私が軍務卿閣下に与する事を知られるのは拙いからな」


「そうですな。あなたの立場を悪くしては色々と申し訳ない事になります」


「いや……別にそれは構わんのだが、今後何かと『やりにくくなる』のでな」


「よし。それではこうしよう。今日の憲兵本部の警戒状況……これを利用する。情報部の者達にはこの警戒が『暫く続く事になる』と伝えておく。『故に目標が憲兵本部に入った場合は監視を諦めろ』とな」


「そ、そんな事を言って……大丈夫ですか?」


「なに……この『監視任務』について事情を聞かされていないのは私も彼等も同じだ。むしろ彼等は私よりも事情が解っていない。ただ私の命令において動いているだけだからな。それに今は私と彼等の間に居るはずである情報課長が不在だからな……」


ヘダレス部長は彼にはあまり似合わない「人の悪そうな顔」を作ろうとして失敗したような表情となり、それを見た法務官も思わず吹き出しながら


「承知しました。それでは部長殿のお心遣いを有難くお受けして、『我ら』も今後は憲兵本部の中で会合を持つ事に致します。ご協力……重ねて感謝致します」


「気にするな。それと私の下に居る情報部次長のデルドという奴が居てな。こいつは頭が切れるんだが上層部に対して何かと反抗的な奴でな。こいつも多分『こちら』に引き込めると思う」


「デルド次長……ヴェライス・デルド大佐ですか?私が士官学校に入学した年に自治会の会長をされていらした方です」


「ほぅ……あいつが自治会の会長……今はあんなに『昼行燈(ぐうたら)で反抗的』なのにか……?あいつが自治会長……くくく……これは面白い事を聞いた」


ヘダレス部長が声を上げて笑い始めた。デルド情報部次長の管理職としての態度は余程のものなのだろう。


「そ……それ程なのですか……?信じられない……あのデルド会長が……」


やはり30年以上前の士官学生の頃を思い出したアラム法務官が目を白黒させている。


軍務卿と「元生徒達」の関係もそうだが、今の軍務省の上級幹部達は皆同じく「士官学校軍務科」出身者で構成されている為に当然ながら「狭い世界」で年月を共に重ねて来ており、「誰かと誰かが同期だった」という話は幹部食堂に行けば、そこかしこで聞けるのだ。


今でも旧交を温めたままに部署や階級は違えど勤務時間外には酒を酌み交わしたり、上記の幹部食堂でテーブルを共にしている者達も珍しく無い。

法務局長のドレン・キレアス大将と副局長のアレイテス・カノン中将も士官学校同期として任官直後は部局が別れたものの、結局は法務官として「法務部長と次長」という立場で合流し、そのまま昇進を重ねて来ている。


 ちなみに……士官学校時代はカノンの方が軍務科首席、キレアスが僅差の次席(2位)、そしてカンタスは5位であった。他にも人事局長のオランドは3位、参謀総長のヘルナーは7位、施設局長のワインは4位と、この3008年度の卒業生からは軍務省上級幹部を数多く輩出しており、前述したアラム法務官が思案していたように……この3049年中に一斉に定年を迎える事になる。


キレアスはカノンが法務官に勅任される際にもその推薦人に名を連ねたし、自身が昇進するとその後任に必ずカノンが順送りになるように心を砕いた。同じ年度の士官学校卒業生から軍務省内の法務官を2人輩出した事は近年では異例の出来事であった。


「教育族」による副局長人事が停滞し始めた時に、「法務部長からの異例の順送り」が二代に渡って続く事になったのは、(ひとえ)にキレアスの「ささやかな抵抗」だったと言っても良い。この「異例の順送り推薦」が無ければ、後任に停滞していた他の部局からの転入が起きて……カノンは今でも「部長職止まり」だったかもしれない。


士官学校時代は自治会の会長と副会長を務めていた両者は、今でも上司と部下の関係ではあるがお互いに親友同士として気さくに接する間柄である。


 情報部の現場責任者であるマグダル・ヘダレスという「情報の専門家(プロ)」が「軍務卿側」に入った事は教育族側にとっては「痛恨の出来事」であると言える。これによって教育族はその「目」を失う……までは行かずとも「濁る」事にはなるだろう。


年が明けて、この軍務省上層部で進んでいる「静かなる攻防」は一気に動き出す様相を呈していた。


【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ


ジェック・アラム

51歳。軍務省(法務局)法務部次長。陸軍大佐。法務官。

軍務省に所属する勅任法務官の一人で、ネル姉弟の軍法会議の際には検察官を担当する予定であった。事件の和解後には粛清人事を実施する「執行委員会」の中心となる。

主人公から、ネル家騒動の和解約定違反を問われる。


マグダル・ヘダレス

55歳。軍務省情報局情報部部長。陸軍少将。勲爵士。

軍務省の地下1階にある情報部を統括している。部下のナラが承認許可無く捜査員を動員した為に身に覚えのない管理責任を問われる。本来は非常に温厚で精神的にも安定した軍務官僚。

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