動き出す教育族
【作中の表記につきまして】
アラビア数字と漢数字の表記揺れについて……今後は可能な限りアラビア数字による表記を優先します。但し四字熟語等に含まれる漢数字表記についてはその限りではありません。
士官学校のパートでは、主人公の表記を変名「マルクス・ヘンリッシュ」で統一します。
物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。
・距離や長さの表現はメートル法
・重量はキログラム(メートル)法
また、時間の長さも現実世界のものとしております。
・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日
但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。
・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年
・4年に1回、閏年として12月31日を導入
作中世界で出回っている貨幣は三種類で
・主要通貨は銀貨
・補助貨幣として金貨と銅貨が存在
・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚
平均的な物価の指標としては
・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。
・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。
以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。
カンタス情報局長の口から繰り出される話は、エルダイス次官に衝撃を与えるには十分であった。
「な……何だと!?我々……奴らの言うところの『教育族』を一掃する……!?」
先程まで冷静さを保っていた次官には、最早そんな余裕も無くなってしまったようで、その端正な面立ち……そして彼の怜悧さを象徴するかのような切れ上がった目は大きく見開かれている。情報局長はそんな白目がちな次官の驚愕する表情を見て
(こ、これ程までにこの「御方」が驚かれるとは……まぁ、それもそうだろう……)
ある程度は予想していたのだが……それでもこの数十年で見た事も無かった「ポール・エルダイスが動顛する表情」を見て彼自身も驚くと同時に、この件がやはり思ったよりも深刻な事態であることを実感した。
何しろ、彼自身は今日の今まで……「目の前の目敏い次官閣下が、『あの』軍務卿閣下を上手い事御している」と信じて疑っておらず、その証拠に……彼がこれまで目を掛けて来ていた嘗ての部下を全て軍務省の上層部に押し上げる事に成功しており、軍務卿はただ彼の提出する「人事案」を全て丸呑みにして……それこそ「為すがまま」に承認して来ていたのだ。
つまり彼等の言う「教育族」という今日の軍務省上層部を固めている「派閥」を生み出したのは紛れも無くこの6年間……ポール・エルダイス氏が人事局長に就いた頃から軍務省の頂点であり続けたヨハン・シエルグ侯爵その人だったからだ。
その軍務卿閣下当人があのような「怒りの様相」を見せながら自身が生み出した「教育族」を放逐しようとしている……。これはその「生み出された人々」にとっては信じ難い事であっただろう。
「その……今も申し上げました『士官学校の授業内容』についてですが……次官殿は何かお心当たりは?」
「分からん……授業内容……。その……白兵戦技か?つまりそれは……まぁ、私も嘗て学生時代にやらされたあの、剣やら槍やら振り回す……あれだろう?」
ポール・エルダイスも当然ながら士官学校卒業生である為、士官学校時代……一回生と二回生の頃に「やらされた」記憶のある白兵戦技の授業内容を思い出した。
言うまでも無く彼は三回生進級後は弓術を選択しているので、「苦手でつまらなかった剣だの槍だのを振り回す」という授業からは解放されている。
彼自身は最終的に席次の為に弓術にもそれなりに力を入れて、軍務科首席、総合席次2位で士官学校を卒業している。
弓術についてはそれなりの成績を修めたのだが、最終的には全学年必修となっていた「補助戦技」……つまり短剣術と体術の成績で僅かに同期首席だった騎兵科の生徒に及ばなかったのだ。
「はい。次官殿の仰る通り、まぁその……剣技やら槍技を含めた武術全般の授業かと思われます。軍務卿閣下はどうやら、その授業内容について疑義をお持ちになられて、今回の件に発展しているのかと」
「どういう事なんだ……?我ら……恐らくはその……現役で省内に残っている教育部出身者を含めた関係者を処分したがっているのだろうが……。『かの御仁』がそれ程の決意に至るような問題……疑義か。それが生じているのか?」
次官は必死になって頭の中で「そこまで軍務卿が思い詰める理由」を突き詰めてみたが、どうしてもその「白兵戦技授業に対する疑義」という部分で思い当たる事に至れなかった。
「もしや……その、『白兵戦技に対する疑義』というのは単なる口実なのではないか?実際にはもっと他に『我ら』を放逐したい理由が出来たが、正当化するには難しい内容だとか……」
「なっ、なるほど……そこまでは考えが至りませんでした」
どうしても心当たりに辿り着けないエルダイス次官は「別の視点」からの理由を考えざるを得ない。そのような次官の推理を聞いてカンタス情報局長も得心しかかる。
「いや、それにしても事態は左程変わらん。何しろ我々を残らず更迭しようとしている……その一点において軍務卿閣下の決意は固いのだろうからな」
「申し訳ございません。そこの部分の情報がまだまだ少ないのです。私も一応は軍務卿閣下からの指示を受けた後に、その件に関わっているであろう先程お話致しました法務部次長のアラム大佐とも面会して『それとなく』探りを入れてみたのですが、捗々しい答えを得る事は叶いませんでした」
「ふむ……。どうも今回の件……先程の『大粛清』においても、その法務官が鍵を握っているようだな。私にはどうもその……アラム大佐か?彼が軍務卿を『焚き付けた』ように思えるのだが……」
「た、確かに……。アラム大佐は両方の件に絡んでおりますな。しかし私から見て、あの法務官も軍務卿閣下からのご下命に対して困惑しているようにも見えました。彼の心底ではその命には従いかねるといったところなのではないでしょうか」
「ほぅ……そう思う根拠があるのかね?」
「いや……申し訳ございません。私も確たる自信を持っているわけではないのですが、彼は我らと同じく『軍務官僚』であります。そもそも彼らの言う『教育族』とされる方々は、お恐れながら次官殿を始めとする……オランド殿やアミン殿……人事局長と副局長であります。そこには私をも含まれていると言っても良い。これだけの面々に対して……それこそ『法務官』であるにしろ軍務省の一幹部でしか無い彼がその……敵対して来るのかと……」
「ふむ。確かに君の言う事にも一理あるな。今日の時点で彼はまだ誰とも接触を持っていないのだろう?」
「はい。情報部長からの報告ではそのようです。まぁ、考えてもみて下さい。法務局の法務部次長である彼が『士官学校の白兵戦技授業』などと言う、畑違いの話に首を突っ込むのは……かなり不自然に思えませんでしょうか」
「うむ……確かにそうだな。そう考えると、その……『大粛清』の件は別として……なぜその『白兵戦技の授業』について門外漢であろう法務官が絡んでいるのか……」
二人はすっかり冷め切ってしまった名店の料理を前にしてお互い首を傾げながら考え込んでしまった。そんな彼等がここまで「この件」について整合性が得られないのは、この件に大きく関わっている士官学校関係者……それも法務官に対して恫喝紛いの要求を突き付けた「士官学生」の存在をこの時点で全く留意していないからである。
しかし情報局長の口から「軍務卿が『自分達』の放逐を企図している」という重大な話を聞いたからには、エルダイス次官とてそれを座して受け入れるつもりは更々無い。
「軍務卿」という……王国政府における「国王陛下の代理人」に対してどこまで抵抗出来るのかは解らないが、官僚のトップとして前例無き「理不尽な更迭」を受け入れるわけにはいかないのだ。
この時点においてエルダイス次官は、「白兵戦技授業への疑義」という謎について思い当たる事が全く無かった。つまりルゥテウス……マルクスが提示してきた「士官学校の歪められた授業」が陸軍の地方部隊において「新任士官の大量損失」に繋がっているという現実を理解出来ていない証左であったのだ。
「とにかく、君は軍務卿とその法務官周辺の監視を頼む。私は私なりに対抗策を講じるんでな」
「承知しております。既に情報部長には、只今次官殿が仰られたような監視任務を命じております」
「そうか。流石は情報局長だ。飲み込みが早くて助かる」
「いえいえ。こうなっては私自身も閣下からの恩恵を授けられた『教育族』の一員であると自負しております。私も皆様とは一連托生であると理解しておりますので」
「ふむ……。そうか。そう思って貰えるのであれば……私は私なりに『間違ってはいなかった』ようだな……」
最後はしみじみと語る次官の言葉でこの会談は締め括られた。
****
教育部長であるデヴォン少将は恐々とした面持ちで次官室を訪れた。朝の始業の鐘……二点鍾が鳴り終えた直後に次官室から秘書官が彼の部屋に現れて
「エルダイス次官閣下が個別で面談されたいとの仰せでございます。お忙しい所を申し訳ございませんが、閣下の執務室までお越し願えませんでしょうか」
そのように求めて来たのだ。
「じ、次官閣下が……?ど、どのような要件か」
「詳細は聞かされておりません。教育部長閣下におきましては可能な限りお早目にご支度願えますでしょうか」
デヴォン部長が尋ね返しても秘書官の応答は極々事務的なものであった。どうやら彼女は事情を知らぬままに上司から「教育部長を連れてこい」と命じられて来たようだ。
この秘書官の態度が益々彼を不安にさせた。そもそも彼には次官に直接呼び出されて叱責や訓戒を受けるような心当たりが無い。
先日、海軍大将である士官学校の校長がわざわざ直接訪ねて来て「白兵戦技の授業改革」を訴えてきたが、それを軽く往なして握り潰した事は既に脳裏から忘却されていた。結局彼は、エイチ校長から提出された関連資料が記されたファイルすら破棄してしまっていたのだ。
この日……12月2日は情報局長と軍務省次官が「王都の名店」で密談を終えてから1旬が経過していた。「軍務卿閣下が自分達を更迭しようとしている」という行動へと至る事になった「士官学校の白兵戦技授業に対する疑義」に対して何ら心当たりが見出せない次官は、その翌日から……ひとまず自分以外の「標的」であると思われるイエイジ・オランド人事局長、そしてゲイリー・アミン人事副局長と密かに連絡を取りつつ、個別に会談を重ねたのだが……人事局のトップ2人も次官からの話に衝撃を受けこそすれ、その「原因」については次官同様に「さっぱり解らない」と言った態であった。
この2人との会談を終えて尚、事態の把握が一向に進展せずに次官は悶々とした日々を過ごした挙句……1旬が経ってから、思い出したかのように現在の士官学校を管轄している「現場部署のトップ」であり、これも「標的」の1人であろうと推測されたモンテ・デヴォン教育部長を自室に呼び出したのである。
「教育部長閣下をお連れ致しました」
秘書官が次官に教育部長の来訪を告げ、次官が「うむ。入って貰え。茶などいらん。そのまま君は自席に戻って良い」と返事があり、秘書官が「ではどうぞ」と次官執務室の扉を開けたまま、自身の席がある総務部の部室に退がって行った。
「モンテ・デヴォンであります。失礼致します」
開かれたままの扉から執務室に入室したデヴォン教育部長は、静かにその扉を閉めてから次官の机の前に移動し、緊張の面持ちで挙手礼を施した。
「うむ。まぁ、そこに座ってくれ。そんなに緊張しなくてもいいぞ」
エルダイス次官にとって、デヴォン教育部長は階級では2つ下、職位では3つ下となるが……嘗て自身が教育部長として転任して来た当時、何かと部内で孤立しがちだった彼に対して、デヴォンは新任の教育課長としてよく仕えてくれた。
決して有能……というわけでは無かったが、部内の職員との間で潤滑油的な役割を果たしてくれたのだ。
その後、エルダイスは比較的短期間で人事副局長となって教育部を離れたが、かねてから「感情的しこり」が残っていたオランドを後任の部長職に強く推薦し、更にオランドの後任の次長に兵器局からアミンを転入させた。ここでデヴォンは次長として「順送り」にされなかったが、人事局長となって人事権を握ったエルダイスによってオランド以下の嘗ての部下達を順送りにして昇進させたのである。
「で、では……」
恐縮した態度でソファーに腰を下ろしたデヴォン部長に続き、次官自身もその向かい側に腰を下ろした。
「ほ、本日は何か……?」
恐々と尋ねる教育部長に対して次官は
「うむ。実はな……ちょっと君に尋ねたい事があってな。あまり大きな声では聞けないのだ。後で事情は話すが、少々厄介な状況になっている」
「え……?や、厄介な……?」
「まぁ、その事は後回しだ。それで……ちょっと聞きたい。君は『士官学校の白兵戦技授業』について何か聞いていないか?」
次官のやや遠回しな質問に対して教育部長は
「は……?士官学校……でありますか?」
「そうだ。まぁ、私も嘗てはその管掌下にあった士官学校だが……現在の現場責任者は君だ。その君から見て……士官学校の白兵戦技の授業に何か変わった事は無いかね?」
「白兵戦技……戦技……う?うっ……!」
呟くように「それ」を繰り返していた教育部長の脳裏に突然「ある事」が思い浮かんだ。言うまでも無く、先日……自分を直接尋ねて来て「白兵戦技授業改革」を具申して来た士官学校長の姿勢の良い姿である。
教育部長の様子を見て不審に思ったエルダイス次官は、それでも穏やかな態度を崩さずに
「ふむ。何かあったのかね?」
と、尋ね直した。デヴォン少将の顔色が明らかに変わったのだ。
「え……い、いや……そ、その……」
問い直された教育部長は口籠りながらも
「こ、これは……その……次官閣下におかれましては……ご報告する事でも無いと思い……小官の判断で処理させて頂いた事なのですが……」
ここで何やら隠し事をしても仕方がないと思った教育部長は、先月の始め頃に士官学校の校長であるロデール・エイチ海軍大将が、直接自分に面会を求めて来た事。そしてその場で「白兵戦技授業改革」について具申を受けた事を説明した。
「何だと!?士官学校の校長がか?」
デヴォン部長は、この話を聞いたエルダイス次官……普段は殆ど感情の動きを見せない「氷のような男」が明らかに心情の変化を見せるように反応したので驚いた。彼自身はそもそもこの件は「上に報告するまでも無い話」として認識していたからだ。
デヴォン個人はそのように思っていたのだが、そもそも「士官学校の校長」という職位は軍務省の人事体系から外れている「国王陛下による勅任職」であり、これは同様に勅任官である法務官と似ているが……その対象は「現役の陸海軍大将」なのだ。
彼が図らずも認識していたように、士官学校長という職位は一見して「定年を迎えた陸海軍の司令官経験者による名誉職」などと誤解されがちだが、決して彼らは退役しているわけでは無く「現役」の陸海軍大将の階級のまま、その職位に勅任されるのだ。
60歳という年齢を超えて尚、現役の軍人として留まれるのはこの士官学校長の他には目の前に居る軍務省次官だけであり、軍務卿ですら60歳で一度軍人としては定年退役をしてから「文民」として任命されるのである。
そして大将の階級のまま「軍務省の人事体系外」で勅任を受けるという職位はこの士官学校長だけなのである。それでも確かに……同様の勅任官である法務官で大将の階級である者は存在する。
現在の地方部隊には居らず、王都の本省で唯一……法務局のドレン・キレアス局長がそれに中るのだが、彼が勅任を受けたのは17年前の施設局施設設計部王都方面課長時代であり、その後に法務部次長へと転出した経緯がある。つまり彼は「中佐時代」に勅任を受け、そのまま大将まで進級したというだけで、元から「陸海軍大将だけを対象条件とする」士官学校長とは根本的に異なる。
デヴォン部長にはその事が理解出来ていなかったのだ。そのような「事情」も理解出来ないままにその士官学校長の具申を簡単に握り潰してしまった事に対して、彼自身は何も省みていなかった。
しかし……エルダイス次官にとっては当然ながら異なる認識を持っており、教育部長職も経験した彼にとって「士官学校長」という存在は、そもそも彼自身が教育部長として勤務していた当時は……階級が2つも高く、更には本省の人事体系とは別の勅任官であった為に強く当たる事も出来ない……言い換えれば「目の上のたんこぶ(腫れ物)」のような存在であった。
「君は……今の話の通りであるならば……エイチ校長の具申を突っ撥ねた……と?何の斟酌もせずに?」
次官は「信じられない」という表情で教育部長に再び尋ね直した。
「え……あ、は、はい……。教育指導方針は我が教育部の『専権事項』でございますし……このように申し上げては何ですが、所詮は地方部隊出身の前艦隊司令官が口にする事では……」
次官の豹変した態度を見て何やら警戒するかのように、それでも自分なりの認識を説明しようと教育部長は口を開いたが……
「ばっ、馬鹿者っ!君はっ……!あ、相手は勅任されている大将閣下だぞ!?士官学校の教育指導要綱とは別の……今上陛下から直接任命されている……大将閣下なのだぞ!?」
「えっ!?」
突然語気荒く怒鳴り出した次官に、説明する言葉を潰される形となった教育部長は仰天した。
「き、君は……な、何て事をしてくれたんだ……」
次官は既に顔面蒼白になっている。このような次官を見るのはデヴォンにとって勿論初めての事だ。その様子を見て……彼は何やら自分が「とんでもない事を仕出かした」と思い始めるに至った。
「しっ、しかし……士官学校の授業内容については……」
それでもまだ抗弁するかのように「教育部の専権」を唱える教育部長に対して次官は一旦心を鎮めるかのように大きな溜息を吐き出した。
「それで……その具申内容はどのようなものだったのかね……?エイチ校長は『口頭での具申』だったのか?」
「あ、い、いえ……その内容は……」
「憶えて無いのか!?くっ!何でもいいっ!憶えている事を話せ。それか資料や書面でも受け取ったのではないか?」
次官の追及に対して教育部長は口を閉ざした。確かに「資料」は受け取った。しかしそれを「自分の判断で破棄した」とはとてもこの状況で言える事では無かった。
「どうなんだ?何も憶えていないのか?」
明らかに自分に対して失望しているような口調で話す次官に対して、教育部長は辛うじて記憶を辿って口に出した。
「た、確か……その『改革とやら』を言い出したのは三回生主任教官のマーズ少佐であったとか……」
「マーズ……マーズ……。どこかで聞いた名だな……主任教官だと……?少佐……佐官でか?」
「あ、あの……そのマーズ少佐とは……ヴァルフェリウス公爵閣下のご次男でありまして……北部方面軍の……」
「マーズ……うっ!まっ、まさか……タレン……ヴァルフェリウス……『北部軍の鬼公子』か!?」
士官学校長に続いて出て来た「とんでもない名前」に次官は今度こそ絶句した。「北部方面軍のタレン・ヴァルフェリウス」の名前は、皮肉な事に軍部の上に行く程……その知名度が大きくなっていたのだ。
彼がマーズ子爵家の養子に入り、昨年の岳父死去に伴い家督を継いで「マーズ姓」を名乗り始めた為に、あの温厚な……珍しく北部方面軍から士官学校教官に転任してきたと言う大尉が「ジューダス公の再来」と呼ばれ、今上陛下から「王国の守護神」とまで讃えられた驍将である事を知る者は軍務省内の一般職員の中においては今でも少ない。
デヴォン部長はそれでもその驍将の名は知っていたが、結局はこの「改革」に彼が絡んでいると知って尚……「本省教育部外の者が口を出すな」という一種の「驕り」によってエイチ校長の具申を握り潰してしまったのだ。
額に右手を当てたまま……すっかり黙り込んだままになってしまった次官の様子を見て、デヴォン部長は狼狽えながらも
「じ、次官殿……しょ、小官は何か……その……こ、今回の件で……」
「少し黙っていろっ!」
最早「自分の思索を邪魔するな」と言わんばかりに声を荒げた次官の剣幕によってデヴォン部長は沈黙した。その両目はキョロキョロと落ち着き無く辺りを見回しており、決して目の前の相手に視線を合わせないようにしている。
(何だ……何故自分は今こうして……次官閣下の怒りを買っているんだ……たかが……たかが部外の老いぼれからの……僭越極まる戯言を突っ撥ねただけではないか……)
一方のエルダイス次官は、今受けた衝撃の報告を必死になって脳内で整理していた。
(士官学校長……あのロデール・エイチ提督の意見具申を……白兵戦技授業改革だと……?それに……タレン・ヴァルフェリウス……いや、今はマーズか……。いや、もうそんな事はどうでもいい……)
(これか……!この一件が何らかの「形」で軍務卿に伝わったのか……?しかし……だからと言ってそれが即……「我々全員の更迭」に繋がるのか……?確かに学校長に無礼を働いたのだろうが……それが「我々」にまで及ぶ事なのか?)
ここに来て……漸くではあるが「士官学校の白兵戦技授業」というキーワードに繋がる「手掛かり」に手を触れる事が出来たのだが……しかしそれは「自分達を軍部から放逐する」という言ってみれば「軍務省内部を二つに割りかねない」程に重大な事態へ発展するかもしれない決断を軍務卿にさせる程のものなのか?……その一点がどうしてもエルダイス次官には理解に苦しむ所であった。
「君は……その……あれだ……。その学校長からの具申を受けて、どのように返答したのだ?まさかとは思うが……面と向かって無礼を働いていないだろうな?」
考え込んでいた次官が漸くにして言葉を掛けてきたので、却って安心したのか……教育部長は多少表情を緩めながら
「まっ、まさか……。相手は階級が上の御方であります。そのような失礼な真似は……」
「そうか。それで?実際はどのような返答をしたのだ?」
「えっと……確か……『我らで内容を精査した上で後日回答する』と……」
「内容……?その内容を君はもう忘れているのだろう?実際に『精査』などしておらんのだろう?」
「は……はい……。元よりその……そ、そのような具申を聞くつもりもございませんでしたので……」
「ばっ、馬鹿な……!君は今、『精査の上で回答する』と校長殿に申し上げたと言ったではないかっ!」
「えっ?あ、はい……しかしそのような言葉は『我々』の間ではその……社交辞令と言いますか……」
「君は何て愚かなんだっ!相手は我々のような『軍官僚』ではないのだぞっ!つい先年まであの『最強』と言われている……第四艦隊を率いていた海軍提督なのだぞ!?そのような『虚飾』が通じると思っているのかっ!」
「くっ……!君のその態度が……その『不誠実な態度』が……エイチ提督の怒りを買ったか……やはり……しかもヴァルフェリウス閣下のご次男までが……」
呆れ半分、嘆き半分のような次官の言い様に教育部長は恐る恐る……
「あ、あの……閣下はなぜ本日……小官にその……『白兵戦技授業改革』のお話をお尋ねになられたのでしょうか……?何か宜しくない事態が実際に起きているのでしょうか……?」
この愚かな軍務官僚は、ある意味で「自分のやらかした事」を理解する事も出来ずに、それでも自分がこの場に呼び出された意味が知りたかった。今、目の前であの……「氷のような男」が頭を抱えて明らかな狼狽を見せている。
それもこれもどうやら「白兵戦技授業改革」……先月の始め頃に士官学校の「老いぼれが持って来た話」が何やら関係している……何やらとてつもなく大きな話になっている事を彼なりに直感したようで、彼はそれが知りたかったのだ。
「私もそれが知りたいのだっ!しかし……明らかに君の犯した失態は……『この話』に関係しているとしか思えない……」
「そっ、その『話』とは……どのような事なのでしょうか……お教え頂ければ……私ももっと『何か』を思い出すかもしれません……」
目の前の最早「無能を絵に描いたような」部下に対して、エルダイス次官は仕方なく先旬からの自身を含む「教育部関係者」に降り掛かりつつある「凶事」について説明を始めた。
「軍務卿閣下が、私を含め……恐らく君もだ……。現役で残っている教育部関係者を一斉に更迭……いや、粛清しようとしている」
デヴォン部長はその言葉を聞いて、一瞬何の事なのか理解出来ず……何しろいきなり「軍務卿」という名詞が出て来たのだ。今回の件で何故軍務卿が……と言う思考に至って混乱を起こしかけた。
「どっ、なっ、何故……何故その……ぐ、軍務卿閣下が……我々を?」
「それが分からんからこうして『教育部関係者』に片っ端から話を聞いているのだっ!分かっている事は軍務卿閣下が……君が校長殿の具申を突っぱねたと言うその『士官学校の白兵戦技授業』に対して何らかの疑義を感じられ、それによって『我ら』を全て軍から……軍から放逐するとお考えになられている……私も今の今までサッパリ解らなかったのだっ!しかし……漸くその『白兵戦技授業』という言葉が君の口から出て来た。しかし……言う程それが『我々への粛清』に繋がるとは思えんのだっ!」
「とにかくだっ!とにかくっ!君は知っている事を全部話せっ!何もかもだっ!正直に……隠し事無く話せっ!最早君だって『当事者』なんだぞっ!」
「もっ、申し訳ございませんっ!」
「状況を何となくだが理解した」デヴォン部長はやにわに立ち上がって深々と頭を下げながら次官に対して謝罪した。そしてそのまま力なく再びソファーに腰を下ろすと、自らが記憶している「状況」を説明し始めた。
・先々月の始め頃に教育部の係長が突然免職処分を受けた事。そしてその理由をオランド局長に尋ねたが回答が得られなかった事。
・そのような状況の最中……先々月の下旬頃に士官学校の校長から面会の要請が入っていた事。
・士官学校の校長からの面会要請がこの時期に重なった事で警戒してしまい、結果的に理由無しに面会受諾を引き延ばしてしまった事。
・前述した通り……学校長との面会は先月の始めに行われ、その席で「士官学校の白兵戦技授業改革」について具申を受け、資料も受け取った事。
・その具申に対して「後日の回答」を約束したが、実際はその気が無かった事。そしてその資料も破棄してしまった事。
・その後……部下のユーリカー課長を使って士官学校の実質的な管理者と目される教頭に対して「圧力」を掛けた事。
・その結果……その教頭の動きによって学校長、三回生主任教官、そして1人の士官学生に対して情報部が監視中であり、その経過報告を何度か情報課長から受けている事。
ここまで吐き出して、デヴォン部長は項垂れるようにガックリとなった。
その「告白」を黙って聞いていたエルダイス次官は
「なるほど。それで全てだな?」
と、静かに……先程までとは打って変わって「いつも通り」の落ち着いた口調で語り掛け
「現在、君は知らんだろうが……軍部内で大規模な『人事的粛清』が進行中だ。本省の中でも6名だったか……軍籍を剥奪された者が出ているようだ。君の言っていた『突然の免職処分を受けた部下』とは、これに該当する者である可能性が高い」
「なっ!?しゅ、粛清ですと!?げ、現在……も……でございますか?」
「君も聞いているだろう?第四師団長の娘だか息子が士官学校内で起こした殺人未遂事件だ。どうやらそれに関連して何やら『師団長側の不都合』が発覚して、関係者が一斉に処分されているようだ。私も詳しくは知らん。
この粛清は何やら我が省の一部の者が中心となって軍務卿閣下……いや、確か今上陛下もご承知の上で秘密裡に実施されていると聞いた。この件に関して私は完全に情報統制の外に置かれているんでな……だが、もうそれはどうでもいい」
「でっ、では……人事局長にお伺いしてもお答え頂けなかったというのは……」
「まぁ、オランド君も私同様に情報が伝わって無かったのだろうな。恐らく粛清が進行している事すら知らなかったのだろう」
例の……独特な表情で苦笑してみせた次官は続けて
「それと……なるほどな……。前情報課長……確か……アガサだったか。うむ……確かにそういう者も居たな。そうか……君の掛けた『圧力』とやらで彼は踊ったのか。
言っておくが……君の言っていた情報課長な……。彼は既に服務規定違反で憲兵隊に拘束されているぞ。もう君にその……校長だのヴァルフェリウス公の御曹司の監視情報を報告しに来る事もあるまいよ」
「なっ……情報課長……ナラ中佐が憲兵に!?」
デヴォン部長は仰天した。
「そうだ……。そもそも今回の騒動がその……情報課長が色々と嗅ぎ回った結果、軍務卿の怒りを買って情報部に怒鳴り込んで来たそうだ」
「えっ……ぐ、軍務卿閣下が……?ご本人が直々に情報部へ……でございますか?」
「そうだ。そこでその……情報課長は憲兵本部にブチ込まれたらしいぞ。何故そこに軍務卿が怒鳴り込んで来たのか……そこが解らんがな。カンタス君が色々と探ってくれたようだが……そこのところの『事情』だけは要を得ないらしい」
「な……何と……そ、それでは全ての切っ掛けはその……学校長の具申から……」
「そうだ。今頃になって漸く理解してくれたのかね。どうやら今回の原因は君のその……軽率な行動に端を発しているのではないかな?それでもまだ『謎』は多く残っているがね……」
元々が明敏な知性を持つエルダイス次官は、デヴォン部長の「自白」を得た事で今回の件について、その「輪郭」が朧げながらも見えて来たようだ。相変わらず軍務卿が自分達を「粛清したがっている」という事情にまで結び着ける事は難しいのだが……。
「そうか……もう君から何か聞けるような事は無いな……。分かった。退がって宜しい。本来であれば謹慎でも言い渡したいところだが……ここで君を突然『切る』ような真似をすれば『あちら側』に余計な憶測を生じさせる事になる。それについては不問にするから、自分の職場に戻って大人しくしていろ。この件についてもう余計な動きを見せるな」
冷たく……それこそ「氷のような男」そのままに次官は言い放ち、ソファーから立ち上がって自分の席へと戻った。教育部長はすっかりと萎れてしまい……フラフラと危なげな足取りで立ち上がり、敬礼動作もおざなりな感じで軍務卿執務室から立ち去って行った。
(クソっ……あれ程に無能とは……奴のせいで我らも「処分」されてしまうのか……バカな……!)
自らの椅子に深々と座りながら、エルダイス次官は天井を見上げて大きく溜息を吐くのであった。
****
何やら朧げながら「事情」を悟ったエルダイス次官は、その後すっかりと沈黙してしまい……1旬が経過した。
12月の中旬に入る……旬明けの13日になって情報局長から再び次官へ「繋ぎ」の使者が現れた。次官は「最早隠し立ても無用」とでも思ったのか、開き直った態度で情報局長からの使者に対して
「遠慮は無用。その足でこの部屋まで来い」
と、返答を出したが再び戻って来た使者が渡して来た書面には
「自分と次官が繋がっている事は『あちら側』に知られては拙い」
と書かれており、「それもそうだな」と思い直した次官は再び「双頭の鷲」に席を設けて情報局長との会談に臨んだ。今やこの件に対して頼りになるのは人事局の2人の上級幹部では無く、この……嘗ての部下であった小柄で頭髪の薄い男だけであった。
前回の会談に使った個室とは両階段を挟んだ回廊の反対側の部屋で再びテーブルを挟んで座った2人は、ひとまずその時点でお互い持ち合わせた情報を交換した。
先日の詰問で無能な教育部長に自白させた内容は、情報局長にとっても新しい話であり……それに驚きながら彼もまた新しい情報を持ち込んで来た。
「何……?本省内に居る法務官が一同に会した……?しかしそれは彼等がよく行う『会合』ではないのかね?彼等法務官は時折、判断に難しい判例について意見を交換するらしいではないか」
「しかし、現在……本省内に籍を置く7人全ての法務官が集まるというのは……私自身初めて聞きます。それに言っては何ですが……法務局長と副局長……キレアス殿とカノン殿は法務官と言っても既に『法曹官資格』を喪失しております。彼等はもう軍法会議の場にも現れないはずなのですよ?その2人まで……会合に参加するのは不自然ではありませんか?」
「ふむ……確かにな……。言われてみれば、そんな気はするな……」
「もしや……アラム大佐は同僚の法務官に対して『例の件』の協力を要請したのではないでしょうか」
「あぁ……うむ……。確かに。うん……それは有り得るな。7人の法務官……他に誰かとの接触は?」
「はい。その会合には憲兵課長も同席していたとの事です」
「何だと?憲兵課長……?どういう事だ……?」
「考えられるのは……現在憲兵本部に拘留中の情報課長……ナラ中佐に対して、法務官と憲兵課長が結託して尋問を実施している可能性があります」
「ふむ……そうか。それと……先程も話した通り、教育部長が士官学校の教頭に対して圧力を掛けていた事が分かった。士官学校の『一派』と軍務卿がどのような接点を持っているのか……せめてそこだけでも知りたい」
「接点はございます。例の……『前』第四師団長の一件……あの件に関してアラム法務官がかなり『動いた』という情報を掴んでおります」
「動いたとは?」
「つまり……ナラ中佐が独断で指令を出していた捜査の対象に入っていた士官学生……そ奴がその……殺人未遂事件の被害者なのです」
「何だと……?被害者?それでは……その士官学生とアラム大佐に何か接点があると?」
「はい。どうやらこちらで掴んだ情報によりますと……この件は軍法会議において検察官を担当する予定であったアラム大佐が『和解』に向けて動いていたとの事です」
「うん……?待て……。検察官であるはずのアラム大佐が和解を周旋したと言うのかね?それは……おかしくないか?だってそうだろう?容疑者を軍法会議へ『起訴』する判断を下す側の検察官が……そこから更に和解を周旋するのか?」
次官は「公事の常識」に準えての感想を口にした。
「はい。仰る通りです。私も法曹に関しては素人でございますが、軍法会議において過去に検察官が被害者側に和解を促すという話は……聞いた事がございませんな」
「どういう事なのか……?」
訝しむ次官に対して、情報局長は更に付け加えた。
「まぁ、とにかく結果的にはそれで……この件は和解が成立していたのです。加害者である前第四師団長の子息と令嬢は士官学校への復学も果たしております」
「ほぅ……なるほどな」
「そしてどうやら……この『和解』という話が先日のナラ情報課長の行動によって破棄されかけたようなのです」
「ん……?その士官学生同士の和解が……という事かね?」
「左様です。そしてそれを恐れたアラム次官……延いては軍務卿閣下自らが情報部室に怒鳴り込んで来たと……」
「あっ!そういう事かっ!先日の……その騒ぎはその……『和解破棄』を阻止する為に軍務卿自らが動いたと!?」
「はい。我らが掴んでいる情報を分析しますと……軍務卿閣下があの日に採られた行動は……その和解の破棄が原因かと……」
「しかし……その和解というのは、加害者……前第四師団長の子供達とその、士官学生か?その両者の間での話だろう?なぜそのような者達の和解に対して、軍務卿がわざわざ『地下まで下りて怒鳴り込む』ような真似をするのだ?軍務卿の行動にしては『釣り合い』が取れていないのではないか?」
次官が再び……「常識と道理」に準えて感想を口にした。言わば「士官学生同士」の和解に対して、「大の大人」であるはずの法務官や……これまで自室に引き籠っていた軍務卿が動く程のものなのか……その部分が次官にとって理解に苦しむのだ。
「仰られる事はいちいちご尤もな事でございます。私も閣下と同様の疑問を抱いてはいるのですが……これらの情報は全て『事実』のようでして……そしてどうやら、軍務卿よりも先に情報部長に対して接触してきたアラム法務官が最初に言及したのがその『士官学生・何某』の身辺をナラ情報課長が探らせていた事……なのだそうです」
「うん……?待てよ……確か、デヴォンが言っていた『士官学校関係者』の中に……『士官学生』というのが含まれていたな。つまりその学生の身辺を探ったから法務官と軍務卿が怒鳴り込んで来たのか?そしてその学生は前第四師団長の息子と娘との間に殺人未遂事件が起きて……和解に至った……?」
ここに来て……この情報をもたらした側であるカンタス情報局長にも、「士官学生」という名詞が今回の一連の騒動に対して何度も登場して来る事に……何となく違和感を感じ始めていた。
それはもちろん……このお互い出し合った情報を基に状況整理を行っていたエルダイス次官にとっても同様であった。この話の中に「たかが士官学生の影」が何度もチラ付いて来る……。
「その学生は……一体何者なのか……?」
「左様ですな……しかし、それを調べようとして……恐らくナラ課長は憲兵に拘束され、更に軍務卿閣下が情報部に対して強い叱責を加えた……事になっております」
「つまりあれか……。その学生について『調べる事はまかりならぬ』と?」
「はい……どうやらそのようでございますね……」
「情報部で何とか調べられないか?」
「い、いえ……それは難しいかと。情報部長からの報告によりますと、ナラ課長が独断で動かしていた捜査員の行動は即座に看破され……結果的に前述のような事態に発展致しまして……。更にはこの件で捜査員が1名、護民局の支署で拘留中なのだとか……」
「何……?そうか……ここで行き詰ったか……」
エルダイス次官は改めて思案している。彼の明敏な頭脳がフル回転しているのを情報局長は固唾を飲んで見守っている。そして彼が導き出した答えは……。
「よし。法務官を徹底的に調べてくれ。彼の弱みでも何でもいい。なるべく早い段階で彼と接触を図りたい」
「えっ!?閣下御自身で……ございますか?」
「そうだな。もうこうなれば私自身が動くしかあるまい。本来であればその学生とも会ってみたいが……軍務卿の手前、そうもいかんだろう。だからこの際……一番手近なところから攻めるとしよう」
「しょ、承知致しました。それでは配下をアラム大佐に振り向けて、その他の情報につきましては分析官にやらせる事にしましょう」
「うむ。頼んだぞ……まさかあのデヴォンの愚か者が……奴の尻拭いをする破目になるとはな……」
エルダイス次官は突破口を求めて動き出す事になった。
【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ
ポール・エルダイス
62歳。軍務省次官。陸軍大将。勲爵士。
軍務官僚のトップ。強大な政治力を発揮して現職まで上り詰め、同時に子飼いの部下をも高位に引き上げて軍務省上層部に「教育族」と呼ばれる派閥を形成している。
ヘルン・カンタス
59歳。軍務省情報局長。陸軍大将。勲爵士。
定年間近の小柄な老人。髪も既に脱け切っている。主人公との和解約定を破る不始末を起こした情報部を監督する者として、その穴埋めの為にアラム法務官への協力を申し出るが、実は次官恩顧の上級幹部として次官に通じている。
モンテ・デヴォン
54歳。軍務省人事局教育部部長。陸軍少将。男爵。
王立士官学校を管轄する部署の責任者である軍務官僚。