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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第四章 戦乱の大陸
75/129

校外戦術

今回のお話は時系列としては前回から半月程遡った頃のお話になります。


【作中の表記につきまして】


アラビア数字と漢数字の表記揺れについて……今後は可能な限りアラビア数字による表記を優先します。但し四字熟語等に含まれる漢数字表記についてはその限りではありません。


士官学校のパートでは、主人公の表記を変名「マルクス・ヘンリッシュ」で統一します。


物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。

・距離や長さの表現はメートル法

・重量はキログラム(メートル)法


また、時間の長さも現実世界のものとしております。

・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日 


但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。

・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年

・4年に1回、閏年として12月31日を導入


作中世界で出回っている貨幣は三種類で

・主要通貨は銀貨

・補助貨幣として金貨と銅貨が存在

・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚


平均的な物価の指標としては

・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。

・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。


以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。

 エスター大陸の中央部で、大戦争以来久しく途絶えていた人類……魔法に拠らない「普通の人間」が、本能的に抱いている「空への憧れ」が現実となる半月程前まで時間は遡る。


「白兵戦技授業改革派」の面々に会合場所を提供していた、元第一師団長エイデル・フレッチャー退役中将が大病によって失っていた体力を取り戻し、その「会合」に自らの元上官であるマイネル・エッセル元北部方面軍司令官を引き摺り込んだ頃……軍務省情報部では士官学校教頭からの依頼を受けたイゴル・ナラ情報課長が、上司に相談もせずに独断で「改革派」の主要メンバーであるロデール・エイチ校長、三回生主任教官タレン・マーズと一回生首席生徒マルクス・ヘンリッシュの校外における動向を調べる為に、部下である情報局情報捜査係の捜査員を動員し始めた。


 彼等の活動は軍務省側の門内からケイノクス通りを挟んだ士官学校側の門前を見張り、前述の3人が退勤や下校で門から出て来るところから尾行し、その行先を突き止めるというやり方であった。地味ではあるが直截的であり、そして効果的でもある手法だ。


しかし軍務省が抱える情報部門の現場捜査員達も相手が悪かった……。


 その日はフレッチャー邸における会合も無く、それで無くとも改革派の面々は校門から一緒に出る事はせずにバラバラに出るようにはしていたのだが、この日……11月22日に「標的の3人」の中で最初に校門の外に現われたのは、マルクス・ヘンリッシュ……ことルゥテウスであった。


「一回生の制服を着て、長身痩躯、金髪に眼鏡」という色々と目立つ特徴を持つ美貌の首席生徒は校門から東側にある近衛師団本部に向かって歩き始めてから僅か10秒程で


(尾行が着いたか)


と、軍務省の情報機関職員の動きを看破してしまった。


(教頭の差し金か……?どこの団体の奴だろうか)


アガサ教頭の手配を真っ先に疑ったが、まさかあの教頭が私費を投じて外部情報機関に自分の尾行を依頼するとは思えない。


 この王都には無数の情報機関……国内外に因らず四桁に上る人数の諜報員が活動している。勿論《青の子》の構成員もその中に含まれているし、公的機関に所属する者達も多数存在する。


これらの中で物質的な報酬によって尾行から潜入調査まで一通りの諜報をこなす組織もそれなりに存在し、嘗ての《青の子》もその一つであった。

彼等は現在においてトーンズ国の財政が潤沢になったのを機に、外部に対して「情報で商売」する事をしなくなったが、むしろ諜報体制は強化している。


 他に組織としてこのような依頼された情報収集を金品によって請け負う組織としては冒険者ギルドが挙げられる。

彼等は報酬によって様々な技術を提供する組織であり、その中には勿論「情報」も含まれる。そして彼らが動員出来る人材も様々であり、中には魔法ギルドで魔術を学んだが能力不足で「魔術師」としては大成出来無かった者達が「私立探偵」として個人的に冒険者ギルドに所属しているケースもある。


彼等が未熟な魔術をその探偵業の為に使用する事については、それが犯罪行為に加担しない限り魔法ギルドも認めており、大枚をはたいて魔法ギルドへ修養に入った者達はその「元」をこのような働きによって取り戻しているとも言える。


(うーん……素人では無い事だけは確かだが……冒険者には見えないな。やはり公的機関だな)


 ルゥテウスはこのままこの尾行をマルクス・ヘンリッシュが「表向き」の住居として借り受けている南街区6層目のアパートまで「引っ張って行く」事にした。


彼は近衛師団本部から大聖堂の脇を通って王城前広場を突っ切り、南門に続くアリストス通りへと入った。


当然ながら道中はあくまでも「無警戒」な素振りで歩くルゥテウスの姿を軍務省の捜査員は見失う事無く、「付かず離れず」に尾行を続けている。本来であれば尾行は2人で行った方が成功率も高いのだが、この情報課長のナラ中佐は「この首席生徒はあくまでも『オマケ』である」とでも言わんばかりに見下し切っており、捜査員にも学校長と三回生主任教官の行動調査を優先するように指令していた。


(バカだな……あれで尾行しているつもりなのだろうか)


 ルゥテウスは苦笑を浮かべながら王都随一の大通り(アリストス通り)を南に向かって歩き、環状5号道路を右に曲がった。

捜査員は5号道路を右折して行った士官学校の生徒から20メートル程距離を開けて同じ方向に曲がると、「標的」は既に3本目の路地を左に曲がって6層目の中側に入って行くところであった。


捜査員はやや慌てて同じ路地を左に曲がる。すると更にそこから2本目の路地を右に曲がって行く標的の後ろ姿をギリギリに視界へと収め、彼は同じく右に曲がった所で意識を失ってしまった。


 ルゥテウスが「マルクス・ヘンリッシュの住居」として借りている部屋はアリストス通りと環状5号道路から路地を4本入った6層目の中にあるアパート……築73年、賃料は週払いで銀貨1枚という……家賃だけは王都で学生が借りる平均的なものだ。


この部屋は実際利用しないルゥテウスが部屋探しをのんびりとしていたら、このような古いアパートしか物件が残っていなかったという事情があった。


部屋の中には一応「誰かが住んでいる」と最低限認識される程度の家具や寝具が置かれているのだが、前述の通りルゥテウスはこの部屋には殆ど「帰って」いないので、どれもまだ真新しい状態だ。


 ルゥテウスはこのアパートの入口近くで捕まえた男を部屋に運び込み、床に転がした状態で「尋問」を始めた。


「お前の名前を聞かせてもらおう」


「お……俺……の名前は……スピ……ニオ……ガレ……ノ……」


「スピニオ・ガレノだな?」


「そう……だ……」


「お前の所属はどこだ?」


「し……所属……軍務省……」


「軍務省か?軍務省のどこの部署だ?」


「ぐ……ぐん……む……しょう……情報……」


「情報局か?」


「じょう……ほう……か……そうさ……1……がかり……」


「情報課の捜査1係だな?」


 スピニオ・ガレノという若い男……どうやら軍務省情報局情報課情報捜査1係の捜査員は、ルゥテウスの暗示が深く掛かり過ぎてしまって却って口舌の回転が甘くなってしまっているようだ。


「情報課と言う事は……ハイネル・アガサの指図で俺を尾行(つけ)たのか?」


「アガサ……た、たいさ……からの……い、依頼で……課長が……」


「課長?情報課長か?イゴル・ナラだな?」


「そう……だ……ナ……ラかちょう……」


「誰を尾行の対象にしているのだ?」


「校……長……と……マーズ……主……任……あと……は……ヘン……リッシュ」


「3人だけか?」


「そ……うだ……そ……その……3……人……が……集ま……る……場所……」


「その場所はもう突き止めているのか?」


「わから……ない……だから……今日は……まず……ガキを……尾け……て……」


(なるほど。校長とタレンと俺だけを狙ってきたか。他の連中の事はまだ知られていないんだな。よし……こいつを手掛かりにして揺さぶってみるか)


「よし。お前はこれから俺が許可しない限り何人(なんびと)たりとも自分の正体を明かさない……氏名も名乗らず……目的も話さず……どんな聞かれ方をしても答えるな……いいか……」


 ルゥテウスが指をパチンと鳴らすと、スピニオ・ガレノ捜査官はガクンと大きく首を縦に動かした後に、突然意識を取り戻した。自分が床に寝ている事に気付いたのか、ガバっと身を起こす。


「おいおい。お前は泥棒か?だったら護民兵に突き出さないとな」


「な……なんだ……ここは……?あっ!?お前はっ!」


ルゥテウスがニヤニヤしながら、ガレノを捕り抑える。


「何をする!?離せっ!」


「離せだと?盗人であるお前を捕り抑えて何が悪い。見ず知らずの他人の家に勝手に入り込んで図々しい奴だな」


ルゥテウスが身長170センチ足らずであるガレノの右腕を背中に回して極めてしまっている為に、彼は全く身動きが取れずに喚き散らすだけだ。


「いいから来い」


 ルゥテウスはガレノを後ろ手に極めたまま、2階にある部屋の扉からアパートの階段を「不法侵入者」を引き摺ったまま降りて、アパートの出入口から表の路地に出た。

その間もガレノは喚き続け、近所に住む者達が何事かと窓や扉から顔を出し始めた。


「すみません。この男は泥棒のようです。私の部屋に勝手に入り込んでおりまして……抵抗されたので何とか捕り抑えたのですが……どなたか護民兵を呼んで頂けますでしょうか?」


ルゥテウスが両手が塞がったままの状態でそれらの者達に対して懇願すると、騒ぎを聞きつけて、外に出て来た向かいにある別のアパートの1階に住む恰幅の良い50代くらいの女性……恐らくそのアパートの大家であろうか……


「何だって!?泥棒かい?……おおっ、捕り抑えたんだねっ?」


「俺は泥棒ではないっ!離せっ!このガキっ!」


「泥棒では無いだと?では何故お前は俺の部屋に居たんだ?鍵は掛けていたはずだがな……いや、鍵が掛かっていなくても他人の家に無断で入るのは犯罪だと思うが?」


喚き散らしながら抵抗するかのようにもがき続けるガレノの背後から、ルゥテウスが冷静な声で指摘する。


「よしっ!アタシがちょっと行って『()()()』を呼んで来るよっ」


「ありがとうございます。助かります」


「おいっ!ババァっ!戻れっ!俺は泥棒なんかじゃないっ!俺は……」


ガレノは最後まで言葉を発せられなかった。弁解の為に、「自分は軍務省所属の捜査員である」と告げようとしたのだが、不思議とその部分だけ声を発する事が出来なかった。


 彼が不可解な事に首を傾げている間に、老婦人は路地の先にある角を曲がって行ってしまった。どうやらアリストス通りと5号道路の交差点にある護民兵の派出所から、常駐兵を呼んで来ようとしているらしい。


「貴様っ!ヘンリッシュっ!俺は……!」


ガレノはまたしても自分の身分を告げようとして果たせなかった。自分の正体を口にしようとすると全く声が出ない。どうしても自分の事が話せないのだ。


 護民兵とは内務省に所属する治安維持組織員の名称であるが、実際に治安維持の中心として活動しているのは護民「官」である。司法権を持っているのは護民官で、彼らの下で働く者達を護民「兵」と称しており、市民からは「お巡りさん」と呼ばれている。


市民の身近な治安維持の為に活動しているのが「護民兵」、刑事事件等の捜査に当たるのが「護民官」である。


「何だ?お前は俺の名前を知っているのか?俺はお前など全く知らんがな。薄気味悪い奴だな」


ルゥテウスはニヤニヤしながらも男を抑えている。


「ふむ。護民兵に引き渡して厳しく取り調べて貰おうではないか。なぁ、泥棒よ」


アパート前の路地には既に10人程の人だかりが出来ており、二人を取り囲んでいる。


皆口々に


「泥棒かよ……太ぇ野郎だっ!」

「怖いわねぇ」

「見てよこいつ。泥棒だけじゃなくて人殺しまでしそうな悪相じゃないの」


ガレノ捜査員を軽蔑の目で見下したような態度でいる。


「貴様らっ!何を出鱈目言っていやがるっ!俺は……!」


どうやら弁明の為に自分の身分を明かそうとしているようだが上手く行かず……そもそも安易に自分の身分を明かそうとするのは情報捜査員としてあまり褒めれた行動では無いのだが、ガレノは必死の形相でルゥテウスからの拘束から逃れようとしている。


それがまた「この期に及んで逃走を図ろうとしている」というように見られ、彼の立場を益々悪いものにしていく事になった。


 5分程して、「あそこだ」とこちらを指差す中年女性の後ろから、目立つカーキ色の制服を着た護民兵が続いて現われ、2人は人だかりを掻き分けてきた。


「護民兵殿、お勤めご苦労様です。我が家に侵入しておりました盗賊を捕り抑えました。速やかに連行願います」


ルゥテウスはいつもの落ち着いた口調で「現行犯逮捕」したガレノ捜査員の連行を護民兵に要請した。


「この者があなたの家に侵入していたのは間違い無いのですね?」


「はい。私は士官学校生なのですが、本日の授業が終わり……帰宅致しましたらこの男が私の部屋の中を物色中でした。幸いにして私のような貧乏学生には持ち去られる物は無いのですが……」


確かに士官学校生徒の制服を着ているこの若者の訴えを聞いた護民兵は


「分かりました。まずは派出所まで連れて行って事情を聞きましょう」


そう言うと、ルゥテウスが捕り抑えている右腕の反対側……左腕を同様に後ろ手に拘束しながら2人で「容疑者」を立ち上がらせた。


「私もこのまま同道致します」


ルゥテウスの言葉に「ご協力感謝致します」と礼を言って護民兵が元来た道を歩き出す。このまま彼の配属されている派出所まで連行するつもりだろう。


 彼の配属先であるアリストス通りと環状5号道路の交差点にある派出所は、大通りの交差点に置かれているだけあって、この辺りでは一番大きな護民兵施設で、取調べの為の部屋もあれば、留置施設も地下にある。


護民兵の拠点施設は王都市中に120ヵ所置かれており、そのうち王城から南西門に続くネイラー通り沿いの一層目……1号道路と2号道路の中間辺りに「護民庁」の建物が建っており、護民官と護民兵はここを王都の警察活動における本拠地としている。


 護民庁の2区画隣には1号道路に面した内務省庁舎が建っており、その中には「護民局」という部署があって、「護民官」がその隷下で治安維持活動に従事している。

護民庁を統括しているのは「護民総監」と呼ばれる護民官で、この職位は「本省」内の護民局長と同一である。


つまり護民局だけが内務省庁舎では無くそのその2区画南西隣に建つ「護民庁」として庁舎が独立している形になる。

これは軍務省と憲兵本部の関係に似ており、あちらは同じ敷地、同じ塀の中に両方の建物が同居する形になっているが、こちらは敷地を別にしているのが特徴である。


これは何故かと言うと、憲兵本部とは違い護民庁の庁舎には一般の市民も出入りしているからで、護民庁は治安維持活動の他にも道路を使用した催し物や工事に伴う占拠、封鎖の許認可など意外と市民目線に接する業務が多い為だ。


この広い王都をこの護民庁だけでは到底カバーする事など不可能である為に、市内には他に10ヵ所の「支署」が設けられており、市内各所の「派出所」を統括しているのはこの地域に置かれている支署の役割だ。


 ルゥテウスと護民兵が連行している「容疑者」もひとまずは派出所に連行されて、身元身分等の取り調べを受けた後、この支署……今回の場合は「第5支署」に移送される事になるだろう。


そこで本格的な取り調べを行った後に、起訴相当であると支署で勤務している護民官に判断された場合は法務省に属する検察庁に送致され、勅任官である法務官が務める検察官の取り調べを改めて受けた後に起訴が妥当と判断されれば起訴される。


しかしこれは一般的な市民階級における送検例であって、被疑者が貴族階級の者であると判明した場合は送検先は「貴族省」となる。

貴族階級にある者は一応「貴族法」によって様々な特権を保障されており、その中に「貴族を裁く法は別に定むる」と明記されているからである。


 マルクス・ヘンリッシュの住居に侵入した「とされる」容疑者……軍務省情報局情報部情報課情報捜査1係のスピニオ・ガレノ捜査官はルゥテウスの助力もあって、あっさりと派出所に連行され、軽い取り調べを受けたのだが自らの身元身分を全く明かさない為に本署……派出所側から見た本署である「第5支署」へ更に移送されて行った。


ルゥテウスが施した暗示によって、彼は本署での取り調べに対しても黙秘を貫く……「貫かされる」事になるので、そのまま留置されるのは確実だ。

しかも身分を明かさないだろうから、軍務省への問い合わせすら行かない状況になり、彼はこのまま「身元不明の犯罪容疑者」としてこの支署に留置され続ける事になる。


 ルゥテウスは派出所で自身の身分と氏名、そして住居の所在地を申告し……被害現場を確認して貰う為に支署からやって来た護民官1名と護民兵2名を伴ってアパートの部屋に戻り、その「荒らされた」部屋の中を調べさせた。

勿論「荒らした」のはルゥテウス自身であるが、彼は少し手加減の程を誤ってしまい……想像以上に部屋の中が「撹拌」されてしまっていた。


「こっ……これはひどい……」


第5支署所属の女性護民官であるヘンダ・エチルは「どうせ窃盗未遂の現場検証でしょ」と軽く考えていたのだが、想像以上に荒れ狂った室内の様子を見て戸口で絶句した。

彼女の後ろに続いてきた2人の護民兵……その内の1人はガレノを派出所に連行した者である……も、予想外の状況に言葉を失っている。


「いやぁ。大変でしたよ。何しろこのような状況の中で『あの男』が殺意を感じる目付きで私を睨み付けて来ましたから」


 ルゥテウスは「大変そう」には見えない無表情さで護民官に説明をした。


「これは……窃盗目的と言うよりも……何か家捜(やさが)しをした後のようね……」


「ほう……私の部屋で『何か』を探していたと?」


「だって見たところ、この部屋には盗んで価値のありそうな物なんて……あっ、ごめんなさい……」


慌てて長身の士官学生に詫びを入れる若い女性護民官にルゥテウスは苦笑しながら


「いやいや。護民官殿の目は正しいです。謝って頂く程の事ではありません。お気になさらず」


やんわりと応えると、エチル護民官は顔を赤らめながら「ごめんなさいね」とそれでも一言謝罪した。護民兵2人も笑いを堪えている。


「そういえば『あの男』はあなたの名前を知っていましたね。先程も仰っていましたけど彼とは顔見知りではありませんの?」


「いえ、全く存じ上げません。今日が初対面です。そもそも私は公爵領南西にある田舎町のダイレム出身で、5カ月前に初めて上京して来たのです。この王都に士官学校関係者以外で個人的な知り合いなんて存在しません」


ルゥテウスがシレっと答えると、エチル護民官も彼の恰好……士官学校一回生の制服を眺めながら


「なるほど……ではこの5ヵ月の間にあの男に出会ったわけでも無いのね」


「はい。私は学校とこの部屋を往復するだけの生活を送っておりますので……」


「そう……ならば、あなたの名前を知っていた『あの男』は一層怪しくなるわね。あなたの名を知った上でここまで部屋の中を掻き回して……」


「そうですなぁ。全く以って恐ろしい事です。私の生命も狙っていたのでしょうか」


全く恐ろしそうな素振りを見せない被害者青年の端正で無表情な顔を見上げながら


「分かりました。とりあえず何か盗まれた物は無いかご確認下さい。あの男は本署で引き続き取り調べます。まずは彼の身元を聞き出さないといけませんが、その目的も聞き出す必要がありますわね」


「先程から見回したところ、何か失くなっている物は見当たりませんね。あくまでも私の知っている限りの、私の所有物においての話……ですが」


「そうですか。ではこの旨を署に戻って報告致します。引き続き損壊した器物について調べますね」


 そう言うと護民官と護民兵は部屋の中の備品を調べ始めた。元々それ程多くの物を置いている部屋でも無かったので、ルゥテウスも手伝って……正確には護民兵側がルゥテウスを手伝って部屋の家具を元の位置に戻すと、「奇跡的」にも損壊している備品も無く部屋は元の状態に戻った。


「損壊の被害は無さそうですね。よかったです。片付けている過程で怪しい物も見付かりませんでしたし。それでは私達は署に戻りますので。後で何かお気付きになられましたら第5支署までお越し下さい」


「分かりました。お手数をお掛けしました。宜しくお願い致します」


護民官としては珍しい程に丁寧な物腰でエチル護民官は挨拶をし、護民兵2人を従えて引き上げて行った。


(護民官なんて横柄な奴ばかりかと思ったが……)


ルゥテウスもエチル護民官の態度に感心しつつ苦笑しながら扉を閉め、すぐに室内に結界を張った。

普段はこのようにして、この部屋の存在を外部から消し去って誰も近付かないようにしているのだ。


 そのまま着替えてキャンプの藍玉堂に瞬間移動したルゥテウスは、1階で薬を作っていたノンに


「今日はまた随分と遅かったですね……。また何かございましたか?」


と聞かれ、笑いながら説明した。


「ああ。俺の部屋に泥棒が入ってな……くくく」


「え……?どっ、泥棒が!?」


「ああ。泥棒の方は自分が泥棒に入った事は憶えて無いだろうがな。あははは」


尚も笑いながら話す主の言葉の意味が解らず困惑しているノンに対して


「まぁ、気にするな。俺の学生生活がまたちょっと面白くなってきたのでな」


それきり、その話題はもう2人の間では話される事は無かった。


****


 ルゥテウスが「曲者」を捕えてから4日後、フレッチャー邸に改革派が集まった席で


「校長閣下、それにマーズ主任教官殿へ軍務省の情報課に所属する捜査員が尾行に着いておりました。今回の尾行任務に投入されている捜査員は総勢で7名。

彼等は軍務省の庁舎正門の影から士官学校の正門を交代で見張り、閣下と主任教官殿が門から出て来たところを1人が尾行に入るという方法を採っておりまして、私も尾行対象だったようです」


ルゥテウス……マルクスがいつものように全く表情を変える事無く淡々と報告した為に、尾行を受けていた2人はその言葉の意味を飲み込むのに少し時間が掛かったのだが、それを理解した途端に顔色を変えて


「な、何だとっ!?」

「尾行を受けている?」


一斉に驚きの声を上げたので、同席していたシーガ主任やフレッチャー元第一師団長も一緒になって「ええっ!?」と言うように仰け反った。


「で、では……ここに私達が集まっている事が知られてしまったの?」


「いえ、これが今回任務に参加している者達の詳細です」


 そう言うと、マルクスは7人の捜査員の詳細が書かれた名簿のような書き付けと、7枚の人相書きを机の上に広げた。人相書きはまるで生き写しのように写実的な描かれ方をされ、対象となっている人物がもしこの場に居たら「本物と見分けがつかない」という程に精巧精密に造られていた。


そして氏名と所属、年齢が書かれた名簿も添えられているので、尾行任務に投入されている7人全員が白日の下に晒されているようなものである。


「こっ……これは……?」


「はい。尾行はどうやら20日の下校時……お二人にとっては退勤時から開始されたらしく、私はこの……ガレノという男の身柄を押えて護民兵に引き渡しております。現在この男は第5支署で留置されているようです。

その後、この男の供述を基に他の6名の詳細も調べました。本日私の尾行に着いていたのがこの女、学校長閣下にはこの男、マーズ主任教官殿にはこの男が尾行に着いておりましたが、いずれも僭越ながら任務を妨害させて頂きましたので尾行は逸れております」


「な……君がかね?」


「ええ。今頃は西門から出て王都の外にでも出てしまっているかもしれませんな」


マルクスが笑いながら話すのを一同は呆れた顔で見ている。


「わっ、私には……私は大丈夫でしたの?」


「はい。シーガ主任教官殿はまだ『我々の同志である』という事が『あちら側』に認識されていないと思われます。主任教官殿の立ち振る舞いが非常に巧く行われているからでしょう」


「そ、そう……良かった……」


この首席生徒に職場での立ち振る舞いについて褒められ、シーガ教官はホッしたような顔をしている。


「やはりこれは教頭殿の差し金なのかい?」


タレンが尋ねるとマルクスはあっさりと


「そのようですな。アガサ教頭殿が元の部下で自分の後任でもあるイゴル・ナラ情報課長殿に依頼したようです」


「しかしそれだと教頭にとっては捜査機関の私的濫用にならんかの?」


学校長閣下の指摘に対しては


「どうやら教育部長殿にも報告をさせているようです。そうなるとこれは軍務省による『不埒にも本省の教育方針に刃向かう輩への捜査』という大義名分が得られるようですな」


「なるほど……我々は『不埒者』という事になるのか。わははは」


 校長閣下の豪快な笑い声に釣られ、他の者達も一緒になって笑い出す。


「しかし君を敵に回してまたしても軍務省はキリキリ舞いしているではないか」


タレンが笑いながら言うのへ


「私は別に彼等を出し抜いているつもりはありませんがね。彼らの『やり方』がお粗末過ぎるのです」


「なるほどな。ところでマーズ君。例の……彼等についてはどうなっておる?」


 校長閣下のご下問に対して


「はい。ヘンリッシュからの報告通り、ヨーグ教官とヤード教官はこの戦技授業改革については賛成してくれるようです。自分達も一人の軍人として『本来の白兵戦技』を改めて習い覚えたいと申しておりました」


「ほぅ……見上げた心掛けではないか」


「はい。彼らは比較的苦労して戦技教官としての抜擢を受けております。特にヨーグ教官は私程ではありませんが士官学校の入試に一度失敗しております。

本人曰く在学中も卒業時も席次は平凡だったそうで、それだけに任官後に自身の長所である剣術の向上に努めたそうです。元よりそうした境遇が彼の向上心を支えているのでしょう」


「なるほど」


「『短刀組』が多い士官学校教官の中にあって、彼のように任官後に自身を磨いて現職に抜擢されているわけですから、元から心掛けは立派な者なのでしょう」


「そうか。では彼等は改革が実現してもこの学校に残れそうなのだな?」


「はい。事情が許せば彼らは現職に留まる事を希望するでしょう」


「他にそういう者は居るのかね?」


「二回生の白兵戦技担当教官としてはエタリア教官は見所がありそうです」


 ジョシュ・エタリア中尉は二回生の槍技担当の戦技教官で、小柄な上背ながら普通の物より長い柄の槍を取り回すのに長け、馬上槍術も得意としている男性教官だ。


これまで1年1組の戦技授業を何度か見学に来ており、自身の授業においても集団戦を意識した内容を教え始めているようだ。


「彼は積極的に我々の行動に賛同する事は無いでしょうが、自分なりに実戦的な戦技がどのようなものなのか気付いたようですわね」


つい最近まで彼の同僚として二回生に戦技を教えていたシーガ主任が同意する。


「私は彼と話して驚いたのですが、彼は元々……槍術を経験していたわけではなく、学生時代に「槍術会」に所属して腕を磨いたそうですよ」


「ほほぅ……では学生時代から槍を始めて教官職に推される程に上達したと言うわけかね?」


 校長がそれを聞いて驚いたようだ。士官学校の戦技教官に推されるという事は、元の所属部隊でその武術の腕前を評価されていたわけで、彼が知る限りそれは大概にして入学前の少年時代から道場通いで鍛えていた者ばかりだと思っていたからだ。


「はい。恐らくですが、そのような道場で師について武術を学んだわけでは無い故に却って柔軟な思考を持てているのかもしれませんな」


「うむ。君の言う事には一理あるな。この前……ヘンリッシュ君の授業を観に行ったのだが……」


どうやら校長は先日の1年1組の槍技授業に参観した事を言っているようだ。


「あの……ホルプ君か。彼はこれまでの型通り……儂の知っている『役に立たない』授業を続けていたな。それも何か頑なな様子さえ伺えた」


「ホルプ教官殿は王都の確か……テルミノブ道場とやらで槍術を幼少の頃から学び、士官学校入学時点で既に道場では高弟の一人に数えられる程の手練れだったそうですな。私の級友によれば『槍の達人』なのだそうです」


マルクスが特に何の感情も抱く事無く説明する。


「ほぅ……達人とな?君から見てどうなのかね?」


校長閣下はニヤニヤしながら意地の悪い質問を返して来た。


「さて……私は槍術なるものを殆ど知りませんからなぁ」


 ご下問を受けた首席生徒もニヤニヤしながら


「私はそもそも未来の指揮官たる士官学校生が騎馬隊でも無い限り戦場において多対一の状況で槍という武器を使う事に対して疑問を感じますがね」


「と……言うと?」


「ハッキリ言ってしまえば徒士(かち)の状態で単独で槍を持っている指揮官ならば多人数で包囲してしまえば、それ程苦労無く討ち取れるのではないかと」


「そうなのか?」


「これに関しては実戦を経験していらっしゃるマーズ主任教官殿の方がお詳しいのでは?」


 マルクスから話を振られたタレンは苦笑しながら


「まぁ、ヘンリッシュの言う通りかもしれませんな。私はホルプ教官のような槍術の達人ではありませんでしたが、初陣の時に授業で使用した時の物よりも更に短い軽馬上槍を用いましたが……馬から引き摺り下ろされてから、敵に囲まれた際に非常に苦戦しました。

特に授業で使い習うような穂先が刺突に向いているような形状の槍ですと懐が広がり過ぎてしまい、多方向からの攻撃に対処出来無いのです」


「閣下がご覧になられた授業の内容も『突き入れ』と『払い避け』でしたな。間合いの長い槍という兵器による刺突は、1対1での戦闘において非常に有効だとは思います。

但し、周囲を敵兵に囲まれた状態においては刺突動作のような『懐が開いてしまう動作』は却って隙を生じてしまうのです。せめて『薙ぎ払う』動作を織り交ぜないと側面や後方から嬲り殺しにされますね」


「刺突という動作は、どうしてもその後の隙が生じやすいのです。敵方も鎧や甲冑を纏っているのであればその継ぎ目を狙う刺突は斬撃よりも有効である事は確かです。しかし身軽な相手に突き込みを当てるのは実戦で使う穂先の重い金属である槍ではそれなりに鍛錬が必要となります。

士官学校で学んだ程度の経験ではとても実戦で自身の身を護るような行動を採るのは難しいでしょう」


「そうですな。私もあの時……彼の言う通り『嬲り殺し』に遭いそうでした。それを免れたのは……ベラルド……いや、部下の1人が身を投げ出して私の盾になってくれたからです。彼自身と彼の乗馬が盾になってくれなければ……私は今ここには居なかったでしょうな……」


 タレンが何か遠くを見るような目になると、周囲の者……特にあの時彼に初陣の出撃を命じたフレッチャー元将軍は申し訳無さそうに


「そうだな。あの時の君は後から繰り出した別動隊に助けられて帰って来た時は傷だらけだったな。私は危うく公爵閣下の御曹司を初陣で討ち死にさせる事になりかけて肝を冷やしたよ」


「あの時は閣下に無様な姿をお見せしてしまいました……。意気込んで出陣したのに部下を2人も死なせてしまいました」


「いや……君はその後の活躍で十分に初陣の失地を取り戻しているではないか。あの頃の君を庇って生命を落とした者達だって君を護りたい一心で生命を投じたのだ。そういう意味では彼等だって報われていると思うがな」


「閣下からそのようなお言葉を頂けるだけでも救われる思いであります……」


 しみじみと語るタレンを余所に首席生徒は


「ホルプ教官は恐らく戦技改革を受け入れることは出来ないと思われます。彼の考えを変えるには……まぁ、『現実』を教える必要があるでしょうな」


「現実……?」


「ええ。師団長閣下の仰る『貴族の決闘ごっこ』であればいざ知らず、戦場でその武術が役に立つことが無いと言う現実です。先程の校長閣下のご質問にお答えさせて頂きますが……いくら『達人』と呼ばれていても所詮は1対1の技術。

この際ですから遠慮無く申し上げますが、彼を無力化させるのはそれ程難しい事ではありません」


淡々と話す首席生徒の言葉に一同はまたしても驚愕する。


「そっ、そうなのか?」


「まぁ、やり方は色々ありますが……そうですな。逆に彼のような『達人』なる方が何人もいらして私を包囲するのであれば……いや、それでも結果は同じですかね」


「どういう事だい?」


「つまり、私から見たホルプ教官殿は『1対1の戦術』しか持っていらっしゃらない方なんですよ。多人数に囲まれた時も、逆に囲んだ時の事も考慮されていない……と言うよりもそのような状況での技術をお持ちでは無いのでしょう」


「囲んだ時の事?」


「この『本来の白兵戦技』には別の『顔』があるのです。自分が囲まれた時の護身技術と同時に、複数の味方と共に眼前の敵を連携して倒すという技術の習得です」


「なっ……」


「『複数の敵から囲まれる』という想定の授業を行うには『複数の味方で囲む』という役を担う者が必要になります。その者達も効率的に包囲する術が学べるのです」


「そっ、そういう事か!」


 タレンが思わず得心した声を上げたのでマルクスは苦笑しながら


「主任教官殿……。まさか今まで気付かれていなかったのですか?」


やや呆れたような問いに


「そ……そうだな。すまん。私はそこまで考えが及んでいなかった。そうか……効率的に敵を倒す事で味方の損害も減らす事が出来るのだな?」


タレンの言葉を聞いて、遅まきながら他の者達も驚いた顔をした。彼らも今まで


「本来の白兵戦技の授業を復活させることで新任仕官の初陣死傷率を下げる」


という事にしか視点が行っていなかったのだ。


「ええ。敵だって3人1組で掛かって来るのですよ。こちらだって同じように力を併せて確実に敵方を討ち取ってもおかしくないでしょう?」


この日も白兵戦技について一頻(ひとしき)り意見交換を行い、会合は散会となった。


 帰り際、思い出したかのようにタレンが


「そう言えば尾行の件はどうするんだい?どう対応したらいいんだい?」


と、首席生徒に尋ねると


「お二方は気にされなくても結構ですよ。ただ、これをご覧になって連中の人相だけは憶え置き下さい」


 マルクスは先程見せた人相書き……既に護民兵に引き渡したスピニオ・ガレノ捜査官以外で任務に参加している6人のものを校長とタレン、そしてシーガに配った。


「この連中は交代で軍務省の正門脇に張り込んでいますので。尤も……1人帰って来ないので騒ぎになっているかもしれませんがね」


ニヤニヤしながら話す首席生徒を見てシーガ主任がクスっと笑う。


「その護民兵に引き渡された……留置されている軍務省職員はどうなるの?」


「一応、私の部屋を荒らした窃盗犯として送検されるのではないでしょうかね」


「でも自らの身分と任務の内容を明かして軍務省に問い合わせをさせれば釈放されるんじゃない?」


「令状も持たずに他人の家を家捜ししたら、それはただの空き巣ですけどね」


「あっ……!そうよね……」


「いくらその後で『これは捜査の一環で』などと強弁しても軍務省職員……公務員に対してそこまで甘くはないと思いますよ。護民庁……いや、内務省は」


マルクスの説明にシーガ主任もなるほどと笑いながら納得してしまった。


「お三方は学校の中にだけご注意下さい。教頭殿はご自身の退任後の為に必死になっているでしょうから」


首席生徒の注意喚起に校長と二人の主任教官は苦笑を漏らす。こうして散会後はマルクスから屋敷を出て外の様子を一通り確認する形となり、残りのメンバーは時間を置いてバラバラに帰る事にした。


 結局、彼らが会合に集まる前に尾行を妨害された3人の捜査員は……ルゥテウスの見せた「幻視」に惑わされて全く違う赤の他人を対象だと思い込まされた挙句、市中を散々と引き回されて軍務省庁舎へと引き上げた後は、全く要を得ない報告を上げてナラ課長をイライラさせるだけに終わった。


ナラ課長を更にイライラさせたのは4日経っても復命しない、ガレノ捜査官の事であった。彼が4日前に下校するマルクス・ヘンリッシュの尾行に就いたのは他の捜査員からの報告で明らかになっており、その後全く連絡が途絶えている。


 尾行対象となったヘンリッシュは翌日も何の変りも無く士官学校へ登校しており、その日も下校時に他の捜査員が尾行に就いたが、その日は何も起きる事無く件の学生が南街区6層目のアパートに帰宅するところまで確認している。


その後の3日間にヘンリッシュの尾行を担当した者達からは「本人は当方の尾行に気付いている気配は全く無い」という報告を受けているので、今回の任務に当たっている者達の中でも尾行能力が高いガレノが、かの学生に気取られたというのは考えにくい……情報課長自身はそのように踏んでいた。


他の2人を尾行した者達からの報告も特に変わり無く、その3日間は学校から退勤して真っ直ぐに自らの邸宅に戻っているとの事であった。


2人共、片や前艦隊司令官で海軍大将、そしてもう一方は子爵家の当主であると言うのに、供や迎えの者など全く連れずに単身徒歩で通勤しているらしく、特に臣籍降下の家柄である「マーズ子爵」は他に現存する同様の子爵家の者と違って特に格式張った生活をしているわけでも無く、通勤時の服装も何の変哲も無い陸軍士官の軍服で、毎朝の出勤時には門前まで妻と息子が見送る中、当主自らが娘を中等学校へ送り届けてから出勤すると言う極めて庶民的な行動を採っている事まで判明している。


 そんな中、本日に限って3人共「尾行に失敗した」かのような報告が上がって来た事を情報課長は訝しみ


「3人……いや、学校長と主任教官の屋敷だけでいい。監視の手を増やせ」


という命令を捜査1係だけでは無く2係にまで下した。両部署に所属する情報捜査員は総勢で32名。既に投入している7名の他に、課長の命によって6名が学校長と主任教官邸の見張りとして新たに任命された。


この時になってもナラ課長の頭の中において、「改革派」を主宰しているのはタレン・マーズ三回生主任教官であり、学校長は「お飾り」で首席生徒は「内申点欲しさに迎合している者」としか見ていなかった。


この認識の甘さによる「しっぺ返し」を翌旬明け……11月25日に「軍務省全体」が受ける事になる。

【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ


ルゥテウス・ランド(マルクス・ヘンリッシュ)

主人公。15歳。黒き賢者の血脈を完全発現させた賢者。

戦時難民の国「トーンズ」の発展に力を尽くすことになる。

難民幹部からは《店主》と呼ばれ、シニョルには《青の子》とも呼ばれる。

王立士官学校入学に際し変名を使う。1年1組所属で一回生首席。


タレン・マーズ

35歳。王立士官学校三回生主任教官。陸軍大佐。

ヴァルフェリウス家の次男。母はエルダ。士官学校卒業後、マーズ子爵家の一人娘と結婚して子爵家に婿入りし、家督を相続して子爵となる。

主人公によって「本来の白兵戦技」を知り、白兵戦技授業の改革に乗り出す。


ロデール・エイチ

61歳。前第四艦隊司令官。海軍大将。第534代王立士官学校長。勲爵士。

剛毅な性格として有名。タレンの戦技授業改革に賛同して協力者となる。


イメル・シーガ

31歳。陸軍中尉。王立士官学校一回生主任教官。担当科目は白兵戦技で専門は短剣術と格闘技。既婚。

猛獣のような目と短く刈り込まれた黒髪が特徴の、厳つい体格を持つ女性教官。

タレンが三回生主任教官へ昇格したのに伴い、後任の一回生主任教官に就任。タレンを軍人として尊敬しており、彼の進める戦技授業改革に賛同して協力者となる。


エイデル・フレッチャー

69歳。元王国陸軍第一師団長。退役陸軍中将。勲爵士。

タレンが新任仕官当時の第一師団長。現役時代は一旦士官学校教官へと転属になったタレンを再度呼び戻した。

現在は退役後に罹患した胃の悪性腫瘍治療の影響で王都の屋敷にて寝たきりになっている。戦技授業改革派が士官学校内で監視を受けるようになった為、自らの屋敷の一室を会合の場に提供する。


イゴル・ナラ

51歳。軍務省情報局情報部情報課長。陸軍中佐。

アガサ教頭の後任を勤める軍務官僚。前職は情報課隷下にある捜査1係長。

元上司であるアガサ教頭からの依頼で改革派メンバーの校外での動静を調査する。

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