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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第四章 戦乱の大陸
73/129

抵抗勢力

【作中の表記につきまして】


アラビア数字と漢数字の表記揺れについて……今後は可能な限りアラビア数字による表記を優先します。但し四字熟語等に含まれる漢数字表記についてはその限りではありません。


士官学校のパートでは、主人公の表記を変名「マルクス・ヘンリッシュ」で統一します。


物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。

・距離や長さの表現はメートル法

・重量はキログラム(メートル)法


また、時間の長さも現実世界のものとしております。

・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日 


但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。

・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年

・4年に1回、閏年として12月31日を導入


作中世界で出回っている貨幣は三種類で

・主要通貨は銀貨

・補助貨幣として金貨と銅貨が存在

・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚


平均的な物価の指標としては

・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。

・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。


以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。

 士官学校本校舎2階、西端にある総合職員室の並び……東隣の3部屋を隔てた第7面談室で「戦技授業改革派(?)」が密談を行っていた、まさに同時刻。


主が不在となっている学校長室に隣接した教頭室にも「来客」が訪れていた。来客の姓名身分は軍務省人事局教育部教育課長のシモン・ユーリカーで、その目的はハイネル・アガサ教頭への「確認」であった。


 アガサ教頭自身は、本日の早い段階で「校長が軍務省へ赴いた」という情報は受けていた。そして、その目的は先日……まだ一回生の主任教官であったタレン・マーズ大尉が具申してきた「本来の白兵戦技」という実技授業の改革案だろうと言う予測は立てていた。


教頭はあの時、主任教官の話を聞いて「これは本省への批判に繋がる」と直感した。彼は士官学校教官というよりも、軍務省に属する軍官僚として王国政府や軍務省の施策に対する「無謬性」を建前上は尊重している。


タレン・マーズの言っている事は実際「正しい」のだろう。しかし、軍務省が450年にも渡って続けて来た「従来の戦技授業」は間違っていない……はずなのだ。


もしこの主任教官の思想に賛同して自らもそれに加担する……彼の知る情報では学校長がまさにその状況らしいのだが、本省に対して現在の戦技授業の誤りを挙げた場合、それは軍務省の「無謬性に対する挑戦」……つまりは施策批判に繋がる。


この時点でアガサ教頭は、戦技授業改革が本省上層部に対してどれだけの影響を与える事になるのか解っていなかった。

しかし、11月1日の16時過ぎ……本日の勤務終了まであと1時間を切ったというところで突然、本省の教育課長という「大物」が士官学校を訪問したのだ。


 本省の教育課長……と言っても、実際にはアガサ教頭の方が軍階級も職位も上だ。ユーリカー課長は陸軍中佐であり、それに対してアガサ教頭は1階級上である大佐である。そして士官学校の教頭職は、本省で言えば「次長」に相当する職位となるので、アガサ教頭が殊更にこの「大物訪問客」へ(へりくだ)った態度を採る必要は無い。


寧ろアガサ教頭の前職は彼と同格である情報課長なのである。そこからの昇進と異動になった教頭は、教育課長を自室に迎えて


「課長、このような時間に貴官自らが来るとは……何か緊急事態でも?」


出来る限り退勤時間を遅らせたく無い教頭は、多少不機嫌な成分を交えて教育課長に尋ねた。それに対してユーリカー教育課長は表情を改める事も無く


「教頭殿、このような時間に押し掛けてしまって申し訳ございません。ただ私もデヴォン部長殿から言い遣ったものですから」


軍部の教育行政トップの名を出されてアガサ教頭は顔色を僅かに変えた。教頭職就任2年目にして、今年度はその開始当初から色々と校内に事件や騒動が多過ぎるのだ。

学校経営の責任者として、何か叱責でも浴びるのかと教頭は咄嗟に思ったのだ。


「な、何?部長殿の命を受けて来たと……?」


やや狼狽(うろた)えるアガサ教頭に対して、教育課長は尚も無表情に


「はい。今日の訪問は部長殿の命を受けてのものですが、別に教頭殿に対して悪い話を持って来たわけではありません。ただの『確認』です」


「確認?」


「失礼ですが、教頭殿は……本校の学校長閣下が本日午前に本省を訪れて教育部長殿と会談された事はご存知でしょうか?」


「あ……ああ。校長閣下が本省(そちら)にお出掛けになられたのは知っている。その目的は聞き及んでいないがな……」


 教頭は咄嗟に嘘をついた。彼はマーズ主任教官が、自分に対して意見具申を行った後に「たかが主任教官」の身で学校長と接触を持ったという「報告」は既に受けている。

そもそも、マーズ主任教官はあの「ネル少将の上京」報告によって中断された意見具申の場からその後、この件について自分には一切話題を振って来ない。


職務上、彼とはあの後も何度かこの部屋で会話を交わしているが、あの日以来マーズ主任教官の口から「戦技授業」を話題にして全く話をしていないのである。


 そしてその後、教頭自身はこの主任教官からの具申について失念していたが、彼が「職員室の動静監視」の為に「お目付役」として自身の配下に引き込んでいた、一回生の諸法科教官であるオレスト・バーギッシュ中尉から


「タレン・マーズ三回生主任教官が校長室に出入りしている」


という注進を受けた。バーギッシュ中尉は授業コマ数が最も少ない「一回生の諸法科」を担当しているので、比較的職員室内に居る時間が長い。

室内を監視するには打って付けの人物であり、しかも前回の席次考査では彼の担当する諸法科は考査対象科目に選ばれなかったので、考査期間中はほぼ職員室に「入り浸り」であった。


 その彼から見た考査期間中の総合職員室において、色々と特筆すべき事案が何件か見受けられた。


まずは何と言っても考査初日に三回生主任教官であった……つまり学校長と教頭を除き、最も先任であるはずのヴィレン・ボレグ大尉が出勤時間になっても現われず、その代わりに突然……タレン・マーズ一回生主任教官がその地位に昇格したのだ。そして彼の後任には一般教官の中で最先任である二回生の補助戦技(格闘術と短剣術)を担当していたイメル・シーガ女史が昇格するという出来事が起こった。


驚いたのは、この辞令が士官学校の登校時間という時間帯に軍務省庁舎から訪れた人事局とは関係の無い法務課長によって渡された事であり、そもそもが士官学校において席次を決めるという重大イベントであるはずの考査初日の開始直前の時間帯に行われた事である。


勿論この辞令通達は教頭室において行われたので、バーギッシュ教官の目に直接触れることは無かったのだが、その後にバタバタと始まった教官席の移動作業によって、彼はこの驚愕すべき事実を知ったのであった。


 そして今度は考査が終わった翌日。いわゆる「考査休み」とされる10月23日の事であった。この日は前述の通り考査終了翌日であるので採点を始めるに当たって各学年の教官がこの総合職員室に集まって、自分が担当している教科では無い者も答案用紙の整理を手伝う事になっており、各々集められた答案用紙を前席次順に揃えるという作業を行っていたバーギッシュ教官の目に、学校長室に入って行くマーズ新三回生主任教官の姿が映った。


最初は単なる昇格に伴った挨拶にでも行ったのかと思ったが、それにしては同じくその後任を埋めたイメル・シーガ新一回生主任教官を伴っていなかったし、そもそも彼の「観察」では、アガサ教頭に付き添われて、シーガ主任教官も伴った昇格挨拶と思われるマーズ主任教官の学校長室訪問は辞令があった考査初日……4日前の10月19日に行われていたはずだ。


職員室の「監視役」としての役割を仰せつかっているバーギッシュ教官の目には、そんなマーズ三回生主任教官の行動が奇異に映り、教頭への報告が必要であると判断したのであった。


 バーギッシュ教官からの注進によって、学校長とマーズ主任教官が何度か「接触した」と察知したアガサ教頭は


(マーズは私の頭越しに校長へ「あの話」を持って行ったな)


と直感していた。自分はそもそも、戦技授業について興味が薄いのだが、海軍将官として実戦経験も何度かあるだろう、今の学校長にとってはタレンの話を「理解出来る」土壌は十分に備わっているはずで、後はそれを階級と職位の壁を越えて聞き受ける「度量」をあの学校長が持っているのかという問題であった。


 教頭が見たところ、学校長はその「度量」を十分に持ち合わせていたらしく、その後も何度か接触……それも自分の目を警戒して何か偽装染みた真似までしているという報告を受け、彼なりにその後の成り行きを警戒していたのだ。


そんな中での「校長閣下が軍務省に出向いた」という通報である。その件を教頭室に通報してきたのは、前述のバーギッシュ教官では無く、学校職員のノビル上等兵である。


 この校内雑務の為に士官学校勤務となっている「士官学校卒業者」では無い上等兵は、一限目終了5分前の予鈴である手鐘を鳴らしながら本校舎を巡回して職員室へと戻ってきたところに、海軍提督の略装姿で出掛けようとしていた校長閣下とバッタリ出くわしたのだ。


ノビルは咄嗟にこの「神にも等しい学校長閣下」に


「供の者はお連れにならないのですか?」


と、聞いたところ……校長閣下は別段機嫌を損ねるわけでも無く


「いや、向かいの軍務省に行ってくるだけじゃ。そんな大袈裟なものはいらんよ」


と気さくに答えて出掛けて行ったと言う。ノビルは普段からこれも「雲の上の人」であるアガサ教頭から


「校長閣下に何か変わった事が見受けられたら教えてくれ」


と依頼されていたので、その外出を取り急ぎ教頭に通報したのだ。


 このような経緯があって、校長の軍務省訪問とその「目的」も概ね認識していた教頭であったが、教育課長からの質問には半分惚けてみせたのである。


「左様でしたか。実は校長閣下は数日前から教育部長殿に面会希望を申し入れておりましてな。その事はご存知でしたか?」


この事実を聞いたアガサ教頭は、今度は本当に驚いて


「い……いや……。私はそんな話を聞いていなかったが……」


自分に対してそのような事を通告もせずにいた学校長に対して


(校長はどうやら……本格的に私を「蚊帳の外」に置こうとしている……。私抜きで……あのマーズと授業改革を「勝手に」進めようとしている)


という考えが過って戦慄を覚えた。このままでは自分は「知らず識らずの間に」あの2人の「暴走」に巻き込まれてこれまでの官僚として人生を棒に振る事に……なりかけている……と直感したのだ。


「ではご説明申し上げるが……。ロデール・エイチ学校長閣下は本日午前に、かねてよりの申し入れによってデヴォン教育部長と本省庁舎で面会をされました。

その際に学校長閣下より、教育部長殿に『戦技授業に関する改革案』が具申されたのです」


「なんと……教育部長殿に直接……?」


「左様です。大佐殿はこの『改革案』をご存知でしたか?」


教育課長の言い様は「お前もこの具申に絡んでいるのか?」と決め付けているようである。


「いや……実は正直に話すが、以前にマーズ主任教官からそのような話を聞いた事はあった」


「何ですと?つまり教頭殿はこの改革案を知っていたのですね?」


「いやいや。待ってくれ。私はあくまでも「聞かされた」だけだ。マーズ大尉……いや、今は少佐だったな。彼から、そのような内容の具申を受けて、その場ではそれを拒否する回答を出したのだ。

しかし、その後……あの西部方面軍のネル師団長が本省……いや、憲兵本部だったか?そこに現われたという急報が入ってマーズ少佐に私の意向をしっかりと伝え損ねたのだ。君だってあのネル少将閣下の話は聞いているだろう?」


最早自分の地位が脅かされている事を悟ったアガサ教頭は、「先日の件」について正直に伝える事にした。教育課長もそれを聞いて


「ネル少将閣下……あぁ、『前』第四師団長の……」


どうやら当時は全く無関係であったはずの教育部にもネル少将の件は多少伝わっていたようだ。


「そうだ。その件が間に挟まったので、マーズ少佐の具申は私にとって曖昧なものになったのだ。だから今日になってその『改革案』なるものに私が関与しているのかと言われてもな……」


「なるほど、了解致しました。では教頭殿は今回の学校長閣下の意見具申には無関係であると?」


「まぁ、関係の有無を問われれば『無関係』だと言いたい。私はさっきも言ったがマーズ主任教官からこの件を聞かされた時点でその実施に反対の意を示している」


「それを聞いて小官も安心しました。まさかこのような改革と称した『授業批判』が士官学校の総意では無いと判りましたので」


ここで漸く、この教育課長は小さく笑みを浮かべた。アガサ教頭も緊張から解放されたのか、薄ら笑いを浮かべて


「当然だろう。私がそんな無謀な意見に加担するわけが無いじゃないか」


「アガサ大佐であれば、そう仰って頂けると思っておりました」


 この悲しき小役人同士の会話が続いている頃に、第7面談室に集まっていた者達は「今後の対応」についての話し合いを終えて解散している。

そして面談室から北側……教職員専用の廊下を通って職員室に戻った学校長が、そのまま自室に入って行ったのを、バーギッシュ教官が目敏く目撃している。


一方のタレン・マーズ三回生主任教官は、そのまま職員室に戻る事無く学校の外へ出掛けてしまったようだ。

その際には校門を出て別れるまで一回生の首席生徒と談笑しながら歩いていたのを門衛に目撃されている。


「では改めてお伺いしますが……教頭殿は今回の学校長閣下の意見具申には関わり合いが無いのですな?」


 ユーリカー教育課長の念押しにアガサ教頭は


「私は関わっていないし、そもそもこの改革案には反対の立場である。教育部長にはそうお伝えして欲しい」


と、はっきり自分の考えも口にした。教育課長は


「教頭殿のお考えは教育部長殿にしっかりとお伝えしましょう。お忙しいところ失礼しました」


そう言うと、椅子から立ち上がって挙手礼を実施して、アガサ教頭がそれに応礼するのを待ってから教頭室から出て行った。


(むぅ……。あの校長は余りにも行動が早過ぎる。危うく私も巻き込まれるところだったじゃないか)


 理不尽な状況を想像した教頭が憤慨しているところに、部屋の扉がノックされる音が聞こえてきた。どうやらまた誰かがこの部屋にやって来たらしい。


「どうぞ!」


やや声を荒げて応えてしまったところに、バーギッシュ教官が恐縮の態で入室して来た。


「何だ……君か。どうしたのかね?」


自分の憤懣に対する八つ当たりを受ける形になって恐縮している相手に対して、済まない気持ちから苦笑を交えた教頭の問いに対して


「実は先程……校長閣下が北廊下を通って……恐らくは何れかの面談室に向かわれたと思うのですが……」


「何!?校長閣下が面談室に?」


「はい。あの北廊下は面談室にしか繋がっておりませんから……。それと校長閣下が北廊下に向かわれる少し前に……マーズ主任教官殿も職員室を後にされてまして……」


「ん?つまり主任教官と学校長が面談室で会っていた可能性があると?」


「はっきりとは申し上げられませんが……その可能性は高そうです。マーズ主任教官殿は一般廊下に出て行かれましたが……実はその直前に尋ねて来た一回生の首席生徒のヘンリッシュと一緒でした」


「ヘンリッシュだと!?」


 アガサ教頭は首席生徒の名前を聞いて驚くと共に、バーギッシュ教官の推測……「面談室で主任教官と学校長が何か密談を行った」という確信を強めるに至った。


勿論その内容は「白兵戦技授業改革」についてだろう。何しろ、その改革をマーズ主任教官が唱え始めたのは、「あの首席生徒」の立ち振る舞いが原因であると言われているからだ。


「して……2人……いやもしや3人か……?まだその密談は続いているのですか?」


「いえ、校長閣下は既に自室にお戻りであります。()()()のお客様がお帰りになられる少し前に、やはり北廊下からお戻りになりまして」


「そうか……。それで?マーズ主任教官も一緒なのですか?」


「いえ、主任教官殿は現在も戻られておりません」


「ん……?彼はまだ面談室に?」


「判りません……。私もそんなに大っぴらに動いては拙いと思いましたので」


「そ、そうですな。良い判断かと思います」


 教頭はバーギッシュ教官の機転を「好判断」と賞したが、実際はこの一回生教官の動きはマルクスによって完全に見破られており、「改革派」側も本日の密談は「教頭派」に知られている事を、既にこの首席生徒の口から知らされている。


更に言えば、教頭の下に軍務省側から「確認の使者」が訪れている事まで看破されている。僅か1時間程前までは情報量で教頭派が改革派を上回っていたが、マルクスの「左袒」によって情勢は一気に互角になったと言える。


アガサ教頭は1日で一気に前進してしまったこの問題に、それを見逃していた自分の不明を自省しながら、改めて2人の動きを注視して行く事を心に誓った。


現職退任後の自分に「残された時間」の為に……である。


****


「私には、一応頼れそうな場所があります」


 タレンは第7面談室でエイチ校長と別れ際に「学校の敷地外で集まれる場所」について提案を出した。


「ほぅ……何か公爵家の伝手でも使うのかね?」


「いえ……あの家とはもう接触もしておりませんので……今になって私が頼ろうと思っても門前払いを受けてしまいますよ」


苦笑いしながらタレンは答える。この男はもう……公爵家からは精神的に完全な独立を果たしているのだろう。


「そうなのか。生憎と儂に王都で頼れる知り合いなどおらんしな」


「私には幸いにして北部に居た頃にお世話になった方が……」


「ほう。軍人かね?」


「はい。私が北部方面軍に任官した当時に所属する第一師団長を勤められていらしたエイデル・フレッチャー退役中将閣下が現在、この王都にお住まいになっております」


「元師団長殿が?」


「はい。私の初陣の頃から一度ならずお世話になりまして……。先日もこの王都へ戻って来た旨を報告がてら、そのお宅に訪問しております」


「ほう。そうなのか」


「フレッチャー閣下のお住まいは貴族街では無く北側の5層目にございまして……。元より軍中央に対して良くは思っていらっしゃらなかったようなので、我らにご協力頂けるかもしれません」


「なるほどな。ではその御方にお願いしてみるのか?」


「はい。本日これからお伺いしてみようかと思います。先程聞いた……このヘンリッシュの話によれば職員室内で我らを監視している者が居るようなので、結果は書面でお部屋の扉の下から差し入れる事に致します」


「分かった。ヘンリッシュ君とはどう連絡を取るのだ?」


 タレンは校長の問いに軽く笑いながら


「私とこの者とは普段からよく話をする間柄なので、ご懸念には及びません」


彼の言い様にマルクスは


「本来であれば、一生徒である私と主任教官殿がそのような関係にあっては宜しく無いのですがね……」


と、苦笑混じりに応じたのだが


「まぁ、君のような優秀な生徒と見知る事が出来て儂らも大いに助かったわけだしな」


校長閣下も堪え切れずに笑い出す。


「では本日のところは、これで解散致しましょう。閣下はお気を付けてお戻り下さい。先程、幸いにして『向う側の手の者』の名を知る事が出来ましたが、閣下は彼らを見知っていらっしゃいますか?」


「うーむ……職員……もしかして……」


「どうかなさいましたか?」


「いや、な……軍務省に向かう時に職員……予鈴を鳴らし終えて戻って来た者に職員室の出口ですれ違ったのだがな。行先を聞かれたのだ。まさか、そ奴が今名前が出た者なのか……?」


「ノビル上等兵は身長170センチ前後で肌がやや浅黒く、髪は私と近い色をしていますが、もう少しくすんだ……麦わらのような色をした外見ですな」


首席生徒に外見的特徴を教わった校長は


「ああ!それじゃ!そ奴で間違い無いな」


数時間前の記憶を辿って相手を特定した。タレンはそのような「彼ら」の特徴まで見知っているマルクスに軽く驚きながらも


「なるほど。では閣下が軍務省へお出掛けになられた事は既に教頭殿に知れていると思って間違い無いですな」


「今後の事もありますので、先程ヘンリッシュが挙げた4人……まぁ、ノビルについてはもうご承知置き頂けたと思うので残りの3人……をそれとなく見知っておいて下さいますでしょうか」


「分かった。奴らに感付かれないように気を付けながら覚える事にしよう」


 タレンが校長に説明している間に、懐から出した紙片に職員室内の座席配置をスラスラと書き記したマルクスが


「彼らの座席は、こことここ……それとここ。ノビル職員は普段はこの辺に居ます」


その紙片を見せて残りの3人の居場所を教え、その紙片を学校長に渡した。


「おお。これはありがたい」


笑いながら紙片を受け取る校長の横でタレンが


「連中の座席も解っているのか……。これは彼らも今後はなかなかに『お役目』を果たすのが難しくなりそうではないか」


一緒になって笑い出す。紙片を渡したマルクスは


「それと、私の知る限りですが……お二方側を、一応は好意的に見て頂いている方々も存在します。シーガ主任教官殿は、マーズ主任教官殿をかなりご尊敬されていらっしゃるので、この件を打ち明けても真っ先に協力して頂けるでしょう。これは私の担任であるヨーグ教官殿も同様です」


「そ、そうなのか……?」


「はい。他にもヤード教官殿も、戦技授業改革に賛同されているご様子。また、三回生騎乗戦技のミルフ教官殿も、やはり主任教官殿を尊敬しておられるようです」


「ははは。流石に『北部軍の鬼公子』の名は虚名では無いのだな」


困惑するタレンを余所に校長閣下は笑いが止まらないようだ。


「それに二回生の海軍科を担当している教官方は当然ですが校長閣下に対しての尊敬は非常に大きいものなので、実技教官で無くとも今回の改革には協力的だと思われます。

何しろ、この改革には『海軍士官の採用増』も謳っておりますからな」


「そうか。彼等はそのように見てくれているか……。ありがたい事じゃの」


笑いを引っ込めてしんみりとした表情となった校長と主任教官に対して


「このような事を私如き一生徒が申し上げるのもおこがましいですが、お二方は決して孤立しているわけではありません。まずはその事をご理解頂いた上で、この改革に期待している方々の事をお忘れ無きように」


と話すこの首席生徒の言葉に、二人共不思議な力を得るような気がして


「よし。彼らを失望させない為にも儂らは頑張らんとな」


「左様でございますな。私も……未熟であった私を庇って生命を失った者達に報いる為にも……今回の事は必ずや成し遂げる所存であります」


 二人は改めて改革の成功を誓って


「では閣下は先にお戻り下さい。我々は少し間を置いてここから去る事に致します。私はこの後、そのままフレッチャー将軍……元中将のお屋敷にお伺いしてみようかと思っておりますので」


「そうか。心得た。では頼むぞ」


そのように言い残して校長は立ち上がり、北側廊下の扉から去って行った。


「しかし君はよくもそんなに職員室の中の事まで把握しているんだな。前回の『あの騒動』の時もそうだった。ネル少将閣下の『お知り合い』も早い段階で知っていたようでないか」


「これはこれは。『北部軍の鬼公子』とは思えないお言葉ですな。『敵を知る』事は戦術において基本中の基本ではないですか」


昔の渾名まで持ち出してすっ惚ける首席生徒に、苦笑しながらタレンは


「まぁいい。君はもしかして、フレッチャー将軍の事も知っているのか?」


突然、昔の上官の事を持ち出して聞いて来た。


「エイデル・フレッチャー退役中将殿の事でしょうか?5年前だったでしょうかね。奥様がお亡くなりになられたのを機にドレフェスからこの王都に移り住まわれたとか。

確かお嬢様がお一人いらっしゃられて、タニル商会の御曹司に嫁がれたとか」


問われた首席生徒はシレっと退役した元第一師団長の現況について語った。


「や、やはり……」


驚きを隠せないタレンに対して


「主任教官殿はご存知かと思いますが、フレッチャー元将軍は王都にお移りになられた直後に胃の大病を患って、体調を大きく損ねました。

現在も完全には回復されていらっしゃらないご様子なので、密談場所の提供は受けても今回の改革推進にはご参加頂かない方が宜しいかと思います」


「き、君は……そこまで知っているのか……」


「まぁ、却ってその状況が『軍務省(あちら)側』を油断させる事になるかもしれませんがね」


「胃の病の治療を大聖堂の治療術官に大枚を積んで依頼したようですね。病巣そのものは取り除いたので生命に別状は無かったようですが……救世主教の守銭奴共は大金をせびる割に後の面倒見(アフターサービス)が悪いですからな。4年経った今でも体調が戻っていないご様子です」


「今年お会いした時に見違える程に痩せて見えたのはそのせいなのか……」


 そろそろ時間も開いただろうと、椅子を片付けて一般廊下に出た2人は校門に向かって歩きながらも老将軍の事で二言三言意見を交わして、門を出たところで別れた。


「軍務省側の手の者が尾行に着く可能性があります。将軍のお屋敷にお伺いするのであれば十分に用心して下さい」


そう言うと、マルクスは東側……軍務省側とは反対側の近衛師団本部の方に向かって歩き去って行った。


彼から忠告を受けたタレンは「後ろ」に注意しながらも、ケイノクス通りを北門方向に歩き、環状五号道路の先にある嘗ての上官が静かに暮らす屋敷へと向かった。


****


 今年で69歳となるエイデル・フレッチャー退役陸軍中将・元第一師団長が現在王都で構える家屋敷は、それまで暮らしていたドレフェスの屋敷に比べ、かなり小ぶりなものになっていたが、彼自身は勲爵士としての貴族年金に加え退役将官の恩給、そして一人娘が嫁いだ流通事業で準大手となるタニル商会からの援助で、暮らし向きには全く不自由はしていない。


北部方面軍第一師団長を定年で除隊となった後、ドレフェスで暮らしていた5年前に2歳年上の妻を病で喪なった際、娘夫婦の奨めに従って王都に移住したのだが、自らも胃に出来た悪性腫瘍によって生命を落としかけた。


 幸いにして娘の嫁ぎ先であったタニル商会からの援助と口利きで救世主教大聖堂の治療術官によって腫瘍は取り除いて貰ったのだが、同時に胃の腑も4割程失ってしまった。


治療術の効果はそこまでなので、その後は自宅での療養となったのだが……元々が士官学校卒業後に北部方面軍に任官してから40年以上を北で過ごしたこの老将軍には王都において知り合いらしい知り合いもおらず、その療養生活はひっそりとしたものになった。


既に妻も病で喪っていた彼は、精神的に参ってしまったせいか養生も捗々しくなかったのだが……数ヵ月前になって、嘗て自分の率いた第一師団において、その驍名を轟かせたタレン・マーズ大尉が「王都へ異動となりました」と挨拶に訪れたので懐かしさで嬉しくなり、最近は徐々に体力も戻って来ているという。


その後もタレンは折りを見て自分を訪ねて来てくれるようになり、異動となった士官学校での話などをしてくれる。


 タレンは先触れも無く突然訪問する不躾を承知でこの老将軍の屋敷を訪れ、今回の件を自分が知っている限り包み隠さず事情を説明し、この屋敷の一室を「戦技授業改革派(?)」の会合場所として借り受ける事は出来ないかと「お願い」してみた。


「くくく……君は今、王都でそんなに面白い事をしているのか」


ベッドで身を起こしている屋敷の主は笑い出した。久しぶりに心底笑ったようで、却って(むせ)てしまい、咳込んでしまった。タレンは慌てて老将軍の背中をさすりながら


「も、申し訳ございません。お身体がまだ万全ではない、この時期に面倒事を持ち込んでしまいました……」


 漸く咳が止まった老将軍は


「いやいや、何を言うか。私もその君達のやっている面白い事の仲間に入れてくれ給えよ」


尚も小さく笑いながら、嘗ては第一師団を率いて実戦を指揮していた老将軍はタレンの依頼を快諾した。


「あ、ありがとうございますっ」


タレンは感極まった表情で深々と頭を下げ


「や、やはり解って頂ける方はまだまだいらっしゃる……校長閣下も……師団長閣下も……私は幸運だ……このような方々の下で奉職出来て……ううっ」


泣き崩れるタレンを見たフレッチャー元第一師団長は、急に背筋を伸ばして


「バカ者っ!泣く奴があるかっ!貴様は『北部軍の鬼公子』だろうがっ!」


と、一喝した。


「はっ!」


慌てて涙を拭って顔を上げ、その場に直立するタレンに


「この屋敷は好きに使え。私は嘗て、王都で士官学校教官としてやっていた君を『北』に呼び戻して……奥方殿や子息達と離れ離れにさせてしまった。

私はその事がずっと気になっていた。これは『あの時の償い』だ。好きにやり給え。この王都には僅かではあるが嘗ては北で生命を懸けていた者達も暮らして居る。その者達の力も借りるが良い」


 北部方面軍に身を投じた者達は、通常、軍を退いた後も現地で生活を続ける。北部方面軍の場合はドレフェスでそのまま暮らし続けるパターンが多いだろう。


その中でも、タレンのように妻子を王都や故郷に残していた者や、貴族階級の者で実家が王都にある者が僅かながらに居り、それらの者が各々出身部隊同士で集まり、「退役軍人会」のような組織を作って友誼を絶やさぬようにしている。


元第一師団出身者の軍人会もやはり存在しており、タレンも一応はそれを知っていたが、今の職に就いてから「色々」あり過ぎた為、なかなかそれらの元同僚、元上司へ挨拶する余裕が無かった。


 よくよく考えてみれば、北部方面軍出身者は第一師団の他にも第三師団、第七師団からの者も居るので、実際はもっと多くの者が王都で余生を送っていてもおかしくは無い。


ドレフェス周辺とその東部が管轄であった第七師団はともかくとして、第三師団は同じく国境線沿いを持ち場にしていたので、実戦経験者もそれなりに居るはずである。

そのような者達からしてみれば、やはり士官学校で実施されている白兵戦技授業はフレッチャー元第一師団長が言うように「貴族の決闘ごっこ」と感じているだろう。


 タレンは返す返すも、これだけの者達が北部で生命を懸けて実戦を生き延びようとして、中には新任仕官として士官学校の授業と実戦の、余りにも大きいギャップに驚きながら生命を落として行った者達の事を思い……


(これだけ大きな「人災」によって将来を嘱望された若者の生命を磨り潰し続けて来ておきながら、全く修正が加えられなかった白兵戦技の授業とは一体……)


と、改めて硬直した官僚世界の弊害に身を震わせる事になったのである。


****


(さき)に第四艦隊を預かっておりましたロデール・エイチです。現在は士官学校の学校長を拝命しております」


「これは丁寧なご挨拶を賜りまして……。私は第一師団を率いておりましたエイデル・フレッチャーでございます。先年に大病を患いましてな。何とか一命を取り留めはしましたが、今はご覧の通りの有様で……。このような恰好でご挨拶させて頂くご無礼をお赦し下され」


 前第四艦隊司令官と元第一師団長という陸海軍の大物同士は現役時代の剛直さを微塵も感じさせない温厚な姿勢でお互いに自己紹介を終えて手を握り合った。


「わ、私……小官は先日、士官学校において一回生の主任教官を拝命致しました……イメル・シーガ大尉でございます……。マーズ主任教官殿にお声を掛けて頂き、本日このような場所に身の程知らずにも同席させて頂く事になりました。

い、以後お見知りおきをっ!」


 新たに「改革派」に加わったタレンよりも厳つい体格をした31歳の女性主任教官は、これまで見せた事の無いような緊張した面持ちで、何故か直立不動になって敬礼していた。横で見ていたタレンとマルクスは苦笑を浮かべる。


「士官学校一回生のマルクス・ヘンリッシュです。どういう成り行きか……このような場所に身を置かせて頂く事になりました。一生徒の身で何のお役に立てるのかは全く存じ上げませんが、一つ宜しくお願い申し上げます」


首席生徒は優雅な動作で頭を下げた。ベッドの上で半身を起こしているフレッチャー元将軍は目を細めて


「貴公がヘンリッシュ君か。ふむ……」


と言ったきり、マルクスを凝視している。マルクスはその視線を浴びながらもごく自然体で、このベッドで身を起こしている老将軍を眺めていた。


「どうだ?君から見て閣下のご容体は」


 隣に立つタレンが尋ねる。彼は以前に元部下であったベルガ・オーガス憲兵中尉の後遺症が残る右脚をあっさりと完治させたこの首席生徒が持つ不思議な治療技術を思い出し、大恩ある老将軍の容体を診て欲しいと依頼していたのだ。


「ふむ。まぁ、典型的な救世主教の治療術官の()()ですな」


「うん?どういう事だ?」


「治療術官にもどうやら『当たりハズレ』があるようでしてな」


首席生徒は苦笑を浮かべた。


「何だと!?それで……?」


「それでとは?」


「だから、閣下のお身体はどっちなんだ?当たりだったのか?それとも……」


「あぁ、そうですな。閣下の治療を担当した治療術官は……まぁ、当たりとは言い難いですな」


「何だと?そうなのか……?」


 首席生徒の答えに、タレンだけでなく4年前に治療を受けた当の老将軍も驚いたような表情になる。


「ええ。閣下の当時のご病状は恐らく胃の腑の尾部にあった悪性と思われる腫瘍で、症状もかなり進行していたものと思われます」


「ほう……君にはそこまで解るのかね」


老将軍は尚も驚きを隠せない。


「えぇ。まぁ……直接拝見しておりませんので詳細な症状までは窺い知れませんが……」


「いや、そこまで解るのであれば構わん。解る範囲で改めて診て貰えまいか?」


「はい。それでは失礼します」


 マルクスは老将軍のベッドに歩み寄り、寝間着の上から彼の腹の辺りを探ってみた。

その瞬間、室内に居た者達に何か「違和感」のようなものを知覚させたが、ほんの一瞬の出来事だったので気にはならなかったようだ。


「なるほど。やはりこれはちょっと……」


「治療術官の処置が悪いと?」


「悪いというか……どうでしょうかね。未熟だったのでしょうか」


「どう言う事かね?病そのものは取り除かれているのだろう?」


「ええ。それは確実のようですね。感心出来る『やり方』では無いですが」


「そうなのか?」


「はい。そもそも、閣下の治療を担当したこの治療術官は、恐らく人体の仕組みへの理解や患者への配慮が浅いと思われます」


「何!?」


「まずこの治療法ですが、どうやら胃の腑の半分近くを病巣ごと取り除いてしまっております。明らかに事前の患部への観察不足と人体構造への理解が未熟な事により不必要に広範囲の臓器を取り除いてしまっていますね」


「それと、これは私の想像ですが施術……彼らは確かこれを『儀式』などと称しておりましたが、時間を掛け過ぎです。閣下の体力が未だ戻らないのは、この儀式に時間を掛け過ぎたのが大きな原因かと思われます」


「そうなのか……まぁ、それでも病巣を取り除いて貰えているだけ有り難いと言うしか……」


「まぁ、原因は粗方判明しましたので……次回は治療薬をお持ちします」


「何っ!?薬で治るのか……?」


「ええ。病巣はもう存在しませんからな。後は御身の回復力を健康だった頃に戻すだけですので」


驚愕する老将軍に対して、いつものように特に感情を表に出す事無く首席生徒はシレっと宣告した。


「そっ、そうか……私はまだ……生きれるのか……」


「ええ。繰り返しになりますが、閣下の体内にはもう病巣自体は存在しませんからな。養生されてその後は健康に留意して頂ければ、まだ20年以上は」


 この言葉に周囲の一同も驚く。目の前のベッドに半身を起こしている老人は元将軍とは思えない程の痩せ衰えた印象を見せ、顔色も青白い重病人にすら見えるのだ。

それを「あと20年以上は生きられる」と何の気負いも無く言い放つこの首席生徒の言葉に耳を疑うのは当然であった。


「では、本日はひとまずこれをお飲み下さい。お休みになられた後、我々は先程ご案内頂いた部屋で勝手にやりますので」


そう言うと、マルクスは直径3ミリ程の青い丸薬を1錠……老将軍の掌に載せて服用を勧め、水差しからコップに水を汲んで薬を口に含んだ患者に渡した。


薬を飲み下したフレッチャー将軍は間も無く目元に明らかな眠気を浮かべるようになったので、マルクスはその背を支えてベッドに横たわらせると、老将軍はそのまま眠りに入った。


マルクスは立ち上がり


「さて。将軍閣下のお休みを邪魔してはアレなので先程の部屋へ移動しましょう」


と、さっさと自分は寝室の扉を開けて廊下へと出て行った。他の3人はお互いの顔を見合わせながらそれに続いて部屋を出た。


****


「ヘンリッシュ君の話を聞いて、バーギッシュ教官の動向を何となく見てましたが……本当に教頭室へお伺いに行ってますわ。特にマーズ殿や校長閣下が職員室を出入りする度にです。あれはちょっと異常ですね」


 シーガ主任教官が呆れたように話す。彼女はタレンからこの「改革派」に誘われ、喜々として加入してから、一回生主任教官としてバーギッシュ教官の観察を続けているようだ。


「我々が出入りする度にかい?そりゃちょっと働き過ぎではないか?」


タレンが笑いながら話すと、エイチ校長も


「しかしそんな事では却って怪しまれると思わんのじゃろうか」


これも半分呆れている。


「彼らは士官学校の教官なのです。二回生や三回生で履修するような『情報』の担当教官でも無い限り、慣れない仕事ですから仕方ありませんよ」


マルクスも苦笑を浮かべながら応じる。


「その点、アジェク教官はソツの無い動きですわね。流石はヘンリッシュ君の言う通り、情報授業の教官は違いますわぁ」


シーガ主任は口を押えて笑い出す。先日までは彼女も二回生の教官だったのでルニル・アジェク教官は同じ女性教官として同僚でもあった。


「アジェク教官は前職が軍務省情報局情報部情報課所属でした。教頭職に就任する前のアガサ教頭殿とは前職で上司と部下の関係です。

恐らくは赴任当時から教頭殿の息が掛かっていたのでしょう。まぁ、私が入学する前の話なので前年度までの動向は判りませんが」


「あぁ……やはりその辺りは前職で繋がっているわけね……私は今年度で6年目なのですが、彼女は確か……4年目だったかしらね」


「と言う事はシーガ主任の話の通りならば、アジェク教官の方が先に我が校に赴任して来て、後から来た教頭殿の配下に納まったと言う事になるな」


「儂は今まであの男が隣の部屋でどんな活動をしているのか全く興味を持たなかったが……そう考えると、あの男も前情報課長として打つべき所にはちゃんと手を打っておったのじゃな」


「そういう事になりますね。それだけ目端が利くのであれば、あのような『決闘ごっこ』の白兵戦技が実際の戦場で全く機能していない事など気付いていてもおかしくないでしょうに……」


「私はその白兵戦技の授業を担当してきた者として……今のマーズ殿のお言葉には耳が痛いくらいですが、ヘンリッシュ君の動きを見ていると、悔しいですがそう思わざるを得ませんわね」


苦笑するシーガ主任に対してタレンが改めて


「そのように気付いた上で認めてくれるのであれば、まだ救いはあるのだが……それを頑なに認めようとしない者達も居る。この連中に目を覚まして貰わなければ、この改革は全く進まなくなる」


「そうですな。今のような状況で仮に上申書の内容が認められて、実戦経験豊富な海軍士官の方々に戦技教官として加わって頂いても、今度は教官同士の対立が始まるようになるでしょうな」


それを受けたマルクスが平然と言う。タレンは元々、白兵戦技では無く騎兵戦術が専門なので、所詮は彼等「武術家」達の心理は掴みにくい。

寧ろこれは格闘術や短剣術などの「補助戦技」とは言え、白兵戦技を担当してきたシーガ主任教官の方が解りやすいのかもしれない。


「シーガ主任教官殿も、やはりご幼少の頃から格闘技などを修めていらしたのですか?」


マルクスの問いに


「ええ……。私の場合は実家が格闘術の道場なのよ。まぁ、王都では無くチュークスの街の中にある道場なんだけどね。実家の道場は弟が継ぐ事になっているわ。父がまだまだ現役ですからね」


 シーガ主任は照れ笑いを浮かべながら話す。


「何と。シーガ君はチュークス出身なのかね?」


エイチ校長が驚いた表情で尋ねると


「はい。閣下。道場を開いた祖父は元々は海軍に居たそうです。海賊退治の際に右手の指を3本落としてしまったそうでして……。それが原因で除隊後に街で格闘術の道場を開いたのだそうです」


「なるほど。そうであったのか。そうであるなら、今回の改革案がもしその頃に実現しておれば、道場を開くだけの才能をお持ちの祖父殿だ。きっと士官学校教官を斡旋されていただろうにの」


「そうでしょうか」


「うむ。今でも海軍が本拠としている町には戦闘によって身体が欠損した者達が多く暮らしておる。中には歴戦の古強者(ふるつわもの)であっても片腕を失くしてしまったが為に船を降りなければならなかった者だって居る。そう言った者達の力は後進を育てる為に使わないといかんのじゃ」


「分校での戦技教育では、そのような者達を指導者として採用していないのでしょうか?」


「いや、一部採用していると聞いた事がある。しかし儂にも詳細は判らん。儂は生憎、現役時代はチュークスでは無くドンで過ごしておるからの。

ただ……儂がまだ現役だった頃、儂の艇長(ボースン)を勤めていた者が左手を失って任を全う出来無くなった際に、分校の教官として推薦した事があった。彼は曲刀の名手だった故な」


「なるほど。曲刀は船上での白兵戦に多く使われますからな」


「おぉ。君は船上での闘いにも詳しいのかね?」


「いや、私自身は船上での戦闘については実体験はありませんが、亡き師からはそのような説明を受けた事ございました」


「曲がった刀か……北方ではあまり見なかったな」


「船乗りが曲刀を愛用するのは……狭い船上での戦闘では長剣を取り回すのにどうしても向いておらず、自然と刀身を短くせざるを得ない。しかし斬撃の威力を増す為に刃渡りを長く取りたいと考えた結果、刃を湾曲させて刃渡りを稼ぐ方向に進化したようですな」


「ほう……なるほどな」


「私の祖父は曲刀では無く短剣もよく使いました。私の短剣術は祖父から基礎を学んだものです」


「なるほど。格闘術を教えるだけでなく短剣もか……今のシーガ君の技術そのものだな」


「はい。お陰様を持ちまして、この経験があっての士官学校教官職でございます」


シーガ主任はまた照れ笑いを浮かべている。


 このように、「改革派」は新しい集合拠点と仲間が増えて、徐々にではあるが軍務省の「教育族」に対抗する力を蓄えて行く事になった。


2日後の会合に再度現われたマルクスは、青い液体に満たされた薬瓶を持参した。以前にダイレムの「海鳥亭」一家に配った物と似たような効能を持つ薬品だが、体力と年齢を考慮してやや成分を薄くした物を老将軍に服用させた。


その後何度か屋敷を訪れる度に徐々に薬効を強くした物を服用させて行き、二旬が経過した頃には老将軍の体調は劇的に回復し、屋敷内を歩き回ったり、階段を上り下り出来るようにまで快癒していた。


この状況に驚く老将軍本人とタレンに対してマルクスは


「私は救世主教の生臭坊主どもと違って大雑把な治療は好みませんので……。閣下のご体調に合わせて師が遺した製薬法を守っているだけです」


「き、君は……確か理科のタルク教官も君の薬学への知識量には舌を巻いていたな……」


「まぁ、私では無く先人たる亡き師が遺した知識なので何とも言えませんがね……。ただ、大切なのは『その患者に合せた治療』だと思いますよ。

確かに病巣を取り除いた治療術師の連中のおかげでもありますから、大金を払った甲斐はあったかもしれませんけどね」


 相変わらず自慢するでも無く淡々と語るこの首席生徒に、老将軍が


「ありがとう……」


と、涙を零しながらその手を両手で押し抱いた。


「閣下。閣下の人生はまだまだこれからでございます。閣下はこれまで長きに渡って北方の境界を守護されていらしたのです。随分と回り道をされたようですが、これからはどうかこの王都にてお健やかにお過ごし下さい」


 マルクスが何度かに分けて投与した回復薬によって、すっかりと体調が戻った老将軍は外を歩き回るようになり、王城を挟んだ反対側の南5層目に邸宅がある娘を訪ねて、その夫婦を仰天させたり……「退役軍人会」の知人を訪れて、子爵家の隠居として彼と同様に王都で暮らす元北部方面軍司令官のエッセル退役大将をタレン達に紹介したりした。


エッセル元司令官の子息であるニクル・エッセル子爵は宮内省侍従局の局長……つまり「侍従長」という役職に就いており、国王とは王太子時代から、臣下個人として最も近い役職にある者であった。


 72歳になってもまだまだ矍鑠としている元司令官は、年少の元部下の快復を大いに喜び


「なんじゃ。貴官らは、あの軍務省の木っ端役人共に一泡吹かすとな?どれ……儂も仲間に入れよ」


年甲斐も無く全身に闘志を漲らせる元司令官は、現役時代に散々と軍務省に煮え湯を飲まされたようで、まるで20年もの年月を遡ったかのような鋭い眼光で軍務省の無能さの程をフレッチャー邸でブチ撒けて、改革組一同を困惑させた。


「いざとなったら儂の息子から今上陛下に……最高司令官閣下に奏上してしまえばいいのじゃ!」


「閣下……実は既に軍務省においては先月にも一度陛下の宸襟を騒がせておりまして……間を置かずまたそのような事態となりますと、流石に混乱が大きくなり過ぎるかと……」


 タレンが熱くなった元司令官を嗜める。エッセル元司令官はタレンが新任士官時代に北部方面軍の頂点に居た人物なので、彼にとっては神に等しい人物なのだが、何しろ北部国境地帯で匪賊の討伐にその軍人生活を捧げてきた筋金入りの豪傑で、健康状態もすこぶる良好である為、未だに血の気が抜け切れていない。


現役時代もドレフェスの本部で大人しく後方指揮を執る事もせず、頻繁に前線に現われては将兵に檄を飛ばしていた。

捕らえられて本部に送られて来た無法者達の処刑に、自ら参加していた事でも有名な猛将である。


「何だとっ!?先月もあの穀潰し共は問題を起こしているのか。して……ちゃんと責任は取らせているのだろうな?」


「閣下。ご安心下さい。陛下の御心を騒がせた者共は順次、軍から追放処分を受けております。陛下からの御叱咤も賜ったようでございますので年内一杯に処分は完了する事でしょう」


「ほう。そうか。奴らは珍しく不届き者を処分しておるのか」


マルクスがニヤニヤしながら説明すると、元司令官は溜飲を下げたかのように大人しくなった。


「処分て……まさかヘンリッシュ君、ボレグ主任や他の教官が一度に姿を消したのって……」


シーガ主任が息を飲む。彼女はネル家に関係した教職員が一斉に免職された内情を知らなかったのだ。

彼女だけでは無い。学校長もこの件についてはその後の処分について全く話を聞いていなかったし、タレンすらもマルクスが軍務省側に示した条件は知っていたが、その結果を「とてもじゃないが恐ろし過ぎて」この首席生徒に尋ねる事はしなかったのだ。


「ご安心下さい。士官学校教職員は4人しか処分の対象になっておりません。尤も……常駐憲兵士官は2人が処分されておりますが」


首席生徒は顔色一つ変えずに淡々と事後報告をして、この場に居合わせた士官学校関係者を唖然とさせた。


「何故君がそんな事まで知っているのだ……?」


学校長のご下問に対しては


「まぁ、閣下。不届き者が校内から一掃されたのです。今更気になされても仕方ありますまい」


相変わらず無感情に答えたマルクスは


「そのような事よりも、皆様が目指される『改革』を進める具体的な方法について話し合うべきでは?」


結局、「あの騒動」の処分についての説明は曖昧なままで終わってしまった。


****


「最近、校長閣下とマーズ主任教官が集まっているという報告を聞きませんね」


 教頭室に呼び出されたバーギッシュ教官はアガサ教頭に職員室内の監視について、報告を求められていた。


「はい。私の見る限り……マーズ主任教官殿と校長閣下が何か示し合わせて行動しているというような様子は見られません。お二人が同時に職員室を空けるという事は勤務時間中も見受けられませんし、退勤時も真っ直ぐに門を出られているようです。

お二方はご帰宅の方向が逆方向のようですので……帰宅中にどこかで会っているという可能性も考えにくいかと……」


「なるほど。しかし……君の予測はちょっと甘いかもしれませんね」


 アガサ教頭の指摘にバーギッシュ教官は驚いて


「え……な、何が……でしょうか」


「校内で会っている様子が無いと言うのであれば、当然校外で会っていると言う事です。門を出て逆方向に歩いて行ったくらいで『会っていない』という根拠にはならないでしょう」


「は……はぁ……」


「つまり、あの二人は……こちらの監視に気付いたという事です。その監視者が君である事を特定している可能性すらあります」


「なっ!?わっ、私はっ……そ、それこそ細心の注意を払いまして……」


「まだそうと決まったわけではありません。しかしこちら側……軍務省側の動きを察知したという可能性は考慮すべきでしょう」


「そ、そうなのですか……」


「まぁ、宜しい。君はそのまま明日からも監視を続けて下さい。例えそれが向こう側に看破されていたとしても、そのまま欺瞞行動にはなります。いいですね?」


「は……はっ!」


 バーギッシュ教官は慌てて室内礼を実施して首を傾げながら教頭室から退出して行った。


(全く……やはり情報の素人に監視をさせても上手く行かないか……。かと言ってアジェク君は上級生の担当だから普段はこの総合職員室には居ない身であるしな……)


「変わった事があった時だけ」報告に来るようにと命じているノビルからも注進が無い。どうやら学校長と学年主任が校内で会談する事を控えているのは本当のようだ。


(仕方無い。この学校の内情にあまり介入して欲しくは無いのだが……)


 アガサ教頭はいつも守っている退勤時間よりも早めに士官学校の門を出た。目指すはケイノクス通りを挟んだ向かい側に建つ軍務省庁舎である。


教頭は庁舎1階の受付で


「士官学校教頭であるアガサ大佐です。情報部情報課のナラ課長に面会したい。本人の意向を聞いて来て頂けますか?」


「ではお待ち下さい」


受付から伝令が階段を降りて行く。情報部は地下1階に部屋があるのだ。暫く待っていると、先程の伝令が戻って来て


「お会いになるそうです。こちらへどうぞ」


 伝令はアガサ教頭を促して再度同じように、彼の先に発って階段を降りて行く。そもそもアガサ教頭はこれから訪れる相手の前任者であるのだから、この庁舎の構造も勝手知ったるようなものなのだが、今は局外者であるので黙って先を歩く伝令に着いて行く。


やがて彼が30年以上も勤めていた情報部の部屋に行き着く。扉の前で伝令は


「失礼致しますっ!情報課長殿にお客様をご案内致しますっ!」


と、ハキハキと申告して部屋の中に入って行った。


 情報部は文字通り……軍関連の機密情報を取り扱う部署であるので、その無断持ち出しを防ぐ為に部屋には出口が1ヵ所しか無い。


所属する職員は、上から下まで全てこの扉から出入りしなければならないのだ。そして管理職の部屋もこの部室の中に入口が設けられており、彼等上級官僚と言えど例外無くこの扉から外部へ出入りを強いられる。


上級官僚と言っても、私室が与えられている者はこの情報部内には3人しか居らず、情報部長、情報部次長、そして情報課長の3人だけであった。


 伝令は情報課長の部屋の前までアガサ教頭を案内する。途中、彼の元部下の机が並んでいる為、その机の主が前課長に気付いて会釈をしてくる。

教頭はそれらの者達に軽く右手を挙げて応えながら情報課の奥にある課長の部屋に向かった。


扉をノックして「士官学校教頭殿をお連れしましたっ!」と伝令が申告すると、扉が中から開けられ、部屋の主がその隙間から顔を出し


「大佐。どうぞお入りください」


と課長自らが扉まで出迎えて教頭を部屋の中に誘った。


「ご苦労だったな。ありがとう」


 教頭は敬礼をする伝令を一言労ってから部屋の中に入り「どうぞお座り下さい」と言う情報課長の勧めに従ってソファーに腰を下ろした。課長もその向かいのソファーに腰を下ろし


「お久しぶりでございます。ご無沙汰しておりました」


と、頭を下げた。アガサ教頭は嘗て自分が10年に渡って使用していた部屋で今回は客として応接ソファーに腰を下ろしている事に奇異な感覚を覚えながら


「いやいや。こちらこそ。突然済まない。どうしても君に相談したい事があるのだ」


「大佐殿が、私にでございますか?」


「うむ。実はな……今、私が勤めている士官学校の中で『おかしな事』が起こっていてな」


「は……?士官学校の中……内部でという事でしょうか?」


「そういう事だ。君は何か聞き及んではいないか?」


「士官学校で……でございますか?……あっ!あの……師団長……第四でしたか?西部方面軍の師団長閣下の件ですか?確か……ご令嬢が校内暴力で検挙されたとか……」


「いや……まぁ、それもあったが……」


アガサ教頭は苦笑しながら


「その件については既に被害者との間で和解が成立していて、ご令嬢は既に復学している。そうでは無く、教育部の方での話なのだが……」


「ん?教育部……?でございますか?確かに……士官学校であれば教育部とは何かと関わり合いがあるでしょうが……私には何も報告は上がって来ておりませんな」


「そうか。では私から簡単に説明する。済まんが聞いてくれ」


 そう言うと、教頭は目の前の嘗ての部下であるイゴル・ナラ情報課長に白兵戦技授業を巡るこれまでに起こった士官学校内での経緯を説明した。

ナラ課長は、前第四艦隊司令官であり海軍大将たる学校長がこの件で動き回っている事に衝撃を受け、教頭の説明が終わる頃には言葉を失っていた。


「いいかね。これは他言無用に願おう。教育部長殿も関わられているからな」


「あっ……は、はい……」


「大丈夫か?私からの頼みと言うのはな……このタレン・マーズという主任教官とロデール・エイチ学校長閣下の校外における行動を調べて欲しいのだ。

そう……それと……マルクス・ヘンリッシュ。この一回生生徒の動向もだ」


「マーズ主任教官というのは……ヴァルフェリウス公爵閣下の御曹司では?」


情報課長はやはりエイチ校長よりも、そちらの方が気になったようだ。


「そうだ。姓は変わっているが、彼はヴァルフェリウス司令官の次男だ」


「そ、そのような御方を……大丈夫なのでしょうか」


「確かにリスクのある相手だが、この場合は仕方無かろう。教育部長殿もそうだが、この件はエルダイス次官殿にも関係している。このような授業改革など、実現させるわけにはいかんのだ」


「たっ、確かに……次官殿にも関わり合いがありますな……」


 ナラ課長は困惑しながらも、軍務次官の名を出されて表情を引き締めた。エルダイス次官はナラ課長にとっても昔の上司だ。

そして彼はアガサ教頭が士官学校に異動した後に順送りで後任の情報課長に昇進する前は情報課隷下の捜査1係という情報捜査部署の係長を務めていた。


情報課を構成する「調べる係」と「分析する係」の内、彼は「調べる係」の長として捜査員を指揮していた。

アガサ教頭は、そんな彼の調査人員を「改革派」を構成していると思われる3人の校外行動の調査に投入して欲しいと依頼しに来たのだ。


「しょ、承知しました。その3人……生徒もですね?」


「そうだ。元はと言えば、その生徒……まぁ、一回生の首席なのだがな。その生徒が白兵戦技の授業内容を批判し始めたのが、今回の騒動の切っ掛けなのだ。

この者は特に得体の知れない気味悪さを持つ。十分に注意しながら調べてくれ」


「得体の知れない……?」


「まぁ、気にするな。少々知恵が回るだけで、所詮はまだ15歳のヒヨっ子だ。だが、油断しないようにな」


どこかで聞いたような首席生徒への評価を下した教頭はソファーから立ち上がり


「では頼む。あぁ、調査の内容は教育部長殿と共有しても構わん。但しこちらの動きを相手側に知られるのも宜しくないな。私に報告がある場合はノビル上等兵という学校職員に繋いでくれ。あの男なら雑務と称して私の部屋に出入りしても怪しまれまい」


「承知しました。ノビルでございますね?」


「ではな……」


 アガサ教頭はこれで手は尽したとばかりに、ナラ課長の見送りを断ってさっさと帰って行ってしまった。軍務省に寄ったばかりに退勤時間を却ってオーバーしてしまっていたのだ。

軍務省勤務時代から帰宅時間には異常とも言える拘りを持つ彼は足早に家族の待つ自宅に向かうのであった。


 このアガサ教頭の打った余計な「一手」がやがて軍務卿をも巻き込む大騒動に発展する事になるとは、教頭本人にも知りようも無い事であった……。

【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ


ルゥテウス・ランド(マルクス・ヘンリッシュ)

主人公。15歳。黒き賢者の血脈を完全発現させた賢者。

戦時難民の国「トーンズ」の発展に力を尽くすことになる。

難民幹部からは《店主》と呼ばれ、シニョルには《青の子》とも呼ばれる。

王立士官学校入学に際し変名を使う。1年1組所属で一回生首席。


タレン・マーズ

35歳。王立士官学校三回生主任教官。陸軍大佐。

ヴァルフェリウス家の次男。母はエルダ。士官学校卒業後、マーズ子爵家の一人娘と結婚して子爵家に婿入りし、家督を相続して子爵となる。

主人公によって「本来の白兵戦技」を知り、白兵戦技授業の改革に乗り出す。


ロデール・エイチ

61歳。前第四艦隊司令官。海軍大将。第534代王立士官学校長。勲爵士。

剛毅な性格として有名。タレンの戦技授業改革に賛同して協力者となる。


イメル・シーガ

31歳。陸軍中尉。王立士官学校一回生主任教官。担当科目は白兵戦技で専門は短剣術と格闘技。既婚。

猛獣のような目と短く刈り込まれた黒髪が特徴の、厳つい体格を持つ女性教官。

タレンが三回生主任教官へ昇格したのに伴い、後任の一回生主任教官に就任。タレンを軍人として尊敬しており、彼の進める戦技授業改革に賛同して協力者となる。


ハイネル・アガサ

55歳。陸軍大佐。王立士官学校教頭。前職は軍務省情報局情報課長。

軍務官僚出身であるせいか、非常に保守的な「事勿れ主義」の発言が目立つ。

タレンの白兵戦技授業改革に反対の意を示し改革派の監視に乗り出す。


オレスト・バーギッシュ

31歳。陸軍中尉。王立士官学校一回生教官。担当は諸法科。

アガサ教頭によって職員室内の監視を命じられ、タレンとエイチ学校長の動きを逐一教頭に報告している。


シモン・ユーリカー

49歳。陸軍中佐。軍務省人事局教育部教育課長。

デヴォン教育部長の命を受けてアガサ教頭に戦技改革推進への加担についての確認で士官学校を訪れる。


イゴル・ナラ

51歳。軍務省情報局情報部情報課長。陸軍中佐。

アガサ教頭の後任を勤める軍務官僚。前職は情報課隷下にある捜査1係長。

元上司であるアガサ教頭からの依頼で改革派メンバーの校外での動静を調査する。


エイデル・フレッチャー

69歳。元王国陸軍第一師団長。退役陸軍中将。勲爵士。

タレンが新任仕官当時の第一師団長。現役時代は一旦士官学校教官へと転属になったタレンを再度呼び戻した。

現在は退役後に罹患した胃の悪性腫瘍治療の影響で王都の屋敷にて寝たきりになっている。戦技授業改革派が士官学校内で監視を受けるようになった為、自らの屋敷の一室を会合の場に提供する。


マイネル・エッセル

72歳。元北部方面軍司令官。退役陸軍大将。子爵。

タレンが新任仕官当時の北部方面軍司令官。匪賊討伐一筋の人生だった為に老いて尚血気盛ん。退役後は一人息子に家督を譲って王都で楽隠居暮らしをしていたが、退役軍人会の繋がりでフレッチャー師団長に誘われて、タレンらに協力する。

家督を譲った嫡男ニクルは宮内省侍従局長で2代に渡る国王の側近を勤めている。

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