元凶
次回で会話パートが終わりそうです。執筆前に立てたプロットのピースがようやく揃ってきました。
【作中の表記につきまして】
物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。
・距離や長さの表現はメートル法
・重量はキログラム法
また、時間の長さも現実世界のものとしております。
・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日
但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日弱という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。
・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年
・4年に1回、閏年として12月31日を導入
・「曜日」という概念は存在しておりません。
以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくおねがいします。
気が付くと、ユーキさんがサムさんと店から去ってかなりの時間が経っていた。
恐らく時刻は間もなく日付が変わって10月5日の午前0時を回る頃だと思う。
リューンから話を聞くのに夢中になっていた為に時間の経過を全く感じていなかった。
それだけ俺にとっては密度の濃い内容だった。
魔法と魔導と魔術の違い。そしてその成り立ち。その舞台となった10000年以上も昔の時代。超古代文明。その滅亡と魔物の誕生。
何と言っても一番衝撃を受けたのは、魔導や魔術の誕生に大きく関わり文明すらも築き上げた賢者の血脈。
そして自分はその末裔に連なる者で3000年ぶりに出現した完全なる賢者の血脈の発現者なのだそうだ。
更に言うならば母は俺を産んだ時に亡くなったと言う事。美しかったと言う祖母はそのように呼ばれるような年齢ではない若さで亡くなっていた事……。
俺の頭の中に霧が覆っていた間……いや、違うな。これは俺の産まれる前の話。そして俺の産まれた時の話。
恐らく頭の中に霧が覆っていた頃の俺は、そんな事も知らず、考えず祖父と近所の者に愛されて、案外幸せに暮らしていたのかもしれないな。
小難しい事も、悲しい事実も知らずに……。
俺はこれまでの話の中で自分なりに確信した事をリューンに聞いてみる事にした。
(リューン。一つだけ聞きたい)
『なんだ?封印に係わる事以外で私の知る事であるならば、許される限り答える事は出来ると思うぞ』
(ならば聞く。お前は俺が賢者の血脈の発現者だと言った。そして事実今の俺は封印の影響で中途半端ではあるが、通常では考えられないような知性を持ってるし、右目にも恐ろしげな黒い瞳がある)
『まぁ、お前にとっては不気味なのかもしれないが私にとっては約700年ぶりに目にする賢者の黒だな。お前の前代の発現者は700年前に賢者の知だけを持つ不完全発現者だったからな』
またしても軽く新情報を提供されて俺は驚いた。俺の前の発現者は700年も昔の人物なのか。
(まぁ、それならばその700年前の先祖でもいい。その人物の後に血脈は受け継がれて、今の俺に伝わってるわけだよな?)
『そう言う事になるな』
(……)
(……)
(俺自身は賢者の血脈を父親から受け継いだんだな?)
リューンは沈黙した。
(おいどうした。何とか言えよ。これも封印の制約に抵触する話なのか?)
『いや……封印は関係無い。そしてお前の言う通り、お前に血脈を伝えたのは父親だ』
(つまりお前は……少なくとも6年前までは管理者として父親を《見護る》対象にしていたんだな?
そして父親によって母が俺を身籠った瞬間に、本来ならば血脈の関係者ではない母に保護の対象が移ったと。お前はまだ父親の見護りを続けているのか?)
『いや、お前の父親はもう私にとっては《用無し》だ』
(どう言う事だ?)
『お前の母が身籠った段階で、お前の父親からお前に血脈が継承されたからだ。私は別にお前の父親の家には興味が無い。私が管理者として管理するのはあくまでも賢者の血脈だ』
『お前の母が身籠った時点で、お前の父親は《血脈の継承者》としての役割を終えたのだ。その後の私の役割は、お前の母親に「元気な赤ちゃん」を産んで貰う為に見護る事。そして産まれた《赤子》を今度はまた次代に血脈を継承させるまで見護る』
『つまり、お前の母親すらお前が誕生した瞬間に私の見護り対象から外れるわけだ』
『更に言及するならば今度はお前がどこかの女を孕ませる事になれば、私とお前との付き合いも終わると言う事だ。私の見護り対象はその時点でその孕んだ女に移るからな』
うーん。なんだかエラくシビアな話を聞かされたな……。
(もう一つ気になってる事を聞いていいか?)
『何だ?』
(俺の母親は俺を産んだ直後に亡くなったんだろう?)
『そうだな』
(母は……血脈の継承者を産んだから亡くなったのか?)
『どう言う事だ?』
(つまり……賢者の血脈を持つ者で発現者だろうがそうじゃなかろうが母親は出産時に命を落とす……つまり俺を産む事が確定した時点で母は死ぬ運命だったのかと言う事だ。母は……俺が殺したのか…?)
『違う。そうではない。アリシア・ランドの死とお前の出産にそのような因果関係は無い。血脈関係者を産んだ後も長寿を保った者はいくらでもいる』
(本当だな?母は俺と言う発現者を産んだから命を落としたと言うわけじゃないんだな?
普通に起き得る出産時のトラブルに類するもので亡くなったんだな?)
『お前は重要な見落としをしている。私だってショテルだって女なんだぞ?つまり血脈の継承者を産んだ経験者なんだ。
私もショテルも子を産んだ後も発現者として活動し続けたぞ?』
俺はリューンが女性だったと言う事実を思い出し、再び眩暈を覚えたが、辛うじて絶句するに留めた。
『我ら発現者が特殊だと言うなら、普通の人間を代表して、この国の《国母》と呼ばれた《ユミナ》は94歳と言う長寿を保った。
彼女は血脈継承者を産み継いで尚70年以上生き続けたぞ』
(ユミナ……?誰だそれ。国母だと?エラい人か?)
『うーん。お前の知識はどうも歪過ぎるな。それだけの明晰な知性があるのに《国母》を知らないのか。
そういえばお前は私の名前はともかくショテルもヴェサリオの事も知らなかったな。一体どう言う知識量の傾向なんだ』
『封印の一部が解けてからお前とずっと会話をしているが、知性のレベルと知識の量に全く均衡が取れてないように感じるぞ』
(うーん。そう言われてもな。知らない名前を言われても困る。俺にとって「名前を知らない」と言う点で、今お前が挙げた人物の名前もお向かいのマーサさんの息子も同じにしか思えんぞ)
『お前はある意味凄いな。私が挙げた人物は一応この世界では《偉人》とされていて演劇や詩の題材にもなってる連中だけどな。この分だと多分父親の名前を告げてもお前は分からないだろうな』
(おお。そうだ。父親の名前だけでも教えてくれよ。「クズな奴」らしいと言う事くらいしか知らんぞ。今のところは)
(そういえばヴェサリオと言う名はさっきリューンから初めて名前を聞かされる前からは知っていたかもしれない……但し何をした人なのかは分からないけど。名前だけは何となく頭に入ってる)
『まぁ、まずはお前の父親の名を告げておく。お前の父親の名前は《ジヨーム・ヴァルフェリウス》だ。この名前に聞き覚えは?』
(いや、無いな……。俺が知っている可能性がある名前なのか?)
『まぁ……この町の住民で彼の名を知らない者は殆ど居ないだろうな。それこそお前くらいの年齢の子供とかなら話は別だが』
俺の父親は町でも有名人なのか?どう言う意味で有名なのか。町の鼻つまみ者とか?
(えっと、どこに住んでるの?この町の人?)
『いや……ジヨーム・ヴァルフェリウスはヴァルフェリウス公爵家の現当主でこの町を含むヴァルフェリウス公爵領の主だ。
だからこの町の人間にとっては《ご領主様》と言う事になるな』
……。
……。
……え?
(今……ご領主様って言った?……俺の父親が?)
『そうだな。現代と言うか第三紀、つまり王国歴において賢者の血脈はヴァルフェリウス公爵家に代々継承されている。つまりお前の父、ジヨームは血脈保有者としてお前の先代となる。
お前はジヨームから母アリシアを介して血脈を引き継いで更に発現した事になるな』
(いやいや……お前また淡々と凄い話をぶっ込んできたよね……そのヴァル……なんだっけ?公爵家ってのはエラいんだろ?)
『一応言っておくが、私自身の社会通念が必ずしも現代人と一致するとは限らんが、ヴァルフェリウス公爵家はこのレインズ王国において唯一世襲を認められた公爵家。つまり国内全ての王族以外の家臣貴族家の中では最高位に位置する家だな。むしろ世襲が認められている分、王族以上に格が高いかもしれない』
『恐らく私が今まで語ってきた全ての人物の中で、現代社会においては神話や伝説等を除いて最も知名度が高い人物かもしれないな』
(え……そんなエラい人なのにクズなの?と言うかユーキさんはブチ切れそうになるくらい嫌ってたぞ?悪政を布いているとか?)
『どうする?もしお前の知識の中に、この国の建国過程に対する知識が欠如しているなら、私が知ってる限りで説明出来るぞ。何しろ血脈関係者が代々王国の頂点付近に居るからな。
恐らくそれを知れば、今回のお前の家の悲劇も何となく理解出来ると思うが』
(まだ朝まで時間はかなりあるな……じゃ聞かせてもらおうか。何とか朝までに元凶を割出して報復手段を講じたい)
『お前はそう言うがな。以前にも説明した通り、私が把握していてお前に説明出来るのは母親が身籠った瞬間以降だ。
その前であるなら父親の事情はわかるが母親の懐妊以降の動向はそれ程詳細に把握していない。あくまでも風聞としてのヴァルフェリウス公爵の姿だな』
(そこのところが痛し痒しな役目だな管理者ってのは。じゃ父親の悪事や悪名なんかは知ってるのか?)
『いや、私の認識ではそもそもジヨームは領主としてはそれ程悪い人間ではない。せいぜい無能で小心者の野心家だ』
『とりあえずは王国の歴史を話すぞ。今までの歴史以上に血脈関係者が絡んでくるからな』
(うん……頼むよ)
『話は第二紀に戻る。ショテルがこの世を去った後、賢者の血脈はしばらく停滞する。ショテル自身は血脈継承者である娘を魔術師に育てたが、次の代には早くもその素質は途絶えた』
(おぉ。娘さんは魔術を使えたのか。それでも発現者程では無かったって事だね)
『そうだな。いくら血脈を継承しているとは言え、発現していなければ「普通の人」なんだ。稀にマルクスみたいな傑物は出て来るがそれは血脈関係者以外も同じだしな』
『先程も話したがショテル以後約7800年間は賢者の武を発現した者が三人出て、そのたびに今でも物語や詩などに出て来る程度の活躍を魔物相手にするのだが、社会全体を前進させる事が出来ず、人類は魔物に対して魔術を頼りに防戦一方となる状況が続いた』
(人類の苦難は魔術の登場くらいじゃ覆せなかったのか)
『そうだな。やはり賢者の知が出てこなかったのが原因だと思うぞ』
『やがて気の遠くなるような時が流れ、今から3070年前にようやく救世主が現われる。それがヴェサリオだ』
(おお。完全発現者の人なんでしょ?)
『そうだ。ヴェサリオはショテルの能力を引き継いだ非常に力の強い完全発現者だ』
『魔法世界だけで知名度抜群のショテルや私と違い、ヴェサリオは現代社会全体において「伝説の英雄」として「一般世界で知られる歴代の血脈者」の中では圧倒的な知名度を持っている。現代を含む後世において《黒き福音》と呼ばれている人物だ』
(おぉ。なんかすげぇ人だな。俺の知識の片隅に名前が残ってるだけの事はある。多分俺が血脈関係者の中で唯一名前だけでも知っていた人物だぞ)
『ヴェサリオは今から3070年前にここからずっと南東にある別の大陸で産まれた。血脈継承者であった娼婦の母親が農民の倅であった父親から種を貰ってヴェサリオを産んだこの事実は公式記録には残っていない。
あくまでも私の《管理者》としての記憶に残るものだし、お前の封印が解ければ恐らくお前自身もこの事実を知る事になる』
(そうなんだ……血脈継承者も様々に変転してたんだな)
『基本的に私は発現者でなければ、お前とこうしているような接触を血脈保持者には行わない。必要に応じて危難を回避する為に啓示のようなものを与えて誘導するくらいだ』
(じゃ、俺の父親に対してもそう言う姿勢だったの?)
『そうだな。お前の父親とは一度も接触する事は無かったな。まず発現もしていない者に対しては、血脈が断絶されるような事態に自ら突っ込んでいかない限り、私は啓示すら行わない。
大半の血脈継承者は私の存在など知らず、自分が血脈を保有していると言う自覚すら無いままに次代に引き継いでいる」
(なるほどな。どうしてユーキさんに嫌われるようなクズになったのかな……?)
『まぁ、クズと決めつけるのは早いと思うが……ヴェサリオは産まれてすぐに、母親に捨てられてしまうんだ。板に乗せられて川に流された』
(え?そうなの?母親もとんでもないな……リューンは止めなかったの?)
『母親から産まれた時点で私の守護対象はヴェサリオに変更となるからな。母親の行動やその後の運命には干渉出来ない。むしろ私は川に流されたヴェサリオに寄り添う事になる』
(難儀な能力だなぁ。もうちょっと柔軟に対処出来ないのかよ)
『これは仕方ないのだ。それが超越者との契約だからな。まぁ、但しヴェサリオはもう産まれた瞬間から血脈が発現しているから「普通の捨てられた赤子」とは一線を画す存在になっている』
『まぁ、結果としてその発現がお前のように賢者の黒を気味悪がった母親にして川に流すと言う愚挙を引き起こさせたのだがな』
(そりゃ産まれた子供の髪と両目が有り得ないような黒だったら恐ろしくて捨てたくなるかもな)
『更に言うと、当時の社会は先程も説明したショテルを嫉んだ救世主教が広めた「黒は悪魔の色」と言う《教え》で黒に対する忌避感で満ち溢れていた時代だからヴェサリオの立場は余計に悪かったようだな。これは運が悪かったとしか言いようが無い』
(いや、悪いのは運じゃなくて教会でしょ)
『とにかく、川に流されたヴェサリオは私の助言を聞き入れて髪と瞳の色を偽装する魔導を使って自らの姿を変え、皮肉な事に教会関係者に拾われたのだ』
(そりゃキツい皮肉だな……)
『ヴェサリオはそのまま12歳まで育てられた。ヴェサリオと言う名前も保護者が命名したものだ。結局保護者の死をきっかけに彼はその生涯に渡る長い旅に出たのだ』
『予め言っておくが、ヴェサリオは結果として第二紀の動乱を終わらせてレインズ王国の建国に貢献したが、それはあくまでも「成り行き」での行動結果であって、彼の長い放浪の中でたまたま《大王》アリストスと出会っただけの事だ』
(何だそりゃ……)
『ヴェサリオは友人として大陸制覇に燃えるアリストスを輔け、最終的には北サラドス大陸全域で魔物を一掃して8000年ぶりに文明国家を建国させた。レインズ王国の成立だ』
『元々はこの北サラドス大陸の南部にあった《レイドス》と言う名前の部族集落を束ねる一族出身だったユミナと言う娘と恋に落ちたのがきっかけだったようだな』
(え?友人のアリストスさんを輔たんでしょ?)
『うむ。最初はユミナと出会ったのだ。その後の成り行きで彼女の兄であったアリストスを輔る事になったと言うのが実情だな』
(そうなのかよ……)
『ユミナと出会ってから半年後にアリストスの旗揚げ、その後大陸の魔物を一掃して建国までたったの5年だ。
これをヴェサリオが中心となって成し遂げる。結局、建国後にヴェサリオは不思議な事に忽然と姿を消す』
『恐らくは放浪生活に戻ったんだろうな。名利栄華を求めずに飄然と旅立った彼の事を後世の人々は《黒き福音》と呼んでその英雄譚は現在でも多くの人々に謳われ続けている。
人類はヴェサリオと言う福音を得て文明の復興を果たしたのだ』
(その後のヴェサリオさんは、どうなったの?)
『分からんよ。私はその時すでにヴェサリオの子を体内に宿していたユミナを見護っていたからな。
彼がなぜレインズ王国を去ったのかは分からない。彼は私にも告げずに国から去った』
『別にユミナと不和になったわけでもないし、私がユミナの近くに居て観察してた際にも王との友情は壊れていなかったように見えた』
『私は既に管理者として発現者の力を失っているから私から彼を《血脈の感知》で詳細に感じる事も出来なかった』
『なので彼が私の目の届かない遠い場所に旅立たれたらもうお手上げだ。吟遊詩人の話では他の大陸で魔物狩りを続けたとあるな』
『つまりヴェサリオの場合に関しては孫に看取られて逝ったショテルの時のように私は最期を見届けて無いのだよ』
なるほどなぁ。……あれ?何だ?また新しい単語が出てきたぞ?血脈の感知だと?
(何それ?感じるってどう言う事?)
『血脈の保有者同士は血脈の感知と言う能力によってお互いの存在を感じる事が出来るのだ』
『つまり何となく「ああ、この者は血脈保有者だな」程度にな。これは発現の有無は関係無く全ての血脈保有者が無意識に持つ能力で、発現しない者でも「血脈を継承させる能力」と「血脈を感知する能力」は本人の自覚無く持っているはずだな。
私も一応はまだ普通の血脈保有者並みにはこの能力を持っている』
『これが発現者になると感知によって相手の位置まで特定出来る。ショテルが月を撃った時に私をゲートのマーカーとして使えたのはこの能力によるものだ』
(え?と言う事は俺にもその能力があるって事?)
『本来ならばお前は持ってるはずだし、発現者として現存する血脈保有者である父親の存在を感知出来るはずだ。
逆に父親も能力を持っているからお前が彼の近くに行けばお前の存在を感じ取られるはずだ。
いや、彼はこれが血脈の探知だとは気づかないから、お前の接近を特別な違和感程度に感じるだけかもしれない』
(いや、俺には分からんよ。しかもリューンの存在すら感じる事が出来ないけど?お前の存在を認識出来るのは、今のところお前が文字を送ってくる事だけだな。
お前が文字を送ってこないと、多分俺はお前の存在に気付かない)
『恐らく封印が原因だろうな。それと私はショテルの時とは違って今は実体化してないから感知の対象外になってるかもしれない』
(うーん。封印が悉く立ちはだかるなぁ)
『話を続けると、ユミナはヴェサリオの子を身籠っていて彼が去った後に男子を産んだ』
『兄であるアリストス大王はヴェサリオの功績に報いる為に、そのフェリクスと命名された男子を王国史上最初の貴族家に封じた。
男子は赤子ながらヴァルフェリウス公爵家の初代当主となって賢者の血脈は代々公爵家が継承する事になる』
『通常、この国の《公爵》とは王位継承権を放棄した傍流王族だけが一代限りで叙爵されるものなのだが、ヴァルフェリウス家だけは建国の功績によって公爵位の世襲が認められているのだ』
『ヴァルフェリウス家の公爵位代々の世襲を許す事については大王の《建国宣言法》の4番目に明記されていて以後3038年の今日まで107代続いているな』
『更に言うと公爵家は通常、領地を持たない、持てないのだがヴァルフェリウス家だけは辺境守護の為に広大な北方の領地を所有している。
つまり我々が居るこのダイレムもヴァルフェリウス公爵領の南西に位置する港町だ』
(そうなのか……そう言うの全然知らなかったよ。俺の知識力はどうなっているんだ)
『通常は公爵位に次ぐ臣下の筆頭と言われる《侯爵》ですら原則世襲が認められず領地も与えられない。
通常の領地を持つ貴族の最高位は他国との国境に防壁代わりの領地を持つ《伯爵》、通称《辺境伯》だから、領地を持ちつつ公爵位まで世襲出来るヴァルフェリウス家がいかに王国の中で突出した存在なのか解るだろう?』
『なぜこれだけ優遇されてるのかと言うと、理由は簡単だ。建国の功績でもあるし、血脈の発現によってしばしば桁違いの人材が輩出されるからだ。
王国3000年間で不完全と言えども発現者が五人も出ているんだ。それは人々だって「これは偶然だ」とは思えないだろうな』
(なるほど。見た目にも特徴的だし一族の血統として見られてるわけか)
『それに黒き福音ヴェサリオの活躍が「黒は悪魔の色」と言う長年に渡る教えを木っ端微塵に打ち砕いたからな。
王国の歴史の中に時折現われては常軌を逸する活躍をする《黒い公爵さま》は王国においては至高の血統になるさ。
お前も思ったであろうが、賢者の黒は普段見慣れぬ者にとって記憶に鮮烈な印象を残す』
『おかげで救世主教は教団開基以来自称5000年唱えてきた「黒は悪魔の色」と言う教えを異端指定して排除しなければ自分達が社会から迫害されてしまうところまで追い詰められて一時期宗山が滅びそうになった』
(あれ?今ではアイツらまた幅を利かせているよね)
『まぁ建国から3000年だからな。必死で頑張ったのだよ。今でも基本的にはヴァルフェリウス公爵家に対して遜った態度を崩さないはず』
『逆に建国以来、ヴァルフェリウス公爵家と非常に友好的に付き合ってきたのは本来は国家間や政治に対して局外中立であるはずの魔法ギルドだな』
(へぇ。やっぱりショテルさんの影響?)
『まぁ、私も多少は貢献しているがな。魔法ギルドでは上層部の魔導師達の間で賢者の血脈が認識されている』
(あっ、そうなの?じゃ、リューンやショテルやヴェサリオも血脈で繋がっている事は認識してるのね?)
『そうだな。以前にも話したが王都には建国早々に本部が設置されて世界中に散っていたショテル系の魔術師が集まって運営を続けている。
本部の建物の正面入口を挟んで私とショテルの像が置かれているな』
『公爵家側も魔法ギルドの好意は無下にせず、歴代当主の中で賢者の知の発現者が出た際にギルドの発展に尽力している。
つまりレインズ王国とは切り離す形で公爵家とギルドが付き合っているような形が3000年続いているわけだ』
『先程話に出た700年前に賢者の知が発現した71代目の当主であるレアン・ヴァルフェリウスは公爵家の当主よりもギルドの総帥として自らも11人の魔術師を育成したな』
(へぇぇ!凄いね!)
『但し、ヴァルフェリウス公爵家は公爵位が世襲されている代わりに大きな制約が設けられている』
(え?どう言う事?)
『ヴァルフェリウス公爵家出身の者が王室と婚姻を結んでも王位継承権は与えられない』
(え?なんで?)
『解るだろう?ただでさえ世襲公爵家として力が強大過ぎるのだ。王国内において』
(あぁ、そう言う事か。簒奪になる恐れがあるって事か)
『そう言う事だ。しかし結局はそんな制約を設けるだけ無駄なんだがな』
(え?どうして)
『賢者の血脈を代々伝えるヴァルフェリウス公爵家は、血脈保持者は基本的に一世代に一人しか生まれない。つまり当主は代々、世継ぎを一人しか出せない血統なのだ。
もうこれは超古代文明から変わらない血脈保持者としての特徴だ』
(あ、そう言う事か。その為にリューンが管理者として存在しているわけだしね)
「但し、例外が時折起こる」
(え?血脈保持者が二人出るって事?)
『違う。そしてこれが今回のお前の家族の悲劇の元凶だ』
(なんだって!?)
『実はまさに今の当主の代で起こっている事が原因だ。お前にはこの話を聞いて判断して欲しい。母の想いも含めてだ』
(なっ……。何だかまだよく解らないけど聞かせてくれ……)
『先程も説明したが、賢者の血脈と言うのはその性質上、血脈候補者と言うか保持者は一世代に一人しか現れない。
つまり、お前もそうだが、子は一人しか儲けられないのだ』
『私もそうだし、ショテルもそうだった。お前が尊敬するマルクスもだ。そしてヴェサリオもそうだっただろう。彼の放浪の後半生には恐らく子は産まれていないはずだ』
『しかし、さっき言ったように例外が起きる事がある』
(だからその例外ってのは何なのよ?)
『例外と言ってるが、これは血脈に関しての事ではない。ヴァルフェリウス家の子女についてだ』
『いくら側室を増やそうが実子は一人。実子には例外は無い』
『例外の一つ目は「養子」だ』
(あっ。そうか)
『よくあるケースが配偶者の実家から近親者を養子とする事だ』
『この例外のケースに発展する原因は押しなべて当代の血脈保持者である公爵家当主の血脈に対する「無知」だ』
『血脈の存在に対する認識が甘い為に次の継承者を自分で作らないうちに外部から唆されたり、思い込んだりして養子を迎えてしまう』
『そう言う無能な当主には最終的に私が強く働きかける。手段はまちまちだ。頻繁に啓示を与えたり夢に入り込んだり、あらゆる手段を講じて血脈を継承させる。
歴史的にこう言う原因で何度か断絶の憂き目には遭っている。何しろ33000年だからな』
(うへぇ……そうなんだ……大変だね)
『実子が産まれれば大抵は騒ぎが収まる。養子で入った者は解消されるか他家に婚姻で出される。
過去にこのケースで王室と7回婚姻を結んでいるが、当然ながら賢者の血脈は一滴たりとも王室には入っていない』
(ははは……)
俺は思わず笑ってしまった。笑うしかない。
『そして……もう一つ例外。これが結構深刻だ』
(え……まだあんの?)
『いや、別に最終的には血脈の継承維持において深刻ではない。深刻なのはあくまでもヴァルフェリウス公爵家の血統においてと言う事だ』
『つまり、配偶者の連れ子や配偶者の「背信による不義の子」だ……』
(あっ……!そうか。そう言うパターンもあるのか)
『お前に言ってない事実がある』
(なっ、何?)
『ジヨーム・ヴァルフェリウスには、既に息子が二人居る』
(ん……?)
(……)
(……え!?)
『長男のデントは26歳。公爵家の跡取りだ。そして次男のタレンは25歳。マーズ子爵家の長女を娶って現在絶賛婚家乗っ取り画策中だ』
(ウソでしょ!?)
『いや、事実だ。つまりお前は未認知であるが三男と言う事になる』
(どう言う事!?そいつらの正体は?)
『私はジヨームの見護りをしていた頃に、この二人を何度か至近で観察した事があるが……』
『当然のように血脈の感知には反応しない。つまり血脈保持者ではない』
(え?養子?)
『いや、一応表向きは二人とも「実子」と言う事になっている』
(うわっ……それはつまり……父親の妻が……?)
『そうだ。恐らく妻のエルダの不義の子だ』
(公爵は気付いてないの?)
『気付いていれば嫡男として扱うわけ無いだろう』
(何でリューンは教えてやらんの?啓示とかで教えられるでしょ)
『なぜ私がそんな真似をする必要があるのだ?私の役割は血脈保持者と継承者の維持だ。浮気の相談や処理は管轄外だ』
(おいおい……冷たいな……)
俺はリューンの任務に忠実な姿勢に改めて驚きつつも
(今の状況だと、血脈保持者じゃない者が公爵家を継ぐ事になるけどどうするの?)
『それは、そう言う運命なんだろう。お前自身の行動如何によってはヴァルフェリウス公爵家は賢者の血脈を失うのだろうな』
うーん。バッサリだね。
『とにかく、時系列で説明するとジヨームと正妻エルダの婚礼は今から27年前の王国歴3011年に行われた。当時のジヨームは家督相続前の21歳、エルダは24歳であった』
(奥さんが年上なのね。と言うか若干遅めな気がするね)
『これは私が当時受けた印象だが、エルダはこの結婚に乗り気ではなかったように見えたな』
(え。だってただでさえ遅れてそうな年齢だし、相手は貴族筆頭なんでしょ?願ったり叶ったりな気がするけど?)
『確かに、エルダの実家であるノルト伯爵家は大乗り気であったと思うが、本人はどうだろうな。もしやその頃から別に男が居たのかもしれぬな。将来を誓い合うような関係の』
(うーん。だって24歳でしょ。既に十分に「将来」な年齢だし、そこから更に将来を目指したらちょっと厳しくなるんじゃない?)
『とにかく、本人の気持ちとは別に婚礼は恙なく行われ、翌年には長男のデントが、更にその翌年には次男のタレンが産まれた』
(立て続けに二人か……)
『お前はこの時点で何か気付かないか?』
(まぁ、さっきの話だと血脈的に二人はあり得ないよね)
『そうじゃない。お前は忘れたのか?もしエルダの産んだ子がジヨームの実子ならば、エルダがデントを懐妊した瞬間に私の守護がエルダに移るはずなんだよ』
(あっ!そうか!)
『もうこの時点でエルダは「クロ」なわけだ』
(なるほどねぇ……)
『更に翌年に次男を産むわけだが、二人目が産まれた、いや懐妊した時点でジヨームは不審に思わないといけなかった。
しかし、結局のところ、ジヨームは発現者でもないし血脈保持者としても凡庸だったのだろうな。エルダの疑惑を見逃してしまったのだ』
『更に私に言わせると、ジヨームが気付かなくても血脈に対して造詣が深い魔法ギルドの導師や長老が気付いてジヨームに通報するべきだったのだ。
しかし不幸な事に当時の魔法ギルドは人材が払底してたんだろうな。言葉は悪いが無能揃いだった』
(辛辣だね。リューン自身はどう思ってたの?)
『まぁ、デントの懐妊で私の管理対象が移らなかった時点で呆れたよ。エルダは年上と言う事もあって、婚礼直後から高慢な様子を見せていたからね。
婚礼当時は実家の父親が前財務卿のニーレン・ノルト伯爵だったし、宮廷内での勢いはノルト家の方があったのかもしれぬ』
(なるほど。実家の威勢を嵩に着てたって事か)
『結局、この二人を産んでお家安泰と言う状況になり、以後は側室も入れられず、元々花嫁が年増に片足突っ込んだ年齢だったから、ジヨームもこれ以上の子作りは無用と思ったのかな。二人の同衾は無くなったようだ』
(あぁ、そこまでリューンは流石に立ち入らないのね)
『そうだな。暗殺等の気配を感じれば私も備えるけど、そう言う動きだけは無かったな。ジヨームはエルダに対して全く疑ってなかったようだし』
(うーん……彼は公爵家の当主としてちょっと頼りないのかね)
『貴族の当主としては平凡だけど、ヴァルフェリウス公爵家当主としては間違いなく無能だろうな。ただ、それを責めるのも酷だと思うがな』
『そしてそのまま月日は流れる。二人の不義の子は順調に成人し、それぞれ妻も娶って後継者は万全と思われていたが……』
(いたが……?)
『お前はまた重大な事を忘れてるぞ。公爵家の後継者などどうでもいいが、血脈の後継者が居ないじゃないか』
(あぁ……そうか。ヤバいね)
結局、今俺は発現者としてここに居るのだ。つまり血脈の後継者問題は既に解決している。ここから聞くのは「逆算の話」になるはずだ。
『ジヨームは元々ちょっと無気力なところがあってな。妻が既に枯れた年齢になっているのに女遊びもせず、側室も立てずでそのまま40歳を超えた辺りで私も流石に焦ってきてな。
45歳まで待って状況が変わらなければ啓示を連発してエルダの背信を告発して、改めて子供を作るように仕向けようとしていた』
(おいおい……結構無茶な事考えるね……古の大導師が)
『まぁ、それを言ってくれるなよ。こっちにだって超越者との契約があって、それを33000年続けて来たんだぞ?
ここでこんな無能に断絶されたらこれまでの何百人と言う歴代の血脈関係者に申し訳が立たないではないか』
(なるほど……そう考えると責任重大かなぁ)
『私も相当に焦り出していたその時……ジヨーム42歳の時に状況が一変する』
(おっ!どうしたの?)
『分からないのか?』
(え?何が?)
『全く……コイツは……』
『ジヨームは、ここダイレムでアリシア・ランドを見初めたのだよ』
(……)
……あっ!?
(そう言う事かよっ!)
『王国歴3031年の秋の領地巡回だ。ジヨームは領地経営にはそれなりに熱心でな。広大な領地を自ら春と秋の年に二回、領地をいくつかの地域に分けて、それをローテーションしながら巡回していたのだ』
『巡回には夫婦仲も冷め切っているエルダも毎回必ず同伴させていた。エルダとしても愛情は無くても正妻として存在を誇示する機会だから、むしろ積極的に同行していたようだ』
(……)
『3031年の秋は南西地域でな。このダイレムを中心とした地域だった。私もあの時の事はしっかり覚えている。季節は今よりも遅くて10月27日だった』
『巡回の拠点として今もダイレム市街地の中心にあるガルロ商会の本館が選定された。あの日ジヨーム一行はダイレムに早い時間に到着し、ガルロ商会本館の大きな応接室のような所で休憩中だった』
『そこに接待役のガルロ商会の主がローレンとアリシア父娘を連れて来たのだ。特に何か用事があるわけでなく、挨拶を交わした程度だったのだが……』
(……)
『ジヨームはアリシアの美しさに相当な衝撃を受けていたようだった。父娘はすぐに辞去したのだが、その後はしばらく放心していたようだった。一目で見初めたんだろうな』
『私はな、ルゥテウスよ。お前はどう思うかは別として、本音としては安堵したのだ。もしやこれが継承者不在の突破口になると思ってな』
(……いや、俺は別にその時の公爵に対して何らケチは付けないさ。しかし結果的にそれが家族の不幸に繋がったわけだろ)
『まぁ聞け、ルゥテウス。ジヨームの様子を見てか、同席していたガルロ商会の主が、ジヨームにアリシアの「斡旋」を申し出てきたのだ。もちろんエルダには知られないようにな』
(斡旋?そのガルロ商会とか言う所の主がか?そいつはウチの家族と親しかったのか?)
『いや、そこまでは分からない。但し、その後その商会主はエルダを町の観光へと称して追い払い、正妻不在中にジヨームに《出仕命令書》と言うものを書かせていた』
(《命令書》だと!?つまり権力を使って無理矢理召し出したって事なのか?……ちょっとふざけてないか……?)
『確かにお前にしてみれば不快に思うところもあるだろう。しかしそれまで正妻とその実家に遠慮していた公爵家の当主が中年の域に差し掛かって、初めて女性に対して自身の意思で欲望を抱いたんだ』
『私にそれを止める権利も能力も無いさ。結果としてお前が産まれたのだ。その辺のジヨームの気持ちも理解してやって貰えないだろうか』
『命令書と言う形で召し出したが、ジヨームは純粋にアリシアに惚れていたのだ。事実、アリシアを屋敷に迎えてからのジヨームは正妻に何ら憚る事なく彼女を溺愛していた』
(それは……正妻の嫉妬的に大丈夫だったのか?いや、俺は結局二人の行為の結果としての産物だからな。お前にしてみれば血脈も引き継がれて、自分で言うのもアレだが発現までしたわけだから)
『私はエルダを保護対象としていたわけでもないし、二人の仲は冷め切ってたから、巡回でもしない限りは夫婦としての生活上での接点なんか殆ど無かったわけで、そんな少ない機会での観察では、エルダはやはり当初は不快に思っていたらしいが……』
『これは私の推測だぞ?恐らくエルダ自身は自らの「過去の御乱行」があったから、強く言えなかったのではないか?』
(あぁ、なるほど。自分の後ろ暗さもあってお互いの「下半身のだらし無さ」に言及する事までは出来なかったのか)
『だらし無さって……まぁ、そうなのだけれどもな。しかし事は私の予想外の展開に発展してな』
(え……何?)
『まぁ、私も自分の役目上の事なので記憶に残っているのだが、アリシアが屋敷に来てから半年以上経った3032年の6月22日だった。私の守護対象が突然、ジヨームからアリシアに移ったのだ。つまりアリシアがお前を懐妊したのだ』
(あぁ……そう言う事か……いや、なんか自分のそう言う話ってなんかアレだな……)
『ここまでは予想出来ていたとは言え私は嬉しかったぞ。ルゥテウス。何しろ、心配していた血脈継承者、しかも私が見た感触では発現者が生まれるわけだからな。
私がアリシアに守護対象が変更になる時の感覚が……3000年前のヴェサリオの時に非常に似てたのだ」
「私はアリシアの立場が立場だけに注意深く見護る事にした』
『アリシアの懐妊が発覚するまで、相変わらずジヨームの寵愛は続き、エルダは余計に面白く無かっただろうな』
『自分の半分の歳にも満たない小娘によもや妻としての地位から弾き出されたような気持になったかもしれない』
(おいおい……それって……)
『そしてついに運命の9月10日が来た。3032年のその日、ついにヴァルフェリウス公爵家内にアリシアの懐妊が知れ渡った。私は不測の事態に備えたんだがな』
(何か……あったのか?)
『そうだな。エルダがその夜にアリシアに向けて刺客を放ってきたよ。「即日」だ。私も流石に驚いた』
(えぇぇーーーっ!ウソでしょ!?即、その夜って……ババァ凄ぇな……!)
俺は流石にエルダと言う正妻の実行力に言葉を失った。頭おかしいんじゃないか?当日即暗殺って……。
『私も即動いた。アリシアに啓示では無く、直接接触して自分の正体と彼女の立場を説明し、暗殺者の手から逃れる為に予め調べておいた避難場所に彼女を誘導した。結局、その夜の襲撃は失敗に終わってな。彼女は間一髪で死地を逃れた』
(おぉ……よかったなぁ。そうか。襲撃が成功してたら俺は今ここに居ない可能性が高いのか)
『まぁそうだな。その後もエルダからの攻撃が続いたが、私の守護で全て回避出来た。暗殺が不可能と悟ったエルダは、実家に働きかけて公爵に対してアリシアを放逐するように圧力をかけたのだ』
(改めて言うが……凄まじいババァだな。なんでそんなに必死なの?)
『私は実際、エルダの身近に居たわけじゃないからな。彼女の正確な胸の内は分からない』
『しかしあくまでも推測だが、やはり自分の息子たちに不安があったのだと思う。まず、私が客観的に見ても二人はジヨームに全く似ていなかった』
『これでエルダに似ていればまだ多少は救いがあったのだが、兄弟の顔つきがな……。鼻の形がソックリなんだ。お互い。でもその「鼻の形」は明らかにジヨームにもエルダにも似ていないのだ』
『もうこれは見る人が見れば疑念を抱くのは時間の問題だと思っていたところに新たに若い女性が公爵の子を懐妊だ。危機感を抱いて当然だと思うぞ』
『もしバレたら文字通りの命取りだ。貴族の不義密通は重罪だ。しかも不義の出産に虚偽の認知だ。恐らくエルダ自身は死罪、二人の息子も廃嫡の上で追放だろうし、実家のノルト伯爵家も相手がヴァルフェリウス公爵家ともなるとただでは済まないと思う』
(なるほどなぁ。ババァもそりゃ必死になるよな)
『結局、ジヨームがエルダとその関係者からの圧力に屈してアリシアの放逐が決まり……彼女は妊娠三ヶ月にも満たない身体で公爵家の馬車に詰め込まれて5日間も馬車に揺られてダイレムに送り返された。
胡散臭い命令書一枚で連れ去られた挙句、傷モノにされて、しかも身重な体で無理やり馬車で送り返されてきた娘を見て、両親はどう思ったか?親戚はどう思ったか?』
(おじぃ……ユーキさん)
俺は家族の怒りをまるでその場に居たかのように見て取れた。
そうか……母アリシアを屋敷に連れ去られてから、ウチの家族は公爵を憎悪するようになったのか。そしてこの後……。
『まず、身重の体で馬車に揺らされ変わり果てた姿となった娘を見た母のミム・ランドが精神の均衡を崩してしまった。
ここからは起こった事実だけ伝えていく。全て私がアリシアの近くから……。その後はお前の横で観ていたものだ』
(た……頼む……)
……駄目だ。言葉が出ない。
『お前の祖母であるミムは精神が蝕まれた状態で最期は食事を全く受け付けなくなり、3033年2月20日。お前が産まれる三ヵ月前に衰弱死した』
『先程も教えたが37歳の若さだ。美しい女性であった。娘のアリシアもまた、この母の美貌を受け継いでいたのであろうか。
しかし私がアリシアの帰郷で初めて彼女を見た時から、結局彼女は一度も笑う事なく逝ってしまった』
(おばぁ……)
『そしてその三ヵ月後、3033年5月17日。これも先程話したな。お前が産まれた日だ。お前の母アリシアはお前を産んだ直後に亡くなった。こちらもまだ19歳と言う若さだった』
『そして私の《見護り》は産まれ残ったお前に移ったのだ』
(母さん……)
俺は封印の一部が解けて……頭の中の霧が晴れてから初めて……「母に対する喪失感」が物凄い勢いで押し寄せてくるのを感じた。
『お前の母は、屋敷を追い出されてからもな。公爵家に対して恨み言のようなものは一切言わなかった。なので他の家族も親戚も口をつぐんだのだ』
『そして最後まで明るく振る舞っていた。それこそお前を産み落とした日の朝もな。決して泣き言一つ言わなかったぞ。立派な女性であった。母親があのような脆さを見せたにもかかわらず、あれだけの美貌と精神力の持ち主は、私も長い間見た事が無かったな』
『ショテルも同様の美しさを持った女性であったが、アリシアと比べてどうだったか……うむ。お前はアリシアにやはり似ている。驚く程にな』
そうかい……もう声も出ねぇよ……
『アリシアの死後、赤子として残ったお前を見護る為に私の行動範囲は一気に狭くなってしまってな』
『周囲の状況があまり掴めなくなってしまっていたのだが、それでも分かったのは……3033年12月20日』
『ミムの母親、《海鳥亭》だったかな?今はユーキが経営を引き継いでいる店だ。そこの女将であったヨラ・ヘンリッシュがやはり娘と孫娘の相次ぐ死が堪えたのか、丁度娘の死から10ヵ月目の同じ日に亡くなった』
『あの日の夜、ユーキはこの店の一階に来てな。ローレンと二人、大声でいつまでも泣いていた。お前はずっと寝ていたけれどもな。お前の眠っていた部屋がある二階まで聞こえていたよ』
(そうか……)
マズい……。右目の辺りが熱くなってきたような気がする……。
『悲劇は続く。翌年の3034年5月22日。お前が1歳の誕生日を迎えた数日後に、ユーキとミムの父でレストランを経営していたウェイ・ヘンリッシュが店で倒れたらしくてな。
そのまま帰らぬ人になったそうだ。私も実際に見たわけではないので詳細は分からないがな』
『やはりユーキもローレンも悲しみを堪えながら後始末に追われていた』
『ウェイとヨラは独りで赤子のお前を育てる事になってしまったローレンを随分と気にしていたようでな、特にアリシアが戻されてきた時には一番怒り狂っていたウェイは妻が亡くなった後も三日に一度はお前の顔を見に来る人でな。いつもそこの階段を二階から危なっかしい足取りで下りて帰って行く姿を覚えている』
(なんと……知らなかった。ユーキさんも家族をみんな失ったのか……そんな……そうか。彼が言ってた「呪い」とはこの事だったのか……)
呪い……確かにそうだ。ウチの一族は呪われている。
『そして最後に……そうか。もう日付が変わって昨日だな』
『3038年10月4日。お前の祖父ローレンが亡くなった』
『今の私がお前にかかっている封印の内容について唯一言及出来るのは彼の存在が「封印の条件」だったと言う事だ。これは私の考えだがな、恐らくは元々「庇護者ローレンの喪失」によって全ての封印が解除されるようになっていたのではないだろうか』
『50歳だ。妻と娘を喪った後は残されたお前の事だけを生き甲斐にしていた様子だったぞ。お前が産まれる前までは不愛想な男でな。妻の最期の様子と娘の悲運もあったせいなのか、いつも苦渋の表情をしていた』
『ミムと同じで笑った事がなくてな。むしろアリシアが励ましていたくらいだ。娘が亡くなってお前だけが残った後は近所の人々がお前を溺愛してくれてな。それを見て立ち直ったようであった』
『近所付き合いも良くなって少しだけ笑うようになっていたのだがな、ミムの両親の死でやはり少しずつ心身に負担がかかってたのか』
(お……おじぃ……)
俺は堪らず泣き出してしまった。駄目だ。涙が止まらない。
呪い……この呪いは……誰が……誰がかけた呪いなのか……。
『ルゥテウス!聞こえているのか!この文字が見えているのか!落ち着いてくれ!様子がまたおかしくなっているぞ!我慢するのだろう?我慢すると先程言っていただろう!?』
フゥゥ……フゥゥ……フゥゥ……
俺は何とか落ち着こうと息を荒く深呼吸をした。
目が……右目が熱い。いけない。抑えろ……。
(……すまん。もう大丈夫だ。俺はもう……泣かない)
(この……ふざけた呪いを消し飛ばすまで……)
(俺と……俺の大切な人々を苦しめた者たちを……その眷属を……討ち滅ぼすまで……もう泣かないと決めたのだ)
(下に行く。おじぃに約束する。俺はもう泣かない)
『そうか。では約束しに行く前に、最後の話をしよう』
(なんだ……?何かまだ……まだ話す事があるのか?)
『お前とローレンが昨日、どこに行っていたかと言う話だ』
あぁ……そうだ。まだ肝心の……封印の一部が壊れて頭がスッキリする直前までの事……。
(そう……だな……教えてくれるかい?)
『分かった。だが堪えろよルゥテウス。私はお前を信じている。お前はきっと堪えてくれる。この後下でローレンと約束するのだろう?』
(あぁ……そうだ。話してくれ。覚悟は出来てる)
ついに最後の話を聞く時が来た。
【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ
ルゥテウス・ランド
主人公。5歳。右目が不自由な幼児。近所の人々には《鈍い子》として愛されているがその正体は史上10人目となる《賢者の血脈の完全なる発現者》。しかし現在は何者かに能力の大半を《封印》されている。
リューン
主人公の右目側に文字を書き込んで来る者。約33000年前に史上初めて《賢者の血脈の完全なる発現者》となり、血脈関係者からは《始祖さま》と呼ばれる。
死後、《血脈の管理者》となり《不滅の存在》となる。現代世界においては《大導師》と呼ばれる存在。
ジヨーム・ヴァルフェリウス
第107代ヴァルフェリウス公爵。48歳。主人公の実父。
エルダ・ノルト=ヴァルフェリウス
ジヨームの正妻。50歳。
デント・ヴァルフェリウス
ジヨームの長男。26歳。母はエルダ。ヴァルフェリウス公爵家の公子で後継者。既婚。
タレン・ヴァルフェリウス
ジヨームの次男。25歳。母はエルダ。マーズ子爵家の長女を妻に持つ。
ヴェサリオ
《第二紀》末に出現した《賢者の血脈の完全なる発現者》。レインズ王国建国の立役者で現代世界における伝説の英雄。建国後に突然出奔。その子孫がヴァルフェリウス公爵家となる。後世の人々から《黒き福音》と謳われる。
レアン・ヴァルフェリウス
第71代ヴァルフェリウス公爵。約700年前に主人公の前代として発現した人物。《賢者の知》のみの不完全発現者。公爵家当主としてよりも魔法ギルドの復興に力を尽くす。生涯に11人の魔術師を育てた。
アリストス・レイドス
レインズ王国初代国王。建国王にして《大王》。《黒き福音》ヴェサリオの力を借りて建国を果たす。
ユミナ・レイドス=ヴァルフェリウス
アリストス大王の妹。ヴェサリオと恋仲になりフェリクスを産む。兄の死後は《国母》と称される。
フェリクス・ヴァルフェリウス
初代ヴァルフェリウス公爵。ヴェサリオとユミナの子。ヴェサリオの功績により、ヴァルフェリウス公爵家を立てる。