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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第三章 王立士官学校
65/129

和解の行方

【作中の表記につきまして】


士官学校のパートでは、主人公の表記を変名「マルクス・ヘンリッシュ」で統一します。


物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。

・距離や長さの表現はメートル法

・重量はキログラム(メートル)法


また、時間の長さも現実世界のものとしております。

・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日 


但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。

・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年

・4年に1回、閏年として12月31日を導入


作中世界で出回っている貨幣は三種類で

・主要通貨は銀貨

・補助貨幣として金貨と銅貨が存在

・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚


平均的な物価の指標としては

・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。

・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。


以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。

 フォウラは辺りを見回したが、ここがどこなのか全く判らなかった。左隣には弟が自分と椅子を並べて座っており、更に目の前には壁面に70センチ四方程度の窓のような開口があるが、ガラスが嵌っているわけでは無く、その代わりに直径10ミリ程度の鉄格子が縦に嵌められていた。


そしてその向こう側には……自分を散々に小馬鹿にしてくれた生意気な今年度の首席入学生……確か名前はヘンリッシュ……金髪で白皙、赤みが掛かった茶色の瞳は向かって左目側が照明に反射した眼鏡によって見えない。


この新入生は確か……弟の左手を教室の扉に挟み付けて潰していた……。そう思い出してフォウラは左側に座る弟を見た。

確かに弟は左腕を三角巾で吊るしている。何かしらの負傷をしているのだろう。


そして彼女は自分自身の右腕からも痛みを感じる事に気付いた。どうやら肘を痛めているのか……無意識に目の前の机に右手を置こうとして痛みが走り、顔を顰めた。


「まだ右腕が痛むのかね?」


鉄格子の向う側から声がかかり、フォウラはハッした。


(この痛み……そうだ……この男に私は投げられた……地面に叩き付けられたのだわ)


フォウラは漸く色々と思い出し始めたが、依然としてこの場所がどこなのか判らない。


「ここはどこ?何故あなたとの間に鉄格子があるの……?」


「ふむ。お前はどこまで憶えているのだ?」


「どこまでって……校舎から出た所であなたに抑え付けられて……」


「ふむ。それから?」


「それから……ダンっ!そうよっ!ダンまでも……あなたに投げられたのだわっ!」


「そうだな。それから?」


無表情のマルクスからの問いは続く。


「そ、それから……判らない……ダンは気を失っていたわ……。ダンっ!あなたっ!怪我はっ?大丈夫なのっ!?」


フォウラは思い出したように隣に座る弟に再び目を移した。ダンドーは


「あ……うん。ま、まだ痛むけど……」


「怪我の程度はっ!?」


「骨折しているって……多分まだ一月くらい掛かるって……医者が……でも……潰れた指が動くかは判らないって……」


「そ、そうなの……ヘンリッシュ!あなたがダンの左手を潰したのだわっ!」


フォウラは再び鉄格子の向こうに居るマルクスに視線を戻し、弟の負傷に対して糾弾するように声を上げた。


マルクスは苦笑しながら


「お前が憶えているのはそこまでなのだな?では弟の方に聞く。お前はどこまで憶えているんだ?説明できるか?」


姉からの言葉を無視して弟の方に問い掛ける。


「お、俺は……」


「何も憶えてないのか?どうやら面会に来た父親にも要領を得ないような説明で困らせていたようだな」


「俺は……あの時……救護室から飛び出して……門に向かう途中で……姉さんが……」


「ふむ。姉がどうした?」


「姉さんが……地面にうつ伏せに横たわっていた……。俺はすぐにお前が姉さんに危害を加えた事を確信した。だからお前を……」


そこまで言ってからダンドーは考え込むように首を軽く振り


「気が付くと……ベッドの上に寝ていた……」


「そうか。お前はそこまでしか憶えていないのだな」


マルクスは相変わらず苦笑いを浮かべながら


「では質問を変え……」

「ちょっと待ちなさいっ!」


マルクスの言葉をフォウラが遮った。


「これはどういう事なの!?ここは一体どこなの?何故あなたとの間に鉄格子があるのっ!?」


彼女がまたしてもヒステリック気味に声を上げるのへ


「ふむ。俺はその事をこれから尋ねようと思っていたのだが?」


 真顔に戻ったマルクスはいつもの平静さを保った声で言い渡した。そして更に


「では、お前の質問に答えてやるから静かに聞いていろ」


と、無表情で視線だけを向けて言葉を繋ぐと、フォウラはそれに押されたかのように口を閉じて大人しくなった。


「まず、この場所が『どこなのか』教えてやる。ここは憲兵本部の地下一階にある留置施設だ。勿論、留置されているのはお前達の方で、俺は後ろにいらっしゃる憲兵課長殿から特別にお計らいを頂いてお前達と面会をしている」


「け……憲兵本部……。しっ、しかも……留置……施設ですって……?」


マルクスの話を聞いて驚愕したフォウラは言葉を失いかけた。


「そうだ。本日は10月2日。お前達が憶えている『あの時』から今日で21日が経過している」


「なっ!?」

「そ、そんなにっ!?」


姉弟は同時に驚きの声を上げた。姉よりもかなり早い段階で意識を回復していたダンドーですら軍病院への送致が往復した事で時間経過の感覚が狂っていたので、そのような長い時間が経っていたとは思っていなかったのだ。


「お前達は何故ここに居るのか。そしてお前達はこれからどうなるのか。それを今から説明してやる」


 マルクスは相変わらず表情を消して……声も無感情のままだ。まるで事務的な態度で判決文を読み上げる裁判長のような口調で姉弟に対して説明を始めた。


「9月11日。その日の授業が全て終了し、終礼後の号令が完了した直後にお前達姉弟は一年一組の担任教官……防衛責任者であるドライト・ヨーグ教官の許可を得ずに一年一組の教室に不法侵入をした」


「なっ!?不法侵入ですって!?」


「そうだ。お前らはヨーグ担任教官の許可無く勝手に教室内に立ち入った。これは士官学校校則、第6条2項及び、王都防衛規範第12条の附則『防衛施設関連法』によって『軍施設への不法侵入』に抵触する行為だ」


「なっ……!」


「更に俺が教室から廊下に退出しようとする行為をダンドー・ネルは妨害しようとしたな?結果的に俺はその妨害を自力で退けたが、ダンドー・ネルの行為は『監禁未遂』に当たる」


「おっ、俺が……監禁って……」


「教室からの出口は、あの扉だけであった。そこから退出しようとする俺の行動を阻んだ時点でお前には監禁罪が適用される。お前のその左手の負傷が何よりの証拠だな」


「そっ……そんな……」


「俺は当初、お前の負傷を『事故』として扱うことで立件する事を見送らせようとしたのだがな。お前達の父親が俺の過失を主張したので、止むを得ず立件させる事になった。

目撃者は一年一組の生徒19名と教室の責任者であるヨーグ教官、計20名だ。既に教官及び五名の生徒から目撃調書が提出済だ」


 マルクスは罪状を告げられて茫然としているダンドーに構わず話を続けた。


「その後の展開は二人共ある程度は憶えているな?俺が下校する為に本校舎を出て校門に向かう途中で、背後からフォウラ・ネルが俺の後頭部を狙って右拳を使った暴力行為に及んだ事に対して俺は防衛行動を採ってお前を捕り抑えた。

これも結果的にお前の右腕が負傷している事が証拠となっている。格闘術を学ぶ士官学校在校生による背後から急所である後頭部への加撃行為は『殺意有り』と認定される。

俺が咄嗟に回避した為に大事には至らなかったが、お前の行為は立派な殺人未遂だ」


「そっ、それは……おま……あなたがダンの手を……」


「聞いて無かったのか?ダンドー・ネルの手が負傷したのは彼が企てた監禁行為に対する俺の回避行動の結果だ。

過失は当然だがダンドー・ネル側にあって、俺の回避行動は正当防衛である。にも拘わらず俺に対して報復を企図したお前の行為は間違いなく違法行為で、既に目撃者四人から目撃調書も提出されている」


「なっ……!」


「そしてその後に姉に続いて弟による俺への暴行だ。あの時、背後に居たヨーグ教官や俺の横に居たタレン・マーズ一回生主任教官の制止も聞かずにお前は俺に襲い掛かってきた。

俺が再び咄嗟の防衛行動を採らなければ甚大な被害を被るところであった。これによってダンドー・ネルには監禁未遂罪の他に殺人未遂罪も追加されたのだ」


「以上がお前達姉弟の罪状だ。既に関係者の目撃調書によってお前達の起訴は確定しており、9月25日に軍法会議が開廷する予定であった」


「ぐ、ぐっ、軍法会議……ですって……?わ、私達の……?」


「そうだ。現行犯だし、目撃者も大勢居るのでな。公訴事由は十分に満たされている。お前達が出廷するしないに拘わらず有罪判決は免れないだろうな」


 無表情のマルクスが全く感情を出す事無く姉弟に宣告した内容は、姉弟を絶望のどん底に叩き落すのに十分であった。


「そっ……そんな……わ、私達が……有罪……」


フォウラは信じられないという表情のまま硬直している。ダンドーの方はマルクスが言い渡した内容をまだしっかりと理解できていないようで、何やらブツブツと小さく呟きながら俯いている。


不意にフォウラは顔を上げ


「だっ、大体っ!元はと言えばあなたが私達を無視して教室から立ち去ろうとしたからじゃないのっ!私達は自治会の『公務』で一年一組に立ち入ったのだわっ!何故それが『不法侵入』になるのよっ!」


思い出したように猛然と反論してきた。


「私は『自治会長』としての正当な公務を……あなたと、もう一人の席次上位者を自治会の役員として任命しようと、あの教室を訪れただけなのに……何故それが違法行為になるのよっ!」


 どうやらマルクスの話を聞いて従前の状況をどんどん思い出して来たようで、フォウラの抗弁にも熱が入り始めたのだが……


不意にマルクスは無表情から一転して大笑いし始めた。


「あっはははは!」


突然に腹を押えながら笑い始めたマルクスを見て、鉄格子越しに対するネル姉弟だけでは無く、マルクスの後方に座っていたアラム法務官とエラ憲兵課長も驚いた。

特にその直前まで彼と和解について交渉していたアラム法務官にとって、この若者がこのように感情豊かに大笑いするとは想像もつかなかったのだ。


マルクスは大笑いしながら


「お前……公務って……本気でそのように考えているのか?あはははは」


「なっ!?何がそんなに可笑しいのよっ!」


フォウラは堪らずに、また声を大にして抗議した。


マルクスは漸く笑いを収めて


「公務とは……何を『根拠』に公務であると強弁しているのだ?お前は」


「そっ……そんなの……自治会の活動なのですから当然……」

「ふざけるなっ!」


フォウラの反論は最後まで言わせて貰う事無くマルクスの一喝によって掻き消された。マルクスがこのように大声を出すのは非常に珍しく、姉弟だけでは無く法務官と憲兵課長、そしてお互いの室内に待機している警備の憲兵までもがその迫力に圧倒されてしまった。


「さっきから大人しく聞いていれば……『自治会の公務』だと?そんな法的根拠も無い団体の活動が『公務』として認められるわけが無いだろうがっ!」


 マルクスの顔は先ほどまでの無表情なそれとは違い、明らかに不愉快さを全面に浮かべたものになっている。

フォウラも何だかんだで初めて彼と会ってから何度もその表情を見ているのだが、これ程に負の感情を露わにした首席入学生の顔を見るのは初めてであった。


「お前は本気でその『自治会』なる団体の活動が『公務』として認められていると思っているのか?だとしたら本物のバカだな。

俺はあの学校の『席次』という制度に対して全く価値を感じないが、お前は最上級生の中では首席であったと聞いている。

そんなお前は『士官学校校則』を知らないのか?その表文に目を通した事が無いのか?そこには『自治会』なんて名詞は一文だって記載されていないぞ?」


「つまり自治会なんて団体は、どっかの誰か……恐らく記録を調べれば解るだろうが、それ程昔では無い一部の生徒が勝手に創り出した任意団体であって、勿論校則やその他法令で認められた組織では無い。

よってその活動には法的根拠も全く無く、間違っても『公務』とは呼べない。まずはこの事実をしっかりと認識してから発言しろ」


続け様に畳みかけられてフォウラは完全に沈黙してしまった。彼女はマルクスから突き付けられた言葉の内容を必死になって脳内で消化処理しようとしている。


そしてその言葉の意味を完全に理解し……驚愕した。


 その驚きはマルクスの後ろで座っていたアラム法務官も同様であった。前述した通り、エラ憲兵課長の前職は内務官僚であり、官僚学校出身であった為に士官学校の内情については左程詳しくも無いのだが、アラム法務官は3015年度の士官学校卒業生でしかも当時の席次は三位。軍務科首席であり「短刀組」の一人でもあった。


彼の在校時、当然ながら自治会は既に存在していて、ジェック・アラム自身も陸軍科を選んだ二回生進級時から自治会役員として活動し、三回生……軍務科進級後は最終的に副会長を務めていた。


「軍務科在籍で自治会役員」という意味でフォウラは同じ道を通る後輩なのだ。そのような経験を持つ法務官にとって「自治会は法的根拠の無い任意組織である」というマルクスの指摘に衝撃を受けるのも無理は無い。


「任意団体……自治会が……」


 思わずその驚きを呟きとして口から出してしまった法務官に対してマルクスは視線を僅かだが後方に向けて


「おやおや……法務官殿……あなたもですか……。この事実を指摘するたびに驚かれる方が多過ぎますね……。

マーズ主任教官殿ですらこの事実にお気付きでは無かったようです。これ以上私を失望させないで頂きたい。士官学校とはその程度の機関であるとは思いたくないのですよ」


その声には幾分呆れた感情が含まれている。


「なっ……しっ、しかし……私が在校生だった頃もそうだったが、自治会は士官学校生同士の互助組織として校内規律を維持するのに不可欠な存在であったはずですが?」


「法務官殿……今あなたが仰られた『校内規律の維持』などと言うものは学生各位が校則を始めとする各種法令さえ遵守していれば自ずと維持されるはずのものなのですよ。

そして、それを守れない者……すなわち『校則違反者』に対してはその罰則規定まで用意されているのです。

校則や法令の遵守については『入学確約書』にもしっかりと記載されており、入学者はその書面の誓約欄に自署による署名をしているはずです」


マルクスは自治会の正当性を主張する法務官に対して特に畏れる事も無く淡々と説明を加える。


「つまりあの学校の在校生は校則や法令を違反した場合に定められた処罰を受ける事については予め了承の上で入学をしているわけで、その誓約を遵守する義務を負っているのです。

それが守れないのであれば処罰を受ける。当たり前の事であるが為に『自治会』なるものを始めとする歴代存在した生徒間の互助組織が法令等で公認される事が無いのです」


「お解りですか?あの学校には


『レインズ王国の軍人軍属として、その諸法令に従うと誓約した者』


だけしか入学する事が出来ないのですよ。『文明国家の軍人』とは、まず法令に従う者でなければならないのです。

勅任官でいらっしゃる法務官殿にはその程度の事は常識の範疇であると思っておりましたが……違っていらしたのでしょうかねぇ?」


 マルクスの言い様に対してアラム法務官は全く反論出来ず……顔を真っ赤にして沈黙してしまった。よもや15歳の若者に軍法の専門家である自分が法令遵守を説かれるとは思っていなかった。


そして彼の説明があるまで士官学校の「自治会」という組織が法令によって定義された団体で無い事を意識すらしていなかった自分の不明を恥じた。


 隣の席で士官学校の学生にやり込められて俯く法務官を見て憲兵課長はハラハラしている。勿論彼も自治会という組織が任意団体であったという事実については全く意識の外であった。


そう考えるとなるほど……ネル姉弟が一年一組の教室に担任教官の許可無く立ち入った事実は「公務」では無く「不法侵入」であると指摘されてるのも、あながち間違っては居ないし、この被害者生徒がそれを無視して教室から退出しようとした行為自体が不当では無く、むしろその行動の阻害を目的とした行為を「監禁」と解釈する事は間違っていない。


しかし「生徒が他の教室に遊びに行く」という行為は特段「おかしな事」では無く、サムス・エラ自身も官僚学校時代には他の学級(クラス)の生徒を訪ねて当然のように担任教師に無許可で他の教室に出入りをしていた。


そこに「いちいち入室許可をとる」という意識など無かったはずだ。しかし……だからこそ、このマルクス・ヘンリッシュという被害者生徒は当初これら一連の案件を「不幸な事故」として立件化する事無く、その後の「殺人未遂」だけを公訴事由に挙げていたのだと……オーガス憲兵中尉の報告書と調書だけで今回の事件を見ていた憲兵課長は気付いた。


(そうか……彼は別に「遵法一辺倒」で物事を計って居ないのか)


と、妙に感心していた。


マルクスは正面へ向き直り、フォウラに対して


「どうだ?理解できたかね?それでもまだ弟の左手負傷について抗弁を試みるのか?そして自治会などと言う任意団体の正当性を主張し続けるのか?

まぁ、そうなるといよいよお前は『あの学校への在学資格無し』という事になるわけだが?」


 ここまで整然と説明されて、フォウラだけで無くダンドーですら「自治会は任意団体」という事実を認識せざるを得なかった。


「そ……そう……自治会は……そうだったの……」


「現状認識についてはここまでだ。ここまでがお前達が軍法会議において訴追を受ける部分だ。そしてここからが、俺がわざわざお前達に会う為にこんな場所にまで来た目的になる」


「え……?」


「そもそも、お前達姉弟にとって自治会を利用して士官学校生徒を掌握するなんていうのは些事であったわけだよな?」


マルクスは一転してニヤリと小さく笑った。


「どういう事……?」


「お前達姉弟、いや失礼。お前達の『家』が色々と士官学校だけでは無く、王国軍……特に軍中央においてやろうとしていた事は既に露見しているんだよ」


「なっ……!?」


マルクスの言葉を聞いたフォウラは両目を大きく見開いて驚愕の表情を作った。


「まぁ、お前らの父親……祖父も含めてか。お前の『家』がやろうとしていた事はこの際置いておこう。話を士官学校の中だけに限ったとしても、色々な『知り合い』が居ただろう?」


ここでマルクスがネル家が士官学校に潜入させていた三回生主任教官を始めとする四人の教職員と二人の常駐憲兵士官の名を挙げると、フォウラの顔色がみるみるうちに青褪めた。ダンドーは「ええっ!?なんで……」と声を上げたきり絶句している。


「お前達はこの『知り合い』の力も借りて士官学校内を支配しようとしていた。つまりお前達にとって自治会なんてものは、その欲望を叶える為の道具に過ぎなかったわけだ。

そう考えると自治会なんてものは実に都合の良い存在だったわけだな。くくく」


「思えば田舎軍人一族の実に浅はかな企みだったな。もう既に士官学校内だけでなく、その外に居るお前達の『お知り合い』についても名前は特定済だ。

どうやら三代続けての勲爵士叙任を目指していたようだが、お前達の起こした騒動を切っ掛けに全てが水の泡のようだぞ」


「そっ……そんな……一体……なぜ……」


フォウラは青褪めた顔のまま呟いた。実はこの時点で彼女には自分の実家が「准男爵」への陞爵を目指している事は認識していたが、士官学校内はともかくとして、その外……軍中央の中にまで父が人材を配置していた事実は認識していなかった。


ただ彼女が知っていたのは、士官学校の教職員の中に父の知り合いが何人か含まれており、自分……と弟の行動に対して色々と便宜を図って貰っていたくらいであった。


それらの者が「父の士官学校同期の愛人」によって校内に配置されていた事など知る由も無かったのは確かであった。


「今回の件を嚆矢として、お前の実家が図っていた全ての違法行為が軍政府に掌握される事になるだろう。その結果、お前の家がどうなるのかは俺にとってどうでもいい事だ。

俺にとって重要なのは、お前達姉弟がこれまで士官学校内で行って来た行為を反省できるのか、そうでないのかと言う事だ」


 マルクスは再び真剣な表情となって


「俺にとってお前達がこのまま訴追を受けて収監されたところで全く痛痒を感じない。当然ながら士官学校は放校となるわけだし、お前達の家……父親や祖父が行ってきた行為によってネル家は二度と浮かび上がる事が出来なくなる。

そうなれば、最早俺がお前らと関わり合いになる事すら失くなるからだ」


「しかしお前達の父親は、今回のお前達の不祥事を耳にし……何もかも放り出して任地から駆け付けて来た。まぁ……その際にも色々と軍令違反を犯しているのだがな。

そして俺とも接見したし、後ろにいらっしゃる法務官殿や憲兵課長殿にもお会いして終いには土下座までしたと聞いている」


「えっ!?ちっ、父が……!?で、では……あの時の……あれは現実だったの……?」


 どうやらフォウラは、父アーガスと面会したという記憶すら曖昧だったようだ。様々な要因が重なって精神的に耗弱していた彼女の記憶の中には、朧げだが父が何か必死になって自分に問いかけている姿が残っていた。


彼女にとって夏季休暇に帰省して顔を合せて以来離れて暮らして居た父親……いつも余裕ありげに家の将来について語る父が、あのような必死の形相で自分に何か問いかけて来ている……という夢でも見ていたのかと思っていたのだ。


そんな父が土下座までしたという話を聞いて一層大きな衝撃を受けると共に、今更ながら自分達が起こした騒動の大きさ、そしてその結果として自分達が置かれている状況を改めて認識する事になり、それら一切の思考が一気に押し寄せてきて彼女はパニックになりかけた。


「父が……父が……そんな……あああっ!」


椅子が倒れる程に勢いよく立ち上がったフォウラは痛む右腕に構う事無く両手で頭を抱えて喚き始めた。


「姉さんっ!姉さんっ!しっかりしてっ!」


隣に座っていたダンドーも立ち上がったが、彼は両腕を負傷しているので姉を制止する事が出来ない。ただオロオロとそれを見ているだけだ。

拘留室側の女性憲兵が必死に宥めるがフォウラが落ち着く様子は見られない。もう一人の憲兵はダンドーを抑えようと必死になっており、面会室内は仕切り壁を挟んだ一方で収拾がつき難い状況になりつつあった。


 しかしここで、壁の反対側……開口の鉄格子越しに突然マルクスが


「静かにしろっ!座れっ!」


と、先程に続いて再度一喝すると反対側の部屋に居た一同は憲兵も含めて全員、魂が吹き飛ばされたかのようにその場に静止した。

そしてネル姉弟は大人しく座ろうとし、女性憲兵は我に帰り慌ててフォウラが倒した椅子を元通りに起こしたので、フォウラは床に転がらずに済んだ。


 この若者が放った二度目の大喝に面会室内はすっかり静まり返った。彼の後ろに座っていた二人の高級軍官僚もその雰囲気に呑まれて沈黙している。


「お前らの父親もやっている事は大概どうしようもないが、その父親にお前達は土下座までさせたのだ。俺はまだこの歳だからそんな親の気持ちも解らんし、そもそもどうでもいいのだが……今や不肖の子になりつつあるお前達はどうも思わんのか?」


「父がそこまで……」


 尚も衝撃を受けているフォウラの隣で、再びダンドーが立ち上がった。そして両手が不自由な彼は突然頭を深々と下げた。


「へ、ヘンリッシュ殿……ご、ご迷惑をお掛け致しました」


隣でいきなり頭を下げて謝罪の言葉を述べた弟を姉は驚きのまま見上げている。


「お前は自分が何故頭を下げているのか……理解出来ているのか?」


ダンドーの謝罪を受けても表情を変えずにマルクスが尋ねる。


「お、俺……いや、自分はこれまで姉に頼ってばかりいました。自分は頭が悪いので……いつも姉に考えて貰い、その指図だけを受けてきました……。

今回、姉と離れて独りで拘束されて毎日が本当に怖かった……。自分はどこに居るのだろう……姉さんはどうなっているのだろう……姉さんはなぜ助けに来てくれないのだろう……と」


ダンドーは語るうちに大粒の涙を流し始めた。


「自分は結局……ここに居る間、何も考える事が出来ませんでした。父上は毎日……本当にあの父上が……毎日会いに来てくれていたのに……何も……ちゃんと伝える事も出来ませんでした……自分は本当に馬鹿だなと……」


「あなたに今、事情を聞く事が出来て……漸く全て理解できました……。そうです……自分が悪いのです。この手の怪我も……自分の責任です。

姉さんは……姉も反省していると思います。姉はきっと……心を入れ替えてくれます……きっと将来……お役に立てると思うのです……処分は私一人が引き受けます……どうか、どうか姉だけは……」


再び深く頭を下げる弟を茫然と眺めていたフォウラは


「ダン……ダンっ!?何を……何を言っているのっ!?」


「あ、姉は本来……とても優しい人間なのです……。自分のような……自分のような馬鹿な弟でも本当に……本当に可愛がってくれる……優しい人なのです。

どうかせめて姉だけでも……お赦し下さい……!」


 ダンドーの流す涙は頭を下げて尚、机に零れ落ちて染みを作る。これまで自分は姉や父から言われた通りに動いていただけだったが、目の前の新入生からの話を聞くにつれて、その行動がとても誇れるものでは無い……以前ならば「それも仕方無い事」として済ませていた部分が……彼が自分に向ける軽蔑の感情が混じった視線に耐えられなくなったのだ。


それでも自分にとって姉は「自分を守ってくれる優しく、賢く、強い存在」として映っている事には変わり無く、このまま罪人として社会から排除されてしまうのは、それをずっと近くで見て来た弟として耐え難く……それらの感情に板挟みになりながら、彼の出した結論とは


「自分が罪を全て被る事で姉に対する情状の酌量を乞う」


というものであった。そもそも姉が目の前の新入生を襲撃したのは、どうやら弟の左腕を潰した報復によるものであり、弟の左手が目の前で潰された光景を見た姉はまるで自分が攻撃を受けて負傷させられたかのように激昂しての行動だったと言う。


彼女はそれ程までに血を分けた弟である自分を愛してくれていたのだという「感動」が、彼をして「姉の凶行に対する責任を全て自分で被る」という申し出に繋がったのだろう。


「ダンっ!馬鹿な事を言うのはやめなさいっ!あなたのせいでは無いっ!私の……身の程知らずな考えが招いた事なのよっ!」


 フォウラは負傷していない左手で立ち上がっているダンドーの腰の辺りを抱きかかえながら、必死に弟を座らせようとしている。更に


「ヘンリッシュ君っ!悪いのは私ですっ!私は確かにあなたの言う通り、この弟や学校の中に居る『父の知り合い』の方々の力を利用して分を弁えない行動を沢山……それこそ当たり前のようにとってきましたっ!悪いのは私っ!私の思い上がりが弟をこんな事に巻き込んでしまったのですっ!だからっ!罰を受けるのは私だけにっ!お願いですっ!ヘンリッシュ君っ!」


と、髪を振り乱し顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら……それでも尚、隣で立ちあがって深々と頭を下げている弟に抱き着いている。

弟は頭を下げながら大粒の涙を零し続け「うぐうぅ……」と嗚咽を漏らしている。


 マルクスは姉弟がそれぞれお互いを庇い合う光景を無表情で眺めていたが、やがて後ろに振り向いて


「さて、お二方。今のこの姉弟の様子をご覧頂いた上で私から『お願い』があるのですが」


「な……何でしょう……?」


目の前の若者が、この部屋に入って姉弟と面会する光景をずっと見守って来たアラム法務官が驚きを隠さない顔で応じる。

これまで治療送致から戻されて半月に及ぶ取り調べにおいても一向に成果を得られないとの報告だけを受けていた憲兵課長もこれら姉弟の様子を見て驚きっぱなしだ。


「どうやらこの姉弟も漸く自分達が犯した……犯してきた過ちを認めて反省する気になったようです。この様子であれば逃亡する恐れも無いでしょうから、和解に先立ち、これにて解放してあげてはいかがでしょうか」


「釈放しろと……?」


「まぁ、供述調書だけ取らせた上での話です。私からの和解条件は先程既に法務官殿にお知らせした通りですので、後はネル少将閣下が条件を受諾さえすれば和解合意書を提出するだけですよね?」


「先程提示させて頂いた三つの条件のうち、ネル家に対しては二つ目の一族移住の項目だけを呑ませればいいでしょう。一つ目の関係者の処分はネル家がそれの受入れ如何に関わらず軍務省の責任で進めて頂く事を既に了承して頂いておりますし、三つめの条件は私とあなた方との約定ですしね」


「で、あるならば彼女らを早急に復学させるという意味においても本日中に釈放しても差し支え無いと私は思うのですが」


「ま、まぁ……ヘンリッシュ殿がそのように仰られるのであれば……私にも依存はござませんが……憲兵課長殿はどう思われますか?」


マルクスからの意外な提案を受けて、アラム法務官も判断に迷い、拘置執行者である憲兵課長に意見を求めた。


「はい……。法務官殿が問題無いとご判断されるのであれば直ちに釈放手続きを致しますが……」


 マルクスは二人のやり取り……どうもお互いに責任を擦り付け合っているようにも見えるが……を聞いて苦笑しながら再び姉弟の方に向き直り


「さて……どうやら漸く自分達のやらかした事を理解した上で反省しているようだな。それで……お前達は復学を望むのか?」


と、鉄格子の向こうでお互い涙を流しながら俯いている姉弟に尋ねると


「ふ……復学……私達はまだ……あの学校に通っても宜しいのですか……?」


フォウラが顔を上げて尋ね返してきた。


「一回生主任教官のマーズ殿が、お前達に対する処分を教頭殿や学校長閣下に申し出られて執行停止にしている状況だ。主任教官殿に感謝するんだな」


「もしお許し頂けるならば……今一度心を入れ替えて……今度は『家』の為では無く……『お国』の為に……」


「ならば俺から主任教官殿に伝えよう。それと『自治会』についてだが……」


 マルクスは「自治会」という単語を聞いてビクっと反応したフォウラに


「自治会を任意団体であるとしっかり認識した上で、文字通りの学生自治……強権を伴うものでは無く、一般の会員が地道に行っている新入生の案内や各委員の取りまとめを行う分には俺もとやかく言わない」


「俺が問題視しているのはあの団体が校則や他の法令に優越するかのような存在であると認識されている事なのだ。

席次にも影響するという『内申点を稼ぎたいから』という理由で自治会に入って活動するというのは本末転倒なのではないか?」


「た……確かに……。自治会で活動する事で内申点に好感されるという事実はあったようです。そしてその為に自治会役員を目指す生徒は確かに存在してましたわ……」


フォウラはマルクスの言い分を認めた。実際、近年の自治会は


「校内でも成績トップのグループがその他一般生徒を上から支配する」


という性格と共に


「内申点を稼いだ上で任官後の立場を有利にする」


事を目的として利用され続けて来た。「自治会で活動していた」という部分を任官後に評価するのも過去に自治会で役員を務めていた士官学校出身の軍首脳なのである。


そのような実態のままに長い間、悪循環が繰り返されてきた。まるで実戦で役に立たなくなってしまった白兵戦技のように。


「お前達が仮に復学出来たとして、恐らくこれまで築いて来たお前達の業績は半減しているだろう。そのような状況から挽回を目指すのであれば、今度はお前達自身によって自治会という任意団体を改革してみろ。

『生徒達を従わせる』のでは無い。『生徒達に仕える』という本当の意味での『互助団体』を目指せ」


マルクスからの言葉を受けて、フォウラ……そして彼女の言うがままに『自治会活動』を行ってきたダンドーも驚いて顔を上げた。


「生徒に仕える……」


ダンドーがぼんやりと呟くのへ


「そうだ。自治会の会員の中には、お前達がこの憲兵本部へ送致された後も新入生達の為に登校時間の前に校門から本校舎へと続く通路……丁度お前達が捕り抑えられた場所の辺りに机を並べて案内を続けていた者達だって居た。

誠意を以って活動している奴らだって居るんだ。俺が思うに、自治会を創設した何百年前になるのか知らんが当時の先達はきっとそのような本当の意味での『生徒互助』を目指していたのだと思うぞ」


ダンドーは暫く考え込むような様子であったが


「わ、分かりました。俺は体を動かす事くらいしか取り柄が無いですが……俺なりに……『自分で考えて』やってみます」


「ダン……あなた……」


 マルクスの言葉を受けて何かを決心した表情の弟を見て、フォウラは驚きつつも優し気な表情に変わり


「そうね……あなたならきっとやれるわ。ごめんね、ダン……。私は今までずっとあなたを……弟であるあなたすらも利用してきたのだわ……本当にごめんなさい……」


「いいんだ姉さん。俺はきっと今まで何でも出来る姉さんに甘えっぱなしだったんだ。将来は軍人になるつもりなのにな……。俺もやり直してみるんだ」


「ではフォウラ・ネルとダンドー・ネル……両者の釈放を認める。課長殿。手続きを頼みます」


 アラム法務官が声を上げて宣告すると、鉄格子の向うで姉弟は立ち上がって


「ありがとうございます」


声を揃えて礼を述べ、頭を深く下げた。


「それでは手続きを行います」


エラ課長は立ち上がって、廊下に出て拘留区画の警衛憲兵に


「面会室に居る拘留者は釈放だ。二人共こちら側に連れてきてくれ」


と指示を出した。憲兵の一人が「はっ!」と応じて再び鉄格子の出入口を解錠して中に入って行った。


マルクスも立ち上がり、廊下へと出る。アラム法務官もそれに続いた。面会室の壁を挟んだ反対側では女性憲兵が頭を下げている姉弟を促して出入口へと連れて行った。


 マルクスが法務官と憲兵課長と共に廊下で待っていると、拘留区画側の面会室から出て回廊を歩いて来た姉弟が憲兵に連れられて区画出口まで戻って来た。

出入口から出された姉弟に対してマルクスが


「手を出せ。怪我を診てやる」


フォウラの前に立って彼女の右腕に触れた。彼女は不思議な面持ちで美貌の新入生を見上げると、何故かドキリとした。


「診るって……あなたは一体……」


「俺は人体の構造に少しだけ通じているんだ。少し痛いかもしれないが我慢しろ」


と、言いながら彼女の腕……負傷している肘の部分を「パシン」と音を鳴らして両手で挟み込んだ。先日、ベルガの右足を治療した時と似たような動作だ。


「つっ!」


フォウラは軽く声を上げたが、マルクスが腕を放すと自分で肘を曲げてみて……


「いっ……痛く無くなっている……どうして……」


驚いて再び新入生を見上げると、彼女の肘を一瞬で治療したマルクスは


「だから言っただろう?人体の構造について通じていると。お前達を投げ飛ばした技を教わった師から受け継いだ技術だ。気にするな」


 軽く微笑みながら言うその表情を見たフォウラはまたしても胸がドキドキしている。そんな彼女から弟に向かって視線を移したマルクスは


「お前の腕も診てやる」


と、今度はダンドーの右腕を掴んで肘や肩を撫で始めた。


「ふむ。我ながら綺麗に極め投げしたようだな……。肘と肩を同時に潰してたか」


またしても軽く笑いながら、「歯を食いしばれよ?」と言いながら肘と肩を同時に抑えて回すような動作を採った。


「ううっ!うっ!」


ダンドーは右腕全体に一瞬激痛が走って呻いたが、マルクスが手を離すと


「えっ……どうして……」


右腕の痛みがすっかり消えている事に驚き、腕を曲げたり回したりしている。


「次は左手だ。骨がまだ繋がってないのだろう?」


「この手はもう……指は動かないかもしれないと……軍病院の先生が……」


「まぁ、見せてみろ」


言われるがままに三角巾から左手を引き抜いたダンドーと、その左手をまじまじと見つめるマルクスをフォウラは驚いた顔のまま交互に見ている。


「よし。また少し痛いぞ?舌を噛まないように歯を食いしばれ」


マルクスに言われてダンドーは歯を食いしばる。骨折している無名指(くすりゆび)から小指の辺りを軽く揉むように撫でると「ぐぅぅ……」と歯を食いしばったままダンドーが唸る。


やがてマルクスが手を離すと、目と口をガッチリと閉じていたダンドーは急に左手から痛みを消えた事に驚いて


「え……ええっ!ゆっ、指が……動いて……い、痛くない……」


 右腕の時に引き続き、再度驚愕の表情で声を上げる。隣でそれを見ていた姉も当然驚いている。マルクスに投げられて地面に叩き付けられた時の痛みは既に消えていたのだが、打撲では無く明らかに靭帯を負傷していた姉弟……更に指を二本、完全に骨ごと潰されていた弟の方は軍病院の医師からも諦めるように言われていた指が普通に動くようになり、茫然としている。


この光景を見て驚愕しているのはその場に居たアラム法務官やエラ憲兵課長も同様であった。勿論、彼らの脇に控えていた留置区画の警衛憲兵も呆気に取られている。


(こっ……こんな事が……まっ、まさか……本当に……魔法なのではないか……?)


アラム法務官の脳裏に浮かんだのは、姉弟の父であるアーガス・ネルが心身を消耗し尽した様子で……震えるように語っていた「あの若者は魔法ギルドと繋がっているのではないか?」という言葉であった。


あの時は「何を戯言を」と聞き流したのだが、その後どうもその言葉が脳裏から離れず、そして今日改めてこの被害者の若者と顔を合せて、その尋常では無い能力に驚かされっぱなしになっていたのだが、流石に今目の前で繰り広げられた光景を目にしてその「戯言」が俄かに頭の中を過った。


「きっ……君は……まっ、魔法を使える……」


気が付くと法務官は無意識のうちにその問いが口から出てしまっていた。法務官は自分の発言に驚いて咄嗟に言葉を引っ込めたが、隣に居た憲兵課長がその言葉に反応した。


「まっ……魔法ですと!?これが……魔法……」


 サムス・エラ憲兵課長は前職の内務省警保局警務部に奉職していた当時、ナトス・シアロンという同じ内務省貴族局私領調査部に居た現場調査官に協力して内務省を支配していたアルフォード前内務卿と魔法ギルドとの繋がりについて探っていた事がある。


元が内務省という王国政府の中では比較的魔法ギルドの内情に詳しい省庁に居たおかげで、彼は恐らく憲兵本部の中では最も魔法……厳密には「魔法ギルドと言う存在」について「知っている」人物であった。


結果的に自分が内務省から逐われた原因となった前内務卿一派との関係が囁かれていた「魔法」という単語を久しぶりに耳にして、彼も思わず声を出してしまった。


法務官や憲兵課長が放った「魔法」という単語はネル姉弟の耳にもしっかりと入り、二人は改めて目の前の新入生に目を向けた。


「ま……魔法……この怪我は魔法で治したの?」


フォウラが驚愕から恐怖の表情に変わりながら恐る恐るという感じで尋ねると


「ん……?魔法……?あっはははは」


マルクスは笑い出した。彼が突然笑い出したのでその場に居た一同は全員ビクリと身体を震わす。


「これが魔法ですって?法務官殿はこれが魔法に見えたのですか?」


「い、いや……しかし……その二人の怪我をこんな簡単に……魔法ではないのですか?」


 アラム法務官も、一旦口から出てしまってこれだけ広まってしまった手前、開き直ってこの若者に尋ねてみることにした。


「君が……魔法ギルドから力を借りたのではないかと……そういう話があったのです。しかしそれでも君自身が魔法を使うなどとは……」


「何ですと!?かっ、彼は……魔法ギルドと繋がっていると!?」


エラ課長も、法務官の口から今度こそはっきりと「魔法ギルド」という単語、それもその後に「その力を借りた」という話まで飛び出して来たので、ついに確信を持って声を上げた。


「これが魔法とは……法務官殿は一体魔法に対してどれだけ御存知なのですか?そして魔法ギルドですか……私があんな無法な連中と結託していると?」


疑惑受けた新入生は全く動じておらず、それどころか魔法ギルドに対して辛辣な言葉を吐いた。


「む……無法って……ま、魔法ギルドがですか……?」


アラム法務官はその言葉に一層驚愕した。


「だってそうでしょう。あの連中は何の法的根拠も無く、しかも国の機関でも無いのにあのような場所に目障りな建築物を置いて、色々と後ろ暗い活動をしているではないですか。

まぁ、大方のところは無能揃いなので王国側にもそれほど毒は回っていませんがね」


マルクスはニヤニヤしながら言葉を返す。


「しっ、しかし……君は今……魔法を使ったのではないのですか?」


「いやいや。これのどこが魔法なのですか……?法務官殿は魔法が使用されたのをご覧になられた事があるのですか?

まぁ、法務官殿のような高い地位にいらっしゃる方であるならば、そのような体験もされているのかもしれませんな……。

魔法ギルドにもお知り合いがいらっしゃるのでしょうかねぇ」


「いっ……いや……私も幸か不幸か、これまで魔法というものを見る機会には恵まれていないのですが……」


「なるほど、そうですか。私もまだそのような体験をしておりませんがね」


「えっ……では……今のは……彼らの怪我を治したその……」


「あぁ。これは魔法ではありませんよ。私が今は亡き師から受け継いだ治療術です……と言っても、教会の生臭坊主どもが使うような魔術由来のものではなくて、医療としての治療術です。

人体構造への精通によって骨と筋を『組み立て直す』技術です」


 マルクスは咄嗟に口からでまかせを並べた。彼も内心、自分がこの憲兵本部の一区画に結界を展開した上で姉弟に施した治療魔導をいきなり「魔法」と言い当てられて焦ったのだが、どうやらそれを最初に口にした法務官自身には魔法に関する知識が普通のレインズ国民レベルのものしか無い事を知り、強弁で乗り切れると踏んだのだ。


(しかし憲兵課長の反応が気になるな……やはり憲兵ともなると魔法に対する意識が他の国民とは違っているのか……?)


 マルクスは皮肉にもこの憲兵課長が、嘗て自分が傀儡にしたナトスの「同志」として、《青の子》の情報操作に踊らされながら内務省上層部と魔法ギルドとの結託を信じて色々と嗅ぎ回っていた事実を知らない。


それでもナトス一派の魔法ギルドへの監視や偵察も、当然ながら灰色の塔内部へ及ぶ事も無く、それまでの一般的な対魔法ギルドの知識に多少の上乗せがあった程度のものであり、とても「魔法ギルドに精通している」というものでは無かった。


(ふむ。この憲兵課長には今後警戒する必要があるな……)


そう考えたマルクスは展開していた結界を解いた。今の会話は全てこの近辺だけに留まって、結界の外部には聞こえていないはずである。


「さて。これで怪我も治ったと思う。憲兵課長に釈放手続きをして頂いて法務官殿の指示に従ってくれ。お父上との接触は法務官殿のご判断に従う事になるだろうが」


あえて話題を変えるようにマルクスはアラム法務官の方に振り返り


「彼らをこのまま少将閣下の滞在先に向かわせても構わないのですか?」


「え……あぁ……。私からは特に何も……サー・アーガスはアリストス通りにある『ホテル・ド・ノイタル』にご滞在されているようです」


 法務官から父の居所を聞いたフォウラは


「あ、ありがとうございます。それでは父ともよく話した上で改めてお詫びに参上致しますので……」


「いや、お気遣いはご無用。サー・アーガスには私の方から今回の和解について申し上げる事がございますので、手続きが済み次第当方より通知させて頂くとお伝え下さい」


「承知致しました……」


フォウラはここで改めてマルクスの方に向き直り


「ヘンリッシュ君……本当に……本当に申し訳ありませんでした……。そして……私達に更生の機会を与えてくれて……ありがとう……」


もう一度深々と頭を下げた。隣に立つダンドーも姉に倣う。そして頭を上げた彼女は何やら涙では無いキラキラとした目でマルクスの鳶色の瞳を見上げた。


「いや、最早お前達とは和解した事になるので気にする必要は無い。俺はこれからも変わらず士官学校生活を送るつもりだ。

お前達の今後の取り組みについて、とやかく言うつもりは無いが他の生徒達の為にも頑張ってくれ」


そこまで言うと、法務官と憲兵課長の方に向き直り


「お二方のお骨折りに感謝致します。私としてはこれにて本件への関わりを終わらせて頂きます。それでは失礼します」


と、これも深々と頭を下げた。


「そ、それではお送りします」


憲兵課長が慌てて応じ、法務官へ


「私は彼らをお送りして参りますが宜しいでしょうか?」


「あ、あぁ……私も門までお送りしよう。ヘンリッシュ殿のおかげで色々と助かりました」


 憲兵課長は一同を先導する前に、その場に居合わせた警衛の憲兵に


「君達……先程ここで見聞きした事は他言無用だぞ。これは命令だ」


真顔で申し述べると、先程の「魔法うんぬん」の会話を聞く破目になった二人の憲兵は慌てて「はっ!」と挙手礼を採った。


その様子を無表情で見守っていたマルクスへ


「では参りましょう」


と、憲兵課長は努めて明るく言うのだった。


****


 マルクスとネル姉弟を軍務省正門まで見送った法務官と憲兵課長は、姉弟が魔法ギルド側……つまり一号道路を西側に、マルクスが士官学校の門内に入るのを見ながら


「課長殿……先程の魔法の件ですが……」


「はい。法務官殿は本当に彼のあの所業が魔法であると?」


「いや……私自身、実は魔法になど興味が無いし彼の行為もそうだとは思っていないのですよ」


「えっ?それではなぜあの時……」


「いや……実は……。ふむ。ここはちょっと人の目が多いな。課長殿の部屋で話しましょう」


「え?あ、はい……」


 二人は憲兵本部庁舎二階の憲兵課長の執務室に入り、向かい合うように応接ソファーに座るとアラム法務官が先程の続きを話し始めた。


「実は……魔法について、私に言及してきたのはネル少将閣下なのですよ」


「えっ!?少将閣下がですか?」


「はい。先月29日の……閣下との面談の際に口にされたのですよ。まぁ……随分と弱り果てたご様子でしたがね……」


「まぁ、あの時の少将閣下は御令嬢と御子息の身柄を何とか解放して貰おうと必死のご様子でしたからな」


「あの……被害者……マルクス・ヘンリッシュは魔法ギルドと結託しているのではないかと。あれだけの短期間で次々と『自分の家の情報』を掴まれたのは魔法によるものであれば納得できると……そのように仰られたのですよ」


「な、なるほど……確かに言われてみれば……ネル家の事だけでは無く軍法裁判の構成員についても把握してましたからね……『彼』は……」


「それと、これです……」


 法務官は上着の隠し(ポケット)から先刻、マルクスが一気に書き記した「ネル家の協力者」の一覧を取り出して憲兵課長の前に置いた。


エラ課長はその小さな文字でビッシリと記された罫線紙へ目を眇めて内容を確認しながら


「こっ……これは……?」


動揺を隠さず尋ねた。


「先程の私との面談で『彼』がその場で書き上げた『ネル家の関係者』ですよ。確か……全部で74名だったでしょうか……」


「なっ、74名ですって!?」


「そうです。ご覧になれば解ると思いますが、これまで彼が明かしてくれた者達の名も記されております。憲兵本部からは他にも……三名、軍務省内には例の課長の他にも五名、内務省にも一名居るようです」


「内務省にも!?」


「あぁ……そう言えば課長殿は以前は内務省にお勤めでしたな……」


「え、えぇ……あっ、この人物ですか……護民局警備部とは……」


 前職が内務省の警保局警務部勤務であったエラ課長はその護民兵を監察する部署に居たのだ。

と、言っても警務部が行う監察とは主に人事査定に基づくもので、護民兵の行状監視というような性質のものでは無い。

むしろそのような職務を担っているのは内務省内で組織とは別に勅任されている「監察官」でこれは軍務省内における法務官と性格が似ている。


私領調査部にも似たような名前の「監察室」があるが、あちらは部署として存在しているものであり、勅任官では無い。一応監察室所属の現場捜査官も「監察官」と呼ばれているが、あくまでもそれは「監察室所属の調査官」という意味である。


ちなみに、護民局警備部というのは主に要人警護や国家行事における会場警備等を担当する部署である。


「『彼』は目の前でこの名簿を書き上げたのですよ……何も見ずにね……」


「そんな……人間業ではありませんな……」


「どう思われますか?課長殿は彼を『魔法関係者』であると見ますか」


法務官の目は真剣である。エラ課長は思案に耽りながらかなりの間を置いて


「いや……正直なところ、私にも判りません。しかし考えてみて下さい。もし、あの姉弟の怪我を治療した……あの『行為』を魔法であるとするならば……彼ほどの知性を持った者がそのように軽々と人前で『それ』をやりますかね……?」


「なっ……確かに……。課長殿の仰ることも一理ありますな」


「それに……これはあくまでも私の主観ですが、あれだけの怪我……特に弟の左手ですか。軍医殿でさえ『指の機能が回復する見込み薄』と断じられていた程のものを、いとも簡単に……何の『儀式』めいたものも無く治療してしまった様子が……魔法によるものには見えませんでした」


「ほぅ……課長殿にはそのように見えた根拠が何かおありで?」


「実は、私……四年前ですかね。一度だけ大聖堂の治療術官の下で治療術使用の場に立ち会った事がございまして」


「ほぅ……」


「まぁ、治療対象となったのは私では無く当時、酒に酔った近衛師団の隊員が同僚と決闘騒ぎを起こしましてね……名前は申し上げられませんが、まぁ両者共に貴族様の馬鹿息子達でして……片方が瀕死の重傷を負ったのです」


「ん……?聞いた事のある話ですな……。確か……軍法会議に掛けられて双方除隊になった件では?」


「あぁ……流石は法務部次長殿。憶えておいででしたか」


エラ課長は苦笑した。


「その瀕死になった側の実家から……まぁ、田舎の拝領貴族だったのですがね。それだけに金は持っていらしたので大聖堂の治療術官に依頼したのですよ」


「なるほど。課長殿はその際に付き添われたのですね?」


「はい。当時の私はまだ現職では無く憲兵課の主任でしたが……で、その際に治療術……あれもどうやら魔法らしいのですが、その内容を一部始終拝見しまして」


「ほぅ……貴重なご経験をされてますな」


「ははは……まぁそうですが……その時に見た治療術というのは、何か床に絵やら文字やら書かれた円形の敷石のような物の上に患者を寝かせて、大層な恰好をした治療術官が何やらムニャムニャと呪文……と言うのですかね。それを二時間くらい唱えながら棒を振り回していました。

結局それで、その近衛兵は一命を取り留めたどころか傷口も全て塞がって回復したのですがね……ただ、流れ出した血は戻せなかったようで暫くの間入院する破目になっておりましたが……」


「そ、そんな大層な事をするのですか?確かにそれは仰る通り『儀式』のようなものですな……」


「はい。怪我の程度こそあれ、恐らくですが治療術を使う場合はそのような儀式のような振る舞いが必要なのだと思うのですよ。

しかし先程見たあの青年……ヘンリッシュ殿が姉弟に対して施した治療には、そのような様子が一片たりとも見受けられませんでした。

大聖堂の治療術官ですらあれだけの儀式を執り行うのです。果たしてあのようなほんの数秒、何か撫でくり回しただけで魔法が使えるのでしょうか……?」


「ふむ。言われてみれば。なるほど……。ではやはり『彼』が使ったのは魔法では無さそうですな……」


「そうだと思います。しかし……あの情報収集能力はどうでしょう。確かに事件発生から考えてもまだ20日そこそこです。

そのような短期間であそこまで……特にこの名簿のような緻密な調査が出来ますでしょうかね……。

私は寧ろこれは魔法ギルドでも難しいのではないかと思いますが……」


 エラ課長は過去の自分の経験と照らし合わせて考えを述べた。自分が属していた内務省内の派閥では魔法ギルドの動向を探っていたわけだが、今回の被害者である青年が事あるごとに示してきた驚異の情報能力には、幾ら何でも魔法ギルドですら及ばないように思えた。


もしも魔法ギルドに、今回の青年のような能力があるならば内務省から観察されているという事態に対して、その能力を如何なく発揮するだろうし、もしも本当にそれだけの能力が発揮されれば……それこそ「シアロン派」の全容を全て暴かれて一斉に粛清されていたのではないかとさえ思える。


何しろ目の前の「名簿」の内容が凄まじいのだ。これを一月足らずで調べ上げ、あまつさえその内容をこのような紙面に法務官殿の目の前で書き記すなど……。


「つまり……課長殿は総合的に見て『彼』の所業は魔法ギルド……魔法使いの能力すら超えていると……そうお考えなのですか?」


「ま、まぁ……その内容を一つ一つ考察すると、そのような回答になってしまいますね……何ともこれは……」


 エラ課長は再び苦笑する。自分で言ってておかしくなるが、あの青年の能力は魔法ギルドに対して課長自身が抱いている想像を超えるものなのである。


「これは……どうされますか?マルクス・ヘンリッシュをもっと調べた方が宜しいのではないでしょうか?あまりにもあの能力……知性もですが、私の抱く常識の範疇を超えております」


一転して真面目な表情に戻った憲兵課長に対して


「いや、それはいけません」


 法務官の返事は意外なものであった。エラ課長は驚いて


「な、なぜです?明らかに『彼』は普通の人間には見えませんが……?」


「いや……課長殿のお話を伺っただけで私も彼についてもっと色々と知りたいのですが……既に彼から和解の条件を出されてしまっているのです」


「どっ、どのような?」


「和解が成立して軍法会議の取り止めが達せられた後は、我ら軍務当局は『彼』に対して一切、干渉や詮索を行わない事。軍務省と憲兵本部はこれを誓約しなければ和解には絶対に応じられないと言われ、私はこれを承諾しました。

つまり今後『彼』に対して何らかの調査等を行えば、それは誓約を破棄する事になり、その場合我々に対しても制裁を加える……と釘を刺されています」


 アラム法務官は憲兵課長に対して、改めて従前にマルクスの提示した和解条件を説明し、その条件を全て呑むことで当初難航すると思われたこの和解が成立した旨を話した。


「なっ……なるほど……。そういう事であるならば……これは下手に動かない方がいいですね……。私のような立場でこのような事を申し上げるのは……大変不躾で恐縮の極みなのですが、『彼』は敵に回してはいけないと思います……。危険が大き過ぎます」


憲兵隊を束ねる憲兵課長とは思えない発言にアラム法務官も笑うしかない。


「そうですね。幸いにして彼自身は何も悪い事をしているわけでは無いのです。寧ろ私が彼との接見で感じたのは、この王国……特に王室に対する尊重と法の権威に対する敬意。この国にとって『敵』という気配は微塵も感じませんでした。

寧ろ『味方』としてこの国にとって非常に有益な人物にすら思えます」


「法務官殿……実は……これはあの公爵閣下のご子息……マーズ主任教官殿からお伺いしたのですが……」


「え?な、何か?」


「あの青年……士官学生は新入生として首席であるにもかかわらず……卒業後は任官を希望していないのだとか……」


「え!?そっ、それは本当ですか!?そんな……馬鹿な……」


自らも「短刀組」として士官学校を卒業したエリート軍務官僚は絶句した。


「一体……彼は何者なのでしょう……なぜ……あれだけの力が有りながら……士官学校に入ったのでしょう……」


和解条件によって、その興味に応えて貰う機会を永久に失ってしまった法務官は和解が成った反面……とんでもない誓約をしてしまったと今更ながらに後悔するのであった。


【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ


ルゥテウス・ランド(マルクス・ヘンリッシュ)

主人公。15歳。黒き賢者の血脈を完全発現させた賢者。

戦時難民の国「トーンズ」の発展に力を尽くすことになる。

難民幹部からは《店主》と呼ばれ、シニョルには《青の子》とも呼ばれる。

王立士官学校入学に際し変名を使う。一年一組所属で入試順位首席。


フォウラ・ネル

17歳。王立士官学校三回生。陸軍軍務科専攻。二回生修了時点で陸軍科首席。学生自治会長。

学生の間では「自治会の女傑」として恐れられる。

主人公の初登校日に自治体への懐柔を試みたが無視された上に弟の左手潰され、激高して主人公を襲撃したが返り討ちに遭い、殺人未遂の現行犯で憲兵本部に連行される。


ダンドー・ネル

17歳。王立士官学校三回生。陸軍科三組。一回生修了時の席次は78位。学生自治会所属。

自治会長フォウラ・ネルの弟。身長190センチ強、体重120キロ以上と言われる巨漢。学年の席次は低いが姉の護衛役として自治会に所属している。

主人公に撃退された姉の姿を見てこれも激高し、主人公へ報復を試みたが姉同様に主人公に撃退された挙句、殺人未遂の現行犯で姉と共に憲兵本部に連行される。


ジェック・アラム

51歳。軍務省(法務局)法務部次長。陸軍大佐。法務官。

軍務省に所属する法務官のうちの一人でネル姉弟の軍法会議の際には検察官を担当する予定であった。

エラからの進言を受けて主人公にネル家との和解を勧告する。


サムス・エラ

45歳。軍務省憲兵本部憲兵課長。陸軍中佐。

王都において実質的に憲兵の実働を采配する軍務官僚でベルガの直接の上司に当たる。アラムに士官学校殺人未遂事件について当事者の和解を進言する。

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