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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第一章 賢者の血脈
5/129

魔法と魔術と魔導と?

今回も会話が長くなります。


【作中の表記につきまして】


物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに

準拠させて頂きました。

・距離や長さの表現はメートル法

・重量はキログラム法


また、時間の長さも現実世界のものとしております。

・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日 


但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日弱という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります

・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年

・4年に1回、閏年として12月31日を導入


以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくおねがいします。



 俺が足元に気を付けながら階段で一階まで下りるのとユーキさんが丁度店に入って来るのが同時であった。


「ルゥ。ごめんな。遅くなっちまって」


ユーキさんはカウンターの上に置かれていた手持ちランプに火を入れた。

階段で俺が降りてきた様子を見て


「なんだ。上に行っていたのか?暗いから怖かったろう?」


「だいじょうぶだった」


 カウンターのランプを灯してから作業台の上に吊るされたランプにも火を移しながらユーキさんが聞いてきたので安心させる為に返事をした。

ランプの灯す明るさに目が慣れてくると、開いた鎧戸の辺りにもう一人誰かが立っている事に気付く。

俺がそちらに視線を送っている事に気付いたユーキさんが、その「誰か」に声をかけた。


「あぁ、サム。すまんすまん。入ってくれ」


「はい。それでは失礼しますね」


 入って来たのは30歳前くらいの青年だ。落ち着いた雰囲気で黒いスーツ上下、タイも黒いと言う恰好だ。

ちなみに、ユーキさんも先程の上下白の調理服から黒っぽいスーツに着替えて来ている。喪服だろうか。


「こう申し上げては何ですが……ランドさんの所はこのところご不幸が続かれますね……」


「サム、不幸続きなのは俺の所だってそうだぜ?」


「左様でございました。益体も無い事を申し上げてしまいました」


「すまんな。こんな時間だが早速始めてくれ」


「かしこまりました」


 こんなやり取りが交わされた後、サムと呼ばれた人は祖父の遺体の状態を確認しながらあちらこちらのサイズをメジャーで測り始めた。

なるほど。この人は葬儀屋さんかな?変な表現かもしれないが、喪服を着こなしているように見えてしまう。

サムさんの言葉遣いは丁寧で、遺族に対して言葉を選びながら仕事をこなしている。

恐らく祖父の棺の大きさを決めるのだろう。ユーキさんの戻りが遅かったのは、この葬儀屋に立ち寄っていたからだろう。


「実を申しますと、今日は少々立て込んでいたのです。エベンスさんが報せにいらした時も私と父は店を空けておりましたものでして……」


「そうだったのか。俺もフランの奴が店に飛び込んで来て報せてくれたから慌てて駆け付けたんだけどな。マーサさん達がここに移してくれた後でよ……。なんかもう、ここに駆けつけて来るのも慣れちまったわな」


「ユーキさん、そんな事を仰ってはいけません。こう言う事は私のような商売でやってる者ならともかく、ユーキさんのような普通の暮らしをされていらっしゃる方なら十年に一度もあればいいくらいなんです」


「そうだよなぁ……それが普通だよな。ミムに始まって、アリシア、お袋、親父ときて今度はローレンだ。もう俺の周りにはラミアと、修行に出したジョーとこの……ルゥしか残ってねぇよ。これもみーんな5年やそこらで半分だぞ。クソっ、もうこれは呪いとしか思えないよな。アイツの」


「ユーキさん、滅多な事を仰ってはいけません。私は聞かなかった事にしますよ」


「あぁ、すまん。サム。でも実はもうどうなっちまってもいいと思ってるよ。このままだと次は俺かな?って」


「ユーキさんっ!」


「……あぁ。もう止めにしとくよ」


 ユーキさんの愚痴とも言える投げやりな言葉を強い口調でサムさんが窘めてから、二人とも無言になってしまいサムさんは黙々と計測作業を続けた。

暫く祖父の体のあちこちにメジャーを当ててから


「終わりました。では棺は先程店でお選び頂いた物で宜しいでしょうか?宜しければ少しだけ大きさを手直しして、明日の昼頃までにはローレンさんに入って頂けますので」


「そうかい。結構早く出来るんだな」


「ええ。元々ローレンさんのサイズに近い物をお選び頂いておりましたから」


「じゃ、頼むよ。忙しいのにこんな時間まで悪かったな」


「いえいえ。この仕事をしていれば普通の事でございますよ。では教会にはこちらから手配をしておきます。恐らく明日の午前中にはモートン先生からの書類も届きますでしょうし」


「すまねぇな。それじゃ送って行くよ。方向同じだし。ちょっと待っててくれな」


仕事を終えたサムさんを店まで送って行くと言ったユーキさんは俺の方に向き直り


「ルゥはどうするんだ?腹減ってるんじゃないのか?夜ご飯はどうする?俺の所で食うか?」


俺は一刻も早くリューンからさっきの話の続きを聞きたかったので


「ううん。だいじょうぶ。おじぃといっしょにいる」


とここに残る事を主張した。


「そうか……無理もねぇな。飯も咽喉を通らんかも知れないしな。分かったよ。ここの部屋だけ明かり灯けておくからな?」


「うん」


「何かあったら向かいのオバさんの所に行くんだぞ?あそこなら夜もやってるからな。ほら。こっちに来い。鍵の掛け方を教えてやるから、オジさんたちが出たら自分で閉めてみろ。

下だけならお前でも開け閉め出来るだろう。オジさんも本当なら一緒に泊まってやりたいんだがな。今夜はこれから色んな所を回らないといかん。朝になったらまた見に来るから、お前はゆっくりロ……おじぃにお別れを言ってやれ」


 そう言うとユーキさんは店の玄関で一枚だけ開けられている鎧戸の所に行き、鎧戸の締め方を俺に教えてくれた。

俺が教えられた通りに上下の桟にある鍵のうち、下の鍵だけをあっさり掛けるとサムさんと一緒に驚いていた。恐らく何度も根気強く説明する覚悟でいたのだろう。


「お前は……びっくりするくらい賢かったんだな。こんなの普通の子供ですら一度で覚えられないと思ったが……」


ユーキさんとサムさんは顔を見合わせ揃って苦笑いしながら、最後にカウンターと作業台のランプに油を足し直してサムさんと店の外に出た。


「いいか?オバさんの所に行く時はこの鍵でこの下の穴をこうだぞ?分かったか?」


「うん」


俺は鍵束から外された鍵で外側から下の桟に鍵を掛けてみせると、もう驚かなくなっているユーキさんは


「じゃあな。寂しくなったらオバさんの所だぞ?あそこは夜中でも空いてるからな」


と、通りを挟んだお向かいさんを指さした。向かいの《一角亭》は宿屋だ。夜中でも営業しているのだろう。


「うん。わかった」


「じゃ、中に入って鍵を掛けろ」


「うん」


 俺は一人で中に入って、鎧戸一枚を重そうに閉めて中から下の鍵だけ施錠した。

外から施錠音を確認したユーキさんが表から鎧戸をゆすって、下だけだが一応施錠された事を確認しもう一度「じゃあな!」と大きめの声をかけてサムさんと二人立ち去って行った。

二人の足音が遠ざかるのを鎧戸の内側から聞いて、俺は独り大きな溜息をついた。


(ようやくこれでまた独りになれたか)


俺はもう一度祖父の遺体を眺めてから、カウンターのランプを持ってまた三階の部屋に戻る事にした。


何故だかもう一度あの部屋に戻りたかったのだ。


 俺の頭の中に霧が懸かっていた頃の微かな記憶でも、あの部屋に入ったと言う思い出は無かったのだが先程足を踏み入れた時に、妙な……不思議な懐かしさのようなものを感じたのだ。


途中、階段で躓いてひっくり返さないようにと気を付けながら、ランプの持ち手をしっかりと握り慎重に急な階段を上った。足元が明るいとそれ程上るのが苦にならない。恐らく俺は毎日この階段を日常的に上り下りしていたのだろうな。


部屋に戻ると俺はベッドの横にあるスツールの上にランプを置いて、再びベッドに腰を下ろした。


『この部屋はな。お前の母がお前を産み落とした場所なのだ。お前はこの部屋で生まれたのだよ。ルゥテウス』


リューンからの情報に俺は軽い衝撃を受けながら、なるほど。だから懐かしい気がしたのかと独り納得してしまった。


『お前は祖父から母の事を聞いた事が無かったな』


(やはりそうか。アリシアと言うのが俺の母の名前なんだろ?)


『そうだ。お前の母の名はアリシア。アリシア・ランドだ。美しい娘だったぞ。

お前の髪の色と左目の瞳の色は母のものと全く同じだし、目元や鼻筋があの娘にそっくりだ。


お前はあの娘の美貌をかなり色濃く受け継いでいるな。生前の母を知るものであるならばお前を見てそう思わずにはいられないだろう。

近所の者達がお前に対して皆好意的なのも、その影響が強いと見える。


祖母のミム・ランドも美しかった。私が彼女を初めて見た時は、彼女にとって既に最晩年だったが37歳でこの世を去る寸前まで彼女は美しかった。

同時に精神……と言うか気持ちの部分が弱かったのだな。そこを病魔に蝕まれて若くして命を落とした』


(全く同じって……少しの違いも無いのか?まぁお前が言うならそうなんだろうな)


(おばぁ……って37歳かよ……そりゃユーキさんも嘆くわな)


(で……だ。さっきの話の続きと行こうじゃないか。俺を封印した奴は一体誰なんだ?)


『それなんだがな。ルゥテウス……今はまだその名を明かす事はできない』


(何だと?何故だ?俺が知ったところで報復できる相手では無いのか?)


『いや……まぁそれもある。それもあるんだが、それ以前に私の力でその名を明かす事ができないのだ』


(どう言う事だ?)


『恐らくこれも封印の力なのだろうな。私がこの名前を明かす事に対して、強力な《制約》が掛けられているようだ』


(はぁ?封印にそんな力があるのか?お前はさっきの説明が本当ならば史上初の血脈の発現者なんだろう?)


『確かにそうだ。私は最初の発現者でお前にも繋がる血脈の《始祖》と呼ばれる存在だ。しかしそれでもできる事とできない事はあるのだ』


『それにお前が魔法と言う存在について、どれだけの知識が封印の一部解放で得られたのか分からないが、封印と言うものは効果と堅牢さ、難易度など色々あってな。

お前に施されているものは魔術における封印の中でも《奥義》に属する強力なものだ』


『賢者の血脈の完全なる発現者であるお前を封印するのに、奥義級の魔術で施す必要があったと言う事だ』


『但し、奥義級と言うだけあって術の投射が難しかったのだろう。術者の想定したような働きをせずにおかしな挙動をしている』


『お前が下の階で施錠の訓練を課せられている間に確認してみたのだが、この制約は封印の及ぶ範囲と術者に関する全ての情報に対して発動するようだな。封印の存在自体はお前に告げる事は出来たが、「誰が、いつ、どんな内容」でと言う部分が全て規制されてしまう。多分……この説明が精一杯の範囲だろうな』


(うーん。魔術の奥義?それはどれだけ凄いんだ?)


『その様子では魔法に対する知識があまり解放出来ていないな。片瞳だけでも賢者の知が解放されているのに、魔法についての能力が戻っていないのは結構厳しい状況だ。

仕方が無い。あくまでも知識の補填と言う形だが、魔法について説明してやろう』


(むぅ。なんか聞きたい事から外れて行くが、時間はたっぷりある。なるべく簡潔に頼むぞ)


『心得ている。恐らくお前自身はまだ魔法が使える状態では無いのだろう。そんなお前に魔法の事を1から10まで教えても無駄だからな。1から3くらいまでにしておいてやる』


(……何か馬鹿にされたようで微妙にムカつく言われ方だな。しかし今は仕方無い。その言われ様に甘んじてやるわ)


『まず、魔法と言ってもな。それは大きく2つに分けられる。魔術と魔導だ』


(おぉ。それだよ。それそれ。俺の知ってるレベルの知識にも魔術と魔導が出て来るんだが、魔法と魔術と魔導は同じものじゃないのか?)


『まぁ、違うと言うか魔法と言うのは魔術と魔導を合わせた魔素を由来とする超自然現象を利用する技術の総称だ』


(うーん。ちょっとややこしいな。つまり魔法と言うのは概念のようなもので、実際の技術?が魔術と魔導なのか?)


(「魔法を使う」と言うのも正しいし、具体的にそれを「魔導を使う」「魔術でやった」でも正しいんだな?)


『そうだな。そう言う理解で問題無いと思うぞ。実は私もこう言う形で魔法を説明するのは初めてなんでな。どう言う風に説明すればお前の半端に解放された知性で理解して貰えるのか分からないが』


(おいおい。段々とディスりがひどくなってくるじゃねぇか)


『そう気にするな。これは仕方の無い事なんだ。全ての発現能力が解放されれば、こうした知識は全て勝手にお前の知性に吸収されて自己解決出来るはずなんだからな。だからこれまで私はこんな説明をする必要性が生じなかったのだ』


(なるほどな。本当にハタ迷惑な封印だ)


『話を戻すぞ。では魔術と魔導の違いについて可能な限り簡単に説明してみよう』


(頼むよ。解りやすくな?)


『魔術と魔導は一見、使った際に発生する「結果としての現象」に大きな違いは無い。例えば、薪に火を点けて焚火にしようとした際、魔術でも魔導でも同じように火を点けられるし、治療に使う際にも両者は同じように作用する。何しろ両者は同じ「魔法」だからな』


(お、おぅ……)


いきなり眩暈を覚えそうだ。


『両者の違いで最も分かりやすいのは、同じ現象を起こす際に魔術は《触媒》を必要とし、魔導には必要が無いと言う事だ』


いかん。また未知の単語が出て来たぞ。


(……うん?触媒って何だ?)


『触媒とは魔術を使用する際に必要とする様々な物質だ。素材とも言っていい。目的によってモノはマチマチだ』


(調味料みたいなもんなのかな?)


『うーん。両者の違いをもっと理解して貰う為に、魔法の成り立ちについて説明した方が早そうだな』


ヤバい。話がどんどん枝分かれして行くぞ。


(そうなのか?それじゃ頼む……)


『これを説明するには更にこの世界の歴史を大雑把に知って貰う必要もある。

魔法と言うそれまでの自然現象を逸脱する超常的な力は、私が約33000年前に魔素を発見した事から始まる。私が魔素を発見し、その活用に成功した事でこの世界に魔導が誕生したのだ』


(……え?魔法って、リューンが始めたの?凄くね?)


この話が本当であれば、俺は今凄い人と話をしている事になる。しかし、それは口が裂けても言いたくは無い。


『まぁ、自分の事だからな。これが凄いかどうかは分からんが、これによってその後の世界に大きな影響を与えてしまったのは否定できないな。これが遠因で人類世界は一度滅亡仕掛けたしな』


(お前は時々物凄い話をサラっとぶっ込んでくるよな。一歩間違えれば俺は人類滅亡に関する戦犯の子孫になってたのか)


『まぁその事自体もその後の魔法の発展に影響したからな。功罪併せ持ったと言うところだろう』


(エラく自分に都合の良い解釈じゃねぇか)


『とりあえず話を33000年前に戻すぞ。魔素そのものの起源は私が生きていた頃に行った研究で、それこそウン十億年くらい前に《惑星ラー》に衝突した巨大隕石状の天体由来物質が、衝突によって生じた高熱と圧力によって変質しながら分子として撒き散らされ、その時に起きた惑星規模の大気の撹拌の後に長い時間を経て大気の一成分として安定したと言う仮説を立てた』


俺は話の内容が辛うじて解るギリギリの綱渡りをしながら


(えっと、つまり魔素は宇宙から来たって事?)


『恐らくだがな。一応その証拠として私の死後に、研究の後継者達によってその天体物質が衝突したと推定される場所が発見されてな』


『その場所の地質成分を分析した結果、魔素と非常に近いモデル分子が検出されたのだ。


しかしそれ以降に発展した《超古代文明》の技術を以ってしても、衝突時の熱量と圧力を再現できなかった事から、その地質成分と魔素の因果関係を証明する事が出来なかったようだ。だから私の遺した研究は仮説の域を出る事が無かった』


(そうなのか。でも由来の学術的証明に拘らず結果の事象として魔導は使えたのだな)


『そうだな。私はその後も魔素の研究に打ち込み、発現者としての力もあって魔素を集めてそれを制御させながら組成を変質させつつ自らが描いたイメージとして投射する技術、魔導を生み出せたのだ』


今、俺は確実に理解の綱に片腕一本でブラ下がっている状態だ。


(なるほど。言ってる事はよく解らんけど、魔導は出来たんだね)


『そうだ。お前のその反応は魔導が使えない者が一般的に示す典型的なものだ。魔導を使うには、今私が言った事を本質的に理解していないといけない。

かく言う私も、今の説明で正しいのか自信が無いのだ。それくらい魔導と言うのは使用者を選ぶものなのだよ』


俺の理解力のせいでは無いと内心ホッしながら


(なんだよ……そうなのか。って事は魔導が使える人ってそれ程多く無いんじゃないか?)


『そうだな。私が把握している限り現代の世界で魔導が使える者は五人に満たないはず』


『それも《詠唱》だの《魔導具》などを使わずに自分の自由意思で魔導の発動を可能としている者は居ないのではないかな』


(え……?そんな少ないの?ならば魔導ってそんな気軽に語れるものじゃなくね?)


さっき出た、3000年に一人に比べたら世界に五人以下とか、多少マシだろとか思うのは俺の感覚が麻痺しちゃっているんだろうなぁ……。


『そうだな。だからこそ魔導が使える《魔導師》と呼ばれる者はいつの時代においても社会的地位が極めて高い。高いのと同時に各国、各組織から最も警戒される存在となる。あるいくつかの例外を除いてはな』


(例外?)


『教会などの宗教関係者だ。宗教界では長い歴史の中で極稀に魔導を使える者が出て来る事がある。

さっきも言ったが、魔導師は触媒を使う事なく、自己の発声である詠唱や、杖や帯などの魔導具と呼ばれる物体を振るったりして自分のイメージ投射に「目当て」を付ける事で魔法を使用出来るのだ。

そう言う者が治療などで自分の力を使ったり、信仰の防衛等で活躍する事により後の世に《聖人》等と呼ばれて宗教史に残る事がある』


(へぇ……なるほどなぁ。宗教かぁ。でもそれは結局の所リューンが生み出した魔導を利用しているわけだよね。奇跡でも何でも無いじゃん)


(先程からのリューンの説明によれば魔導と言うのは使用する為の素質云々は別として、ちゃんとした理論に基いての結果なんだから、それを教勢の拡大とかに利用しちゃったりするのは……おいおいって突っ込みたくなるなぁ)


『まぁ……お前が信仰を忌避したり軽蔑する気持ちは分からんでも無いがな。

私だって長い事こうして世界を観察しているが宗教や信仰には興味が無い。

なぜなら私自身が超越者と出会っているからな。あの体験のお陰で超常的存在に対して相当な免疫が出来てしまった』


(うーん。身も蓋も無いご意見ありがとう。お前の話が本当ならば、33000年もこの世を彷徨ってるお前自身の存在に説得力が有り過ぎるわ)


『とにかく、私が魔素を発見してそれを魔導として初めて使用した事によってそれまでの人類社会は一気に文明化したのだ。

賢者の知において得られた膨大な自然科学の知識を食糧生産や工業技術等に転換させたりしながら、私はその後の文明技術の発展に勤しむ事になった。


そう……《大導師》。


 賢者の血脈と言う存在自体、実は歴史的においても世間的に殆ど知られていない。

賢者の血脈は、それを受け継ぐ血脈を持った当人達の間で、発現していない者は無意識に、発現者はその力において粛々と受け継がれているものだが、私は血脈の力によって《大導師リューン》と言う名で後世に名を残すようになった』


(へぇ……それじゃお前自身はそれなりに知られた人なんだな?すまん。俺はリューンと言う名を聞いてもピンと来なかったが)


『そうだな。私の名を知っているのは失われた超古代文明を研究している考古学者や歴史学者、魔法ギルドの関係者辺りだろうな。一般民衆の日常生活には私の名前は殆ど接点が無いだろう』


(そんなもんだよな。さっきまでの俺だって魔法と魔術と魔導の区別がついてないくらいだったしな)


『そんなもんさ。そして話を戻すが、私が心血注いで発展させた文明社会は20000年以上続いてくれた。その間、人類は私の遺した初期の様々な研究を発展させて未曾有の繁栄を謳歌した』


『その間にも私に続く血脈の発現者は出現したし、ちょっとした人々の争いも発現者の力で硬軟取り混ぜて抑えたりもした』


『発現者が国を建てて直接的に社会を主導する事もあった。魔導はその間にも一般の人々には触れる事の無い隠然とした力で超古代文明を支え続けたのだ』


『私は賢者の血脈の始祖として以降の血脈保有者と違い、死後も《血脈の管理者》として超越者によって《不滅の存在》とされ、血脈の継承を見守る事になった』


『今のお前とこうしているのも《管理者》としての私の役目によるものだ』


『管理者としての私の役割は血脈を絶やさない事。この世界と次元を破滅させる事なく発現者を見守り送り出す事』


『これが超越者から血脈の授受と引き換えに命じられた私の使命だ』


『案外超越者もそれが面倒で私に役割を押し付けたのかもな』


(なんかその超越者と言う奴もなかなか人間臭い奴だな)


『しかし、そんな私にもいくつかの弱点があるのだ』


(ほぅ?始祖だの大導師だの、随分な肩書があるお前にも弱点があるのか)


『私の弱点のうちの一つは、管理者としての今の私自身にはそれ程力が無い事だ』


(……え?力が無いって何の力の話なんだ?)


『文字通りの《力》だ。私には今お前に色々と教え諭すような知識はあるが、実際に現実世界に直接行使出来るような力は持っていないのだ』


『お前を導く事は出来るが、お前が私自身の思惑を超えて何かしようとした場合、それを抑止できる能力は今の私には無い』


『私に出来るのは精々、お前や他の守護対象に何らかの危害や危難が降りかかる場合に、それを事前に察知して対象に直接的に伝えたり、何とは無しに誘導したりしてそれを回避させる程度の事しかできん』


『例えばその先の角の物陰に刺客がナイフを構えて待ち構えている事をその手前で教えたり、別の道に行くように《啓示》のような形で仕向けたりする事は出来るが、刺客そのものを私の力で直接排除する事は出来ない』


(あぁ、そう言う事か……)


『お前を見守り始めたのはお前が誕生した瞬間から。その前はお前を身籠った瞬間からお前の母が、私の守護する対象だった』


『お前の母は、お前を身籠っている間、それなりに色々な危難に見舞われたがその都度私が色々と立ち回って回避させていた』


『しかし私に出来たのはそこまでなんだ。結果的にお前の母がお前を産んだ時に命を落とす事も防げなかったし、お前の祖父の急死や祖母の衰弱死も防げなかった。私にも限界があるのだ』


(うん……え?ちょっと待って。俺の母親は俺を産んだ時に死んだの?難産だったとか、産後の肥立ちが悪かったとか?)


しかし、俺のこの質問に対してリューンは無言になった。


俺は今の話の中で、ある一つの確信を得る事ができた。しかし今の段階でその質問をリューンにぶつけるのは避けた。


(……そうか。しかし、そりゃ仕方無いわな。俺はお前を責める事はしないよ)


『そう言って貰えると助かる。もう一つある弱点。こっちの方がある意味深刻なんだが』


(まだあんのかよ!)


『私には血脈の発現者の出現を制御する事が出来ない』


(ん?え?どう言う事?)


『つまり、世界が滅亡の危機に瀕していたとしても、それを救う為に恣意的に発現者を産み出して対処させる事が出来ない』


『発現者の出現するタイミングは私の力が及ぶ外(管轄外)にあるのだ』


『発現者と言う存在の出現は超越者がコントロールしているのか、それとも別の存在の意思なのか、それすら私には分からないのだ』


『私はただひたすら血脈の存在を絶やさないように見守ると同時に《見護る》事しか出来ないのだよ。


現在お前が発現者として誕生したのも、誰の力なのか、それとも単なる偶然なのか』


(え……?そんなもんなの?こうして聞いてみると……いや、見守れるだけ凄いんだけどさ。


それでも……なんかちょっと33000年とか言う壮大な数字や「魔導はじめました」とか言うインパクトに対して何だかショボいな……)


『そんなもんさ。もし私にもっと力があったらお前に封印が施される事も無かっただろうしな』


(なるほどな……)


『結局、私は超古代文明の末期に起こった《大戦争》を止める事が出来なかった。


あの時せめて賢者の武でも賢者の知でも片方だけでいいから発現者が居てくれたら、恐らく止められたはずだ』


(大戦争って、アレだろ?何か星ごとぶっ壊れそうになるくらいに人が死にまくった戦争だろ?)


『そうだ。超古代文明は様々な技術革新を遂げて人間社会を劇的に繁栄させた。人類はついにあの《月》にまで行ったのだ』


『月にはこの星では調達しにくい資源が豊富に有る事が分かってな。月面に居住する為の施設まで造られていた』


(そりゃ凄ぇ話だな……)


俺は薄いカーテン越しに窓に映る欠けた月を眺めながらしみじみと言った。


『勿論、その月に有る資源の埋蔵を観測によって予言したのは発現者であったし、それを採取しに月に行く為の技術を産み出したのもその後に出た発現者だ』


『超古代文明の繁栄はこうした発現者の活躍無しでは語れないのだよ』


(うーん。改めて聞くと血脈の発現者と言うのは万能なんだな。何でもかんでも発現サマサマではないか。まぁ俺も発現者らしいんだが)


『しかし……だ。わざわざ遠い月にまで行って資源を確保したと言う事は、それだけ当時のこの世界を維持する為の資源(リソース)が不足し出した事で必要に駆られた結果とも言えるのだ』


(あぁ……そう言う風にも考えられるわけね)


『実際、資源の争奪があちこちで起き始めて世界がキナ臭くなった状況が100年程続いた』


『その間資源を融通し合う国家群がいくつか誕生し、それがいつの間にか大きくなって複数の列強国連合を形成して対立が先鋭化し始めた』


(うーん。ヤバい展開だな)


『更に100年程経過し、その間も月面での資源採掘技術や長期間滞在技術等が確立すると言う明るいニュースもあったのだが、今度はその資源が投入された開発地域で人口爆発を起こして世界は一気に食糧難を迎えた』


『通常の技術発展の速度とは一線を画す魔導が投入された研究で人体解剖学が急速に発展したおかげで医療技術に革命(ブレイクスルー)が起き、人はなかなか死ななくなったのだ。これも人口の急増化に拍車をかけた』


(あらら……。一気に技術が進んでも社会基盤(インフラ)が追い付いて行けなかったのね)


『寿命が延びる。新生児の死亡率も下がる。病気になりにくくなる。栄養摂取が効率化される。そりゃ人間は増えっ放しになるな』


(……俺の知ってる今の世界ではなかなか想像しにくい状況だな。ダイレムの下町がそんな悩ましい状況になる事はまずあるまい)


『世界の列強国は離合集散を繰り返しながら対立そのもので国益を追求するようになり、発現者の遺産である革新技術を人々の暮らしではなく兵器の発展に振り向けるようになった。徐々に破滅が近付いていた』


(……あぁ。こりゃいかんね。始まっちゃうのか)


『そうだ。私は「終わりの始まり」を予測して新たな発現者の出現を祈ったが、ついに現れなかった。私は仕方無く当時の血脈保持者を月に逃がしたのだ』


(おぉ!俺の先祖も月に行ったのか。夢のある話ではないか)


『本当に間一髪だった。他にも危険を感じて月への移住を希望する難民のような人々が殺到したからな。とにかく私は懸命に血脈保持者に働きかけて月へ技術労働者として赴任させる事が出来た』


『彼が惑星ラーから飛び立ち、7日後に月に降り立った翌日だった。大量破壊兵器による列強国連合同士の殴り合いが始まったのだ』


リューンの魔法歴史講座は物騒な方向に急速旋回して行った。

【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ


ルゥテウス・ランド

主人公。5歳。右目が不自由な幼児。近所の人々には《鈍い子》として愛されているがその正体は史上10人目となる《賢者の血脈の完全なる発現者》。しかし現在は何者かに能力の大半を《封印》されている。


リューン

主人公の右目側に謎の技術で文字を書き込んで来る者。約33000年前に史上初めて《賢者の血脈の完全なる発現者》となる。ルゥテウスの遠い先祖で《始祖さま》と呼ばれる。


ユーキ・ヘンリッシュ

主人公の伯祖父。47歳。ミムの兄。レストラン《海鳥亭》を経営。


サム

葬儀屋の若主人。言葉遣いが丁寧な若者。


ローレン・ランド

主人公の祖父。故人。港町ダイレムの下町で薬屋《藍滴堂》を経営。


アリシア・ランド

主人公の母。故人。ローレンとミムの一人娘で《藍滴堂》の看板娘。港町ダイレムで評判の美貌を持つ。


ミム・ランド

主人公の祖母。故人。ローレンの妻でユーキの妹。アリシアの美貌は母親譲りとの評判を持つ。


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