明暗の夏
【作中の表記につきまして】
物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。
・距離や長さの表現はメートル法
・重量はキログラム(メートル)法
また、時間の長さも現実世界のものとしております。
・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日
但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。
・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年
・4年に1回、閏年として12月31日を導入
作中世界で出回っている貨幣は三種類で
・主要通貨は銀貨
・補助貨幣として金貨と銅貨が存在
・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚
平均的な物価の指標としては
・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。
・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。
以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。
夕食の開始を知らせる五点鐘が鳴り響く中、入試会場となっている王立士官学校の構内は再び慌ただしくなった。
夕食が支給される事は勿論、「本校舎」と呼ばれる南校舎の東側に建つこの学校のシンボル的な建物である「大講堂」の正面入口に本日の宿泊場所が一斉に貼り出されるからである。
受験者は試験期間中である6月15日まで、考査実施規則によって構内の外に出ることが出来ない。
本日の試験開始後から既に正門は勿論、北側の裏門、西側の通用門にも在校生による立哨が増やされ、広大な敷地に沿った外壁側にも警備の歩哨が配されている。
尚、この警備担当も含めて案内役や試験の補助を務めている在校生は、これら行事の手伝いに参加する事で席次考査に加算される内申点目当てで参加している。
よって、その大半が校内でも席次上位の二回生と三回生で「模範生徒」と呼ばれる者達であった。
午後も図書館で過ごしていたルゥテウスは、再び構内対角線上に位置する第三食堂で夕食を摂ろうと、ゆっくりと一番最後に図書館を出て、今度は食堂に向かう途中で宿泊の場所を確認しようと大講堂のある南側を目指して歩き始めた。
6月13日は一年の中では限りなく夏至に近く、惑星ラーの北半球に位置する王都レイドスはかなり日の長い一日となっており、まだまだ空は明るい。
やはり先行している受験者達も図書館から南側に向かっている。
この宿泊の部屋割りは食事と違って全受験者に対して一ヵ所で行われる為、大講堂の入口前には既に大変な人だかりが出来ていて、掲示板には近付けそうに無い。
ルゥテウスは人混みを嫌って、先に食事を済ませてこようと、大講堂前から離れて昼食にも利用した第三食堂に向かって再び歩き始めた。
(時代の移り変わりでこれだけ出願者が増えているのに入試のやり方が数百年前のままではないか……。もう少し融通を利かせろよ……全く……この国は……)
ルゥテウスはこの国の硬直した社会制度に心中で毒づきながら第三食堂を目指した。
この国は建国以来3000年、あらゆる制度が建国時のままに踏襲されており、文明社会の成熟に伴った変化に対して制度の方が全く改まっていない。
昔ならば一日当たりの受験者はせいぜい500人程度で、試験も食事もそれほど混雑する事無く終えられたのだが、流石に1000人を超えるとなると途中の移動すら困難になってくる。
そもそもが300人という生徒数を対象とした施設に1300人が一斉に押し寄せて食事や宿泊をしようというのが無理な話で、これは王城を挟んだ反対側の官僚学校でも同じような状況になっているだろう。
今日は構内を移動するたびに文句が出て来る。ルゥテウスは漸く暗くなり始めた空を眺めながら予想通り、また席に空きがある第三食堂に入り夕食を済ませた。
この時間、ここで食べている者は彼と同じで宿泊の場所割りを確認せずに食堂に直行した者だろう。
未来の軍指揮官としては人混みに呑まれて時間を無駄にするよりは、こうした臨機応変な判断で行動する事は重要な事で、そういう意識がこの時点でしっかり働いている者は明らかに存在しており、ルゥテウスが良く見てみると昼食の際にも彼と同じ考えでこちらの食堂を選んでいた者が何人か見られた。
(もうこの時点で「出来る奴」と「そうでない奴」の差が出ているんだなぁ……)
昼と比べて多少は内容が上等に見える夕食のパンとシチューを口に詰め込みつつ辺りを見回してルゥテウスは思った。案外この食堂で悠々と食事を摂っている数十人の者の中で合格者が多く出るかもしれない。
食事を摂り終わった頃にこの第三食堂にも人が押し寄せてきたので、ルゥテウスは大講堂に向かった。時刻は既に18時50分。そろそろ掲示板の前の人だかりも落ち着いてきているだろう。
夏至の夕暮れも流石に暗くなってきて、掲示板の横にも篝火が焚かれていたが、思いの外見えにくくなっており、ルゥテウス同様に余裕を持って場所割りを確認しに来ていた者達も掲示の近くまで寄って自分の受験番号を確認していた。
ルゥテウスは近くまで寄って確認する気もなれず、数十メートル離れた所から掲示板を眺め、自分の受験番号を探した。
彼の持つ「賢者の武」は魔法の力に頼る事無く、体内各部の器官の働きが常人に比べて大幅に強靭強大で、その気になれば数百メートル先からも掲示物の内容を確認できる。
(宿泊する受験者が1282人……身体検査で撥ねられた者を含めると1300人以上が試験を受けに来ていたのか……)
ここで初めてルゥテウスは本日の受験者数を把握した。本年の受験者総数は把握出来ないが、この数字だけでも彼の記憶にあった昔の受験者数との違いを感じさせるものだった。
宿泊所に指定されている学生寮は構内北東区画……北校舎と東校舎の間に建っており、五棟の寮舎が建ち並んでいた。
ルゥテウスには幸いな事に時間を潰す為に過ごした北校舎東端にある図書館と隣接している。
図書館とこの寮舎群を挟んだ反対側に第五食堂があり、ここは普段寮生が使用する食堂だが、前述の通りこの試験期間中は寮生と在校生の案内係や試験官しか利用できず、受験者はここから離れた第一から第四食堂に割り当てがされていた。
図書館の利用時間は21時までとなっていたので、宿舎の場所割を確認したルゥテウスは再び図書館に入って引き続き各種文献に目を通していた。
21時が近付いて来ると、図書館を管理する職員が手鐘を持って、チリンチリンと振り鳴らしながら閉館を告げて回る。嘗てはここの管理も全寮制時代には寮生が持ち回りで行っていたらしい。
このように学内のあらゆる施設管理や雑事も可能な限り在校生の当番制によって運営されていたのだが、全寮制が廃止されて校内に常駐する学生の数が大幅に減った為に図書館には専門の司書が置かれて、その下で一般職員が管理を行うようになっている。
閉館を告げられた図書館利用者は書架に書籍を戻し、自身が指定された宿泊場所に向かう。ルゥテウスが指定されたのは三号棟の三階六号室で、中に入ってみると臨時に増設されたと思われる物を含めて十台のベッドが置かれており、それぞれに受験番号が掛かれた紙片が貼られていた。
部屋の隅に置かれた棚や机の数を見るに、恐らく普段この部屋は四名が定員だと思われる。
ルゥテウスの記憶に残っている全寮制の時代には、この広さの部屋を六人で使用していた。寮生が減ってからは一人当たりの広さが増したと思われる。
全寮制時代は各部屋に各学年二人ずつ、計六人で共同生活をしながら最上級生の二人のうち一人を「班長」に、二回生から一人を「副班長」として一部屋の人員を一つの「班」という単位で区分されていた。
役付きの上級生が残りの四人を率いて団体行動を採り、下級生は最上級生の振る舞いを見て翌年には副班長がそれを引き継ぐというやり方で、これを千年以上続けた事で、その部屋独自の「伝統」のようなものが醸成されていた。
信じられない話だが、卒業後の任官では「◯◯年度卒業」という横の繋がりの他に「◯号棟、〇階、〇号室所属」という縦の繋がりも嘗ては存在していた。
部屋特有の慣習が、その後の軍隊生活に少なくない影響を与えることもあり、「◯号室出身の者は他と比べて進級が早い」という評判まで存在していた程だ。
これらの部屋割りには勿論、海外からの留学生も混ざる事になる為に文字通り「同じ釜の飯を食った関係」となって卒業後も互いに異国の軍に所属しながら個人的な交流が続くというケースも存在する。これについては現代でも伝統が続いており、留学生は現代でも必ず寮を使用する規則になっているので、異国交流は続けられているのである。
(これはまた無理矢理ベッドを押し込んだな……)
ルゥテウスが改めて見回した室内は部屋一杯に十台のベッドが敷き詰められた「寝るだけの部屋」になっていて、出入口の扉の内側に貼り紙がしてあり、「23時消灯・6時起床」とだけ書かれていた。
彼の体内時計では既に21時20分を過ぎており、彼は急いで各々の寮舎一階に設置されている風呂場に向かい、手早く汗を流して部屋に戻ると窓際から二番目に置かれている自分の受験番号が書かれた紙片が貼ってあるベッドに腰を下ろし、「宿泊点呼」が来るのを待つ事にした。
宿泊点呼とは、22時から消灯までの間に職員が各部屋を回って、部屋割りを受けた受験者がちゃんと部屋に居るかを確認するもので、この点呼の際に所在が確認されない場合は試験の成績に関係無く不合格となる。
そもそもこの時間になって未だ自分の部屋に辿り着けていない者は士官学校に入学する事に対し適性的に論外なのである。
実際、入学後に寮を使用する者にもこの宿泊点呼に似た「消灯点呼」は実施されており、宿直当番や夜間演習参加生徒以外の者が毎晩23時に実施されるこの点呼の際に在室を確認できない場合は処分の対象となる。
この士官学校の寮生活においては「門限」では無く、この消灯点呼によって寮生を管理している。
前述の警衛や夜哨当番の者やその夜に夜間訓練や実習がある生徒は予め「寮長」と呼ばれる職員に届け出をしておく必要がある。
なぜ門限設定では無く寮内での点呼での管理なのかと言うと、前述の通リ士官学校生には「夜間訓練・演習」と「夜間警衛当番」が存在するからだ。
これら夜間に門を出入りする訓練や当番がある為に、士官学校の門は24時間「空いたまま」の状態なのだ。よって門限を設定して「門で締め出す」というのがなかなかに難しい。
開始時間もバラバラな夜間訓練や演習に参加する生徒で、「校外から通学して来る者が門から入って来る」のを締め出す事になってしまうからだ。
ルゥテウスの入った部屋には22時40分頃になって職員が点呼にやってきた。部屋割りを受けた十名が名前を呼ばれて返事をすると、点呼を行った職員は慣れた感じで
「明日は一点鐘(朝の鐘)で起床です。仮にその前に目が覚めても5時30分以前にベッドから出る事を禁じます。
起床時間から2時間を朝食等の準備時間とします。本日の昼と夜に各自利用した指定の食堂で朝食を済ませてから大講堂前に集合して下さい。
二日目の試験科目は二科目です。一科目につき三時間の長丁場となりますので、本日と同じように科目別で二組に分けられます。
科目割はこの宿泊の場所割のように大講堂入口に掲示板を出して発表しますので必ず確認の上で、九時から始まる各々の試験会場に遅れずに移動して下さい。以上っ!」
そこまで長々と説明するとさっさと扉を閉めて階下に降りて行ってしまった。この三階の六号室は寮舎の最上階で更に一番奥にある部屋となるので、この棟の点呼はこの部屋で終わりなのだろう。
(また大講堂前に全員集めるつもりか……。この寮の入口にでも貼り出した方が確認が楽だろうに……)
ルゥテウスは苦笑しながらベッドに横になり、その場で結界を張った。
その瞬間、彼が結界範囲に指定した彼のベッドは他の九人からは「存在を感じない」ものになってしまい、完全に彼の個人空間がそこに出現した。
普段はそれほど睡眠時間を長く摂らないルゥテウスであったが、特にやる事も無いので、外部からの音も光も、その存在さえも遮断された結界の中で寝間着に着替え、自らに睡眠魔導を施して消灯時間にまだいくらか時があるにもかからわず眠ってしまった。
同部屋の面々は消灯時間が過ぎて強制的に部屋のランプの灯が落とされても、今日の筆記試験での失敗を思い出したり明日の二科目への緊張などでなかなか寝付けなかったようだ。
恐らく全ての受験者の中でルゥテウスは最も良質な睡眠が摂れたのではないだろうか。
翌朝、ルゥテウスは5時30分に目覚めて結界の中で服装を整えてから結界を解除すると、部屋の中では二人程起床していたが彼の結界解除に気付いた者は皆無であった。
よく見ると、その二人はあまり良く眠れなかった様子だ。
5時30分を過ぎていたのでルゥテウスはさっさと洗面台に行き、洗顔等の身だしなみを整えてから部屋に戻り、「起床点呼」を待った。
暫くすると近所にある大聖堂の鐘が朝の訪れを告げると同時に寮内に起床ラッパの音が鳴り響き、昨晩寝付きが遅かった他の受験者達も眠い目を擦りながら慌てて起き出したところで、昨晩の宿泊点呼に来た職員が今度は起床点呼にやって来た。
「体調の優れない人は居ませんか?」
職員は点呼を取りながら一人一人の顔色を確認し
「では8時までに食事を終わらせて、大講堂前に貼り出される科目割を確認して下さい。また貴重品はこの部屋に遺して行かないように」
と言い残して去って行った。昨晩と同じくこの部屋の点呼がどうやら三号棟で最後のようだ。
点呼が済むとルゥテウスは足早に部屋を出て階段を下り、自分が利用できる二つの食堂のうち、距離が近い北校舎の第四食堂へと足を向けた。
他の者達がまだ起床後の準備に時間を取られている間に、早起きしてそれを済ませていたルゥテウスは、漸く席がまだ埋まっていない第四食堂へ初めて訪れて、朝食を摂る事が出来た。
時刻はまだ6時30分。今日のルゥテウスは昨日の薄い藍色のスーツ上下とネクタイに黒いシャツといういで立ちをひっくり返したように、黒いスーツ上下とネクタイに藍色のシャツという組み合わせで大講堂入口に出された科目割の掲示板を確認しに行く。
試験二日目に行われる科目は「数理科」と「諸法科」である。特に数理科は軍士官にとっては重要な科目で、暗号作成と解読、地図の作製に伴う現地測量にも応用される。
また、陸軍よりも海軍の艦上勤務では必須となっている教養で、星座を使った方位計算ができないと自艦の洋上での位置を見失ってしまう。
卒業後に海軍に任官する新任仕官は洋上航海で必ず「航海当直」に配置される。
この時に計算が出来ずに間違った自艦位置を航海石板に記入してしまうと、叩き上げの航海下士官に笑われてしまう。
一科目の中で更に幾つかの分野が存在する為、本日の筆記試験は二科目でそれぞれ三時間という試験時間が設定されている。
大講堂入口の特設掲示板には受験番号別に科目割が明示されており、ルゥテウスの場合は午前が数理科で昼食を挟んだ午後が諸法科となる。
彼は自分の予定を確認すると数理科の試験会場である第二講堂に向かって歩き出した。
偶然にも昨日の「歴史科」と同じ会場であったので構内がまた混み合う前に会場に入る。会場の中には昨日と同様に机が並べられ、演壇の後ろの壁には受験番号に対応した大まかな席順表が貼り出されて、自分の席を見付け易くなっていた。
ルゥテウスが何も見る事無く自分の席の場所を特定して着席すると、時刻は7時15分。試験開始である9時の二点鐘までまだ二時間近くある。
彼は腕を組んだまま目を閉じ、そのまま精神を統一するかのように席に座ったまま背筋を伸ばして身動ぎ一つせずに試験開始を待っていた。
そんなルゥテウスの姿を少し離れた場所から見ていた男が居た。男は右前方に背筋を伸ばしたまま全く動かなくなった金髪の青年を睨み付けて
(あいつ……昨日ずっと図書館に居た奴だな。服装が変わってる……。フン。金持ちの家の者か)
男は痩せ型のルゥテウスとは違い、浅黒くがっしりとした身体付きに平民の服装……生成りの半袖シャツ一枚に黒いスラックスという装いで、鋭い視線をまだまだ空いてる会場の空席をいくつか挟んだ先に送り続けている。
この男は昨日、やはりルゥテウスと同じように時間を有効に使うべく案内係に言われるがままの大集団を避けて第一食堂や図書館を利用し、この印象的な青年の姿を見覚えていたらしく、今朝改めて筆記試験で近くの席に座る「あの男」を見付けたようだ。
男の服装の色が「青から黒」へと変わっている事にすら気付き、それも平民が普段着るようなものでは無い物であった為に上流社会の家の者であると勘違いしたのだろう。
彼がルゥテウスの事を強く覚えていたのには他にも理由がある。図書館で彼の姿を見かけた時に、その周囲の女子受験者の視線をも集めていた事に多少の苛立ちを覚えたからだ。
(クソっ!金持ちの優男がっ!どうせ女には不自由していないんだろうよ!)
左後方から何か自分に対して負の感情が伴った視線を受けている事に当然ルゥテウスも気付いていたが、彼はあえてそれを無視していた。
彼の目的はこの士官学校をまず卒業することで、自身の戸籍を固定することであり、その「ついで」に海軍艦船の運用法を学ぼうと思っているだけである。
特に今日これから行われる数学……更に午後からの法律科目は、そもそも建国時に法律が制定された際に、その草案作成に関わった本人の記憶を持っているのである。
今回の入試に際し、ルゥテウスがそれに対して何か特別に予習や対策を講じた事は一切無い。
あえて言えばヴァルフェリウス公爵家当主が不在の時に屋敷の書庫でこの王国の近現代史についての文献に目を通した程度で、それも数年以上前の少年だった頃に蔵書の内容に頭打ちを感じて止めてしまっている。
初日の近現代史の科目をひとまず終えた今となっては、他に彼の緊張を呼ぶような科目は残っていない。三日目の一般教養にも当然不安は無いので後は規則と時間割に沿って残りの二日間を過ごせばいいだけである。
自分に対して執拗な視線を送って来る「男」はどうやら昨日の図書館で何度か視界に入っていた顔のようだが、別に彼から何か恨まれるような事をした覚えも無いので、ルゥテウスはそのまま放置することにした。
とにかく自分は目立ちたくは無いのである。
ルゥテウスが目を閉じたまま何か瞑想するように身動ぎせずに席に着いている間にも時間はどんどん経過し、この会場にも次々と受験者が入って来ては前方の演壇後ろの壁で自分の席に見当を付けながら着席して行き、会場内の席は見る見るうちに埋まって行った。
やはりルゥテウスは全く意識していなくても彼は非常に目立つ外見をしていおり、彼の周囲の席に着いた異性の受験者からは何とは無しに、先程の男とは違った視線を浴びていた。勿論そのような視線には「悪意」は含まれていなかったのでルゥテウス自身はそれを全て無視して「瞑想」を続けている。
8時40分になって、前方の演壇には試験官が十名程並び、その中の年嵩の男性試験官が試験の科目内容と改めて注意事項等を説明し始めた。
試験が始まると会場の受験者から見て前方に三名、後方に三名、そしてその中を移動する四名の試験官とその助手となる在校生十人が試験中の会場内を厳重に監視する。
不正行為が行われたと判断された者は受験番号を控えられて、騒動を避ける為に試験終了後に不合格処分としてそのまま校門から外部に排除される。この際の受験者への取り扱いとして身分の貴賤は当然関係無い。
昨日もどうやらルゥテウスとは反対の時間割組で不正行為が数件発覚したようで、彼の与り知らぬ視界の外で貴族の息子と思われる身形の整った受験者が身体を拘束され、その職員に何事か罵声を浴びせながらも校門まで引き摺られて行ったらしい。
二点鐘が聞こえた後に、試験開始を告げる手鐘が鳴り響くと受験者達は一斉に机上の用紙を裏返して問題を解き始めた。
数理科は三時間で大小合わせて150問の出題があって問題用紙はちょっとした冊子のようになっている。
ルゥテウスは次々と用紙に解答を書き入れて行き、全体の八割……120問を書き入れたところで手を止めた。
(ここで止めても八割の正答を確保できるはずだが……この後を無回答にすると不自然に目立ちそうだな。面倒だが埋めるか……。満点を取るよりも不自然な無記入で「悪目立ち」する方が良くないだろう)
と思い直したルゥテウスは残りの問題も全て解答し、数理科目は試験開始僅か20分で満点解答になることが決まった。
士官学校や軍においては、入試四科目でこの数理科の成績が最も重視され、席次決定においても一番影響を与えるとされている。
皮肉な事に「目立たない学生生活」を目指すルゥテウスはその最も注目される科目で満点を取る事になった。
実際、午後に実施された諸法科の科目についても彼は満点解答を行っており、翌日に遺された「一般教養」の科目でも非常に高い正答率を出したが、残念な事に彼の持つ「古い常識」と現代社会のそれに一部乖離が生じている為に満点とまでは行かなかった。
ルゥテウスは各科目の試験において開始から30分以内には解答を終えて、後はそのまま姿勢を正したまま二時間以上に渡って瞑想するような仕草で試験の終了を待った。
その間、彼の頭の中ではドロスやノンからの念話による報告などを受けたり、先日から新たに彼にとって興味の対象となった「母方の家系の不思議」について考察したりと、とても瞑想とは程遠い状態ではあったが……。
三日目の午前……最後の科目であった一般教養試験を終えて、いつもの第三食堂に向かうルゥテウスは突然背後から声を掛けられた。
まぁ、本人は当初自分が呼び止められている事に気付いて居なかったのだが。
「おいっ!そこのっ!お前だ!ヒョロ長い金髪野郎っ!」
二度目の喚き声で、それが自分に向けてのものだとルゥテウスは気付いたが、彼は当然のように無視した。
そのような粗野な呼び掛けに応じる義務は無いし、そもそもがこの試験期間中は勿論、この先の学校生活においても「可能な限り他人と関わり合いたく無い」というのがこの偽装賢者の考えだからである。
するとその喚き声の主は
「テメェ!この野郎っ!何スカしてやがるんだよっ!」
背後の気配が急接近してきた。どうやら背後から駆け寄って彼の体の一部でも掴もうとしているのだろう。
気配はそのまま彼に飛び掛かるような勢いで近付いて来た。
そのタイミングを見計らってルゥテウスは自身の体一つ分、左に避けた。
まるで背中に目が付いているかのような身ごなしによってルゥテウスが急激に体の位置を変えたので、声の主はそのまま飛び掛かる勢いで彼が今まで居た位置で両腕を空振りさせた後にバランスを崩すように前方にのめった。
結局、そのまま勢いを殺しきれずに声の主はルゥテウスの右前方の石畳みに勢い良く転倒する破目になった。よっぽど勢いを付けて飛び掛かって来たものと見える。
ルゥテウスはその転倒して石畳に這いつくばった声の主に目を向ける事も無く第三食堂への道を急ぐ。
三日目になって流石に他の受験者達も「人の流れ」を掴んだのか、穴場であった第三食堂を利用する者が増え始めたので、急がなければ第四食堂同様に長蛇の列に並ぶ可能性が出てきたからだ。
声の主は体を起こしながら
「こんの野郎っ!ふざけやがってぇぇぇ!」
と喚き散らしている。
ルゥテウスはそれを背後に聴きながら
(何だ……?奴はどうやら俺に向かって来たようだが……理由が判らん)
と内心首を傾げながら道を急ぐ。既にこの声の主の奇行を見た周囲の人間は立ち止まらずともこの騒動に視線を向けており、昼食時の混雑した広場の人の流れにちょっとした「空間」が出来ていた。
声の主は懲りずに前方を歩くルゥテウスに向かって駆け寄り、今度はその前方に回り込んでその歩みを妨げるように立ちはだかった。
「この野郎っ!さっきから俺様が呼んでるんだぞっ!」
「テメェ!昨日から様子を窺っていたがスカした態度で試験もまともに受けてねぇじゃねぇかっ!」
この男の目は血走っている。精神状態がまともでは無い事が一目で知れるものだ。
「俺はなぁっ!今年が最後なんだよっ!今年受からないと……もう来年は二十になるから受験資格が無くなるんだっ!だから今年に全てを懸けて来ているっ!家族の反対を押し切ってまでもだっ!」
「だからお前のような金持ちの色男がスカした態度で……それも不真面目に試験を受けていると腹が立つんだっ!」
(この男は……何を言っているんだ?)
ルゥテウスは珍しく困惑した。
「人違いではないのか?」
本来ならばこのような者は無視して食堂に急ぎたいのだが、この人混みの中で突然絡まれた上に前方を立ちはだかるように塞がれている。
一応、最低限の「反応」として声を掛けてみた。
「人違いじゃねぇ!確かにお前だっ!俺は初日の試験からずっとお前の『態度』を見てイラついてたんだっ!」
どうやらこの男は試験中のルゥテウスを初日からずっと観察していたらしい。
科目割で何度か受験組の入れ替えは行われるはずだが、全ての人員を残らず混ぜるのは当然不可能な事で、中には彼らのように三日間を通して同じ組に入れられるケースは珍しいことでは無い。
そして席の配置は全て受験番号順に行われるので、その番号が近いものだとどうしても試験の座席配置は近くなってしまう。
どうやらこの男はそういう状況で、試験中のルゥテウスを三日間に渡って視界の中に収めて来たのだろう。
そして試験開始後30分もすると解答記入を終わらせて背筋を伸ばして瞑想に入る彼を見て「ヤル気も無いのに試験を受けに来てふざけた態度を取っている」と思い込んだようだ。
この男はどうやら過去四年に渡ってこの士官学校入学考査に失敗を続けているらしく、年齢的な受験資格制限の関係で今年が「最後のチャンス」であるようだ。
四年にも及ぶ浪人生活ですっかりと精神的に追い詰められていた事もあるだろうし、働く事もせずに四年間を受験勉強に費やした事で、家族からも白い眼で見られているのかもしれない。
そのようなストレスを過分に抱えた「意識と自尊心だけは高い」受験者が、毎日のように衣装を変えながら「不真面目に見える態度」で受験に臨み、周囲の女性受験者の視線を浴びながら澄まし顔で歩くこの年下と思える美貌の青年に対して突発的に感情の制御が利かなくなってしまったのか。
「イラ立つのはお前の勝手だが、俺は金持ちでも無いし不真面目な態度でこの試験を受けてはいないぞ」
ルゥテウスが困惑しつつも立ち止まったので、各食堂に向かって混雑しつつも流れていた「人の川」にも立ち止まる者が続出して、たちまちその場に「人の輪」が作られた。
「その態度がイラつくって言ってんだよっ!」
男の言い分は最早支離滅裂になっていた。口角から泡を吹きながら血走った眼で目の前の今日は彼の瞳の色に似た臙脂色のスーツ上下に濃い灰色のシャツと黄色のネクタイというやや目立つ服装をした青年に憎悪……殺意すら感じる視線を送っている。
周囲を取り囲んだ「野次馬」達も、この浅黒い肌で姿勢の悪さが目立つ男が、その正反対とも言える身形の青年に因縁を吹っかけている理由がよく解らずに……ただ金髪で眼鏡を掛けた青年の姿の良さに目を瞠りながらも、その相手には軽蔑の眼差しを送っている。
明らかに「みすぼらしい」男側の言い分には無理があり、長身の男の方が「被害者」である事は明白であった。
「テメェみてぇな奴がなぁっ!遊び半分の箔付けでやってるのと違うんだよぉっ!俺はぁっ!だからテメェみてぇなのを見るとなぁっ!腹が立ってしょうがねぇんだよぉっ!」
どうやらルゥテウスが立ち止まって相手にしてしまったので……彼の感情を余計に逆撫でしてしまったらしい。
理不尽と言えばそれまでだが、これはもうお互いの事情を知らない状況の中で心の弱い者「持たざる者」が、自分の境遇に対して何もかも対極だろうと思われる相手に一方的な嫉妬と羨望から自制を喪失してしまったとしか言えないのではないだろうか。
ルゥテウスが相変わらず困惑顔で首を傾げていると、その態度が更に火を点けたのか……彼に対して進路を塞ぐように両手を広げていた男がそのまま飛び掛かろうとした瞬間……。
その男は地面に組み伏せられていた。それと同時にルゥテウスも両腕を背後から拘束された。
「あなた達は何をやっているのですっ!」
野次馬の輪を掻き分けてきた「案内係」と思われる在校生の集団が彼らの間に割って入ってきたのだ。
浅黒い肌の「因縁男」は男子在校生が格闘訓練よろしく地面に組み伏せ、ルゥテウスの両腕にはそれぞれ男女一人ずつ別の在校生が組み付いていた……がその直後、二人の脳内に
『俺に触れるな』
という言葉が直接入り込んで来た「気がして」、男女の在校生は弾かれたようにルゥテウスから身を離した。
身を離してから、身構えてみて……今の一瞬で何が起きたのか判らないとでも言うかのようにポカンと口を開けている。
二人を叱責した女子在校生を含めた四人の「案内係」がこの制止劇に参加したらしい。
「何をしていると言われてもな……俺は食堂に向かって移動していたつもりだが?」
ルゥテウスの態度は微塵も乱れていない。彼は「被害者」であり、それ以上でも以下でも無い為に、直前までの行動を伝えるしかない。
「コイツがっ!この野郎がぁっ!」
対して、地面に組み伏せられている男からは相変わらず憎悪の感情を多分に含んだ悪態が吐き出されている。
「あなたは彼に何をしたのですかっ?」
ルゥテウスらに叱責を浴びせた案内係四人のリーダー格と見られる女性のやや尖った声に対して
「俺が聞きたいくらいだが」
苦笑を浮かべながらルゥテウスが応じる。
「事情はそいつに聞いてくれ。俺は昼食を摂らねばならない」
ルゥテウスは立ち去ろうとしたが、女性は
「待ちなさい!このような状況になったからには、あなた方二人から事情を聞く必要があります。このまま別の場所まで同行願います」
と尚も彼を引き留めた。ルゥテウスは流石にこの理不尽な状況に不快さを表情に表して
「ではお前が俺の『昼食を摂りに行く』という行動に対しての保障を担保してくれるのだな?」
「ど、どういう意味ですか?」
ルゥテウスの言葉に多少動揺しながら女性が聞き返すと
「俺は今も言った通り、この定められた時間内に定められた場所で昼食を摂ろうと移動していただけだ。
そこにこの男がいきなり絡んで来たと思ったら、今度はお前らが別の場所に俺の身柄を移送しようとしている。
つまり従前の俺の行動を中断させる権限がお前にあって、その俺の行動をちゃんと保障できるのかと聞いている」
「わ、私は受験者同士で揉めているという通報を受けてこの場に駆けつけて来ただけです。
そして事実あなた達が対峙していた。だからそれを制止した上で対峙するに至った事情を聞きたいと思っただけです」
「対峙などしていないし、揉めてもいない。この男が一方的に食堂へ移動中であった俺に襲い掛かってきただけだ。
俺はこの男を見たのは今が初めてだし、この男から襲われる理由に心当たりが無い。俺からお前達に話せる『事情』はこれだけだ。
これに納得出来ずまだ俺を拘束するつもりであるならば、今も言ったがこの後の俺の行動に対しての保障がある事を今ここで誓約しろ。
俺の知っている限り、お前がこの状況で俺の行動を掣肘出来得る法令的根拠は存在しない。
法的に俺を拘束できない以上、それに代わる『担保』を示せと言っているのだ」
ルゥテウスの女性を見る眼差しには厳しさが含まれている。女性は受験者同士のこういった衝突が発生した際に、それを仲裁する役割も案内係として担っていたが、所詮はルゥテウスよりも二、三歳上である学生でしかない。
軍隊式の教育を受けていて、衝突に対して実力を以ってそれを制止する事は出来ても、このような法令云々の対応を迫られる事に慣れているわけがない。
「早く回答しろ。お前がそうしている間にも貴重な昼食指定時刻が費消されて行っている。もしこのまま指定された通りに俺が昼食を摂れない場合は、今起こっている出来事を俺は然るべき場所に上申する必要があるのでな」
ルゥテウスからの落ち着き払ってはいるが、矢継ぎ早の追求に対して女性は完全に呑まれる形となり、その場に立ち尽くしてしまっている。彼に襲い掛かった男は相変わらず地面に抑え付けられたままであるし、両脇からルゥテウスを拘束しようとした男女も金縛りにあったかのように動かなくなっている。
このような騒動が起こり、それを制止する為に割って入った在校生集団が逆に当事者の一人である美しい男子受験者に一方的にやり込められている光景を、最初は面白半分に見物していた周囲の野次馬も、ルゥテウスの「こうしている間に時間が過ぎていく」という言葉を受けて、自分達の時間も無くなって行っている事実に気付いたのか、慌ててその人混みの環を抜けて自分達の目的地でもある各食堂に移動を再開し始めたので、環は急速に小さくなっていった。
「その人の言った通りです。いきなりそっちの人が後ろから掴み掛かろうとしてました」
一人の女子受験者が勇気を振り絞って、それでも小さな声で案内係の女性に証言すると、その周囲からも「そうだそうだ」「そいつが突然襲い掛かったぞ」等とそれを補強するかのような声が出始めた。
ルゥテウスにやり込められた女子在校生は、その声を聞いて我に返り
「わっ……分かりました。どうやらあなたは一方的に被害を受けたようですね。では昼食を食べに行って構いません。時間を取らせてしまったようね。失礼したわ」
不承不承と言った具合にルゥテウスへ謝罪をした彼女は
「モラス、その彼はそのまま拘束して詰所まで連行。事情を聞かせて貰います」
と、地面にまだ血走った眼をしてルゥテウスを睨み上げている男を組み伏せていた男子在校生に指示して、そのまま男を立たせて軍隊式に拘束しながら西側にある警衛詰所に連行して行った。
ルゥテウスは、小声ながらも勇気を出して案内係に証言をしてくれた女の子に
「礼を言う。わけの判らないままに俺も連れて行かれるところだった」
と苦笑交じりで礼を述べた。
「いっ、いえいえ……私は見たそのままを伝えただけですから……」
ルゥテウスに礼を言われてすっかり動転してしまった女の子は、顔を真っ赤にしながら
「で、では……」
と、第一食堂の方へ向かって歩いて行った。
ルゥテウスも第三食堂の方向へ再び歩き始めたが
(クソっ……とんだバカのせいで余計に目立つ破目になっちまった……)
と内心で先程の「通り魔」に毒付きながら歩を速めた。
そもそもなぜ、ルゥテウスがあれ程までに案内係の女子在校生に食い下がったのかと言うと……原因は彼の「古い時代の入試風景」によるものであった。
彼の記憶している数百年以上前の士官学校入学考査においては食事時間、それも「指定された時間と場所で『食事をしたか』」という事実が、合格者の選定に対して重要な要素となっていた。
そもそもこの「指定された食事に対する『命令』」というのは軍隊にとって非常に重要なもので、まず食事そのものが軍隊を維持する上で相当重要な要素となっている事は言うまでも無い。
その上で、その食事を「決められた場所で決められた時間に済ませる」というのはもっと重要で、戦闘態勢でもない限りこれが順守されないと状況行動中の兵員の体力と集中力の低下にも繋がり、また食欲がある程度満たされていないと兵士は空腹を満たす為に略奪に走ってしまう。
なので、無理矢理にでも兵員に対して「食わせられる時は食わす」事を行わないと、いざと言う時に行動力を欠いてしまうのである。
その考え方が、そのまま入学考査に反映されていた時代が確かに存在していた為、その頃のある意味「因習」が記憶の中に残っているルゥテウスには、「定められた食事時間内に定められた場所で食事を摂る」という「指示」が……それが例え案内係からの拘束命令よりも優先するという「常識」になってしまっているのだ。
逆に案内係の女性には、そのような昔の時代にあった「文明国家の軍隊における食事に対する考え方が反映された入学考査」という慣習が、近代以降の受験者数が激増した煩雑さから、それを選定評価から廃した事情すらも知らない為に、その「古い考え方に拠った」ルゥテウスの言い分と噛み合わなかったのである。
詰所に連行された男はまだ興奮が醒めずに道中で多少の抵抗を示していたが、詰所内に引っ張り込まれて、中に居た他の警衛当番の在校生に囲まれると途端に大人しくなった。
「あなたの受験番号を控えさせて頂きます。それと名前は?」
本来ならば、このような尋問を当番学生は行わない。本来の夜哨任務で不審者を捕えた場合は、すぐに南校舎にある警衛本部に伝令を走らせて憲兵隊からこれも当番制で派遣されている警衛仕官の判断を仰ぐ形になる。
しかし本日はこのような受験者が多数構内に入っている特殊な期間なので、受験者の起こすトラブルについては詰所に居る当番学生にある程度の判断が任されていた。
今回のような死傷者が出ていない案件に関しては受験番号と名前を控えた上で、トラブルに至った事情を簡単に聞く程度だ。
しかしこのまま拘束者を放すと、同じトラブルを起こすと判断された場合は警衛本部に引き渡した上で受験中止措置として校外に放逐するか、既に本日が考査最終日なのでこのまま終了まで拘束するかを判断する事になる。
「名前を言いなさい」
先程の案内係を率いて来た女子在校生は、そのまま取調官となり「男」に尋問をする。
「わ、私は……ソルグです」
ソルグと名乗った男はどうやら姓を持たない者らしい。
「ではソルグさん、年齢は?」
女子在校生……イント・ティアロンの尋問は続く。
「じゅ……19歳です……」
「19歳……すると今年が最後の受験機会ですよね?そのような大事な機会に何故あのような騒ぎを起こしたのですか?」
受験者ソルグは在校生のイントより二つも年上であった。イントは17歳。9月の新年度から最上級生になる模範生徒の一人だ。
二回生を終えた時点で席次六位。この席次によって彼女は今回志願した入学考査の案内係で班長を務めている。そして偶然にも今旬は警衛当番でもあった。
「あいつが……あいつが……ふざけた態度で試験を受けていたからだ……です」
ソルグはルゥテウスの事を思い出したのか、少しまた興奮度合が戻ったかのように声音が高くなった。
「ふざけた態度とは?」
尚もイントが尋ねる。
「あの野郎……試験が始まると適当に何かを書いただけで後はずっと何もせず座っているだけだった……俺が……俺がこれだけ苦労して……悩んで試験を受けているのにだ……」
イントはやや呆れ気味に
「適当にって……あなたは彼の答案を覗き見たのですか?」
「見えるわけがねぇだろう!俺と奴の机はずっと離れてるんだ!覗けるわけねぇだろうがぁ!」
ソルグは激高して椅子から立ち上がろうとするが、両脇に控えていた警衛当番の在校生に両腕と両肩を抑え付けられて再び椅子に座らされた。
「ではなぜ彼の解答が適当だと判るのですか?」
「て、適当だ!適当に決まっているっ!ふぅぅ……ふぅぅ……奴は……奴は試験が始まってから30分も経たないうちに……書くのをやめてるんだぁっ!」
30分という時間は確かに短い。初日の近現代史の科目では問題が100問。その中には単に史学的な歴史事件の呼称だけでは無く、その事件の内容を説明するような問題も含まれている。
そして二日目の数理科も図形問題等も含んで150問。計算式も書かなければならず、その為に三時間という試験時間が設定されている。
同様に二日目の諸法科目も三時間という時間が設定されているだけあってそれ程安直に終わらせる事など出来るはずもない。
そして本日行われた最終科目の一般教養にしても問題数はそれなりに多く、とてもではないが、ソルグが陳述するような「30分も経たないうちに」とは行かないはずだ。
それに、この士官学校の入試においては「過去問題」による試験対策が殆ど通用しないと言われている。毎年の問題はその都度組織される設問委員会によって少なくとも過去50年の問題とは被らないような難問が作成される。
設問委員会に参加している士官・官僚学校の教官達は、むしろ自分達の独自性を求めて難問奇問を作成している傾向すらある。
「で、あなたはその……先程の彼が適当な受験態度を執っていたのを目撃したのは何日目のどの科目なのですか?」
「全部だっ!全部に決まってるだろうっ!俺はなっ!奴とは初日からずっと……四科目全て……身体測定まで一緒の組に入れさせられたんだっ!
会場に着くたびに奴が俺の斜め前に居やがるっ!そしていい加減な態度で……クソっ!」
「ぜ、全科目って……。まぁ、そういうケースもあるでしょう。滅多には起こらないでしょうがね……。それでも彼は彼であって彼の受験姿勢に対してあなたがそこまで憤ることは無いんじゃないかしら?」
「あ、アンタ達はなっ!試験に受かって、もうこの学校に入って居るからそんな事が言えるんだっ!お、俺は……俺はもう今年で最後なんだよっ!今年が駄目ならもう来年ここを受けることは出来ないっ」
ソルグは突然自分の中に燻っていた不満と不安を吐き出し始めた。
「お、俺は……俺は近所では秀才って言われていたんだっ!ガキの頃からな……!俺は軍人……軍人の指揮者に憧れて……必死に勉強して……」
「近所の学校で一緒だった奴らはな……15で卒業したら皆それぞれの職に就いていたよ……家の仕事を継いだりな……どこか遠くの街の鍛冶屋に徒弟に出たりな……」
「でも、俺はそんなのは嫌だったっ!俺の街の近くの基地に居る煌びやかな制服を着た隊長……あんな立派な服を着て兵に指示をするような指揮者になりたかったんだっ!だから……だから……」
「それなのにどうしても受からないっ!もう今年で五回目だっ!もう今年受からないと俺はあいつら……近所のバカな奴らと同じように……やりたくもない仕事をしてこの先生きて行かなければならなくなる……いやっ!もう四年も先に奴等は仕事を始めてるんだっ!一人前になった奴だって居る。俺は……失敗した俺はそんな奴らの下で働かなければならなくなるんだよっ!」
「親父やお袋だってもう俺の事は諦めてるさ。働きもせずにずっと部屋で勉強、勉強、勉強だ。俺の邪魔をしないように静かに暮らすようになってなっ!俺の妹だって、そんな暮らしが嫌でさっさと隣町の糸工場に住み込みで行ってしまったさっ!」
ソルグの愚痴の混じった供述は感情に任せるままに奔流となってその口から吐き出され、それを聞かされていた彼よりも年下の在校生達は、皆一様に困惑した表情でお互いの顔を見合わせている。
まず入学考査に伴う案内係を志願するような在校生は基本的に「内申点」の加算が欲しい「席次上位者」であり、そのような者達はかなりの確率で入試を初回で突破しているようなエリートである。
つまり15歳で入学して二回生、三回生であってもこの興奮醒めやらぬ様子で何やら自分の境遇を語る男よりも年下なのだ。
「それなのにっ!それなのにぃっ!あのスカした野郎はっ!金持ち野郎はっ!毎日違う服……高そうな服を着ながら気取った態度で歩きやがって……しかも試験を虚仮にするような態度で……許せねぇ……許せるわけが無ぇだろうがぁっ!」
過去に四年連続で受験に失敗し、今年が最後なのは同情するが……あの見目麗しかった金髪の受験者に対する彼の感情は随分と勘違いで身勝手なものが多分に含まれているようにイントには感じた。
それに何と言っても、このソルグと同様に詰所に同行を求めた時の……あの美しい彼の態度だ。
あれだけ落ち着いた様子で理路整然と、しかもこちらの態度まで咎めるような口調で同行を拒んだその態度に正直かなり圧倒された。
彼を取り押さえようとしていた同じくエリート候補の二人の男女も彼に触れることも出来ずにその場に立ち竦んでいたではないか。
この「加害者」と「被害者」の物腰態度の違いに困惑したイントは
「とにかく。あなたは事情がどうあれ、他の受験者に対して一方的に危害を加えようとしておりました。
考査規則により、あなたはこれ以上この構内に留まることは許されません。
残念ではありますが、これよりあなたを警衛本部に移送します」
このイントの宣告を聞いたソルグは
「まっ、待ってくれっ!おっ、俺の、俺の試験はどうなるんだっ!?」
「判りません。私達にはそれを判断する権限は認められておりません。あなたを本部に移送した後に、あちらにいらっしゃる憲兵の方に御判断頂く事になります」
「そっ、そんなっ!そんな事ってっ!おっ、俺はっ!今年が……今年が最後でっ!」
本部への移送を宣告され、どうやら今年の受験資格を中途で剥奪される可能性が出て来た事に気付いたソルグは激しく喚きながら抵抗したが、他の警衛当番二人にまたしても「軍隊式」で身柄を拘束されて詰所から連れ出された。
彼の喚き声はどんどん小さくなり、やがて聞こえなくなるとイントは小さく溜息を吐き
「今年が最後って……じゃあ何であんな騒ぎを起こすのさ。結局は四年やっても駄目なんでしょ。能無しじゃない」
自らも椅子から立ち上がりながら苦笑と共に連行された騒動加害者に対して悪態を突く。
「そうだなぁ。普通は四回もやって失敗すりゃ自分で気付くか、周りが止めるだろうがなぁ。俺らの周りに五回受けて入った奴って居るのか?」
「いや……居ないねぇ。聞いた事が無い。確か……ジッテは三回目で入ったんだっけ?あいつ確か俺よりも二歳年上だったよな」
他の案内係の在校生も笑いながら話す。彼らのようなエリート組にはソルグのような「四浪組」の気持ちなど解るわけも無い。
「それにしても……さっきのバカが絡んでた子……凄く綺麗な顔してたわよね。背もスラっとしてさ。貴族なのかね」
「あぁ、私もあの子には触れなかったわ。なんか捕まえようとしたけど不思議と触れなかった。ノジもそうでしょ?」
「ま……まぁな……。変に迫力のある奴だった。あんな細っこい奴なのにな。確かに貴族野郎に見えたが……イントもなんか押されてたぞ」
男子在校生はルゥテウスに圧倒されていた班長の様子を思い出して再び笑い出した。
「そうね……正直それは認めるわ。あの子は何か他の人たちと明らかに違ってたわ。さっきのバカの話では30分くらいしか答案に向かっていなかったらしいけど……俄かに信じられないわね。私ですらあの入試問題は二時間以上掛けたし、数理なんか制限時間ぎりぎりまで使ったもの。
それに、そんないい加減な事をするような人には見えなかったわ」
「そうだよなぁ……俺、あいつは合格していると思うわ」
ソルグをその場で抑え付けていた別の男子在校生が言うと、他の三人も頷いていた。
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結局、ルゥテウスはその後何のお咎めも無く食事を済ませ、試験最後の時間に実施される説明会に参加してから、帰り際に合否の通知文の宛先を冒険者ギルドの王都南支部にある私書箱宛てとした。
冒険者ギルドは王国だけでは無くこの世界の様々な国と地域に支部を構えており、この王都には環状四号道路と北のユミナ門に続くケイノクス通り……つまりこの士官学校と軍務省庁舎の間を北に伸びる大通りとの交差点に総本部があり、ここは一応「王国外の機関」として魔法ギルドや救世主教と同じような扱いを受けている。
しかし、その総本部とは別に王都レイドスには東西南にそれぞれ支部があり、そこに拠点登録が可能なのはレインズ国籍を持つ者のみとなっている。
国外の支部に所属する冒険者が王国内で活動することは認められているが、基本的に王国内の支部が冒険者に提供できる「仕事」は王国民の冒険者だけが対象となる。
外国人の冒険者へ本部も支部も「支援」は可能だが王国内における仕事の斡旋は出来ないというややこしい仕組みだ。
但し例外があり、外国籍の冒険者もギルド本部に届け出をして、本部経由で内務省の許可を取れば王国民冒険者と同じ待遇を得ることが可能となる。
いずれにしろ、王国政府は冒険者に対してはそれなりに統制を布いており、彼らが非合法な活動を行わないように組織的な管理を行っているわけだ。
そしてその冒険者ギルドが行っている大きな事業の一つが「郵便事業」だ。王国内においては都市部で住所の記号化と住民登録が制度として定着しつつあるが、それでもまだ一般的とは言えず、「◯◯の△△辺りに住んでいる」と言うような曖昧な宛先で信書のやり取りが行われている。
これらの煩雑な業務を冒険者ギルドが世界各地で一元化して受託しており、各支部にも私書箱が設けられている。
この私書箱を年単位で契約することで、自分への信書の宛先をその私書箱にすることが出来るのだ。
この私書箱制度は世界各地の国家政府も公認しており、そのおかげでこの住所制度がまだまだ普及していないこの時代でもそれなりに郵便制度が確立出来ているのである。
冒険者ギルドの王都南支部は総本部とは丁度王城区画を挟んだ反対側、つまり環状四号道路とアリストス通りの交差点に位置しており、同じ四号道路沿いに店舗を構える《青の子》の偽装菓子店からも徒歩10分くらいの程近さだ。
願書にはダイレム出身で実家は《海鳥亭》としたルゥテウスも、この王都では大っぴらに使える住所が無かったので、菓子屋から近い冒険者ギルドの王都南支部の私書箱を利用する事にしたのだ。
何しろ、菓子屋はその持ち主が「エルダ・ノルト=ヴァルフェリウス」である。そんな場所を宛先にしてしまったら何を勘ぐられるか知れたものでは無い。
私書箱の新設申請と年間利用料である金貨一枚を払って、ルゥテウスは菓子屋に戻って転送陣を使い、キャンプの藍玉堂へと帰った。
「お帰りなさいませ」
ノンがホッした表情で迎えて来る。
「うむ。ただいま」
「試験はいかがでしたか」
「うーん。まぁ、普通だな。ただ、試験以外の所でおかしな奴に襲われたがな」
ルゥテウスが苦笑混じりで応えると、ノンは驚いて
「え!?襲われたのですか?」
と表情を一変させた。
「襲われたのは確かだが、すぐに警備の者に拘束されて連行されて行ったようだがな」
ルゥテウスが何も無かったかのように軽い感じで説明したのでノンも安心したようだ。
そもそもこの主が襲撃を受けて、本気で応戦したら相手は跡形も無く消し去られるだろうと言う事は十年前の出会った時に思い知っている。
それでも、やはり王都に存在する主の「敵性勢力」の事もあるだけに、「襲撃された」という言葉がノンの緊張を呼んでしまったようだ。
「理由はよく解らん。どうやら俺の事を気に食わなかったというのは何となく理解できたが……」
ルゥテウスはまだ笑っている。
「そうなのですか……今後もそのような事が起こるのでしょうか。私は不安です」
「うーん。流石にそれは無いだろ。あれは明らかに精神の均衡を失調していたような様子であった。
ああいった手合いの者は考査によって弾かれるだろう」
「これでもう学校には入学できるのですか?」
「いや……今回の試験の出来だけでは入学とはならない。試験の正答率が合格水準を満たす者を対象に内務省の調査が入る」
「え……?そんな……大丈夫なのですか?」
「ん?俺の事か?」
「はい……。ルゥテウス様の事も調べられてしまうわけですよね?」
「ダイレムの下町にある『海鳥亭』の店主の息子である『マルクス・ヘンリッシュ』については調べられるだろうな」
ルゥテウスは笑った。
「確か……身元調査と思想調査だけだったと思う。昔ならばもっと突っ込んで調べていただろうが、今の時代は受験者も多い。
にも拘わらず合否は昔と変わらない水準の正答率で判定されるから、筆記合格者の数はそれに比例して増えるはずだ。
そのような状況で昔のような詳細な調査などやってられないだろう」
「なるほど……」
「まぁ、俺の得た感触では今回の受験者は5000人くらいだと思う。そこから……まぁ、あの程度の問題だからな。1500人くらいは正答水準を満たしているだろう」
「せ……1500人ですか……」
ノンはその昔、キャンプの難民保護調査台帳から「手に職を持つ者」を見つけ出すという作業を行ったことがあった。
その過程で延べ何千何万という難民からの聞き取り調査記録を調べた経験から、「1500人を調べる」という感覚をリアルで知っている。
「しかもそれを二ヵ月弱で行う必要がある。恐らく内務省側の人員数を考えると一人に充てられる調査期間は数日が限度だ。何しろ、国家元首の推薦状を持って来ている留学受験者は別としても、王国民受験者は文字通り王国全土から集まっている」
「お前達は転送陣でヒョイヒョイ移動できているが、そもそもそんな移動方法を持たない奴らってのは、この領都から王都に行くのですら一般の乗合馬車で十日、緊急公用馬車ですら5,6日は掛かる。
王都からダイレムなんて、片道で15日掛かるからな」
ルゥテウスは笑いながら言った。
「そ、そういえば……私など馬車に乗った事も無いので、そういう事すら実感できておりません……」
「恐らくは身元の確認だけで精一杯だろうな。思想調査は最悪、その後の面接試験で行えばいいわけだし」
「ま、まだ試験があるのですか?」
「今言った調査において『問題無し』と判断されれば最後の面接試験がある」
「何をする試験なのです?」
「軍務省から派遣される面接官と一対一で話して素養を測られる。士官学校への志望動機だとか希望する学科なんかをそこで聞かれる。他にも卒業後の希望も聞かれるのかな。
確か……一人当たり長くても一時間くらいだったと思う」
「でもルゥテウス様は卒業しても軍にはお入りにならないのでしょう?それをお話してしまうおつもりですか?」
「勿論話す。別に任官は強制では無いからな。トータルで見て『こいつを学校に通わせることで将来的に国にとって利益がある』と思わせればいいだけだ」
実際、内務省の調査官がルゥテウス(マルクス・ヘンリッシュ)の周辺環境を調査したのは二日だけであった。それもダイレムの市役所まで赴いて戸籍の調査を行った事が主なもので、更にその過程でヘンリッシュ家のルーツが第102代国王の王弟まで遡れることが確認されると、それ以上深く調べられることは無かった。
ヘンリッシュ家のルーツが102代国王の王弟ナルサ・レイドスである事はルゥテウスでさえも現時点では知らない事実であるので、マルクス・ヘンリッシュの身辺調査はルゥテウス自身の認識とは違う形で終わったと言える。
8月4日になってルゥテウスが冒険者ギルドの南支部にある私書箱を確認しに行くと、士官学校から「筆記考査の合格通知」が届いており、8月8日に面接試験が行われるという文書が添付されていた。
この書面で通知されるということは、身辺調査も無事に通過しているということである。
この面接試験にまで進めたのは……国内から5590人、海外からの889人を併せて総数6479人中、僅か902名だけであった。
どうやら二日目に行われた数理科と諸法科が今年は例年に無く難易度が高かったようで、実際に受験者からの感想も「非常に厳しかった」と言うものであった。
ルゥテウスは寧ろこの二科目で満点を取ったので、筆記考査の順位が高くなった結果、面接試験日程の順番もかなり早目になったようだ。
8月8日の朝、ルゥテウスはキャンプの役場の食堂でノンとの食事を済ませてから
「では行ってくる。今日は泊まりにはならないから夕方までには帰れそうだ」
とノンに言い置いた。
「行ってらっしゃいませ」
日帰りと聞いて、前回よりは明るい表情でノンはルゥテウスを送り出した。
いよいよ最後の難関となる面接試験にマルクス・ヘンリッシュは臨む事となった。
この面接で彼は思いもよらない相手と言葉を交わす事になる。
【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ
ルゥテウス・ランド(マルクス・ヘンリッシュ)
主人公。15歳。黒き賢者の血脈を完全発現させた賢者。
戦時難民の国「トーンズ」の発展に力を尽くすことになる。
難民幹部からは《店主》と呼ばれ、シニョルには《青の子》とも呼ばれる。
王立士官学校入学に際し変名を使う。
ノン
25歳。キャンプに残った《藍玉堂》の女主人を務める。
主人公の偽装上の姉となる美貌の女性。
主人公から薬学を学び、現在では自分の弟子にその技術を教える。