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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第二章 難民の王国
42/129

(第二章エピローグ)建国

途中、持病の悪化などがありましたが何とか二章まで書き上げることができました。

このような拙い文章を読んで下さる皆様に改めて御礼申し上げます。

これからも頑張って書き続けていきたいと思います。


【作中の表記につきまして】


物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。

・距離や長さの表現はメートル法

・重量はキログラム(メートル)法


また、時間の長さも現実世界のものとしております。

・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日 


但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。

・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年

・4年に1回、閏年として12月31日を導入


作中世界で出回っている貨幣は三種類で

・主要通貨は銀貨

・補助貨幣として金貨と銅貨が存在

・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚


平均的な物価の指標としては

・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。

・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。


以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。


 王国歴3043年の12月11日。


領都オーデルの外れにある公爵夫人の荘園に設置された、「キャンプ」で細々と暮らしながら《赤の民》という暗殺組織を営んでいた戦時難民の者達が、空前の力を持った不思議な……美しい幼児と出会ってから丁度五年が経過したこの日、「トーンズ国」の首都「サクロ」にある中央公園の噴水前広場には立派な演壇が設営されていた。


難民達が進めていたトーンズ建国の準備に一応の区切りがついたので、彼の幼児と出会ったこの日を「建国の日」として皆で共有しようと式典を開催することになった。

但し、国民である「元戦時難民」の大半はその「少年」の存在どころか難民首脳との出会いの事も知らず、この「12月11日」に対する深い意味を認識していなかった。


国の機構としては既に三ヵ月前の時点でキャンプに住む15歳以上の住民全てに選挙権を与えて、「入れ札」による「大統領選挙」が行われた。

選挙……と言っても事実上の推薦候補者は「統領様」ことシニョル・トーンだけであり、この入れ札は彼女への「信任投票」という性格を帯びていた。


結果としては投票総数の実に99.2%がシニョルの大統領就任に賛成する票であり、残りの票も今回は候補者になっていないイモール等の名が書かれていた無効票であった。

そもそも……住民の大半はその直前に発表されるまで「統領様」の本名を知らなかったので投票用紙に拙い字で「統領様」と書いてしまって無効票と判定されたものも多かった。


開票作業を担当した役場の職員は意外にも無効となる票が多く困惑したが、選挙管理委員長となったイモールが


「次回以降の選挙も踏まえて、投票規則と記入規則は厳格に適用すべきだ」


という厳命を下し、シニョルの名が記入されていないものは全て無効票とした。


シニョル・トーンは投票の結果、トーンズ国の初代「大統領」となったが、結局はこれまで通りの呼び慣れた「統領」という呼称にすることを彼女一代に限って許された。


そして初代大統領はその選挙結果を聞いて即座に「初代首相」にイモール・セデスを任命した為、彼の呼称はこれまでの「市長」から「首相」に変更となった。

本人はよもや自分が「首相」という聞き慣れない役職に就くとは思っていなかったので「首相」と呼ばれてもそれに慣れるまで随分と時を要した。


首相は更に首都サクロの市長にラロカを任命したので、今後「市長」という呼び名はラロカのものとなった。

しかしその後も彼と親しい者達はこれまで通り彼を「親方」と呼んでいた。


他の行政首長等は当面置かずに、国の行政執行は全て首相が責任者を兼務し、彼の下にそれぞれの部署が置かれた。


そして市政に関しては完全に市長に権限が委譲され、これによって国家政府と自治体政府の分権が実現し、建国の日に施行される「憲法」に明記されたのである。


その憲法には第一条として「全ての人種と身分の平等」が明記されて、それに続く第二条には「あらゆる人種への差別の禁止」が記された。

それと同時に刑法や民法等の諸法も規定されて犯罪行為への罰則も定められ、それに伴って自警団は「国防軍」と「警察隊」に分割されて国内の治安には警察隊が当たる事となった。


他にも上記軍隊の「文民統制」や「信教の自由と政教分離」等の諸規則も定められ、これら一連の国家制度は文明国家に属した事の無い難民とその幹部に代わって、超古代文明時代の記憶を基にルゥテウスが根気強く説明して整備させた。


これら一連の行政と法の整備には藍玉堂の工場長を務めているキッタが臨時で政府に登用され、数十人の職員を指揮しながら実施する事となった。

キッタはその間も工場の責任者としても働き続けたので頭から湯気が出そうになったが、彼の事務能力は限界を超えつつも尚破綻せずに法整備は完了した。


「古の先人の方々は今の王国とは全く違う思想で国家を運営されていたのですね」


ルゥテウスから上代の政治体制について講義を受けたシニョルが感想を口にすると


「まぁ、そうだな。大戦争で全部吹っ飛ばす前の人類は、確かに『先進的』と言える統治を行っていたと思う。

君主制を続けていた国は極少数だったし、『君主』という存在は一部の者から懐古的な羨望を浴びていたが……特定の人物とその家による世襲統治というのは『遅れた考え』だと思われていたのも事実だ」


「そうなのですね」


「その君主制を採用していた国も結局はその君主自身は国政に口を出す権限を自ら返上したり放棄したりして『君臨すれど統治せず』という思想が普通だったようだ」


「つまり……王様は制度の中で本当の意味で『お飾り』になっていたと?」


「そういうことだ。まぁ国民に余計な迷惑を掛けるでも無く国がしっかりとした制度で治まっていれば、別に王室を『追い出すような事をする必要も無い』というような消極的な考え方だ」


「なるほど」


「結局、王室も制度の中で規定された存在になったから、王様が制度に逆らって無茶な事をすれば国民はいつでも制度の規定の下に王室を廃止する事が出来たわけだ。

この……『いつでも出来る』というのが肝心なところなのだ。

これがあるから王様もバカげた事は出来ないし、国民の側もその権限を却って使用しにくくなる」


「そういうものなのですね」


「そうだな。あれで案外上手くやってたみたいだぞ」


「しかし前文明世界の失敗はその『国民に選ばれた為政者』が魔法と技術を悪い方向で暴走させた事だな」


「魔法が……原因だったのですか?」


「結果的にそうなるな。魔法というか、当時はまだ魔術が発明される前だったので魔導しか無かったのだが……この一握りの魔導師が主体となって長年に渡り作り出して来た様々な先進技術を無能な為政者が安易に利用し過ぎたのだ」


「そ、そうなのですか?」


「今も言ったが当時はまだ魔術や錬金術が存在していなかったのだ。

一般の民衆……嘗てのお前達もそうであったように、魔導という存在は社会に全く知られていないものだったのだが、その高度に発達した社会を支えていたのは間違い無く魔導を基にして造られた技術だったのだ。

魔導によって実現された現象を、それ以外の者でも扱えるように研究・解明された技術が社会に還元されて発展した世界だった」


「無能な為政者達はそういう先達の努力を知らずにそれらの力を民衆の生活へと使わず、自らの保身や他者への攻撃に濫用するようになった結果が地表を灰にした『大戦争』さ」


「な、なるほど……」


「だから3000年前に創られた魔法ギルドは特定の権力への傾倒と……更にその後の『粛清』を経て魔法の悪用を厳しく戒めたってわけだ。

そう言った彼らにとって、ソンマ・リジの作った『術符』が要人暗殺に使われたというのは大袈裟に言うと『古代に起こした大失敗』の繰り返しに繋がる禁忌だったのだ」


 大統領にそう語る美貌の少年は10歳になっていた。

母方……いや祖母方の影響からか、体格は急速に成長して既に身長は160センチを超えている。


幼児の頃からの彼を知る難民首脳の者達も、彼の体格の成長に伴ってそのいや増す威厳に圧倒される事が多くなっていた。


「統領様。会場の支度が整いました」


「大統領府」の職員がシニョルを呼びに来た。今ルゥテウスとシニョルが居るのは建国の式典が行われる公園広場とは噴水を挟んで反対側にある市庁舎の中にある待合室だ。


 大統領府は既に公園の外……『旧サクロ村』の北の外れ、改葬される前の墓場があった辺りに建ち並ぶ国家機関の施設群の中心部に地上三階、地下一階でキャンプにある役場と同じくらいの敷地面積で建てられている。


建物の三階部分は大統領の公邸となっているが、シニョルはこの国の大統領であると同時に、未だにヴァルフェリウス公爵夫人の女執事でもあるので、実際には公爵屋敷の奥館二階で相変わらず質素に暮らしている。


こうしてトーンズ国大統領として、何か用事がある時だけ自室のクローゼットの中に設置されている転送陣を使って大統領府の地下一階に設置された転送陣へと渡って来る。

クローゼットの中が隣の大陸にある自分の国の『もう一つの家』に繋がっているという何とも不思議な生活を送っているのである。


 ルゥテウスの存在に関しては流石に難民の間で「藍玉堂に美しい少年が住んでいる」という噂と認知が広まっており、関係者からは「特殊な人」として説明されていた。


今では国防軍となった自警団や彼のイメージを擬して命名された《青の子》の人々には「監督や隊長も頭が上がらない特殊な御方」として認識されており、この少年が軍や諜報拠点に出入りしてもそれを咎める者は居ない。


公園広場には「国民」が老若男女問わずギッシリと詰め掛けており、その数は二万人近くにまでなっていた。


 現在、キャンプにはまだ7000人程が残留しているが、希望者から順次帰還が行われたトーンズ国には帰還者と新しく西の大陸を目指して逃避の渡海をする前に保護された者も含めて人口は五万人を超えている。


一年前からは南サラドス大陸の各地にも《青の子》の拠点が置かれ始めており、難民保護の連絡員も常駐して、彼の大陸に流れ着いて捕獲された末に奴隷身分に落とされた同胞の保護も始めるようになっている。


しかしこの奴隷身分となってしまった同胞を救う行為は、その国においては「奴隷の逃亡幇助」となり非合法な活動になるので、青の子の力を借りて慎重に行う必要がある。

その為、成果としてはまだまだであり、将来は何らかの方法でこの体制を強化しようとイモールは考えているようだ。


 職員に促されて広場に設けられた演説台に向かうシニョルの後ろ姿を見送り、ルゥテウスは横に居たノンに話し始めた。


「これで漸く一段落したな。五年前に俺がお前達にあの酒場(モグラ)で語った事は大方やり尽した」


「そうですね」


ノンは20歳になっていた。


元から綺麗な顔立ちをしていただけあって彼女は美しく成長し、ルゥテウスからの教えを受けて薬剤師としての腕は錬金術師である店長ソンマ・リジをも凌ぐものとなっており、今では完全に「藍玉堂の顔」として人々に親しまれていた。


臆病だった性格もそれなりに克服したようで、20歳にして逆に落ち着き過ぎた挙措のせいか、その美貌に魅せられた異性の同胞にも「近寄り難い存在」となっていた。


「キャンプに残っている者の中の大半は農業関係者だからな。彼らは自分達で切り拓いた農地を残して帰還するのに普通の人々とは違った決心が必要なのだろう」


「そうだと思います」


「しかし、彼らの手掛けている作物の大半は元々こちらの(エスター)大陸で作られていたものなんだ。

気候的にもこちらの方が楽なはずだから、その辺を説得すれば理解してくれると思うけどな」


「なるほど」


「後は工場関係者か。これはまぁ、工場を移転させてしまえばいいわけだが……問題はその製品の流通だな」


「そうなのですか?」


「うむ。生産された製品の中には少なくない量がこのキャンプの外……王国に向かって出荷されている。

こちらに生産拠点を移してしまうと、その製品の流通に工夫が必要となる」


「あぁ。そうなのですね」


「俺個人としては、この大陸の他の地域……つまりこの国の外だな。

そこを交易の相手にするのは慎重にすべきだと思っている」


「なぜです?」


「俺が青の子に調べさせた限り、この周辺にある国家……まぁ『国』を自称してはいるが、実際は部族単位の集団だな。

奴等ははっきり言って蛮族だ。この国がこれ程豊かであると知ったらすぐにでも略奪に来るな。

その程度の未開な考えしか持っていないような奴等ばっかりだ」


ルゥテウスは苦笑した。この数年間、彼は青の子を使ってトーンズ国があるエスター大陸中西部周辺の地域を徹底的に調べさせた。

その結果、東の山脈の向う側に《赤の民》が遊牧で暮らしている中央山地がある事以外に、大小三つの国家があることが判明している。


 北西方向……サクロから300キロ程の距離に「バンヌ」と呼ばれる部族がいくつかの村を従えて国のようなものを形成している。

バンヌは典型的な蛮人部族で、周辺の村を武力で従えさせているようだ。

これまでにその周辺の村々から数百人の逃亡者をトーンズで保護しており、青の子の諜報員によって今尚住民を誘引中だ。


サクロから北にあった30軒規模の村……「ルシ」という村もやはり「アダイ」と称する部族に支配された集落であり、彼らも周辺の村や集落を力と恐怖で支配する蛮族のようだ。

アダイに対しては既にトーンズの存在は知られており、彼らは三年前に一度使節を遣わしてきた。


 内容は驚くことにサクロに対して一方的な従属を求めるものであり、潜行させていた青の子の偽装隊商から報告は受けていたが、その「身の程知らず」な内容にルゥテウスとラロカは失笑を禁じ得なかった。


従属を求める使者に対して「丁重に」お断りして帰らせたところ、その半月後には早速1500人程の集団がルシの村の向う側から押し寄せて来た。

どうやらサクロの態度を聞いた族長が激怒して略奪目的の兵士を送り込んで来たようだ。


「親方。こういう蛮人共にはな。最初に圧倒的な力と恐怖を覚えさせてやることが肝要だ」


ルゥテウスはラロカにそう語ると、キャンプからロダル率いる自警団本隊を呼び寄せて迎撃に当たらせた。


 ルゥテウスが設計して製造した「滑車付き十字弓コンパウンドクロスボウ」で武装した自警団1000人は前後四段に別れて250人ずつによる間断の無い高密度・高精度の一斉射撃で相手の略奪兵士をあっさりと壊滅させた。


ルゥテウスは相手に恐怖を与える目的で追撃戦を徹底的に行い、1500人居た蛮族の部隊で辛うじてルシまで逃げおおせたのは故意に逃がした僅か6人だけであった。


サクロとルシの間にある荒野には大勢の屍が残され、それらは死体からの疫病発生を防止する為に、自警団によってルシの手前で掘られた大穴に装備を剥がれて放り込まれ、火が掛けられた。


自分達の両親先祖を苦しめた蛮人に対する憎悪と、死体から広がる伝染病の恐ろしさを教わった兵士達は穴に放り込まれた敵の死体に対して容赦無く火を放ったのである。


 この蛮族兵士の屍が大量に焼却されて立ち上る煙はルシの村からも望む事が出来、そのタイミングで村に何食わぬ顔で滞在していた青の子の偽装隊商の者達は「アダイ族」からの離反を村人に呼び掛けた。


村人は長年に渡る暴力と恐怖と伴った搾取による支配からの脱却を歓迎し、トーンズ国民となる道を選んだ。

ラロカはサクロに移住を希望する住民の受け入れを許可し、代わり自警団員を300人程送って村の周囲に塹壕を掘って要塞化した。


更に村の若者への雇用創出も兼ねてルシとサクロの間に道路を整備した。

以後はこのルシが北方、特に「対アダイ」への備えとして機能するようになる。


 あれから三年。「最初の脅し」が効いているのか、北方の蛮族は沈黙している。

どうやら青の子の報告によると、1500人という兵力の消滅は彼らにとってはかなりの痛手だったようで、そもそも略奪が主目的だっただけに兵站を無視して動員可能兵力の半数を送り込んで来たようであった。


それが僅か半日も持たず徹底的に追撃された挙句に消滅したのである。

ちなみに、自警団側は遠距離からの精密射撃による一方的な攻撃だったので恐るべき事に犠牲者は全く出なかった。


ルゥテウスはこのエスター大陸で長きに渡って続く戦乱において使われる「剣や槍を持って吶喊」してくる戦術、戦法は「狡猾な獣にすら劣る蛮人のもの」と蔑んでおり、自警団の主武装は前述の改良型クロスボウと、機動性を重視して重たい甲冑類を一切廃した軽装の軍服のみとした。


 こうして北方蛮族は沈黙したので、ルシに警戒拠点だけを置いてルゥテウスは南に目を向けた。


サクロの南にはどこの国にも属していない自治の村「テト」があり、その南にも同様に村人だけの自治を行っている「スモウ」という集落があることが判っている。


そして、嘗てテトの村長が話していたサクロの南西に勢力を持っていた蛮族、「モロヤ」を併呑した更に南にある「テラキア」は、他の「蛮族の縄張り」というものでは無く、国家としての体裁を持った地域だという事が青の子の調査やテトの村で接触に成功した巡回隊商からの情報で判明していた。


 テラキアは「テラキア族」を中心とした王国らしく、一応は理知的な政治を行っているようで、モロヤとの抗争も元はモロヤ側からの度重なる境界侵犯に業を煮やした結果の行動だったようだ。


トーンズ側が彼らの情報を得ているのと同様に、巡回隊商によってテラキア側もサクロという街が造られ、間も無くそれが国家に発展するだろう事は認識していると思われるが彼らから外交的接触はまだ無い。


距離もサクロから旧モロヤまで300キロ程離れており、北西のバンヌ同様に距離の壁によって両者はまだ直接の接触を行う必要は無さそうだ。


「南西の国は、まだ少しは考える知恵があるようだがそれ自体、この大陸じゃ珍しい事だろうな」


「なぜそのような国ばかりなのでしょう?」


ノンは困惑した表情で聞いてくる。


「そうか。お前は北サラドスで生まれ育っているから、貧しさはあっても争いによる生命の危機を感じたことは無いのだな」


ルゥテウスは苦笑しながら


「このエスター大陸という場所は超古代文明末期の大戦争の主戦場になった事は以前にも話したな」


「はい」


「東にある『死の海』はその時の超破壊兵器によって超大陸を切り裂いた跡地だという事も説明したな」


「ええ……」


「そして、その爆心地たる死の海周辺で大気の成分(魔素)に大きな変質を起こして……それが原因となり、この世界に『魔物』が生まれた」


「はい……それも以前に伺いました」


「エスター大陸……元は超大陸『ノーア』の南西部分だったのだが……当然その戦禍の影響は大きく、あの大戦争で生き延びる事が出来た人間を含めた生物自体が非常に少なかった。

このサクロのように、ダム……『大壁』に護られて辛うじて生き残れた人々のようにな」


「そ、そうなのですね……」


「辛うじて生き残れた人々に対して、今度は東側で生まれた魔物が襲い掛かったんだ。

生きる事の難しさは現代の戦乱よりも大変だったと思うぞ」


「なるほど……」


「この切り離されたエスター大陸に点在する、そういった『辛うじて生き残れた人々』はシェルターで団結して8000年も魔物と殺し合いをしているうちに、他の集団で暮らす同じ人間に対しても排他的になっていくのは容易に想像できる」


「は……8000年……」


最早ノンには想像も付かない時の永さだ。


「ここの部分が、まだ魔物の侵攻が緩やかだった南北サラドス大陸とは事情が違う。

8000年という『暗黒時代』はエスターの住民にとって外部の同じ人間同胞としてのコミュニケーションの機会を奪い続けた。

彼らにとっては『魔物も他の部族も同じ敵』という認識が醸成されていったのだと思う。8000年間でな」


「そして3000年前、このエスター大陸に出現した『黒き福音』は北サラドスへ渡る前に、この大陸の魔物を東の死の海沿岸まで押し戻して人間の版図を取り戻したのだが、そのまま『大陸の統一』にまでは手を貸さずに西に去ってしまった。

これも今でも戦乱が続く原因の一つだな」


「え?でも魔物は一応居なくなったのですよね……?」


「そうだな。魔物は居なくなったが、さっきも言ったようにこの大陸の蛮族にとっては『魔物も他の部族も同じ敵』なのさ。

8000年もやってたんだ。そりゃ頭の中までその考えが染みついているさ。部族を守ってきた奴等にはな」


「そうなのですね……」


北サラドス生まれ……それもキャンプで生まれ育ったノンにはやはりエスター大陸の暗黒時代についての認識が薄いのだが、そもそも第二紀の世界について記された文献など殆ど遺っていなかった。


民間では『口伝(おとぎ話)』による継承、そして文字の記録としては救世主教が遺してはいるが、周知のように救世主教の記録は「黒は不吉な悪魔の色」等という迷信が多く、「黒き福音」の活躍によって根本教義が否定された上に白眼視を受けた宗山は教義と共にその記録の大半を捨て去った。


 この世界において正確な歴史を伝えているのは事実上「賢者の血脈」だけであり、暗黒時代と呼ばれた第二紀の間にも「賢者の武」を持つ発現者は現われていたのでルゥテウスの頭の中にもその記憶はしっかりと継承されていた。


外ではシニョルの演説が終わり、民衆から歓呼の声が轟いている。

シニョルの演説と宣言を以ってトーンズ国の建国と憲法を始めとする各種の法律が施行され、政治体制としては超古代文明時代の思想を受け継ぎ、君主を戴かない民衆と民衆の代表によるものになる。


「ルゥテウス様……私達の前に現われて下さり……本当にありがとうございました」


改まった態度で深々と頭を下げるノンに対して


「礼を言うのはまだ早いぞノン。この国は今漸く船出の時を迎えたばかりなのだ。

これに満足してはいけない。この大陸で苦しむ同胞を救うのはお前達トーンズ国の皆なんだぞ」


ルゥテウスの言葉を聞いてノンの表情が不安に曇った。


「俺はこの後、いつまでも力を貸せるのか判らない。俺にだって寿命もあるしな。

だからお前達難民同胞……いや、お前達はもう今日から難民じゃないな。

そのトーンズ国民が力を併せてこの国を大きくしながらいつまでも国体を維持するように努力するんだ」


「そ、そんな……」


「安心しろ。俺はまだ暫くはお前達に付き合ってやるさ。それに例え遠くに離れてしまってもお前達とは念話で何時でも話せるだろ?」


「は……はい……」


ノンの不安は消えない。この奇跡のような少年がいつか自分達の前から居なくなるかも知れない……。

そのようなリアルな想像が今初めて彼女の頭を過った。


****


 そしてトーンズ国の建国から更に五年の月日が流れた。

ルゥテウスは15歳となり、レインズ王国においては一応法律上の「成人」となった。

彼の身長は更に伸び、10年前に難民の前に現われた美しい幼児は、そのまま美しい青年となっていた。

180センチに届く身長は今や難民幹部の誰よりも高くなり、均整の取れた身体付きは幼児の頃とは見違える程だ。


 変化があったのは彼だけではない。彼の知人の中にも生活環境が大きく変わった者達が何人か居た。


ソンマは弟子であったサナを妻とした。彼らの結婚は王国歴……トーンズ国はレインズ王国とは国交すら無いが、これまでの慣習に沿って王国歴を採用している……3045年。ソンマ33歳、サナ23歳と10歳離れた夫婦となった。


 この店長の「義兄」となったキッタとロダルも妻を娶った。

長兄のキッタは建国直後の3044年の年明けに、彼が管理する藍玉堂の工場に勤めるサビオネ……サクロ村出身の五人娘のうちの一人を妻にした。

キッタはやや晩婚である37歳、サビオネは24歳での結婚となり、今年二人目の子を産んだ。


 次兄のロダルは五人娘のリーダーであったシュンと結ばれた。

出会った頃からお互い憎からずと言ったところだったようだが、「山賊共に体を弄ばれた」という心の傷を抱えたシュンをロダルは温かく受け止めて漸く夫婦となったのはつい一年前の3047年の事だった。


ロダルも国防軍を率いる「将軍」と呼ばれる立場になっており、今年で38歳。妻のシュンは30歳になっていた。

ロダル「将軍」の結婚式は軍と警察幹部も出席した盛大なものとなり、三兄妹で最後に伴侶を娶った次男に、母アイサも漸く安心したようだ。


シュンは今年に入って妊娠していることが判り、近々にアイサは三人目の孫を抱けることになるだろう。


「五人娘」の残り三人もそれぞれ難民男性の下に嫁いだが、五人は今でも変わらずキャンプにある藍玉堂の工場で働いている。


 その藍玉堂の工場も拡張を繰り返しながら、トーンズ国側にも新工場が建ち、従業員の総数は40人を超える「大店」に成長していた。


店舗もサクロに新しく建てられ、「本店」はそちらに移転してソンマとサナ夫妻とアイサもそちらに移った。

やはりソンマと魔法ギルドの関係から、単純に距離を置いた方がいいだろうというルゥテウスの提案をソンマが受け入れた事になる。


新しい藍玉堂本店にも地下が結界で隔離された状態となっており、ソンマは相変わらず「店長」と呼ばれてサナと共に錬金術による研鑽を積んでいる。


元のキャンプにあった藍玉堂はノンが三年前から引き継いでおり、彼女は新たに三人の少女を「弟子」として引き取り、ルゥテウスから学んだ薬学を今度は彼女が次の世代に教えることになった。

サナも時折キャンプにやって来て、ノンから薬学の教えを受けている。


 そのキャンプには最早住民は数百人程度しか住んでおらず、今では南北サラドス大陸で保護した難民を一旦受け入れて一定期間住まわせ、トーンズ国の社会体制等を学ばせた上でエスター大陸に送り出すという性格の施設に変わっていた。

一度エスター大陸から逃げ出した人々は、やはりその場所に帰る事に大きな不安があるのだ。


イモールもトーンズ国首相として既にエスター大陸へ移住しており、藍玉堂の隣にある役場は、もっぱら駐在職員によって運営されていた。


 ルゥテウスは人が住まなくなった長屋住居や既に移転が終わっている工場建物等をサクロの西側に確保された領域に魔導を使って転送し、それらの建物を職に就けない者達の住居としたり、職業訓練の場とした。


トーンズ国自体は既に自由経済が回り始めており、新たにやって来た難民達の持つ様々な職能によって国の補助を受けてどんどん商工業が勃興してきていた。


今は長屋住まいとなっている者達の中にも暮らしに慣れてきたら、手に職を付けて自立して貰うという福祉政策をイモールの発案で進めているのだ。


 そして将来のレインズ王国との国交樹立に備えて、トーンズ国内でも貨幣経済が導入され、王国へは無断となるが、従来通りの王国貨幣(金銀銅貨)が流通していた。


一応、この流通規模がある一定以上に達した時にルゥテウスはトーンズ国で独自に王国貨幣と同質量・等価の新貨幣を鋳造する計画を持っていて、既にその材料となる貴金属の採掘も行っていた。


エスター大陸……特に死の海周辺は古代に起こった大戦争での超破壊兵器使用によって超高圧・高温に晒された大気は変質して魔物を産んだが、土壌には大量の貴金属を含んだ特殊鉱物も産み出していたのだ。


今でも魔物が多く生息するこの地域には普通の人間は近寄る事が当然出来無い為に、一万年以上前から手付かずで潤沢に眠る鉱物を、ルゥテウスだけが採取できるのだ。


その反面、レインズ王国内外の主要都市には《青の子》の拠点を兼ねた様々な店舗物件が設置され続けており、既に30都市で計44店舗が出店されていた。

これらの店舗から得られる利益は年間で金貨25万枚を超えており、既に公爵夫人エルダからの援助額を大きく超え、それらの貨幣は全てサクロにある中央銀行に納められている。


つまりトーンズ国はレインズ王国に対して国交や通商協定を結ぶ事無く「外貨」を獲得している事になり、その保有高は建国前からのものも含めると金貨にして130万枚を超えている。


王国側からすれば、これ程の大量の貨幣が知らず知らずの間に海外へ流出している事になり、既に国内の貨幣量減少が王国財務省にも気付かれ始めていることから、今後は王国内で理財を行い、そこにトーンズ中央銀行が保有する王国貨幣を投入して金融世界で資金を回して行こうという案がルゥテウスから出された。


 しかしシニョルはこの提案に対して


「それでは一体……誰の名前でそのような金融経営を行うのですか?

奥様の名義でそれを実行するのは流石に公爵領内外の商会の手前、難しいと思います」


「なるほど。国籍を持たない外国人であるお前達にとってはそういう障害があるな……」


ルゥテウスは少し考え込み、その場に居た一同が驚愕する提案を新たに行った。


「よし。この際だから御館様(エルダ)以外の『名義人』を創り出そう」


「つ、創ると言われましても……」


イモール首相が毎度のように困惑した表情で、今や青年となった藍玉堂店主に疑問を口にする。


「お前達はちょっと忘れている事があるな。くくく……」


ルゥテウスは幼児の頃からあまり変わる事の無い「悪そうな顔」で笑う。


「え……?どういう事ですか?」


大統領……いや、統領にもその「忘れている事」が思い付かない。


「お前達は、俺が歴とした『レインズ王国民』であることを忘れているのさ」


ルゥテウスの答えを聞いて、一同は驚いた。


「俺は今でも一応はダイレムに籍を置く《藍滴堂》を経営していたローレン・ランドの娘、アリシアが産んだジヨーム・ヴァルフェリウスの私生児で、行政手続き上は親戚である《海鳥亭》を経営しているユーキ・ヘンリッシュに引き取られた事になっているはずだ」


「つ、つまり……店主様自らが名義人になられると?」


「いや、俺の本名でやるのは拙い。俺の名は恐らく色々な所に知れ渡っているし、そもそも『ルゥテウス・ランド』は公爵夫人エルダにとっては『十年前に始末した』事になっているんだろ?」


「あっ!そうでした。既にそのような旨で報告済でございます」


シニョルが慌てて言うと


「だから本名というか……戸籍上の名前を変える。名前を変えた上で……その動静を明らかにして王国民であることを確定させるために、公的機関を利用して実績を作る」


「ど……どういう事でしょうか」


「うむ。以前から考えていたのだがな。俺は15歳になったら『王立士官学校』に入ろうと思っていた」


この突然の告白に、一同は先程よりも一層驚愕した。


「あ、あの……仰る言葉の意味が……」


「だから、俺の戸籍上の名前を変えて士官学校に入る。そこを卒業することで俺の変名による戸籍は『王立士官学校卒業』で動静が確定するんだよ。

これによって俺の『変名義』で合法的に堂々と不動産の売買も出来るし、金融活動も行える」


「そ、それはしかし……」


「考えてもみろ。今やこれだけ王国内に多数の不動産を……エルダの名義で持ってしまっているんだぞ。

エルダの身上に何かあってみろ。それらの物件は全て罪人所持となって没収されてしまうんだ。キャンプのある、あいつの荘園(私有地)と同様にな」


 確かに、今の難民……いやトーンズ国側がレインズ王国内に所持している青の子の拠点となっている偽装店舗は全て公爵夫人エルダの名義として、「公爵夫人が援助している店」として営業している。

最早そこは法的にも世間の認識としても公爵夫人と一蓮托生なのだ。


そしてその肝心の公爵夫人の立場は非常に危ういもので、将来いずれは過去の不祥事が露見してしまい、その地位を失う……どころか重罪人として処罰されると予想される。

で、あるならば今の内に別の名義人を立てて物件の所有を移しておけば、「その日」が来たとしても法的にはそれらの不動産を失わずに済むだろう。


ルゥテウスの提案は一見してかなり破天荒なものに聞こえるが、その実かなり現実を見据えた合理的なものであったのだ。


「し、しかし……店主様はそれで宜しいのですか……?つまり……ご自身がその……士官学校ですか?

そこの生徒として過ごされるわけですよね……卒業することが目的になるわけですから……」


シニョルが更なる不安を口にしたがルゥテウスは特にそれを気にする事無く


「いや、実はその戸籍云々の他に、俺は元々その士官学校に通おうと思う理由があったんだ」


「ええっ?そ、そうなのですか?」


「うむ。まず一つは昔に話したが、俺の脳内にあるあの王国を含めたこの世界に対しての歴史や政治に対する認識と実際の現代社会の乖離だ。

俺はあれから公爵が居ない時期を見計らって公爵屋敷の書庫で色々と文献を漁ってみたのだがな……どうもあの家はここ数百年に渡って代々ボンクラばかり輩出してたようで、資料の質が悪い。

だから、王立の教育機関でその辺りの知識を補填したいと思っていた」


「そういうお考えであるならば、士官学校では無く官僚学校に入られるべきでは?」


王国の政治や機構に詳しいドロスが疑問を口にする。彼も最近は両鬢に白い物が目立つようになってきた。


「監督の言う通りなんだが……実はもう一つ目的があってな。それは……『海軍』の事なんだ。

俺はどうも海軍……と言うよりも船舶の運航に関しての知識がちょっと足りていないようなんだ。

だからこの際だから、この国の将来の事も考えて海軍に関しての知識も修めたいと思う」


「なるほど!海軍ですか。確かに……今の我が国にはあまり必要の無い事かもしれませんが、このままのペースで西に向かって領域が広がればいずれは海に辿り着きますからね……。

海軍の創設も必要となるでしょう。特にアデン海のような魔物が棲む海には海軍艦艇による哨戒と護衛が必要となりそうです」


今や軍事に関しての見識において円熟の域に達しつつあるロダル将軍が、ルゥテウスの説明を首肯した。


「し、しかし……士官学校に入られると仰るならば、その間においては店主様は『ご不在』ということになるのですよね……」


イモールがやはり不安を口にする。まだ生まれたばかりの若いこの国にとってはルゥテウスの持つ力と知識を大きく必要とするのだ。


「いや、別に俺が学生となってもお前らとの連絡は念話で済むし、必要であればいつでもお前らの前に瞬間移動出来るぞ」


ルゥテウスが笑いながら言うと


「あっ……そう言えばそうですな……そうか……店主様ならばいつでも好きな時にこちらにいらっしゃれるのですな……」


「いや、俺は授業を真面目に受けるつもりではあるから好きな時にとはいかんぞ。ただ、あの学校はどうやら昔と違って今では全寮制でも無いようだから、俺は外から通学するという事にして今まで通り学校以外の時間はキャンプの藍玉堂で過ごすつもりだぞ」


ノンはこの席にはおらず、時差の関係でまだ営業中であるキャンプの藍玉堂で女店長として店番をしながら処方薬を作っていたが、店主のこの説明を聞けば随分と安心した事だろう。

このルゥテウスのことが大好きな美貌の女店長は在学中の三年間、「店主とは会えない」と聞いたらその場で発狂するかもしれない。


「で、では……そういう事でしたら店主様のお考えを尊重致します」


 シニョルは漸く納得してこの驚くべきルゥテウスの提案を承諾した。

イモール等、この場に居る他の者達も一様に頷いている。


「よし。それでは後はノンに説明して、俺は一旦ダイレムに帰るとするかな。

実家の伯祖父(おおおじ)一家に事情を説明して、戸籍の間借りをしなきゃいかん」


「あ、あの……店主様はもう新しいお名前を考えていらっしゃるのですか?」


イモールが聞くと


「あぁ、戸籍上の名前か。まずは一時的に伯祖父の籍に入って姓を『ヘンリッシュ』に変えようと思っている」


「あぁ、なるほど。姓を変えるのですね」


「いや、名前も変えるぞ。俺の先祖にな……。あの『月』に行った人物が居るんだ」


ルゥテウスはこの大統領府の会議室の大きな窓から見える夜空の月……今日は5月25日なので下弦を過ぎて随分と細くなってしまっているが……を指差しながら言った。


「え……?」


一同は彼の話の意味が飲み込めていない。「月に行った」と言われて即座に理解できるような人間は現代世界において、そして魔法世界にも存在しないだろう。


「まぁ、解らないのも無理は無いが、俺の先祖の一人は本当にあの『月』まで行って実際に数ヵ月暮らした事があるんだ。

そして、そのおかげで運良くあの『大戦争』に巻き込まれずに済んだのさ。

つまり……俺の先祖は大戦争でこの星の地表が焼き尽くされていた頃、月面で生活していたことになるな」


「な……なっ、何故そのような所に……?」


漸くルゥテウスの言葉の意味を飲み込んで、その内容に驚愕したシニョルが聞き返した。


「いつか話したかもしれないが……大戦争で滅亡する前の社会はこの地表部分にあった資源をほぼ使い尽していたんだ。

まぁ、石油もそうだったし森林資源も枯渇しかけていた。海底に眠る資源の開発は海洋汚染も引き起こしていた。あの頃の人類社会はそろそろ限界に到達しようとしていたんだ」


「しかし、そんな中で……観測によって『月』に豊富な資源が眠っている事を発見した者が居た。

まぁ、俺の先祖の一人なんだけどな……」


ルゥテウスは苦笑した。「賢者の知」を持つ発現者は前文明時代において、人類社会を劇的に発展させたが、結局それは人類の大繁殖と地上資源の枯渇に繋がった。

そして代を重ねた「賢者の知」が今度は「月」にその解決を求め、彼の地をも食い潰すように人類社会を導いたことになる。


「そこから人類は地表では枯渇しつつあった様々な資源を月から得ようと、その移動手段を百年程かけて作り出したのだ。

まぁ、作ったのも俺の先祖の一人だがな……」


「なんと……」


イモールは言葉を失っていた。ソンマがこの場に居れば、魔法ギルドの文献にも残されていない時代の話に目を輝かせていることだろう。


「そして、そこから更に代を重ねた俺の先祖のうちの一人が、月に資源を求めて旅立ったのさ」


「しかし、あの月という場所は空気も水も無くてな。結局は大戦争で滅んでしまったこの星から、そういった生活維持に必要な物資が届かなくなってしまったので、数ヵ月後にこの星に帰って来たってわけだ」


「そ、そんな事が……」


「話を戻すと、その『この星と月を行ったり来たりした』先祖の名前が『マルクス』って言うんだ。

俺はその偉大なるご先祖様の名前を貰って『マルクス・ヘンリッシュ』と名乗るつもりだ」


「マルクス・ヘンリッシュ……」


シニョルがその名を口にする。


「そうだ。お前達の前では今まで通りルゥテウスだが、王都ではマルクスと名乗ることにする。

特に監督。お前とはこれからも王都で一緒になる事が多そうだからな。気を付けろよ」


ルゥテウスは笑い出したが、当のドロスは


「しょ、承知致しました……」


と、やや混乱気味に応えた。


 こうして、3048年5月17日に15歳となったルゥテウスはレインズ王国の王都レイドスにある、3000年の伝統を誇る「王立士官学校」に入学して以後卒業までの三年を送る事になる。


これまで一つの国家の建国……そして戦時難民という「民族」を主導してきた少年賢者は大人となり、漸くにしてその使命を全うして形だけとは言え……これまでの人生とは大きく異なった時を過ごすことになるのである。


(第二章 完)

【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ


ルゥテウス・ランド

主人公。15歳。黒き賢者の血脈を完全発現させた賢者。

戦時難民のキャンプの魔改造と難民の帰還事業に乗り出す。

難民幹部からは《店主》と呼ばれ、シニョルには《青の子》とも呼ばれる。


シニョル・トーン

61歳。エルダの独身時代からの腹心で現在は公爵夫人専属の女執事。

難民同胞を救うためにキャンプの創設を企図し、トーンズ建国に際して初代大統領となる。


イモール・セデス

59歳。シニョルの提案で難民キャンプを創設した男。

トーンズ建国に際してシニョルから首相に任命される。

新国家の発展に心を砕く。


ラロカ

62歳。エスター大陸から暗殺術を持ち帰った元凄腕の暗殺者で《親方》と呼ばれる。

新国家建国後、首都サクロの市長となり変わらずイモールを補佐する。


ドロス

54歳。難民キャンプで諜報組織《青の子》を統括する真面目な男。

難民関係者からは《監督》と呼ばれている。

シニョルに対する畏怖が強い。


ロダル

38歳。キッタの弟。トーンズ国防衛軍を率いる将軍。

嘗てのサクロ村住人の生き残りであるシュンを妻とする。


ノン

25歳。キャンプに残った《藍玉堂》の女主人を務める。

主人公の偽装上の姉となる美貌の女性。

主人公から薬学を学び、現在では自分の弟子にその技術を教える。

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