始祖さま
今回からしばらく主人公が独りで文通するシーンとなり会話ばかりの内容となります。
【作中の表記につきまして】
物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。
・距離や長さの表現はメートル法
・重量はキログラム法
また、時間の長さも現実世界のものとしております。
・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日
但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日弱という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。
・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年
・4年に1回、閏年として12月31日を導入
以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくおねがいします。
さて。漸くである。漸く俺は独りになれた。
ここ《藍滴堂》は現在、店舗の入口には頑丈な鎧戸で厳重に戸締りがされている。何しろ大工のような恰好をしていたエベンスさんが強引に外そうとして叶わなかった程の物だ。あの鎧戸に対する俺の信頼は非常に高い。盤石の信頼を置いている。
あの《文字の奴》に色々聞く前に俺はまず自分自身で真っ先に確認する事があった。
(気になっていた右目の状態だ)
祖父の遺体だけがある独りだけのこの部屋で俺はまず恐る恐る右目を開いてみた。
(……)
(……)
「……いや、見えるね……普通に見えるじゃん」
試しに左目を手で覆って右目だけで見てみた。恐ろしく鮮明だ。つまり俺は大袈裟に言うと生まれて初めて右目でこの世界を見ていると思われる。
眼球を動かしてみる。大丈夫だ。眼球も俺の意思のままに動く。視野角も正常であると思われる。むしろこれまで健常であった左目よりも「視力」と言う基準で見ると優れている気がする。
但し……恐らくは長年使えてなかった右目でも見えているからであろうか、両目での鏡像に対してまだ慣れていないのか、時折ふらつく感覚がある。
「これは仕方がないのかな。そのうち慣れるのだろう」
『どうだ。右目は問題無いだろう?それではそろそろ話し始めても良いかな?」
文字の奴が文字を出してきたが、驚くべき事に瞼の裏に浮かんだものではない。
俺は今右目の瞼を開いているのだ。
つまり奴の文字は眼球の表面なのか網膜なのか不明だが、視覚映像の中の視線の先にそのまま浮かんでいるのだ。
両目で見えるようになったせいか、その文字列は真ん中寄りに見えるようになっている。
まだ外は明るい時間帯なのだろうが、実はユーキさんが鎧戸を閉めて行ってしまったので照明を用いず小窓の光だけの藍滴堂一階は薄暗い。
しかし奴の発信する文字はそんな薄暗さをものともせず白っぽい緑色に発光しながら空間に浮かんでいた。
考えてみれば、閉じていた瞼の裏でも表示されていたのだ。恐らく真っ暗になっても見えるのだろう。
(どう言う技術なのか……?)
『まぁ、私の文字の事はどうでもいいではないか。とにかく漸くゆっくりと説明が出来るようになったのだ』
奴はそう言うが、俺にはもう一つだけ先にやっておきたい事がある。
「ちょっと待ってくれ」
それは日が暮れないうちに鏡で自分の姿を確認する事だ。
これまでの人々の反応から、俺はかなり魯鈍に見えているようだ。一体どんな容姿をしているのか実のところ非常に気になっていた。
俺自身は別に人間の外見の美醜にはそれ程興味はない。しかし美醜とは違い、その姿で他人から侮られやすいのか否かと言う事を俺は結構重要視している。
侮られやすい外見と言うのは余計な言いがかりで絡まれるなどのトラブルに巻き込まれやすくなるリスクが高まると言う事だ。
(鏡はどこに在るんだろうか?洗面所か?暗くなって日の光が入ってこなくなる前に探さないと)
『ふむ。鏡か。そこの階段から三階に上れ。そこの洗面所にも鏡はあるが三階の一番奥の部屋に全身が見れる姿見がある。それに三階はこの時間でも窓が大きいからまだ明るいはずだ』
「おぉ。すまん」
文字の奴が初めて有益な情報を俺に提供してくれた気がするぞ。ここは素直に従おう。
俺はカウンターのすぐ奥の右側にある、少し傾斜の急な階段を注意深く上がり、踊り場すら無い二階を突き抜けてそのまま一直線に三階まで続く階段を上った。
階段を上ると廊下があり、奥の突き当りに扉がある。
(多分そこが目的の部屋なのだろう)
突き当りのドアを開けた。ドアノブには少し厚めに埃が付着していて、この扉が長期間開けられてなかった事が分かる。
ドアノブを回して手前に引くと扉が開いて中から薄い光が漏れてきた。
部屋は幅3メートル、奥行き2メートルぐらいとそれ程広いと言うわけでもなく、床には少し埃も積もっていたが綺麗に片付けられており、決して不潔な印象は受けなかった。
(足跡が付いてしまうな)
扉から入った右側の壁の中程に80センチ四方の窓があり、薄地のカーテンが引かれていた。
正面の壁には机と四本足の背もたれ付き椅子。
そして部屋の左側をベッドが占めており寝具は取り払われていた。ベッドの横には三本足のスツール。
扉と横並びの手前側の壁際にちょっとこの狭い部屋には不似合いな高さ160センチ前後の姿見が置かれ、黄色い布が掛けられていた。
ベッドと姿見の間には幅60センチ程の細身で190センチくらいの背の高いタンスが置かれていた。
以上がこの部屋の全てだ。
照明は天井中央から傘に随分と埃の積もったランプが吊り下げられており、高さ180センチくらいだろうか。
残念ながら今の俺ではスツールを置いても届きそうにない。
俺は早速カーテンを開けてついでに桟の埃も気にせず背伸びして窓も開け、一旦空気を入れ替える。
秋と思われるこの季節。
海方向からの風は相変わらず湿った印象があるが、それすら気にならないくらいの爽やかさだ。
柔らかく入ってきた風がカーテンを揺らしついでに窓の桟の埃も少し撒き上げた。
「文字の奴よ。今日が何月何日なのか分かるか?」
『今日は私の記憶が間違っていなければ10月4日だ』
『もっと言えばこの国の紀歴法に基づく表現で言うと《王国歴》3038年だ。そして私の名前は文字の奴ではない。《リューン》と言う。改めてよろしくな。ルゥテウス』
「ほぅ……」
やはり俺の推測はそれ程間違ってなかったか。つまりこの青空は「爽やかな秋晴れ」と言うやつなんだな。
「お前にはリューンと言う名前があったのか」
とりあえず部屋の中が明るいうちに鏡で自分の姿を確認しておこう。
そして俺はそのまま扉の隣にある姿見に掛かっている黄色い布を引っ張ると布はスルリと外れ、鏡に映った自分の姿を初めて見た。
布のおかげか、鏡は汚れておらず鏡面は綺麗に磨かれていた。
……金髪だな。髪型はそれ程おかしくない。別段念入りに手入れをされているわけでもないが、まぁ普通の長さだし変な癖がついてるわけでもない。
子供だと言う事を考えればむしろ可愛い方ではないか?自分で言ってて馬鹿らしいが。
「肌は白いな」
生っ白いと言うわけではないが、俺は港町の下町育ちだからもう少し日焼けとかしているのかと思ったが、今まで自分の目に映っていた腕はそんなに焼けているようには見えなかったので、改めて顔を見ると自分はかなりの色白と呼ばれる部類に入るのではないかと思った。
もしや右目と脳に障害を抱えていると思われていたからあまり外に出なかったのか、出して貰えなかったのかもしれない。
顔の造作もそれ程悪いとは思えないし、間違っても魯鈍な印象は受けないと思う。
(もしかして両目が開いているからか?)
……と……言うか……その目に問題があった。いや、左目はいいのだ。左目は正常だ。
瞳の色はちょっと判別が難しいが、鏡に顔を寄せてよく見ると多分茶色……少し赤みが強いかな。
「間違いなく赤ではなく茶色の部類に入るな。こう言うのを鳶色って言うんだっけか?」
そして……問題なのは右目だった。
今まで失明していた方の目。
今日の昼までこの目は恐らく何も見る事ができなかった。目の前で祖父が倒れ、息絶え……頭の中がスッキリとした直後に激痛で悶絶し、文字の奴……リューンか。
リューンの謎の技術により文字が表示されるようになった右目……
今しがたその機能の復活が確認され、俺は両目でモノが見えるようになったと喜んだのも束の間。
今……鏡に映ったその右目の瞳は……真っ黒だった。
白目の中に浮かぶ鳶色の左目の瞳と同じ大きさの右目の瞳は……もう一度言うと真っ黒であった。
(いや……黒い瞳の人なんていくらでも居るだろう)
今日出会った人々の中にも何人か黒……またはそれに近い色の瞳を持つ人は居た。
しかし今、俺が鏡に映している俺自身の右目の瞳は……そう言う類の黒とは違う。
そう、これはもう真っ黒としか言いようの無い黒なのだ。
この瞳の黒の真っ黒さを端的に表現するならば、正常と思われる左目の瞳と比べれば一目瞭然である。
通常ならば眼球と言うのは瞳の部分の外側にある角膜部分で光を反射しているように見える。
(俺の左目がそうだ)
そして問題の右目は虹彩と瞳孔の区別が全く分からない。そしてそれが光を全く反射していない。
俺は焦って色んな角度に顔を動かして自分の右目を観察してみた。
ナルシストじゃないかと恥ずかしくなる程いくら角度を付けて見ても俺の右目の真っ黒な瞳には一切の光の反射が無い。
恐ろしい事だが見る角度によっては瞳の部分に底知れぬ穴が開いているようにすら見えるのだ。
しかし左目を塞いで右目だけで見てもバッチリ鮮明に見えるのである。
改めてみるとやはり左目と比べてこの右目の方がよく見える印象がある。
どう言う事なのか。
余りにも不気味である。
自分の顔を見て、造作や顔色等に問題は無いのだが、この真っ黒で異質な瞳があるだけで決定的な違和感がもの凄いのだ。
「これはマズい……」
他人に見せるのは直感的にマズいと思ってしまう。早い話が鏡を見た本人がドン引きしているのだ。
俺は自分の右目の様子に衝撃を受け、姿見から後ずさりした。そしてそのままヘナヘナとベッドに腰を下ろした。
姿見で見た俺の身長は110センチくらいか。もう少しあるかもしれない。そんな身長の俺でも普通に腰を下ろせる程ベッドは低かった。寝具が取り払われているからかもしれない。
「俺の目は……呪われているのか……」
こんな不気味な目は絶対に他人には見せられない。
「自分の素人工作で作った義眼……この線が最も無難なところか……」
俺が色々と右目バレの時の言い訳を考えていると
『そうか。右目を見たんだな。見慣れていないと確かに不気味かもしれんな』
「リューン。お前は俺の右目について何か知っているのか?教えてくれ。改めてお前から話を聞きたい」
『そうか。ようやく気が済んだか。ならば約束通り、色々と説明をしてやろう。だがまずは初めに断っておく事がある』
「いや……気は済んでいないけど何だ?」
『それは、私がお前とその周囲について知っているのは、お前の母親がお前を身籠った時からだと言う事だ。
お前の母親の身体にお前の生命が宿った瞬間から、私とお前の関わりが始まったのだ。この事を理解してくれ』
「うん?どう言う事だ?話がちょっと難しいな。言ってる事がよく分からない」
『理解出来ないのであれば、それで構わない。仕方の無い事だ。そういうものだとだけ認識して欲しい』
「分かった。ひとまず理解する事は脇に置こう。話を続けてくれ」
『まずは私の事から話していいか?私が何者か興味があるだろう?』
「そうだな。お前が何者なのか自称でもいいから知っておかないとな。で、お前は何者なんだ?」
『私の名は先程も名乗ったがリューンと言う。今の私はちょっと特殊な存在だが、元はお前と同じ人間だ』
「特殊な存在?まぁそれもちょっと脇に置こう。と言う事はお前は元々は人間で、天使や悪魔の類では無いんだな?」
『そうだ。ただ人間として活動していたのは、今から約33000年くらい前だな。すまんが精確な年数はちょっと失念していて分からない』
「ん?何?今何て言った?33000年?いきなり胡散臭い数字をぶっ込んできたな」
『いや、一応本当の話だ。信じてもらうしかない。そしてお前の気になるその黒い瞳がこれに関わってくるのだ』
「うーん。この右目がお前の33000年に?じゃ、ちょっとご説明願おうか」
『お前のその瞳の黒はちゃんと名称があってな。《賢者の知》と言うのだ。本来ならば両瞳共に賢者の知は顕れる』
「え。本当ならば左目もこのヤバい黒になるって事か?そりゃ余計に具合が悪いじゃないか」
『まぁ聞け。最初から話す。今から約33000年前頃の事になる。私はその頃旅と学問が好きな平凡な人間であった』
『とにかく私は好奇心が強い人間でな。世界の至るところに旅をしていたら、ある日突然不思議な出来事をきっかけにとてつもない発見をしたのだ』
「ほぅ。話の流れ的にかなり重要な事なんだろうな」
『そうだな。私はこの世界に《魔素》と言う存在がこの星の大気の中に混じっている事を発見したのだ』
「魔素?あぁ、あれだろ?《魔法》って言うか《魔術》とか《魔導》とかを使う時に集めて変換するんだっけ?あれ?それは《マナ》だっけ?」
『そうだ。両方概ね合っている。ところでルゥテウス。お前はまだ5歳の幼児だ。8歳かもしれないと思っていたようだが、お前の生まれたのは王国歴で言うと3033年の5月17日……あの日お前は生まれて、3038年10月4日現在で5歳だ』
「あぁ、俺は5歳なんだな。お前は俺が生まれた日まで知っているのか?」
『勿論だ。さっきも言っただろう?私がお前とその周辺の事について知っているのはお前の母がお前を身籠った瞬間からだと』
『だから勿論お前が誕生した時の事は知っている。私が知ってるのはあくまでもお前が生まれた時の様子だけだがな』
『話を戻そう。お前は今5歳だ。そんな5歳児が魔素やマナと言う物質が魔術や魔導に使われる等と言う事を何故知っている?お前はまだ5歳なのになぜそんな《知識》を持っている?』
『もっと言うとだ。お前は5歳児なのになぜそのような《知性》を持ち合わせている?』
(……そうだ)
「それはさっき向かいの一角亭で気付いた事だ。お前はあの時、俺がこの事に気付いた事を指摘してたよな?」
『そう。お前が5歳にしては考えられない程の知性と知識と知恵を持ち合わせている事。これが《賢者の血脈》なのだ』
「ん?あれ?さっきのは賢者の知だったよな?今言ったのは賢者の血脈だっけか?何が違うんだ?」
『話を続ける……。実はその魔素の発見については私が自力で成し遂げたものでは無い。とある《存在》が力を貸してくれたのだ』
「あれ?自力じゃないの?《存在》って?」
『その存在と言うのは……何て言うのかな。私はそれを《超越者》と呼んでいる』
「超越者?その人は自分でそう名乗ったの?」
『いや違う。超越者は恐らく人間では無いのだ。それこそお前が先程私を疑ってた悪魔やら天使の類かもしれない』
『但しあえてそこに突っ込んで言うならば、私は超越者は……お前たちが言う《神》のようなものだと思っている』
(え……?)
(……何?)
(こいつは……こいつは何を言ってるんだ?)
「神だと!?そんなもん居るわけねぇじゃねぇか!ふざけんじゃねぇ!!
そんなもん居たら、俺はこんな不幸な境遇にはなっていないはずだし、おじぃだってあんな苦しい死に方するわけねぇだろが!神なんてインチキだ!そんなのが居たら俺がブチ殺してやる!」
ハァ、ハァ、ハァ……。
俺はリューンがあまりにも安易に神などと言うクズの存在を持ち出してきた事に対し、我を忘れ喚き散らしてしまった。
『こら。そんなに大声を出すな。窓が開けっぱなしなんだぞ?お前の叫びが近所に聞こえたらどうする?しかも藍滴堂の三階の、よりによってこの部屋から。
お前と私の交信は声に出す必要なんぞ無いんだ。だから落ち着け。これ以上声を上げるな』
(……わかった。すまん。ちょっと今の自分の境遇がな。近所の人たちのあの嘆きを見ただろ?)
(この家は呪われているんだよ。次々に人が死んじまって、もう俺しか残っていないんだよ)
(神なんてのが本当に居るならこんな状況許すわけ無いだろ?)
『そうか。こちらこそ悪かったな。お前の気持ちも考えずに安易に神などという言葉を用いてしまった』
『許してくれ。そしてついでに言うとお前の家は呪われてなんていない。この家の悲劇は後で説明するが、それなりに原因があるのだ』
(何だと!?いや……いいよもう。つまり話を戻すと超越者と言う存在は文字通り「超越している存在」だから、人間に解るように定義すると神と言う表現をするしか無いって事なんだろ?)
『まぁ、そうだ。私とお前の間における神と言う存在に対する感情でちょっとした差異があるだけの話で、私が言いたい事はつまりお前が今言った通り、人間と言う存在を絶対的に超越している存在が確かに居たと言う事なのだ』
(居たんだな?で、そいつは今も居るのか?)
『存在としては今現在もどこかに居るんだろうな』
『但し私が彼……と呼んでいいのかわからないが超越者と邂逅したのは後にも先にも一度切りで、その一度で十分だったのだよ』
(ふぅん……。で、その超越者はお前と邂逅して魔素の存在を教えてくれたのか?)
『厳密に言うとちょっと違う。私は超越者から賢者の血脈と言う大いなる叡知を授かったのだ』
(ん?さっきも話に出たその賢者の血脈ってのがスゴいもんなんだな?)
『まぁ簡単に言ってしまえばそう言う事になる。私は超越者から賢者の血脈を授かって、最初の《血脈の発現者》になったのだ』
『そしてその血脈の発現者としての力で魔素の存在を発見したのだよ』
……段々聞いてて理解できない方向に話が進み出したな。
(うーん。ちょっと一気にややこしくなったな。賢者の血脈を貰って、その効果で血脈の発現者と言うのになったのか?)
(えっと、それはまた新しい単語が出て来たな。つまりその血脈の発現者ってのが最終的には凄いんだな?)
『そう言う事になる。賢者の血脈自体は例えるならば血統みたいなもので、賢者の血脈と言う血統因子を持っている者の中から極稀にその血脈の力が《発現》すると強大な力や知恵を持つようになるのだ』
『そして私は最初の賢者の血脈所有者となり同時にその血脈の力が最初に発現した者にもなったのだ』
(あぁ、なるほど。漸く理解できた気がする)
(つまりお前はその血統のような物を持つ一族みたいな連中の《最初の人》って言う事なんだな?)
『まぁ、その理解で正しい。しかしお前も薄々は気付いていると思うが血脈を受け継いでいても必ず発現するとは限らないのだ』
『実際、発現した者は私の後の3万数千年の中で数える程しか居ない。もう少し言うと、今この時代……レインズ王国が建国されて王国歴が始まってからの発現者は二人しか居ないし、そのうち一人の発現自体は建国前だからな。建国後に新たに発現した者はたった一人だ』
ん……?二人?一人?どっちだ?
(え?今年って確か王国歴3038年なんだろ?つまり3000年ちょいで二人だけなのか?そりゃちょっと思ってたよりも少ねぇな)
(しかも《新規発現者》は一人だけなのか?いくらなんでも少な過ぎるだろ……)
『そうだな。確かに3000年で二人は少ないと思うかもしれない。しかしそれは「完全な意味での発現者」と言う事であって、不完全な者であればその二人の他に五人出ている』
(おぉ。他にも五人居るのか)
俺は現実的な数字を聞いて少しホッとしたが、感覚が麻痺している可能性も否めない。
(それなら単純計算で数百年に一人くらいになるな。しかし不完全って何だ?完全とはどこが違うんだ?)
『それを話す前に発現者そのものについてもう少し話す必要がある』
『発現者には一目でそれと分かる外見的特徴が顕れる』
(ん?それってさっきお前が言っていた賢者の知ってやつの事か?)
『そうだ。お前がさっき騒いでいたその瞳だ。それが賢者の知で、両瞳にその完全な《賢者の黒》が宿る。ただ賢者の知だけではさっき言った不完全な発現者なのだ』
(あ、そうなのか。……待てよ。と言う事は俺は一応発現者って事なのか?)
(それで片目だけ黒いから言わば「不完全の不完全」って事なのか?いやなんかそりゃちょっとガッカリだなぁ。さっきまで気持ち悪がってたのに申し訳ないけど)
(で、あれか。不完全の不完全くらいだからちょっと頭が良くなる程度の力が貰えたって事なのかな?)
『違う。お前は大きな勘違いをしている。賢者の知の発現は例外無く両瞳に顕れるのだ。そして話を進めると完全な発現と言うのは賢者の知の他に《賢者の武》をも発現した者を指すのだ』
……俺はまた新しく出て来た単語にうんざりし始めながら
(なるほど。賢者の知だけでは不完全でその賢者の武も出ないと完全じゃないのか。で、その賢者の武ってのも外見で解る特徴があるのか?)
『もちろんだ。賢者の武が発現したものは瞳では無く髪の色が同じく賢者の黒として顕れる』
『つまり完全な発現者と言うのは髪と左右両瞳が、お前が気持ち悪いと騒いでいた真っ黒、つまり賢者の黒になるのだ』
『逆の場合もあって賢者の知は顕れず賢者の武だけが発現して髪だけが黒くなる者も居る』
(うーん……そう言う事なのか。では何で俺は右目だけなんだ?お前の言い方だと片目だけってのは前例が無いんだろ?俺は現に片目にしか発現してないじゃないか)
『そうだ。つまりそこがお前の勘違いの核心なのだ。本来のお前の発現は右瞳だけではない。それどころかお前は賢者の武をも発現する完全な賢者の血脈の発現者なのだ』
おいおい。建国後の完全なのは一人じゃなかったのか?
(はぁ?俺は髪の方も黒いはずなのか?しかし今は金髪だぞ?それともあれか、これから成長を経て左目と髪が黒くなるのか?)
『そうではない。この問題に対する答えをお前は既に知っているのだ』
『まぁその答えを与えたのも結果的に私なんだがな。お前はもうその理由を私から聞いている。但し、別の場所でだがな』
いきなりなぞなぞみたいなものを出されて、俺は少々混乱した。
(ん……?俺が既に答えを知っているだと?なんだ……さっきまでとは違って変にもったいぶるじゃないか。答え……理由……うーん……)
ピコーン!
……うん?あれ?もしかして……?
(もしかしてアレか?《封印》か!?お前の言う理由と言うのは封印の事を言っているのか?)
『お前はやはり鋭いな。そうだ。お前の発現を阻む……と、言うよりも抑え付けているのは封印だ』
『お前は封印されていなければ今頃視力も失っていなかったし、髪も両瞳も真っ黒で今頃大騒ぎだ』
『こんな田舎町の下町で頭の回転が鈍い幼児として近所の人々に愛されている事も無い』
『つまり私が先程説明した王国が建国されて以来二人しか出ていない完全なる発現者、そして唯一の新規発現者がお前なのだ』
さっきの疑念に対する回答が飛び出し、俺は驚いた。
(え!?俺がさっきの話に出てた3000年の間に二人しか居ないうちの片割れって事なのか?じゃ、片割れのもう一人って言うのは誰なんだ?)
『片割れと言う表現はおかしいけどな。別に割れたわけでも無いし。しかし……それだ』
『今までお前に対して私が行ってきた説明とは私自身の話と賢者の血脈の話だな?これは恐らくお前にとっては一部驚いた事もあっただろうが、それでも不足していた知識と元々発現者として蓄積された記憶を補ったと言う風に言える事でもある』
『しかしここから先の話は……つまりお前の家の不幸についても絡んでくる。私とお前との関わりについてだ』
『しかしその前に一つだけ、今までの説明を聞いて来て何か気が付いた事が無いか?』
(え……?気付いた事?俺が完全な発現者であると言う事実の他に?)
『そうだ。もう少しそこの部分を突っ込んで考えてみろ』
(……)
(……)
(……?)
ピコーン!
(……あっ!)
(あれ……?もしかして……つまりそう言う事なのかな……?)
俺はちょっとイラっとする事実に気付いた。
(リューンは、俺の《御先祖様》って事になるのか?)
『ふふふ。そうだ。よく気付いてくれたな。賢者の血脈とはその名の通り、血脈として代々受け継がれて行くのだ。それが例え発現するかしないかは別としてな』
なんか若干得意げな成分が含まれてるな。
『つまり、血脈を受け継いでいても発現しない者は単に血脈を次代に継なげるだけの存在なのだ。まぁそう言う者が大半なのだけれどもな』
(うーん。「だけの存在」って……結構キツい言い方だよね)
『事実、そうなのだからな。私が持つ記憶では約33000年間の発現者の数は私を除くと完全な者が九人、不完全な者が22人だ』
(うわ……。33000年で十人居ないのか。いや、リューン自身を加えると十人か)
(……それでも不完全が22人居るのか。不完全でも相当強いんだよね?)
『そうだな。賢者の知のみでも発現すると強大な魔導を操れるようになるし、魔導やそれ以外の技術に関しても重大なブレイクスルーを発生させる可能性を持つ。いや「魔素の発見と魔導の誕生」自体が人類史に残るブレイクスルーだな』
『それこそ人類の救世主や歴史上の人物になる実力も十分に持ち得る。賢者の武にしたって、歴史に残る軍事的成功や救国の活躍など例を挙げると枚挙に暇がない』
『特に《魔物》がこの地上を謳歌していた《第二紀》にしばしば人類を滅亡の縁から救済した名も無き英雄も存在する』
(なるほどなぁ。そうか。じゃ今の王国歴の中で存在したもう一人の完全な発現者と言うのも俺の先祖に当たる人なんだな?)
『当然だ。お前の場合封印されずに本来の発現をしていれば、例えそれが不完全であっても私が長々とこれまでしてきたような説明も不要であったし、私の事や王国歴のもう一人の完全発現者が誰であったかも全て自分で認識できた事なのだ』
(へぇ。そうなのか……)
『賢者の血脈の真の力とは正にその《記憶の継承》にあるのだ。つまり私のものを含めてお前よりも前に完全不完全に因らず発現した者の記憶を血脈の力として発現した時に受け取れるのだ』
ちょっとまた話がついていけなさそうになりかけて、俺はもう一度説明を求めた。
(つまり……どう言う事?)
『血脈の発現とは、発現者がこの世に誕生した瞬間に顕れる。例外は普通の人間として超越者から血脈の力を受け取った私だけだ』
『他の者は産まれて来る時、既に髪や瞳に賢者の黒が顕れて母体から出て来るのだ。そして産まれた瞬間に過去の発現者の記憶を受け取る』
(なるほど。オギャァと産まれた瞬間なのか……)
『そうなると当然、過去の発現者が誰であったかと言う事も自ずと理解するし、私が発現していた頃には無かった技術や知識も受け取る事になる』
『この話でも分かるように血脈の代が進み後代の発現者程強くなるはずなのだ。産まれたての赤子の時点で明晰な頭脳と強靭な力を獲得している事になる』
『但し注意すべきは頭脳と力だけを獲得したところで、肉体の成長が伴っていないと負担が大きくなる。骨格や筋肉の問題もあるし、今日のお前のように脳との交感が激増する事で、頭部の体内温度が急上昇して発汗が止まらなくなる』
(あぁ、あれはそう言う事だったのか。右目が凄まじく熱くなったよ)
『安心しろ。発現者であれば誰でも通る道で全ての発現者が年少時に力の加減が分からずに暴走してやらかすのだから』
『そうやって発現者達は自らの持つ力の強大さを自らの受ける痛みで思い知るわけだ。これもある種の《躾》であると私は解釈している』
『私があの時必死に止めたのは、その暴走が起きた時に周囲へ少なからず力が放出されてしまう事で、下町が消滅する恐れすらあったからだ』
(おいおい……なにサラっと怖い事言ってんだよ)
俺は自分が犯しそうになった破局を想像して戦慄した。
『故に今日、お前の頭の中が急にスッキリして5歳児とは思えない知性と知識と知恵が身に付いたように感じたのも封印の一部が解放されて、中途半端な形ではあるが、発現者として受け取っていた力が復活したのだ』
(あぁ……なるほど!あの何か割れたような、壊れたような音は封印の一部が壊れた音だったのか!)
俺はちょっとだけスッキリした気分になった。思えばあの音が最初のきっかけだった。
『そうだ。しかしお前に施された封印は未だ大半が残っており、そのせいで発現者としての力が非常に乏しい』
『特に記憶部分が致命的に受け取れていない。これは私も予想外だったのだが、恐らく封印を実施した者が想定していた封印本来の働きから外れているのであろう』
リューン。
(お前は知っているんだろう?俺に封印を施した奴の事を)
『それは……※△×』
ん?先程まで何でもスラスラと答えていたリューンが急にバグったぞ。何かあるのか?
―――ガタンッ、ガタタン、ズズーッ
(あ、いかん。ユーキさんが戻って来たのか?)
急いで下に降りないと。
俺はリューンを問い詰めるのを中断して、いつの間にかすっかり暗くなっていた部屋の窓を閉めてカーテンを引き、廊下に滑り出て暗くて足元が見えないくらい危ない急な階段を下りて行くのであった。
勿論……あの《右目の瞼》は閉じて。
【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ
ルゥテウス・ランド
主人公。5歳。右目が不自由な幼児。近所の人々には《鈍い子》として愛されているがその正体は史上10人目となる《賢者の血脈の完全なる発現者》。しかし現在は何者に能力の大半を《封印》されている。
リューン(文字の奴)
主人公の右目側に謎の技術で文字を書き込んで来る者。約33000年前に史上初めて《賢者の血脈の完全なる発現者》となる。ルゥテウスの遠い先祖で《始祖》と呼ばれる。