遺された幼児
第一章は暫くの間、一人称視点で本編は進行します。
【作中の表記につきまして】
物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。
・距離や長さの表現はメートル法
・重量はキログラム法
また、時間の長さも現実世界のものとしております。また、特に言及の無い限り文中の時刻は24時間表記です。
・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日
但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。
・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年
・4年に1回、閏年として12月31日を導入
以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくおねがいします。
―――パッキィィィィン
突然、頭の中で何かが壊れたような音が響いた……ような気がする。
何が壊れたのか?
それとも何も壊れてないのか?
わからない……。
ただ一つ言えるのは、憶えている限りずっと頭の中を覆っていた《霧のようなもの》が突然晴れてスッキリとしたのだ。
今まで見ようと、感じようと思っていても霧が覆っていて何も見れず、何も分からずだった。
しかしその直後、今度は別のトラブルが発生した。
ズキィィィン ズキィィィン ズキィィィン
何だ!?右目の辺りが無茶苦茶に痛い!
眼球自体が激痛を発する事なんて体験した事が無いが、これはどう考えても右目の眼球の痛みだ。
眼球に何か刺さるとか、眼球自体が破裂したのか、とにかくそれくらいの体験した事のない激痛だ。
「うぎゃぁぁぁーーーっ!」
俺は痛む右目を抑えつけて喚きながらその場に屈み込んだ。頭の中を覆っていた霧が晴れたと思ったら今度は右目からの激痛だ。
(俺の体はどうなってしまったのか)
しばらくその状態が続くと幸いにして痛みが少しずつ治まってきたように思えたので、抑えつけていた手を恐る恐る離した。
どうやら一過性のものだったらしい。安心しつつ右目を開けてみようとしたその時……
『今は右目を開けるな。瞼は閉じたままにしろ』
突然の忠告に近い《文字列》を見て俺は咄嗟に右目の瞼を開けるのを止めた。
止めてから……改めて考え込んだ。
先程の忠告文らしきものは開いている左目の視界の更に右側の辺りで《光る文字》として見えたのだ。
……おかしくね?
(閉じているはずの右目側で見えているぞ……怖っ!)
もっと詳しく言うなら左目の視界の右端にある鼻筋の更に右側、右目は閉じているので暗くなっているその空間に白っぽい緑色に眩しくない程度に輝く文字が丁度読みやすい大きさで書かれている。
書かれていると言うよりも「出力されている」と言う表現の方がある意味で相応しいくらいだ。
利き目の加減とかは分からないけど、確かに右目側に浮かんでいるとしか思えない位置だった。
ご丁寧な事に絶妙な距離感と大きさで物凄く読みやすかった。
そして俺が読み終わって理解するのを待ってくれていたかのようなタイミングで消えた。俺が咄嗟に反応できたのもこのおかげだ。
するとまた同じように次の文字が浮かんできた。
やはり物凄く読みやすい。どう言うメカニズムなのか。
『お前の右目は今まで見えない事になっていたのだ。今ここで急に右目が開いたら周囲が驚くどころじゃないぞ』
(ああ、そういえばそんな気がする。俺はこれまで右目で何も見た事が無かった……記憶があるな)
……すると今度は新たな疑問が生じる。
(今確かに俺は閉じた右目側に浮かんでいる文字を読んでいる。左目の視界では鼻筋の向こう側なんて見えないだろう?……と言う事はこの文字が見えているのは右目だよな……?)
つまり失明している、それも瞼を閉じている右目で文字を見ている事になる。
俺は忠告を受けたにも関わらずものすごく右目を開けてみたい欲求に駆られてきた。
ここはどうあっても右目の状態を……右目が見えるのかを確認してみたい。
(うーん……。開けたい。開けて見てみたい)
右目の痛みが治まった俺がこの欲求に悶々と葛藤している間にも俺の悲鳴を聞いたからか、大騒ぎになりながら周囲に人が集まってきた。
当の俺は落ち着きを取り戻してその様子をずっと正常な左目で見つめていた。
俺の目の前には初老の男性が左手で胸の当たりを掻き毟るように鷲掴みにし、体を「く」の字にして倒れていた。
見たところ原因は恐らく心臓発作だろうか。その様子から既に男性は事切れているように見えた。
(おじぃ……)
彼は俺が「おじぃ」と呼んでいた人物だ。恐らくだが男性は俺にとって祖父に当たる人物のはずだ。
それくらいの記憶は頭の中を霧で覆われていても認識していたつもりだ。
「おじぃ……おじぃ!」
俺は必死で祖父に呼びかけた。
恐らくはこの世でたった一人、俺が知っていた人物。
そして俺の事を知ってくれていた人物。
俺の頭の中が霧が覆われていた間も、俺の事をずっと見ていてくれた人物。
今この人を失うのは自分にとって非常にマズい気がした。
「おじぃ!駄目だっ!俺を独りにしないでくれっ!」
俺はいつの間にか我を忘れて絶叫していた。
祖父と俺の周囲に集まってきていた人々は、俺の視界の中で祖父の様子よりも絶叫している俺を見て一様に驚いている。
(お前ら!俺の事なんて見てないでおじぃを助けろ!何とかしてくれよ!)
『諦めろ。ローレン・ランドは既に死んでいる。ひとまず今は一旦冷静になれ』
また新たな文字が浮かんできている。
(うるせぇ!まだ蘇生が間に合うかもしれねぇだろうが!)
『そうじゃないんだ聞いてくれルゥテウス。お前の知覚がハッキリとするようになったのは目の前の《ローレンの死》がきっかけとなっているのだ』
『今まで鈍かったお前の脳味噌が今ではしっかり回っているだろう?そして私の言葉が見えているんだろう?それはつまりローレンの命が尽きる事で指名されていた最後の《庇護者》の存在が消えてしまったからだ』
『お前にはもう恐らく指名されている庇護者が居ないのだ。
どうもこの事態は想定より10年以上早くなってしまったようだがな。
そしてお前の見た目の様子からしてまだ《封印》は完全に解放されていないようだが……。
ひとまずルゥテウスよ……そんなに取り乱すな。まずは落ち着くのだ』
俺は目まぐるしく変わる右目側の瞼の裏の虚空で書き換えられる文字を追った。
目まぐるしく変わる割に、俺がちゃんと最後まで読んで理解してから変わる文章。
まるで俺自身が「次の文章お願いします!」とボタンでも押して切り替えているかのようだ。
腹立たしいくらいに読みやすい文字を読む事に集中しているうちにどうにか気持ちが落ち着いて来た。
……祖父の名前はローレン・ランドと言うのか。
(祖父が死んだから俺の頭の中がスッキリとしただと?どう言う事なんだ?庇護者とは何だ?封印とは何だ?
どっかのクソ野郎が俺の脳味噌を封印してたって言うのか?ふざけんじゃねぇ!)
『とにかくお前はもう喋るな。お前はこの辺りの人々の間ではちょっと「頭の鈍い子」として認識されているのだ。だからお前が感情を露わにするごとに彼らが驚く。
今は余計な驚愕を新たに作り出すのは得策ではない。
とにかくお前は茫然としたフリをしろ。事情は後で独りになった時にちゃんと私が説明してやる』
俺は今や完全に落ち着きを取り戻した。
左目に映るのは祖父ローレンの死を確認していた医師らしき人物の姿と、その確認が終わり遺体をどこかに運ぼうとしている人々。
恐らく彼らは俺と祖父の自宅近所でも顔馴染みなんだろう。
祖父の為に泣いてくれている人も居る。
俺はその姿を見ていつの間にか自分も泣いている事に気付いた。
見えない、何も働く事の無かった右目からも涙がこぼれている。
まぁ、視神経と涙腺の神経は別物だから涙くらいは流れるだろうな。
年配の、ちょっと恰幅の良い女性が俺に話しかけてきた。
「ルゥちゃん……大丈夫?とりあえずウチにいらっしゃいな」
俺はわざとゆっくりとした口調で応えた。
「お、おじぃと……いっしょにいく」
俺は戸板らしきものに乗せられて人々に運ばれて行く祖父の後に続いて歩き始めた。
「そうね……まずはおウチに帰らないとね……」
その女性が俺の背後で呟いた。
そうか。彼らは祖父の遺体をひとまず自宅に安置しようとしているのか。
俺は恥ずかしながら自宅の位置が分からない。これはこのまま彼らについて行くのが無難だな。
クソっ。涙が止まらねぇ。
皆さんが戸板を持って祖父を運んで行き、その後ろを何人かの人々と俺が歩いて行く……まるで葬列のようだ。せっかく頭の中がスッキリとした途端に何て事だ!
やがて10分程歩いたであろうか。
祖父を運ぶ人々は《藍滴堂》と言う大きな看板が掲げられた店舗のような建物の前で立ち止まり、色々と話し合った末に大工のような恰好をした男性が店の入口を厳重に戸締りをしていた4枚の鎧戸のうち、一番右側の戸を揺すったりしながら外し始めた。
鎧戸はかなりガッチリと嵌っており、力技では簡単に外れないように見えた。恐らくしっかりとした形で施錠されているのではないだろうか。
俺はすぐに地面に置かれた戸板に寝かされている祖父の横にしゃがみ込んで上着を調べ始めた。
祖父が着ていたジャケットの、祖父が胸の痛みで苦しみながら鷲掴みにしていた辺りの隠しから何本かの鍵がリングに纏められた鍵束を取り出した。
「これ」
俺は立ち上がってその鍵束を、目の前で鎧戸を外そうと苦戦している壮年の男性に差し出した。男性は振り向いて、鍵束を差し出す俺を驚いたように見つめ……
「お、おぅ……鍵があったのか。ルゥ坊は賢いなぁ」
俺を褒めてくれたが、状況が状況だけに男性の顔に笑みは無かった。
鍵穴は外そうとしていた右端の鎧戸左側の上下の桟に一つずつ有り、それぞれが同じ鍵で回せるようになっていた。鍵は鍵束の中に入っていた。
鍵は開錠され、今までビクともしなかった右端の鎧戸を左側にスライドするとわりと滑らかに隣の鎧戸も次々とスライドしていき、合計四枚の鎧戸が引き開けられて入口左端の戸袋に全て収まった。
(なるほど。藍滴堂とは薬屋か。《らんてきどう》って読むのかな?
そういえば微かな記憶で祖父が何かを磨り潰したり煮込んだりしていたな。
あれは薬剤の調合だったのか。そうだそうだ。この臭いだ。毎日色んな臭いがしてたな。
俺の家は薬屋で祖父は薬剤師だったんだな。他に家族は居なかったのかね……)
「さぁて。そこの作業台の上をちょっと片付けてローレンさんを置かせてもらおうや」
入口の先はすぐカウンターが横向きに設置されていて、流石にカウンターには幅が狭過ぎて祖父の遺体を安置するわけにもいかず、改めてカウンターの右脇を抜けた奥にある高さ1メートル程の、大きく頑丈そうな木製の作業台の上に祖父の遺体を置く事となった。
作業台の上には……色々と簡単な調合に使うと思われる乳鉢や計量天秤、試験管立てなどが在るべき位置と思われる場所に綺麗に並べられていた。
先程の戸締りは別としてカウンターの様子といい、この作業台の様子といい、まるで長期間仕事を中断させるかのように店舗一階は整然と片付けられていた。
俺の頭の中で何か壊れるような音がして霧が晴れたようにハッキリとした時……俺と祖父はどこか外出していたようであった。
そう言えば祖父と歩くちょっと前までずっと何かに揺られていたのを思い出した。馬車かもしれない。
祖父も俺自身も服装は仕立てが高そうな「よそ行き」の立派なものに見える事から
(もしかしてどこか馬車で向かうような遠出をしていたのだろうか)
と、俺は推測した。
先程家に誘ってくれた中年女性も含めた何人かで作業台の上はすっかり片付けられ、祖父の遺体が置かれた。
一、二、三……全部で八人のご近所さんと思われる人々が作業台に安置された祖父を囲むように立ち、俺も祖父の頭側の位置でその輪に加わった。
しかし俺の身長では作業台に置かれた祖父の顔はハッキリと見えないのだが……。
人々はおもむろに頭を垂れて両手を胸の前で組み、無言で祈りを始めたようだ。
中には祈りながら泣いてる人も居た。
涙を流している人も居た。
あの中年女性も涙を流しながらすすり泣きをしていた。
……祖父の為に泣いてくれている人たちが居る。
この光景は俺の胸を激しく打った。
……申し訳無いが俺は神だの宗教なんぞ屁とも思っていないし、むしろ今はこんな目に遭わせたカミサマを八つ裂きにしてやりたい。
俺がどこに居るかも知れない死神に毒づいている間にも、この善良な人々は祖父の死を嘆き悲しんでくれていた。
……何だろう。
何で俺はこんな感動的な光景を目にしているのに何かに対して怒っているのだろう。
祖父はなぜあんな形で亡くなったのか。
元から心臓に重篤な持病を抱えていたのか?
今日の様子では二人で散歩をしていたとも思えないし、祖父と歩き出す前にはずっと何かに乗って揺られていた記憶があるのだ。
恐らくどこか遠い場所、歩いては行けないような場所に向かい、そして帰ってきていたところだったのだ。
そして今改めて祖父の顔を、背伸びをして確認してみる。
祖父の死顔は決して死を迎える人に見られる《静謐さ》とは縁遠いものだ。
そりゃ心臓疾患と思われる発作に苦しんだのだ。
想像を絶する苦痛に苛まれ亡くなっていったのであろう。
しかし俺は祖父の表情からは苦痛と言うよりも「無念」と言う最期の意思を感じた。
(何か死の間際になっても心残りがあったのだろうか……)
『お前の感じた疑念は分かる。さっきも言ったが後で独りになった時に全部説明してやる』
これまでパッタリと止んでいた文字がまた出やがった。
『とにかく、今この場でありのままの説明するとお前の感情をかなり刺激する事になりそうだ。
ローレンの死を悼んでくれているこの人々の前でそれは拙いと思うぞ』
そうだな。ひとまず今は我慢しよう。この「文字の奴」が説明する内容を鵜呑みにするわけにもいかないが、人々の前で感情を露わにする事態は避けるべきだ。
皆さんの祈りは終わったようだ。口々に何かを話し合っている。
内容に耳を傾けていると、当然の事ながら話題は今後の事と俺の処遇についてだ。
どうやら遺体はこのままここで安置するようだ。
祖父の死様に事件性は無いと思われる。目撃者もかなり居るだろうし、医師らしき人物が死亡確認までしていた。
直前まで何かに乗って揺られていたり、歩いたりしていたので急死するような毒を盛られたようにも見えない。
改めて役人の検死くらいはあるかもしれないが、ひとまずここに安置するのは問題ないだろう。
「ルゥちゃんはどうするんだい?とりあえず誰かが面倒見ないと駄目だろう?」
「そうさなぁ。今日は落ち着くまでマーサの所で面倒見れないかい?」
「まぁウチは宿屋だし、お向かいだからいいけどさぁ。母ちゃんも私やリンも居るしルゥちゃんの世話ならできるかな」
「すまんな。マーサ。お前の所と違って俺っちとかは昼間は仕事があるからなぁ」
「いや、ウチだって宿屋だけど昼も食堂やってるからね?母ちゃんだって昼飯の仕込みやってるし」
「いやいや、そう言う意味じゃなくってよ。俺っちたちは仕事の時は家を空けちゃうだろ?」
「まぁそうだね。ひとまずウチでしばらく預かるよ。多分最後はユーキの所が引き取るだろうからそれまでね」
どうやら、俺はここの通りを挟んだ向かい側にあると言う宿屋に引き取られるようだ。
他人事のようで何だか変な気分だが宿屋ならば誰かしら常に俺の事を見張っておけるのだろう。
「母ちゃん」と言うのはあのマーサさんと呼ばれた中年女性の母親か?
あのオバちゃんの母親なら婆さんだろうな。
しかしそれは逆に言うと引き取られた後の俺は常に衆人環視の下に置かれると言う事だ。
先程からの「文字の奴」の文面では、俺はどうもご近所の皆さんから「鈍い子」として見られているらしい。
恐らく同年代の子供と比べて、ちゃんと見ていないと危なっかしいと思われているのかもしれない。
ただそうなると再三に渡って文字の奴が言っている「説明」とやらが聞きにくい環境になるかもしれない。
奴は俺の感情を刺激すると言っていた……いや書いてあったと言う事はつまり、かなりボリューム感のある胸糞話になる可能性が高い。
可能であれば独りきりの環境でゆっくりと聞きたい……いや読みたいし、怒り狂って叫ぶにしても周囲に誰も居ない場所で行いたい。
仕方なく俺は独りになれるチャンスを作るべく、おずおずと口を開いた。
こう言う時は下手に駄々を捏ねるような感じではなく、淡々と宣言する方が大人も意固地になりにくい。
「おじぃといっしょにいたい」
「ルゥちゃん……あのね」
「おじぃといっしょにねる」
「ここで寝るの?」
「うん」
「でも……ルゥちゃん独りじゃ怖いでしょ?」
「だいじょうぶ。おじぃがいる」
「そう……じゃあ分かった。それじゃ今夜はここで寝なさい。でもその前にウチでご飯を食べましょうね」
「うん……ありがと」
マーサと呼ばれた向かいの宿屋のオバちゃんと話す俺を見て、この場にいる大人がかなり驚いた顔をしている。
俺が喋るのがそんなに驚く事なのか?俺なりに相当鈍い感じで話したつもりだけど。
まぁいい。とりあえず今晩独りになれる環境を確保した。まぁ……遺体と一緒だけどな。
祖父ともちゃんとしたお別れがしたい。こんな魯鈍な感じじゃなくて、しっかりと礼を言ってお別れがしたい。
祖父の突然死から既に結構な時間が経過しているが、外はまだ昼過ぎといった時間帯で日が落ちるまでまだ大分掛かりそうだ。
ひとまず俺に飯を食わしてくれる事になったマーサさんの厚意に甘えて、彼女の宿屋に移動する事になった。
まぁ……通りを挟んだお向かいさんなんだけど。
葬儀屋への手配は明らかに大工の恰好をしている割に、さっき店の鎧戸を力技で外そうとしていたエベンスと言う男性が引き受けてくれるようだ。
役人への手配はここに祖父の遺体を運んで来る前の段階で死亡確認をしてくれた医師がやってくれているのだそうだ。
故人の身内がこんな鈍い感じの幼児だけだもんな。ご近所さんと言うのは本当にありがたい。
この人達は祖父の死を悲しんで祈りまで捧げてくれた。いつか必ず恩返しをしないとな。
藍滴堂から出た我々は用心の為に鎧戸を再び締めて施錠し、鍵束はマーサさんが引き取ってその場でそれぞれの方向に別れた。
別れ品に俺が「みんなありがとね」と言って頭を下げたら、皆さん改めて驚いていた。
こうやって少しずつ鈍いイメージを払拭していかないとな。そうじゃないと成長するにつれてどんどん面倒になる。
俺は、近所の人達と別れて残ったマーサさんの後についての彼女の宿屋に入って行った。
【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ
ルゥテウス・ランド
主人公。5歳。右目が不自由な幼児。頭の鈍い子であるが、近所の人々に愛されている。
マーサ
宿屋《一角亭》の若女将。
ネイラ
宿屋《一角亭》の女将でマーサの母。
シンタ
マーサの夫。宿屋《一角亭》の婿。厨房で料理を担当。
リン
シンタとマーサの息子の嫁。宿屋《一角亭》で働く。まだ幼い子供がいる。アリシアとは同年齢で幼馴染だった。
エベンス
主人公の近所に住む大工。
モートン
医師。ローレンの遺体を確認して《死亡宣告》を行った。
ユーキ
主人公の伯祖父。ミムの兄。料理人。
《文字の奴》
謎の技術で主人公の右目側に文字を書き込んで来る者。
ローレン・ランド
主人公の祖父。故人。港町ダイレムの下町で薬屋《藍滴堂》を経営。
アリシア・ランド
主人公の母。故人。ローレンとミムの一人娘で《藍滴堂》の看板娘。港町ダイレムで評判の美貌を持つ。
ミム・ランド
主人公の祖母。故人。ローレンの妻でユーキの妹。