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黒き賢者の血脈  作者: うずめ
第五章 南方での争い
125/129

塩を売る者達

長らく連載が中断しておりましたが、再開させて頂きます。


連載を再開するにあたり、これまで毎話併記しておりました「前書き」と「後書き」を廃止させて頂きます。


※追記


今回の話、そして次話に渡って時差設定による記述ミスがありました。よって今話と次話の一部につきまして時系列の書き直しを行います。


読者の皆様には混乱をさせてしまいまして大変申し訳ございません。



 言わば敵地の「ど真ん中」となる首都の……しかも王宮と並ぶ心臓部であろう宗教的本山の麓に《転送陣》の設置を果たした事で、トーンズ国はテラキア王国に対して更に諜報面での圧倒的なアドバンテージを持つ事になった。


そもそもトーンズ陣営には「青の子様」がいらっしゃるので、テラキアどころか……レインズ王国にすら優位性を持っているのだが、この転送陣の設置によって彼抜きでも情報機関の要員や物資が瞬時に本国と行き来出来るようになったのだ。


「これだけサクロとのアクセスが容易になったのだ。それに驕って無秩序な出入りを行えばすぐにあちらさん(・・・・・)の注意を惹く事になってしまう。ここはむしろ運用は慎重にしよう」


 リーダーのイバンは偽装店舗に詰めている配下の諜報員達に訓示を垂れた。まだ30歳にもなっていないにも関わらず、このような冷静な考え方が出来る……これが「親方様の甥御」と言う事ではない、「諜報員」として得難い資質であり、「監督の後継者」足りえる……タムは彼の話を聞きながらそのように実感していた。


「隊長。ちょっと気になった事があります」


諜報員の一人が挙手をしながらイバンに発言を希望した。


「シェダか。どうした?」


「はい。実は……ここ2カ月くらいでしょうか。市中の塩の値段がじわじわ上がってきてます」


「ほう……?塩が?そんなに気になるような上がり方をしているのか?」


「ええ。多分……市民はまだそれほど気になってないかもしれませんが、行商で東や南を回る者達の間で話題になり始めているようです」


「なるほど。小売りでそれほど纏まった量を買わない市民よりも、そこそこの量を取り扱う行商人は気付く程度……って事か?」


「はい。この国で行商をやってる奴らってのは、ウチの国やあっちの王国(・・・・・・)みたいに組合組織などは作ってませんから、横の繋がりが薄くて情報がそれ程回らないんですが、それでも酒場なんかで連中同士の話題に上がり始めてます」


 レインズ王国やトーンズ国並みの文明民度には達していないこの国の行商人や隊商達は同業意識が殆ど無く、文字通りの「商売(がたき)」で……人里から外れた荒野の中で遭遇した場合


「相手が連れている護衛よりもこっちの護衛戦力の方が大きい」


と判断すれば、相手の商隊に襲い掛かろうと考える者達まで居る始末だ。各地の貴族や軍閥の長であれば護衛に私兵を用いる事で道中の安全性を確保出来るのだが……民間レベルの零細商人が中途半端な護衛で街から出て行くと、道中は盗賊だけでなく前述のような本来であれば同業者である他の商隊にも警戒しなければならない。


一方、近年は南方に向かって版図を広げているテラキア王国は、東西には統一王国建国以来それほど伸長しておらず、国土の西端からアデン海までは尚200キロ以上もの距離があった事から、その歴史においては「西方からもたらされる塩の存在」が国家経営に大きな影響を及ぼしていた。


 その塩が、どうやらここ数カ月でじわじわと値を上げている……と言うのだ。この報告を聞いたイバンは、すぐにピンと来た。


「なるほど……塩か。まさかそこから攻めて(・・・)来るとはな……」


「隊長……?どう言う事でしょうか?」


「この国では現在、国内で塩を産する手段が無い。何しろ『海』に面してないからな」


「海に面していない」と言うならば、それはトーンズも同じである。しかしトーンズ国では難民保護の為にアデン海側の海岸線に南北11箇所の「連絡所」を設けている。この施設群は言わばトーンズ国における「飛び地」であり、その連絡にも《転送陣》が活用されているので、実質的にはトーンズ本国と普通に行き来が出来る仕組みになっている。


 トーンズ国やテラキア王国があるエスター大陸は、東側にある「死の海」側に魔物が多く棲息している為、言うまでも無いが人間の居住は殆ど無い。「殆ど無い」と言うのは、集落や部族単位での定住が存在しないと言うだけで、実際は数人程度の共同生活程度は営まれている。しかしそこには国家は存在せず、むしろそのような小国同士の戦乱を避けて東側に逃げてしまった者達が「それ以上行く事が出来なくなって」と言った消極的な理由でひっそりと暮らしているわけだ。


それとは逆に西側……つまりアデン海側もどちらかと言えば定住者は少ない。理由としてはアデン海沿岸にも少なからず海棲もしくは両生の魔物が棲息しているからだ。そして海から吹いて来る潮の混じった強い風を遮るものが何も無い荒野には作物が殆ど育つ事が無い。これがアデン海沿岸地域でも定住を困難としている大きな要因となっている。


しかしそれでも「死の海」の方角とは違って、大陸の西端まで逃げて来た者達は魔物が日常的に跋扈する東の海とは違い、とりあえず「海を見る事」は出来るのだ。なので、そこから「思い切って海を渡る」か、「諦めて定住を試みる」と言う選択の余地はある。


 そこで……それでも海の向こうに希望を見出す者達は小舟を造り、「運命の大海原に漕ぎ出す」選択をする者が嘗ては多く存在していたのだが、数年前からは大陸中西部に誕生した「難民の国」の連絡員達によって保護され、新たな国民として迎えられるケースが多くなった。この新国家の活動によって、西海岸に生活の拠点を作る避難民が大幅に減少している。


それでも……その連絡員達の捜索の網から零れ落ち、絶望の中で……それでも生きる為に彼ら避難民達が定住の第一歩として始めるのが「塩作り」であると言われている。そう……人々の定住が少ない西海岸地域でも部族国家からの圧政や戦乱から逃れた人々が、アデン海の海棲魔物に怯えながらも精一杯「生きる糧」を得る為に興す産業が「製塩」なのだ。


アデン海側まで逃れて来た避難民達が、徒手空拳の状態で全くの無資本から始められるのは「製塩」しか無く、彼らは「原始的なやり方」で塩を作り始め、それを内陸の集落に持ち込んで物々交換によって自分達の糧を得るようになる……。


 こうしてトーンズ国の「避難民保護施設」が設置される遥か昔の時代より、大陸西海岸地域には「製塩を生業」とした集落があちこちで生まれては、時折沿岸に出現する海棲の魔物によって滅ぼされたり、盗賊団に襲われたり……しかしやがて内陸部から新たな避難民がやってきてはアデン海に絶望して、その地に留まり……を繰り返して来た歴史があるのだ。


そのような海側の地域で自然発生的に塩の生産が行われ始めると、今度はそれを「内陸に売りに行く」者達も現れ始める。それは前述した盗賊団が兼業する事もあれば、ある時代にはその地を新たに支配下に置いた部族が取り仕切ったり……。塩は人間が生きる為に必要なものである為に、売りに行けば……必ず買ってもらえるものなのである。


よって、第二期の暗黒時代においても「西海岸で作られた塩」が、様々な人の手によって東の内陸部へと運ばれて行く「営み」は連綿と続けられ、現代においてもトーンズ国では「避難民保護施設」がそれを担当し、一方のテラキア王国は昔ながらの「西方ルート」によって自国に塩を流通させて来た。


 イバンが気付いたのはその「西方ルート」に何らかの「手が入った」と言う事なのだろう。「西から来るはずの塩」が何らか(・・・)の原因によって減少している……だから値が上がっているのだろうと。


「西の海からやってくる塩は、このテラキア王国においては最も西にある街……タシバで一旦集積されている」


「あっ……!なるほど。そう言う事ですか……!」


察しの良いタムが声を上げる。


「つまりは……タシバで塩が止まっている可能性があると……?」


「そう言う事でしょうね。誰が止めているのか。あの街を現在統治しているのは……」


「王兄ロメイエス……ですな」


イバンの問い掛けに、タムはニヤリとしながら答えた。


「さて……まずは本当に『タシバが塩を意図的に止めているのか』から調べる必要があると思います」


「ええ……そして、もしそれが事実であれば……『誰』が主体となって行っているのか。王兄自身がそれを企図してやっているのか……?」


「そう言う事です」


「承知しました。ではタシバで探りを入れる人員を増員しましょう。本国から追加で人員を『空の目号』で運んでおきます。明日中には送り込めるかと」


「お願いします。俺はタシバで指揮を執っているホウに事情を《念話》で伝えておきます。兄貴が人を運んでくれたらすぐに動き出せるように……」


「了解です。それではすぐに取り掛かります」


そう言ってタムは、彼の部下2人と共に店の奥に消えて行った。奥の地下蔵に設置された《転送陣》で、一旦サクロの支部に行って人員を選出してから、飛行船のドッグがある最寄りの「藍玉堂工場」の《転送陣》に飛ぶのだろう。


 今年に入って、店主様の指示によってテラキア王国内での諜報人員を増員している《青の子》ではあるが、キャンプで訓練を終えた新人隊員達も随時補充がされている。新人隊員達にはまず、南の国境線……つまりは森林地帯側の巡回任務に就いてもらい、そこに一定期間従事していた隊員達を今度はその「国境の向こう側」に送り込む……と言うやり方にしている。


従来の戦略では、タシバにおける諜報活動は王兄の「生存確認」が主で、もし生存しているのであればその動向をつぶさに観察する……と言ったような任務であったが、俄かにこの「塩のやり取り」が浮かび上がって来た事で、今後暫くはこのテラキア王国西端の街に《青の子》の諜報力が集中投入される事になるだろう。


「よし。あとは南方のエタールに昨夜拠点を設置出来たようなので、後続を送り込む。ひとまず人員の投入予定はここまでだ。また新しい情報が出てきたら各隊通信担当を通じて共有して行こう。今日は以上だ」


「はっ!」


店の従業員に扮した諜報員達は、各自が行商人や荷車を牽いて品物を運び出すと見せかけながら店舗を後にする。それも怪しまれないように時間を置いて少しずつ出て行くようにしている。こう言った諜報経験値にものを言わせたやり方を徹底させる事で、トーンズ側の諜報活動はテラキア側の防諜網に全く引っ掛かっていないのだ。


(ロメイエスか……妹にあっさりと王位を譲った病弱な若者だと思っていたが……。なかなかやるじゃないか)


 慌しく動き出した隊員達の様子を見守りながら、若き隊長イバンは腕を組んで思案顔になった。


****


 翌日の夜……既に日は沈み、照明に使う事が出来るエネルギーに乏しいタシバの街はその中心部に建つ邑長(むらおさ)の館でさえ、無駄な照明を灯す事無く闇に沈む。


必然、住民も就寝が早くなるので街全体が静まり返った状態だ。


テラキア王国の最西端とされるタシバの邑域……更にその西の外れに「空の目(スカイアイズ)号」は、ゆっくりと舞い降りて降下索を延ばす。


その巻上機(ウインチ)に制御されたロープによって後部艦橋から次々と黒装束の人間が地上に送り込まれて来る。


8人の《青の子》隊員を地上に降ろした後、ロープは一旦巻き上げられたが、暫くすると今度は大きな吊り網(メッシュパレット)によって補給物資が降ろされた。


 地上には元から先発隊として先行していたと思しき隊員が何名か待機しており、降下した後続隊員と補給物資を無事迎え入れた恰好だ。


『タムさん。予定通りです。追加の(・・・)8人と補給を受け取りました。気を付けてお帰り下さい』


『うん……そっちもな。この辺は時々集団で掠奪を働く連中が居ると聞いてるんでな』


『そのようですね。そう言う盗賊もそうですが、()だけを特に狙う連中も居ると聞いてます』


『クソ……やっぱりそう言う(・・・・)奴らも居るのか。ソイツらに「アレ」を奪われないようにな』


『ええ。もちろんです。それでは……!』


吊り網も無事収容されたようなので、地上の先発隊を仕切っていた30過ぎの男性隊員……ホウは他の隊員同様に表向きは無言で用意してきた人力で牽く荷車に今降ろされたばかりの物資を積み込んだ。


「兄さん、久しぶり」


 飛行船から降りて来た者達の中から、ホウに声が掛かった。周囲が星明かりだけなので顔は殆ど判らないが若い女性の声だ。


「ネラか。降りて来た者達に怪我は無いか?」


「うん。今確認した。失敗(ドジ)した人は居ないみたい」


「そうか。良かった。じゃここからちょっと街の門前まで移動して、明るくなってから街に入るぞ。『荷物』があるからな。あんまり無茶(・・)はしたくない」


「うん。分かった」


今降りて来た8人の隊員達を率いて来たのはホウの妹であるネラだ。


彼女達は先旬まで、国境の森林地帯の巡回を担当していた比較的隊員経験の浅い者達だったが、彼女達よりも更に若い新隊員が交代で着任したので、いよいよ本格的な諜報任務に投入される運びとなったのだ。


 荷車に積まれた荷物は一見すると麻袋に入った「塩」が大半であるが、その下に隠れるように補給物資が混ざっている。この荷車は二重底になっているのだ。しかしタムは、その「タシバに持ち込もうとしている塩」を見て


「こんな上等な塩を持ち込んだら逆に怪しまれる可能性がある」


との杞憂を持ったが、イバンが笑いながら


「そもそも『上等なのか()なのか』と言う判断は『上等な塩を見て、味わった事がある』奴にしか出来ないんじゃないですか?」


と述べると、タムも「なるほど。そりゃそうですな」と大笑いして、結局はそのまま持ち込む事となった。


荷車の「下層」には他にも物々交換出来そうな砂糖やタバコ、酒などの物資を隠し入れてあり、上に塩の袋で蓋をする……これによって街の入口の検問を通り抜けようと言う算段だ。


「お前らを受け入れる為に、街の中に拠点を1つ増やしたが……なるべく早いうちに大き目の建物を入手して統合させるつもりだ」


ホウが補充組に説明すると、妹のネラが首を傾げた。


「でも……もしも(・・・)の時の事を考えて、分散していた方がいいんじゃないの?」


「いや、どうもこの(・・)街の警戒レベルは()よりも厳しいみたいなのでな。何をするにも衛兵達の目が光っている。なので拠点を分散してしまうと、そことの連絡を行っているところに目を付けられる可能性がある。そもそも、そんなに複数の拠点を築くような街の大きさじゃないのさ」


「ふぅん……なるほど。あまり大っぴら(・・・・)にはやれないって事だね?」


「そう言う事さ。それにその『増やした場所』って言うのがちょっと間に合わせ(・・・・・)の場所だったんで、長期間の滞在に向いてないんだ。何しろこの街は辺境なんでな。俺の見立てでは『緩やかに廃れて行っている』という感じなんだ。ははは……」


「そうか……じゃあ、なるべく早いうちに新しい場所を探さないとね……」


 3台の荷車への荷物の積み込みも終わったので、一同は3組に分かれてそれぞれの荷車を牽きながら暗闇の中、街の西門を目指した。この「タシバ」と言う街は、テラキア王国の中でも「西の辺境における玄関口」とされており、西側にある門が一番大規模な門構えになっている。門は東西にあるのだが、国の内側を向いているはずの東門はそれほど大きく無く、軍隊も一度に大勢通れないような仕組みになっているのだ。


30分程歩くと、暗い夜空になんとなく(・・・・・)だが……街壁の輪郭だけが浮かび上がって来た。更にあと30分も歩けば、タシバの西門に達する事が出来るだろう。


「よし。当たり前だが、夜の間は門が閉められている。なので今夜は門前の目立つ場所(・・・・・)で「夜を明かすフリ」をして朝の開門を待つぞ。さっきも言ったが、俺達は『100キロ西から塩を中継して運んで来た避難民』と言う設定だからな」


「了解です」

「了解!」


 門前まで近付いてから、通行の邪魔にならないように門の近くに「何となく」程度に付けられた道の脇で12人は大袈裟に疲れたフリをしながら物音を発てて3台の荷車を停めた。門の上に目をやると、一応だが……門衛らしき人影が薄っすらと見える。


「3人……居るな」


ホウがイバンから預かって来た(ピンク)の双眼鏡を覗き込んでいる。どう言う仕組みなのかは解り様もないのだが、覗くと辺りが昼間のように明るく見えると言う嘘のような代物だ。


「意外に人をちゃんと置いているんだね」


「うん。一応ここは、奴らの国の西端だからな。『西からの侵入者』にはそれなりに注意を払っているんじゃないか?」


「でも、兄貴の目から見てどうなんだい?『西』から、そんな街を脅かすような存在がやって来そうな気配なんてあるの?」


「うーん……どうかなぁ。タムさんが何度かここ(・・)よりも更に西側一帯を調べたらしいけど、小さな集落が2つあっただけって言ってたしな。しかもここから100キロ以上も離れているらしいぞ」


「アタシらが住人に扮してる所だよね?住民は……堅気(カタギ)なのかい?」


「そこまでは判らんようだ。もしかしたら盗賊なんかを生業にしているかもなぁ」


「ふぅん……だったら、そいつら(・・・・)が街を襲って来る可能性があるのかもね」


「しかしな……。一応こんな外れの街だが、兵は2000人程常駐してるんだよ。何しろ『女王様の兄上様』がいらっしゃるんでな」


「へぇ……そんだけ居るなら迂闊に街は襲えないね」


「だろう?……おーい!門番さん!俺達、ここで朝まで待ちたいんだけど、火を焚いていいかね?」


 ホウは門の上に見える門衛と思われる人影に向かって大声で呼び掛けた。


「なんだ?塩売りか?」


「そうだ!本当はもっと早く着きたかったんだけどな!日が暮れちまったんだ!だから今夜はここで野宿したいんだよ!あんまり離れてると怖ぇしよぉ!」


「何人居るんだ?」


「俺を入れて12人だぁ!焚き火をできれば2つくらい出したいんだけどよぉ!いいかなぁ?」


「しょうがねぇな……!よしっ!火は焚いていいが、全員ここから見えるような場所に居ろよ!12人だな?」


「へいへい!焚き火から離れないようにしますよ!すみませんねぇ!」


門衛との「交渉」を終えたホウは


「よし。火を焚こう。6人ずつ分かれてな。怪しまれると面倒だから火のそばから離れるなよ」


「了解」


《青の子》達は2手に分かれて火を熾し始めた。エスター大陸は「不毛の地」と言われがちだが、こうして人が住んでいる場所には、一応それなりに植物が生えていたり、大きな水溜まりのような池や湖がある。……そういう場所でないと、そもそも国は興らないし……160年前に滅んだとされるドウマ族もこの地に国を立てたのは、そう言う条件が整っていたからである。


 「降下地点」より、ここへ移動するまでに各隊員は薪となる低木の枝などを集めてきており、それほど盛大に火を起こさなければ2つの焚き火を1晩くらいは持たせられる。更に補充人員組は、どう言うわけか降下前にタム船長から持たされた小さな壺の中に、「小坊主の炭」と呼ばれる……つい最近、キャンプの藍玉堂で作られ始めた、彼ら《青の子》曰く「魔法の炭」を渡されていた。


普通に燃やせば3日くらいは燃え続けるらしいのだが、壺に入れて蓋をすれば消火出来るので何度も使えるのだと言う。彼らトーンズの民の間では、既に似たような「不思議な炭」が出回っており、そっち(・・・)の方が燃料としては桁外れに優秀なのだが、今回は何故かこの壺に入った炭を渡された。ネラにこれ(・・)渡したタムもあまり事情を把握していないようなのだが……「監督からの指示でこれ(・・)を『消費しろ』と言われたんだ」と説明を受けたのである。


 真っ暗になっていたタシバの西門の外で焚き火が2つ燃え始め、その周りを6人ずつで囲むようにして彼らは野営を始めた。本来の彼らであれば1晩中起きていても全く問題無いのだが、ここは一応「塩を運んで来た商隊」という体裁なので、焚き火ごとに交代で見張りを1人置いて、他の者は眠る事にした。もちろん、順番を決めて見張りは交代で行う予定である。


去年漸く《青の子》としての訓練期間が終わり、新人研修代わりの国境警備を経て……今回初めての「諜報任務」に就くネラは、兄に背中を預けてそのまま眠りに落ちて行った。何だかんだで……彼女も緊張していたのだろう。


****


「一応……ここが最初に確保した拠点だ。狭いだろう?」


 苦笑を浮かべながら兄が紹介してきた「小屋」は確かに……部屋数は2つしかなく、それも3人も入れば窮屈さを感じるような狭さである。


「本当だ。兄貴の言った通りだね。これじゃ全員で詰めるのは難しそうだ」


「だろう?ちょっと済まんが、全員で(くじ)を引くぞ。ここ(・・)には頑張っても6人が限度だからな。残り8人は『仮設の拠点』にひとまず入ってもらう。もちろん、俺も籤を引くぞ!」


ホウが力強く宣言すると、この狭い小屋にギュウ詰めになっている13人の隊員は笑い始めた。これまでこの小屋には5人が詰めて活動していたのだ。いきなり倍以上の人員が増え、諜報環境の整備が追い付かない状態なのだ。


……結果としてホウは案の定、ここ(・・)を出て「仮設行き」となった。一旦皆で籤を引いたのだが、「当たり」を引いたチムニと言うホウと同年輩の隊員が


「俺はいい。女に譲ってやる」


と言い出したので、結局ネラを含めた5人の女性隊員に小屋は譲られて……9人の男性陣は仮設住まいを選択したのだ。ネラ達女性陣は「そんな……女だからって」と遠慮する素振りを見せたのだが、ホウが


「いや……やはり女があんな(・・・)場所に逗留するのは良くない。この街もそこそこ治安が悪いからな。まぁ、襲って来られたら応戦しちまえばいいが……その結果として目立ってしまうのは良くないだろう」


と、尤もらしい判断を下したのである。


 ホウが辛うじて確保したと言う「仮設の拠点」とは……最初の拠点から「怪しまれない程度の速さで」歩いて10分、距離にして500メートルも無い中途半端な距離にある街壁のすぐ内側に接する「空き地」だった。広さはそこそこある(・・・・・・)その空き地に、直径10メートル弱の古い布をかき集めたような天幕(テント)が張られており、文字通りの「仮設の間に合わせ感」が拭えない外観である。


「しかしどうするかな……。全員を収容出来る規模の建物を調達するのは結構難しいんだ。この街は昨夜も言ったし、ここまで来るのに見てもらったと思うのだが……街全体が緩やかに衰退して行っている。だから建物を新築するってなればかなり目立っちまう。俺も初めてヒュウムと入った時は、こんなに人員が増えるとは思ってなかったし、いつも(・・・)くらいの大きさの建物で十分だろうと……あの小屋を探し出したってわけさ」


「いつも通り……ああ、そう言えばそうね。あれ……?いつも通りなのになんで人が入り切らないんだろう?」


「そりゃお前、『地下』が無いんだよ。我々が拠点にしている場所は必ず『地下室』があるだろう?」


「あっ!そう言えば!」


「いつもは必ず地下室を確保して、建物の外見以上に人員が詰めれるようにしているんだ。それが今回はこんな場所だしな。そもそも、俺もこの国の他の街にも何カ所か回ったが……地下室を作る習慣が殆ど無い。適当に穴を掘って、蓋をしているって所は何軒か見たけどなぁ」


「そうなんだ……。じゃ、どうするの?」


「うん。とりあえず動き出そう。まずはヒュウム。お前は3人連れて市中に潜れ。『王兄様』の現状についてなるべく多くの噂を掻き集めろ。ミン。お前も3人連れて行け。王兄様のお屋敷に使用人を世話している奴を探し出すんだ。その伝手を何とか作ったら、何とか『2人』入れたいな……」


「了解。まずは酒場を回ってみる」


ホウとはいつも行動を共にしている相棒で、この街(タシバ)にも最初に入ったヒュウムと言う男は補充された新隊員から男を3人選んで天幕を出て行った。


「了解です。商人の方を重点的に回ってみます」


古参の女性隊員であるミンが返事をする。


「そうだな……だったら交易品を背負って行け。『女の下働きは必要ないか』と言う感じで当たってもらえるかい?」


ホウの言葉を聞いたミンは軽く頷くと、やはり男3人を連れて天幕を出て行った。


「よし。俺とチムニ、ネラの3人で塩を捌きに行ってみよう。どんな奴が食い付いてくるかを調べる。単に値上がり目的で買い占めてやがるのか……それともどっか(・・・)から命じられて塩を止めているのか……。ベッツはいつも通り待機だ。テスと……ファロだったな。それぞれの拠点で留守を頼む」


 このグループの「念話連絡員」であるベッツは黙って頷いた。彼は念話のセンスは抜群なのだが、「実話」においては無口な性格なのだ。テスは「わかりました。じゃ、あっち(・・・)に戻ってますね」と笑顔で応えて天幕を出て行く。新隊員のファロも「了解です」と応じる。


「ベッツ、隊長に定時連絡を頼む。一応……『大きな物件』を物色中だが難航していると伝えてくれ」


ベッツにイバンへの定時連絡を頼むと、ベッツは再び無言で頷いた。


「よし。そんじゃ俺達も行くか」


そう言ってホウは、妹ともう1人の男性隊員を連れて天幕を出て先行したテスに追い付いた。昨日持ち込んだ荷車の物資は全て小屋の方に保管してあるのだ。荷車は分解出来るようになっており、これも小屋の方に保管されている。


 小屋で改めて荷車を4人で組み立て、塩の入った麻袋を4袋積んでから……テスを除く3人は商人の集まる街の中心部に車を牽いて向かった。街の中心部には王兄ロメイエスが逼塞している……とされる屋敷があり、その前にある広場には国内各地を回る行商人達が集まっており、「西から塩を売りに来る者達」を待ち受けている。


西海岸で塩を作っている者達が、直接このタシバまで塩を売りに来るケースは殆どないと言われる。何しろ距離にして200キロ以上離れているので、往復するだけの余力を確保出来ないし、道中の治安も非常に心許ない。であるならば、自分達はいっそ塩作りに専念して……自分達の代わりにタシバまで行ってくれる者と物々交換をして塩を渡してしまった方がお互いに効率が良いのだ。


この……「西海岸で細々と塩を作り続ける者」と「タシバまで塩を運ぶ者」、この両者は貨幣経済の外側に居ると思って良い。彼らに銀貨だの銅貨だのを渡しても「食えやしない」わけで、物々交換よる原始的な経済活動によって彼らの暮らしは支えられているのである。


タシバの経済がそれ程盛り上がらないのは、結局のところ貨幣経済が住民の半分にも行き届いていないからだ。塩を売りに来た連中から行商人が塩を仕入れるには物々交換になってしまう。なので彼らはその「交換品」を用意する必要があるのだ。「交換品」は「貨幣」に比べてどうしても嵩張ってしまう。行商人達はその「交換品」を用意する為にテラキア国内から物資を集めて来る手間が掛かるわけだ。


そうなると自然と今度は行商人の中にも国内各地での支払いを貨幣でなく「塩」で済ませてしまう者が出て来る。言うなれば「塩本位制」のような状況になってしまい……今回のように塩に対して何らかの「統制」や「封鎖」を起こされてしまうと、急激に国内経済にも影響を及ぼす事になる。


塩は古来、人類にとって「無くてはならないもの」であり、ある程度の文明社会が育って来ると、一度は必ず「統治者の統制下」に入る物品である。「人間が生きて行くのに必要」なものなので税金が掛けやすいのだ。すると……その為政者の統制を逃れた「闇塩」を流通させる者達が出て来る。


 文明の練度が「中世」辺りになってくると、この塩を専売統制しようとする統治者側と、そこを搔い潜ろうとする「塩賊」との暗闘が始まるのだが……このテラキア王国の経済発展は、まだその「段階」にすら達していないのだ。


「当面の仕事は……『塩の流れの確認』と邑長(むらおさ)……つまり王兄様の屋敷の動向だな。なんとか屋敷に2人は入れたい」


「王兄様って、やっぱり外に出て来ないの?」


「そのようだな……。正直、本当に生きてるのかどうかすら判らん」


「うへっ!でも、この街を治めてるんでしょう?昨夜だって門番も居たし、ほら……あそこにだって巡回している衛兵みたいな奴だって居るじゃない。誰か(・・)が一応、この街を動かしているんじゃないの?」


「うむ。そのはずなんだがな……。そこがどうなって(・・・・・)いるのかが、全く掴めてないんだ。俺達もまだここに来てふた(・・)月だからな。拠点の確保だけで精一杯だった」


「そっかあ……。これはちょっと気を引き締めて行かないと拙いよね」


「うん……そうだな」


塩を積んだ車を牽く兄と、9つも歳下の妹がハンドルに紐を掛けて一緒に引っ張りながら話をしているのを、車を後ろから押しながら聞いていた、もう一人の隊員であるチムニは笑いを堪えるのが大変だった。彼はホウと同じ歳で、一緒に訓練所で育った仲間だ。それが今回は久しぶりに彼と組んで「仕事」をする事になったのである。


 彼自身はホウの指揮下に入っているのでは無く「塩の流通経路」を詳しく調べる為に、市場に集まっている行商人の間に潜り込む予定となっている。いわば「ホウの協力者」のようなポジションの人物だ。場合によっては行商人の人夫として嘗てのタム船長のように商隊に紛れ込む事も視野に入れている。


「お前達兄妹は面白ぇなあ……」


「なんだよチムニ。何が面白いんだよ」


「いやぁ……ネラちゃんの方が、よっぽどしっかり(・・・・)してんじゃねぇか。くくく……」


「そっ、そんな事ねぇよ!」


「いやいや。ネラちゃんみたいな、しっかりした妹が居てお前は幸せだよ」


「そんな……チムニさん……。あ、アタシなんてまだ……」


兄の友人から、いきなり持ち上げられてネラはちょっと照れてしまった。


「お前の兄ちゃんはなぁ。頭はキレるんだが、この見た目(・・・)だろ?昔から本当に損ばかりしてるんだ」


 ホウは元々非常に頭の回転も、身のこなしも良く同期の中でも1、2を争う素養があるとタムから評価されていた。しかし、その見た目がどうも「のんびりしている」と言った印象を与えてしまう為、ドロスからは


「こいつの長所は相手を上手く油断させやすい事だ」


と評されて、主に「独りで潜入」と言う任務を多く受けて来た。その「害の無さそうな見た目」によって「ちょっと(のろ)い下男」と言った役どころを多く演じて来たのである。


それが今回、イバンからの指名で初めて探索班を率いる役割に就き……諜報の最前線に配置され、まだ2カ月しか経っていないのである。彼も指揮官として「これから」の人物なのだ。


そんなホウに対して、初指揮官任務での緊張を和らげる為……イバンは新隊員任務を終えた「実の妹」を同じ班に配属し、一時的にではあるが「幼馴染の同期隊員」であるチムニを拠点に配置したのであった。


 3人が市場に車を運んで行くと……広場には10人前後の商人が、各々の場所に「交換品」を積み上げている。西海岸から塩を持って来た者に交換品が見えるようにしてあり、塩を持ち込んだ側は何人もの商人と個別に交渉しながら塩を可能な限り色々なものに交換して……再び西海岸に持ち帰る。西海岸で外敵に怯えながら……戦乱によって全てを失なった避難民達は、こうして生命を繋ぐ糧を「塩」で得ているのである。


荷車1台に麻袋を積んで現れた3人に対し、いち早くそれ(・・)に目を付けた広場の入口近くで「商い」をしていた商人が近付いて来る。


「これはまた……随分と持って来たね。どれどれ……」


商人は荷台を覗き込んで来た。ホウは「西からやって来た疲れ果てた塩運び」のフリをして一番上の袋を少しだけ開ける。他の2人も、そこは「心得て」おり……疲れ果てた仕草をしながら項垂れている。3人はこの市場まで来るに当たって、拠点でそれぞれ「ボロの服」に着替えている。


「何と……!これはなかなか……」


彼らが持ち込んだ塩は、普段こう言った……避難民の足元を見るような商人が、思わず声を漏らす程に高品質なものだったようだ。


「今回の出来(・・)は凄く良かったので……村のみんなに良いものを……」


 ホウは「疲れ果てた」演技を続けている。


「そうですか……。いや、こちらで替えられるものがあれば」


このやり取りを見ていた他の商人達も荷車に群がって来た。皆口々に「これは良く出来ておる」だの「こんな白い塩は初めて見るぞ!」と驚いている。


(本国から持ち込んで来たものだからな……。やはり隊長が言ってた通り、こちら(・・・)のものとは質が違うようだな……)


 彼らはそれから、広場中の商人から引っ張りだことなってしまい、結局……ものの1時間程で持ち込んだ4袋分の塩は全て無くなり、代わりに干し肉や油、小麦の袋へと変わった。


「兄貴……凄かったね」


「そうだなぁ……。かなりの勢いで無くなったな。あの商人達は、あれだけ気前良く交換品を吐き出したんだ。別に塩を故意に止めている……とは考え難くないか?」


「うむ。俺もそう思った。しかし……これは持ち込んだ塩の()が良過ぎたかもしれんな」


「そうかもしれん。こんな質の良過ぎる塩では、この街での適正な塩の相場が掴めない気がする」


「お前もそう思うか?これは……ちょっと申し上げにくいが、隊長に頼んで……少し塩の質を落としてもらわんといかんなぁ」


ホウとチムニはよもや(・・・)の事態に、頭を抱えたくなった。


 荷台に干し肉やら塩漬け、小麦の袋の他に古着なども満載して……「塩の交換としては大成功」のような雰囲気だが、任務の遂行には芳しくない結果となった状況で3人が拠点となる小屋まで戻って、「交換品」を女性陣に預けてからホウとチムニは今後どうするかを話し合いながら「仮設」の方の拠点に戻った。


「ホウさん……隊長から連絡がありました……」


念話連絡員のベッツが小さな声でボソボソと報告を入れて来た。


「お。そうか?実はこっちもちょっとな。また隊長に相談したい事が出来たんだよな」


「そ、そうなんですか。でも……まずはこっちの連絡から……」


「あ、ああ。そうだな。頼む」


「ホウさんがこの前……ご相談していたあの……拠点確保の……」


「ああ、うん。今の状況の話の事だな」


「はい……隊長は……対応を考えると……」


「おお。何かお考えがあるのかな?」


「いえ……そこまでは……『何か考えておく』と……」


「そうか……まぁ、これだけ寂れ掛けているからな。却って街中で大掛かりな活動は難しいと、隊長ご自身も言っていた。暫くは我らも我慢をしよう」


イバンからの回答に対してはホウも特に失望を感じてはいない。寧ろ彼は隊長がテラキア王都で神殿の監視に自ら従事していると聞いているので、こっち(・・・)の事で歳下でもある彼に余計な負担を掛けるのも宜しくなかろう……と感じているくらいだ。


「こっちからの相談は持ち込まれる塩の『品質』だ。塩の質が上等過ぎて、偽装がやりにくい事が分かったんだ。次回からの補給では、なるべく『質の粗い』のを選んで頂くようにお願いしてみてくれ」


「了解……」


ベッツは短く応え、彼の念話付与品である折り畳まれた小さなナイフを取り出して握り込んで目を閉じた。ベッツは基本無口な男なのだが、職務には非常に忠実で、本人曰く「自分のような引っ込み思案な男が役に立てるこの仕事に誇りを持っている」のだそうだ。


 ホウ達はひとまず手が空いてしまったので、今日到着した補充員達の為に仮設の寝台でも組んで並べておくかと、動き出そうとしたところでベッツから声が掛かった。


「ホウさん……隊長からの返信が……」


「うん……?何かあるのか?」


念話は所謂「双方向通信」のようなもので、文字通り「会話」をしているので、相手が別の者と念話を交わしていなければ、一応はチャンネル的なものが開かれて相手との通話が可能となる。


なのでベッツの念話が直接イバンに届いていれば、イバンとは脳内で会話を交わしているわけなので、当たり前だが「返事」をその場で貰う事は出来る。


しかしイバンも当然多忙な身なので、彼に直接念話を飛ばすのは本来ごく限られた者だけと決められている。


なのでホウも念話付与品を所持しているが、任務上で余程必要な時、若しくは本当に緊急の時以外では、自ら班外に念話を送るような事はしない。


 現在の「タシバ支部」における念話連絡員はベッツなので、通常は全て彼を通して外部との連絡を行っているのだ。


「明日0時に……。拠点建物の中で、渡しておいた『アレ』?を開けて中のもの(・・・・)を使うように……との事です……」


「えっ!?『アレ』を……もう開けろと?」


隊長からの伝言を聞いてホウはちょっと意外な顔をした。「アレ」を今回の補給物資と共に、妹の手から受け取ったが、当初「ソレ」の取り扱いについて、隊長から受けた説明は


「何かの機会に使用する可能性が『無いとも限らない』からお前の手元で厳重に保管しておくように。他の隊員への説明は不要だ」


と言ったものだった。一応、この「アレ」の中身が何なのか知っておきたいと思い、尋ねてみたのだが


『実は俺も内容についてよく分からんのだ。なので指示あるまでは厳重に保管しておいてくれ。次の補給の時に補充員の引率者に渡しておくから、必ず受け取っておいてくれ』


「内容はよく分からない」と言うのは多少不安の残るところなのだが、危険物ではない……但し保管だけは厳重に……と言う指示だったので、仮にこれをどうにか(・・・・)する時は随分と先の話なんだろうと思っていた。


しかし……受け取ってからまだ1日も経過しておらず、そんなにも早く「コレ」を開ける事になるとは……と、ホウは面食らった。更にはこの指示がベッツを経由して来た事で「コレ」の秘匿性も最早無くなったのかと、彼は悟った。


「そうか……了解した。では夜まで待機かな。多分夕方にはヒュウム達も戻るだろうし、夜にはミン達もあっち(・・・)の拠点に戻ってるだろう。やっぱりちょっと離れ過ぎてるなぁ。お互い報告も気軽に出来やしない……」


「そうだな。今日初めてこっち(・・・)を使い始めたわけだが……こうも市街地から外れていたんじゃ、今後の俺の活動もやりにくい。さっきの籤……俺は『当たり』を引いていたんだが……こんな事なら、あの新人の娘に譲らなきゃよかったぜ……ははは」


「何だお前……お前が娘っ子達の前で格好つけ始めたから、他の奴だって譲ったんだぜ?」


自分はハズレを引いていたホウも笑い始めた。こんな感じでこの天幕で作られた仮設拠点で待っていると、ホウが予想した通り……日が暮れる少し前にこの班の副班長格であるヒュウムが3人の新人隊員を連れて帰って来た。


 ヒュウムはホウよりも2つ歳下の思慮深い若者で、訓練所ではイバンと同期だった。彼とは訓練を共にしただけでなく、キャンプで一緒に羊の世話をする時も同じ班だった。


今回はイバンから直接頼まれて、ホウと2人で最初にこのタシバに入ったのである。


「お疲れ。どうだった?」


「とりあえず今日は彼らに街の中を案内してきました。近道や抜け道、街壁の低くなっている所とか……」


「そうか。多分ミンも似たような感じだろう。俺達は市場に行って塩を少し出して来たよ」


「ちょっと思ったんですが……あの塩だと、上等過ぎやしませんか?自分はそれが心配だったんですが」


この冷静沈着な相棒は、ホウが今日の取引で感じた危惧を既に察していたわけだ。


「ははは……お前の言う通りだったよ。奴ら……凄いガッつき様でな。交換品が選び放題ってとこだったさ。くくく」


あの時の広場中の商人が4つの麻袋に入った真っ白い上等の塩を巡って、ケンカ騒ぎにまで発展しそうだった光景を思い出してホウとチムニは笑いを抑え切れない様子だ。


「ははは……うん。ヒュウム、ありゃダメだ。あんな塩を入れ続けたら、こっちも目立ってしょうがねぇし、この街の顔役(・・)にも目を付けられちまう。多分……俺達は暫くの間、塩の方(・・・)には出られねぇ。俺とコイツの兄妹は、顔が割れちまったわ」


 チムニが笑いを引っ込めて真顔に戻り、顎をホウの方にしゃくりながら嘆いた。


「ありゃあ……そうですか。じゃ、明日からは自分達が塩の方は受け持ちますよ」


「すまんな。そうしてくれ。お前らも初日から悪いことしたな。バタバタしちまって申し訳ない」


ホウはヒュウムが連れていた新隊員達に詫びながら頭を下げた。


「あ、いえいえ……そんな!謝んないで下さいよ!」

「俺達も色んなケースを経験出来ますし!」

「こんな生命に別条無い事なら全然構いませんて!」


 新隊員達は慌てて首を振る。彼らは基本【赤の民】以来の伝統として「指揮官への絶対服従」と言う縦社会の中で訓練を10年受けて来たので、その指揮官からよもや謝罪を受ける事など全く想定していない。これまで単独任務が多かったホウは指揮官として、ちょっと型破りなのだ。


「まぁ、とりあえず……こんな所だが夜まで待機だ。昨夜は野宿だったからな。適当に休んでおいてくれ」


 そう言って天幕の外に出た彼は、周囲に誰も居なくなったのを確認から、首に紐で提げていた細長い革袋を襟ぐりから引っ張り出した。先程も触れたが、今の彼は「西海岸から塩を運んで来た難民崩れ(・・・・)」として身形を変えている。


この天幕も「塩を売りに来た難民崩れの一団が滞在している」と言う態で張られているので、その見た目は随分と見窄らしい感じに仕上げられている。


 革袋の中には更に油紙に包まれた……何やら紙片が入っているようだ。


(一体コレ(・・)は何なんだ……?)


これを妹の手を経てイバンから受け取ったホウ自身にも「中身」について具体的な説明を受けていない。コレを昨夜自分に渡して来た妹も、革袋を首から外してそのまま寄越してきた。彼女はコレをサクロの市庁舎地下にある「サクロ支部」でイバンから受け取ったと言っていた。


とりあえず……先程の新たな指令によると、この油紙に包まれた「中身」を今夜0時に使用……しかも拠点の小屋(あちら側)で使えと場所まで指定された。ならば……中身を今ここで(・・・・)確認しても問題あるまい。


何しろ、それ程の秘匿扱いしていた物をあっち(・・・)でいきなり使用するのは躊躇われる。恐らくこの指令を出したイバンは、ホウが今もあちらの小屋に詰めているのだろうと想定しているのだろう。もしかしたら班を束ねるホウが小屋の中でさえ個室を確保しているとでも思っているかもしれない。


とんでもない事である。小屋にはそんな個室を確保出来る程に部屋数も無いし、今の自分は女性陣に小屋を明け渡して……このボロ天幕に野郎どもと詰めているのだ。今の状況ですら小屋はほぼ(・・)満員なのに……こんな「未知のモノ」をいきなり使用するのは、かなりリスキーだ。


 ホウは自分なりに「理由」を作った上で油紙の包みを開いた。……中に入っていたのは幅4、5センチ、長さ20センチ足らずの白い紙片で……表面には何やら見たこともない図とも文字とも判別出来ないような「何か」が描かれている。油紙を開封した限りでは特に何事か起こる気配は無かった。


(何だコレは……うーん……。い、いや待てよ!?)


ホウは「ソレ」の正体を悟って、慌てて周囲を見回した。相変わらず街壁沿いに張られたこの天幕の周囲には誰も見当たらない。それでもホウは「ソレ」を慌てて油紙に包み直して革袋に戻し、再び薄汚れた難民崩れの衣装の襟口から突っ込んだ。


(今のは……間違いない。「術符」だ!)


 術符……今の〈青の子〉の隊員達は「昔」とは違って「術符」に対する予備知識を教え込まれている。以前とは違って、魔法ギルドですら普及していないような付与品を所持しているし、当然それを日常的に使用している者も居る。魔法ギルドの周辺を探っている者すらいるので、術符に対する教育も施されているのだ。


……と言っても、その内容は至極簡素なもので要は「術符の使い方」を一通り教わった程度である。「利き腕の掌に握り込んで、その(・・)握り込んだ物体の存在を意識しながら念じる」と言うもので、これは術符を使用する際の汎用的な動作だ。


しかし困った事には彼ら〈青の子〉の者達は、それが「術符である」と判っていても、肝心の「その効果」が解らないのである。「術符が起こす超自然現象の効果」については……訓練を施す側も(・・・・)所詮は「普通の人」なので「凄いことになる!」程度の事しか教えられないのであった。


(まさか術符とは……コレを夜中になったら使えだと!?しかもあんな「ちっぽけな小屋」でかよ!)


ホウの頭は混乱し始めたのであった。

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