場所標の重要性
【作中の表記につきまして】
アラビア数字と漢数字の表記揺れについて……今後は可能な限りアラビア数字による表記を優先します。但し四字熟語等に含まれる漢数字表記についてはその限りではありません。
士官学校のパートでは、主人公の表記を変名「マルクス・ヘンリッシュ」で統一します。
物語の内容を把握しやすくお読み頂けますように以下の単位を現代日本社会で採用されているものに準拠させて頂きました。
・距離や長さの表現はメートル法
・重量はキログラム(メートル)法
また、時間の長さも現実世界のものとしております。
・60秒=1分 60分=1時間 24時間=1日
但し、作中の舞台となる惑星の公転は1年=360日という設定にさせて頂いておりますので、作中世界の暦は以下のようになります。
・6日=1旬 5旬=1ヶ月 12カ月=1年
・4年に1回、閏年として12月31日を導入
作中世界で出回っている貨幣は三種類で
・主要通貨は銀貨
・補助貨幣として金貨と銅貨が存在
・銅貨1000枚=銀貨10枚=金貨1枚
平均的な物価の指標としては
・一般的な労働者階級の日収が銀貨2枚程度。年収換算で金貨60枚前後。
・平均的な外食での一人前の価格が銅貨20枚。屋台の売り物が銅貨10枚前後。
以上となります。また追加の設定が入ったら適宜追加させて頂きますので宜しくお願いします。
ルゥテウスは漸く2つの魔法の違いを理解したノンに対して、更に説明を続けた。
「《瞬間移動》や《転送》などの転移系魔法を使うには、同時に『着地点』を定める為の魔法も必要だ」
「着地点……?」
「まぁ、具体的には《場所標》という魔法だ。使い方としては2通りあって……『記憶』する方法と『目視』する方法だ」
「どういう事ですか?」
「例えば……さっき俺が見せた《瞬間移動》も《転送》も、すぐそこに飛んだだろう?」
「ええ。そうですね。その辺りに……」
「すぐそこに飛ぶならば、自分の目で見て着地点……つまりは『飛ぶ先』が確認出来るよな?」
「そうですね。目で見えるわけですから」
「では……この上の階で《再生薬》を作っているサナの目の前にあったビーカーを引っ張って来た時はどうだ?ここからでは直接サナが居る場所は見えないぞ?」
「……?あっ!そうですね。あれは《転送》ですよね?どうやって『見えない場所』からビーカーを取り寄せたのです?」
「それだ。さっき言った『2通りの使い方』のうち、『目視出来る場所』については正直どうでも良い。自分の眼で見えているんだからな。肝心なのは『見えない場所』へのやり取りだ」
「見えない場所に移動する方が難しいのですよね?えっと先程は……『目視』と……『記憶』と仰ってました?」
ノンは再び眉間に皺を寄せて考え込んでいる。「自分からは見えない場所」にどうやって転移したり物体を取り寄せたりするのか……。よくよく考えてみれば不思議な話である。
1階上の錬金作業机に居るサナの様子であれば、この主なら「透視した」とか言い出しても今更驚かない。主が《透視》の魔導を使って壁の向こう側や、製作した飛行船の内部を確認していた事を彼女は知っているからだ。以前にも雑談で「双眼鏡に《透視》を付与出来る」という恐るべき活用法まで教わった事もある。
しかし……考えてみると、この藍玉堂の地下から王都の菓子屋に《転送陣》で移動するにしたって、最早それは《透視》やら……場合によっては《遠視》でどうにかなるものではないのだ。
ノン自身はこれまで……
「転送陣同士が繋がっており、使用者は《転送先》の『場所を念じる』事で目的地の《転送陣》に転移出来る」
という理解をしていた。事実、10年前にこのキャンプで初めて藍玉堂地下に《転送陣》が設置され、シニョルの私室を始めとした様々な場所と接続されて行った後、ノン自身が初めてそれを使用する事になったのは、約1年後……サクロ復興が始まった際に統領様達と共にその進捗を見物しに行った時であった。
その時点で既に、《転送陣》による「転移網」は様々な場所に拡がっており、「転送陣に乗っかれば勝手にサクロに飛ぶ」と言うような状況では無くなっていた。ここでノンは主から『転送陣の使い方』を改めて教わったのである。
その際の説明によれば……店主があちこちに設置した《転送陣》には、各々を「識別する名称」が振られており……その名称を「頭の中で念じながら」《転送陣》に乗る事で、その《転送陣》へと転移する。そのような説明であった。「念じる」だけでは不安ならば「行き先を口から発声すると尚良い」と言われ、彼女やシニョルは実際「サクロ市役所!」と大きめの声を出して陣に乗っていた。
……「脳内で念じる」という行為に苦手意識を持っているキッタは今でも《転送陣》を使用する際は口から「行き先」を声に出して使用しているし、菓子屋のオバちゃん達の中にも同様の使い方をしている者が結構居る。
ノンはそのような使用環境の中で10年近くに渡って、何の疑いも無しに「そういうものなんだ」とこの「転移網」を利用していたのである。尤も……普段からキャンプの藍玉堂に引き籠ったような生活をしているノンは、他のトーンズ国の主要人物達と比べて《転送陣》の使用機会が少ないのだが……。
その一方、彼女は他の元難民幹部よりも店主の《瞬間移動》で様々な転移を経験している。そしてその中には《転送陣》以外の場所も多々あった。時には《暗視》と《明視》の違いを学ぶ為に真っ暗なエスターの荒野にまで連れて行かれたことすらあったのだ。あの時は当たり前だが飛んだ先に《転送陣》は存在していなかった。
そうなるとつい先程、主が説明した「目視」では無く「記憶」というのが鍵となるのか。
「お前の言う通りだ。転移系魔法の肝は『記憶』……具体的にはさっきも話した《場所標》だな」
「マーク……えっと何かの『印』って事ですか?」
「まぁ、そうだな。転移先を予め『記憶』……つまりは『目標を登録する』魔法……そういう認識でいいぞ」
「ルゥテウス様の仰り様ですと『印』と言うよりも『記憶』なのですね?」
「おっ。中々お前も物分かりが良くなったじゃねぇか」
店主がからかうように言うと、ノンは少し照れた。
「そうだな。『印を付ける』と言ってしまうと、この魔法の本質が少し暈けてしまう。『その場所を脳内に焼き付ける』と言った表現が適切だ。だから『記憶する』と言う方がより近しいな」
「頭の中に焼き付ける……のですか?随分怖い印象を受けますが……」
「安心しろ。本当に焼き付けるわけじゃない。《場所標》という魔法を使って脳内の……そうだな……『それ専用の場所』に対象地点の情報を格納するんだ」
ルゥテウスもやはり説明に窮している部分が見受けられる。彼自身はこの《場所標》という魔法をかなり無意識に使っているからだ。但し……《場所標》は「魔法」と言うよりも「準魔法」と呼ぶべきもので、難易度としては「初歩の初歩」である。言うなれば錬金術における《遅燃強化》や《触媒精製》に類するものであり、「別の魔法を使用する為に附随する技術」と説明されるものになる。
「《場所標》はな……難易度は大したものじゃないのだが、さっきの《瞬間移動》や《転送》と同様に、その『質』が大変重要になる。《場所標》の『質』によって転移術の『危険度』にも大きく影響が出るからな」
この説明をする主が一転して真剣な表情になったので、ノンは驚き……思わず「えっ!?」と声に出してしまった。
「俺が使う《瞬間移動》や《転送》にはそのような事は起きないが……転移系の魔法には『発動自体の失敗』の他に『転移後の事故』という懸念が存在する」
「え……?じ……事故?」
「俺自身は当然だが、そのような事故に遭遇した事は無い。しかし俺が持つ『記憶』の中には何度か魔法使用に伴う事故発生の体験がある。但し、それは俺自身や俺の『先祖』自身の体験では無い。『魔法事故』と思わしき原因によって同時代の魔導師の気配……つまりは存在が突然消失する……と言うものだ」
「ええっ!?」
主の説明を聞いてノンは驚愕の声を上げてしまったので、少し離れた場所で魔術の鍛錬を行っているチラが「えっ?」という感じで振り向いて不審の目を向けている。
チラの視線に気付いたノンは慌てて
「ごっ、ごめんね!大丈夫!何でも無いから!練習を続けて!」
「う、うん……わかった……」
チラはそう言って、不安な様子ながら再び北側の棚の方を向いて練習を再開した。
「お前……大袈裟に驚き過ぎだぞ」
主は苦笑いしながら窘めた。
「すっ、すみません……。でも……『消える』って……。その……つまりお亡くなりになられたのですよね……?」
「まぁ、そう言う事だろうな。何時の時代も魔導師って奴らは自分の《領域》に閉じ籠って自らの欲望のままに知識への希求を続けながら、『自分の持つ力』に対する研鑽を続ける者が多い。そういった生涯の中で魔法実験などによる『事故』は多々発生し、その結果として命を落とす者も大勢居た。俺の先祖の中には、そういう同時代の魔術師の『最期』を様々に感じ取っていた者が居たわけさ」
「この前も話したろ?いわゆる『魔法の禁忌』に触れた者。3属性以上の魔法合成を試みた結果……制御が利かずに自らの魔導に飲み込まれたりな……まぁ他にも事故では無いが、『己の力』を過信し過ぎて単独で『死の森』に分け入って魔物に殺されるとか。この数万年の歴史の中で……魔導師と言えども結構やらかしてる奴は多いんだ」
「そ、そうなのですね……」
「そして、その『事故』の中には『転移の失敗』と思われるものも多くある。《瞬間移動》を使用した気配を感じ取った直後に、その『存在』が消える。つまりは転移に失敗して『命を落とした』のだろうなぁ」
「なっ!?」
今度は彼女も自制が利いたのか……口を押さえた。チラの「練習場所」にお邪魔している身で、これ以上……彼女の鍛錬を妨害したく無い。
「あっ、あの……その……転移の失敗とは……?」
「転移術の失敗。転移術の発動自体を失敗したところで命を落とす事は、まず考え難い。そうなると……有力なのが『着地の失敗』と言う事になる」
「着地……えっと、つまりは『行き先に到着した時』の失敗ですか?」
「そういう事だな。俺の先祖の中には転移術の研究を積極的に行った者も居るんだ。まぁ、俺が今……転移の失敗を犯さずに安定して使えているのは、そいつの研究があったおかげとも言える」
「そうなのですね……」
「転移術ってのは、発動そのものよりも転移後の着地で問題が発生する事が多い。さっきも言ったが、それが事故に発展して命の危険に陥るわけだ」
「それで……事故というのは、どのような事になるのですか?」
「そうだなぁ。転移した先が『地面の中』とかな」
「え……?地面の中ですか……?地面に埋まってしまうと?」
「いや、埋まるわけではない。まぁそうだなぁ……『地面の一部になる』という表現だと分かりやすいか?もちろん、その時点で命は無いわけだ。地面の中……具体的には土やら石やら。そういう物と一体化しちまうわけだからな」
「一体化……」
「例えば、足の一部だとか腕の一部だとかな。そういう場所だけが一体化するなら、まだ助かり様もある。そこを切り離せばいいんだからな」
「き、切り離すって……そんな……」
もう既にこの時点でノンの持つ想像力の枠を超えた話だ。彼女は目の中に怯えた感情を浮かべながら話を聞いている。
「まぁ、ほら。足や腕を切り離してもだ。今なら……丁度サナの《再生薬》で何とでもなるだろ?」
ここで店主は多少ユーモアを交えて話の内容を明るい雰囲気に引き寄せようとしたが、次の言葉で台無しになった。
「しかし、心臓を始めとする主要な臓器や頭部……脳が嵌っちまったらお終いだろうな。即死だと思う」
「そっ……そんな……」
顔色が悪くなったままのノンの肩を主はニヤニヤしながらポンポンと叩き
「だから今のは『例え話』だ。実際そんな感じの事故で命を落としている奴が過去には何人か存在しただろうが、俺の場合は大丈夫だ。安心しろ」
「えっ……でも事故は起こり得るわけですよね?もちろんルゥテウス様に限ってそのような失敗はされないとは思いますが……」
これまで数え切れない程に主の《瞬間移動》を目撃したり、自身も一緒に転移を経験している彼女は、過去の所業を思い出して震え始めた。
「だからこその《場所標》なんだ。これの質を上げる事で、事故は回避出来る。最終的には『起こり得ない』レベルにまで高める事が出来るわけだ」
「そうなのですか……起こり得ない……。質が大事なのですね」
「ふむ。そういう事だ。だからまずは《場所標》から練習してみよう」
「はい。頑張ります!」
ノンは店主の説明に色々と混乱したようだが、最終的には主の言い付けに対して意外にもヤル気を見せた。
「さっきも言ったんだけどな。《場所標》は『正式な魔法』……まぁ、お前の場合だと『魔導』だな。正式な魔導ではなく、あくまでも『準備術』だ。なのでお前の知っている魔法の使い方とは多少異なる形になる。そこをまずは理解しよう」
「使い方……?」
「俺が話した今までの説明だと……《場所標》とは『転移先を記憶する』だけの魔法だって思っちまうな」
「え、ええ……そうではないのですか?」
「うーん……まぁ、それはある意味では正しいんだが……。もうちょっと解り易く言えば『その場所に打ち込まれた標を記憶する』と言う感じで理解して貰った方がいいな。だから《場所標》と言う名称で呼ばれているんだ」
「ある場所に標を打ち込む……先程否定された『印を付ける』というものとは違うのですか?」
ノンにとっては先程主から「ちょっと違うな」と否定された「印を付ける」という行為と、今しがた説明された「標を打ち込む」という行為の違いが今一つ理解出来ない。「印」と「標」……どちらも「目印」というイメージがある。
「ただ単純に『印』だと、文字通りその場所に『目印』を付けるだけになってしまう。お前が恐らく認識しているものだ。しかし『標』は違うんだ。『標』はそれ自体に様々な情報を付加出来る……と考えると良いだろう」
「えっと……つまりは表札のようなものですか?例えば……そこの薬棚にルゥテウス様が一つ一つ貼っていらっしゃったラベルのような?」
「そうだ。その考え方でいいぞ。そしてもう一つ。《場所標》は『他の術者と交換出来る』という特性を持つ」
「え……?他の人と交換……?どういう事でしょう」
「例えば……そうだな。お前が居る場所。この薬屋の地下2階の南西側の隅……今まさにお前が立っている場所だ。お前がその位置で《場所標》を使ったとしようか」
「はい……」
「うーん。そうだな。まずはサラっと『使って』みようか。《念話》を覚えた時のようにやった、『体の中で《魔素》を練る』ようにしながら……更にその場で想像しながら念じろ。その場に足で立っている感覚……目線の高さ……壁からの距離……お前が今立っている場所の『情報』をなるべく多く感じろ……。目視しつつも、お前が『今立っているその位置』を頭の中に刻み込む……その為に見る。いいか?目の前の『俺が居る位置』とか、他の場所じゃねぇぞ?『お前が立っている位置』だ。そこに『練り込んだ魔素』を杭のように打ち込むイメージだ……イメージ……この場所……この場所……練った魔素を打ち込め……!」
毎度いつもの主による暗示……のような語り掛けを聞きながら、ノンは目を閉じた。自分が今立っている位置の足の裏の感触……正面の壁からの位置……右側の壁からの位置……天井の高さから今立つ自分の目線の高さ……今自分の居る位置に杭……印……標を打ち込む……。
すると……確かに何かいつもと違う感触で脳内に「この場所」が焼き付いたような感覚を覚えた。この場所。上手く言えないが、自分は確かに『この位置』に標を付けた……。そのような確かな感触を得て、ノンはハッとしながら目を開いた。
「どうだ?マーク出来たか?」
主がニンマリとしながら尋ねてきた。
「ど、どうでしょう……?目を瞑っていたのに何か……頭の中でこの場所がこう……光って……浮かび上がって……」
「ああ、その感触だ。多分成功しているな」
「ルゥテウス様からは確認して頂けないのですか……?」
「ふむ。《場所標》は《念話》と同様に術者の体内で投影するものだからな……このままでは俺でも確認出来ないな」
主の言い様に何か「含み」を感じたノンは
「このまま……えっと、何か別の方法があるのでしょうか?」
「そうだな。それならば一度……上の階に戻ろうか」
「え……?はい」
地下1階の錬金部屋に上がる階段に向かって歩き始めた主の後をノンが慌てて追う。地下2階には、相変わらず何やらブツブツ言いながら両手をパタパタ動かして『空属性魔術』を鍛錬するチラの姿だけが残った。
****
2人が地下1階に上がって行くと、錬金作業机では相変わらずサナとアトが並んで座っているが、2人は別々の錬成を行っていた。
アトは、もうひたすら《遅燃強化》で近所のオジさんが割ってくれた薪材を炭に変えている。長さ40センチ、太さ10センチ程の薪材が、アトの錬成によって弱い光を放ちながら、まるで「ギュッ」と音でも聞こえてきそうな様子で、元の半分以下の大きさにまで縮まりながら黒い塊に変わって行く。
ノン自身も既に《遅燃強化》は体験しているが、彼女自身はつい最近までこの錬金部屋に立ち入る事も無かったので、サナが10年も前から日課としていた「炭作り」を実際に見る事は無かった。なのでこうして改めてアトの錬成によって薪材が黒炭に一瞬で変わって行く光景は意外と新鮮に映ったのである。
ノンは主の指示に従ってサナの隣に座った。店主は彼女の向かい側の椅子に座る。
「よし。手を出せ。右手でいいぞ」
「は、はい……」
ノンが右手の掌を上に向けて主の前に差し出すと、向かい側に座る主は彼女の右手首を掴んだ。
「よし。さっきの場所を頭の中で思い浮かべてみろ」
「え……あ、あの……先程《場所標》を試した場所ですか?」
「そうだ。大雑把でいいぞ。お前の『入れ物』にしっかりと《場所標》が格納されていれば……あぁ、あるな。『地下2階』か。よし行こう」
軽く笑いながらそう言った瞬間に店主とノンは同時に姿を消した。隣で作業していたサナは詠唱中であったが、突然2人が消えたので驚いて詠唱を中断してしまった。おかげで錬成は失敗となり……彼女のローブの隠しに入れていた《再生》の触媒である《セダカクビナガリュウの鱗》が結構な量で消費が起こってしまった。
「あっ!」
それが相当に貴重なものであると認識しているサナは思わず声を出してしまった。思わず右隣の少年に目を向けると、彼は特に今の出来事に気を向ける事無く薪材に向けて銀色の棒をクリクリと動かしている。彼は姉や横に居る師匠のように声に出して詠唱を行うタイプではなく、ひたすらミスリルで作られた棒で周囲のマナを操るスタイルである。
少年の集中力の高さに舌を巻きながら、サナは残った触媒の量を確認して再度の錬成詠唱を開始した。彼女の伎倆では《再生薬》の錬成によって、成否を問わずまだまだ触媒の消費は多少なりとも発生してしまう。
(あと少ししたら……またあれを抽斗から出さないと……)
いちいち取り出す面倒を嫌って、特定の触媒を予め身の回りに纏まった量で置いておくと……何かの拍子に一気に消費が起きる恐れがある為に、敢えて抽斗から小出しにして身に付けているのだ。
この部屋の触媒棚やチラが居る1階層下の棚の抽斗には、店主によって「反応防止」の為の処理が施されており、触媒を抽斗の中に保管している分には例えその抽斗の至近距離に居ようが、術者の投影に対して中の触媒は反応もしないし消費も起こらないようになっている。
それでも……苦手な脚立を使って高い場所から貴重な触媒を引っ張り出さなければならない事を考えて、彼女はゲンナリするのであった。
****
店主とノンは再び地下2階の……つい先程まで立っていた場所に戻っていた。正確には、先程まで彼女が立っていた位置……《場所標》の使用を試みた位置に主が立っており、彼女は主に右手を掴まれた状態でその向かい側……先程まで主が居た辺りに立っていた。座っていた姿勢で転移した為、いきなり尻の下にあった椅子が消えていたので、彼女は引っくり返りそうになったが……主に手首を掴まれていたおかげで尻餅をつかずに済んだ。
ルゥテウスは慌てて姿勢を戻したノンから手を離すと
「うむ。上手く出来たようだな。お前の《場所標》は質的にも問題無さそうだ」
何やら満足気に話している。
「あの……今のは……どうなったのでしょうか?」
「うん?ああ……そうだな。説明せんといかんな」
店主は笑いながら
「さっきここで……お前は《場所標》を試したよな」
「はい……」
「それは成功していた。お前は確かに、今俺が立っている位置を『地下2階』という名称でマーク出来ていた。まだ不慣れだからそのような単純な『標称』になったんだろう。まぁ、とにかく……さっきの感覚を忘れるなよ?」
「そうなのですね……」
「で、その後に上に戻ってから俺はお前の手を掴んだだろ?」
「はい。さっきの場所を思い出せと……」
「そうだ。お前はあの時、俺に対してお前の脳内にある《場所標》から掴まれた手を介して『地下2階』を提供したんだよ」
「え……?提供……?」
「そう。これも《場所標》の使い方の一つだ。今のように自分の持つ《場所標》を他人に提供したり、逆に受け取る事も出来る。お前が俺に腕を掴まれた状態でここの《場所標》を『思い浮かべた』時点で、お前は俺に自分が打った『標』を俺に提示し、俺はそれを受け取った上で『お前の《場所標》』に向かって《瞬間移動》を使ったのさ」
「ええっ!?そんな事が出来るのですか?」
ノンは主の説明を聞いて驚いた。自分が頭の中で念じた場所を主に「渡した」というのは理解し難い話だが、確かに主は先程まで自分が居た場所……《場所標》の使用を試した位置に立っている。何とも不思議な感覚である。
「いや、そう驚く事でも無いんだ。お前達は、普段からこれと似たような事をしている。つまり俺の持つ《場所標》を受け取って《転送陣》を使用しているんだ」
「どっ……どう言う事なのでしょう……」
「今、この世界に存在している《転送陣》は……どうやら全部で74個あるみたいだな」
店主は少し考え込むような様子を見せてから具体的な数字を挙げて来た。
「その中で俺が直接設置したのは……31個か。残りの42個は多分監督だな。監督に渡した《転送符》を奴が自分で使用して設置しているんだろう。まぁ《青の子》の関係各所だろうな。他にもシニョルが公爵屋敷に1個設置しているな。あれは彼女自身で設置しているものだ」
「74個……結構ありますね……」
「まぁ、《青の子》の本部やら支部やら……この王国の中以外にも南の大陸や、もちろんサクロ市中でも諜報拠点があるだろう。ついさっきも1枚渡したから……近いうちに43カ所目の《転送陣》が設置されるんだろうな」
「一方で俺自身もこのキャンプの中はもちろん、大陸中の菓子屋にオバちゃん達の為に《転送陣》を置いているし、サクロの中にも何カ所か置いている。俺が直接設置した菓子屋の地下には監督が別に設置した《青の子》支部の《転送陣》もあるわけだから……場所がそこそこ被ったものが多いようだ」
「あ、そうですね……」
「まぁ、そんな事はどうでもいい。今の話で重要なのは74個設置されている《転送陣》、その一つ一つに《場所標》も含まれているわけだ」
「え……?どう言う事ですか?」
「よく考えてみろ。例えばここの上の階にある《転送陣》からサクロの薬屋の地下にある《転送陣》に転移したとする。お前はその際に、ここの転送陣に載って『サクロの薬屋』と念じるだろう?」
「はい……。最初に《転送陣》の使い方をルゥテウス様にご説明頂いた時に、そう教えて頂きました」
「そうだな。そしてその『行き先を念じる』時に、お前達は俺の持つ《場所標》を使用しているんだ。つまりサクロの薬屋の地下にある《転送陣》には、同時に俺の《場所標》も内装されていて、接続されている別の場所の《転送陣》に乗って行き先を念じると、相手の《転送陣》に転移するという事は、そこの《場所標》に向かって転移しているってことだ。『《転送陣》から《転送陣》』じゃないんだ。あくまでも『《転送陣》から《場所標》』に移動しているんだ」
「えっ!?そうなのですか?」
「そうだ。上にある《転送陣》にも《場所標》が仕込まれている。俺が《転送符》を作る時には必ず《場所標》も一緒に仕込む。これは『合成魔法』と同じ仕組みだな。複数の『属性魔法』を合成して使うのに似ている」
「合成……ですか」
「まぁ、お前は《場所標》に対して中々質の高い結果を見せた。さっきから口酸っぱく言っているが、《場所標》の質は本当に重要だ。転移事故を回避する為にもな」
先程……主が自分に「《転送陣》を導符にしてみないか?」と持ち掛けて来た時に少しだけ説明された「転送先に石が置いてあったら……?」という恐ろしい話の続きだと思ったノンは急激に緊張と恐怖が体内から湧き上がって来る感覚になりながら尋ね返した。
「ぐ、具体的には……?」
「うーん。俺自身はその《質》の違いを自ら感じられた事は無い。但し俺の持つ記憶の中には一応その『知識』がある。なのでそれを基に説明しよう」
毎度店主の説明の中に出て来る「俺の記憶」という部分には相変わらず理解が及ばないのだが、ノンはそれでも相槌を打った。
「同じ《場所標》でも術者によって熟練度や素養で《質》に差が出るようだ。最も基本的な『最低限の発動』として……とりあえず『その場所を脳内に格納する事には成功した』というケースだな」
「えっと……『記憶する事』には成功しているのですね?」
「うむ。『その場所の記憶』という最も基本的な目的は達成している。但し所詮はそれだけだ。この状況はちょっと危ないな」
「え……?何故です?場所は憶えたわけですよね?ならばそれを『目標』にすれば……?」
「いや、違う。ではさっきも聞いたが……『ただ憶えた場所』に何らかの事情で『石が置かれていたら』どうする?」
「え……?」
やはり先程1階の作業場で受けた説明と同じである。店主はあの時から更に踏み込んで説明を行うようだ。
「例えば……お前が1階の作業部屋に《場所標》を使ったとしよう。で……その後、その地点にモニが居る時にそこへ《瞬間移動》をしたらどうなる?」
「え……?ど、どうなるのですか……?」
「ふむ。そこだ。それこそが《場所標》の『質』の話だ。質の低い……『ただ記憶しただけ』の《場所標》に向かって転移をした場合だと……『転移事故』になる可能性が生じる」
「事故……。あの……今のお話ですと……具体的には何が起こるのですか……?」
ノンの声は少し震えている。彼女も何となくだが……「事故」という単語が主の口から出て来て「嫌な予感」がしているようだ。
「まぁ、さっきの例で話せば……転移した瞬間に、その場に居たモニとの『同化』が起きて……術者共に命を落とす……可能性が高いな。そしてその場には『2人のはずだが1つになっている死体』が突然出来上がるわけだ」
「なっ……!」
ノンは言葉を失った。転移事故……やはり自分が「漠然と」だが想像していたように深刻な事象であるようだ。
「他にもある。質の低い《場所標》は座標のズレが起きたりする。それが『真横に数センチ』なら、まだ『事故』とも言えないが……『数センチ下』ならどうなる?」
「さ……先程のお話……地面と足がその……ど、同化して……」
彼女はそれこそガタガタと震え始めた。最初に話していた「過去に突然消えた魔導師」の話が思い起こされたのである。
「そうだ。《場所標》の質が低くて位置情報以外の部分が機能しないわけだ。しかしこれが熟達して行って《質》が向上してくると……段階を踏んで『安全』になって行くんだ」
「まずは……そうだなぁ……。恐らく最初の段階を越えると《標》が入っている場所から『拒絶』されるようになる。つまりは事故が『起きそう』な場合、どれ程完璧に転移魔法の投影までが行われたとしても……最終的には発動自体が強制的に失敗してくれるように……なるらしい」
「えっ……?失敗するようになるのですか?」
「うむ。そのままでは転移先で事故が起きてしまうところを……『転移失敗』になるから『転移事故』とはならずに回避出来るようになる……との事だ。これは俺の先祖が交流のあった魔法ギルドの総帥だった魔導師に聞いた話だ。しかしそれが魔術だった場合に『触媒の消費』が発生するのかは不明だ。転移魔術が使える魔術師にはこれまでの歴史でも滅多にお目に掛かれなかったからな……話が聞けなかったようだ」
「更に熟達する事で失敗すら回避出来るようになる。俺の場合だと……《場所標》の地点を含めた周辺の状況が転移前に感じ取れる上に打ち込んだ《場所標》に対して《標》の効果が及ぶ範囲が広いから、『危ない地点』を回避して転移する事が出来る。だから『転移失敗』とはならないし、『転移事故』も起こさない。『危ない地点』を無意識に回避するからな」
血脈発現者レベルの《場所標》に対して、ノンの理解が及ばなくなっている。どうやら「主の転移には事故が起きない」という内容くらいは何となく理解出来ているように……見える。ルゥテウスはその様子を見て苦笑しながら
「そうだなぁ……もう少し具体的に話をするなら、俺が《場所標》を使うと……今居るこの位置から目に入る範囲くらいを一気に《標》に出来る。この部屋はそもそもが『地面下』にあって四方を囲まれているな?それにお前やチラも居る。闇雲に転移して来るにはそこそこ障害になるものが存在している。しかし俺は別の場所から《瞬間移動》や《転送》を使って転移を試みる際に、予め『《標》の範囲』一杯の状況を窺いつつ『着地点』を選んで転移を実行している。但しそれ自体を意識した事は無いけどな」
主の具体的な「転移の手順」を聞いたノンは、漸く主の言っていた「俺の転移は安全」という言葉の意味を理解して来たらしく……それはそれで驚いている。彼女の知る「主の瞬間移動」は、それこそ「思い付き」でホイホイ行っている……ように見えていた。まさかそんな転移事故を回避する為に目標地点周辺の安全判定まで実施していたとは思わなかったのである。
「あの……この部屋一杯の広さを一度の《場所標》で記憶出来るのですか……?そして実際の《瞬間移動》の時にその範囲の中から着地点を選べると……?」
これまで聞いて来た主自身の説明内容からすると、随分とブッ飛んだ話である。ノンは混乱しかけたが……これまで見て来た我が主の魔導師としての能力であれば「それも有り得るのか……」と納得している自分も居る。
「まぁ、そういうわけでお前も普段からあちこちで《場所標》で記憶するようにしてみろ。さっきお前から受け取った《標》は悪いものじゃなかった。もっと使い込む事で質を上げる事が出来るだろう。既に『座標の正確性』は高い水準にあるようだからな」
「そっ、そうですか……」
「お前の場合は導符にする事で《瞬間移動》も《転送》も使えるだろうから、自分で転移する際にも《場所標》は必須の補助魔法となるし、《転送符》を作るのであれば併せて《場所標》も込めるから錬成そのものの質も上がるはずだ。特にお前にとっては『2つの魔導を同時に物品に投影する』というような経験をしていないだろうからな」
「あの……2つの魔導を同時にって……私にも出来るのですか……?」
ノンは不安そうな声で主に問い掛けた。これまで主が提示して来た様々な魔導の錬成を成功させて来た彼女だが……彼女にしてみれば「新たな能力」に目覚めてから、まだ半年ちょっとの期間で「2つの魔導を同時に」と言われても理解し難いのと、更にはそれをソンマ店長も言っていた「伝説級の錬成品」である《転送符》でやれ……と言われているのだ。これまでも1つの魔導ですらアタフタしていた彼女にとって「はい。分かりました」と、易々応えるのは流石に難しい。
「まぁ、いきなりは難しいだろうから段階を踏んでやってみようか。まずは《場所標》だけを導符にしてみろ。《標》を付けるのはさっき成功しているだろうから、それを今度は導符にするだけだ。但し……お前自身がその場で《標》を付けるんじゃないぞ?《場所標》という魔法……魔導だけを術札に込める」
そう言って店主は「いつもながらの手際」で、右手をサッと振って術札を取り出した。恐らくこれもどこかから……多分、上の階で作業をしているサナに気付かれる事無く……作業机の抽斗の中から取り寄せたのだな……と、ノンは考えた。主から今日説明された事によって、これまで色々と驚いたり疑問に思っていた事の「からくり」が薄々だが解って来たので、主の行動への見方も少し変わった気がしている。
ルゥテウスは「未使用の術札」をノンに渡してから
「ではやってみるか。同じ《場所標》だが、さっきとは少しだけ違うぞ……。今度は場所をイメージするのでは無く、そうだな……お前なりの《標》をイメージしてみろ。何でもいい。お前がイメージする『ここに印を付ける』道具とか……杭みたいなものでもいいし、立札みたいなものでもいいぞ……とにかく、場所を示すような印だ……印……標……」
ノンは主の暗示を聞きながら、とりあえず自分達が暮らす藍玉堂の前に立てられている「案内標識」を想像した。今は建物が随分と減ってしまったが、嘗ては東西南北に立ち並ぶ長屋建物に付けられた「住所」に従って、その位置関係を解り易くする標識が立っていたのだ。
標識は今でも数は減っているがキャンプ内のあちこちに立っていて、この地に辿り着いた新しい住民が迷わないようになっている。
特に藍玉堂は現在でもキャンプの中心地である為、入口前の「メインストリート」にはいくつかの場所を案内する標識が立っていた。彼女はとりあえず身近にあって毎日見ているそれを《場所標》のモデルとして想像してみたのだ。
後はその……彼女にもお馴染みの「案内標識」の姿を《場所標》という魔導に紐付ける。
(場所を記憶させる標……標……標……)
いつもやる「初めての錬成」にしてはかなり時間が掛かったようだが……3分程だろうか。ノンが目を瞑って念じながら両手で掴んでいた術札が、いつもの色に変化した。
「おっ。どうやら投影出来たようだぞ」
主からの声を耳にして、ノンは静かに目を開いた。今回は色々とイメージする内容が脳内で交錯したのか、いつもより顔に浮かんだ汗が多いように思えた。
ノンは目の前の高さに掲げるように両手で摘まんでいる「いつもの色」の導符を主に差し出してから大きく息を吐き出した。毎度この「初めて投影する」時の軽い疲労感を感じ、少しだけ眩暈がしていた。
導符を受け取ったルゥテウスは、最近漸くこの「色」に慣れたのか……いつものように笑いを堪えるような顔はせずに、そのまま数秒間目を閉じた。何かを探り取ったのか、目を開いて
「うむ。確かに《場所標》が『未使用』の状態で込められているな。良くやった。まずは最初の錬成は成功だな」
彼としては珍しく、何やら嬉しそうな表情になったので……それを見たノンも釣られたのか、汗を浮かべた顔で微笑んだ。
「とりあえずアレだな。この感触を忘れないように少し回数をこなしておくか。お前の場合、何度かやって慣れてしまえば大幅に難易度を下げるようだからな」
そう言って再び右手を振ると、その手には10枚程の術札が挟まれており、ヒラヒラと揺れていた。
「は、はい……。やってみます」
ノンは主から再び術札を1枚受け取り、目を閉じて念じた。やはり一度成功した錬成であればそれ程時間を必要としないようで、2枚目の《場所標》の導符は10秒程で出来上がった。それからは出来上がった導符と主が渡す新しい術札を交換しながら次々と錬成を行い、10枚目を錬成する頃には所要時間は5秒程度にまで短縮していた。
主が都度受け取ったその導符の《質》を探ってみると、それさえもどんどん向上しているようだ。やはり彼女の「素質」は彼すらも驚かせるようである。
「ふむ……。まぁ、どうやら《場所標》については、習熟を深めたようだな。これはこれでもういいだろう」
「ではいよいよだが……《転送》の錬成を試してみるか」
店主は事も無げに「次の段階」に進む事を告げた。ノンは緊張しつつ不安を口にした。
「て、《転送》ですか……私に出来るのでしょうか……」
「いや、それをこれから試すんだろ?まあ、お前なら大丈夫だと思うけどな」
魔法世界において「伝説」とされる大魔法を「とりあえず試そう」と語る店主の顔にはまるで緊張感が無かった。
****
『聞こえるか?俺だ。店主様から例のものを設置する許可を頂けた。俺が直接設置しに行くから飛行船で運んでくれ。そうだな……今夜辺りやるとしよう』
『本当ですか!?あっ、ありがとうございます。早速、タムの兄貴に伝えます。少々お待ち下さい』
ルゥテウスから新たな《転送符》と《結界符》を受け取ったドロスは、今もテラキアの首都であるケインズにある太陽神コルの神殿が建つ《ヌイの丘》西側の麓に、諜報拠点として買い上げた雑貨屋を改装した食料品店に詰めていたイバンに念話で連絡を入れると、彼は驚いた様子で応じた。
イバンにしてみれば、まさかこれほどスンナリと《転送陣》の設置が認められるとは思っていなかった。彼もそうだが、この通知をしたドロス自身ですらこの「奇跡の移動手段」に対して今でも大きな畏敬を払っている。それはある意味当然の事であり、彼らのような現実主義者からすれば「隣の大陸と一瞬で行き来が出来る」事自体が未だに理解し難い程にとんでもない事なのである。
菓子店に勤めるご婦人達の中には、戦乱の故郷から命懸けで大陸を渡って来た「第一世代」と呼ばれる難民が少なからず含まれているが、そんな彼女達ですらキャンプで保護されてからは、その生活の大半が自分達の暮らす長屋の部屋の中であった。
配給の時間になると集会所まで歩いて行く……そのような生活をずっと送っていた彼女達からすればキャンプから王都までの移動距離すら実感に無く
「転送陣を使うと時差によって朝になっていたり夜になったりしている」
という出来事の方が驚きなのだ。その部分だけは未だに慣れない者が何人か居るが、その驚きに隠れて「一瞬で数千キロを移動している」という事象についてはまるで気にする様子は見せない。
何しろ全て「ソンマ店長様が置いてくれた不思議な円盤」に乗っかりながら行き先を念じたり口にしたりするだけなのだから。
しかし諜報活動などや実地訓練などで北サラドスは元より……トーンズとその周辺の地域をあちこち自分の足や馬車などの交通機関を使って実際に移動している諜報員達からしてみれば……本来、馬車でも片道10日かかるはずの王都レイドスと領都オーデルの間を一瞬で移動している時点で、信じ難い出来事である。
彼らはご婦人方とは違って自らの足で「あそこまで行くのにこれだけの時間がかかる」という感覚を体験として知っているからである。
しかし……それでもエスター大陸への帰還事業が始まった9年足らずのうちに新しく訓練入りした子供達には、それ以前の「店主様がキャンプに現れる前」の訓練期や正式な諜報員、そして暗殺員として活動していた古参の者達程には《転送陣》による長距離移動に対して抵抗感は生じなくなっている。
彼らからしてみれば
「自分達は《青の子様》のご加護によってどれだけ離れた街にも一瞬で移動出来る不思議な力を授かっている」
という認識なのである。「なぜ隣の大陸に一瞬で行けるのか」というところは「青の子様のお力」という自分達如きには「理解不能な事」として片付けられているのだろう。なにしろ……彼らの「先輩方」もそれについてはロクに説明する事が出来ないし、普段は怖い監督ですらその件については「余計な事は考えるな」と苦笑いしながら言っている始末だ。
イバンは慌てて空中偵察任務中のタム船長に念話で連絡を取り、タム自身から直接監督に念話を入れ直して0時に藍玉堂工場群のあるドックから監督を送迎する旨を伝えつつ、操縦員にドックへの帰還を命じた。
予定の時間にドックからドロスを乗せて飛び立った《空の目号》は350キロ南方にあるケインズの南側にあるやや草木の茂る平原に地上10メートルまで降下し、監督の身一つだけを巻上機とロープを使って懸垂下降で送り込んだ。
ドロスは地上に降り立ってからハーネスを外し、船体から垂れているロープに結び付けると……右手を挙げて親指だけを立てる。それを《明視》が付与されている後方艦橋の床窓から確認した隊員は
「監督の降下が無事完了しました」
と、前部艦橋に居る船長に伝えた。それを聞いた船長は前後艦橋要員全てに聞こえるように命じる。
「よし。では下降索を回収しつつ作戦高度まで上昇。今夜は更に南方の……テラキアの占領地を目指す」
「了解です!巻上機作動と同時にヘリウム注入!」
「了解!」という声が艦内各所から聞こえると共に、船体は上昇を始めた。その朧気な姿を地上から眺めつつ、監督は懐から愛用のコンパスを取り出して蓋を開いた。
(ふむ……市街はあちらか。神殿地区は町の北側だったな……)
周囲に誰も居ない事を改めて確かめると、彼は疾風のように走り始めた。
****
0時にドックから飛び立ち、隠密飛行とは言え……3時にはケインズの南方郊外に降ろされたドロスは、真夜中の平原をそのまま15キロ程走って都を囲んでいる高さ4メートルの外壁を楽々乗り越えて侵入し、ケインズ市内を縦断。目印である「青い布切れ」を頼りにイバンの詰める偽装食料品店に到着した。時刻はまだ5時前……結局2時間もかからず目的地を探し当てた彼は、息を切らす様子も無く念話でイバンに到着を伝え、驚いた若者によって建物内に迎え入れられた。
「そ、その……随分とお早い到着で」
「先程、この町の上空を通過する際に床窓から凡その位置を確認しておいたからな」
「な、なるほど。お忙しい時期にお出張り頂き恐縮でございます」
イバンが頭をさげると、ドロスは苦笑しながら
「いや……この《転送陣》の設置は現状、俺にしか出来ないからな。『やり方』を教えたいのだが、中々難しいのだ」
「そうなのですか?」
「うむ。俺も店主様から直々に教わったのだ。何しろ設置に失敗すると我々だけではやり直せん。それこそ店主様に御足労頂く事になってしまう。あの方も色々とお忙しいのでな。そうそう何度もお手数をお掛けしたくない」
「そ、そうですね……」
「それで?どの辺りに設置するつもりだ?」
「あっ、はい。ご案内します」
そう言って、イバンはドロスを先導して店の奥に向かった。この店は本来……他に買い取った2店舗と同様に小売りを装いながら丘を囲んだ3拠点から神殿を監視するように使うつもりだったのだが、神殿から食料の納入注文を受ける事が出来たので、小売りをやめて神殿専門の納入に業態を変更している。神殿側にも、その件は説明済でイバン自らが神殿に赴き、自分達の取扱量では神殿に納めるのが精一杯である為、暫くは納入だけの商売に注力する旨を告げ、神殿の主計係の司祭に了承されている。
神殿側からすれば、今まで見た事も無いような上質の小麦粉やメイズ、それに少量とは言え本山でも滅多に手に入らない砂糖を他所に回されたくないという目論見もあって、イバンの申し出をあっさりと認めた。
ただ……この話し合いが行われた当時はまだ飛行船による不定期の運搬を実施していたので、本当に在庫の余裕が無かったのだ。今回監督によって《転送陣》が設置されればサクロ市内の拠点から搬入し放題になる為、在庫や納入量に対しては全く不安を抱える事は無くなる。
但し、これだけの品質を持つ物資を無尽蔵にケインズ市内に供給するわけにもいかない。このような現地の品質とは一線を画すような物資が市中に突然出回れば、それだけで神殿は元より王宮からも目を引きかねない。
今回の拠点はレインズ王国内各所に設置されたものとは違い、「商売」は考えていないのである。神殿との納入取引はあくまでも「監視の為の偽装」であり、これまでの「菓子屋による経済活動」は考慮する必要が無いのだ。
イバンは店の奥にある従業員用の区画にある床板を引き上げて、地下室への階段を降りた。この建物はどうやら過去の「持ち主」が財産を保管する為の「地下穴」を掘っていたようだ。このケインズ地域を含め、エスター大陸各地において少なくとも一般庶民階級の間で自宅や店舗に地下室を持っている者は少ない。
海を隔てた北サラドス、それに南サラドスの一部の地域では自宅に地下室を設ける習慣が根付いており、その設置方法も
「予め地下室部分を掘り下げた上で地上部を建てる」
という工法を採る事が多い。特に北サラドス大陸はその大半の地域に年間で「季節と気候の変動」が存在する為に、食料の貯蔵を目的として庶民階級の家屋にも地下室を設ける歴史が続いて来た為、その工法も早い時期に確立しており、王都や大都市に拠点を構える大手商会の商館の地下には広大な倉庫が設けられているし、各公共機関の施設にも大抵は地下に保管庫を設置している。火災などによって地上の躯体が焼失しても、難燃設備を強化した地下室であれば書類や資料の消失を防げるからだ。
しかし文明化が遅れているエスター大陸には、そのような地下工法が存在せず……この地に存在する地下室はその大半が
「躯体部分の築造の如何に因らず直接穴を掘り進める」
ような形で地下室を作る。つまりは「穴蔵方式」だ。掘り下げた地下部分に建物の基礎を置く文明国家の地下工法では無く、基礎部分の下に穴を掘る工法なのがエスター流である。
そもそもエスター大陸の各地では、地域の大国と言われている各邦の首都においても建築物は「1階平屋建」が通常である。権力者の居住地域や宗教的な建築物の中には複数階層の建物が存在するが、一般の上流階級も含めた庶民階級で2階建て以上の家屋を持つ者は稀である。
この人口20万を誇るケインズ市内でも王宮を含めた王城区画を除き、市内で2階層の建物は10軒にも満たない。丘の上にある神殿でさえ、軒高は相当高いが実際は「天井の高い1階層造り」である。
今の偽装店舗を買い取る前のイバンが滞在に利用していた宿屋は非常に数少ない2階建ての建築物であったが、なるほど……その部屋代は市内でも相当に値の張る高級旅館であったようだ。
ランプを持ったイバンに続いてドロスが梯子段を下りると、そこにはまさしく「穴蔵」とも言えるような幅2メートル、奥行き3メートル、高さ2メートル程度の埃っぽい空間が広がっていた。備え付けの照明器具なども無く、ただ単に「店の在庫を置く為」だけに掘られた場所のようだ。
一応は支保工……鉱山の坑道を支える坑木のようなもので補強されている「地下室」の様子を見たドロスは
「ふむ……狭いな」
と苦笑した。イバンは頭を掻きながら答える。
「そうですね……。ここも居抜きで買ったので手を入れられませんでした。通常の拠点と違って『長く使う』事も考えておりませんので……」
「そうか。他にも2軒あると言っていたな。他の店もこんな感じか?」
「いえ、地下室があったのはここだけです」
「ほう。そうなのか。やはり首相様が支部長時代に教えて下さった通り……地下室を設ける習慣が無いようだな」
「首相……セデス様がそのように?」
「ふむ。もう30年近く前に聞いた話だがな。今それを……ふと思い出したのだ」
珍しく僅かだが笑みを浮かべた監督の顔がランプの光に映し出され、イバンは何とも言えない気持ちになった。
「お前は知らんだろうが……昔、オーデルのスラム街に漸く我等の拠点を確保した時にな。いざと言う時の為に『抜け道』を堀ったのだ。隣と……更にその隣にあったボロ家の地下をその住民達に気付かれぬようにな……その向こうにあった路地までこっそりと掘ったのだ……くくく」
まるで当時を懐かしむかのようにドロスは低く笑った。一夜にして突然住民が消えたその建物は現在、スラムの顔役の手を介して別の住民が以前と同じように薄汚い酒場を営業している事を彼は当然承知している。まだあの幼児が現れる前……自分達は諜報の他に「殺し」を生業にしながら必死で貧しい難民同胞を養っていたのだ……。
少しの間、懐かしい時代の思い出に浸っていたドロスは笑みを引っ込めて顔を上げ
「ではここに《転送陣》を設置しよう」
と宣言して、傍らのイバンにもっと部屋の奥を照らすように指示した。イバンは持っていたランプを高く掲げると、やや傷みの見える板切れと天井を支える坑木だけの壁が奥まで照らされる。
「まずは《結界》を設置するのだが……ここを『使う』者は決めてあるのか?」
「あっ、はい。ここに書き出しております」
イバンが結界の「利用指定者」の名前が記されている紙片を渡すと監督はそれを暫くの間眺めて
「ふむ。全員すぐに顔が浮かぶ者だな。これならこの場で『登録』出来そうだ」
小さく頷きながら部屋の奥……地下室の行き止まりの辺りまで歩いて行き、懐から別の紙片を取り出した。彼自身は効果の異なる2枚の導符の内容を見分ける事が出来ない。また導符に直接自分が解るような「目印」を書き入れるのは「思わぬ誤作動を起こす」とこれを作成した店主からその昔……初めて彼から導符を受け取った際に警告されていたので、以後彼は導符を持ち歩く際には導符の効果別に用意した専用の小さな細長い紙入れのような容器に分けて収納するようにしていた。
《結界符》は赤い紙入れに入れる習慣を付けておいたので、彼はそれを迷う事無く取り出し、中に入っている導符を取り出したのだ。
監督が《結界符》や《転送符》を使用する現場を初めて見るイバンはランプを高く掲げながら、固唾を飲んで見守っている。
「いいか?そのランプでずっとそこから照らしていろ。多分途中で俺が見えなくなるかもしれんが、そのまま照らしていろ。いいな?」
後ろを見る事も無くドロスはイバンに言い付けた。
「は?……はい」
と、やや困惑気味に応える彼の返事を待ってからドロスは持っていた紙片を右手に持ちながら周囲を見回し、やがて何か見当を付けたのか……紙片をそのまま右手で握り込んで目を閉じた。すると……イバンの視界から目の前に居たはずのドロスの姿が消え、彼は狼狽した。
「えっ!?かっ、監督っ!えっ!?」
彼は慌てて辺りを見回しながらも、監督に命じられていた為に「何も見えない」部屋の奥をランプで照らし続ける。最初は一瞬、「何で俺はここで部屋を照らしているんだ?」という疑問が湧き上がったが、とにかく監督に命じられていたのだ。今はその「理由」が解らなくなっているが……命じられた通りここを照らし続けよう……彼はそう思い直して掲げ続けている右手が疲れたのでランプを左手に持ち替えて引き続きこの場を照らし続けた。
やがて……3分、いや5分程経っただろうか。突然目の前にドロスが現れてイバンは仰天し、危うくガラス製のランプを落としそうになった。
「えっ、あ、あの……ええっ!?」
突然現れた監督の足元には……鮮やかに青く輝く直径1メートル50センチ程の「魔法陣」……恐らく自分達が《転送陣》と呼んでいる「円盤」が地面に描かれていた。
「いっ、何時の間に……これは……」
驚きっぱなしの若者に対して、振り向いたドロスが苦笑いを浮かべながら尋ねた。
「あぁ、すまんな。思えば店主様以外の人前でこれをやるのは初めてだったな。やはり俺の姿が見えなくなったか?」
「えっ……?あっ、はい……突然監督のお姿が見えなくなりまして……暫くしたら突然お戻りになられたと思ったら足元にその……」
イバンがドロスの足元に出現している《転送陣》に目をやりながら答えると
「やはりそうなるのか。店主様の仰った通りだな……10年目にして初めて確認出来たわけか。くくく」
それを聞いたドロスが再び低く笑い出した。
「どっ、どういう事なのでしょう……?」
「この《転送陣》を置く時にはな……まず最初にその場所を囲むように必ず《結界陣》と呼ばれるものを展開する必要がある……らしいのだ」
「け……けっかい……?」
「ふむ。俺も魔法使いでは無いからな。詳しくは解らないのだが、どうやらこれによって、さっきのお前のように、この場所……まぁ、さっきは俺ごとだったが……外から見えなくなるのだ」
「えっ!?」
イバンはこれまで、「結界の存在」を直接感じた事も無かったし、聞いた事すら無かった。今の《青の子》が嘗てまだ《赤の民》として活動していた頃、極一部の「有望」な若手暗殺員達は支部長、イモール・セデスがどこからか入手してきた《結界符》というものでその「効果」を体験していたが、当時のイバンはまだ修行中の身であり、しかも暗殺員の元締とも言えたラロカの甥であるにも関わらず、その資質によって諜報員としての養成期間に入ったので、この「結界符研修」については全く聞かされていなかった。
一方のドロスも「本場から諜報術を持ち帰った」という功績があったが、この《結界符》の利用は暗殺員達に優先されたので、支部長が何やら「魔法の品」を入手したという話は聞いたが……その実態を知る事は無かった。つまりドロス自身も《結界》という魔法の存在を知ったのはルゥテウスと出会う直前、彼の下に向かう際に指定された長屋の一室に張られていた結界のせいで案内の為に迎えに来たキッタ共々部屋を見失った……と言うのが最初であった。
その後は幾度と無く店主の展開する結界……厳密には彼の展開する「明るい領域」の中に入ったりして、その効果を十分に理解していた。初めてキャンプの外に《青の子》の拠点を設置する際に店主から受けた説明には
「まずは《転送陣》を設置する場所を囲むように《結界陣》を展開する。こうしないと《転送符》の使用を魔法ギルドに感知される恐れがある。なので必ず先に結界を展開してから転送符を使う事」
そして店主が先程ノンに説明していたような内容で
「《転送陣》を置く際に、それに対して『番号』を同時に付与するように」
という指示を受けた。その転送陣に「数字でいいから識別出来るようにしろ」と言う事だった。なのでドロスは店主の言い付けを守り、《転送符》を右手で握り込んで念じる際に……数字を同時に声に出して繰り返し呟くようにしている。これまで彼の設置した42個の転送陣には、このように1から42までの番号が付与されており、1番が最初に設置した領都オーデルの薬屋地下にある本部、2番がキャンプ内の訓練施設棟内……と言うように「対応表」が作られて、《青の子》の構成員の部署や階級によって各々に公開している。
この際に大きな役割を果たすのが、《転送陣》を包むように展開されている《結界陣》の存在である。この結界に対して「使用者」として登録されていない者は、例えその転送陣の対応番号を知っていても転移の際に結界に弾かれる。つまり、その転送陣を使用可能なのは全ての転送陣と結界陣の「設置者」であるドロスの他は、その都度「使用者」として登録されている者、そしてその結界の影響を受けないルゥテウスだけである。
今回設置した《転送陣》に対して、ドロスは「43」と言う番号を振った。そしてその周囲に展開した結界に対しては、イバンやタムを始めとする8人を登録した。
「確かにお前にとって初めて見た光景かもしれんが、使い方はこれまで通りだ。そしてここは『43番』だ。ここに記載された名前の者に番号を通知しておけ」
ドロスは先程の「使用者」が記載された紙片をイバンに返した。
「はっ!了解しました。ありがとうございます」
「ではな。俺は本部に戻る。何かあったらまた連絡をくれ」
そう言うと、ドロスはたった今置かれたばかりの《転送陣》の上に乗り、その場から消え去った。それを見送ったイバンは
(むぅ……初めて見たが、このように設置されるのか。まぁ、これでサクロとケインズの行き来が楽になった。俺もここに常駐する必要が無くなったな……)
漸く肩の荷が下りたような心境で、紙片に記載されている「関係者」に対して新たな《転送陣》の設置と、その対応番号を念話で通知し始めた。
【登場人物紹介】※作中で名前が判明している者のみ
ルゥテウス・ランド
15歳。主人公。33000年にも及ぶ「黒き賢者の血脈」における史上10人目の《完全発現者》。
現在は「真の素性」を隠して母の特徴を受け継いだ「金髪、鳶色の瞳」に外見を偽装している。
性格は非常に面倒臭がりなのだが、どういうわけか色々な事象に巻き込まれて働かされる。
滅多に怒らないが、頻繁にボヤく。ノンの弟子には基本的に省エネ対応に徹する。
レインズ王国で差別を受けていた戦時難民を導いて、故郷の大陸にトーンズ国を創らせた。
現在はキャンプにて薬屋《藍玉堂》を経営。トーンズ国関係者からは「店主様」と呼ばれている。
《神》という存在に対して非常に懐疑的であり、宗教を嫌悪し、自ら崇敬される事を極端に嫌う。
ノン
25歳。キャンプに残った《藍玉堂》の女主人を務め、主人公の「偽装上の姉」でもある美貌の女性。
主人公から薬学を学び極め、現在では自分の弟子にその技術を教えるが、あまり威厳を感じない。
肉眼で魔素を目視する事が出来、魔導による錬成を可能とする《錬金魔導》という才能を開花させる。
基本的には暢気な性格であるが、やや臆病な一面も時折見せる。
主人公を「主」として仕え、絶対的な信頼と忠誠を寄せており、彼女だけは主人公を本名で呼ぶ。
また、彼女が行使する魔法陣や《錬金魔導》によって作成された錬成品はピンク色になる事が多い。
《藍玉堂》から能動的に外出せず、引き籠っているので社会通念や金銭感覚に対して極端に疎い。
主人公から《強制融合》で作成して貰った《念話》が付与された髪飾りを一番の宝物としている。
サナ・リジ
25歳。サクロの《藍玉堂本店》に夫であり師でもあるソンマと母アイサと暮らす。
15歳という非常に遅い年齢で修養を始めたが、類稀なる素質と主人公や師の考案した鍛錬法によって僅か10年で上級錬金術師の域に達している。
主に高貴薬の錬成を得意とするが、夫の影響もあってエネルギー材料の分野においても才能を発揮している。
最近はノンに薬学を学びながら、魔法の素養を見出された赤の民の双子の初期教育も担当する。
ノンにとっては主人公を除いて最も親しい人物であり、サナにとってもノンは親友であり薬学の師でもある。
子供の頃に拾ったと言う《魔石》をあしらったチョーカーに主人公から《念話》付与を受けている。
チラ
9歳。《赤の民》の子でアトとは一卵性双生児で彼女が姉とされる。
主人公に「魔術師」としての高い素養を見出され、《藍玉堂》に弟と住み込んで修行を始める。
高い場所から景色を眺めるのを非常に好む。
《空属性》に対して高い親和性がある事が判明し、魔術の修行を始める。
アト
9歳。《赤の民》の子でチラとは一卵性双生児。彼は弟として育つ。
主人公から「錬金術師」の素養を見い出されて、姉と共に《藍玉堂》で修行を始める。
姉とは逆に高い場所を苦手としているが、「高い場所でのイベント」に度々連れ出される。
サナの指導によって「炭造り(遅燃強化)」を始める。
ドロス
54歳。難民キャンプで諜報組織《青の子》を統括する諜報一筋の男。
難民関係者からは《監督》と呼ばれている。シニョルに対する畏怖が強い。
内務省と魔法ギルドの対立工作の陣頭指揮を執りながら、ナトスがエリンに魅了された一件について再調査を行う。
イバン
26歳。《青の子》隊員。ヒュ―とホーリーの息子でニコの兄。ラロカの甥。アイの夫である。
伯父譲りの鋭い観察眼と、ドロスも認める冷静な判断力を持つ若者。ドロスの後継候補であり、現在はトーンズ国側における《青の子》の指揮官を務める。
ドロスが編み出した《警棒術》の名手で、その完成を目指す側面も持つ。