魔法少年、葬儀
残酷な比喩表現が入ります。
葬儀屋、ジェム。
その名前はどの業界でも少なからずは知っている。
なぜなら、誰しもが言う葬儀屋は、すべて彼女のことを指しているからだ。
確かに、日本全国を探せば彼女以外の葬儀屋もいる。
しかし、本来葬儀屋と言うものは人前に姿を見せることがない。
寝ている間や背後から奇襲、そのせいで目撃証言はないのが基本である。
では、なぜジェムが人前に姿を見せるのか。
これから、それをお見せしよう。
襲い来る触手を切り伏せ、ジェムは踊っている。
切り口からは薔薇色の宝石がいくつも溢れ、再生する。
【デザイア】の特徴としては、コア部分――人型をしたそこを切り離さなければ倒れることはない。
五感ともに感覚はなく、ただ破壊と滅亡のためにその身を使う。
なぜこれを【デザイア】と言うのか、ジェムなりの解釈は、欲望に負けたもの、と納得している。
自身の欲望を体に溜め込み、それを発散するために欲望に捕らわれる。
殺戮の操り人形として人々を恨み、妬み、罵り、殺す。
一体、誰がこんな姿にしたのか、神様と言うやつがいつのであれば問いただしてみたいものだ。
「いつまで続けるつもりか分かりませんが、そろそろ諦めてくださいまし」
ジェムが鎌を大きく振り、【デザイア】の体を二つに割く。
「あなたはもう、この世界にすらいていい存在ではないのです」
そのままコア部分に向かって地面を蹴り、シャキンッ、と両断。
「ウ、ア……ァ……ガァ……」
呻き続けるコアの喉元に刃先を当て、ジェムは最後の言葉を送る。
「ご愁傷様です、天野真帆様。本日よりあなたは、あの世に送られます」
スパン、と喉を切り裂き、真っ赤な宝石の花を咲かせた。
すると、転がっていた【デザイア】の一部分が徐々に消滅し、光の粒子となって浮上して行く。
ジェムの足元には、あの目と同じ青色の宝石が落ちていた。
「これより葬儀を執り行います。ご出席のほど、よろしくお願いいたします」
誰かに向けてお辞儀をし、ベールを被ったジェムは店へと戻って行った。
店に戻ったジェムは大きな棺を抱え、ある場所を訪れていた。
「久々に使いますね、ここ」
そこには様々な花が飾られ、中央にはあの少年の写真が立てかけられていた。
装飾はあの魔法少女、ルアナのものばかり。
青と赤を基調とした色彩は、一日ばかりの夢を表現しているだろう。
「割と最近は、手紙を直々に送ることはありませんでしたし」
棺を特定の位置に置き、ジェムはロウソクに火をつけた。
すると、次々と照明に光がともり、さらなる装飾が施される。
壁にはピンク色のリボンが吊るされ、足元には七色の小さな花たちが咲き誇り、棺の周りにはあの瞳と同じ青い宝石が囲うように出現する。
「あとは、これですね」
ジェムが手のひらを合わせると、そこから淡い光が漏れ、広げてると一本のステッキが現れる。
それは、この死者が使っていた赤いステッキ。
「一日ばかりの夢、ようございましたか?」
ステッキを棺の上に置くと、液体のように溶けて行く。
そして、ステッキと同じ柄に棺が変わる。
「では、契約を遂行させていただきます」
ジェムが指を鳴らすと、そこには数多くの人形、ぬいぐるみが姿を見せた。
それらは用意された椅子に座ると、頭を左右に振っていた。
「もう二度と、あなたを絶望に落とさないために、あなたの概念を消滅させていただきます」
バガンッ! と一人でに棺の蓋が空き、祈るように眠る天野真帆の姿が露わになる。
ジェムは両手を合わせ、膝をつき、頭を下げる。
すると、ジェムの背中から七色に輝く宝石が伸び、天野真帆の体を宝石で固めた。
「【葬儀執行システム】、起動」
『葬儀屋コードを確認……認証成功。実行します』
会場内に響く機械音声。同時に、天野真帆を包んだ宝石が凝縮する。
これは葬儀屋特有の力。名前は確か【フューネラル】。
葬儀を意味するこの力は、読んで字の如く葬儀屋が扱う「対象者を存在ごと抹消する」、つまり、葬儀を行う力である。
ジェムは宝石の鎌を出現させ、ためらいなく振った。
死者が真っ二つに割れるが、ジェムは間を開けることなくもう一振り。
「――――」
流れに身を任せるように、木っ端みじんに遺体を切り刻み、その粒子を集める。
「あなたには、これがお似合いでしょう」
と、ジェムが手にしたのは優しそうな犬のぬいぐるみ。
何を思ったかジェムは、その首と胴体を引きちぎり、そこに集めた粒子とコアから採取した青い宝石を入れた。
そして、取り出した裁縫針で裂け目を縫い合わせ、ぬいぐるみを置く。
「さぁ、お目覚めの時間ですよ」
ジェムが頭を撫でると、それに応えるように、ぬいぐるみがひとりでに動き出した。
ぬいぐるみは他のものたちと同じように行動し、会場を出て行く。
こうして、葬儀は終わりを迎えた。
一人残っているジェムは、会場を見渡し、口を開く。
「これで、馬鹿にされることはなくなりましたね」
火のついたロウソクを倒し、会場を出て行くジェム。
炎は一気に会場を包み込むが、なぜか外に出ることはなく、すべてを灰にした。
葬儀屋と出会った少年は、願いました。
一日だけでも、人眼だけでもいい、あの子に合わせて欲しいと。
しかし、その願いを叶えた少年は、願いを受け取ることはなく、願いをもとあった場所に返そうとしました。
こうして、学校でいじめられていた少年は、一日だけの夢を見て、死んでしまいました。
ですが、葬儀屋さんのおかげで、もう馬鹿にされることはありませんでした。
めでたし、めでたし。
店に戻ってきたジェムは、カウンターに置いていた本を取り、何かを書き始めた。
「…………これでいいでしょう」
そこには、あの魔法少年のことが少しだけ書かれていた。
「まるで、何かの兆しのようですね」
前のページをめくり、そこに書かれている日付を比べる。
数か月間の空白を経て、一体、何があったと言うのだろう。
「……いい予感では、ありませんよね」
ジェムは本を置き、奥へ歩いて行く。ジェムが作業部屋として使っている部屋だ。
絵を描く道具、服を作る道具、文を書く道具など、捜索をするためのものが数多く置かれている。
ジェムはその中の本棚から一番古そうな分厚い本を取り出し、ページをめくる。
「……ここか」
カウンターに戻り、椅子に腰かけるとそのページに目を通す。
「この中の誰かがきっと、流れを変えてきてるんでしょうね」
このページは、葬儀屋の幹部、という感じの人物が乗っている。もちろん、ジェムも昔はこれの部下だった。
しかし、ある事件をきっかけに、この幹部たちから逃げて来た。今ではもうどうでもいいことだが。
「まさか、頭が狂い始めているのでしょうか……あんなに未成年を殺しておいて」
ここ最近の未成年大量自殺。
ジェムの独自の調査によれば、この幹部たち、特に上の存在が何らかのために殺したと考えている。
理由として、この大量自殺した遺書のいくつかに、葬儀屋と思わしき観点がいくつも発見されていた。
「きっと、これと関係があるんでしょうね」
ジェムが取り出したのはその事件の採択された遺書の一つ。
ここには、こんな感じの文章があった。
――このご時世を捨て、楽園へ向かいます。
この時代を「ご時世」と言うのは葬儀屋の業界用語のようなもの。それを知っていると言うことは、おそらくこの遺書の筆者に葬儀屋が関わったか、はたまた、葬儀屋本人が自殺と見せかけて殺したか、の二通りが王道。
そしてこの文の「楽園」という文字はが一体何を指しているのか分からない。おそらくは葬儀屋の計画を示したものか、はたまた天国のことを指しているのか。
「きっと、あなたの無念も晴らして見せますよ」
この遺書を託されたのは、もう、何十年も前の話だ。
ジェムはそっと目を閉じ、過去を思い出し始める。
それは、ジェムが幹部から逃げ始めた時の頃。
「……あれは」
たまたま通りかかったビルの屋上に、小さな人影が見えた。
三十階以上のこのビルから落ちれば、肉片が飛び散るのは予測できた。
しかし、ジェムが動き出す前にその人影が飛び降りた。
「きゃぁああああっ!!」
「人が、人が落ちて来るぞ!!」
周囲の人たちが慌てて救助しようとするが、それも間に合わず人影は地面に叩きつけられる。
「あ……あ……」
その人は、最後の力を振り絞って何かを渡そうとしていた。
ジェムは人込みを掻き分け、悲鳴の中、その人影の最後の言葉を聞いた。
「こ……この、じけん……は……ぜんぶ……そう、ぎ、や……の……」
託された遺書を手渡し、力なく腕が落ちる。
ジェムは周りの人に指示を出し、とりあえずことは収まったが、これも未成年大量自殺の一つとして処理された。
託された遺書は複製し、原文の方を警察に手渡した。実際、警察は自殺で片を付けてしまったが。
「今頃はあなたも天国で暇を持て余しているのでしょう」
もはやジェムは顔も覚えていないが、その言葉だけは覚えている。
静寂の中、ふと、何かを思い立ったように席を立つジェム。
作業部屋にやって来ると、布の散らかった机の前に腰かける。
「あの子の生きた証を、作るとしましょうか」
ジェムが指揮者のように指を振ると、裁縫の道具たちが勝手に動き始め、何かを作り始める。
赤い布にサイズを書き込み、裁断し、縫い合わせる。
他の色の布も同じように裁断し、これも縫い合わせる。
徐々に形が見え始め、マネキンに一着が完成し始める。
鼻歌も添えながら、待つこと三十分。
マネキンにはあの魔法少年が着ていた赤いワンピースが飾られていた。
「いい出来です。それでは、他の商品も作りましょうか」
今度は絵を描く道具が散らかった机の前に腰かけ、同じように指を振った。
筆や絵の具がジェムの想像を描き始める。
赤い絵の具が水滴のように飛び散り、花弁を散らすように筆が踊る。
他の色の絵の具が種植えのように落とされ、花を開くように咲く。
薄める用の水が魚のように動き、徐々にその形が見えて来る。
数枚の紙に描かれているのは、ガラスの容器に様々な赤で統一された香水瓶。
赤い液体に赤い装飾が施された香水瓶がたった十分で描かれた。
「ここには香水と言う種類がなかったので、これもいいものでしょう」
今度はキッチンの前に立ち、楽し気に指を振った。
「カップケーキ、ロリポップチョコ、あ、トリュフもいいですよね」
赤色の食紅、生クリーム、ホットケーキミックスにクッキー生地。
飾りつけのさまざまな色の砂糖菓子、アラザン、チョコスプレー。
それらすべてが一から作り出され、まるで一種のアートのように出来上がって行く。
出来上がったお菓子に一から作った飾りをつけ、宝石のような輝きを持たせる。
「ふふっ、可愛らしいですよ」
ジェムはさぞかし楽しそうに料理を続けていた。
こうして、数時間が経過した後、店頭には赤色が追加されていた。
カウンターに座るジェムの前には、先ほど作っていたお菓子があった。
「んー、なかなかの味です」
自画自賛しながらも、あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした。では、また観察を続けましょうか」
背もたれに体重をかけ、ジェムはベールを被る。こうすれば、突然の来店に顔を見られることはない。
葬儀屋の掟として、契約を交わしていないものに顔を見られてはいけない。そんなのもあったが、単純にジェムが見られたくないだけである。
「あなたたちの未練、私が晴らしますから」
目を閉じ、黒い本を握った。
「だから、少しの間だけ……夢を、見せてくださいね……」
眠りに落ちるように、ジェムが小さな呼吸をし始めた。
そして、黒い本が淡く光り、ひとりでにページがめくれて行くのだった。