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短編置き場  作者: かつてメガネザルと呼ばれた中の一人の知り合い
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もう寒くない夏の夕方頃のプロローグ

ノリと勢いで書きました。



 生まれつき、みんなと違いすぎて。

 だから、ずっと一人で。

 暗くて、寒くて――



 ◇



 軽く殴れば岩が砕ける。

 少し踏みしめれば床が壊れる。

 私は確かに人間でありながら、生まれついてそういうものだった。


 力を隠そうとするようになったのが先だったか。

 それとも、恐怖され、忌諱されたのが先だったか。

 ただ、いずれにせよ私はこの馬鹿げた怪力を隠しきれず、街の誰もから畏怖され避けられるようになったのが現実だ。


 ふらふらと、貧民街(スラム)を歩く。

 他のよくいる孤児たちと同じく、私にも親はいなかった。

 薄っすらとだけ……記憶がある。面影を、微かに覚えている。


 ――実の娘を見るものとは思えない、恐怖に歪みきった表情も。


「……っ」


 ……ああ、寒い。

 別段冷える季節ではないし、年中寒い地域でもない。

 けど、寒かった。何故だろう。


 角を曲がる。


 前方に、少女を脅している二人組の不良が見えた。

 軽く拳を振るう。――ブオン。


「――っ、やばい!! おいバカ、逃げるぞ、奴が来た!!」

「――ちょっ、マジかよ!? くそっ、お楽しみはまだまだ先だったってのに!」

「ひっ……」


 叫んでいる。逃げ去っている。怯えている。――どうでもいい。


「ちっ、これでも喰らいやがれ!!」

「バカ、刺激するな……!?」


 ナイフが一本飛んできた。首筋に直撃。痛み、傷、共になし。カラン、と軽く転がり落ちる。

 当たり前だ。この無駄に強い体に傷をつけられた物なんて、私の人生には存在しない。


「なっ――」

「き、傷一つねぇ……!? 噂は完全に本当だったってことかよ!?」


 ……ああ、でも。少し、耳障りかもしれない。

 軽く視線を向ける。


「ひっ――、に、逃げるぞ!!」

「あ、当たり前だバカ!!」


 恐怖に一瞬硬直した男たちは、一目散に逃げ出していった。

 ……残念だ。偶には人間相手に憂さ晴らししてみるのも悪くないかも、と思っていたのに。


 すると、男たちに詰め寄られていた少女がすぐそばに来た。

 妙な動き方だ。軽く記憶を掘り返せば、似たように動いていた人は何人かいた気がする。このくらいの距離感なら効率はそれなりに良さそうだ、何かの技なのだろうか。


 耳元で、無力なふりを止めたらしい少女が囁く。


「凄い力ね、あなた。噂以上よ。……ねぇ、どう? 私たちの仲間になる気は――」

「……はぁ」


 ……うるさい。


 一度、こういう奴らについて行ったことはある。ただ、そいつらは私を売り飛ばそうとして、何やら制服を着た男たちに捕まっていた。あれは恐らく警備兵というやつなのだろう。

 はっきり言って、あれはただの無駄骨だった。しばらくは警備兵の監視まで付いて、散々だった。


 だから私は、こういう奴らにはついていかないと決めているのだが……どうにも、しつこい。


「ねぇあなた、聞いて――」

「うるさい」


 少女の腹を、軽く殴る。近くの壁を突き抜けて吹っ飛んでいった。

 殴ったとき固い感触があったから、多分死んではいないだろう。高価な魔道具を入手できる程裕福には見えなかったから、おそらく魔法使いか。


 誰もいない路地で、片足で地面を軽く蹴った。

 ふわり、と僅かに浮くような感覚と共に、滑るように体が動く。少しだけバランスを崩しかけたが、少しだけ力を込めれば凹む地面を代償にして問題なく踏みとどまれる。ただ、毎度これでは駄目だろう。


 先程の少女の動きを思い出しながら、何度か同じことを繰り返す。

 最も重要なのは足で間違いないが、必要なのは全身の姿勢も含まれるようだ。まぁ、そう難しい調整でもない。


 最適な姿勢で全力でやれば大通りまで一直線に滑れるだろう、というくらいの完成度を得た辺りで、私は暇つぶしの練習を止めてまた適当に歩き始めた。



 ◇



 何もかも、未開に見えた。未熟に見えた。

 それが、この異世界に転生して幾ばくかの時間を経た俺の感想であり結論だ。

 そしてそれは、いまも変わっていない。


「……はぁ」


 窓から街を見下ろす。

 そこには、ゼロも四則演算も知らない無知で貧しい多くの人々と、多少の知識とずる賢さで上にのさばる僅かな者たち。

 上下の水道はない。電気なんてもちろんない。魔法なんていう便利なものがあるというのに、その恩恵は一部の人間に留まり、社会全体にはまるで浸透していない。

 酷く、そして不便な世界だ。


「……」


 窓から部屋の中へ視線を移す。

 それなりの広さの部屋だった。机とベッドの他に、作りかけで放り出されたガラクタの山が一つ、二つ、三つ、四つ。

 いるのは俺一人だ。


 俺は一応、街を治める貴族の次男として生まれた。

 ただ、お家争いとかそういうものとは無縁だ。

 庶子だったとか、そういうまともな理由じゃない。俺の通り名は『忌み子』。転生者という不気味な幼児を見て、一家の長が聖典片手に滅茶苦茶な理屈と共に叫んだ言葉だった。

 最低限の衣食住こそ保証されているが、それ以来家の人々とは没交渉だ。父親も、兄も、姉たちも、使用人たちも、祖父母も、母親も。


 ……。

 ふと、前世を思い出す。いまなんかよりずっと暖かかった、家族の思い出を――


「……寒い」


 ……遠い。

 たった数年だというのに、もう遥か彼方のように記憶は朧げだ。

 少しだけ、身を震わせた。


 久々に窓の外なんて見たせいだろうか。

 何となく、外に出たい気分だ。


「……『装備群二番、起きろ』。『初期設定一番の通り配置しろ』」


 命令(コマンド)を呟く。

 その音列を、魔道具化されたこの部屋自体が――正確には天井に付けたその集音機構が――聞き取り、ガラクタの山々から数少ない完成品の幾つかが浮遊する。


 例えばそれは、思考を補助し精神を調律する戦闘用のバンダナ。

 例えばそれは、他人に気づかれにくくする闇魔法を刻んだフード付きローブ。

 例えばそれは、物理的・魔力的衝撃を拡散し無害化する防護結界を全身に展開するベルト。

 例えばそれは、魔法を属性ごとにそれなりに増幅する六色の短杖。

 例えばそれは、ただやたら頑丈なだけの小さなナイフ。

 他にも様々選り取りみどり、携帯性を重視した品々。

 それら全て、俺の自作の品だ。……それ以外に入手しようが無かったとも言う。


 装備群二番――つまり、非戦場用の護身セット。

 自動的に装着されたそれらを身に纏い、ローブ裏の《ダーク・ブラインド》の術式に軽く魔力を流して、俺は部屋を後にした。


「……全く、反則(チート)臭い」


 一連の同じことを地球でやろうと思ったら、どれだけの技術とコストが要るだろうか。

 これ程の優遇を受けながら腐らせているこの世界に不満を覚えながら、俺は屋敷の廊下を歩く。


 途中、幾人かの使用人たちとすれ違う。魔法の効果で、彼ら彼女らに気づかれることはないが……妙に慌ただしいな、と思った。


「……魔法《ワインド・エクスプローラー》」


 風の探索魔法を軽く唱える。このくらいなら、魔道具に頼るまでもない。

 駆け回る使用人たちの声を拾っていく。


 ――『今度のお子様は普通のようですね……一安心です』――

 ――『……いやはや、こう言ってはなんですが、前のお子様が『忌み子』だったので少し身構えておったのですよ』――

 ――『先輩、そういえば例のお子さんって、男の子なんですか? 女の子なんですか?』――

 ――『……あのねぇ。貴女が鈍いのはいつものことだけど、そのくらいはちゃんと把握しておきなさいよ……。……女の子よ、三女様』――

 ――『三女様のお名前はどうなされるので?』――

 ――『当主様が首都の神官様をお連れになって名付けて頂くそうだ。『忌み子』のことがあったから大層不安でいらしたとか……』――

 ――『……ちなみに、予算の方は大丈夫なのですか?』――

 ――『ああ、問題ない。こんなこともあろうかと、十分な余剰は準備してある』――


 ……この辺りでいいだろう。魔法を解除する。

 どうやら、知らない内に俺には妹ができていたらしかった。……本当に、何一つ知らない内に。

 知らされなかったし、知ろうとしなかった。

 ああ、もう、本当に――


「……くそっ」


 小さく呟いた悪態に、勘のいい使用人の少女が気づいて振り向き、それが俺であると見ると慌てて目を逸らした。

 そんな久々の光景を放置して、俺は足早に玄関へと歩いて行く。

 見えない何かから、逃げるように。



 ◇



 ゆらゆらと。

 特にあてもなく、ぼんやりと街中を歩いていた。



 ◇



 程近くから聞こえてくる、爆発音、閃光、悲鳴。

 だが、そのどれもがどうでもよかった。


「「……ぁ」」


 ――一瞬だけ目が合った、少年/少女を前にしては。



 ◇



 立ち尽くしていた。

 呆然と、その初対面の少年を見つめていた。見つめられていた。見つめ合っていた。


 偶にいる黒髪黒眼、一見粗雑に見えて質のよさが窺える衣服――いや、そんなことはどうでもいい。

 どうでもいい。核心は別にある筈だ。

 なのに、かき乱された心は答えを出せない。あるいは、出したくないのか。


 視線が彷徨う。少年の全身を眺め回すように滑っていく。数秒が経過する。

 ようやく、また一瞬だけ目が合って。

 口を開いたのは、少年が先だった。


「……寒いか?」

「……うん」

「……俺もだ」


 ――ああ、やっぱり。

 確認を経て、期待が確信に変わる音がする。それはもしかしたら、生まれて初めてのことだったかもしれない。


 知らず、互いの距離は少しずつ縮まっていっていた。


 似ていると、思ったのだったか。

 もちろん、容姿ではない。私と同じような力を感じたという訳でもなかった。

 目が――心が似ている気がして、それは確かに正解だったのだ。

 私も、少年も、きっと同じように寒がっていた。


 だから、暖を取る為に寄り添い合うのも、全くおかしなことじゃない。

 いつの間にかすぐ傍にいた少年に、今度は私から声をかける。


「ねぇ、あなたの名前は?」

「名前か……。……実は二通りあるんだが、どっちがいい?」

「特別な方」

「わかった。――俺は、トオダ・ショウタ。トオダが名字で、ショウタが名前だ」

「ショウタ、うん、ショウタ……」


 噛みしめるように口に出して、心の中でも幾度も幾度も繰り返す。

 ショウタ。ショウタ、ショウタ……トオダ・ショウタ、ショウタ……。

 初めて誰かに訊ねた名前を、決して忘れることがないように。



 ◇



 ――何故だろうか。その少女のことだけは、他の異世界人たちのように一蹴する気が起きなかったのだ。


 名前を名乗って、今度は俺が問い返す番。

 俺は、ありがちな茶髪茶眼、ボロボロの服を纏った女の子に話しかける。


「おまえの名前は?」

「名前……。……実は覚えてないんだけど、どうすればいい?」

「うーん……なら、いまここで自分に名前を付けてみろ。直感で」

「わかった。――私は、サティー。『歩く災害(ディザスティンガー)』なんて呼ばれてたりもする」

「サティー、か。……うん、サティー。いい名前だと思う」


 その称号は何となく聞き覚えがある気もするが。

 大事なのは、彼女が自ら選択し、名乗った四文字の名前。

 サティー。サティー。サティー。

 人の顔と名前を覚えるのが苦手で、転生後の自分の名前すら覚えるのに幾らか時間がかかった俺だからこそ。決して忘れないように、大切ないまここで覚えきれるように、心の中で繰り返し刻む。


 ――こうして、俺たち二人は同類同士、人生で初めて他人をまともに認識し合った。

 それは暗い夜に見つけた星のような、寒い夜に見つけた温もりだった。

 見つけ合って、寄り添い合って、名乗り合って……。似た者同士、互いに互いを刻みつけて。心の傷を埋め合って。


 そして互いの存在を十分に確かめ合って、始まりの余熱が少し冷えてきたところで、俺たちは忘れていた音と光を知覚する。


 通りを一つ挟んだ向こう側辺りだろうか。

 炎が見える。悲鳴が聞こえる。

 次いで、目の前の少女に夢中になる余り意識から外れていた情報が記憶から蘇る。……確か、しばらく前に爆発音と閃光があった筈だ。


「「……」」


 ……なんというか、少しバツが悪かった。あと、恥ずかしさもあった。そして同時に、なんとなく格好つけたい気分でもあった。

 だから俺たちはどちらからともなく、互いに手札の相互確認も兼ねて意見を出し合っていく。


「……どうする?」

「私が行って殴ってくる……?」

「いや待て落ち着け、先に俺が探知をかけて状況を把握するから――」



 ◇



 生まれつき、みんなと違いすぎて。

 だから、ずっと一人で。

 暗くて、寒くて――でも、同じ場所にいたもう一人を見つけて。


 だからもう、暗くも寒くもなくて。

 ……やっと、自分自身にそう言えて。



 ◇



 後はもう、語る必要もないだろう。

 以降の頁は、二人の反則によって無双と蹂躙で埋め尽くされるに決まっている。


 この時点で、『運命』は約束されたハッピーエンドに確定した。この先に現れうる全ての障害は、圧倒的な力の相乗に押し潰される程度のものでしかなかったからだ。

 ……過程で支払われる代償も、経由される道程の悲劇も喜劇も、ハッピーエンドの具体的な形も、その一切を無視したままに。



こ、こいつら、ぼっち拗らせすぎたせいでツッコミ役がいない……

正直二人とも性格が色々アレな上に無駄に力が大きいので、どこかしらで鼻っ柱折りついでに成長イベント無いといつか何か盛大にやらかしそう……




【おまけ・登場人物戦闘能力ランキング】

 一位:サティー

 二位:ショウタ(自作魔道具全力運用)

 三位:予算を心配してた人

 四位:鈍いと言われる使用人の女性

 五位:不良に脅されて怯えるふりをしてた魔法使いの少女

 六位:少し身構えていたと語る使用人

 七位:勘のいい使用人の少女

 八位:予算担当の使用人

 九位:ナイフを投げた不良

 十位:鈍い後輩に頭を抱える使用人

 十一位:「バカ」が口癖の不良

 十二位:一安心していた使用人

 十三位:生まれたての妹ちゃん


 こういうのを妄想するのは楽しいですね。……ちょっと登場人物かどうか微妙な人たちも混ざってますが。

 一位、二位、十三位以外は状況次第で割と変動すると思います。二位も三位・四位辺りならジャイアントキリングありえるかな……。

 ただし、一位は不動。設定上、世界レベルで見ても勝てる人が殆どいません。

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