終章 これから
終章 これから
ラティは、四方八方から襲いくる爪を身を低くしてかわし、足を払った。
ヴァンパイアはもんどりうって倒れる。
「鎖よ!」
ラティはすかさずに、古代語で告げる。
と、地面が変化して、ヴァンパイアを地にぬいとめた。
これで全員だ。
ラティは、少し切れた息を整え、自嘲した。なまっている。こんなことでは、なにもできない。明日から、また鍛錬に身を入れたほうがよさそうだ。
「お前、なぜ俺たちを殺さない」
「ん? そんなに死にたいのか? なら止めないが、まあ、死んだらお前の秘密を公開するとしようかな。
たとえば、そこの女、彼氏に振られた腹いせに、その男の家にみみずをなげこみまくった、とか、そこの男は、血を吸おうとした人間に反撃されて、1か月寝込んだとか……もっと恥ずかしいこと知っているぞ」
ラティは邪悪な笑みを浮かべて、くっくっくっと笑った。
ヴァンパイア5人は青ざめた。
「す、すみませんでしたっ!」
「今日から悔い改めますっ」
秘密を少しバラされたふたりが、涙を滂沱と流しつつ懇願する。それを見て、他の3人もつばを飲み込み、追従した。
「ならば、今日から僕の僕だな。
役に立てよ、せいぜいね」
ラティは真黒な微笑みを浮かべて、ハンターとヴィーノを見やった。
どうやら終わったようだ。
ゆっくりと、そちらに向かって歩いて行く。
「殺せ」
「なぜ?」
ラティは絶望に沈むハンターを見て、訊ねた。
「なぜ、もう私はこれで南の森へは戻れない。生き恥をさらしすぎた。
しかし、死ねない。だが、お前ならできるだろう。だから、殺せ」
「嫌だね。
なんでわざわざこの綺麗な手を汚さなくちゃなんないのさ。それに、お前が欲しいものは、領地なんかじゃなくて、親に認められることだろう?
だったら、死ぬな。
というか、殺さない。しばらくは、妙な考えを起こさないように、僕の僕にしてやる」
「は」
ハンターが反論を叫ぶ間もなく、ラティはその額に、てのひらを当てて、肩の剣を引き抜くと、言う。
「汝は我の隷属なり」
ぱあっ、と光が漏れたあと、ハンターの頬には、植物の文様みたいなものが刻まれた。
「なっ、何をするんだ!」
「自殺防止の措置だよ。
僕には、あらゆる僕が必要なんだ。せっかく有用な命、散らしてはもったいない。僕には、夢があるんだ。このハルファリアを、魔物も人も暮らせる国に変えるという夢がね。
そのためには、君の協力もいる。
という訳で、君は僕のしもべだ。
それと、君に会いたいという人がいるから、会ってみるといい」
言って、ラティは手招きした。
暗がりからうっそりと現れたのは、長身ので痩せぎすの男性と、あのエミリーだった。ハンターは驚きに目を見開き、肩を押さえつつ起き上がった。
「全く、このバカ息子めが」
「父上」
ハンターは情けない顔をして、顔をうつむけた。
「今回のことで、お前はもう森の住民には戻れぬ。そこの愚か者どもも含めて。
が、わしは、お前の死は望まぬ。
王子のために働くとよいだろう」
「しかし、私など」
「わしが、本当にお前のことを認めていないと思っていたのか? 断じて違う。だが、お前は妙なプライドに固執していて、聞く耳を持たず、かたくなで、愚かだった。
わしは、変わるのを待っていたのだ。
が、今回のことで、それを後悔しておる。
もっと、話をするべきだったと、な」
ハンターは、驚きに顔を上げた。その頬を、光るものが伝った。
「本当に、馬鹿よね。でも、あたしはそんなあなたが嫌いじゃないわ」
エミリーは呆れたように笑うと、かがみこんでハンターを抱きしめた。
ラティは、ハンターの父、デュ・リュック卿と目があった。彼はかすかに会釈した。その老いた瞳に感謝の意が浮かぶのを見て、ラティはにやっとした。
「ヴィーノ、城に戻るぞ」
「いいんですか?」
「ああ。
まあ、めでたしめでたし、ってとこさ」
ラティはそう言って、ぶら下げたままだった剣を鞘に戻した。
*****
数日後。
街はすっかり落ち着きを取り戻し、ハンターと自分の意志で残ったエミリーと、ヴァンパイアA〜Eは、王都内に古ぼけた館を与えられて、平穏に過ごしていた。
ラティは、相も変わらず退屈そうに日々を過ごしていたが、少しずつ、計画を練ったりして楽しんでいた。
今日もまた、自室のテーブルに羊皮紙を何枚も広げて、なにやら書き綴ったり、図を描いたりしている。ルーヴィンには、なにが書かれているのかはさっぱりだ。
ラティはすさまじい癖字なのである。
「殿下、最近おとなしいですよね」
ふと、そんな感想を口にする。
「うん? ああ、そうだな、やることがあるからだろ」
そう言って、また何か書きつけると、部屋の中で護衛をしていたヴィーノが面白そうにラティを見た。
「そうだ、そのうちにお前も忙しくなるぞ、ルーヴィン。
なにせ、太陽の剣の封を解いてしまったからな……あれに反応した各国の反応が楽しみだよ」
「なんか、いやな予感がしますよ」
ルーヴィンはティーポットを持つ手をとめて、ラティをまじまじと見つめた。
なんとなく、最初の頃より、彼のことが分かってきたような気がする。
はっきりいって、この国の王子はむちゃくちゃだ。
けれど、それは本当の姿ではないのだ。………多分。
そう思って、ルーヴィンはカップに暖かなお茶を注いで、外を見た。
美しく晴れている。
きっと、明日も良い天気だろう。
Fin
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
このお話は、これで終わりとなります。よろしければ、感想などを頂けると嬉しいです。
完結いたしました。お付き合いくださった方、ありがとうございます。王子様とヴァンパイアの話が書きたくて始めたものなのですが、書いている時はとても楽しかったです。この話の外伝などもありますので、よろしかったらそちらもご覧ください。
最後に、評価をください。面倒だと思いますが、唯一の励みなのです。では、ありがとうございました〜。