第3章 エミリー
第3章 エミリー
ラティは、ハンターに教えられた家の前で、事が済むのを待っていた。
後ろでは、なにやら顔見知りだったらしいハンターとヴィーノがこそこそと話をしているのが聞こえる。
「なんでお前が殿下と一緒にいるんだよ」
「いや、私が困っていたら、お声をかけてくださってな、その……ちょっと後悔しているんだが」
「当たり前だろ! 馬鹿か、お前殿下がどれだけお強いか知ってるのか?」
「むろんだよ。
ハルファリアは聖ハルフィの子孫が治める国だ。殿下がどんな術のマスターかくらいは知ってるさ」
「だってのに、馬鹿だ」「そういうお前こそ、なぜここにいる?」
「弟に頼まれたんだ。
一度でいいから王都が見てみたいって言うから、そしたら路銀が尽きて、仕事してたら、いつのまにかここまで祭り上げられていたんだ」
「なにやっているんだか」
「………そういう話はもっとこっそり離れて小さい声でするものだと僕は思うんだが」
さすがのラティもうるさくなってきて告げる。
後ろから、やたらとおびえた気配がした。
「す、すみません、つい懐かしくて」
と、ハンター。
「ええまあ、ここでコイツと会うことになろうとは思っても見なくて」
と、ヴィーノ。
「ふぅん」
ラティはあからさまに怪しいふたりをじろじろと見つつ、とりあえずにやっと笑って見せた。
この僕に隠し事とはいい度胸だ。後で調べて、そんなことはできなくしてやる。
と、心の中で悪魔の笑い声を上げていたラティは、警備兵たちが、女を引き連れてやってくるのを見ると、少し驚いた。
女は実に美しかったからだ。
黒のカールした長髪に、灰色の瞳。体は女らしい曲線を優雅に描き、そこにまとっているのは、体の線がまんま出る、ぴったりした赤いドレスだった。
だが、特筆すべきはその赤い唇からこぼれでる牙だ。
「ヴァンパイアか?」
「ハンター! あんた、よくもこんな真似をっ!」
「エミリー、もう僕を付け回すのはやめてくれ! 何度も言うように、僕の気持はもう」
それを聞いて、ラティとヴィーノは一気に白けた。
「なんだ、ただの痴話喧嘩か、もっと面白そうな話かと思えば」
「あー、こいつほら、跡取り息子なんで、モテるんですよ。
財産と金の後光がさしているんでね」
「ああっ!
ヴィーノ、なんてことを言うんだ! 見てくれよこの伊達っぷりを、僕がどれだけ苦心惨憺しているか知らないくせに、ファッションを笑うなぁ」
「笑ってはいないぞ」
ヴィーノは大真面目な顔で言った。
「僕も笑ってはいないが、何かそこまで入れ込む理由でもあるのか?」
ラティは首をかしげた。
「だああっ!
あたしの方を見なさいよ!
このバカ、恩知らず。あたしがかくまってやってたんじゃないの!
少し自由をとりあげるために後ろつけただけでなによそれ!
もう知らないからっ!
勝手に不細工を押しつけられればいいわ!」
エミリーはまくしたてた。
彼女を捉えている警備兵ふたりの顔が、その剣幕にひきつる。確かに、その形相には恐ろしいものがある。
ラティは嘆息ぎみにいった。
「とりあえず、南へ送り返せ。檻に入れるのを忘れるなよ」
「あたしは猛獣じゃないわよっ!」
「というか、なんで魔物はご禁制の王都にいるんだか。そこのところもちゃんと聞いておけよ」
「「はっ」」
警備兵たちは怯えつつもそう返事した。
「さて、お前はさっさと城へ戻って叙勲を受けてこい。
お前を連れだしたとかで父上に怒られるのは嫌だからな」
「はい、ありがとうございます、殿下」
ハンターは優雅に笑みを見せた。
が、その顔には、どこか嘲るような笑みが浮かんでいた。