第2章 警備隊舎
まんまとルーヴィンをまいたラティは、いつものように見張りの少ない裏門から街へと繰り出した。
もちろん、服装の過度な飾りははぎとり、その辺にほうり捨てる。
門番はというと、昔とあるネタで脅してあるので、大丈夫だ。
「さて、と、まず名前だな。
一応、僕のことはしっているんだろう?」
「もちろんです殿下」
男は青ざめたまま答えた。
「なら、お前の名前とこの脅迫状についての心当たりを教えてもらおうか?」
「私はハンターです。ハンター・デュ・リュック……心当たりは、ありますね」
男、ハンターの言葉に、ラティは思わず笑みを浮かべた。
ハンターはいかにも女好きそうなにおいがする。また、女に好かれそうなにおいでもある。
昼日中の街にはあまりそぐわない、夜のにおいがする男だ。
何より、自分はモテると思い込んでいる。
ラティは楽しくなってきた。
コイツはたたけばいくらでもほこりが出そうだ。
外見は少々キザで、上の布に切れ目を入れて、下の布を出して膨らませるスラッシュというかざりがふんだんに使われ、派手な帽子をかぶっている。
顔のつくりは綺麗なほうで、品があり、体はとても大きい。
ただし、瞳はにごっていた。
「言ってみろ。
叙勲式を無事受けられるように手配してやってもいいぞ。
ただし、心当たりのヤツのことを教えるのが条件だ。
僕は日々退屈していてな、少々刺激がほしかったところなんだ。僕に犯人探しを任せてくれるなら、見返りに、お前に警備兵を十人くらいつけてやる。
どうする?」
ラティは笑みを浮かべたまま、試すような探るような視線でハンターを見た。
二人がいるのは通りの端で、近くでは行商人が大声で商品を売りさばいている。さらに、旅の大道芸人が、楽しげな音楽を奏でてもいた。
おそらく、彼は今夜城で催される宴に出るつもりなのだろう。
そんな賑わいにまぎれ、二人の姿が見とがめられることはなかった。
ハンターは、少し迷った挙句、重々しく口を開いた。
「お願いします」
「よし。
教えろ」
ハンターはラティにだけひっそりと耳打ちをした。
その内容を聞いて、ラティはニヤリと笑った。
予想したとおり、出てきたのは女の名前だったから。
その頃、ラティを探して城中を走り回っていたルーヴィンは、いやな予感がして立ち止まった。上がった息を必死で整え、つぶやく。
「まさか、もう、外へ出て行っちゃったんじゃ…」
なんだか、めちゃくちゃ的中している気がする。
ルーヴィンは青ざめて、はっ、として一人の人物を思い出した。
そうだ! 困った時はあのひとだ!
ルーヴィンは、大急ぎで、城の厨房から、近衛隊の隊舎に向かって走り出した。
人の多い中を走り抜けるのは容易ではなかったが、なんとか近衛隊の隊舎へたどりつくと、すさまじい勢いで隊長の執務室へと向かった。
とめる隊士はいない。
みな、また王子が何かやらかしたのだとわかっているからだ。
「アーノルド様!」
ルーヴィンは、重い扉をものともせずにあけると、しばし息を整え、身なりをざっとなおした。
「なんだ、また王子様がなにかやらかしたのか」
疲れたように言ったのは、まだ青年といえる年齢の、美男子だった。どことなくラティに似ているが、雰囲気はまったく逆で、ひどく大人びている。
「また出て行ってしまったようなんです! もう式が始まるというのに!」
隊長、アーノルドは地の底まで届きそうな、深いため息をついた。
彼は、ラティのいとこにあたる人物で、城に来てからというもの、ルーヴィンとともに、ラティの後始末係になってしまっていた。まあ、近衛隊の性質上仕方のないことではある。
「しかたあるまい。
また、お前の出番だ…影武者殿」
「えっ! そ、そんな…」
「つべこべ言うな! 時がないのだ!」
「いやですぅ〜! 王子に向けた攻撃がどれくらいすさまじいかしってるでしょう! あんな怒られ方するのもう嫌です!」
「黙れ! 私とて気持は同じだぞ!」
「顔が笑っていますよーっ!」
その時、叙勲式開幕の鐘が鳴り響いた。
ルーヴィンには、その音が、死刑執行の合図に聞こえた。