第1章 叙勲式
第一章 叙勲式
壮麗で、優美なつくりの城は、ひどくにぎわっていた。
かつらをかぶり、装飾品でかざりたて、布を無駄なくらいに使った衣装を着た貴族たちが、わんさと城内を行き来している。
笑いさざめきが時々起り、時々、楽しそうでひときわ高い笑い声がひびく。
今日は、場内の広間で、叙勲式が行われるのだ。
そんな人の波の中を、楽しそうに歩く少年が一人いた。
礼装は身につけているものの、比較的簡素で、動きやすい服装をしている。
すそのふくらんだ短いズボンなどをはいている人々を横目に、少年はくるぶしくらいまである長い貫頭衣をまとっていた。
が、それでもその少年はよく目立った。
夢見る乙女が望む姿そのものの白馬の王子さながらの容姿をしているせいだ。
金色の巻き毛に、大きな碧玉の瞳。
白い肌に、整った鼻筋。
その少年こそ、ハルファリア王国の第一王子そのひとだった。
名を、ラトゥルフェルク・ニリム・ハルファリアという。
本人は至って気楽に、ラティって呼んでよと言っているが、まわりは困り果てていた。
なかでも、一番の被害をこうむっているのが、付き人にさせられた貧乏貴族の次男坊、ルーヴィンだ。
彼は今日も必死だった。
「王子、お願いですからもっと身なりをきちんとなさってください」
「充分だろ。
たかが叙勲式じゃないか」
「たかがじゃありません! 王族の権威を示す大切な儀式なんですよぅ」
「どうでもいいよ」
王子はそう言い捨てて、すたすたと城内を散歩しつづけた。
やがて、一階部分を通り過ぎ、階段をのぼると、今日叙勲を受けるものたちが控えている控室にたどりつく。
ラティはためらいもなくその扉を開けて、中にいた者たちの視線を一気に浴びた。
「お、王子ぃ〜」
ルーヴィンの嘆きをよそに、ラティは緊張と突然の来訪者に驚く叙勲者たちに穴があくほど見られるのなどものともせずに、いった。
「やあ、今回はみなおめでとう。
僕からもお祝いをいわせてもらうよ」
が、誰もなにも言えない。
「王子、正式な挨拶は後です。もう、戻ってお着換えになってください!」
「えぇ〜、つまんねえ……お?」
ラティは、ふとひとりの青年に目をとめた。
ルーヴィンも、つられてそちらを見やる。すると、なにやら部屋の隅でガタガタと震えている青年がいるのを見つけた。
彼も叙勲者らしい。
ラティは、興味をひかれた様子で、いつものよくないことをたくらむ時の微笑みを浮かべて、青年に近づいて行った。
「あいつがくる。
あいつがくる。
あいつがくる〜ぅ」
頭を抱えて震えている青年に、ラティは声をかけた。
「なんでそんなにおびえているんだ? 今日は名誉の日だろう?」
青年は顔をあげて、ラティをみると、悲鳴を上げた。
「ひいい、ほうっておいてくれ」
「なんだよ」
「王子…そういうときは、もっと優しくですね」
ルーヴィンは、ラティをさがらせて、青年に語りかけた。
「どうかしたんですか? なにか心配事なら、事前に教えてください。
できる限りの対処はいたしますので」
「あ、あの、これが」
そう言って、青年が差し出したものは、赤い字で書かれた脅迫状だった。
「これは」
「またベタな脅迫状だなあ」
「王子…う〜ん、困りましたね。こういうものは、もっと早く教えていただきませんと、とにかく、護衛を手配いたしましょう。
こういうの、多いんですよ」
「ああ、まてまて。僕がやる」
「は? なに言ってるんですか。あなたには大切なお仕事が」
「その前に終わらせりゃいいんだろ。任せとけ。来い、この優男!」
ラティは、そう言い放つと、ルーヴィンが反応する間もなく、青年をひきずって、部屋を出て行ってしまった。
残されたルーヴィンは、急いで追いかけたが、どこにも見あたらない。
また、してやられた。
「あんのバカ王子〜っ!」
ルーヴィンはそう叫ぶと、ラティを探すために、しぶしぶ駆けだした。