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95 嵐の後で閃いて

 さて、それでは鷲を捕獲するための準備を始めよう! という時に限って邪魔が入ることが多い。

 外は大雨が降っていた。この地域は降雨量がそこそこ多いらしくこの程度の雨は珍しくない。そう思っていた時期がオレにもありました。

 雨は降り止むどころか益々強くなっている。あれ? これやばくね? そう思うと風が強くなってきた。これは普通の雨じゃない。

 日本の風物詩、台風だ。残念ながらここでも見ることができてしまった。


「温暖湿潤気候なんて嫌いだ――――!!!!」

 叫んでみてももう遅い。雨と風は強くなり続ける。日本にいたころは学校休みになるぜヤッホーとか台風の時ってテンション上がるとか思っててごめんなさい。地球の農家さんまじで大変だっただろうな。

 とにかくまずは渋リンの防御だ! 風を弱めるために<錬土>で防風壁を作ったり蜘蛛糸で支えたり、風で倒れたりしないように少しでも工夫する。

「小春、千尋! 疲労度の確認!」

「まだいけるよ!」

「こちらは限界が近いのう」

 二人とも懸命に働いてくれている。この雨の中、指揮を執るために一番目の巣にわざわざ戻ってくれた。

「蜘蛛はもう休め。蟻は後ちょっとだけ頑張れ」

 意外にも活躍しているのが蓑合羽だ。軽くて水を通さないけど通気性が悪くない蓑で作った服は非常に優秀な雨具として活躍している。

 これが無い奴とある奴では疲労度合いがまるで違う。くそ、もうちょっと量産しておけばよかった。


「最低限の備えはできた! 全員巣の中に避難しろ!」

 時間は有限で、体力にもまた限界がある。無理して倒れられたらそっちの方が危険だ。

 かまどに火を点けて体を乾かさせる。もう暖かいどころか暑いはいえこの大雨の中を動き回っていたのだから風邪をひかないように細心の注意を払う必要がある。

 しかし台風かよ。日本だと秋ごろがピークだけど……今六月か七月くらいだよな? もしかしたら八月ってことはあるかもしれないけど九月ってことはないはずだ。日本より早めに台風が来るのかたまたまなのか地球とは季節の移り方が違うのか……わかんねえ。

「千尋と小春も大丈夫か?」

「うん」

「支障なし」

 ふう。後はどうか被害がないことを祈るしかできない。

 渋リンはかなり厳しいだろう。まだ実をつけ始めたばかりだから樹本体が痛まなければ持ち直せる。

 こういう時は地下にあるジャガオがありがたい。少なくとも可食部は台風のダメージを逃れられる。やはり作物は数種類あると安定性が増す。単一の作物を栽培するのは効率が良くてもリスクが大きい。

 効率ばかりに気を取られるとリスク管理がおろそかになるか。ブラック企業が無くならない理由がちょっとわかった気がする。

 地下にさえ伝わるほどの大雨と暴風は半日ほど続いていたが、やがて晴れ間が差した。まさしく台風一過。気持ちの良い日差しが降り注いでいた。




「台風がきたことなんて嘘みたいに感じるよな」

 雲一つない天気を見るとどうしてもそう思ってしまう。しかし下を見れば台風の爪痕はそこかしこにある。

 被害のチェックと補修を並行して行う。幸いにも被害はそれほど大きくない。それほど大きな台風じゃなかったようだ。

 とはいえ作物の影響は大きいし炭用の窯とかはひびが入ってる。鷲の捕獲作戦は延期だな。

 逆にこの台風を利用する方法ってないかな? 台風の恩恵……水……川……ピコンッ!

 閃いたぞ! 水車だ! 水車を作ろう! 降水量が多いなら水車が役に立つはずだ!






 天災は誰にとっても平等である。それが人であれ蟻であれ、天にとっては些細な差でしかない。

 トゥーハ村も季節外れの台風によって被害が出ていた。未だ復興途上であるこの村には大きな痛手である。

 しかし時間は誰にとっても有限である。リブスティに参加するためには出発しなければならない時間が迫っていた。


「聖女様。我らに構わず旅立ってください」

 いつもファティと一緒に土をいじっているミーコが懇願していた。爪と手はボロボロになり、声もしわがれていた。

「でも……まだ畑も柵もこんなに荒れてるのに私だけどこかへ行くなんて……」

「何をおっしゃいますか。田畑を耕すことはワシらにもできます。しかしリブスティに参加するのは聖女様にしかできません」

 肉屋を営むセアもまた、ファティに祈りを捧げつつ出立を促していた。最近目が悪くなり、以前ほど仕事が満足にできていない。

 村人は皆ファティの献身と慈愛の心を知るからこそ、その旅立ちを願うのだ。例え自らの体が疲れ果て、傷ついていようとも。

 そこに一人の女性が息を切らせて走ってきた。

「ああ聖女様! 何とか間に合いましたか」

「えっと……テゴ村の……サージさんでしたか?」

「覚えて頂いたとは……光栄です!」

 そう言った彼女が差し出した布袋にサクランボが詰まっていた。

「私たちの村で採れたサクランボです。台風でも無事だった物があったので、聖女様に捧げに私が代表としてここに来ました」

 明らかに貴重そうな果物を贈られたことに戸惑っていたが無碍にするわけにもいかず、おずおずと受け取った。ちなみにこの果物は税として納める物であり、村人の口に入るのはごく少数だが……それを後で知った彼女はあっさり受け取ってしまったことを後悔したそうだ。


 さらにもう一人の客人がいることに気付いた。

「お久しぶりですね。聖女様。といってもあなたは覚えておられないでしょう。あなたが誕生されたときに神の御導きによってこの村に居合わせた巡察使タミルです」

「あなたが? 確か櫛をくださった人ですね」

「覚えて頂いたとは幸いです。諸事情によりテゴ村に滞在しておりますが、聖女様のご出立に立ち会えたこと、光栄に存じます」

 丁寧な物腰の中にもチクリと旅立ちを促すことを忘れない。

 もはや彼女の旅立ちを望んでいない人物はいなかったが、逆にそれが彼女を不安にさせた。自分がここにいなくてもいいような、孤独感とでもいうべきか。

 不安になった彼女はサリに視線を送るが、このところサリは必要がなければファティとは目を合わせようとしない。

「聖女様。御子様からの駕籠が既に到着しております。これ以上は御子様の迷惑になるかと」

 アグルの言葉に悪意はないが棘があった。しかしながら厳然たる事実でもある。

「……わかりました」


 彼女の見送りには忙しい中大勢の村人たちが集まった。皆口々に旅の無事とファティの健闘を祈っていた。

 ファティの付き添いとして同行するのはアグルとサリの二人だ。村の誰もが我こそを、と名乗りを挙げたが、この二人が同行者となることが決定しても異を唱える者はいなかった。

「みなさんありがとうございます! みんなも体に気を付けてください!」

 ファティとサリが同じ駕籠に乗り込むと村人が一斉に剣を天に向け、祈りを捧げた。感動的な光景かもしれないが……この時間を農作業や復旧に費やした方がよかったと忠告するのは無粋だろうか。


「ではこれからの道程を確認しましょう」

 サリが地図を取り出す。そこには地球人から見ればかなり大雑把な地図が描かれていた。

「我々は王都に向かうので西に向かいます。基本的に聖女様には駕籠に乗っていただきます。山道はできるだけ避けますが、途中に大河があるため駕籠は使えません。川の状態が良ければ船に乗り、そこから別の駕籠に乗り換えます」

 この世界の渡河は地球のそれと比べてはるかに危険だ。大きな川にはそれだけ巨大な魔物が生息している可能性が高く、それだけに運次第では数週間足止めをくらうこともありえ、そこまでの注意を払っても命を落とすことがある。

 渡河だけではなく、旅そのものが十分に危険ではあるが。

「そこからの道は比較的整備されているのですぐにリブスティが開催される王都につくはずです。」

「サリ……途中で魔物が出たりはするの?」

「もちろん可能性はありますが、我らが身命を賭してお守りいたします」

 言葉を区切ると気まずい沈黙が駕籠の中に満ちたが、ファティは沈黙を破り口を開いた。

「サリ……あの時はごめんなさい」

「……いつのことです?」

「トカゲが村を襲って……でも私が先走ってしまった時のこと。サリは何も悪くないのにアグルさんに怒られたから……」

「お気になさらずに。あれは当然のことです」

 明らかに硬い口調。この旅の間、二人はずっとこの調子だった。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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