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91 つぐの季節

 季節が春から夏へと変わるころ。オレも表向きは不慮の事故によって亡くなったやくざ蟻の巣に移り住んだ。念のためにオレ自身の巣の蟻以外はなるべく近づけさせないようにする。

 しかし予想に反してやくざ蟻たちは極めて従順だった。予め向こうの女王蟻に死亡した場合は命令権が移譲されると宣言させたのが良かったのか不満の声は聞こえない。怖いくらいだ。

 蟻は根本的に上からの命令に逆らったり、疑ったりする発想が存在しないようだ。

 新しい住居に引っ越したついでに蟻以外の魔物の住居も改良してみた。

 ドードーはまあ、ぶっちゃけ家畜小屋だ。よくある牛とか豚とかがいる家屋を想像してもらえればいい。もちろん大半が<錬土>によって作られた家屋なので材料費はゼロ。割合適当ではあるけど、雨露をしのげるだけでもずいぶんドードーは喜んでくれた。

 ちょっと薄暗いから光を取り入れるためにガラスでもあるといいかな。今現状でも作れなくはないけど、ちょっと材料費が高い。塩があれば大分節約できるけどなあ。

 青虫も似たようなもんだけどちょっと違うのは家の中に木を大量においていることか。なんでも青虫は大量の木に囲まれている方が落ち着くらしい。

 蜘蛛はちょっと特殊だ。こいつらは樹上生活を行う方がいいらしく、巣の中での生活は息苦しかったみたいだ。

 そこで電柱みたいな石の塔をいくつか建ててそこに蜘蛛の巣を作ってもらった。

 幾重にも重なったハンモックは高層ビルのように地上の生き物を見下ろしていた。思いのほか好評で、見張り台の意味も兼ねてもらっているのでこちらとしても都合がいい。


 そして色々と雑事をこなしているうちに例のあれの結果が出た!

「接ぎ木実験の結果発表!」

 誰も待ってないだろうから自分で自分に発表するぜ! 虚しくなんてない!

 まず台木をそこら辺の樹、穂木を渋リンにした切り接ぎ。

 驚いたことに八割くらいの樹がきちんと活着し、接ぎ木が成功した。さらにその中でも明らかに成長が早かった樹が7割ほど。

 半分以上の樹の成長が加速できた。

 高接ぎでは接ぎ木の成功率は同じだったけど、成長加速が確認された樹は少なく、劇的に変化した樹はない。もしかしたら成長したかな? と思う程度。


 次は台木を渋リンにして、穂木をそこら辺の樹にした場合。

 ほとんどの樹で活着そのものには成功したけど、台木である渋リンが成長しすぎる、台勝ちと呼ばれる現象が6割近い樹で起こった。接ぎ木としては失敗だろう。

 高接ぎでは活着そのものは成功したけど穂木の成長加速が確認できた樹はなかった。


 成功した樹や失敗した樹を調べると、魔物に存在する宝石を一定数含んだ枝や樹を使用した場合、成長を加速させた樹が多かった。

 渋リンの場合、幹に宝石が点在し、枝、特に枝同士が分かれ道になっている部分と枝の先端に宝石があることが多いようだ。植物各所に宝石が点在しているため、宝石そのものを完全に抜き取るのは難しい。


 そして高接ぎでは成長加速が確認できた樹は少なかった。

 一定以上成長した植物には成長加速効果が薄れるのかもしれない。確かに植物にせよ動物にせよ際限なく大きくなれば不都合が発生する。それらを防止する仕組みのようなものがあるのかな?


 思ったよりも接ぎ木が成功した理由は魔物の分化能が高いからかな。

 分化能とは細胞が別の細胞に変化する能力だ。IPS細胞やES細胞にST……おっとこれはやめておこう。なんにせよこれらの細胞はどんな細胞にもなる可能性があって、移植用の臓器を確保できる可能性などを秘めている。

 ちなみに地球の哺乳類はこの分化能が非常に低い。人間なら腕が千切れればまた生えるなんてことはないけど、甲殻類や両生類ならその程度の怪我なら再生できる可能性はある。

 以前蟻が腕を切り落とした後でまた生えてきたけど、これは細胞の分化能が高いことを意味しているのかもしれない。

 地球でさえ分化能が高い植物が魔物なら極めて高い分化多能性、つまりどんな細胞にもなれる能力を秘めていてもおかしくない。接ぎ木には細胞の分化能が重要な働きをする。

 つまり相手の植物と活着できるような細胞組織に変化する必要がある。

 魔物である渋リンなら接ぎ木の成功率が高いのはおかしくないはずだ。


 そして今回全く予想できなかった結果はこれから説明する。


 台木をそこら辺の樹にした場合の切り接ぎだけど、奇妙なことが起こった。

 渋リンの魔法でできた土棘が全く発生しなかった。

 反対に台木を渋リンにした場合魔法は発動していた。


 以前オレが魔法を使う場合、体の一部に負担がかかったり、そこを動かすような感覚で魔法を発動できるといったことを覚えているだろうか。

 渋リンの場合木の根が魔法を発動させる部分に当たるのかもしれない。これはメリットでもあるし、デメリットでもある。渋リンの魔法を防衛設備としても使っているけど、わざわざ歩道橋なんかを作らなければならないほど邪魔でもある。

 しかし上手くやれば魔法を意図的に使わせずに魔物植物を繁殖させることも可能だ。


 まとめるとこうなる。

 渋リン、恐らくは魔物植物はかなりの種類の樹に接ぎ木可能。

 成長を加速させたい場合宝石を含む部分を接ぎ木すればいい。

 魔法を使わせたくない部分をぶった切っちゃえば魔法は発動しないよ。

 凄い(語彙力消失)。


 ノーベル賞を出せ。いやむしろノーベル賞がこい。

 正直それくらいの結果だと思うけどなあ。




「というのが今回の実験結果だけどわかったか?」

「「「わかりません」」」

「わかった」

 小春だけは何とか実験結果とその重要性が理解出来たらしい。

「具体的にどういうところが大事なのかわかってるか?」

「成長の遅い樹を早くできる。もしも魔物じゃないけど優秀な作物を育てる場合有用。危険な魔法を発動させずに育てられた場合、対策に必要な労力が下がる」

「はいよくできました。後で干しリン食べていいぞ小春」

「わーい」

 ホントに優秀だな小春は。これも一種の親バカか? とはいえ反抗しない優秀な部下は何人いても困らない。

 あえてこいつらには言わないけど魔物と魔物ではない生物が生物学的に無関係でないことが少なくとも植物では証明された。宝石が体内に存在するかどうかが大きな分かれ目らしい。

 となるとやっぱり普通の生物が何らかの原因で魔物になった……宝石を体内で生産する能力を身に着けたのか? 地球の常識じゃまず考えられないけど……何かが起こったはずだ。

 ま、それは今考えてわかることじゃないか。


 ちなみに現在は学校で授業中。みんなちゃんとまじめに授業を受けてくれるなんて……先生嬉しいよ。この学校は座学よりも実技を重視してるからなあ。蟻達に初歩的な算数を教えるのは簡単だったのに、色々な魔物に対して勉強を教えるのは難易度がけた違いに上がる。

 それというのもなかなか集中してくれないんだよな。歌とか料理とか教えるようになって最近ようやく落ち着きが出てきたからがっつりとまじめな授業を開始した。今まではぽつぽつ文字なんかを教えるだけだったからな。

 ……完全に幼稚園だなこれ。


 生徒は千尋、小春、ドードー、青虫。……ふむ。

「よし。そろそろ青虫とドードーにも名前が必要かもな」

 そういうと二人ともちょっと嬉しそうな顔をした。

 ただし、千尋はジトっとした視線をこちらに向けている。察するに私の時は時間がかかったくせにこいつらは何ですぐ決めるんだよってか。

 ちゃうねん。お前の時は予想外だったから時間がかかっただけで一週間くらい前にちゃんと連絡くれればきちんと考えておけるんだよ。

 だからその感情の無い視線はやめてくれ。怖い。こいつ絶対ヤンデレの素質あるぞ。


「そうだな。まずは青虫の方だけど、誠也(せいや)ってのはどうだ」

「大変うれしく思いますww」

 ……wwがなければまじめに話してるように聞こえるけど、どうも青虫にとって草は大切な物らしくwwと語尾を締めるときは基本肯定の意味合いらしい。

 ちなみに青虫→青→せい→せいや、という順番で文字をいじっている。

「それからドードーは風太(ふうた)だ」

 鳥→風、という発想だけど多分気に入ってくれるだろう。

「我らはいかなる時にも揺らがない。しかし前に進めぬ時もある」

 なん……だと……。ドードー語でわかりにくいけどこれは間違いなく否定的な意味合いだ。今のところ名づけ高評価百パーセントのオレの前に立ちふさがったのは予想外の伏兵ドードー。やばいちょっとショックかも。

「何か気に入らなかったのか?」

「前に進めぬのは。草を雲と見間違えているからさ」

 ? わけわからないんですけど。何かを間違えてるのはわかるけど……草と雲? なんぞそれ?

「小春、千尋、誠也、どういう意味か分かるか?」

 こいつらも何言ってるのかわからないだろうと思ったらなぜか全員から冷たい視線が送られた。あれ? もしかして意味わかってないのオレだけ?

「紫水、それは失礼じゃない?」

「小春ちゃんの言う通りだよ~」

「ww生えない」

 まさかの全抗議!?

 え、何? 何かまじで重大な勘違いをしてるのか?

「悪い。わかんない。どんな意味?」

「この子は女の子だよ? 紫水、男の子だと思ってない?」

 …………ホワッツ? ウッソォ!? まじでえ!? いやいやまじまじにまじで!? 風太が男の子の名前ってのはテレパシーでわかったとして……え、ホントに!?

「その声で女の子なのぉ!?」

 ドードーはみんな渋おじ様ボイスだ。というか正直誰が誰か違いがわかんない!

「つーか蜘蛛とか青虫はドードーと会話できないだろ!? 何で性別がわかるんだ!?」

「匂いとか、しぐさとかでわかるよ~?」

 凄いな千尋!

「普通はわかるよ?」

 まじか小春!?

「ww」

 そのwwは肯定の意味なのか!?

 あ、ヤバイこれ。完全にアウェーの空気だ。具体的に言うと仲良し女子グループに空気読めない男子が話しかけてる的なシチュだ。確実に勝ち目なし。

 こういうときの処世術は単純明快。誰の立場が上なのか――――きっちりそれを教えてやればいい!

 思い知れ、ガキども!

「ごめんなさい」

 オレは謝った。多分転生後初の謝罪だった。イメージ的には土下座。

 人生何が起こるかわかんないもんだなあ(しみじみ)。


 数分間の思考タイムの末、ドードーの名前は風子(ふうこ)に変更しました。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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