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88 自我

「おーい。無事か? 千尋? 娘っ子?」

「当然だ。妾もこやつも傷一つついておらん」

「大丈夫だよ」

 テレパシーが復活したのですぐに連絡を取ってみた。二人とも無事だけどやはり結構被害が出たらしい。

 それにしても何だ? こいつら仲良くなってないか? あれか? 吊り橋効果って奴? 仲が悪いよりもいい方がいいに決まってるから問題ないな。はっ!?  まさかこれが百合って奴か!? 

 いやそもそも女王蟻が女性なのかは怪しいからカウントしていいもんかどうか。

 まあいいや。ヤシガニMPK作戦は上手くいったみたいだな。ヤシガニはさっきからかぷかぷアリジゴクを捕食している。あれ、全部あいつがやったアリジゴクか? ……よくおれヤシガニに勝てたな。素の殴り合いだとあんなに強いんだ。

「こっちも予定通り、いや予想以上だ。お前たちはヤシガニを刺激しないように戻ってこい」

 もうこっちの勝ちは確定した。後はできる限り殲滅するだけだ。


 アリジゴクはむやみやたらに逃げているわけではない。散り散りになりつつも再び集結し、反撃の足掛かりを探していた。

 そこに一匹のアリジゴクが一目散に駆けてくる。追われているのか? パニックになっているのか? 心配した仲間が駆け寄る。

 感動の再会だ。それでは――――


「思う存分殺し合え」


 凄惨な同士討ちが始まった。噛みつき、引き裂き、血しぶきが舞う。

 関ヶ原の例を見ればわかるように戦いで恐れるべきことは裏切りかもしれない。アリジゴクからしてみれば仲間から突然裏切られたように感じるだろうからその衝撃は推して知るべし。

 これはオレの類まれなるカリスマによってアリジゴクが恭順の意を示した……わけはない。もちろんジャガオの魔法だ。

 敵味方がわからなくなる魔法……という話だったけどそんな生易しい魔法じゃない。

 蜘蛛が捕らえたアリジゴクに無理矢理ジャガオを食べさせたけど、ジャガオを食べたアリジゴクや蟻とは決して戦わず、ジャガオを食べていないアリジゴクにだけ攻撃を始めた。

 つまりジャガオの魔法はジャガオを食べていない同族に無理矢理攻撃させる魔法だ。

 えげつねえ。ジャガオの毒によって死亡ないしは錯乱が確定した敵には決して攻撃させずにまだ安全な敵のみを攻撃させる。被害が直接捕食した魔物以外にも及ぶという一部の殺虫剤にも似た性質には悪意さえ感じられる。植物にそんなものはない……はずだよな?

 <識別幻覚>なんて名前よりも<心変わり>とかいう名前の方がいいかな?

 何にせよアリジゴクはこれで終わりだ。戦力的にも激減したし、裏切り者を出した以上、集団行動は難しいだろう。一匹やそこらなら弓矢があれば簡単に倒せる。

 もちろんこっちにも被害はかなり出ている。特にやくざ蟻の働き蟻は厳しい。せめて蜘蛛のトラップコンボを認めてくれたらだいぶ違ったのに。

「…………」

 むう。このままだともっと強い奴に出くわすとまずい。さてどうしたもんかな。

 ま、うだうだ悩むのは後にして、飯にするか。

「お前らも食うよな?」

「食べる―」

「無論だ」

「期待してええんじゃな?」

 欲求に正直な奴らだ。金銭欲だの物欲だのに目覚められるよりはやりやすいかな。




 アリジゴクを食べようかと思ったけどあいつら信じられないくらい不味いから食べられない。なのでジャガオを使った新料理を披露しよう。まずは懐からこの白い粉を取り出そうか。

 この白い粉はもちろん――――片栗粉だ!

 片栗粉とか異世界にあるわけねーとか思ったか!? ないのなら作ればいいだけだ!

 さてでは簡単クッキングゥ!

 まずジャガオをすりおろす。ちなみにジャガオにも宝石があるので注意しておく。種を取り除くようなもんなのでちょっと手間が増える感じだ。そして水に漬けつつ時折かき混ぜる。ホントはここで布などで漉すけどないので、替わりに目の細かい石網を作って漉す。しぼり汁はちゃんと取っておく。

 ここまでで濁った汁ができるはず。そして十五分ほど放置。その水を捨てるとあら不思議! 底に白い沈殿物が溜まっているではありませんか! 

 水を入れてかき混ぜて放置、水を捨ててからまた水を入れる。それを何度か繰り返してから、乾燥させる。

「そうすると白い粉の出来上がり! これが片栗粉だ!」

 ちなみにこの方法でジャガイモからデンプンを作る場合、メークインではできない。男爵ならできるのでそっちを使おう。ありがたいことにジャガオは男爵寄りの品種だったようだ。

 つーか懐かしいなこれ。小学校の理科の宿題だったか、自由研究だったかで作った記憶がある。では次の工程だ。


 鳥肉をミンチにして、ジャガオ、渋リンを角切りにする。

 でもってミンチ肉を炒めてきちんと火を通す。一度皿に取り出してからジャガオを炒めてミンチ肉を再投入。そこに渋リンを加えてからリンゴ酢を回しかける。

 全体になじんだら水溶き片栗粉をここで入れる! 

 やべ、ちょっと片栗粉多かった? あかん。団子みたいになってしまいおったがな。こう、トロっと麻婆豆腐みたいな感じが理想だったけど……まあいっか。

 鳥肉リンゴ酢あんかけ完成!

 限られた食材の中ではよくやった方かな。

 味は、うん悪くない。

 お酢の酸味とリンゴの甘みのバランスはとれてる。

  彩りが欲しいかな? 白と茶色だけだからどうにも地味だ。あとジャガオは割と崩れやすいようなので欠けたりして大きさが均一になってくれない。まあでも

「美味しいね~」

「そうだねー」

 美味いと言われて悪い気はしない。ちなみにやくざ蟻の巣とオレの巣でほぼ同じものを作って功を労っている。あの短時間で何があったんだ? 千尋と娘がやたら仲良くなってるな。異種族間での友情とやらはどうやら成立したようだ。

 こう、ビジュアル的にはアレなんだけどな。蟻と蜘蛛がわちゃついててもキマシとかいうやつはおらんだろうな……。




 腹も膨れたけど……うーん。食事中に思いついたこの話は気があまり進まない。正直必須ではないし、どちらかというと予防策というか万が一に備えてと言うか……どうしてもグダグダと心の中で言い訳をしてしまう。

 ちゃんと話し合わないとだめだな。

「おっす我が娘」

「どうかしたの、紫水」

「先に言っておくとだな。これは断っても構わないし、嫌なら嫌だと言って欲しい」

「うん」

 返事は明快。最初にこう言っておかないといけない。こいつらは基本的にオレの命令には絶対に背かない。だからこそちゃんと自由意思で選んだという確証が欲しい。……若干逃げ道が欲しいだけな気もするけど、オレは自分の子供を無理矢理操ったり、意思を押し付けたりしたくはない。


「お前、やくざ蟻と交尾していいと思うか?」


 さくっと質問。


「構わないよ」


 こちらもするっと返答。

「あのさ、ホントに嫌じゃないか? 要するにその、あいつの子供産めってことだけど……いいのか?」

「? どうして嫌だと思うの?」

 や、まあそりゃなあ? 普通出会って数日の男……でも女でもないけどとにかく他人とそういうことしたいと思えるもんなのか? しかも他人の命令で。やくざ蟻と娘に既成事実を作れと言ってるわけだぞ?

「いやさあ。そういうのって好きな相手としたいもんじゃない?」

 オレはあいにくと前世ではそういう相手に恵まれなかったし、恋愛というものに夢を抱いているつもりはない。結婚なんて契約の一種くらいにしか思っていないけどだからといって政略結婚もどきを自分の子供に押し付けるのは間違っている。そう思うんだけど……。


「ねえ、どうして好きな相手じゃないと交尾しちゃいけないの?」


 思わず言葉に詰まる。何故、と問われればどう答えていいかわからない。前世でも今世でもそれほどの人生経験は積んでいない。

 人間にとっては好意を持った相手と交わるのが普通だ。そうでない人は職業的な理由か、強制されて……つまり明確な犯罪行為だ。

 そもそも蟻は好意を持った相手と交尾するものなんだろうか。確かなのはオレが行為を行った時に快感を感じなかったという事実だけ。じゃあ感覚ではなく、論理で考えよう。

「論理的に考えるなら……好ましいと思う相手の遺伝子を取得することが生存に有利だから……だろうか」

「よくわからないけど好きな相手と交尾すると生き残れるってこと?」

「ん……まあそうなるな。理性があって文明があると話は別だけど」

 例えばお見合いや政略結婚がいい例だ。愛情が無い相手とも交尾しなくちゃならないわけで……ん? 待てよ? それじゃあ文明や知性があればあるほど愛情以外での要因による交尾が生まれるのか? いやそもそも愛とは一義的じゃない。知識を愛する人だっているし、同性愛とかはどう判定すれば……。


「ねーねー」

「お、んん、悪い無視してたな。何だ?」

「やくざありと交尾したら私に名前を付けてくれない?」

「へ?」

「私にも千尋みたいな名前ちょうだい」

「あ、ああ。そりゃ構わないけど……名前が欲しいのか?」

「うん」

 意外、予想外、思考の外。いくら女王蟻とは言え名前を欲しがるなんて――――あ。

 そうだ。今ようやく違和感に気付いた。


 こいつは一人称を使っている。


 今まで蟻は一人称を使っていない。やくざ蟻の女王でさえ。もしかしたら使ってたかもしれないけど記憶には残ってない。多分それは蟻にとって個という概念が薄いからだ。

 けど、こいつは違う。オレの教育の成果なのか、それとも全く別の要因なのかわからないけど、何かが違う。こいつは強い自我を持っているのか? 女王蟻だからなのかそれとも他に要因があるのか?

 もしそうなら……オレの支配を盤石にしたいならこいつはさっさと排除するべきだ。しかし……。

(もったいないよなあ)

 それは未来を摘み取る行為だし、何よりこいつは犯罪なんか何もしていない。罪のない人物を罰するのは害悪以外の何物でもない。

 結論。こいつはこのまま見守る。オレ自身こいつがどうなるのか気になる。

 万が一にもこいつが反旗を翻すというなら――――速やかに殺すまでだ。


「わかった。名前は考えておく」

「うん。じゃあ交尾してくるね」

 そう直球で言われるとな。どうにも悪いことをしている気になる。これからやろうとしているのはもっと悪いことだけど……。これは娘を嫁にやる父親の気分なのかな。親子の絆なんてものを、信じてはいないけど釈然としないのはそういうことだろう。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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