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87 キャッチミーイフユーキャン

「はあ!? お前らの巣にアリジゴクが向かってきてるう!?」

 アリジゴクを尾行しているやくざ蟻から連絡を聞いて驚愕した。

「おう。じゅんびしといてよかったな!」

 確かにそうだけど、なんでバレたんだ? トカゲといいアリジゴクといい毎回巣の位置を特定するの早すぎじゃね? 作物の臭いとかで追跡できるのか?

「千尋! 準備は終わったか?」

「うむ。もうすでに仕掛け終わったぞ」

 まだ一日経ってないけどきちんと仕事をこなす千尋は社ち……職人の鑑だ。

 できれば休憩させてやりたいけどそうも言ってられない。

「オッケー。まずはごく普通に防衛戦開始だ。防壁を作って弓で射るだけの簡単な作業です」

 主戦力はもちろん味方蟻の兵隊。だってあいつらの方が数が多いし。これは別にオレの巣の蟻を殺したくないわけではない。

 そいつらが壁を張ってアリジゴクを止めている間に側面からオレの巣の蟻が弓を射る。弓の性能はこっちの方が圧倒的に上なので攻撃の軸はこっちが担うことになる。もちろん蜘蛛もそのグループに加わっている。今のところ異種族混成部隊の運用はオレたちしかできない。

 いずれはここに白鹿とかも加えたいな。




「不味いな。もう始まってる」

 千尋たちが戦場に到着するころにはもう戦端が開かれていた。アリジゴクの進軍スピードがかなり速いせいだ。アリジゴクは後ろにしか進めない種類もいるはずだけど……こいつらはそうじゃないのかそれとも他の種類の生物と混じっているのか。どっちにしろ活発なアリジゴクなんてめんどくさすぎる

 弓はそれなりの効果を発揮しているようだけど<石喰い>に対して防壁が役に立っていない。一瞬で千年たったかのように壁がボロボロと崩れ落ち、侵入を許してしまう。蟻も<錬土>で防壁を硬化させているようだけど……役に立っているようには見えない。<石喰い>がいくら何でも強すぎないか? 流石に十数人の蟻の魔法をたった一匹で破れるとは思えないけど……。

 一部の部隊はすでに乱戦に突入しており、アリジゴクは蟻に対して噛みつき、毒を注入している。あまり知られていないかもしれないけどアリジゴクには毒がある。ただし昆虫に対して有効な毒であるはずなので魔物である蟻に有効かはわからなかったけど、無意味なことをするとも思えない。

 このままだとまじで全滅しかねないな。

「戦闘指揮頼むぞ、娘っ子!」

 オレはやくざ蟻の様子を見なくちゃいけないし、テレパシーが使えなくなる可能性もある。

「わかった。弓、射ろ」

 もはやおなじみとなった一斉射撃が始まる。ちなみに<石喰い>対策として鏃は木製に変えてある。威力は半減してしまうけど<石喰い>の効果を考えれば止むを得ない。

 複合弓から放たれた矢はそれでもアリジゴクを殺傷するに足りたが、削り切ることはできない。こちらに気付いたアリジゴクの半数が走り寄る。思ったより連携が取れているようだ。だからこそこっちの狙い通りではある。


「もう一回だけ、弓を撃ったら下がって」

 後退を始めた蟻を逃走だとみなしたのかアリジゴクはさらに激しく追撃を始めた。

 つまり何が言いたいかっていうと――頭上注意だぞ?

 釣り罠によって足が浮き上がったアリジゴクにボーラを投げつけその動きを封じた。

「アリジゴク一体、捕獲完了」

 キャー、蜘蛛さんステキー、と黄色い歓声が上がりそうなほど見事にアリジゴクを封殺した。いやホントに見事な手際だよ。この調子でどんどん捕獲しちゃおうねー。

 蜘蛛のトラップゾーンに侵入したアリジゴクは見る見るうちに数を減らしていく。ワンパターンだけど同時に黄金パターンでもある蜘蛛糸、射撃のコンボ。完璧に破れる奴はそうそういないはずだ。

「このまま川まで行け」

「わ……かっ……」

 蟻の群れは指示通りに動いているが、どうにもテレパシーの通りが悪い。

 <石喰い>を使われるだけで影響が出てしまうらしい。とはいえ寡兵で大部分のアリジゴクを引き付けたおかげで味方蟻の群れが押し返し始めた。

 後は蜘蛛と我が娘がきちんと逃げ切れば目標の大部分は達成される。あるいは、別に倒してしまってもかまわんのだぞ? まあひとまずは逃げるわけだけど。


 逃げる蟻と蜘蛛。追うアリジゴク。魔物は知能が高いくせに何故明らかに陽動や囮に引っかかりやすいのか? 本能的に逃げる敵を追いかけてみたくなるのかな? 頭の良さと騙されにくさは必ずしも一致しないという予想はやはり正しいか。

 よーし。そのまま逃げろ逃げろ。

 ? あれ? なんかアリジゴクが一か所に固まってる? 

 何か怪しい行動をしていると理解した瞬間に黄色い光が巨大な腕のように伸びると視界は黒く染まった。

「合体技だとう!? ありかよそんなもん! 何で無駄にヒーローっぽいことしてるんだよ!」

 多分あれはアリジゴク同士が協力して<石喰い>の射程を広げる大技だ。今のところの魔法の傾向として大技を使った後は隙ができるからそこを衝いて逃げてくれるとありがたい。

 オレはあいつらの力量を信じて今できる最善の行動をするだけだ。潜ませていた働き蟻に命令を下す。目標は身動きのできないアリジゴクだ。




 <石喰い>は単に土を分解するだけの魔法ではない。

 魔物の体内に存在する宝石にわずかながら干渉し、魔法の使用を困難にする。更に魔物の宝石には神経に近い働きを行うため肉体の一部を麻痺させる効果さえある。もちろん体内に含まれる宝石の種類にもよるが、残念なことに蟻のアメシストには極めて高い効果を発揮した。つまり彼の予想以上にアリジゴクは蟻の天敵だったのだ。

「…………う……」

 <石喰い>の直撃を受けた彼の娘はふらふらと歩くのが精一杯であり、目的地である川まではあと少しだがその少しが遠い。

 働き蟻は我が身を挺してアリジゴクを阻もうとするが、なぜか女王蟻を執拗につけ狙う。

 その執念が勝ったのか、一匹のアリジゴクが遂に彼女に迫る。

「――――あ」

 気の抜けた声が出る。目の前には猛毒を持つアリジゴク。捕まれば、命はない。しかし逃げるすべはない。

 死ぬことへの恐怖も、感じない。もとよりそういう生き物だからだ。

 しかし、彼女の脳裏に映ったのは――――

 ふわりと巨体が宙を舞う。間一髪のところで彼女は蜘蛛の糸に救われた。怒りの形相?で迫るアリジゴクも難なく糸で絡めとられた。一人ではなく、今いる蜘蛛の全てが彼女を助けるために行動していた。

 それはつまり蜘蛛全体が統一された意思のもとで動いていること、千尋がその指揮をしていることを意味する。

 まだぼんやりとする頭で彼女は考える。何故千尋がそうしているのかを。

 考えてもわからなかったので彼女は千尋に直接尋ねてみることにした。

「どうして助けるの? あなたは私のことを嫌っていたみたいだけど」

「否定はせんが、仲良くしろと言われたからな」

「こういう時はありがとう、って言えばいいの?」

「そうだのう。礼を言われぬより言われた方が気分はよい」

「うんわかった。ありがとう千尋」

「グズグズしてはおられん。アリジゴクはまだ追ってきておる妾の家族だけで抑えるのは無理があろう」

 千尋の言う通りまだ戦闘は終わっていない。<糸操作>で体を支えられながら彼女は川を目指す。彼女たちは川を目指して逃げていたがアリジゴクからは逃げ場のない川に追い込んでいるように感じただろう。すべてが意図して行われた作戦ではなかったが結果的に追い込んでいると勘違いしたアリジゴクはわずかながら追撃の手を緩めてしまった。


 こうして彼女たちは大きな被害をだすことなく川へと辿りついた。決して渡れない深さや速さの川ではないとはいえわずかでも逃げ遅れればアリジゴクに捕まる状況だ。アリジゴクたちは包囲を敷き今にも飛び掛からんとしている。

 背水の陣という言葉がある。逃げ場がない場所に追い込まれた状況だと勘違いしているかもしれないが、正確には川を背にすることによって兵士たちに逃げ場がなく、無理矢理戦わせるという極めて攻撃的な作戦だ。


 ただし、泳ぐことも、空を飛ぶこともできないただの人間であったならば。


 彼女たちは空を飛んだ。傍目からはそう見えただろう。川の向こう岸へと渡る糸の通路。

 蜘蛛の巣は多岐多彩な形態があることは以前解説したとおりだが、その大きさについても一律ではない。たった数cmの蜘蛛が川の向こう岸に届く橋のような二十m以上の巣を作ることもありえる。ましてやそれが巨体の魔物が複数で協力したならば透明な糸の橋を架けることなど容易い。

「これがわが逃走経路だー」

「何だそれは」

「紫水が言ってたー」

「奴はたまによくわからんことを言うのう」

 身軽な働き蟻は軽業師のように糸を伝って、女王蟻は蜘蛛たちに支えられて川を渡り始める。アリジゴクもただ手をこまねいているわけではない。糸に気付くとその糸を切るかあるいは糸が括りつけられている木を<石喰い>で地面から崩そうとした。

 理由は不明だが、何が何でも蟻を逃すつもりはない。何があろうと決して逃しはしな


 一瞬のうちに二匹のアリジゴクがぐしゃりと押しつぶされた。


「紫水が言うには私たちの魔法はジャンケンのグーなんだって」

「妾達と貴様らはパー。パーはグーには勝てるがチョキに負ける」

「でも私たちは予め使える魔法が決まってる」

「ならばチョキを出せる魔物を持ってきてやればよい」

「「紫水曰く、これがジャンケンの必勝法だ」」

 川沿いの木を見る。青白い甲殻がアリジゴクの死神だった。単純な殴り合いなら間違いなく今までで二番目に強い魔物ヤシガニ。<石喰い>では決してヤシガニは倒せない。石を砕くことはできてもヤシガニの甲殻には傷一つつけることができないのだから。


 破れかぶれに突撃したアリジゴクをためらうことなくそのハサミで押しつぶす。毒を注入しようにも硬い甲殻には文字通り歯が立たない。攻撃力、防御力の桁が違う。一説によると地上で大繁栄を遂げる昆虫が海中に進出できなかった理由は甲殻類に阻まれたためだという。その説を証明するかの如くヤシガニは大暴れしていた。

 たった一匹のヤシガニに蟻を散々苦しめたアリジゴクは手も足も牙も魔法も出なかった。

 実力差を理解したアリジゴクが四方へ敗走するまでそう時間はかからなかった。

 ヤシガニがここにいたのは偶然ではない。ヤシガニは陸生だが湿度が低い場所は好まないので近くにいるとにらんだ彼は捜索し、川の近くですぐに見つけた。

 後はエサになりそうなジャガオや渋リンでおびき出し、<糸操作>によって釣りの要領でこの場所まで誘導した。もしもヤシガニがこちらに襲いかかってきたらその時は辛生姜で対処するつもりだったが……十分な量の獲物を狩ったヤシガニは呑気に食事を始めた。絶対的な戦闘能力を持つがゆえにエサに執着せず、警戒も薄いらしい。


「ふむ。上手くいったか」

 千尋は川に架けられた糸の橋の上で安全を確認した。次の計画が上手くいけばもう彼女たちが襲われることはないだろう。

「ねーねー、千尋」

「何だ?」

「ジャンケンって何?」

「知らぬ。恐らくは戦い方の名前だろう」

「名前かあ」

「どうかしたのか?」

「私も名前が欲しいなあ」

「む、むう。それは、その、お前も特別でありたいということか?」

「そうなのかなー……うーん、そうかもねー」

 会話だけならガールズトークとも思える会話だったが、それを蟻と蜘蛛が行っているとはまっとうな人間なら思わないだろう。会話とは共通認識がなければ成り立たず、共通の話題があると盛り上がるものだ。そう。会話だけなら地球の人類とそう変わらないかもしれない。しかし、その感情も人類と同じかどうかは――――

「ならあやつに聞くがよい。幾分待たされるだろうがな」

「そうだねー。頼んでみるー」

 鉄火場が過ぎ去ったばかりではあるが、この程度なら彼女たちにとっては日常の範囲内。

 殺し合うことも、食らい合うことも、語り合うことも。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
― 新着の感想 ―
娘っ子と千尋の共闘アツかった。 元は捕食者と非捕食者の関係が共に手を取り合う光景のなんと素晴らしき哉……文化が違う魔物同士の共存にとてもワクワクする!
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