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86 坂の下の陽炎

 アリジゴク。ウスバカゲロウの幼虫の一種で蟻のみならず地上歩行性の小型昆虫などを主に捕食する昆虫だ。その特徴はやはりすり鉢状の巣だ。

 ぎりぎり崩れないように作られた巣でひたすら獲物がかかるまで待ち続け、罠にかかった獲物に砂をかけることもあるとか。実は罠に獲物がかかることはあまりなく、一か月以上飲まず食わずということもざらだ。しかしアリジゴクは数か月絶食に耐えうるという。むしろこの小食さこそが本種の最大の強みといえるかもしれない。

 確かなのはアリジゴクが動かないことによって極めて省エネの生活を送っていることである。蟻の天敵というイメージと違い、アリジゴクによる蟻の被害は極めて軽微であるはずだ。

 ただし、それはあくまでも地球での話。もしもアリジゴクが極めて活発に行動する魔物だったとしたら? 嵐のように蟻を食べ続けるかもしれない。




「おい! 返事しろ!」

 何度も呼びかけて見たけど反応はない。どうやらさっきの映像は最後の力を振り絞って送ったものらしい。アリジゴクは巨大でしかも一匹じゃなかった。ろくな武装もない偵察蟻では勝機はなかっただろう。そこは良い。まあしょうがない。

 けれど何故通信が途切れたのか。多分アリジゴクの魔法だと思うけど……ただテレパシーを妨害するだけの魔法で蟻を纏めて殺せるとも思えない。

 オレの生命線であるテレパシーを無効化できる特性は今までにない危機感を感じる。

 やくざ蟻なら何か知っているだろうか。

「今の敵に見覚えはあるか」

「ないのう」

 ……? なんだこいつ。妙に焦ってないというか、危機感がない?

「なあ、今何が起こったかちゃんと伝えたよな?」

「おう」

「なら何で……そんな落ち着いてるんだ? もしかしたら今すぐにでもアリジゴクがここに来るかもしれないんだぞ?」

 オレはその巣にいないからまだいいけど、こいつはもろに被害を受けるはずだ。

「そんなもん来た時に考えたらええじゃろうが」

 絶句してしまった。蟻は高度な知性を持っているし、敵対生物には容赦なく敵意を向ける。しかしこのお気楽さは一体なんだ? 敵が目の前にいない限りはどうでもいいと言わんばかりだ。それとも蟻は未来を予想する能力が著しく低いのか。

 はっきりわかることはこのまま放置しておけば被害が増すばかりだということ。散々渋るやくざ蟻をなだめたりすかしたりして何とか説得することに成功した。

 ひとまず偵察に出ていた蟻を一か所に集めて突撃させることにした。威力偵察だ。

 人材が多いので捨て駒にできる数はある。

 今度は何が起こるのかちゃんと見届けないと。


 結果は語るまでもなかった。アリジゴクから白っぽい黄色の光が飛び出すとテレパシーが突然乱れてしまい、ほとんど状況がわからなくなった。

 しかしオレだって馬鹿じゃない。いやまあ馬鹿ではあるけどそこまでひどくはない。

 あらかじめ離れた場所にカメラ役を配置させた。この辺りの指示は全部やくざ蟻の女王を経由している。めんどくさいけどこれはやむを得ない。

 そして見た。蟻の<錬土>によって生み出された鎧がボロボロと崩れ去るさまを。つまりアリジゴクの魔法は土の分子結合に影響を与える魔法のようだ。<石食い>とでも呼ぶべきか。

 ……ラーテルの魔法、<分解>と少し似ているな。あいつと違って遠距離でも効果がある分……恐らくは珪素の分子結合以外には干渉できないのかもしれない。そうじゃなきゃいくら何でも強すぎるな。

 女王蟻のテレパシーも体内の宝石に含まれる珪素が何らかの役割を果たしていると仮定が正しいなら、通信が途絶したことにも説明がつく。

 はっきり言えば今までで最も相性が悪い相手だ。こちらの防御を無効化し、通信を遮断することで連携を断つ。事実上魔法無しで戦わなければならない。しかもアリジゴクは<石喰い>で小さくした石を投げつけたり、足元の地面を分解して動きづらくできるようだ。

 多分一匹の強さはヤシガニの方がかなり強い。あのヤシガニはシンプルな殴り合いなら今まであった魔物の中で二番目に強い。アリジゴクが複数匹いるとしても単純な強さだけならヤシガニが三匹いるほうが強いに違いない。

 しかし、圧倒的なまでに相性が悪い。魔法は一つの魔物につき一種類である以上、相性の悪い相手と戦うのは得策じゃない。こっちがグーしか出せないのに向こうがパーを出せるようなもんだ。ならやくざ蟻の言う通り、相手が襲ってこない限り放置しておけばいいのかもしれない。

 しかし、<石喰い>は<分解>と似ている。あれと戦うことでラーテルとの戦いに向けた練習くらいにはなる。ましてやアリジゴクに勝てないようで、ラーテルに勝つなんか夢のまた夢だ。

「やるか」

 ぽつりと呟いた。

 勝算は十分にある。<錬土>とアリジゴクは途轍もなく相性が悪いけど、それなら他の魔物の魔法や石に頼らない武器を使えばいいだけ。去年ならそんなことはできなかったけど今ならそれは可能だ。ここ数か月の成果を発揮するいい機会だ。

 後は語り部……じゃなかった、千尋とやくざ蟻を会わせても大丈夫かどうかだけど……聞いてみるしかないか。


 まずはやくざ蟻を説得して戦闘準備を整えなくては。あいつの兵力無しでアリジゴクと戦うのは無謀だ。

「うーん。ほなアリジゴクと戦った方がいいんじゃな?」

 根気強く説明すると理解を得ることができた。やはり蟻という生き物は根が素直なんじゃないだろうか。しかし蜘蛛と協力することに関しては難色を示したままだった。

「あいつらがぶがぶ食いよるからな。そのうち向こうから攻撃してくんで」

「そこを何とか。千尋はちゃんとこっちのいうことを聞くぞ?」

 うーん。と色よい返事は返ってこない。結局協力はしないけど向こう側から攻撃は仕掛けないという不可侵条約を結ぶのが精一杯だった。やはり喰うか喰われるかの関係をすぐに改善することはできないらしい。

 ちっ、オレがトップならこんなところで詰まらせたりしないんだけどな。もしくはもっと口が上手ければテンポよく説得できたかもしれない。


「千尋。そういうわけで行ってくれるか?」

「よかろう。要するにアリジゴクを倒せばいいのであろう?」

 <糸操作>アリジゴクと相性は悪くない。あいこ程度だろう。ただしサイズがだいぶ違うので5対1くらいなら勝てるというところかな? どうも探知能力が効かないから正確な数はわからない。

 一匹ずつ戦ってくれればいいけどそんな虫のいい話があるはずもない。まあそんなわけで色々作戦を考えてるわけだ。

「その前にここの川に行ってくれるか? 後ネズミ肉と渋リン、ジャガオも忘れずにな。あとオレの娘も連れていけ。仲良くしろよ?」

「……了解した」

 うわあい。やっぱり不満そう。あの二人組ませるのはちょっと不安だけど……<石喰い>がテレパシーを阻害するからどうしても前線で指揮する奴が必要なんだよな。オレ自身が行くのは怖いし。

「作戦を伝えるぞ。具体的にはだな――――」

 テレパシーで直接脳内にイメージを伝える。これは人間じゃ真似できないな。

 千尋が言うには準備に半日以上かかるとのこと。余裕をもって一日時間を取った方がいい。決戦は準備が整ってから。今までの経験上準備なしでの戦いはいつも苦戦している。強いて言うなら白鹿だけどあれも罠で子鹿が傷ついていたからこその勝利だ。

 慎重かつ大胆に。でもそれが一番難しいんだよなあ。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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