81 泣いた赤鬼
外にいたトカゲは蟻ジャドラムを停止させると落ち着きを取り戻し、中に入ったトカゲの一団を気遣うように奇妙な鳴き声を発している。ただ返事がないせいか突入することをためらっているようだ。
一部を殲滅したとはいえまだ敵の方が数が多い。撤退してくれるとありがたいけど……
こちらも負傷者は多くないけど体力の消耗が激しい。特にドードーの体力と矢の数に不安が残る。
はっきり言って向こうが損害を気にせずに攻めてこられるとかなり不味い。まあ、何とかして態勢を整えるしかないわけだけど。
「紫水よ」
「何だ語り部?」
「これで名前を貰えるかのう?」
めっちゃワクワクしてるなこいつ。確かに今回のMVPは間違いなく蜘蛛だ。そう考えると何も褒賞なしというわけにはいかない。
「作戦が全部終わったらな」
「ふむ。ならしばし待とう」
未だにノープランとは言えねえ。
けどやっぱり蜘蛛は強い。それに蟻の弓も加われば恐らくかなり格上の敵ともやり合えるはずだ……ラーテルに勝てるかはわからないけど。
蟻ジャドラムのことも含めて魔物同士の魔法コンボはかなり強力だからこそできる限り魔物を配下に治めたいわけだけど、今のところの説得成功率は半分以下だな。
何とかして確実に成功させられないもんか。
蜘蛛の場合はどうやらオレのことを好きみたいだから上手くいっているようだけど……ん? あれ? そっか、なら
オレが他の魔物に好かれればいいんだ。
なんでこんな当たり前のことに気付かなかったんだオレは。現代人であるオレにとって、人は法律に従うことで社会を維持する認識が染みついている。が、魔物にはそんな認識があるはずはない。
例えばオレが法律を定めたとしてそれに従うかどうかは疑問だ。蟻は基本的に絶対服従だから問題ないだろうけど。
しかし、オレが好かれていればどうなるか。少なくとも嫌われている奴よりも好かれている奴のいうことを聞くだろう。理想的には好かれつつ、同時に畏敬される、くらいの関係だな。あまりにもなれなれしすぎればそのうち緩みそう。
法律やルールを定めるのはもう少し後でもいいのかもしれない。
しかし、だ。
他人に好かれるってどうすりゃいいんだ?
いや、ね? オレの前世は勉強かゲームが大半だったわけですよ。特に中学以降。大学ならそれなりに付き合いがあった人もいたけど深く長く付き合った人はいません。はい、ボッチです! 悪いかちくしょー!
前世で人気者な人ってやっぱり口が上手い人だったからなあ。そこまでの話術を習得しないといけないのか? しかも魔物はやっぱり人間とは違う価値観で生きている。十人十色なんてもんじゃない。百種族百色くらいだ。無理だろ。東大に合格する方がまだ簡単な気がする。
こういうのは帝王学とかいうのか? 授業で習ってねえよ!
誰にでも有効な攻略法があったら……いや、あるな。
蜘蛛に何故気に入られたか。それを一から思い出そう。
一つ、蜘蛛の神話をきちんと知っていたこと。
二つ、蜘蛛の群れ全員の命を救ったこと。
極論すれば大事な物を守ってやればいいわけだ。そして恩を売る。それも限界ぎりぎりまで追い詰められた状態の誰かを助ければ、その恩はそう簡単に忘れ去られることはない。
さらにそこでそいつにとって大事なものを自分にとってもさも大事なように振舞えばハートキャッチ間違いなし!
ちょっとできそうな気がしてきたぞ。
こうなると歌も悪くないな。歌を歌うのは連帯感を強めるにはもってこいだ。例えばお気に入りの歌手のライブにお金を払うように、歌というツールは誰かを虜にする力がある。
「紫水。トカゲが撤退していくよ」
おっと。いつの間にか時間が経っていたようだ。このまま逃がしてもいいけど……少しばかり布石を打っておこう。
トカゲにテレパシーを送る。その内容はやくざ蟻の巣の位置だ。多少会話はできるからちゃんと聞こえているだろう。
「よし。作戦継続だ。負傷していない奴は出陣の準備をしろ。出発はおよそ一日後。やくざ蟻に偵察を出しておけ」
指示を出し終えると蜘蛛から話しかけられた。
「……名前はまだか?」
「もうちょっと待て」
蜘蛛は思った以上にしつこい。だが一度言うと素直に指示に従った。従っているうちに次に進めよう。この作戦が上手くいけばかなり大量の労働力が手に入る。
もしこの作戦に名前を付けるなら、そうだな、
「泣いた赤鬼作戦ってとこか」
一日後。予想通り、やくざ蟻とトカゲは死闘を繰り広げていた。場所は当然ながらやくざ蟻の巣の付近。いやあどうして巣の位置がバレちゃったんだろうね! 不思議だね! オレのせいだけどね!
戦況はどちらかというとトカゲ有利に進んでいた。どうもオレの巣にある渋リンがないのでやくざ蟻の防御能力は低いらしい。その代わり<錬土>で作った壁があるけどそんなものはトカゲの地形走破能力の前には何の役にも立たない。
しかもオレの巣に来たトカゲよりも数が多い。どこかに本隊を隠していたのかもしれない。
「入り口閉ざしてるね」
我が娘の言う通り巣の入り口を閉ざすことで籠城戦をするつもりのようだ。このままなら外にいるやくざ蟻は大半が食いつくされるだろう。
このままならな。
そこに突如として現れる蟻や蜘蛛の一団! おおっとお!? 彼女らは何者だあ!?
「何じゃワレェ!」
「何かようかぁ!?」
やくざ蟻は喧嘩腰だあ!? やはり彼女たちは敵なのかぁ!?
しかぁし! 彼女たちはトカゲに対して攻撃をしかけたぞ!? どうなっている!? はい、セリフ。娘っ子。これ読んで。
「わたしたちはあなたがたにこうげきをしかけません。わたしたちはあなたたちをたすけにきました。くりかえします……」
いやー、よかったねえ。やくざ蟻君。味方がきたよ。こんな純粋無垢な子供から声をかけられたら信じるしかないよねえ? いやマジで信じてお願い。
「ほんまか!? 一緒にトカゲたおそか!」
「おう! よろしくな!」
フハハハハハ。蟻ちょろい! 超ちょろい!
もうわかったな? これはマッチポンプだ。日本語で言うと自作自演。わざとトカゲにやくざ蟻を襲わせて敵の巣を救うふりをする。もちろん作戦の詳細は誰にも明かさない。あくまでもオレたちは同胞を救うだけだ。魔物は嘘がド下手くそだけど、言い換えれば騙されやすく、正直でもある。
蟻の知能は高いから上手くいくかは確信できなかったけど、頭がいいのと嘘を見抜けるのかどうかはまた別なのかもしれないな。人間だって物凄く頭のいい人が詐欺に引っかかる話はよく聞くし。
あくまでもオレはテレパシーを使わずに娘にテレパシーを使わせればオレの思考が漏れることもない。いやいやオレって天才じゃないか? ……調子に乗ると後が怖いからこの辺にしておこう。
トカゲは奇襲を受けたことで動揺したのだろう。蜘蛛の子を散らす……いや、この言い方はよくないな。四方に散っていった。
「初めまして。オレはこの群れの長だ。そちらはこっちの群れを歓迎してくれるか?」
「かまへんで! 助けてくれてんからな!」
わお。女王蟻と思しき人から通信があった。関西弁……いや広島弁? っぽい話し方で超歓迎してくれてる。泣いた赤鬼作戦大成功だ。
知らない人の為に泣いた赤鬼の概要を説明するとこうだ。昔々あるところに赤鬼がおりましたとさ。
赤鬼は村人と仲良くなりたかったけれど、怖がられていました。お茶やお菓子を出すという看板を出しても信じてもらえません。友達の青鬼は相談にのり、作戦をたてました。
『僕が村人をフルボッコにするから君がそれを止めるんだ』
青鬼の言葉に渋々従った赤鬼は村人に危害を加えるふりをした青鬼をボッコボコに叩きのめします。そして赤鬼は一躍人気者になりました。
しかし青鬼は演技とはいえ村人に危害を加えたため、赤鬼と会ったり同じ場所に住むことはできませんでした。青鬼は一通の手紙、貼紙だったかな? を残していずこへと去っていきました。
その手紙には赤鬼を心配する旨といつまでも友達であることが書かれていました。赤鬼は泣き続けました。
これが大体の概要だ。もしかしたら間違っているかもしれないけどこんな感じだったはず。
しょうじきこれさあ、赤鬼めっちゃ得してないか? しかも何で一人暮らしのくせに紙やらお菓子とか持ってるんだよ。時代背景がよくわかんないけどこの時代の山奥でそんなもんは簡単に作れない。となると、他人から奪ったんじゃないかと思ってしまう。
つまり他人から奪ったもので他人をもてなそうとしていたことになる。何たる悪漢。
ま、オレの妄想はおいといて赤鬼はマッチポンプの教材としてとても優秀だ。ぜひ参考にさせてもらおう。
まず人と仲良くなるには努力が必要だ。そして何らかの代償を支払う必要がある。しかし、マッチポンプを使えばその代償をある程度選ぶことが可能だ。
今回の場合トカゲを悪者に仕立て上げることでやくざ蟻と仲良くなることができた。敵のトカゲに嫌われたところで何の痛みも感じない。まさに一石二鳥。この作戦は今後も使えそうだ。
鬼で思い出したけど一説によると鬼の正体は製鉄民だって話もあるよな。製鉄、そして紙か。この世界のヒトモドキの文明はやはりよくわかっていない。そろそろ本格的に調査してみた方がいいかもしれない。
そして、さっきから蜘蛛の視線が痛い。実際に見られてるわけじゃないけど……名前……はよ決めなあきまへん。
好かれることも大変だけど好かれ続けるのはもっと大変なのかもな。




