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80 珍兵器

 偵察兵がトカゲの群れを発見して数十分ほど。遂に肉眼で目視できる距離まで近づいてきた。時刻は夕方。この時間に戦うことが多いのは因縁だろうか。

 植物の色をした子トカゲと地面に似た親トカゲが進軍する様子はさながら森が動いているようだ。

 やや慎重に木陰に身を隠しながら進んでいるのは弓矢を警戒してるからか? 学習能力の高い魔物なら一度使われた戦法への対策を取らないはずはなかったか。余計なことしてくれたなやくざ蟻め。

 まあだからこそ蜘蛛の罠に引っかかってくれる。

 突如としてトカゲの体が宙を舞う。オレが散々苦戦した吊り上げ式蜘蛛糸だ!

 時間は少なかったけど頑張ってくれたからな。思う存分仕掛けさせたぞ! もしもトカゲの魔法が蜘蛛の糸の粘着性を操作出来たらまずかったけどどうやら杞憂だったようだ。


「うて!」

 号令したのはオレではなくオレの娘だ。ひとまず弓隊の指揮を任せている。

 矢の雨は降り注ぎ、足の止まったトカゲは防御すらできずに絶命した。しかし、それは全体の一部でしかない。森の木々を十本倒そうが二十本倒そうが同じこと。傷ついた仲間には目もくれず進軍する。

「語り部! 親トカゲには近づかず子トカゲを狙っていけ!」

「よかろう」

 蜘蛛の糸による罠は蜘蛛自身が操作することによってさらに凶悪さを増す。次々とトカゲは行動不能に陥っていった。だが、親トカゲが出てくると戦場は途端にトカゲに傾きだした。

 こいつの魔法、名前は<影縫い>にした、は相当厄介だ。蜘蛛はどちらかというとスピード型の魔物だから動きを止めさせられるトカゲの魔法とは相性が悪い。しかもこのトカゲは今まで見た中で一番でかい。地球最大のワニは7mを超えるという話も聞くけど……多分こいつはそれよりでかい。

 おまけに部下まで備えている。親トカゲが足止めして子トカゲがとどめを刺す、鉄板の連携を仕掛けてくるだろう。トカゲの足元に広がる黒い影に足を踏み入れれば全員まとめて瞬殺されかねない。……外での戦いはこの辺が限度かな。


「全員撤退! 巣の中に入れ!」

 波が引くように蟻と蜘蛛は巣に戻ろうとするが見逃すわけがない。トカゲも背中を向ける蟻に襲いかかるが――――突然現れた蟻に喰らいつかれた。

 穴を掘ってその上に落ち葉などを被せて隠れていた蟻に不意を打たせた。こいつらは殿、つまり死亡前提の捨て駒だ。人間ならスパルタ教育済みか薩人マシンでもなければ引き受けないだろうけどそこは蟻。例え死ぬとわかっていても躊躇なく突撃してくれる。

 待ち伏せしていた蟻はすぐにトカゲに囲まれてバラバラにされたが、何よりも貴重な時間を稼ぐことには成功した。

 蟻を追いかけてトカゲは出入り口である歩道橋に殺到する。もっと慎重に行動するかと思っていたけど思ったよりも攻撃的なようだ。

 だが歩道橋の半ばにさしかかったトカゲが突然足を止めた。今度は青虫の魔法によって体を無理矢理固くさせられ、動きを封じさせた。ちなみに青虫の糸はかなり伸ばせるらしく射程距離は結構長い。残念ながら自分自身が出した糸でなければならないため蜘蛛とのコンボはできなかったけど。当然ながらそこにも矢を雨あられとばかりに降らせるが……

「まだ撤退しないのかよ!」

 トカゲは味方の死骸を踏み越え、時には押しのけてさえ突き進む。更には歩道橋の裏側でさえ道にしてしまえる。こいつらにとってはどこぞの最凶死刑囚が閉じ込められていた監獄なんか監獄ですらないに違いない。しかもそれがなんら特別なことではない。続々とトカゲは巣の中に雪崩れ込み、遂には一番巨大な親トカゲさえ侵入してしまった。

「紫水。これ以上はダメだと思う」

 もう一人の女王蟻からも連絡がきた。確かにそろそろ限界だ。

 次の作戦を開始しよう。


 轟音が響いた。唯一の出入り口だった歩道橋に巨大な岩が降り注いだ。言うまでもなく投石機から放たれた大岩だ。予め崩れやすくしておいた歩道橋はガラガラと音を立てて崩れた。……できればこれで親トカゲも倒せればよかったんだけど……当たらなかったようだ。

 これが今回の作戦。

 まず入り口付近で敵の数を減らす。敵が侵入してきたところで出入り口を封鎖し、敵の一部を孤立させてその敵を殲滅する。

 今回の戦いはオレに手を出すと被害が大きいことを相手に知らせる、一種の脅迫のような作戦だ。

 つまり自衛のための攻撃。ま、やってることはトカゲ大量殺害だけど。


 とはいえ巣の外にいるトカゲが黙っているとは思えない。今までの経験上魔物は戦略的な判断なしで仲間を見捨てることはないだろう。

 だからこそ新兵器で外にいるトカゲを攪乱させる。

 これこそがオレたちの新兵器、その名も――――。

「蟻ジャドラムだ!」

 やっぱりオレにネーミングセンスはないな! やばいまじで蜘蛛の名前どうしよう。


 ゴロゴロとなにかが転がる音。ミシミシと木がきしむ音。トカゲはその音がする方向を見てきっとこう思ったことだろう。

 "何これえ"

 驚きは一瞬。その一瞬で何の変哲もないはずの大岩が避ける暇さえ与えずにトカゲを引きつぶした。外にいるトカゲの群れは大混乱に陥った。




 蟻ジャドラムの原理は端的に言えばドードーと辛生姜の魔法コンボだ。

 以前辛生姜でドードーを拘束しようとして失敗したことからもわかるように、ドードーの魔法によって距離の離れた辛生姜を動かすことは可能だ。

 そしてそれをデメリットではなくメリットとして考えればどうなるか? 蟻ジャドラムの発想の根本はそこにある。

 具体的な方法としてはまず辛生姜の葉や茎をいくつか採取して、他の部分を<錬土>によって土で固める。それから採取した葉や茎をドードーに触れさせる。

 こうすることによって<硬化解除>がドードーに発動してドードーは動けなくなるけど、岩の中にある辛生姜に対して<オートカウンター>が発動する。

 結果として大岩が触れもせずに動かせる。もちろん一匹では岩を動かすほどに力はないので十数匹のドードーに協力させている。更に大岩の進行方向を変える時は蟻がドードーの体の向きを無理矢理変えている。こう、グリっと。

 ちなみにドードーに触れる蟻にはドードーの羽根で作った手袋をはめさせている。<オートカウンター>はドードー自身には発動しないため、ドードーの一部だった羽根なら魔法を発動させずに触れることができる。

 この戦法の最も優れていることはドードーをはじめとした一部の兵隊を一切戦場に出さずに攻撃できるということだ。つまりほぼ無傷での攻撃が可能になる。

 地球ならこんな戦法はミサイルの発明を待たなければならない。一方的に攻撃できるのはなかなか快感だ。

 しかし弱点もある。


「ま……え……に、進め」

「いざ、駆けぬ、けろ」

「我らの、安寧の……為に」

 ドードーは大半が息も絶え絶えといった有様だ。<オートカウンター>は燃費が悪いらしくすぐに疲労してしまう。何とかローテーションを組んで負担を軽くしているけど長くは持たない。

「すまん。後ちょっとだけ頑張ってくれ」

「無論……だとも」

「我らは……前に進むだけ」

 そんな状態でもひたすら任務を果たそうとするのはそういう種族だからか、それともオレには理解できない何かがあるのか。

 いずれにせよ、こいつらは強制されなくても魔法を使い続けるだろう。

「ドードーの様子には気を遣え。本当に無理そうなら連絡しろ」

 ドードーを見張っている蟻にそう言い残し、視点を切り替えた。


 巣に侵入したトカゲの一団は脱出を目論まず、ひたすら中央へと進軍していた。背後から撃たれるのを嫌ったのかもはやこれまで、と破れかぶれになったのか猪突猛進してくる。

 当然こちらも応戦するためどんどん子トカゲは倒れていく。蟻は弓で、蜘蛛は親トカゲを狙う場合は糸を直接絡ませずにボーラを投げている。

 親トカゲでは大きすぎて歩道橋の上では機動力を発揮できていない。子トカゲでは飛び道具一発で致命傷になりうる。特に橋から橋へ糸を渡して空中を移動できる蜘蛛の機動力は如何なく発揮されていた。蟻の弓では橋の裏側にいるトカゲを攻撃するのは難しいけど、ある時は糸で土棘の生えた地面に引きずり降ろし、ある時はボーラで頭を叩き潰した。

 トカゲの群れが後数匹になるまでそう時間はかからなかった。


 わずかに残った子トカゲと親トカゲは絆を確かめるかのように寄り添っている。だがもはや周りには敵しかいない。

「これが四面楚歌ってやつかな」

 何人かがその言葉の意味を聞きたそうにしていたけど、問うことはなかった。

 ……こいつにも念のために聞いておくか。

「オレたちの下で働くつもりはないか?」

「コトワル」

 おや? 返答があったぞ? ちょっとうれしい。オレの交渉ってあんまりうまくいったことないからな。

「どうして断るんだ? お前ら全員助かるぞ」

「タスカルヒツヨウがナイカラダ」

 ? 意味がわからない言葉だ。文字通りならまるで望んで死ぬようにも聞こえる。それ以上答える気はないらしく、トカゲはだんまりを決め込んだ。

 さっきの言葉は少し気になるけどグズグズしてもいられない。もう結論は出た。

「「撃て」」

 オレと娘の声が同時に響く。

 子トカゲを庇う親トカゲに石の弾と矢が降り注いだ。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
― 新着の感想 ―
大きな群れから追い出されただけで種族全体というか本隊が生きているから別に自分がどうなるとかは気にしないとか?
[良い点] 蟻ジャドラムから紅茶の匂いが… 忍殺語話者でもあられるし、 主人公の性格も好みすぎる
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