78 みつどもえ
やばい。やばい。やばい。やばい。
戦況はどんどん不利になっていた。そうは言っても局所的にはこちらが有利なのだ。
何しろ武器の性能が違う。敵の弓矢はオレが最初に作った弓とたいして変わらない性能だし、戦術だってお粗末なものだ。
しかしこのままの状況では恐らく負ける。何故なら敵の武器と戦術がどんどん研ぎ澄まされているからだ。さっきの戦いでは後方から弓を撃ちつつ他の部隊を突撃させるという飛び道具の存在を視野に入れた戦術としか形容できない戦い方を実践してのけた。
それ以上に厄介なのが――
「敵の数が全然減らねえ!」
思わず机を叩きつける。痛い。やんなきゃよかった。
もうホントね? オレら物凄い数殺してんだよ? 一日で二十人くらい殺したこともある。しかし敵の数が一向に減らない。むしろ増えてんじゃね? と思ってしまう。
数の暴力。もっとも原始的で単純な戦法だけどだからこそ恐ろしい。対処のしようがない。
「紫水」
「今度はなんだ!」
思わず怒鳴ってしまう。いかんいかん。精神に余裕がない証拠だ。落ち着かなくては。まさか百人の大軍がやってきたとか?
「落とし穴が仕掛けられてた」
「そっちかい!」
どこかで落とし穴を見つけて「うわこれすげえ! 俺らもやってみようぜ!」みたいなノリで試してみたのか?
やらんでいいっつうの!
武器を強くし、数を揃え、罠を張る。
なんてこった。今までオレがやってきたことを全部やり返されてる。
失敗から学び対処の仕方を考え、より効率的な方法を考案する。即ち、知性。どんな魔法よりも強力な力。
本当に不味い。ただでさえ数で負けてるのにそれ以外でも負けたらもう打つ手が無くなる。
それまでに何とかして対策を練らないと。
意気込んではみたもののできることはそう多くなかった。何とかして敵の巣の位置を探ったり、交渉できないか会話してみたりするものの根本的な対策には成り得なかった。
しかし、予想外の方向から事態は再び動くことになる。
「敵がいない?」
ややピリピリした空気を漂わせた巣の中で一人ごちる。本来なら朗報と呼べるはずが疑心暗鬼になっている……いやそうじゃない。これは正しい疑いだ。戦いにおいて楽観は厳禁。油断もしてはいけない。そうでないとまた負ける。
「周囲を探索しろ。何か異常があればすぐに報告をよこせ」
蟻も蜘蛛も必死になって痕跡を探す。だがむしろ何の異常もなかったこと、この辺りに他の魔物がほとんどいなくなっていたことこそが真の異常だったことにはまだ気づいていなかった。
「紫水。やくざ蟻を見つけた。戦闘してる」
「誰とだ?」
「トカゲの大群」
偵察の言う通りだった。眼下に映った光景はまさに魔物大決戦とでもいうべき有様で蟻にもトカゲにも多大な犠牲が出ていた。ただし蟻は個体ごとの違いがほとんど見られないのに対してトカゲは明らかに成体と幼体が混じっている。
親は灰色のまだら模様だけど、子供は安定していない。黄緑っぽいものもいれば、茶褐色の子トカゲもいる。
恐らくはこの春に産卵したトカゲがエサを求めて蟻を襲っているんだろう。戦いはどちらかと言うとトカゲが優勢だった。成体の巨躯は蟻では止められない。しかし蟻が弓を持ち出したことで戦況は変わった。
幼体のトカゲでは矢を防ぎきれないようだ。子供に被害が出ることを嫌ったのかトカゲは退却していった。死体になった蟻を咥えていたことから蟻を獲物として認識しているのは明らかだった。
状況はよくわかった。要するにやくざ蟻はオレに構っている状況じゃなくなったらしい。ラッキー。しかも慌てて退却したせいで敵蟻の巣の位置が判明した。どうやら別の川の近くに居を構えていたらしい。
この状況はどうしたもんか。横やりを入れるにはちょっと戦力が足りない。
最悪なのは巣の位置がばれて両方から狙われることだ。バトルロワイヤルでの基本は弱い奴からむしり取ること。やはり静観が吉――――
「紫水。トカゲの群れを見つけた」
すぐさま探知能力で確認する。……最悪だ。巣にかなり近い。つまり奴らに通信能力があればすでに巣の位置がバレている。もしもなければこいつらさえ消してしまえばいい。
「今動ける奴全員でトカゲを倒せ」
自分でも驚くほど冷静な声が出た。驚き過ぎて感情が平坦になっているようだ。
飛び出す蟻と蜘蛛。しかし素早く察知したトカゲの一団は逃走を開始した。トカゲの足は速い。恐らく蟻では追い付けない。つまり、蜘蛛に頼るしかない。
しかし、一匹の成体トカゲが踵を返すと蜘蛛たちに近づいてきた。どうやら殿を務めるつもりのようだ。もちろん敵の戦術に付き合う程お人好しじゃない。
迎撃しようとした蜘蛛たちに命令を飛ばす。
「親のトカゲは無視しろ! 絶対に一匹も逃がすな!」
が、しかし蜘蛛はすぐに指示には従わない。オレの命令に語り部の蜘蛛が同意を示してからようやく指示を受け入れ、わずかにコースを変え、親トカゲを素通りする――――はずだった。
大部分の蜘蛛がのっぺりとした黒い影に捕らえられていた。驚くべきことに糸を伝って蜘蛛にトカゲの魔法――物体同士の接着を発動させていた。例えば関節にボンドをくっつければまともに動けるはずはない。一気に数体の蜘蛛の動きを封じたトカゲは大声で吠えた。
ジジジジと不快な音は森中に響き、当然ながら今まさに逃げているトカゲたちにも届いた。
その瞬間一斉にトカゲたちは散らばった。
「くそ! 散開するように指示を出したな!? 動ける奴はすぐに追え! 弓を持った蟻はすぐに親トカゲを射殺せ!」
しかし親トカゲは硬化能力を全開にして、矢の掃射にも拘わらずなかなか倒れない。数十発の矢が撃ち込まれ、ようやく倒れたが、その使命は全うした。子トカゲの一部は逃げ切った。
「不味いぞこれ……」
トカゲに巣の位置を知られた。それにしても何故見つかった? たまたまか? それともトカゲに高い探知能力が備わっているとでも? ただ単に鼻がいい可能性もあるか。
とにかく早急に防衛プランを練らないと。
「紫水。少し良いかのう?」
蜘蛛……いや語り部から話しかけられたようだ。蟻以外から名前で呼ばれるのは珍しい……もしかしたら初めてかもしれない。
「いいけどなんだ?」
「……怒ってはおらぬか?」
「へ? 何で?」
「妾たちは命令を実行できなかったであろう?」
ああ、そういうことか。確かにトカゲを全滅させるという命令を果たせなかったし、伝達ミスもあった。それで怒られないか不安になったらしい。子供かよ。いや子供だったなこいつらは。
蟻と違ってオレに絶対服従ではないからこそ、そんな不安もあるのかもしれない。
「別に怒ってないよ。あのトカゲの接近を許したのはどっちかっていうとこっちのミスだし、逃がしたのは親トカゲが妨害してきたからだ。お前たちに責任はない」
語り部はほっとしたように息をついた。少なくともそんな思念を感じた。
「ただ緩んでもらったら困るぞ。多分そう遠くないうちにトカゲは襲ってくる。お前たちは罠を仕掛けて敵に備えてくれ」
「よかろう」
尊大な態度だったけど素直に指示を実行する。前の語り部はこんな風にオレの機嫌を窺うことなんてなかったな。……そりゃ当たり前だ。あいつと目の前にいるこいつは別人なんだから。
にしてもやっぱり人の上に立つというのは大変だな。バイトしてる時でも上司によって仕事の態度を変える人って結構いたからな。
厳しすぎると不満が出るし、緩すぎるときっちり働かない。バランスが大事なのはわかってるけどな……ごく普通の大学生でしかないオレにはきつい。だれか人心掌握術でも教えてプリーズ。
でも語り部の奴、妙に怯えていたな。オレは思ったより怖がられているのか? ……それはないか。怖い奴に腹減った腹減ったなんて連呼する奴はいない。
もしかしたらオレがピリピリしてたせいで蜘蛛たちも不安だったのかな? もしそうだとしたらオレの精神状態はかなり巣全体の士気に関わってしまう。それはそれでめんどくさいな。




