70 四族四様
蜘蛛を自分たちの巣に招き入れてから数日。目立ったトラブルは起きていなかった。拍子抜けしてしまう程順調だった。蟻とはもちろんドードーにも青虫にも深刻な問題は発生していない。
これらの種族は仲良く手を取り合い共存しているのだろうか。
そんなわけはない。細かい問題ならいくつもある。
特に蜘蛛と他の魔物とは時間的にも空間的にも極力接触させないようにしていた。蜘蛛はやはり肉食で、しかもドードーの魔法は蜘蛛の魔法と相性が悪い。例えば糸の先に小石を巻きつけて、石だけをドードーに当てるようにすれば簡単に殺せる。
なにしろ実際に一度襲いかけた。試しにドードーを蜘蛛に近づけてみた結果そういうことが起こってしまった。それ以来この二種族は接触させていない。一応襲わないように警告はしてたんだけどな。
他にもエサはこちらでも提供するけど、自力でも採らせている。例えばドードーは日に何度か放牧している。逃げないのかって? もちろんちゃんと工夫してありますよ奥さん。
一度に全てのドードーは放牧せずに一部のドードーだけを放牧するようにしている。はっきり言えば残ったドードーを人質にすることによって逃げないようにしてるわけだ。大した知性の無いケダモノならこんな手は使えないけれど、仲間思いのドードーだ。あっさりとこちらの要求を聞いてくれた。
こいつらを全面的に信用するわけにはいかないけど、どうもこいつらは蟻達に食われることをそれほど忌避していない。蟻に飼われていることを自覚しながらそれでも子孫が生き延びることを優先させているようだ。
人間には永遠に理解できない感情だ。そうでなければ奴隷解放運動なんか起こらなかっただろう。人間という生き物は基本的に誰かに強制されることを嫌がる生き物だからな。ドードーとは根本的に精神性が違う。
しかしそんなドードーにも絶対に許さないことが二つ、あるいは一つある。子供と卵を奪うことだ。
一度卵を譲ってもらえないか交渉した際の怒り方は尋常ではなかった。同様に弱った子供に対して様子を見させてくれと言った時にも烈火の如く激しい怒りをぶつけてきた。その時はきちんと治療するだけだと言うと説得でき、小石が足に刺さっていただけだったのですぐに治すことができた。
それ以来ドードーの態度が幾分柔らかくなったのは気のせいじゃないはずだ。
つまりオレがドードーに対して約束したことは突き詰めれば二つだけ。
子供を奪わない。足りなければ食料を提供する。
それさえ守っていればドードーはほとんど文句を言わない。家畜としては理想的かもしれない。……卵食べたかったけど我慢しよう。
こいつらはなんだかんだ言って頭がいい。それに仲間思いだ。これはこの世界のドードーが社会性を築けることの証明だ。
社会性があるなら会話によって交渉できる。
やっぱりいきなり攻撃するのはよくなかったな。これからはきちんと交渉して、それが破断すれば攻撃するとしよう。
では青虫はどうなったのか。なんと! つがいの発見に成功したぜ! イエーイ!
ただまだ産卵のシーズンじゃないらしくむしゃむしゃと葉っぱなどを食べるだけ。無駄飯ぐらいだけど、家畜の産卵時期などを把握するためにしばらく飼っておこう。
ついでにこいつらの魔法も判明した。
物質の硬化だ。名付けて<物質硬化>! まんまじゃねーか。
生姜のように生物の機能を利用した魔法じゃなく、物質の強度そのものを上昇させているらしい。面白いのは単に固くなるだけじゃなく、割れにくくなること。
宝石みたいに硬いけど割れやすいんじゃなく、鉄のような粘りが出る。ちなみに……蟻達も土なら同じことができるみたいだ。そういうのは先に言え! まあ聞かなかったオレも悪いけどさ。
青虫の魔法の特徴は自分が触れなくても自分が出した糸に触れていれば物質は硬化させられることだ。
魔法は基本的に自分の体から離れると効果が弱まるみたいだけど、青虫は自分が出した糸も自分の体の一部だとみなすことによって遠距離でも魔法の威力を落とさずに発動させられるらしい。
使い方としては、糸を吐き出してその糸を相手に絡ませれば相手の体を硬化させて足止めできる。ほんとに色々考えてるよなあ。硬化なんて防御にしか使えそうにないのにちゃんとそれ以外の使い方をしている。
こいつらはもう食い物さえやっていれば何の文句も言わない。考えようによってはこいつらが一番楽だ。
そして蜘蛛。
こいつらは他の二種族とは違い、家畜として扱うつもりはない。
やっぱり意図はともかくとして体を張ってくれた蜘蛛の家族をそんな風に扱うのはよくない。ひとまずこいつらは同盟相手として扱うことにした。
オレの身の安全が保障される限りこいつらには無茶な命令は出さないつもりだ。
蜘蛛は巣の外で狩りをする係と巣の中で高所での作業や子育てをする係に分け、狩りを行う場所にはなるべくドードーの放牧コースと被らせないことを心掛けた。
主に蜘蛛が狩るのは魔物じゃないリスやウサギなどの小動物だけど、たまに大きめの魔物を狩ることもあるらしい。というかオレが見た限り魔物は一定以上の大きさの生物しかいない。魔物には何らかの原因で小さいと困る事情があるのかもしれない。
ただやはり外にいる蜘蛛の負担が強かったので、交代制にすることで負担の分散を図った。
……実をいうとこれはオレが思いついたんじゃない。外の蜘蛛に監視兼連絡役として同行させていた蟻から提案されたプランだ。
その蟻は石板を作る時の書類仕事に付き合わせていた蟻で、何か変わったことがあれば連絡しろと言っておいたわけだけど……予想以上にいい結果を出してくれた。
まあ当たり前っちゃ当たり前だけど蜘蛛の疲労をきちんと考えるなんて今までならなかった気がする。
このおかげでオレが次に何を作るべきかはっきり見えた。
そして蜘蛛たちはかなりオレに従順だ。こっそり前の巣に石板を取らせに行かせて蜘蛛の神話やら説話についての知識を披露すると、途端にオレをあがめだした。
やっぱり蜘蛛にとって神話を知っていることは大いに尊敬の対象となるみたいだ。きちんと記録とっておいてよかった。
個人的には前の蜘蛛みたいにもうちょっとフランクというかフレンドリーな関係でもいいと思っているけど……まあ逆らわれるよりいいか。
ああ、それと――――あの蜘蛛の名前が判明した。
というよりすでに知っていた。語り部、それがあいつの名前であり、役目だ。
蜘蛛に固有名詞は存在しない。シレーナとかも祖先、大いなる存在、とかそういう意味らしい。なので他人を区別する場合は基本的に役職や住処なんかで判断する。
まあ、今更どうにかなることでもないけど。
そして、蜘蛛といえば……あれだ。
あのだらけっぷりだ。
「「「ねえねえ? ご飯まだ~~~~?」」」
異口同音に語る蜘蛛たちは果てしなくうざい。やはり満腹になると性格が変わってしまうらしい。数が増えたせいで十倍増しだ。
しかもよく食う。しかもよく食う。
大事なことなので十回くらい言った方がいい。
蜘蛛は肉食が強すぎるせいでペットには向かないらしいけどまさにその通り。できる限り自分で取ってこさせるけど足らない場合はドードーを食わせるしかない。
やべえ。ドードー全滅させるのはまじで困る。
一応花の種子なんかを砕いてから食べさせると喜んでいたのでそういうのでしのぐべきだ。
そんなこんなで色々紹介したんだけどさ。一言だけ言っていいか?
「うるせえんだよ! おまえらああああ!」
「「「ご飯まだ~~~~?」」」
「前に進む「偉大なる「今すぐに「花の」きっと見つかる」
「もっとwwよこせ」「wwwwww」「wwww」
上から順に蜘蛛、ドードー、青虫!
やっかましいわ!
いや確かにテレパシーを駆使して他の魔物を使役しようとは思ってたよ?
でもこれ違うだろ!? 何なのこのカオスっぷり! 統率の欠片もありゃしない。もっとこう、ビシッと軍隊みたいに整然としてるイメージだったんだよ。
今更っちゃあ今更だけどこいつら全員と会話できるのは女王蟻しかいないんだよ! 他は同じ種類の魔物としか会話できないんだ! だからオレからするとギャーギャー喚いていても、他の連中からしてみると静かに飯食ってるようにしか聞こえないんだよ!
だから際限なく騒ぎ出す!
そこでオレはもっとこいつらを纏めるために以前から考えていたプランを実行に移すことにした。
学校を作ろう。
こいつらに足りないものは山ほどあるけどとにかく必要なのはお互いを必要でなければ襲わないこと。特に蜘蛛。
もともと狩る、狩られるの関係だったからやりにくいかもしれないけど、そこを我慢しなければ前に進めない。
……やべえ。ドードーの喋り方移ってる? まあいい。
魔物は学習能力が高い。これは経験から間違いない。その学習の力の高さで本能と習慣を押さえつけてもらわなければ。
そして文字の習得! 誰でもいいから早く身に着けてオレを楽にさせてくれ! もう書類(石板)仕事はいやだあ!
とはいえお互いに会話してるだけで攻撃しなくなるなんてことはないだろう。ちゃんと工夫しないとな。
例えばの話だが――――ペットを食べたいと思ったことはあるだろうか。
多くの人がないと答えるだろう。あるいはそもそもペットを飼ったことがないと答える人も多いかもしれない。
何にせよ、人間とは基本的に近しい生き物を傷つけることを忌避する。
それが同じ言葉を話すのならなおさら。
一昔前に豚を飼育して最終的に食肉とする事実をもとにした映画などが議論の的になったことがあった。そのように今まで育ててきた生き物を殺すことは現代人にとって重いことなのである。
ちなみに彼がその話を聞いた時――――
『何で食べないの? そのために育てたんじゃないのか?』
と不思議に思ったようだ。
結局彼は
『食べるためじゃなくて鑑賞するために育てたと勘違いした奴がいたのかな?』
という結論に落ち着いたらしい。
彼も、社会性を持った生物なら自分と似通った姿をした生物を害しない性質がなければあっさり内部分裂が始まってしまう、という理屈の通った説明なら理解できた、いやしていたはずだ。
しかしながらそれは理屈として学ぶのではなく感覚として実感するべきだと、普通なら学ばなくてもわかることだと、誰一人として彼に教えなかった。




