69 異文明コミュニケーション
ひとまずいきなり襲いかかられる事態は避けられたようだ。しかしここから話を纏めるのが至難の業だ。
「オレはあれだ。まあ……お前らの母親の友達だ」
向こうがどう思ってたのかは知らないが一応そう呼んで間違いないだろう。監禁したり矢で撃ったりもしたけど最終的には友達と言ってもいい……よな? あいつの死因の大部分はオレにあるから面の皮が厚いと言われても仕方ないけど。
「トモダチとはなんだ?」
げ。
こいつらは友達という概念を理解できないらしい。無理もないか。蜘蛛にとっては自分たち家族とその他の生物はすべて獲物という認識なんだろう。
どんどん交渉の難易度が上がってる気がする。
「同じものを食べたり、協力して戦ったりする奴らのことだ」
「家族とどう違う?」
「家族は同じ血縁者でしかなれないが、友達や仲間は血がつながっていなくてもなれるぞ」
正確には養子とかいろいろあるけどここで話すと余計ややこしくなる。
蜘蛛たちは疑わし気な視線と思念を送り続けている。この蜘蛛は思ったよりも疑い深い。魔物は嘘が吐けないはずだから騙しやすいと思ったけどそうでもないらしい。あの蜘蛛もそうだった。それともこいつらは嘘を吐けるのか?
そもそもこの糸が身分証明書代わりならそれこそが騙される可能性があることを理解している証拠だ。つまり、テレパシー以外でのコミュニケーションなら嘘を吐くことができるのか?
もしそうなら今のオレ達なら嘘を吐ける。テレパシー以外のコミュニケーション方法である文字がある。
「なあ。お前ら腹減ってるだろう? オレの巣にくればいっぱいエサがあるぞ?」
その言葉に蜘蛛たちは一斉に反応した。目がらんらんるーと輝いている。だがしかし慎重な奴はどこにでもいるものだ。
「地虫の戯言なぞ信用できん」
予想通りの反応だ。ここでオレの無駄知識が火を噴くぜ?
他人の気を引く会話とはその人が大事だと思っているものをとにかくほめること。そうすると高いお酒とか買ってくれるって言ってた。雑誌とかで呼んだ与太話なので当てになるかはわからないけどな!
今のオレには蜘蛛が大事そうなものをすでに知っている。蜘蛛の神話だ。
「お前たちの母親から神話について詳しく聞いていたとしてもか?」
その言葉に動揺が広がる。やはりこの方向性で間違いないらしい。原始的な集団は宗教によって集団を維持していたという。つまり宗教知識がコミュニケーションツールになっていたはずだ。
念のために言っておくがオレは宗教や神話といったものが嫌いだ。テレパシーによる会話ではどうしてもそういった感情が相手に伝わってしまうようだ。
だからこその文字だ。まずオレが話したい内容を書いた石板を作る。それを働き蟻に読ませる。最後にそれを新しく産まれた女王に伝えて蜘蛛と会話させる。
めんどくさい! 効率悪い!
しかし! この方法ならテレパシーによる会話であっても完全な嘘を吐くことが可能だ! 騙すわけではなくお互いに良い取引を行うために代理人を挟むだけだ。後は部下である女王蟻の会話力にかかっている。頼むぞ!
「シレーナはすごく偉い神様で、世界を作りました。一本の糸でたくさんの生き物や大地を作りました」
……あれえ? オレそんなこと書いたっけ? その後も小学生が童話を読むかの如く稚拙な会話は続いていく。伝言ゲームのせいで内容が変化したのか?
よく考えたらこの女王蟻は生後一か月程度。そんな奴に会話や交渉を任せるほうがどうかしてる。流石にこれではだめか?
「母が他人にそこまで我らの神話を話すとは……確かにお前達は信用されていたようだ」
いいのかよ!
ちょろいなお前ら! ちょろぐもか!
蜘蛛の価値観がわからん。そもそもあいつは自分の神話についてぺらぺら喋っていたけど……割と機密情報だったんじゃないか?
とはいえ信用されたのはありがたい。
「まずオレたちの巣にこい。そこで肉でもおごってやろう」
「……その前に母はどうなった」
「……死んだ。あいつが以前いた巣を襲った奴に殺された」
嘘を吐く必要はない。純然たる事実を口にした。
「で、あろうな」
大きく息を吸って、実際にはそんなことはしていないが、大声でこう叫んだ。
「みんな聞け! 母である語り部は身罷られた! これより妾が次なる語り部となる!」
へー、どうやら今まで話していた蜘蛛はあいつから後継者になることを指名されていたらしい。確かに率先して話していたのはこいつだった。事実上のリーダーだと思った方がいい。
「それでお前らはオレの巣まで来れるか? 無理ならこっちから食料を届けさせるけど」
「問題ない。場合によってはその身をシレーナに捧げればよい」
シレーナに捧げる。初めて聞く言葉だが、テレパシーを使えばその意味するところは分かる。
同族喰いだ。
エサが取れなかった場合どうするのか。それは十分すぎるほどよくわかった。できる限りそんなことになる事態は避けたいな。念のために蜘蛛が食べそうなものを少し持って行かせよう。今なら多少食べ物に余裕はあった。




